科挙の道遠し

引首

 時は大堯顕宗の孝建四年三月。
 この月の九日に、都の顕業(けんぎょう)で科挙の二段階目に当たる会試が行われる。三年に一度の行事で、試験の有資格者は続々と都へ集まっていた。
 科挙とは高等文官資格試験のことである。天子が広く百姓(ひゃくせい)に門戸を開いて人材を求めているのだ。これに応じて才能を縦横に発揮するのは男子生涯の壮挙であるといえる。世の人々はこぞって科挙に殺到した。
 朔日(ついたち)現在。伯図(はくと)も、会試を受けるための旅の途中である。今通っている陽和山を越えたら、顕業はすぐそこである。
 そのはずだった。
「……あれ?」
 伯図は立ち止まり左右を見回してみた。
 右を見る。
 左を見る。
 辺りは見渡す限り樹林帯である。葉が鬱蒼と生い茂り陽光を遮っていた。薄暗さが影を落とし、小径の際の喬木や山花の微妙な違いがわからない。どれも同じに見えてしまう。
 どうやら道に迷ったようだ。伯図はそう思わざるを得なかった。今、自分が山のどの辺りにいるか全くわからないのだ。その上、ここからどう行けば下山できるのかもわからない。
「どうしよう。困ったことになったぞ」
 伯図は深刻に呟いた。
 遭難という言葉が頭をよぎる。脳裏で素早く荷物の中身を再点検してみるが、野宿の用意など持ってきていないのだからあるはずがない。
 長旅だったから、かさばるものは持ってこなかったのだ。その代わりに、銀貨をそれなりに持ってきていた。勿論、遭難時には役に立たない。
 近道として陽和山越えを選んだことを、伯図は後悔した。
 山越えといっても頂上を越えるわけではなくて、中腹地点を抜ける道だ。一日程度の行程でそれほど危険はない。そう昨日泊まった舎館の親父も言っていたから、それほど慎重に考えることなくこの道を選んだのだ。それが間違いだったのだろう。街道を歩いていれば、時間はかかったけれども遭難の危険はなかったはずだ。
 どうしたものか、と伯図はしばらく考え込んだが、いい案は浮かばない。仕方なく、前へ進み始めた。
 伯図は姓名を朱権という。伯図というのは字である。粗末な袍を着て、杖を右肩に背負っている。その杖の先に荷物の入った袋をくくりつけていた。痩身で鼻が高く、切れ長の目をした当年二十二才。進士(科挙合格者)を目指す青年だ。
 前途有望な、と称してもいいだろう。科挙の第一段階の郷試を、伯図は一発で合格しているのだ。郷試に合格するのはだいたい百人に一人の割合である。一生かかっても、郷試を通らない人も多いのだから、伯図は稀少な青年であった。
 伯図は、会試も一発で合格するつもりであった。自分にはそれだけの才幹があると信じていた。勿論、試験日に間に合えばの話である。こんな所で遭難して、無駄な時間をくっている余裕はないのであった。
 時折、見え隠れする日差しは西からだ。そろそろ日が暮れそうである。焦慮する気分が高まり、自然と足が速くなった。
 それでも、一向に山道を抜ける気配がない。もしかして、奥へと進んでいるのだろうかという疑念が浮かんできたとき、伯図の視線は歩く人影の背中を捉えた。
 白い袍を着た小柄な人物である。背に見えるのは鞘で、剣を背負っているようだ。
 助かった。伯図はそうほっとした。下山する道筋を聞けるかもしれないという希望がわき出てくる。
「おおーい、そこの!」
 伯図は足を早めて、剣を背負った人物を呼ばわった。
 どうやら、気づいてくれたようだ。剣を背負った人物は、立ち止まって振り返った。
 あ、と伯図は驚いた。その人物は年端もいかない少女だったからだ。小柄なのはそのためで、まだ十五に達していないだろうと思われた。
「何か、ご用?」
