STRIKE!! 第6話 「正念場!!」(改訂版)



前期の日程は、早くもあと1試合を残すのみであった。

城南第二大学のこれまでの戦跡は、


第1試合(対櫻陽大学)  3−4 ×(勝ち点0)
第2試合(対仁仙大学) 12−0 ○(勝ち点3)
第3試合(対享和大学)  5−0 ○(勝ち点6)
第4試合(対法泉印大学)16−0 ○(勝ち点9)


と、なっており、現在のところ3位である。

しかし、残念ながら前期の優勝は逃してしまった。なぜなら、先に最終戦で勝利をおさめた櫻陽大学が総合の勝ち点を“13”にまでのばし、城二大が次の試合に勝ったとしても、届かない数字に達したからである。

確かに悔しい思いはあった。だが、総合優勝への道が絶たれたわけではない。

櫻陽大学の勝ち点が“13”であることに着目して欲しい。5試合全てに勝利したのならば、総合の獲得点数は“15”になる。それなのに、2点も足りない。

そう。勝ち点が“1”として計算される引き分け試合が、ひとつあったのだ。

破竹の勢いで連勝を重ねていた櫻陽大学と引き分けたチーム。それが、次の対戦相手・星海大学である。

星海大学の戦跡を、少し見てみよう。


第1試合(対法泉印大学) 6−0 ○(勝ち点3)
第2試合(対享和大学)  2−1 ○(勝ち点6)
第3試合(対仁仙大学)  4−0 ○(勝ち点9)
第4試合(対櫻陽大学)  2−2 △(勝ち点10)


光るのは、何といっても櫻陽大学との引き分け試合だ。そして、城二大に勝利すれば、勝ち点で並んだ櫻陽大学と、前期の優勝をかけたプレーオフに進むことが出来る。

つまり、星海大にとっても城二大との一戦は正念場なのである。

試合の得点経過を見ると、攻撃力の乏しいチームであるとわかる。しかし、あの櫻陽大さえ2失点に抑えるほどの投手力と守備力。決して侮れない。

いや…成績から換算すれば、城二大は追いかける立場なのだ。例え僅差だったとしても、3勝1分の成績を残しているのだから。相手を圧倒し続けたこれまでの3試合は、念頭から外さなければならないだろう。

とにもかくにも、二つのチームにとって、この試合は大きな意味を持つ。

城二大は、総合優勝への足がかりを守るため…。

星海大は、前期優勝へのプレーオフをかけて…。

決戦の週末は、すぐそこまで迫っていた。





「というわけだから、ナシな」

「……YES」

星海大学との一戦を二日後にひかえ、なにやらひと悶着していたのは、長見とエレナだった。

時間は既に0時を越えている。

今現在、チームの置かれている状況のためか、これまで以上に気合の入った練習を遅くまで行っていた。しかも、それが終わったあとに長見はエレナとバッティングセンターでしばらく打ち込んで、10時を廻る頃になってようやく帰宅した。まったく、第1話の頃の彼からは想像もつかない長見の姿だ。

部屋に戻った後、エレナが用意してくれたスタミナ料理を馳走になり、それで腹を満たした後に“誘い”を受けたのだが、とてもそんな気分にはなれなかった。それで、セックスを断る口実として亮から聞いた話をそのまま語ったのである。

エレナも聡明な女性だ。事情をよく飲み込めている。これまでとは違う緊張感がチームの中にあり、それが次の対戦相手の強さを物語っていることもわかっているのだ。

だが、男女の仲はそんな理屈だけでは片付けられない。“やりたいものはやりたい”のである。

「そんな顔すんなよ。その……そんな気がしねえだけだから」

「わかってます……」

長見は苦笑する。いつも無邪気なエレナの顔がこんなに曇るのは、久しぶりのような気がした。

「それとな、今回は試合まで、俺もひとりで寝ることにするわ」

「OH,THAT’S TOO BAD!!」

さすがにエレナが非難の声をあげる。せめて、何もしないまでも、体を寄せ合うぐらいは許してくれると思っていたらしい。

「まあ、いまさらと思われるかもしれないけど……。頼む、な?」

「……わかりました」

いつにない長見の真摯な顔つきに、エレナも同意せざるを得ない。

「でも、次の試合で勝ったら、いっぱい、いっぱい愛してくださいよ」

「あ、ああ。エレナがして欲しいこと、なんだってしてやるから」

「REALLY? SO……PROMISE ME」

半分泣いた顔で、エレナが小指を差し出してきた。何も言わず長見は、同じ動作を返してあげた。

ぎゅ、と握られたその部分から、エレナの寂しさが伝わってくるようで、少し胸が痛い。……ついでに、指も痛い。

「エレナ……い、痛いんだけど……」

「KISS ME……そうしたら、はなしてあげます」

「お、おうい」

「それぐらい、許してください……」

ぽろ、と雫がこぼれた。こうなると、長見は勝てない。

「………」

顔を寄せて、エレナの唇を覆った。少しだけ、長めのキスにしたのは、エレナの気持ちが落ち着く時間を与えるためである。

「……SORRY、わがままを言ってしまいました」

その甲斐があったのか…エレナが自ら唇を離し、指も離し、俯きがちに言った。それまでの自分の醜態を恥じ入っているのかもしれない。

「……いや、勝手を言ってるのは、俺の方だから」

そんなエレナを、もう一度だけ抱きしめてから、長見は自分の部屋に戻っていった。

「………」
広い部屋に残されたエレナは、猛烈な寂しさに包まれた。なにしろ、元々が広すぎるファミリールームなのである。今までは、長見と一緒に住んでいたから、それと感じなかった空虚な空間が、彼のいない今、まるで圧し掛かるように一斉に押し寄せてくる。

エレナは、ベッドの側に寄った。そのまま縁の部分に手をかけたかと思うと、なにかをカチリと操作して、引き出しのような部分をスライドした。

そこには、びっしりと“大人の玩具”が詰まっている。長見というかけがえのない存在を手に入れるまで、エレナの寂しさを埋めてくれた“夜のお友達”である。

さしものエレナも、これは長見に公開していなかった。彼のことを好きになり、愛するようになればなるほど、この淫猥な道具の数々を見られることが怖くなってきたのだ。

「………」

エレナは、その中から男性器を模したシリコン製の棒を取り出した。一般に、ディルドーと呼ばれるものである。モーターがついていないので、バイブレーターとは違うが、欧米ではよく使用される淫具である。……ありていに言えば、“張り型”のことだ。

それともうひとつ。今度は長いチューブのようなものを取り出す。片方の先端に、ノズルのようなプラスチック製のキャップがあり、その中心はバルーンのように膨らんでいる。

エネマシリンジ……言わずと知れた“浣腸器”のことである。

「………」

ほんの少しの逡巡の後、エレナは身に纏っていたものを全て脱ぎ、バスルームに向かった。一度、シャワーで全身を清めてから、お湯を流したままの状態でツメに引っ掛けて、ざあざあとタイルに落ちてくるお湯を、用意した洗面器に貯めこんだ。

エネマシリンジの、チューブが剥き出しになっている方を湯の中に沈め、もう一方の先端を自分の窄まった部分に押し当てる。

「あ、ン………」

ずるずると中に押し込んでいく。異物が直腸を逆流してくる感覚に、背筋が泡立った。

ある程度、自分の中にノズルをおさめてから、中央のバルーンを握りつぶした。

「あ、あぅ……ぅ……」

空気を排出していなかったので、しゅうしゅうと風が腸を走る。しかし、しばらくのうちにお湯がチューブを満たし、そのままエレナの中に移動してきた。

「ンッ……あ、あッ………」


 ちゅるちゅるちゅる…


と、お湯が今度は腸に満たされていく。洗面器の中が、みるみるうちに空になって…。

「あ、あ、あ………あ、はぁ……」

全てが、腹の中におさまった。

「ん……ヘンな感じ……」

違和感はあるが、まだ切羽詰った状態にはなってこない。今まで、充分にお通じがあったから、腸内には固形の穢れが少なかったのだろう。

「今度は、コレ……」

張った腹部もそのままに、エレナは転がっていたディルドーを両手で持ち上げると、その先端を口に運んだ。無機質な味がして、あまり美味しくはない。それに大きさも、暖かさも、いつも愛している長見のものに比べると、はるかに及ばないものだった。

それでも、今夜の“恋人”を舌で丹念に暖める。たとえまがいものだとわかっていても、何とか長見の陰部を投影し、それを己が唾液で濡らし続けた。

「ン……そろそろ……」

口内で温められたことにより、シリコンの表面が柔らかくなってきた。エレナはそれを床と垂直になるように手で持つと、跨るようにしてその先端を自らの媚肉に押しつける。先端が触れたところは、お湯のものだけではない熱いぬるみを既にたたえており、ディルドーを咥えこむと、そのまま沈みこんでいった。

「あ、ああ……」

圧迫感が、下腹に溢れた。お湯詰になっている腸が、粘膜を通したその裏側に堅い異物をとらえ、おたがいの勢力を誇示するようにせめぎあっている。

「ン……くるしく、なって……ンンっ」


きゅるきゅる…


と、かすかな腸鳴りが走る。それをやり過ごしながら、両手でディルドーを固定して腰を上下させてみた。

「ンっ……あっ……あンっ……」


じゅぷり、じゅぷり…


と、媚肉が鳴き始める。例え相手が無機質な物体でも、それの起こす摩擦が体に快楽を与えることは変わりがなかった。
「は、あふ……く……うぅ……ン、ンンっ!」

きゅうぅぅぅ、と切なさが窄まりに襲い掛かる。腸内を洗ったお湯が、わずかなお供を引き連れて、外界への外出許可を求めているのだ。

「あ、ああ………ま、まだ、です……」

機械的に腰を上下して、ディルドーで膣内を往復する。だが、その往復が生み出す愉悦というものは、エレナを少しも高みへ運んでくれなかった。

「…………」

エレナは動きをやめ、ディルドーを引き抜いた。ぬらぬらと光るシリコンの先端を、今度は切ない窄まりに押し当ててみた。

「あ、う………ンンンンン!!」

ず、ずずず……とチューブとは比べ物にならないほど太いものが逆入してくる。とにかく入るところまで、そのシリコンを埋め込んでいく。

「あ、ひっ! ンンン……」


きゅるきゅるきゅるきゅる…


お湯によって張っていた腸が、さらに凶暴な異物を迎えたことで、緊急警報を発した。

「あッ、くるし……う、うぅ……」

下腹に力がこもると、半ばまで埋まっていたディルドーが外に這い出ようとする。

「あ、ああぁぁ………」

正規の順路で、体外へ出ようとするその動きが、たまらない。

「ン、ンぐ!」

もう一度、中に押し込んで…、

「あうぅぅぅぅ………」

ぬぬぬぬ、と抜けないところまで息んで押し出す。栓の役割も果たしているのか、腸内のお湯は、息んだとしても僅かにしか漏れでない。二重の圧迫感が、背徳の悦楽をもたらしている。

