街の中の音が、その一瞬引いていくようだった。
 ――人々のざわめき、車の音、けたたましい音楽。
 けれど、その中の、たった一瞬。
 ありとあらゆる雑多なものが、これでもかとばかりに積み上げられたこの巨大で奢侈な街の中において、それでもそういう瞬間は確かにあるのかも知れなかった。
 あちこちからてんでばらばらに流される音楽の、次のメロディへ移る瞬間の沈黙。
 それぞれ好き勝手なことをくちゃくちゃと喋り続ける人々の会話の、ほんの一瞬の途切れ。
 ひっきりなしに行き交う車がエンジンをふかす、その前の刹那の静かさ。
 数え上げればきりがない、そういう無秩序な音の洪水の中で、よくよく注意してみればそういう瞬間は存在したかもしれない。
 街中に流されつづける音楽の全てが、そろって止む瞬間。
 ばらばらに話し続ける人間たちが、その瞬間に偶然にもすべて口を閉ざした刹那。
 車の音さえも――せっかくの機会に足並みを揃えようとしてか、ギアチェンジであったり信号待ちをしていたりブレーキをかけた瞬間であったりと、静寂を形作る瞬間。
 それは――それこそ刹那よりもまだ短い、時と時との狭間であり、人ならばそんな事象があるなどとは夢にも思わず、またあったとしても気づくはずもない。
 光すら見逃してしまいかねないほどの、時間であった。
 EIJI。
 EIJI。

――『英二』。

「桃」
 思わず声をあげた英二を、桃城は何気なく振り返った。
「どうしました、英二センパイ」
「――……あ」
 あれ、と指さそうとした大画面は、英二が声を出したときには、もう煙を吐き出す女の唇の大写しになっている。
「英二センパイ?」
 どうしたのた、と覗き込んでくる桃城は、英二のぽかんとした顔と、それからその視線の向くところを見比べて首を傾げた。
 確かにああいう、街中の巨大なビルの壁面にかけられたビジョンについては、帝都に入ったばかりの英二の興味を大いにひいてやまなかったが、それでもなんだかんだで見慣れてきているはずだ。
 昨日神尾の家に行くまでに何度となく目にしたものだし、あれよりももっと巨大で、もっとめまぐるしい画像の移り変わるものなどそれこそ何十と見かけている。
 どうしたのか、と思いながら桃城は一応もう一度、英二に尋ねた。
「どうかしたんですか、英二センパイ」
「――……いや」
 なんでもない、と言って英二は首を振った。
 その様子に桃城は首を傾げ再度のあの画面を見上げたが、今度は広々とした草原の画像と、そこでにっこりと微笑む子供達の画像へと移り変わったばかりで、やはりなんの変わりもない。
「どうした、桃城」
 神尾が無邪気に問いかけた。
「あ、いや、なんでもねえよ」
 英二の肩を軽く叩いて伺うように桃城が視線を寄越してきたので、英二も頷いた。いまの一瞬の異様を、自分以外の人間が知らないならば説明しようがない。
「んじゃ行くぞ」
 神尾は何の疑いも持たなかったらしく、気軽に彼らを促してサブウェイの入口へと降りていく。そのあたりの壁面にもあれこれの案内表示だの、企業の宣伝だのを映し出す画面が埋め込まれている。紙のポスターをいちいち張り付けるよりは内容の変更が手軽だと言うのか、帝都内はこういった画像を映し出せるビジョンがあちこちに見られる。
 階段を下りていきがてら、その画面に映し出された案内表示を見ていた英二の顔つきは、またも次の瞬間、強ばる。

