エピローグ

「この祭壇を壊さなきゃね」
 ミリアが言う。
「これを壊せば、しばらく魔神は力を失ったままになるから」
 信仰が神性の基本的な力の源である。その柱である祭壇が壊れれば、魔神は力を集める方法がとりあえず無くなることになる。
「しばらくとは、どれくらいだ?」
 ジェインが尋ねた。
 ミリアが肩を竦める。
「この先三百年くらいは大丈夫でしょうね」
 そうか、とジェインが笑った。
 三百年以上も先の話なら、その時の英雄の仕事だ。
 もしまた魔神が降臨するとするならば。
「ラルフ、やっちゃって」
「ああ」
 頷いて、ラルフは祭壇に向かう。長剣にはまだ秘蹟の効果が残っている。
 息を一つついて、剣を握る手に力を込めた。
 長剣を振りかぶって、振り下ろす。
 祭壇は、あっけなく滅びた。
「これで、終わったのね……」
 少し茫然としたようにカートが口にした。
 終わったわ、とミリアが満足そうに頷いてから、三人に言う。
「じゃ、あたしは一足先に帰るわね。フェリシア様に報告しないといけないから」
 ラルフは、ミリアを疑わしそうな顔で見た。
「なに?」
「力が強い神性ってのは、器が必要なんだろ。お前は、もしかして……」
 ラルフは言い淀んだ。
「もしかして、何?」
 ミリアが小首を傾げた。
 愛らしい微笑みに、どうでもよくなった。
 そう。どうでもいいことだ。魔神の降臨は阻止され、生き残った。それでいい。
「なんでもない」
 苦笑して、ラルフはさっさと行けという風に手を振った。
「じゃね」
 ウインクを一つ残して、ミリアはその場から消えた。
「さてと」
 ラルフはフェゼンの二人に向き直った。
「俺も行くわ」
 え、とカートが驚いた表情をする。
「行くって一体どこに?」
「どこと言われても困るが」
 ラルフは苦笑する。
 もともと所在不定の傭兵である。行くあてなどありはしない。仕事があるところへ行くだけだ。
「また会えるかな……?」
「さすがにもう会うことはないだろ」
 ラルフは素っ気なく言い捨てて踵を返した。
 二・三歩、進んだ時点で、振り返る。
 そうそう、と言いながら腰に佩いている長剣を鞘ごと外した。
 カートに放る。
「え……?」
 カートが受け取りながらも戸惑った声を上げた。視線がラルフと長剣を行き来する。
「それはお前のもんだ。俺が持ってるもんじゃない」
「ラルフ……」
「じゃあな」
 ラルフは今度こそ振り返らず、広間から出ていった。
 振り返ったのは、神殿を出た後だった。
 立ち止まり、忌々しげに呟く。
「アイラウの馬鹿野郎が。ロイドの野郎の余計な感情を残しやがって」
 溜息一つ、再びとぼとぼと歩き出した。

「行ってしまったな」
 ジェインが、既にラルフが出ていった後の広間の扉を見ながら言った。
 そうね、とカートが答える。
「いいのか?」
 ジェインが問う。
 カートは、長剣を抱きかかえるようにして立ったまま、しばらく答えない。視線は扉に注がれている。
 しばらくして。
「よくないに決まってるわよ」
 そう拗ねたような呟きが、聞こえた。ジェインがカートの方を見ると、カートは扉を睨んでいた。
「あいつ、武器も持たずに出ていったのよ。金もないのに新しい武器を買うことなんてできやしないわ。それに、あの程度の腕じゃ、そこらで野垂れ死ぬがオチよ。あたし達が守ってあげないとね。あんなに一緒にいた奴が、死んだら寝覚めが悪いじゃない。野良犬にだって、三日も過ごせば情が移るわ」
「それもそうだ」
 ジェインが苦笑する。
 勝手な理屈だ。だがそんな理屈がカートにはまだ必要なのだろう。そう思った。
「じゃあ、行こう。今ならまだ追いつく」
「そうね」
 二人は頷いて、早足で広間から出ていった。

                                                 〈了〉


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