「はっ、はっ、はっ……あ、ンンンン………」

何度も何度も繰り返す。

「あ!」


 ツルリ…


何度目かの押し込みをはかろうとして、体勢を整えようとしたときに、タイルで脚を滑らせた。

そして、そのまま、ズン、と尻餅をついてしまった。

「あっ! あぐああぁぁぁぁぁ!!!」

そのためにディルドーが、信じられないほど深々と腸内をえぐってくる。

「OH……MY……GOD………」

痛みというよりも、凄まじい愉悦を伴う挿入感に、体中の意識を奪われた。ぶるぶると、体が震えてしまう。

「ウ、ウゥ………」

さすがに、苦しい。エレナは急いで、這うような姿勢をとり、思い切り息んだ。

「ン! ンンンンンン――――ッッッ!!!」

 相当深くまで突き刺さったのだろう。いくら息んで、力を入れてもなかなか出てこない。

「はァ……はァ……ン、ンンンン……」

四肢に力を込め、全ての神経を一点に集中した。括約筋が意志を得て、深々と侵入してきた異物を排除しようと力を振り絞る。

「ンぐ………ぐ、うぅぅぅぅ……」


ぬりゅりゅりゅりゅ…


その凄まじい圧力には抗えなかったか、エレナの中に埋没していたディルドーが、まるでウ×コのようにぬるぬると排出されていった。

「ン! ンンっ!! ンンンンっっ!!!」


 ボシュッ! ブブッ!! ブシュブシュ! ―――――ボトッ……ブシュゥゥ!


と、エレナの窄まりをこじ開けて噴出したディルドーが床に転がる。栓を失いぱっくりと広がった出口から、中に詰まったお湯が外へとぶちまけられた。

(ダ、ダメ………っ!!)

さすがに、風呂場で全てを排泄するわけにはいかない。エレナは、括約筋を締めて窄まりの口を閉じ、バスルームから飛び出して、トイレへと駆け込む。

「アッ、アッ……」

足を運ぶたびに、微妙に口を開く窄まりからお湯が噴き出し、途中のフローリングに水溜りを作ってしまった。

(ダ、ダメ! ダメェッ!!)

なんとかトイレにたどりつくと、蓋をあげ、座ることさえもどかしく、中腰のまま窄まりの封印を解くエレナ。


 ブシュ、ブシュ、ブジャアアァァァァァァ――――――……………


「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ドボドボドボ…


ほとんど水と思しき飛沫が弾け、水洗便器の水だまりへ滝のように叩きつけられる。

「ああぁぁ………ン……ンあ……」

ウォシュレットで洗い流すためのジェット水と、ほとんど同等の感触を不浄の窄まりに与えながら、薄褐色のほとばしりがエレナの尻を犯すように中から飛び出していった。

「あ、ああぁぁぁぁ…………」

ブジュッ、ブジュッ、と断続的に排泄するときもあれば、思い出したように勢いよく溢れ出すときもある。そのたびに、口を開いた部分から切なさが込みあげてきて、たまらない。

「う、う、う……あぁ………」

しばらくエレナは、その開放にともなう快美感に酔いしれた。

「………」

全てを出し切った後、放心したように便座に腰を落とす。ブブブッと、水気たっぷりの空気がときどき漏れた。

(わたし………)

開け放したままのドアの向こうには、フローリングに飛び散った水滴の道が見える。間違いなく、自分の尻から漏らしてしまったものだ。

(わたし………ヘンタイです……)

ア×スでの繋がり方を覚えるために得た様々な知識から、どうしようもなく感じてしまう行為を見つけてしまった。

自らその深みに入り込んだとはいえ、なにか異常なものを抱かずにはいられないエレナであった。




6月の最終週。梅雨の合間をぬうように、晴れ晴れとした晴天が空を覆う中、その試合は始まった。

城南第二大学と星海大学のメンバーが中央に集まり、一礼をする。お互い負けられない試合だけに、これまでとは違った緊張感がふたつのチームにはある。

ふと、頭を上げた晶の目に、見覚えのある顔が入る。あどけなさを残す、高校生にも見えてしまう小柄な青年。

「あ、きみ……」

開会式のときに、風に飛んだ帽子を拾ってくれた青年だ。相手もそれと知っていたのか、夏の爽快さを絵にかいたような微笑を返してくれた。

「山内です。お互いに、頑張りましょう」

ふいに、右手を差し出してくる。晶は自然と手を伸ばし、握手を交わしていた。

「晶、どうした?」

相手の手が離れ、皆がベンチに下がっていく中、なかなか動かない晶を心配して亮が声をかけた。

「あ、ごめん」

大事な試合を前に、ぼーっとしていたことを反省する。一瞬、あの爽快な笑顔に忘れかけたが、対峙しているのは間違いなく総合優勝という目標に立ち塞がる敵なのだ。

メンバー表が、電光掲示板に羅列されていった。城二大は先攻めなので、ベンチの中からそれを見守っていた。



先攻:城二大

1番:長 見(中堅手)
2番:斉 木(遊撃手)
3番:高 杉(三塁手)
4番:木 戸(捕 手)
5番:柴 崎(左翼手)
6番:原 田(一塁手)
7番:新 村(二塁手)
8番:長谷川(右翼手)
9番:近 藤(投 手)



後攻:星海大

1番:笹 本(右翼手)
2番:小 柳(二塁手)
3番:帆 波(投 手)
4番:山 内(捕 手)
5番:加 藤(中堅手)
6番:佐々木(三塁手)
7番:川 辺(一塁手)
8番:山 下(左翼手)
9番:美 作(遊撃手)



星海大の面々が、守備に散った。マウンドに立った投手が、投球練習のために振りかぶって投球に入る。

「………」

そのまま一度、低く沈み込んで、浮き上がるようなモーションから速球を繰り出した。その球筋もまた、低空から上昇するジェット機のような軌跡を描いて、相手捕手のミットを貫いた。

「話には聞いていたけど……」

アンダースロー。潜水するように腕が低いところまで下りるので“サブマリン”とも称される投球フォームに、亮はうなる。

高校時代にも対戦したことのないタイプの投手だ。変則的なオーバースローやサイドスローの投手とは幾度も戦ったことはあるが、あれだけお手本のように完璧な下手投げはお目にかかったことがない。

「………」

城二大の誰もが、その華麗な姿に目を奪われている。まさに蝶の舞うごとく、柔らかい体の動きから、キレのある球を次々と投げ込んでいるのだ。

「おっ」

最後の投球のあと、浅く被っていたのか帽子が飛んだ。小麦色に焼けた肌が、太陽のもとに晒される。猫を思わせる切れ長の瞳と、精悍な顔つき。そして、無造作なまでに短くカットした髪が、健康的な少年を思わせた。

しかし、生物学上、マウンドにいる人物は女である。

「よっしゃー! 今日も快調!」

腕を大きく広げて、太陽に向かって咆哮しているところを見ると、やっぱり腕白少年のように見えてしまうのだが。

「あれが、噂の……」

帆波 渚。彼女の名前だ。星海大学に通う2回生。野球どころ四国の出身である。

彼女の特徴は、何といっても健康的な小麦色の肌であろう。それは、実家が漁師をしているため、何度となく親兄弟にひっついて漁に同行していたことに起因する。

一般的に女性ならば、色白であることを望むものだが、渚はむしろ自分の肌の色を誇りに思っている。

「審判、はやくやろーぜ! バッターさんも、ほら!!」

……男所帯で育ったせいか、言葉づかいは荒く、気も強そうだ。

呆気に取られたように、審判は持ち場に着き、長見は打席の中に入った。

「すみません、ガサツな子で……」

捕手の山内悟が、恐縮しきりである。そんなマスクの下の爽やかな笑顔に、二人はわずかに昇った溜飲を下げていた。

「プレイボール!」

審判の手が、試合開始を宣告する。

「悟! 行くぜ!!」

待ちかねていたように女房(捕手の通称)の名を呼び、大きく振りかぶる。そのまま一気に上半身を落とすと、地面を這うようにして腕が振られ、弾道の低い速球が放たれた。

「い!?」

白い球が、やけに大きく見える。それもそのはず。長見の顔付近に迫っていたからだ。

「うわ!」

思わずのけぞる長見。そのすぐ近くを通過して、威力のある球であることを示すミットの爽快な音が響いた。

「ボール!」

(…………)

なんでもないように悟はボールを渚に返す。どうやら、失投というわけではないらしい。

(威嚇かよ……やってくれるぜ)

手加減はなし、勝つためにはなんでもやる、という敵側の意思表示。

(上等じゃねえか……)