 勝ち気そうな瞳が、伯図を見上げていた。
 一瞬、茫然とした伯図だったが、すぐに自分の現状を思い出す。
「いや、少し迷ったみたいなんだ。どう行けば、山から出られるか、嬢ちゃん、知ってるか?」
「知ってるわ」
 少女が頷いた。
「そうか。そいつは助かった。悪いが、その行き方を教えてくれ」
 伯図は、安堵しながら尋ねた。
 それは構わないけど、と少女が眉を寄せる。
「今からじゃ無理だと思うわ。だってもう日が暮れちゃうもの」
「え」
 言われて伯図は周囲を見回す。
 確かに、辺りは薄暗い。目の前にいる少女の顔すら、判別がつき難くなってきている。春先の日の落ちる速度を、伯図は思わぬ形で実感させられた。
「その道は、結構遠いのか?」
「ここからだと、半日以上はかかるわね」
「半日か……」
 苦々しく伯図は呟いた。
 その様子をうかがっていた少女が、なんなら、と提案する。
「あたしの野営地に来る? 一晩くらいなら、泊めてあげてもいいわよ」
「野営地?」
「たいしたものじゃないけどね。野宿するよりはましだとは思うわ」
「そいつはありがたい」
 伯図は、一も二もなく少女の提案にのった。慣れない山旅で、夜を徹して歩くという冒険心はさすがにない。
「こっちよ」
 少女が先に歩き出す。伯図はその後に続いた。
 暗くなった山道でも、少女の歩みに逡巡はない。勝手知ったるわが道を行くよう。この辺りの少女なのかな、と伯図はなんとなく推測する。
 それにしては、背負う剣が異彩を放っていた。およそ年端もいかない少女の持ち物ではない。
「ねえ、あなた、名前は何ていうの?」
 不意に、少女が振り返って問う。
「朱権だ。字は伯図。嬢ちゃんは?」
「あたしは清鸞」
「この辺の人間なのか?」
「違うわ。家は顕業よ」
「そうか。私も顕業へ向かう途中だ」
「ふうん、そうなんだ。奇遇だわね。――あ、あれよ」
 清鸞が前方を指し示した。
 そこは少し開けた場所で、木々の狭い間を利用して天幕が張ってあった。その前方には石を積んで作った竈があって、天幕を作るときに打ち下ろしたのであろう枝が、小束になって置いてあった。
「誰か他にいるのか?」
 伯図の問に、清鸞が、どうして、という風な顔をする。
「ん。いや、やけに手慣れた感じがするなと思って」
「あたし一人よ」
「ということは、嬢ちゃんが一人で、あれを作ったってのか?」
「そうよ。当たり前じゃない」
 清鸞は、至極当然のことのように言う。
 当たり前じゃない、と言われても、伯図には当たり前には思えなかった。普通、まだ笄年(けいねん)にも達していなさそうな少女が、自身の手で野営地を築くとはあまり考えない。
 伯図は、そこで当然わき出てくる疑問を口にした。
「嬢ちゃんの連れは帰ったのか?」
 しかし、清鸞がまず答えたことは、その解答ではなかった。
「嬢ちゃん、嬢ちゃんって、せっかく名乗ったの、意味がないじゃない」
「ああ、すまん。セイラン……だったっけ?」
 そう、と清鸞が頷く。
「それでさっきの質問だけど、あたしは一人よ。二日前からここにいるけど」
「一人でここへ?」
「そうよ」
「この辺に知り合いでもいるのか?」
「回りくどいわね。わざと触れないようにしてるのかもしれないけれど、あたしは顕業から一人でここに来たのよ」
 清鸞が胸を張った。
「顕業から、一人でか」
 嘘だろう、と伯図は思わず呟く。
「嘘じゃないわよ。失礼しちゃうわね」
 清鸞が少しむくれて、伯図を睨め付けた。
 どう見ても、十五を越えない子供である。それが誰の庇護もなく、顕業から大人の足で五日はかかる距離を、たった一人で来たというのだ。にわかに信じろと言うのが、無理な話である。