 E。
 I。
 J。
 I。

 何の飾り気もない白い画面は、英二がそこへ視線を移した瞬間に深紅へと変わり、どす黒い血の色のアルファベットを明滅させた。
 しかしそれもすぐに白い色合いへと戻されて、何食わぬ顔をしてサブウェイの遅延状況だの、乗り換えの所用時刻だのを勤勉に映し出す。
「……」
 背筋を冷たくしながら、英二は桃城達に遅れないように階段を降りていく。降りて突き当たったところにあるビジョンには、何かしらの販促用の洒落たブルーのデザイン文字が美しく浮かび上がっていたが、それもまた英二の目の前で悪い夢のように赤く染まった。
 ごくりと喉をならして英二はおそるおそるその先の、女性の手に持たれた革張りのバッグが大写しになった画面へと目をやる。
 画面はそらぞらしい虚飾を脱ぎ捨て、またも赤い画面にEとIとJとIとの四文字を大喜びで踊らせた。
 ころころとした小犬の他愛ない画面、サブウェイの工事区間の案内、乗場案内と電車の時刻、モニターに映し出されているそれらが全て、英二の視線だけを敏感に感じ取っているようだった。
 そのうち、英二は気づいた。
 画面が赤く変わるのは、本当に一瞬のあいだだ。
 普通の人間であるならその不吉な赤色は目の端にすらかすらない。それこそコンマ何秒の単位で、英二であるからこそ見分けられるギリギリのところで、しかも英二の視線だけを感じ取って切り替わる。
 ドールのDNAを身体に持つ英二でなければ――そうでなければ判るはずがないのを、見越した上であの文字は現れるのだ。
 じっと英二が見つめているのに気づいたのか、赤い画面は嬉しそうに、もうコンマ数秒明滅してからもとの、きらびやかな宝石の画像へと戻った。
 画面の向こうから、無数のネットワークを介して彼の名を『呼ぶ』もの。その存在に、英二が心当たりがないはずもなかった。
「……まさか……」
 胸元を思わず知らず握りしめながら、英二は呟いた。
「――……大石」
 自分がこんなに近くまで来ていることを、知っているのか。
「大石」
 世界の破壊者。
 虐殺者。そして孤独な、何も知らない人形。
 英二を暖め癒した、世界にただひとりのひと。

 サブウェイの駅をいくつか行きすぎ、また地上へと出ると、そこは帝都のメインストリートの半ばにさしかかろうと言うところだった。
 建ちならんだビルや、行き交う無数の人々の中、このような人混みの中を歩き慣れない英二は、スーツ姿の男やけばけばしく着飾った女たちに舌打ちをされ、あるいはもっと露骨に押しのけられながらよろよろと歩いていた。
「大丈夫ですか、英二センパイ」
「ん、大丈夫だよ」
 英二はふうとため息を付いた。
「――此処の人たち、なにこんなに急いでんの」
 人混みになれない英二を気遣い、店の軒先に避難した桃城と神尾に英二はそう問いかけた。神尾の気遣いで差し出された冷たい飲み物をありがたく受け取りながら、英二は無邪気に問いかけた。
「や、別に急いではいないと思いますけど……」
「だって、みんな人より先に先に歩きたがってるよ。俺がちょっと立ち止まっただけなのに、さっきは突き飛ばされたし」
「うーん……」
「車もあって、お金払えば乗せてくれる乗り物もあって、あの信号とかだってちょっと待てば色がかわってすぐ道を渡れるようになるのに、どうしてみんなあんなにいらいらして、人より先に行きたがるの?」
 いやみのなにひとつ含まれない、英二の率直で素朴な疑問に、桃城も神尾もなんと答えればいいのかわからないようすだった。
「道を歩くのにちょっとぐらい人より前に出ても、変わらないと思うんだけど……どうしてそんなことであんなに怒るんだろう」
「ずっと前から、ここはそんなもんさ」
 馬鹿正直に考え込んでしまった桃城を苦笑して見やりながら、神尾は言った。
「そうだなあ……いろいろあるんだろうけど、結局、みんな自分以外のことなんか考えてないんだと思うぜ。自分ひとりが世の中で生きててモノ考えてるもんだと思いこんでるやつなんか一杯いるから。自分以外のその他は、それこそ自分に都合がいいか悪いかで決めてしまってんじゃねえの」
「――」
「ありがちな言葉で言うとな、世界が狭いのさ」
 神尾は肩を竦めた。
「自分と、この街と、その他大勢。以上で世界の全部は終わり。自分の世界に何ら関係ない『その他』に道ゆくのを邪魔されたら、ムカつくってだけじゃねえの」
「そうなんだ……」
「帝都以外を知れば、それが病的だってすぐ判るよ。――知ろうともしない連中が、ここには多すぎるからな」
 判ったような判らない顔をした英二の肩をぽんと叩くと、神尾は陽気に言った。
「さ、それ飲み終わってもうちっと休んだら、もうちょっと頑張って歩いてくれ。オーディンズタワーまでもうちょっとだからな」
「うん」
「制限区域が近くなるからくれぐれも行動は慎重にな。とりあえず一般人が迷い込んでも不審に見えないあたりまで連れてってやるからさ」
「うん」
 英二は頷いて、それから店先の小さな画面にふと目をやった。
 新しいデザートだかなんだかのキャンペーンで、水着を着た少女がやたらに胸元を強調させて画面いっぱいに笑っている。
 そのどこかわざとらしい笑顔は一瞬にしてかき消え、あの血の色の画面が取って変わる。