長見は力を込めて、次の球を待った。しかしその時点で彼は、バッテリーの術中に嵌っていたのである。



「晶、知ってるか?」

ふいに亮が話を振ってきた。晶は、顔をそちらに向けて続きを促す。

「彼女、甲子園で投げたことがあるんだ」

「!?」

晶は甲子園でのあの出来事以来、高校野球については見ることも聞くことも全くしなかった。それこそ、地元の出場校や優勝校がどこであるかを知らないほどに。

だから、マウンドにいる相手投手が、自分と同じように甲子園に出場した女子選手であることなど知るはずもなかった。

「あの一件で、とりあえず高野協会は女子の硬式野球部への入部を認めたわけだけど、その申請認可第1号が、彼女……帆波渚だったんだ」

晶が甲子園に出場したのは1年生だった夏の大会のとき。と、いうことは、同級生らしい帆波渚はそれ以降に台頭したことになる。

炎天下での試合や練習に男子並についていける体力……それを証明しなければ、協会に認められない。人の命が関わることだけに、かなり厳しい考査が行われたらしいが、それをまるで朝の散歩でもするかのように合格したそうだ。

「結構、話題になったんだ。チームも、春の選抜大会で甲子園に出てきたんで、すごい人気だったよ」

「ふーん……彼女、エースだったの?」

「いや、さすがに控えだったけど。……まあ、ちょっと色々あった」

「え?」

亮はなおも話を続けた。

渚が所属する海島高校は初戦を勝ちあがり、二回戦に進んだ。最初の試合では渚の登板はなかったが、話題の女投手みたさに集まった観衆は多く“渚コール”が起こる始末。

それに応えるためか、あまりの突き上げにウンザリしたのか……二戦目では先発にその渚が登板した。しかし、事件はそのときに起こった。

もともと海島高校は、部員が14名しかいないチームだった。だから、中途入部にも関わらず、渚も背番号をもらい、ベンチの中に入ることが出来たのだ。

その渚が甲子園のマウンドに立つと、観衆は大いにどよめいた。そして、渚も自信はあった。実際、地区予選で登板したときも、それなりの結果は残していたから。

だが、現実は甘くはなかった。投げるたびに沸き起こった声援は、いつしかため息にかわり、最後は嘲笑となって球場を包んだ。

ストライクが、入らなかったのだ。

最初の打者にデッドボールを与えたのがいけなかったのか、気合の入りすぎる彼女の性格が裏目に出たのか……当時オーバースローだった渚の投球フォームは、甲子園に棲むという魔物によってズタズタにされ、ついに審判の腕を一度も空に突き出させないまま、6者連続与四死球という不名誉な記録を残し、彼女はマウンドから去ってしまったのである。

「結局、あれだけ騒がれたのに、帆波渚はそれ以降、名前すら挙がらなかったよ」

「あたしと、似てるね……」

甲子園という夢の舞台に翻弄されたこと。晶は、マウンドに立つ少年のような少女をもう一度追ってみる。その姿には、活き活きとした生命力が溢れており、晒し者になってしまったという過去を微塵も感じさせない。

(………)

ふいに、試合前に手を差し出してきた爽快な笑顔が浮かんだ。それは、女の直感だ。

(だとしたら、本当にあたしと似てるけど……)

さすがに考えすぎか…と、晶は、都合のいい自分の想像が可笑しかった。


ぽこ…


「あ……」

長見が打ち上げた。力のないセカンドフライ。彼の悪癖ともいえる“力み”が、出てしまったらしい。

「ストライク! バッターアウト!」

続く斉木も、空振りの三振に倒れた。2ストライクに追い込まれてから、横から見れば明らかにボール球と分かるそれを振ってしまったのだ。慎重な斉木らしくないスイングではあった。

(なかなか老獪なバッテリーだな)

亮はウェイティングサークルに向かいながら思う。

アンダースローの特徴は、なんといっても浮き上がってくるような球筋のストレートだ。だから、最初は低い位置にあるように見えても、手元に来るときにはコースの高低が変わっている。

その残像を利用した配球に、斉木は嵌ったのだろう。

(慣れるのに、時間がかかりそうだ……)

相手のプレッシャーが、じりじりと目の前で高い壁を築いているような、そんな錯覚を起こしかけて亮は首を振った。

わずかなひるみでさえも、勝負の世界には致命的な隙となることを、思い出したから。




1回の表は、亮に打席が廻らなかった。3番の直樹は、追い込まれてからもファウルで粘り、フルカウントまで持ち込んだのだが、あの高めに浮き上がる速球に手を出してしまい、三振に倒れたのであった。

「よっしゃー! 今日も“日の出ボール”は快調、快調!」

マウンドで跳ねる渚。ちなみに“日の出ボール”というのが、その名前らしい。

「しかし、なんとかならんかね、そのネーミングは」

遊撃手でチームの主将を務める美作がぼやく。確かに、低い球筋から一気に浮上してくるその様は日の出を思わせるものだが、だとしたらあまりにも安直過ぎる。

「せめて横文字にして……“サンライズボール”とかさ……」

「主将、“サンライズボール”は某野球漫画でもうあります」

「………」

冷静に突っ込まないでくれ、レフトの山下君。

「いいじゃないですか、“日の出ボール”。日本男児を思わせる、いい名前! オレみたいでしょ!」

「お前は女だって……」

美作はいつものことながら、溢れんばかりの渚の快活さに呆れてしまう。

「なあ、悟」

マスクを取り、額の汗を拭っている悟にそっと耳打ちする美作。

「……いい加減、女の修行させんか?」

仲間としてつきあうぶんには、渚の元気のよさはとても気持ちがいい。誰にも気兼ねしないそのサッパリした性格は好感が持てる。

しかし、女性というところに視点を置くと、なんというか、渚の行動はいろいろ頭を抱えたくなる。例えば、合宿の時にはいつの間にか布団を蹴飛ばして腹を出して寝ているし、他の男連中よりもかぱかぱと飯はよく食べるし、周りに誰かいてもかまわずでかい屁はするし、洗濯物は誰かに押しつけて逃げ回るしで、女性としてのしおらしさが欠片も見えてこないのだ。

「このままじゃ、俺はアイツの将来に不安を感じるぞ」

よく見ればかなり器量がいいだけに、美作は常日頃、勿体無く思っているのだ。かといって、渚に対して特別な感情を抱いているというわけではない。簡単に言えば、弟のような妹を心配する兄という具合に、渚のことが心配なのである。

「渚は、僕がもらうから大丈夫ですよ」

さらりと悟が言う。この優男はいつもそうやってはぐらかすのだ。

「なあ、悟、いつもそう言うけどな……」

いいかけてやめた。こっちがムキになればなるほど、悟はひらりはらりと事を流すのだ。何というか、手応えを感じないまま、いつもやりこめられる。

「なあなあ、内緒話は男らしくねーぜ」

「ああ、ごめんね、渚。今日も“日の出ボール”調子いいなぁって、主将と言ってたんだ」

「だろ? やっぱ、そうだろ!」

ますます得意になり、胸を張る渚。

「はぁ……」

微かに膨らんでいるその部分に、いまのところは女であることを見てもらうしかない。

「それよりも、近藤晶ですよ」

「ん? あ、ああ、そうだな」

悟と美作は、マウンドで投球練習を行う晶に視線を注ぐ。

柔らかくダイナミックなフォームからしなるように左腕が振られ、白球が糸を引くようにミットの中へ吸い込まれている。

8分の力で投げているように見えるが、ミットを貫く音がこっちまで聞こえてきた。それだけキレと威力のある球だということだ。

「やっぱ、すごいな………」

「29イニング連続無失点。18イニング連続被安打0。4試合の合計奪三振は64個。はっきりいって、怪物ですね」

それでも顔色を失わない悟。この冷静さが、今は頼もしい。

「最後の試合には、もってこいの相手ですよ。心置きなく野球が楽しめそうです」

「悟……」

美作は、この試合にかける悟の想いの強さを、マウンドを凝視するその眼差しに見ていた。





「晶、今までの試合は忘れろよ」

マウンドに寄った亮は、まずは慢心を戒める。

「わかってる。今日は、1点勝負になりそうだね」

相手バッテリーの脅威を、晶もまた感じ取っていたらしい。亮は、自分以上にその帰趨を嗅ぎ取れる晶の勝負勘を頼もしく思った。

「亮」

晶は左手を差し出した。亮はミットを外すと、その手をぐっと握り締める。いつからか始まった、投げる前の景気づけ。

「パワー、いったか?」

「ん、きたよ。ビンビンにね」

ぱちり、と晶ウィンク。

「よし、いくか!」

「うん!」

最後にタッチを交わして、亮はマウンドから離れていった。

(今日は、負けたくない)

ロージンバックを左手ではたき、相手のベンチをのぞき見る。

「笹本さーん! ガンガンいってよ!!」

メガホンを片手に喚き声を上げる、星海大のエース・帆波渚。自分と似た境遇を背負う女投手。いやがうえにも、敵愾心は燃え上がる。

「プレイ!」

晶はプレートをしっかりと踏みしめて、大きく振りかぶった。亮のミットは、外角低めを要求している。ストレートのレベルは1。

流れるような一連の動きから繰り出された速球が、唸りを上げてミットを貫いた。

「ストライク!」

亮のミットが微動だにしないほどに、完璧なコントロール。指のかかりも、肩の廻りも絶好調だ。

「いいぞ、晶!」

嬉しそうな亮の声。何よりそれが、力を与えてくれる。

二球目は内角。晶は、相手が仰け反るくらいのストレートをお見舞いしてやった。

「ストライク!! ツー!!」

しかし、ベースを微かに通るコントロールも忘れていない。相手の打者が“え、これ、ストライク?”という表情で審判を見ている。それほど、絶妙なところを攻めたのだ。

三球目、亮は外角を構えている。相手の打者は、インコースを抉られた残像が残っているのか、わずかに腰が引けていた。

その時点で、バッテリーの敵ではない。

「ストライク!!! バッターアウト!」

三球三振で、まずは一死を取った。

二番打者が、右打席に入る。何処となく、晶の速球に呑まれた雰囲気があり、構えも弱々しい。

「バッターアウト!!」

しかし、油断はしない。亮が要求したボールを集中して投げ込み、これまた三球で三振に切って取った。

「あ〜……やっぱ、オレがやるしかないってか!!」

続く打者は、投手でありながら3番を打つ帆波渚。バットの端を両手で掴み、大きく伸びをしてから左打席に入った。どうやら、右投げ左打ちのようだ。

(………)

さすがに、これまでの打者とは風格が違う。忙しなく動き、様々なコースにタイミングをあわせようとするその構えには余
計な力みもなく、しっかりとバネも利いている。

亮の構えは、インコース。晶は頷くと、気合の乗せたストレートを放り込んだ。


「!」


初球から、渚は振ってきた。重りでもついているように安定した下半身と、鋭い腰の回転。それらが伝わるバットの軌跡
は、まるで旋風のように空気を切り裂いた。

「ストライク!」

マウンドにまで聞こえるほどのバットスイング。しかし、内角ギリギリを突いて、相手に満足な体勢をさせなかったため、空振りを奪うことが出来た。

「ああくそ!」

感情を露にし、悔しがる渚。すぐに構えを取り直し、二球目を待つ。剥き出しの敵意が、強烈なプレッシャーをぶつけてきた。

(ふふ、おもしろいじゃない!)

