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 夜。第十三学館。地下四階の最奥の一室。
 ここで孟は目を覚ました。
 最初に視界に飛び込んできたのは、そのみとくるみの貌だった。
「あ、やっと目覚められましたか、御主人様」
「一時は目を覚まされないかと思い、とても心配しましたわ」
 孟はゆっくりと上体を起こす。どうやら、本拠地のベッドのようだ。
「御主人様に逝かれたら、あたしたち、路頭に迷うところでしたわ」
「でも、ご無事で何より。祝杯でもあげたい気分です」
 そのみとくるみがはしゃいでいる。
「その前に、腹ごしらえですよね、御主人様。お腹をすかせていらっしゃるでしょう」
「屍肉の刺身に、千九百年ものの血酒、肋骨の揚げ物。どれにいたします?」
「あら、くるみ。御主人様は、そんなはしたないものをお口にはなさりませんわ。ミミズの唐揚げ、ムカデのソテー、ヤモリジュース。これしかありません」
「違うわ、そのみ。御主人様は屍肉の刺身に、千九百年ものの血酒、肋骨の揚げ物が大好物なのよ」
「嘘ばっかり。ミミズの唐揚げ、ムカデのソテー、ヤモリジュースに決まっているじゃない」
「屍肉の刺身に、千九百年ものの血酒、肋骨の揚げ物なの!」
「ミミズの唐揚げ、ムカデのソテー、ヤモリジュースよ!」
「屍肉!」
「ミミズ!」
 そのみとくるみが、鼻をつけあうほどの近距離で睨み合う。ややあって、同時に孟の方を向き、真剣に尋ねた。
「御主人様は、どちらを食したいですか?」
「正直に選んで下さいませ」
「両方とも食えるかーっ!」
 孟は二人を怒鳴りつけた。
「毎回毎回、つまらんコントを見せるなー!」
 まったく、と孟は大きく溜息をついた。
「何の役にもたたん奴らだな。山瀬には二人して瞬殺されるし。もう十回目だぞ」
 あら、とそのみが反論する。
「バジリスクを瞬殺する山瀬様に、下っ端死鬼のあたしたちがかなうわけありませんわ」
 そうですわ、とくるみもそのみに同調する。
「山瀬様は『剣聖』称号を持つ当代最強の剣士ではありませんか。あの方に一瞬で倒されても、何ら恥ではありません」
「それは、自分たちの責任を回避するとともに、山瀬に一撃でのされた私を馬鹿にしてるんだな」
「いーえ、いえ。決して、そんなことはございませんわ」
 そのみとくるみが声をはもらせ、にっこり笑う。
 孟も、笑顔を作って二人の死鬼を見た。
 そして。
「下級死鬼の分際で、主人を馬鹿にするなー!」
「きゃあ」
「いやあ」
 と、毎度の追いかけっこが始まった。
 いつもの風景。毎回こんな感じで終わるのだが、今回は様子が違った。
「十回連続で野望失敗の屈辱を受けながら、えらく明るいのね」
 冷たい声が室内に響き渡る。
 三人は驚き、すぐに動きを止めて声の方を向いた。
 声はドアの方から聞こえた。そして、そこに立つ一人の影が見えた。
「誰だ?」
「紫藤雪。知ってるかしら?」
 雪がゆっくりと孟の方に歩を進めた。
「生徒会長の義妹か。どうやってここに?」
 孟は不機嫌に問う。
 この部屋には何十もの結界が張ってあり、侵入者を許さない仕掛けになっている。
「結界のこと? あんなの、解呪したに決まってるでしょ」
「解呪しただと?」
「驚くことじゃないでしょ。あの程度の結界なら、あたしクラスの術師でも簡単に解呪できるわ。逆に、本気で侵入を阻止したいのかを疑いたくなるわ」
 雪は孟の前を通り過ぎ、勝手に椅子に腰掛けた。そして、どうなの? と孟に視線で問う。
 孟は、ふんと鼻をならし、それを無視した。
「答えたくないわけね」
「で、何の用なんだ?」
 そうね、と雪は微笑を浮かべて、視線をそのみとくるみに移した。
「彼女たちは、どうして山瀬に斬られたのに、ここにこうしているの?」
「そんなこと、お前に答える義務はない」
「彼女たちの身体は器に過ぎなくて、別の魂をそこに入れているから。身体を何度壊されても魂を滅ぼさない限り、死体さえあれば何度でも復活する。違う?」
 雪は、そう上目づかいに訊く。
「だから、そのみとくるみの二人は、正確に言うとゾンビでもグールでもない別の何か。そもそも、ゾンビやグールに魂などないものね」
「わかっているなら、訊くな」
 孟は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それでいったい、何の用なんだ? 私の部下の正体を解明しに来たわけではあるまい」
 当然よ、と雪は微笑を収めて、真面目な顔つきになった。
「あなたに協力しに来たのよ」
「協力?」
 孟は虚をつかれた表情をした。実際に虚をつかれたのだ。
 今まで、孟の妄想じみた野望に協力者などいなかった。もともと友人がいるわけでもないから、協力を申し出た輩も存在しなかった。
 そのみとくるみは、手駒として召喚支配しただけである。協力者という同等の立場ではない。
「あたしが協力すれば、あなたの野望もかなうわよ」
 雪がそう言葉を続けた。
「ふん。世界征服は、男子生涯の壮挙だ。誰の手助けもいらんわ」
 孟は明快に拒否した。後ろで、そのみとくるみがぱちぱちと拍手をしている。
 雪が不機嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなこと言ってるから、何度も敗北するんでしょ!」
「うるさい。私には私のやり方があるのだ」
「そのやり方がまずいと言ってるの。あなたのやり方で、いったい何度失敗してると思ってんのよ」
「う……」
 孟は言葉に詰まる。
「十回よ、十回。それだけやれば、猿でも学習するわ」
「私を猿以下と言いたいわけか」
「このままあたしの協力を拒否して、十一回目の失敗をすればね」
「次こそは、成功させてみせるわ」
「また、山瀬にのされるのがオチね」
 ふふん、と雪が笑った。
 孟は押し黙り、雪から視線を避ける。
 それを見て、雪は事が成就に向かったことを知った。ゆっくりと椅子から立ち上がり、孟の前に立つ。
「あなたにとって、とてもいい申し出だと思うけど」
 孟が雪に視線を戻す。
「何故、私の協力を申し出る。生徒会長の妹だろう、お前は?」
「あたし、山瀬が大っ嫌いなの。消えて欲しいの、あの人に」
 雪の瞳に憎悪が満ちる。
「あなたも、常に立ちはだかる山瀬が邪魔でしょう。その点で、あたしたちは協力できるはずよ」
「そ、そうだな」
 少し孟がうろたえた。しかし、それは一瞬で、すぐに元に戻る。
「確かに、あの女は邪魔だ。消えた方が都合がいい」
「そうでしょう」
「ああ、そうだ」
 雪は、孟の返答に感情がこもっていないところが少し気になったが、事がもう一歩で成る事実を思い、そのことをすぐに忘れた。
「なら、契約を交わしましょう」
 雪が、すっと掌を孟に向けた。
「いいだろう」
 答えて、孟も掌をあげ、雪のそれと重ねた。
 刹那、そこから閃光がほとばしる。
 孟は瞬時にそれが何か悟り、雪の思惑を見抜いた。
「貴様!」
「もう気づいたの。でも、もう遅いわ」
 雪が勝利の笑みを浮かべた。
「ああ!」
「御主人様!」
 そのみとくるみが、慌てて二人を引き離しにかかった。
 しかし、既に雪の企みは成就した後だった。


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