――EIJI。
――EIJI。

 見つけられたことを喜んで、黒い歪んだ文字が無邪気に踊る。

――『英二』

 英二のゆく先々に、それらは間違いなく現れる度合いを増やしていく。
 文字の明滅の具合がだんだん早くなり、心なしか喜んでいるようにも見える。
 その文字が何故か愛しく思えて、英二は少し微笑んだ。伝わらないかも知れないと思いながらも、その文字に向かって心の中で呼びかける。泣きたいような気持ちになりながら。

――大石。
 ずっとずっと忘れないでいた――そのためだけに、生きてきた。
――大石。此処だよ。
 伝える時間はあるだろうか、自分が決して彼を忘れなかったことを。
――ずっとそばにいてあげる。

 最期の、その瞬間に。





 オーディンズタワー、通称『タワー』は、高くそびえ立つ白銀の円錐状の建物であった。
 円錐状、と言ってもその建物は頂上に向かう過程で内側に向かって細くなる、非常になだらかで優美な、女性的なラインをえがいている。
 雑然とした色に溢れている街の中で、そのタワーと周辺だけが異国のようだ。
 政府の研究機関のすべての中枢である「中央研究所」は白いタワーを中心とし、その裾野あたりに様々な研究施設を有している。
 研究に直接携わらぬ、それこそ研究員の日々の生活に必要なもろもろを扱う人間だけでも相当数いるという。大がかりでけばけばしい娯楽施設はないが、それなりのリラクゼーションの為の施設も食事場所も、研究所員には提供される。日常生活に必要なありとあらゆるものがきっちりと用意され、タワー周辺だけでひとつの独立した都市のようなありさまであったから、帝都の中の家に帰らずにここで暮らしてしまう所員が多い、というのも頷けるだろう。
 その「小都市」に在る建物の外壁はすべて白で統一され、タワーのその異国的なフォルムとあいまって、遠くから見れば白く輝く異世界の王城が出現したかのようにも見える。
 一歩中に入ればそのようなロマンチックとはほど遠い、硬質で冷たい機械が詰め込まれているのであったが、帝都のほとんどの人間がそんな内情を知ることは少ないのだ。
 夕暮れにかけてライトアップされ始め、その幻想的な光景を眺めていた少年が、かつて自分のいたくろがねの城をひそかに思い出していた――夕暮れ時で、いっそう多くなり混雑する人混みにまぎれてこの区画に近づこうと行動を開始した、その少し後。
――一時間ほど、たった頃のこと。
 タワーの15階にある研究室のなかのひとつに、真田弦一郎が同僚であり親友である柳蓮二博士の姿をようやく見つけて、声をかけたころ。