晶とて、勝負の世界に浸りきっていた身。普通ならばひるみを感じてもおかしくないそのプレッシャーは、むしろ、昂揚感を与えてくれる。

大きく振りかぶり、二球目を見舞った。亮の指定通りに、同じくインコースへ。

「ボール!」

ぶつかりそうなほど身体のすぐ側を通過したにも関わらず、こともなげに見送られた。どうやら、この気の強い娘には、恐怖心を煽って凡打に打ち取ることは難しそうだ。

(………)

亮のサインに晶は頷く。小手先の投球が通じない相手ならば、対応策はただひとつ。

「ストライク!!」

それを上回る力でねじ伏せればいい。レベル1.5の速球を外角に投げ込み、相手に見送らせてカウントを有利にした。

「くっそー! 見逃しちまった!!」

悔しそうに、バットの根元の方を自分のメットに叩きつける渚。わずかに気後れしたことに“渇”を入れるためだろう。そのすぐ後で、晶を睨みつけるように構えに入る。

ばちばちと散る火花。初回から戦いはヒートアップしている。

晶の脚が高く上がった。鞭のようにしなる腕の振りから放たれた速球が、牙をむくように、亮の構えた内角高めのコースをめがけて唸りをあげた。

「!」

渚が振ってきた。それは、強引とも言えるスイング。 

だが、体の軸は崩れていない。すなわち、スイングスピードは損なわれていないということだ。


キン!


ボールが、高く舞った。

「!?」

晶はその行方を追う。二塁手の新村が、大きく手を振っていた。なんのことはない、平凡なセカンドフライ。

ボールがグラブに収まる、乾いた音が響いた。

「アウト!!!」

「ちっくしょー! こすっただけかよっ!!」

 取りあえず一塁まで走っていた渚は、途中で足を止め地団太を踏んでいる。

「スリーアウト!!! チェンジ!」

初回の攻防はともに三者凡退で終了。まさに、拮抗した試合を思わせる始まり方といえよう。

(………やるじゃないの)

そして晶は、空振りを奪うつもりで投げ込んだ速球を当てられた事に、かすかな戦慄を覚えていた。







「ボール! フォアボール!!」

2回の表。4番の亮が四球で出塁した。

「ちっ」

渚がマウンドを蹴る。ファウルを続けさせて追い込みながら、フルカウントに持ち込まれ、決めにいった“日の出ボール”が少し高めに浮いてしまった。

「渚ぁ、惜しかったよ」

悟が気にするなとばかりに、やんわりとボールを返してくる。相変わらず、彼は飄々としたものだ。

(次は、ブロンドのねーちゃんか……)

右打席にエレナが入っていた。渚は気を取り直して相手の5番打者と対峙する。

悟に見せてもらった成績ファイルでは、彼女の長打力は相手の4番を上回っている。それでなくとも、6本のホームランはリーグトップの数字。特に注意が必要だ。

(でかい……)

おそらく、相手チームでは一番の長身だろう。それに加えて、胸と尻の出っ張りが、これまたよく目立つ。

悟が、内角低目を要求してきた。打者の体格を思えば、妥当だと思う。手足が長いぶん広がるストライクゾーンのうち、相手が最も窮屈になるところを攻める。

「ストライク!」

案の定、見送ってきた。

二球目は、さらにコースを内側に入れる。あのダイナマイトバストに当てないよう、低めギリギリを狙って投げ込む。

「!」

同じ内角ということで、エレナが振ってきた。しかしボール一個、内側に入れてある。

がつ、と根元で弾いた白球はファウルゾーンを力なく転がった。

これで、2ストライク。追い込んでしまえば、投げるボールはただひとつ。

渚が、セットポジションから柔らかいモーションで“日の出ボール”を繰り出した。ボールカウントが入っていないから、ストライクゾーンは外して。

エレナは、またも振ってきた。しかし、二球目と同じように鈍い音が響き、遊撃手の目の前に球が転がった。

「いただき!」
美作がそれを取り、ベースカバーに入った二塁手に投げてよこす。これで亮は封殺され、1アウト。二塁手はすかさず一塁へ送球し、ファーストミットの音を鳴らした。

「アウト!!」

絵にかいたようなダブルプレー。無死一塁は、あっという間に二死無走者となった。

(なんだよ。振りは鈍いし、球の見極めもできてねえじゃねえか)

渚は思うほどエレナに脅威を感じなかった。



「エレナ、体調でも悪いのかしら」

呟いたのは玲子だ。隣の直樹が、疑問符を貼り付けた表情で、玲子の方を向く。

「なんか、元気がないと思わない?」

併殺打に倒れてから、ベンチに戻ってくるまでのエレナにはいつもの溢れる笑顔がなかった。チャンスを潰したことを、気に病んでいるのかもしれない。

「しゃあねえよ、次だ次!」

長見が、そんなエレナに励ましの声を送っている。他のメンバーも、エレナを責めたりはしない。亮が少し、相手の投球について忠告をしているが、それも淡々としたもので、言葉尻に負の感情は少しも孕んでいなかった。

しかし、エレナの表情がさえない。

「……どうした?」

さすがに長見が気づき、心配そうな顔で覗き込む。

「あ、SORRY……ぼーっとしてしまって…」

「なんだ、熱でもあるのか?」

長見がエレナの額に手を宛てる。至って平熱のようだ。

「ほんとに、大丈夫ですから。次は、きっちりがんばります」

エレナは笑顔を作って見せた。もちろん長見は、それが取り繕ったものであることを見逃しはしない。

「……ま、エレナがそういうんなら」


 ぽこ…


「あ」

原田の打球が宙を舞った。それはあっさりと捕手のミットへ。結局この回も結果的に3人で終わってしまった。

(なんだよ……らしくねえな)

正直、エレナのことが心配だ。

「チェンジ!!」

だが、今は試合に集中しなければならない。

「さ、行こうぜ」

「………YES」

長見はエレナを促して、ともに外野の守備位置へと向かった。



バッテリーの勝負といっていいかもしれない。

阿吽の呼吸というべき息のあった両バッテリーは、投げ込むリズムもテンポ良く、それが引き締まった試合を演出している。

晶は絶妙なコントロールと伸びのあるストレートで相手にほとんど隙を与えず、渚は時折コントロールを乱し四球を与えることもあったが、カウントを整えてからの“日の出ボール”を要所で決めて、得点を許さない。

5回を終了して、両チーム得点なし。こうなると、先取点が勝敗の帰趨を握ってくる。

6回の表、城二大の攻撃。先頭打者は、9番の晶だった。

(そろそろ、なんとかしないとね)

膠着した試合を動かすには、まず塁に出なければならない。そのためには、あの“日の出ボール”の球筋を見極めることが重要だ。

横から見るとなんでもないストレートに見えるのだが、いざ打席に入ってみると、向かってくるように浮き上がる。そのため、ボール球だったとしてもつい手が出て、空振りないしはポップフライを打ち上げるという結果になってしまう。

晶が打席に入った。最初の対決は、セカンドライナーに打ち取られている。

「………」

だが、当りは悪くなかった。正面に飛んだのは不運だったが、球筋に惑わされることなく芯を食うことはできた。

好球必打。アンダースローに惑わされていては、いつまでも足がかりは出来ない。

渚が振りかぶり、放った初球はアウトコースに。

「ボール!」

外れた。

二球目、落とした上体から放たれた球は低いところから浮き上がってくる。

(きた!)

晶はこの“日の出ボール”を狙っていた。脇をしっかりと締めて、コンパクトに腰を回転させる。最短距離で、バットとボールを衝突させるためだ。


 キン!


「!」

投球体勢を終えない渚の足元に、痛烈な打球が飛ぶ。渚はグラブを出そうとするが、無理な体勢のため届くはずもなく、それは二遊間を抜けてセンター前へと転がっていった。

久しぶりに、爽快なヒットである。

「ナイスバッティング!」

ベンチが沸いた。なにしろ、無死のランナーだ。

続く1番打者の長見が打席に入る。玲子からの指示は、特にない。

「………」

それなら、と長見は自分から晶にサインを出す。メットのひさしをバットで軽く叩くこと2回。

「!」

それはバントのサイン。

初球から長見はボールを一塁線に転がした。あわよくば、自分も生き残ろうかというセーフティ気味のバント。

「アウト!」

だが、さすがに守備のチーム。その連携は見事なもので、二塁に晶を進めることは出来たが、俊足がウリの打者走者・長見は寸でのところでアウトにされた。

「いいぞ長見、ナイスバント」

「うーん。斉木のようには、いかねえなあ」

「贅沢いうなよ」

その斉木が打席に向かう。彼は今日、2打席目にバント安打を放っていた。最初の打席でボール球に手を出し三振に倒れたので、球筋をよく見ようと考えてのバントが、意外にもいいところに転がったのだ。

「………」

さすがに相手も警戒している。心持ち、守備位置が前に寄っていた。

斉木がベンチを見る。玲子のサインは、“とにかく転がすように”。斉木は、ひとつ深呼吸をして白い枠線の中に足を踏み入れた。

「ストライク!」

初球から“日の出ボール”。高めギリギリのところを突いてきた。

二球目を待つ。マウンド上の渚が、しきりに晶を牽制しているが、結局そのまま斉木に向かって投球を始めた。

「ストライク!! ツー!」

外角のストレート。追い込まれた。

(まずいな……)