 伯図は、改めて清鸞を観察してみた。
 整った目鼻立ちは利発そうに見える。中身に欠陥が、特に妄想癖があるようないかれた感じは、全く見受けられない。
「ええと、嬢ちゃん――じゃない、清鸞は、何しに一人でこんな山中に?」
「呂彬って知ってる?」
 清鸞が逆に聞き返した。
「聞いたことはないな」
「『人面熊(じんめんゆう)』って言ったら?」
「珍獣か何かか?」
「違う。呂彬のあだ名。つまり、熊みたいな奴ってことよ」
「熊みたいな奴ねえ」
 伯図は少し想像してみる。
『人面熊』というくらいなのだから、顔の他は熊に似ているのだろうか。そう思い、人の顔をした熊を想像してみたが、何か違う気がした。なかなか具現化は難しい。
「で、その熊人間に用があると。そいつは、この辺にいるということなのか?」
「まあね。だから、ここにいるわけだけど……」
 清鸞は周囲に視線をやってから、ふうと鼻で息をついた。
「なかなか見つからないのよね」
「隠れてんのか、その熊人間」
「まあ、そういうことになるのかな」
 清鸞が、少し言葉を濁した。
 それから、彼女は竈の前にしゃがみ込んだ。懐から火打ち石を取り出すと、慣れた手つきで火をつける。
 適当に座って、という清鸞の言葉に促されて、伯図は荷物の中から布を取り出して、その上に座った。
「伯図は、どうして京師に行くの?」
 清鸞が、竈のそばに横倒しに置いてあった丸太の上に腰かけながら問う。
「会試を受けにだ」
「会試? あなた、科挙生なの?」
 驚いた口調で清鸞が聞き返した。
「うむ」
 伯図が偉そうに頷いた。
 へえ、と清鸞がまじまじと伯図を眺める。
「もうそんな時期か。そういや、前の会試からもう三年たったっけ」
 清鸞は顕業から来たと言っていた。恐らく顕業に住んでいるということなのだろう。会試は、顕業で行われる行事の中でも大きなものだから、顕業在住の人間ならば、その時期に心当たりがあってもおかしくはない。
「二十歳を幾つも超してはいないわよねえ」
「二十二だ」
「ってことは郷試一発合格者か。たまにいるのよね、そういう奴」
「将来の宰相候補の顔だ。覚えておいて損はないぞ」
 鼻高々に伯図は言った。
 だが清鸞が鼻で笑う。
「何が宰相候補よ。たかだか郷試を一回で通ったぐらいで、おこがましいわね。そんなのは会試も一回で通ってから言いなさい」
 会試の合格率はだいたい三十人に一人といったところであるが、その三十人というのは、郷試の難関を突破してきた英才ばかりであるから、数字以上に合格率は厳しい。
 しかし。
「通るつもりさ。準備万全。万に一つも落ちる可能性はない」
 伯図は言い切った。
「えらく自分に自信があるのね」
「まあな」
 ふふん、と伯図は鼻で息を吐いた。
「まあ、頑張りなさいな」
 清鸞が呆れた口調で言ってから、食事のための煮炊きを始めた。
「お腹は空いてる?」
「まあ、それなりに」
「たいしたものじゃないけど構わない?」
「気にはしない」
 伯図はそう答えてから、鍋の中を覗き込んだ。
 中には山菜と米が入っているようだ。しばらくすると、どういう味付けをしているのかはわからないが、鼻孔をくすぐる美味そうな匂いが漂い始めた。
 清鸞の手慣れた手つきを見るに、顕業から一人で来たという言葉に嘘はないように思えてきた。
「よく旅とかするのか?」
 伯図の問に、んん、と清鸞が小首を傾げる。
「よくは出来ないわね。たまに、という程度かしら」
「そうか」
「出来たわよ」
 清鸞が、お椀に料理をすくって伯図に渡した。
「美味そうだな」
 伯図は正直な感想を述べた。食す前に感想を述べたのは、食した後、何らかの理由で正直な感想が述べられなかった場合の予防線でもある。