「蓮二」
「どうした、弦一郎。――なんだ、おまえは仮眠の時間だと思っていたがな」
「すまんがちょっときてくれ」
 難しい顔をして――いや、真田の難しい顔は年がら年中のことであったが、今日はいつにも増して眉間にしわが寄っている。
「なんだ、どうした。……ははあ、また越前の我が儘か。それとも幸村の具合がよくないか」
「期待を裏切ってすまんがそのどちらでもない。来てくれ」
 にこりともせず、真田は柳を促した。やれやれからかう余地もない、と思っていたが、真田が彼をこのタワーの中心であるコンピュータルームに連れて来たときには、さすがに顔が厳しくなった。
「なんだ。――どうした、これは」
「わからん」
 そこは、まさしくコンピュータの為だけの空間である。
 白い壁の面積のほうが少ないほど、高い天井近くまでモニターがびっしりと埋め込まれ、人間の手の届くところにはペン一本もよけいなものが置けないほど、大小さまざまのキーボードがずらり並んでいる。
 そこで十人近い所員が、それぞれに何か非常に慌てた様子でキーを叩き続けている。
 モニター画面のいくつかは意味のない文字の羅列を打ちだしたり、または波形の模様を踊らせたり、セキュリティもないような適当なところへネットワークをつなげようとしていたりで、みなそれの復旧や阻止に目の色を変えていたのだ。
「誰か侵入したか。――それにしても、なんだこのでたらめさは」
「判れば苦労はしてないぞ。通常のバスタープログラムではどうにもならないんだ、数が多すぎてな」
「進入経路の確認は」
 柳は近くにいた男に低く問いかけた。
「確認中です――行く先々にトラップが仕掛けてあって、巧妙に飛ばされてしまうんです」
 別段それを言い訳にしようとも考えていないような冷静な声で、その所員は答えた。
「侵入者だとしたらかなりの手練れですね。ここまで入り込めること自体が奇跡のようなものです」
「神でもないのに、奇跡なんか起こされてはたまらんな」
 皮肉げに柳は言った。
「とりあえずメインサーバへの侵入は阻止しているな」
「それはなんとか。ただ、ここを経ての外部へのアクセスの痕跡が、かなり多く見られます」
「外部へアクセス?」
「……一般家庭向けの情報端末用サーバ、都立の図書館、サブウェイの連絡網、それこそそのあたりの、ありとあらゆるものですよ。四六時中アイドルか何かのブランドものだか、でなけりゃ店の宣伝が映るような、そういうくだらない企業ビジョン用のメインサーバにも」
「なんだ、それは。遊びのつもりか」
 真田が眉を顰めて言った。
 柳はしばらく考えていたが、何か妙案でも思いついたのだろう、小さく頷いた。
「それではとにかくメインへの侵入阻止と、侵入元の追跡はそのまま続けろ。バスターも引き続き実行。それから外部アクセスの場所と回数を記録しておけ。あちこちに適当につなげて遊んでいるだけ、というなら心配はないが、それ自体何かのカモフラージュかもしれないしな」
「はい」
 所員はいっさい口を差し挟まず、言われたとおりに動き出した。
 柳は彼らの手もとにちらりと目を走らせ、彼らがきわめて無駄な行動や間違った手段をとっていないことを冷徹に確認すると、また無数の画面を見上げた。
 あちこち、まるで子供が適当にクレヨンで書き殴ったような、適当な模様、色、コード、数字などが踊っている。
 どこの誰だか知らないがふざけたことを、と柳がひそかに思った――次の瞬間だった。
 すべての画面が、血に染まった。