このままでは、何もできない。

(よし)

ここはやはり、自分の特性を生かすしかないだろう。

三球目は、インコースに。見極めたところ、ボールの判定。四球目も似たようなところに来たが、やはりボールだった。
2ストライク2ボール。何かが動くのは、この並行カウントのときが多い。

渚が、上体を沈めたときに、晶がスタートを切った。

「!」

単独スチール。しかし、投球モーションを始めていた渚は、捕手に向かって投げるよりほかはない。


 こっ…


斉木は、中途半端なスピードで外角に来たそのストレートをバントした。追い込まれていたから、相手もバントの予測を頭から外したのだろう。ファウルになれば、その時点でアウトになるからだ。

だが、器用さではチームでも群を抜く斉木にとって、バントは得意中の得意。外角に投げられたストレートを三塁線に転がすことは、造作もないことだった。

三塁手が、それを素手で掴みそのまま一塁へ投げようとする。だが、捕手の山内がそれを止めた。

既に、三塁に達していた晶が、隙あらば本塁を狙おうと伺っていたからだ。それに、見事なまでに死んでいた打球だったため、一塁も間に合わない。無理な送球をして、それが暴投にでもなれば、労せず相手に得点を許してしまう。

「おお!」

一死一・三塁。絶好の状態を作り上げ、クリーンアップへと打席は廻ってきた。


「くっそー! こいつら、コロコロ、コロコロと……!」

バント作戦に炒りついている渚。いい当りをされたのは先頭打者の晶だけだが、招いたピンチは今までの中でもっとも大きい。

「渚、大丈夫だよ」

しかし相変わらず飄々としているのは悟。タイムを取ってマウンドに来たから、なにか言われるかと思ったが、その笑顔に陰りは全くない。

「アレ、使おうよ」

「え、ちょっと待てよ。アレ、まだ完璧じゃねえんだ」

悟の言葉に対し、珍しく弱気な渚。

「その……ストライク取れるかわかんねーし、ワンバウンドだってするかもしれねえし……」

「ふーん。渚、自信ないの?」

「え?」

「僕は、あの球を早くみんなに見せてあげたいな。きっと、びっくりするだろうね」

「………」

「後ろには逸らさないよ。フォアボールなんか、いくらでも出していい。僕たちが、取り返してあげるから」

「……わかったよ」

渚がため息を吐く。

「覚悟しろよな、何処にいくかオレでもわかんねえから!!」

悟はその答えに、満足したような笑みを浮かべると、そのままポジションに戻った。

渚はスコアボードを見る。0がびっしりと並ぶお互いのスコアは、よく見ると自軍の安打数を表す表示にも数字が入っていない。つまり、ヒットを1本も打っていないのだ。

(この状況で、“取り返してあげるから”かよ……へへっ、いい根性してるぜ悟)

言われたことは現実味のない根拠もない励ましなのに、渚は嬉しかった。甲子園で四死球を乱発したときのことを思い出す。

(あの時は、みんなオレを白い目で遠巻きに見るだけだった……)

しかし、この山内悟という女房は違う。いつでも笑顔で見守ってくれるし、自分に自信をくれ、安心もくれる。

(へへ……“取り返してあげるから”か……)

もう一度、胸のうちで繰り返す。あの時、誰でもいいからそう言って欲しかった言葉をくれた悟。

心が、とても、暖かかった。



またとないチャンスに、まずは3番の直樹が打席に入る。最初の打席は三振、次の打席はファーストゴロと、結果は出ていないが、いずれの打席も多くの球数を相手に投げさせており、見えないところでのプレッシャーは与えている。

左打席に入る。玲子の視線は、“がんばって”と伝えていた。

(………)

構える。狙いどころは、“日の出ボール”。先の打席では、鋭い当りのファールを連発した。タイミングは、合ってきている。
初球、内角を抉るようなストレート。見送るが、ベースをかすっていたのでストライクを取られた。

二球目、やはり内角を突く直球。これも見送る。

「ボール!!」

すこし、内側によっていたからだ。

三球目にそれは来た。


 キン!!


球の浮き上がりを捕らえ、耳障りのいい音を響かせた。思い切り引っ張った鋭い打球が、一塁線上を飛ぶ。

「おぉ!」

城二大のベンチに控える面々が、身を乗り出して打球の行方を追った。

「ファウル!!」

あ〜、とため息にわかる。わずか数センチ、白線の外だ。

(タイミングはよし)

あとはボール球に気をつければいい。直樹は、四球目を待つ。

「?」

マウンドにいた渚が、今まで以上に精悍な顔つきになった。何かを決意したような意志を感じる。

怪訝に思った直樹だが、モーションを始めた渚に、注意を一点に込めた。その沈んだ右腕が繰り出す球筋に。

「あ!?」

いきなり手前でワンバウンドした。捕手の山内が、それを体に当てて、後ろに逸らすのを阻止する。

(コントロールミスか?)

そう思うぐらい、今までの配球が信じられないような暴投だった。

「いいよ、大丈夫、大丈夫!」

捕手が何事もなかったかのようにボールを投げ返している。

(なんだ?)

直樹は、とにかく5球目を待つ。

低い位置から放たれた速球は、またしてもミットに入る前にバウンドした。ベースの固い部分にでもあたったか、おもうより跳ねたそれが悟の顎を打つ。

「あいたっ……」

しかし、何事もなかったようにそのボールを返す悟。軟式とはいえ、顎への直撃は痛いだろうに、そんなことは億尾にも顔に出さない。

少し直樹は混乱していた。今までの組み立て方ならば、この時点で“日の出ボール”がくるはずだからだ。それなのに、投げた球は明らかに暴投に近いもの。

「………」

6球目も、やはりバウンドした。

「フォアボール!!」

直樹は、一塁へ駆け出す。相手の意図はわからないが、とにかくこれで満塁となった。

「よっしゃ!」

赤木が吼えて、ベンチが沸いた。なにしろ、一死満塁という絶好の場面で向かえるバッターは、主砲の亮。そのバットが生み出した打点は、リーグでも抜きん出てトップを走る。

「………」

さしもの渚も、色を失っているようだ。

「渚ぁ、いい感じになってるよ!」

ばすばすとミットをはたき、力こぶ。ついでに、ボディビルダー。


むきっ…


「………ぶっ、ぎゃははは! バカやってんじゃねえや悟!!」

いつもは滅多に見られない悟の滑稽な動きに、余裕を失っていたはずの渚が笑った。

「きみ、ふざけちゃいけないよ」

「ごめんなさい」

審判に注意を受けて、ぺこりと素直に頭を下げる悟。それさえも、渚の笑いを誘っている。

(……やるな、山内君とやら)

投手に余裕を与える術を、いろいろ持っているらしい。例え自分がどんな非難と嘲笑を浴びようとも、マウンドにひとり戦っている投手を孤立させないために体を張っている。

(あの、帆波渚が再生したのは彼のおかげなんだろうな……)

亮は、構えを取った。そこに美談があるからといって、簡単に勝ちを譲るほどお人よしではない。制球が乱れ始めた今こそ突き放す好機。

「プレイ!」

審判の宣告にあわせて、渚が大きく振りかぶった。満塁の今、誰にも走られる恐れはない。

大きなモーションから潜水するように低い位置まで下りた右手が、勢いよく振られた。

胸元をえぐるようなストレート。それも、そうとう食い込んでくる。

「ボール!」

仰け反った亮。それほどまでに、ストライクゾーンから外れていた。

二球目、やはり、インコースに。それも、初球と同じようなボール球。

「ボール!!」

(?)

おかしい。亮は、そのボールの回転を見て思う。なにか、違和感を覚える。

三球目を待つ。今度は、ワンバウンド。直樹のときと同じように、高く跳ねたそれを必死に体で悟は止めた。またも、顎で。

「いてて……」

同じ所を二度打って、さすがに苦痛が顔を出していた。それでもすぐに笑顔をつくり、悟はボールを投げ返した。

一死満塁・カウント0ストライク3ボール。守る側としては、絶望的な状況。

「ナギ! 押し出しぐらい、どうってことねえぞ!」

「まだまだ回はあるんだからな! 1点や2点、くれちまえ!!」

なのに、やけに活気だつ相手守備陣。それらの声に押されるように渚が頷いて、精悍な顔をますます引き締めた。

大きく振りかぶって四球目。鋭く振られたその腕は、インコースめがけて白球を弾いた。

ストライクゾーンを通ると思われたその球に、亮が振りにかかる。

「!?」

しかし、バットを途中で止めた。彼にしては、珍しい半端な行為だ。

ミットを貫く、乾いた音が鳴った。

「………」

一瞬の沈黙が生まれたその後で、

「ボール! フォアボール!!」

審判が一塁を指し示した。

「押し出しや!」

「先制点だ!」

赤木と原田が同時に沸いた。

亮が一塁へ向かう。それに押し出されるように、塁上を埋めていた三人がそれぞれ進塁する。

三塁走者の晶が、ホームを踏んだ。城二大、1点先制の瞬間である。

「よっしゃ! いけいけや!!」

「エレナ! GOだぜ!」

陽気に踊る赤木に呼応したのは長見。亮ほど神がかっていないが、エレナとてチームの点取り屋だ。それに、均衡が続いた試合でようやく先制したとあって、チームの勢いは盛り上がっている。

ムードに乗りやすい彼女だから、この場面は期待が持てた。

打席にエレナが入り、構える。

渚が、やはり大きく振りかぶり、初球を投じた。

「!」

ど真ん中のストレート。当然、エレナは振りにかかる。

城二大の誰もが、そのバットから快音が響くと信じていた。


 ごつ…


「!?」

しかし、エレナの鈍い振りから弾かれたボールは、渚の真正面に転がっていた。

「なっ……」

城二大の面々が声をなくす中、渚はそのボールを掴むとホームへ送球した。受け取った悟がベースを踏んですぐに一塁へ。もちろん、余裕を持って打者走者のエレナをアウトにしとめた。

「アウト! チェンジ!!」

絵に描いたような ホームゲッツー(満塁のときに、内野ゴロを打たせ、ホームと一塁で二つのアウトを取ること。攻撃側としては、もっとも勢いを奪われるプレーである)。大量得点のチャンスが、あっという間に攻撃終了。

「あ……」

6回の表に、1点を示す数字が加えられた。間違いなく城二大は、先制点を奪ったのである。

「なんだ、1点だけか………?」

しかしそれは、失ったチャンスのあまりの大きさに、何処か小さく頼りなげなものとして目に映った。



「あたた……」

「ああ、動くなよバカ」

ベンチに戻るなり、渚はすぐに救急箱を引っつかむと、悟を呼んだ。その頭をぐわしと掴むと上に向け、ワンバウンドの投球を二度も受けた顎を見る。いくら軟式のボールとはいえ、同じところをぶつけたためか、少しだけ赤く腫れていた。

「これでいいかな」

いつも打ち身に使う軟膏を取り出し、患部に塗りこむ。

「………」

美作が、目を点にしていた。

なにしろあの渚が、悟に対してかいがいしく傷の手当てをしているのだ。腹を出して寝るような渚が…男連中よりも大飯喰らいの渚が! 人前で臆面もなく屁をし、洗濯をサボってばかりいた渚が!!

