黒檀の丸テーブルのよく磨かれた表面に、ワイングラスがひとつだけ置かれている。繊細なエッチングで飾られた、なかなかに高価なものと知れる細身の品である。
 テーブルの表面も金を埋め込んだ美しい模様が描かれている。そのグラスを乗せるに相応しい、これもまた立派なテーブルであった。
 テーブルはこの部屋の主人の寝酒や読みかけの本などを置く用途に使われていたらしく、ベッドのかたわら、手を伸ばせばとどくちょうどよい位置と高さにあった。
 その、立派な天蓋のついたベッドの上。
 ダークグリーンのベルベットカバーの上に、小さな人影が座り込んでいる。
 綺麗な赤い髪が少し乱れ、幼い丸い頬にざんばらにかかっている。幼児の寝起きのようななんともあどけない姿である。
 少年は、肌触りのよい厚布を肩からかけてすっぽりとからだを覆っていたが、その布が柔らかく大きく、そうしてゆたかなひだがあるせいで、うずくまった裸の身体はいかにも痩せてかぼそい。
 世界に生まれ落ちて間もないいじらしい仔猫のようであった。
 彼はその姿勢のまま、じっと目の前の美しい細工のグラスを睨みつけている。
 息さえもひそめ、時折左手を――薬指に輝く黄金の指輪がはまった――わずかに身じろがせる他は、まったく動かずにいた。
 そうしているうちに――。
 どうしたことか、テーブルの上のグラスが、かたかたと数度揺れた。
 地震というわけではなさそうだ。少年はあいかわらず座り込んだまま動かず、その奇妙に揺れるグラスを見やっている。
 かたかた、かたかた。
 グラスはまたも揺れた。
 ほんの少し、足のあたりの広い部分を浮かせ、また下ろし、ということを繰り返したが、やがてすぐにまた動かなくなった。
 それでもまだ少年は、そのグラスを睨み据えていたが――やがて、それが完全に沈黙したのをみやって、ふう、とため息を付いた。
 この部屋の扉が遠慮がちに開いたのは、ちょうどそのときである。
「英二」