 さすがに冷静冷徹で知られる、生え抜きの所員たちでも、その異変にはあちこちで驚きの声があがった。
「なんだ、これは」
 さすがの柳も、一歩前へと踏み出す。
 血の色、と見えたのは画面の色であったのだが、それにしてもこの部屋の壁を埋め尽くす勢いで並べられているモニターが、いっせいにその色に切り替わると驚かずにはいられない。
 所員達は、賢明にもそのまま放心することはなく、数秒のロスを経てまたそれぞれの仕事へと戻る。
 だが所員達はすぐにまた、呻くような声を発しなければならなかった。
「こちらからアクセスできなくなっています、柳所長」
「なんだと」
「修復プログラムをサーバが受け付けません。――ここも、メインも」
「そんなばかなことがあるか」
 柳はその所員を押しのけてキーボードを叩いてみたが、もちろん彼になったからといって、状況が変わったわけでもなかった。
「今はセキュリティシステムに侵入されているようです。――他のルートを通してみましたが弾かれます」
 ひとりの女性が、所内用の携帯電話を耳に当てながらそう言った。
「第二、第三のルームからアクセスを試みましたが、駄目でした。――……ああ、第四ルーム? こちらメインルームです、そちらのサーバからコード998585で、メインへのアクセスを試みてください。ええ、いえ、何でもいいから」
 十秒ほど待ったが、電話の向こうからははかばかしいこたえは帰らなかったようだ。
「駄目です。――なにか強力な障壁があるようです」
「障壁?」
 柳は眉を顰めた。
 その様子を見て、女性は冷静に電話の向こうに次の指示を出した。
「その邪魔なプログラムの大元、どこから来てるかわかるかしら。とにかく早く。……そう、そうですか、ありがとう」
 電話を切りながら、女性は言った。
「――所長、詳しいことは判りませんが、こちらからのアクセスを阻んでいるブロックは、ナンバー13のサーバを通して設置されたようです」
「13」
 柳は呻いた。
「――地下か」

「蓮二っ」
 真田の声に、柳ははっと我に返った。
 目の前の画面にはさらなる異変が展開されている。
 E。
 I。
 J。
 I。
 EIJI。
 EIJI。
 四つのアルファベットが、大きさも書体もばらばらに、しかし狂おしいリズムで全ての画面いっぱいに踊り出したのだ。
「所長、このままではメインサーバに到達されます!」
 さすがに所員達の声がうわずっている。
「駄目です、全部食われてる」
「バスターも起動しません」
「ナンバー6のサーバから、軍基地へのアクセスが開始されています」
「こちらからの攻撃はすべて回避されます、所長!」
「電源を落とせ!」
 狂奔が恐慌を呼ぶ前に、柳は叫んだ。
「電源をすべて落とせ、予備も動かないようにしろ。タワーだけじゃない、全ての研究施設の、外部とのネットワークを全部遮断しろ!」
「蓮二っ」
 さすがに真田が叫んだ。
「おまえ、それは」
「サーバの中身なんぞは、あとでどうにでも修復できる。とにかく切れ、一刻も早く!」
「蓮二!」
「これはあの『バケモノ』の仕業だ、弦一郎」
 低く柳は言った。
「ここまでやってのけるとは計算外だったがな。――このままだと軍中枢までハッキングされて、帝都中に爆発物をばらまかれるようなことにもなりかねんぞ」
「それは――しかし」
「それよりも、あいつなら睡眠解除のプログラムまで勝手に実行しかねん。目覚めるにしても、今こんな状態で起きられては――終わりだぞ」
「蓮二」
「わかったな。――なにをやってる、早く切れ! 後のことは俺が責任を持つ、早く遮断しろ!」
 所員はさすがにためらっていたが、柳のあまりの剣幕にあわてて立ち上がり、このルームの端に駆け寄る。
 そこには何やら秘密めかした隠し戸棚があり、普段は壁の色にまぎれて全くわからない。その扉を古典的な鍵で開くと、さらに前時代的な赤い取っ手のレバーがあるのだ。コンピュータがたよりにならぬような、いざと言うときはこのようなアナログなもののほうがよく役だったりするのだろう。
 所員はレバーに手をかけてからもう一度伺うような目で柳を見たが、柳が鬼のような形相であったので、そのあとはもうためらいがなかった。
 かすかに鉄の軋む、小さな音の次の瞬間には。
 白きオーディンズタワーに、夜の漆黒が落ち来たのであった。





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