「おおお………」

だからといって、泣くのは大袈裟だろう美作君。

「ありがとう、渚」

「へっ、今回だけサービスだ。もうしてやんねえよ」

「え〜……残念だなぁ」

「な、なんだよ。こんなの、誰がしたっておんなじだろう?」

「渚にしてもらうから、嬉しいんじゃないか」


 ぼっ…


少し、渚の頬が染まる。もともとが小麦色だから、変化はわかりづらいだろうが。

「て、点、取られちまったなぁ」

慌てて話をすり替えようと、スコアボードを見る渚。綺麗に並んだ0を押しのけるように、6回の表に別の数字が入ってい
た。

「渚。あの5番に投げた球、完璧だったよ」

「え?」

振った話題に反応することもなく、淡々と喋った悟の言葉に、渚は反応する。

「ま、マジか!?」

「うんマジ」


 ぽこ…


「アウト! スリーアウト!! チェンジ!!!」

「あれま、なんと早い」

悟の呟き。6回の裏、下位の7番から始まった星海大の攻撃は、あっさりと三人で打ち取られた。相変わらず、ヒットはおろか、ランナーさえ出せていない。

「なあ、悟」

「ん?」

ふいに呼ばれた悟は、となりの渚と向かい合う。

「取り返してくれるんだよな?」

「もちろんさ」

そんな状況にも関わらず、自信を失わないパートナーを、渚は頼もしく思っていた。



「相手のコントロールが乱れているいまのうちに、たたみかけよう」

直樹が訓示を行う。

この回は、下位打線だ。とはいえ9番の晶は、亮やエレナに匹敵するほどの打撃力を持っている。マウンド上の渚が制球力を喪失しているのならば、四球を足がかりにチャンスを広げ、晶のバットで追加点を奪えるだろう。

「ボール! フォアボール!!」

原田が出塁した。1ストライク3ボールから、低めにバウンドした球を見送り四球を選んだのだ。

続く新村はバントの構え。しかし、正直、彼はバントが上手くない。

「あ」

案の定、小フライを上げてしまう。だが、それはファウルゾーンに飛んでいたので、誰もが地面に簡単に落ちるものと思った。

しかし、

「悟!」

渚の声だ。捕手の悟が、ボールに飛び込んでこれを取ろうとしたのだ。

頭から滑り込むが、及ばず白球は地を跳ねる。

「ファウル!」

晴天の太陽に焼かれ、乾き始めた土埃が悟を包んでいた。

「むわ、げほげほ……ぺっぺっ」

わずかに口の中に入ったらしい。それでも、笑顔を崩さず持ち場に戻る。

「………」

渚の放った二球目が真ん中に。新村はもう一度バットを寝かせ、バントを試みる。真ん中のストレートならば、いくら自分でも転がすことは出来るだろう。

そう思っていた。

(あ、あれ?)

まっすぐこちらに向かってくるはずの白球が、途中で消えた。急に失速し、吸い込まれるように落ちたのだ。

(え? え? え?)

その変化に惑った新村のバットは、そのままボールを見送ってしまった。

「ストライク!!」

当然、空振りと認められ、審判の手が挙がる。

2ストライクとなったから、もうバントは出来そうにない。玲子からヒッティングに切り替えというサインを送ってきた。

(あちゃ………)

新村は構えを取る。こうなったら、何とか前に転がして、走者を二塁に進めなければ。

渚の投げた三球目。またも、ボールは真ん中に。

(しめた!)

新村が振りにかかった。打撃に自信はないが、真ん中のボールならなんとかなる。

「!」

捕らえたと思った白球が、またしても途中から勢いを失い、滑り落ちるように沈んでゆく。新村のバットをあざ笑うかのように、逃げてゆく。


 ぶん…


「ストライク!!! バッターアウト!」

空振り三振。結局、なにもできずじまい。新村は、肩を落としてベンチに戻った。

「新村さん」

その新村に、亮が話しかける。

「あ、ああ……ごめん」

「いえ、いいんです。それより、いま、どんな球筋でしたか?」

亮は気になったのだ。横から見て、明らかに様子が違ったから。

「なんかよ……最初はストレートかと思ったら、急に落ちてった」

「………」

「ストライク!」

亮は打席の方を見る。8番の長谷川が、空振りをしているところだった。

「バッターアウト!!」

そのまま長谷川は、三振に倒れた。やはり俯きがちにベンチに戻るところを捕まえて、亮は問いかける。

答えは、新村に訊いた時と同じものだった。

(途中で失速して沈む球……)

亮は、玲子にタイムをお願いした。すぐに意図を察し、玲子が審判に告げる。思いがけないベンチワークの発動に、困惑げな顔つきで晶が寄ってきた。

「どうしたの?」

「晶、相手はシンカーを使ってきた」

「! あれ、やっぱりシンカーなの?」

晶も、ウェイティングサークルから見ていて、“日の出ボール”とは全く違うその球筋が気になっていたのだ。

ちなみにシンカーとは、例えば右打者に投げたとき、その膝元に沈んでくるような変化球をさす。主に、横手投げや下手投げの投手が多用するボールで、その変化が大きければ大きいほど、“消えるような”錯覚を起こす。

「多分、シンカーだと思うが……」

亮は、確信がもてない。なにしろ基本的にシンカーはスピードの緩い変化球だ。そのはずなのに、マウンドの渚が投げたものは、横から見ればほとんどストレートと変わらない。

「気をつけろ」

「ん、わかった」

審判が、打席に入るよう促してきたので、顔を寄せ合っていた二人は離れ、それぞれ散った。

晶が左打席に入る。この場合、もしも亮の言うとおりシンカーがくれば外角に逃げる変化球となる。

渚がセットポジションから、初球を繰り出してきた。アウトコースへのストレート。

「ストライク!」

取りあえず、見送った。

二球目、“日の出ボール”。高めに来たそれを、やはり見送る。

「ボール!」

外れていた。

まだ例の沈む球を見ていない。おそらく、投げてくるとしたら次だろう。

晶は構えた。握ったグリップが、少し汗で湿っている。

渚が投じた三球目となる直球が、甘いところに来た。

「!」

晶はバットを繰り出す。ストレートならば、このまま振り切ればおそらく長打を放つことが出来る。

「あ」

しかし、途中でそれは失速した。晶のバットから逃げるように外角へ沈んでいく。

(こ、これが……)

亮の言うシンカー。だが、途中までのそれは、明らかに今までの直球と同じ球筋だった。

 それなのに……。


 ぶん…


「ストライク!!」

突然の変化に追いつけず、晶のバットが空を切っていた。これで2ストライク1ボール。

(………)

まだ打ち取られたわけではない。しかし、なにか壁に穴を穿たれたような、えもいわれない喪失感が襲いかかる。
その時点で、この打席の晶は負けていた。

四球目、真ん中にきたストレートにバットを振るが、それはやはり同じように途中から沈んで、晶のバットをかわして捕手のミットへと。

「ストライク!!! バッターアウト!!!」

無死で出した走者を、何も生かすことが出来ずに三者三振。

「おっしゃー! 完成したぜ! 名づけて“日没ボール”!!」

マウンドで、渚が吼えた。

(日没……)

なるほど、ボールが沈んでいく様はそれに似ている。そして、チームの中でも指折りの巧打者である晶が、成す術もなく三振に倒れるほどの威力。

「………」

途端に静まり返る城二大のベンチ。先制したはずの1点が、妙な重しとなって彼らに不安を与えていた…。



「しかし、“日の出”に“日没”か……」

美作が頭を垂れる。相変わらず、渚のネーミングセンスは別の意味で冴えている。

「せめて、“サンセットボール”とかさ、カタカナにしねえ?」

「そんなちゃらちゃらした名前よりも、ずばっと“日没”にした方が男らしいですって!!」

「だから、お前は女だっての……」

ますます頭が沈んでいく。さきほど垣間見たしおらしさが、萎んで消えそうだった。

(アンダースローの投手にとって、もっとも投げやすく変化もつけやすいシンカーという球はなくてはならないものだ)
これは、悟の思考である。

(だから渚にも練習してもらっていたんだが……)

思わぬ特典がついたものだと思う。

既述の通り、シンカーは緩い変化球である。しかし渚の投げるそれは、明らかにストレートと同じスピードを持っている。こんなこと、本来ならばありえない。

では、なぜにそれが可能となったのか? それは、渚の腕の振りに原因を探ることが出来る。

幼い頃より船に乗り荒波に揺られる中で、鉛のように重い安定した下半身を手に入れた渚は、同時に柔らかい筋肉の持ち主だった。その強靭な下半身を軸にして、柔らかい体がバネ仕掛けのように鋭い腕の振りを生み、結果、たとえ変化球の握りだったとしてもストレートと同じ勢いの球筋を可能にしたのだ。