 大石の呼ぶ声にも、英二は顔をあげなかった。
 もう最近はすっかり馴染んだ、長い布に身体を覆わせるあの格好で彼は扉の側で佇んでいたが、やがて小さな衣擦れの音をさせて近寄ってくる。
「英二」
 なにをしていたのか、と彼はテーブルとその上の空っぽのグラスと、そうして力が抜けたようにベッドに転がる少年を見比べた。
「――駄目だなあ。ほんのちょっとだけ、動くけど」
「……」
「大石のようには、出来ないみたいだ」
 大石は無言のまま、そのグラスを睨みつけた。
 途端にグラスは、パン、と軽い音を立てて弾けるように割れ――しかしその破片がかけらなりともこの少年を傷つけぬように気遣われながら、テーブルの上に飛び散った。
「身体は、でも少し浮いたりは出来るみたいだよ」
 寝ころんだまま少し笑った英二に大石はまだ何も言わない。言わないままベッドへやってきて、英二の傍らに座り込んだ。
 英二の肩に手を伸ばし、英二の身体を覆っている布の端をおずおずと掴む。
 しかし英二の視線がふとそちらへ動いたので、彼は咎められたようにびくりとおののいて、布の端を握りしめた。
「……」
 しばらくそのままで、なんともいえず落ちつかない目の色の大石を見上げていた英二であったが、やがて目を閉じた。
そうして彼には逆らう意向のないことを示す。
 逆らう逆らわないと言うよりも、もういまとなっては大石が英二を非常に畏怖しているかにも見える。その身体にほんの指先さえも触れることに、ためらい、おののき、自分のすることで英二に何か異変がありはしないかと様子をうかがっているようでもあった。
 目を閉じた英二にそれでも大石はまだ逡巡していたが、やがてそろそろと、細心の注意をはらって彼の身体を包まれた布の中から取り出した。
 薄い胸元に触れ、脇腹のあたりを指先でたどり、足をゆっくり撫でさすっている。
 いずれも英二が銃創を負った箇所であり、その触れかたからも彼が英二を抱こうとしての愛撫ではないことが知れる。
 目を閉じてじっとしている英二に不安を覚えたかのように、ときどきは唇や鼻先に顔を近づけ、英二の呼吸を確かめている。
 もう英二が本復してからしばらく経つというのに、大石は彼が生きて自分の側にいるという事実を何度も確かめなければ気が済まないらしかった。傷跡がないのを確認し、英二の心臓がきちんと脈打っていることをたしかめ、英二の唇に顔を寄せ、小さな呼吸に安堵する。
 大石が納得し始めた頃を見計らって、英二は手を伸ばして彼の首にしがみついた。あの白い研究所にいたときも、こんなふうに彼の激情がおさまるのを待っていた、と思い出しながら。
「俺、もう、治ってるでしょ? 心配しなくても大丈夫だよ」
「――……」
「でも大石のここ……まだ塞がらないね」
 英二は大石の背に手を伸ばして、影響のないようにその周囲の皮膚を撫でた。
 そこは例のプレートを引き剥がした場所で、まだ時折血が滲むのか赤黒い痛々しい傷跡になっている。
 あの研究所にいたときの大石の身体には、それはもちろんたくさんの縫合の跡や得体の知れぬプレートが張り付けられていたのだが、これほど醜い傷跡になることはなかった。ましてあの研究所から脱出してのちは凄まじい早さで傷を完治できる身体になっていたはずなのに、なぜこれだけがいつまでたっても治らないのだろうか。
「痛い?」
「いたくない」
 間近に顔を寄せた大石は、どこかまだ落ち着かないようだ。
 無表情であるのに、その切れ長の美しい黒瞳からはぽろぽろと滴がこぼれおちた。
「また泣いてるね、大石」
「――」
「どうして、こんなに泣くの?」
「――判らない」
 英二の指先が、涙をまなじりからすくい取った。
「俺では止められない。何故とまらないかがわからない」
「――」
「何故こんなものが出るのか、わからない」
 優しい仕草に知らずなぐさめられながら、大石はそのまま英二の胸のあたりに頭を乗せかけた。
 彼は英二をただ慰撫するだけが目的のようであったので、英二はその大石の気が静まるのを待って尋ねた。
「ね、大石。少し気晴らしに、外に出てみない?」
「――外?」
 物憂げな声が返った。
「あの、白い樹のあるところに行ってみない? ここのところずっとこもりきりで、大石だって気が晴れないんだと思うよ。だからこんなに」
 こんなに、と言いながら、英二は大石の目元をまた拭った。
「こんなに泣いてて、なんだか可哀想だよ、大石」
「カワイソウ……?」
 英二は頷いた。
「身体はおかしくない?」
「至って正常だ」
「もし背中の傷が痛まないなら、今から外へ出てみようよ大石。今、いつぐらいだろう」
「標準時刻で17時44分31秒」
「そろそろ夕方だね」
 英二は、安心させるように大石に笑いかけた。
「俺を連れて行ってくれる?」
 大石はしばらく思案していたようだったが、ややあって頷いた。
 そのようすは妙に幼い子のようで、英二の胸をまた痛める。