 もっとも、実際はそのような措置は必要ではなく、材料と場所から考えれば十分に美味いと言える味であった。
「顕業からここまで、ずっとこんな感じで来たのか?」
「まあね。あたしの齢じゃ、舎館は泊めてくれないからね」
 微苦笑してから、少し清鸞が眉をひそめる。
「でも、この時期でしょう。天幕の中とはいえ寒いのよね。こう丸くなって寝るのって、結構身体が痛いのよ」
「わからないでもないが、そこまでして旅する理由なのか、呂彬って奴は?」
「まあね」
「そうか、大変だな」
「全然、感情のこもらない口調で言われてもねえ」
 清鸞が苦笑する。
「社交辞令というやつだ。深く気にするな。――ごちそうさま」
 伯図は、空になったお椀を清鸞に返した。
 清鸞が、そのお椀に白湯を入れて伯図に返す。それを受け取って、伯図は白湯を一口啜った。その後、清鸞も自分のお椀に白湯を注いだ。
「さすがに冷えるな」
 伯図は、木々に覆われた上空を見上げた。
 完全に日が落ちて、気温は一気に下がっている。
「そろそろ、横になる?」
「そうだな」
 伯図は白湯を一気に飲み干した。
 その時。
 近くで葉を踏む音が聞こえた。何かの獣がいるのかと思ったとき、清鸞が傍に置いていた剣を持って立ち上がっていた。
「おい、どうしたんだ? 熊でも出たか?」
「あら、よくわかったわね」
「本当なのか?」
 慌てて伯図は、清鸞が睨め付けている方向に視線をやった。
 そこに、熊はいなかった。
 しかし、熊の毛皮を着た、巨大な男が立っていた。
「な、なんだ、あいつ?」
 その異様さに伯図は呆気にとられる。熊の毛皮を着ているのもそうだが、その体躯にまず驚かされた。とにかく、大きいのだ。
「待ち人来るってところかしら」
 清鸞の瞳が、鋭く光った。
「ま、待ち人って、お前……。も、もしかして、あれが『人面熊』呂彬なのか?」
「そうよ」
「七尺は越えてるぞ。ありゃ、『人面熊』というより『全面熊』じゃないか!」
「所詮あだ名だからね。でも、『人面熊』の通り、ちゃんと顔も熊に似ているじゃない」
「そ、そりゃ、そうだが……」
 そんな会話の最中、呂彬がその遠近法を無視したような巨躯をゆっくりと近づけてきた。
「最近、こそこそ探っている奴がいると聞いて来てみたが、まさか、こんな小娘とはなあ」
 嘲るように呂彬が口にする。熊っぽくても、一応、人間の言葉が喋れるようだ。
「――って、敵なのか、あいつ?」
 伯図は清鸞に問う。
 そうよ、と事も無げに清鸞が頷いた。
「あの態度が味方に見えるの?」
「いや、そういうわけではないが、待ち人とか言っていたから、父親か何かかと」
「あんなのが、父親なわけじゃないじゃない」
「そんなことまで知るか」
「ま、そんなわけだから、ちょっと気をつけててね」
 呂彬に向けていた視線を少し外して、清鸞が伯図を見た。
 その表情を見て伯図は悟る。清鸞はやる気だ。
「本気か?」
「当たり前よ。そのために来たんだから」
「おいおい、あれに勝つ気かよ?」
 人の範疇を越えたような巨大な男相手に、伯図の半ばほどしかない身体の清鸞が勝てるとは、どう考えても思えない。
 しかし、清鸞の返答は、先ほどと同じく事も無げである。
「そうよ」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。お前たちは、わが熊牙塞にしょっ引いてくれるわ」
 がはは、と笑いながら、呂彬が腰の後ろに手をやる。そして、その巨躯に合わせたような巨大な戦斧を取り出した。
「そんな所に行く気はないわ。あなたはここで討つ」