もちろん、握りが違うからボールにも違う回転がかかっている。

そしてそれが、ストレートと同じ猛烈な空気抵抗を受けるものだから、急激に失速し沈んでゆく変化を起こしたのだ。

(なるほど“日没”か……)

面白いと思う。

(それにしても、渚はすごいな)

6回の表、相手の4番に見送られた球から予兆は見えていた。そして、5番打者には小さい変化ながら見事に決まり、併殺に打ち取った。

7回の表、先頭打者に四球を出したのは、指のかかりを覚えていなかったからだろう。事実、それ以降の打者には完璧なまでの変化で、三者三振に打ち取った。

(練習のときでも、何球かは上手に投げたけど……)

ようやく、自分のものにしたらしい。これで、ますます投球の幅が広がるというものだ。

さて、現実に戻ろう。悟はスコアボードに目をやる。

7回の裏、自分たちの攻撃を迎えスコアは0−1。ヒットの欄には、これまた0の数字。

1番から始まるこの回が、好機だ。

「渚」

美作と新ボールの名前についてぎゃあぎゃあ言っている渚に問いかける。

「どーした、悟」

「約束どおり、取り返してあげる。この回、なんとしても僕まで廻してくれ」

「お、おう……」

微笑は絶やしていないが、その顔には見たこともない気迫がみなぎっていた。

ランナーがひとり出れば、4番の彼に打席は廻る。そして、3番に座る渚には確実に打席は用意されている。

「バッターアウト!」


1番打者の笹本が三振に倒れた。相変わらず、近藤晶は絶好調だ。

「アウト!!」

なんとか追いすがって、バットに当てた2番の小柳だったが、奮戦空しくファーストフライに倒れた。

上位打線からの攻撃も、あっという間にツーアウト。

そして、打席には3番の渚。彼女の頭の中には、悟の言葉が焼きついている。

(きっと、オレが……)

頼れる4番にまで、繋いでみせる。そうすれば、きっとなんとかしてくれるはずだ。

前の打席では、近藤晶のストレートに振り負けず、外野までボールを運んだ。センター低位置のフライだったが、芯を食うことはできた。

(きっとつなぐ……きっと……)

決意の打席は、渚に今まで以上の気迫を生んだ。

不思議なもので、その気迫が高まれば高まるほど、心が澄んで、落ち着いてゆく。

晶が大きく振りかぶった。投げ込まれた直球が、インコースへ。

「ストライク!」

審判の手が高々と挙がった。

しかし渚には、それらの動きが、まるで遠い場所での出来事に思えていた。研ぎ澄まされた渚の集中力は、晶の指から亮のミットまでを繋ぐ、白いボールにのみ注がれていたのだ。

二球目。連続写真のように見える晶の投球フォームから繰り出された直球が、外角に。

ボールが…止まって見えた。

「!」

思い切り踏み込んで、そのボールを叩く。

打球が、三遊間の深いところへ転がった。芯で捕らえたはずなのに、球威に押されたらしい。

「っ」

しかし、走った。ボールの行方や、野手の動きなど目に入らずに、ひたすらに脚を動かした。とにかく、前へ、前へと。彼女に見えるのは、白い一塁キャンバスのみ。

「わあぁぁぁぁぁ!!!」

飛び込んだ。もぎ取るようにして、両手でベースを捕まえた。

じゃりじゃりとした感触が口の中で踊る。目に砂が入ったらしく、痛くて涙が溢れてきた。

何とかそれを見開いて、判定を見る。審判の両手は、真横に大きく開かれていた。

「あ、セーフ、か……」

内野安打。本当は、ヘッドスライディングの必要もないほど余裕はあった。

遊撃手の斉木が、深いところまでそれを追って捕まえたのはよかったが、体勢が悪く送球までには至らなかったのだ。もっとも、ボールに追いついた時点で渚はヘッドスライディングを始めていたから、投げたとしても確実にセーフだっただろう。

スコアボートの安打数を示すHの欄に“1”の数字が。形や見てくれは悪いが、まぎれもなく渚はヒットを放ったのだ。

「よっしゃ、やったぞ、ナギ!!」

「近藤晶の被安打ゼロを、止めたぞ!!」

沸き立つ星海大のベンチ。渚はそれに応えようとしたが、目に相当砂が入っていたらしく涙が止まらない。たまらずタイムを要求し、一旦、ベンチに戻った。

「あたたた……くそ……」

ベンチ裏にある水場の蛇口をひねり、顔を洗う。手に貯めた水の中で瞼の開閉をして砂を払ってみる。

「渚……大丈夫?」

いつのまにか打席にいるはずの悟が、傍に来ていた。いわく、こちらもタイムを要求してから来たとのこと。

「へへっ、言う通り、ちゃんと廻してやったぜ」

ざぶざぶと顔に水を叩きつけながら渚。タオルで拭って、目をぱちくりとしてみるが、左目にかすかな違和感が残っている。

そのことを、独り言のように呟くと、悟が反応した。

「見せてごらん」

「あ、おい……」

悟は渚の頬を優しく両手で支えると、そのまま上を向かせた。

「………」

動揺を隠さない渚の表情を知ってか知らずか……無表情に左目の状態を見る悟。親指で左の瞼をそっと下のほうに伸ばし、可哀想にも充血している眼球部分の周辺をよく確かめた。

「ああ、この砂粒だね」

「あ、そ、そうか………え、え、え?」


 ぬる…


「っ!?」

眼球に、やたら柔らかい感触。間近で見ていたからよくわかる。悟が舌で、舐めたのだ。

えもいわれぬくすぐったさが、目を覆う。しかしそれ以上に、体験したことのない熱さが身体中をかけめぐっていた。

「さ、取れたよ。どう?」

「う、うん………」

舌で目に入った異物を取るという行為は、渚も未体験ではない。小さい頃、浜の砂などが目に入ることは数多くあったし、そのような時は母親がよくこんなふうに処置してくれたものだ。

「………」

なんでこんなに、頬が熱くなるのだろう? それは、母親がしてくれたときには、絶対に感じ得なかったものだ。

「渚?」

「え……あ、ああ、うん。もう、大丈夫……」

「よかった」

悟の爽快な笑顔。

「!」

いつも見慣れたはずのその笑顔に、胸が妙に締めつけられる。高鳴りがどんどん早い鉦鼓に変わっていく。自分の身体で起こる不可思議な現象に、ひたすら戸惑う渚。

息が、苦しかった。

「さ、悟……」

「うん?」

「約束……守ってくれよ。オレ、一生懸命がんばって、悟に廻したんだからさ」

「ん。わかった」

優しく頭に乗せられた悟の手にさえ、胸の動悸は早まっていく。

「悟……」

「おーい、どうだ? 渚、大丈夫なのか?」

なおも渚が声をかけようとしたところで、美作が様子を見に来た。渚が慌てたように悟から離れると、美作に心配無用であることを伝える。そのままベンチに戻り、それぞれの居場所へと散った。

渚は、自らもぎ取った一塁ベースへ。

悟は、近藤晶と3度目の対決を迎える右打席の中へ。

「………」

足場を充分に作り、グリップを握り締め、構えを取る。身体中のあらゆる神経を研ぎ澄ませ、怪物のような記録を残し続ける近藤晶と対峙する。

渚が必死で、身体を張って作ってくれた好機だ。

「………」

そのとき、彼の顔に、あの爽快な笑みは消えていた。




「惜しかった」

晶の第一声である。打者走者である渚がタイムを要求し、ベンチ裏に下がったので、間が空くことを心配した亮がマウンドに来てくれたときのものだ。

「24イニングで、止まっちゃった」

「連続被安打0か?」

「別に気にしてはいなかったけどね」

どうやら、余裕はありそうだ。二死までテンポよくアウトを重ねただけに、当りの鈍い内野安打を打たれたことでリズムを乱さないか心配だったが、杞憂だったらしい。

「次は4番だが……」

一応これまでの打席では出塁を許していない。2打席ともファウルでストライクカウントを稼いだ後、見逃し三振に切っている。

今の晶ならば、間違えずに攻めれば、問題なく打ち取れるはずだ。

「あ、来たみたい」

相手のベンチから、メットを被った渚が姿をあらわした。

「ここが正念場だ。晶、頼むぞ」

「ん、頼まれた」

二死一塁で、迎えるのは2打数2三振の打者。

二人の心に隙がなかったとは、言えなかった。



マウンドに立つ晶は、バックスクリーンから目が離せない。それを尻目に、星海大学の4番・山内悟は、悠々と塁を一周していた。

7回の裏、走者・渚を一塁に置いた状態で、内角低めに投じられた初球を、悟は豪快なスイングで高々と打ち上げた。あまりにも上がりすぎたように見えたので、城二大の野手陣も、星海大のベンチも、平凡なセンターフライだと思った。