 結論から言えば英二の世界はさほど変わったわけではなかった。
 彼の身体の変化は本当に身体だけのことであり、いままでの自分のあり方――人間として生きてきた、そのなにかに特別の変化があったわけではない。と言うよりも、彼自身の実感として変わったところがあるとは思えなかった。
 だが彼の知らぬところで、ヒトにはあり得ぬ能力が備わっていないとも言い切れない。事実今の時点で判っていることがらは、すでに人間の能力の領域ではないだろう。
ドールには劣るものの、身体の損傷に対する治癒力が人間ではあり得ぬほど高いことと、ほんの僅かだが他の物質に意志の力で働きかけられること、己の身体を重力に反して少しばかり浮遊させられること――。
 機械の難解なコードが以前とは違ったふうに――ひとつひとつの細かいことや数式の法則などは判らないでも――おおまかな意味のあるものとして英二の目に映ること。
 他にもあるかも知れないが、今のところはその程度だ。
 厳密に言えばもう決して人間とは言えない身体になったのかもしれない英二であったが、それに関しては何の怒りも、そして衝撃もなかった。先述の通り、『変わった』という実感などないのだ。むしろ英二は、大石の体の変調のほうをこそ案じていたのである。
 英二の左薬指に癒着させた「情報プレート」とやらは、大石の背から乱暴に引き剥がされたものであったが、どういうわけかその箇所だけ傷がいっこうに治らなかった。
 どれほどの傷を負おうと大石の身体はまたたくまに肉芽を伸ばし、新しい皮膚を貼り、なめらかな白い肌に戻っていたのに、そこだけいつまでも生々しい傷跡をさらしている。
 最近ようやく出血はとまったが傷がふさがり始める気配もない。むしろ英二の傷の治りの方が早かったくらいだ。
 変わる、と言えば。
あの一件があってからというもの、大石の方はこれはもう相当なものであった。
 いちかばちかの賭けに成功して英二を生還させた大石であったが、それからというものずっと英二のまわりを落ち着かなくうろうろして、英二のほんの僅かな異変も見逃すまいとしているようである。
 以前のように強引に抱くこともしなくなり、それどころかほんの指先であっても、触れるさいには英二をうかがうような目で見つめてくる。
「英二はどこにもいかないか?」
 あるとき大石はこんなふうに聞いた。
英二のそばで、よくしつけられた犬のようにじっとしていた大石であったが、ぽつんとこう尋ねたのだ。
「どこかへ行ってしまったりしないか」
「行かないよ」
 英二はそのとき大石の背の傷を丁寧に拭い、流れてくる血に胸を痛めながら薬を染み込ませたガーゼをあててやっていたが、大石の問いには即答した。
「ひとりで出ていったりしないか」
「しないよ。ここにいるよ」
「俺が、いま街を壊したりしていないからか」
「それもあるけど――」
 英二は困ったように答えた。
「とにかく、大石に何も言わずにいなくなったりしないから、安心して。それより早くこの傷を治そう」
「……傷が治ったら、どこかへいってしまうのか」
「そういうことじゃないよ、大丈夫。そんなことはないから安心して」
 英二は辛抱強く大石をなだめた。これと似たような会話は英二が回復してからは幾度も交わしている。
 大石はおそらく、英二が傷を負う前に言った言葉のことを、まだ重たく腹に抱え込んでいるのだったろう。
 大石秀一郎がこのまま破壊と殺戮を続けるのなら――それが英二にかかわるゆえであるならば、このまま彼の処に居続けるわけにはいかない。英二はそう宣言したのだ。
 その言葉や決意に偽りはない。必ずいつかやってくる自分たちへの追っ手のことや、悲惨であった大石の立場のことなどを考えると、決してそれが最良の選択というわけではないことぐらい、わかってもいる。
 だが大石が罪を重ねるのは見過ごせない。それに、無辜の人々が惨殺されるのが正しいはずもないのだ。
自分たちが存在を許されず追われることが理不尽ならば、抵抗も出来ず殺されるのも同じはずなのだから。
 しかしこのときの大石は、それまで労働者のように勤勉に、そうして魔王のように容赦なく行っていた殺戮と破壊をぴたりと止めてしまっていた。端的に言えば、「それどころではなかった」のだろう。彼は、彼の精神世界のほとんどを占める英二の存在を失いかけたことのショックと恐慌から、まだ完全には立ち直れていなかったのだ。
 その心の動きは大石にとっては自分では把握できない、まったくの予想外、データ外のことであったらしく、ときおりひとりで頭を抱え込み獣のように唸ってさえいた。
 それまでのことを決して無かったことには出来ないが、ともあれこのときの英二は大石に「そばにいる」と言い聞かせて落ち着かせることに心を砕いていたのだった。
 