 清鸞も剣を抜く。それは見事な霜剣で、確かに得物の格では呂彬のそれにも負けていない。だがやっぱり、それでも清鸞が、呂彬を言葉通り討てるとは考えられないのだ。
「小娘が粋がりやがって!」
 呂彬が戦斧で撃ちかかってきた。巨大な斧は、空気に悲鳴を上げさせながら、清鸞に襲いかかる。
 どおん、という地響きがした。呂彬の戦斧が地面に打ち付けられた、その振動である。
 伯図は、清鸞がそれを受けて、木っ端微塵に砕け散ったかと思った。それくらい、とんでもない一撃だった。
 しかし、清鸞の姿はそこにはなかった。呂彬が視線を上方にやったのを見て、伯図は清鸞が地を蹴って跳躍していたのがわかった。
「せやあーっ!」
 気合い一つ、清鸞が上方から呂彬に剣を浴びせた。
 清鸞の全体重と、降下する勢いが十分に乗った一撃だった。
「くっ!」
 呂彬は、それを辛うじて戦斧で防ぐ。だが、衝撃の全てを受けきることは、その巨躯を以てしても無理だったようで、呂彬はよろめいて片膝をついた。
 呂彬の目の前に着地した清鸞は、間髪入れずに次の一撃を繰り出す。
 直線的な二撃目は呂彬の右手を正確に突き、呂彬が堪らず、戦斧を取り落とした。
「あなたの負けよ。大人しく縛につきなさい」
 清鸞が、剣の切っ先を、屈み込んで右手を押さえる呂彬の眼前に突きつける。
 伯図は、清鸞の思わぬ剣技にただただ感嘆するだけだった。見とれるくらい、見事なものだった。
 しかし、それがいけなかったのだろう。清鸞と呂彬の打ち合いに気を取られていて、周囲の変化に全く気がつかなかった。
 気づいたときには、後方から首筋に短剣が添えられていた。
「……えっ?」
 驚いて伯図が振り向くその前に、真後ろから下卑た声がした。
「へへへっ、もっと周囲に気を配らねえとな」
 知らぬ間に、背後をとられたようだ。更に困ったことに、後方には何人もの人間がいるようだ。その証拠に、数種類の笑い声が聞こえてくる。
「ちっ」
 清鸞が舌打ちする。
「ふははは。形勢逆転と言ったところだな」
 呂彬が、ゆっくりと立ち上がった。
 清鸞が、それに反応して動きかけた。
「お、おい、清鸞」
 伯図は思わず、声をかける。
「動くんじゃない。武器を捨てるんだ」
 あなたねえ、と清鸞が呆れた声を出す。
「普通、こういう場合、自分に構うなって言う場面でしょ」
「何を言う。後ろの奴が私の頸動脈を狙っているんだぞ。お前が変な真似をしたら、私が殺されてしまうじゃないか」
「そんなの、見ればわかるわよ」
「うむ。だから、大人しくしてくれ」
「それを、どうして伯図に言われなきゃなんないのよ」
「誰から言われても、結果は一緒ではないか」
「あなたねえ」
 清鸞が、今度は大仰に溜息をつく。
「訳の分からない会話をするな! お前は黙ってろ!」
 伯図に短剣を当てている男がわめいて、伯図の頭を殴りつけた。
 痛っ、と伯図は呻いて、後方の男を睨み付ける。
「貴様、低脳の分際で、君子たるこの私の頭を殴ったな」
「何を言ってやがる、この阿保が!」
「貴様の顔は覚えたぞ。私が高位に昇った暁には、どうなるか分かっているんだろうな。どこに隠れていようが必ず探し出して、八つ裂きの刑に処してやるわ」
「黙ってろと言っただろうが、この阿保が!」
 男が、今度は短剣の柄で、伯図の頭を殴りつけた。
 目の前に火花が散って、伯図の目の前が真っ暗になる。
 意識が遠退く中で、清鸞と呂彬の会話が聞こえた。
「さて、お前。どうする?」
「仕方ないわね」
 悔しそうな声の後、物が落ちる音が聞こえた。どうやら、清鸞が剣を捨てたらしい。


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