嫉妬は抱かない   

   



「ねえ、沢遠。これ何?」
 押入の奥で古びた小さな箱を見つけた陽子が、後方で服の梱包をしている佐緒里に声をかけた。
「ん?」
「この箱」
 陽子は、その箱を掌にのせて、佐緒里に見せた。
 少しばかり考えた後、佐緒里が、ああ、と思い出したように頷いた。
「それね。開けていいよ」
「そう?」
 箱を開けると、中には小さな学生服を着た男の子の人形が入っていた。人形の頭上にはわっかのホルダーがついていて、その人形がキーホルダーであることを示していた。
「何、これ?」
「人形よ」
「そんなの見りゃわかる」
「名称は何だったっかな。もう忘れたわ。とりあえず、ペア人形の一つよ」
「ペア人形?」
 そう、と佐緒里が答えながら、人形のわっかをつまみ上げた。軽く揺らして、それを眺めている。
「もう一つは、制服姿の女の子の人形なのよ」
「うわあ、それって……」
 その意図に気づいた陽子が、眉をひそめた。
「そ。カップルがそれぞれ持つタイプのやつね」
 臆面もなく佐緒里が頷いた。
「じゃあ、もしかして、もう一方の片割れは、梶谷が持ってるってこと?」
「持ってるのは彼じゃないわ。これをもらったのは高校の時よ」
「高校時代の彼氏か。沢遠、そんな人、いたんだ」
 初耳ではあった。陽子と佐緒里の友誼は大学時代からであり、陽子は佐緒里の高校生活をそれほどは知らなかったのだ。
「まあね」
「神崎からも、そんな話は聞いたことがなかったわ」
 佐緒里と高校が同じだった共通の知人の名を、陽子は出す。
「神崎君は、知らなかったんじゃないかな。彼は他校の人だったから」
 佐緒里はとても綺麗であるし、性格も悪くはない。大学時代も現在もモテている。それからするに、当然ながら高校時代もモテていただろうことは想像に難くはない。改めて考えてみれば、彼氏の一人や二人、いてもおかしくはない。
「高校違ったら、確かに気づきづらいかもなあ」
 陽子は頭をかいた。
 高校が違えば会う機会は少ないかもしれないし、それの埋め合わせのような感覚で、ペア人形を持ったのかもしれない。共感は出来ないが、理解は出来そうなことである。
 しかし、と口にしながら、陽子は佐緒里が眺めている人形を、更につついて揺らした。
「なかなか微妙なタイミングで出てきたわね、こいつ」
 佐緒里は、明日、夫となる男性の部屋に引っ越すのだ。微妙なタイミングと言えば、そう言えるのかもしれない。
「これ、どうすんの? 持ってくの?」
「捨ててくわ」
「即決かよ」
 陽子の問に佐緒里が答えたのは、まさしく間髪入れずといったタイミングだった。その上、彼女の表情には、迷いや感傷は微塵も見て取れない。
「持っていっても仕方がないでしょ。梶谷君だっていい気はしないと思うわ」
 あっさりと佐緒里が答える。
「いや、そうだけどさ。確かにそうなんだけどさ。答える前に、もっとこう、何て言うか、悩むとか、吹っ切るとか、そういう態度ははさまないわけ?」
 でないと面白くないじゃない。そう陽子は続ける。
 それでも佐緒里の答えは簡潔だった。
「全部終わってるわ、そんなこと。だいたい、存在すら忘れてたのよ、この人形」
「沢遠って案外冷たくない?」
「今は梶谷君しか見えてないもの。だから、梶谷君のことなら、何でも知ってるわ」
「……真顔で惚気ないでくれ」
「惚気られるのも新妻の特権よ。鳴神もいずれわかるわ」
 佐緒里がからからと笑った。その後、でも、と続ける。
「真面目な話、梶谷君のことなら何でも知ってるのよ。例えば、今何をしているとか」
「向こうも神崎動員して、新妻迎えるための片付けやってんじゃないの?」
「そうね、それで、そろそろ神崎君があれを見つけてる頃よね」
「あれって?」
 陽子の問に、佐緒里は、うふふ、とそれはもう楽しげに笑みを浮かべて答えた。
「過去の女よ」



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