そうして。
夕刻。


 大石は英二に促されるまま、しばらく訪れていないあの木々の場所へと彼を連れて行った。
 久しぶりに見るその光景に英二が目を細め、喜んでいる。英二のかたわらにあって大石の顔は穏やかだったが、英二を離すまいとしっかり手をつなぐことを忘れない。
 今日は空の雲もこころなしか薄い。
 木々は白く輝き、泉の表面に映りこんで、相変わらずどこかもの悲しい美景だった。
 英二は大石と並んで座りその美しさを飽かず眺めていたが、大石の方が眺め続けているのは英二の顔である。
 時々その赤い髪に触れてみようとし、英二にほほえみかけられてびくりと手を引っ込める。そうしてまた思い出したようにまなこから、ぽろりと涙をこぼすのだ。
 大石はその端正な表情をまったく崩さず、冷静で冷酷にすら見えるがこぼれる涙はとめどない。
ひとしずく、またひとしずくと、稀少な宝石でも生まれつづけているようだ。
 これほど美しい黒瞳であるのに、涙はみなしろく透きとおっている。当たり前の話なのだが、英二にはとても不思議なことのように思えた。
 あまりに彼が涙をこぼし続けるので英二はそっと話しかけた。
「どうしたの、大石」
「――」
「涙が止まらないね」
「――」
「そんなに、何が悲しいの?」
「カナシイ?」
 大石はほんのわずかに眉根を寄せた。
 自分の中で英二の言葉を反芻し、長いことかかってそれに該当するものを知識の中から探し出してこようとして、また見つからずに終わったようだった。
「英二、わからない」
 大石は途方に暮れて呟いた。
「俺はどうすればいい? どうしていいのか、俺には判らない」
「――大石」
「俺にはわからない。どうしていいか判らない。このあいだみたいなことになったらと、そればかりで頭が一杯なんだ。別のことが考えられない」
「このあいだ?」
「英二が、撃たれたときだ」
 彼は涙ばかりをぽろぽろ零しながら、しかしいつものあの無表情を決して崩そうとしなかった。
「英二を見ているとどうしていいか判らない。あんなふうになるなら、外にも連れて行けない。でも、あんなちっぽけな人間にすら英二は壊される。そうしたら俺が触っても、壊れてしまうのでないかと思って」
「……」
「あのことを考えると、呼吸が出来なくなる。身体が冷えるんだ。体温が低下しているわけでもないのに、身体の奥底からずっと冷たくなっていくような気がする。思考が機能しなくなる――俺が、動かなくなってしまう」
 彼は、まだなんとか「正常に機能」している己の身体を確かめるかのように、両手の平をしきりに握ったり開いたりしていた。
「どうしてだ。英二のことを考えると身体が動かなくなる。またあんなふうになることがあるかもしれないと、そう想定するだけでもう動けなくなる。ひどく不快で、どうしていいかわからなくなる。どうすればいいんだ。俺の目の届くところにずっと縛りつけておけばいいのか、あの要塞に閉じこめておけばいいのか、それとも」
「――」
「でも英二には、あんなところではよくない。英二に良いのは、ずっと昔にあった青い空だ。英二の喉や肺を痛めないよく澄んだ空気と、花なんだ。俺はだから、人間の街を」
「大石」
「……英二、頼む」
 彼は呻くように言った。
「教えてくれ。俺はどうすればいい。俺は壊れたのか」
 大石は目の前の光景を見やっている。
 英二の目に違うものが見え始めたように、大石の目にも、目の前のこの白い幻景がなにか違うように映っているのだろうか。
「こわいの、大石」
 英二は、うずくまっていた大石の前に膝をついた。
 膝をつき、四つん這いになり、うつむいてしまった彼の顔をすこしでも覗き込もうとする。
「怖がってるの? 大石」
「コワイ?」
 大石は、英二の言葉の意味が分からないように顔をあげた。
「怖い……こわい。恐ろしい……『恐怖』、のことか」
「うん」
「恐怖。……恐れ」
 大石は確かめるように幾度か呟いたが、また首を振った。
「わからない、英二」
「――」
「俺には、何も判らない。俺の知識ではおいつかない。英二は知っているのか、これがどういうことか知っているのか」
「――」
「わからない。どうしていいか判らない」
「急に知ろうとしなくていいよ、大石」
 頭を抱え込もうとした大石を英二はあわてて腕に引き寄せた。英二の薄いやせた胸板に頬を押しあてられるままに、大石はおとなしく目を閉じる。
「そんなに急に知らなきゃいけないことじゃないんだよ。ゆっくり考えればいい、大石。俺はいるから」
「――」
「判っていることだけを教えて。わかることだけを。大石の言葉でいいから」
「英二がいなくなるのはいやだ」
 大石は呻くように同じことを繰り返した。
「あんなふうに冷たい身体になるのは、いやなんだ。それを考えると動けなくなる」
「じゃあ、俺がいることを考えると、どうなる?」
 ふと虚を突かれたように大石は英二を見あげた。しんぼう強く英二が待っていると、大石は目を閉じてなにやら口の中で呟く。
「――……大石?」
「俺の好きな英二の顔」
「――」
「あれを見たときみたいに……」
「嬉しくなる?」
「ウレシイ?」
「そうだよ」
 英二は大石の背を――無論あの傷のある場所を避けて――ゆっくりと叩いた。英二が大石を落ち着かせようとしているその仕草は、母が子に対しておこなう慈しみに満ちた動作のひとつでもあった。
「――……うれ、しい」
「――うん」
「英二が暖かいのが、ウレシイ。冷たいのは……コワイ」
「うん」
「英二がいなくなるのは、コワイ」
 確かめるように、大石はその言葉を繰り返す。棒読みのようなその言葉の間にどれほど彼の中でさまざまな、生まれて初めての「感情」が渦巻いているのだろう。
「英二」
「うん」
「冷たくならないで、英二。英二が冷たいのはいやだ」
「うん」
「――あたたかいままでいてくれ。死なないで」
 その瞬間。
 どういう具合であったのか周囲の木々がぽうと光り始める。
 その日珍しく薄かった光化学スモッグが完全に、ほんの一瞬だけであったが晴れ、そうしてそのむこうから誰憚ることのない月光が降り注いだ――まさにその瞬間であった。
 白い木々は輝きを増し、深い闇色であったはずの泉をもその映りこむ輝きで満たす。
 偶然であったに違いない。
 たまたまスモッグの雲が晴れたのも、そうしてあらわれたその美しい景色も。
 だが大石が『何か』を得た瞬間をまさに祝福するようなその輝きに、英二はぼんやりと見とれていたのであった。
 英二の胸に抱えられた大石が目を閉じた瞬間、また幾粒かの涙がこぼれ落ちる。それすらにも光は届き、祝福の金に輝かせた。
 世界の端。
 暗闇の片隅。
 誰に知られることもないこの白く美しい、そして寂しい光景だけが、ふたりを黙って受け入れて包み込む。
 互いの他にだれもおらぬ、この世でただふたりきりの同族である彼らは、その日夜が更けるまで――月が隠れ、木々が輝かなくなるまでその場で座り込んでいたのだった。
 その日の、その幻のような光景を。
 この夜にただ二人きりと感じた孤独と幸福を、英二は生涯忘れないだろう。



 その日から――ちょうど七日後。
 大石が空に向け――いつにもましてどんよりとした黄昏色の空に向けて、表情を険しくし、呟いた言葉とともに。


 あの日。
 運命の朝。
 鋼鉄の城を背にし、英二を傍らに抱きよせ抱きしめて、大石は虚空へ顔を向けた。
 あやまたず彼らを目指してくる敵意と悪意の存在をはっきりと感じ取って、彼は――大石はつぶやいたのだ。




 Loki、と。

 










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