しかし、走者の渚は悟を信じ、全力で塁上を疾駆する。きっと、抜ける。そう信じて。

脇目も振らず走る渚を、三塁コーチャーが苦笑して止めた。ゆっくり走っても、構わないと伝えるために。そして、腕をぐるぐると廻し、打球の行方が落ちた先を示す。

「え……」

その方を向くと、相手のセンターがバックスクリーンの付近で項垂れていた。

「ホ、ホームラン?」

三塁コーチが、うなずく。

渚は、喜びに飛んだ。ベースを踏みそこなったのを三塁コーチに注意され、慌ててもう一度それを踏む。そして、満面の笑顔でホームベースを両足で踏みしめた。

まずは1点。これで、同点。渚はベンチには戻らず、ウェイティングサークルの近くで殊勲者を待つ。

悟が、ホームに帰ってきた。審判が、ホームインを宣告する。

スコアボードに、“2”の数字。星海大学、逆転の瞬間であった。

「悟ッ!!」

がばり、と渚がダイビングよろしく飛び込んだ。予想以上に勢いよく飛びつかれたので、悟はよろめく。

「うわ、とと……あぶない、あぶない」

渚の細い腰をしっかりと抱きしめて、そっと地面におろした。彼女は、まだ残り2イニングを投げなければならない大事な身体だ。

「悟……悟……すごい、すごいよ……」

「渚?」

胸に顔を押し当てたまま、顔をあげない我がエース。

「泣いてるの?」

がば、と慌てたように顔をあげた。よく見れば、両目が赤い。

「砂が残ってたんだ!」

「あれま」

そういうことにしておきましょうか。

「………」

とにかくこのままでは遅延行為を取られそうなので、ベンチに戻る。

「くわ! こいつめ!! いつもいつもいつも、おいしいところでやってくれる!!!」

「櫻陽大のときと、同じじゃねえか!」

「そういうのは、もっと早くやれよ! うわはははは!」

ばちばちばちばち………待ちかねたように、美作をはじめ、チームの面々から荒々しい祝福を受ける悟。正直、嬉しいが、痛い。

「?」

その輪の中に、本来ならばいの一番に入ってくるの渚。しかし、その渚が遠巻きに、寂しそうにしていたのを、悟は見落とさなかった。



7回を終了して、1−2。しかも、晶がまさかの逆転2点本塁打を喫したということが、城二大の面々にとてつもないショックを与えた。

「………」

 ベンチのムードは消沈している。あの赤木でさえも、声をなくし、8回表の先頭打者・長見の打席を見つめているだけだった。

 その長見は、三球三振でアウトに取られてしまった。

「“日没”か?」

「全部ッス」

直樹の問いに頷く長見。1番の役割をまっとうできず、心底悔しそうに、荒々しくベンチに座り込む。

「………」

いつもなら、エレナの陽気な声が迎えてくれるのに、彼女はやはり元気がないままだ。

(ちっ)

そんな彼女に甘えている自分を見つけて、ますます腹立たしい。挽回しようにも、おそらく自分の打席に廻る可能性も低い。負の感情は、袋小路をさまようばかりだった。

「ストライク!!! バッターアウト!!」

2番の斉木も成すすべなく、三振に倒れた。“日没ボール”の変化についていけず、試みたバントもかすることはなく凡退してしまったのだ。

直樹が、打席に入る。とにかく出塁し、打点能力の高い亮とエレナに廻さなければならない。

初球が来た。それは、浮き上がってくる“日の出ボール”。

「っ」

振りかかっていた直樹はバットを止めた。彼の頭の中には、“日没ボール”しか入っていなかったようだ。

「ストライク!」

ストライクゾーンをかすめたようで、審判の手が高々と挙がる。

二球目。先ほどと同じストレートが内角に。

「ストライク!!」

浮きも沈みもしない普通のストレート。なのに、直樹は手が出なかった。

三球目。やはり、似たような直球が投じられた。頭の中で整理のついていない直樹はとにかくそれでも振る。

途中でストレートが失速し、逃げていく。直樹のバットは必死に喰らいつこうとするが…、

「ストライク!!! バッターアウト!!!」

振ったバットは虚しく空を切るだけだった。

三者連続三球三振。上位打線による攻撃だったにも関わらず、チャンスの足がかりさえできないまま8回表が終了してしまった。

追い詰められた雰囲気は、ますます城二大の空気を重くしていた。




8回の裏。下位打線となる星海大の攻撃は、晶の前に手も足も出ず、わずか9球で終了(三者連続三球三振)。

ラストイニング、9回の攻防が始まる。この回で1点も取れなければ、城二大は敗北。勝ち点を得ることができないばかりか、総合優勝への道のりさえ険しいものとなる。

それを知っているベンチの中は、これまでにない緊張感とかすかな絶望感に包まれていた。そしてそれは、同じような状況で劣勢になっていた櫻陽大との試合にはなかったものだ。

やはり、成績がまだ見えてこない初戦と、ある程度の動向がはっきりしてくる前期最終戦との違いであろうか。

「長見君」

ベンチに戻りかけた長見を呼び止めたのは、亮だ。

「木戸、なんだ?」

次の先頭打者は亮である。プロテクターとレガースを少しだけゆっくりと外しながら、亮は話を続けた。

「エレナの調子を戻しておいてくれ」

「なんだって?」

意味がよくわからない。

「頼んだ」

「頼んだって……おい……?」

ベンチの中にさがる亮を追いかけようとしたところで、ちょいちょいと袖を引っ張られる。見ると、エレナがそこにいた。相変わらず、顔色は冴えない。

「あ、どうした?」

“調子を戻しておいてくれ” …亮の言葉が頭を廻る。

「ちょっと、いいですか?」

「でも、おまえ、次のバッター……」

「監督さんとキャプテンさんとキドさんには、お時間をもらいましたので……」

「時間って……」

「いいですか?」

すがるような青い瞳。

「わ、わかった……」

長見は頷くより他はなかった。





 取りあえず、ベンチ裏に。あまり時間はないだろうから、手短にしなければ。なにしろ、いま打席にいる亮の次の打者は、目の前にいるエレナなのだから。

メットを被り、バットを手にしている彼女を前に、しかし、いうべき言葉を見つけられない自分を不甲斐なく思う。

「エイスケ、ごめんなさい」

あうあうと言葉を捜していた長見に、エレナが頭をさげた。

「………」

「わたし、甘えていました。PERSOMAL EMOTIONに揺れて、大事な試合に臨んでいる皆さんにご迷惑をかけてしまいました」

「個人的な感情……」

ひょっとして、3日間、放っておかれたことに拗ねていたのか。

「それが、幼稚でわがままなことだって、心ではわかっているつもりだったんですけど……」

せめぎあう複雑な感情に呑まれ、ぐちゃぐちゃになっていた。そういうことらしい。

「……あー」

長見は、一言。

「打て」

とだけ、言葉を与えた。

“エレナのせいじゃない”“俺が悪いんだ”とか“仕方ねえよ”など、いろいろ言いたいことは頭を巡ったが、なぜか口から出たのはその一言だった。

「WHAT?」

「木戸はきっと、塁に出る。それをエレナが還すんだ。それで俺たちを勝たせてくれ」

「………」

「エレナ、頼りにしている。……信じている。だから、打ってくれ」

「………」

エレナの瞳に光が宿った。その顔に、微笑が戻る。どうやら、元気が湧き出してきたらしい。

ふいに、す、とバットを差し出してきた。長見は自然にそれを受け取る。その真意を知らないままに。

「気合をください」

「?」

エレナがくるりと後ろを向くと、壁に両手をついてそのダイナマイトヒップを軽く持ち上げた。

「な、な、なにやってんの?」

状況が状況だというのに。いきなり目に飛び込んできた豊かな出っ張りに、頭が混乱する。

「ください、気合を。そのバットで」

エレナが繰り返した。

「キアイ? バットデ? ドウヤッテ?」

長見がバットに視線を落とす。次いで、張り出たヒップにも。

しばしの間。そして、長見の演算機が回答をはじき出した。

「ケ、ケツバットか!?」

このバットで、エレナのぷりぷりしたお尻を打つ。いわゆる“ケツバット”。

「お、お、お、おい、正気か!?」

「? 日本では、気合を入れるためのTRADITIONAL CEREMONYだと聞いてますが?」

「トラ……」

いつから伝統儀式になったのか。

といより、これは悪しき伝統に近い。よい子は真似しちゃいけないと注意書きをされるぐらいの。長見は、そんなことを矢継ぎ早に並べ立てたのだが、

「HURRY UP!」

エレナは後にひかない。どうあっても、この方法で気合が欲しいらしい。

「………」

時間がない。長見は、バットを構えた。とにかく、やるしかないらしい。

「い、いくぞ……」

ごく、となぜか喉を鳴らし、長見は軽くバットを繰り出した。

「っ」


ぱす…


勢いの弱い打撃は、エレナの肉厚なヒップに吸収され、その柔らかさがバット越しに伝わってきた。

「NON!」

瞬間、エレナにしては珍しく厳しい声が飛んだ。

「そんなのでは、ダメ! もっとです! もっと、強く打ってください!」

「え、おい……」

「PLEASE!!」

ぐ、とさらに迫り出すダイナマイトヒップ。後ろ向けに長見を見遣るその顔は、鬼気迫っている。

彼は、覚悟を決めた。

「………」

一度息をはくと、バットがエレナの尻を間違いなく打つように、位置を確かめる。バットの軌道も確かめる。

それらが、納得のいくところまで整ったところで、深呼吸をしてから、いつものように構えを取った。

「言うとおり……強くいくからな」

「……YES」

エレナの身体が、ぎゅ、と力んだ。

長見が、息を呑んだ。そして、脚を高く上げると、エレナのヒップに、迫りくる白球を思い起こし、それを叩くつもりで鋭くスイングした。


 ブン! ドスッッッ!!


「―――――――――――っっっっ!!!」

エレナの肉体を打ち抜く、確かな手ごたえ。肉厚な彼女のヒップが衝撃に震えた。

「〜〜〜………!!!」

さすがに、その強烈な痛みを防ぐことはできなかったか、ぶるぶると身体を震わせてエレナが耐えている。しかし、決して声をあげようとしない。今その身体には、打ち放たれた箇所から、とてつもない激痛が滲んでいるだろうに。

「………っ!」

壁についている両手が、きつく握り締められている。よほど力が入っているのか、それもまた激しく痙攣していた。

「エ、エレナ……」

心配そうな長見の声に反応するように、くるりとエレナが、姿勢を正して振り向く。

その顔には満ち足りたような笑顔があった。……両目には、臀部の激痛を物語るように、涙で溢れていたが。

「バットを」

言われるまま、長見はバットを差し出す。それを力強く握り締めると、エレナは、

「打ちます」

との一言を残し、両目を無造作に拭ってから、ベンチの中へ戻っていった。






その頃、打席では亮が悪戦苦闘をしていた。

“日の出ボール”と“日没ボール”。全く相反する球筋を通る二つの球種に、対応していかなくてはならない。それに、ストレートを織り交ぜられるのだから、たまったものではない。

それでも彼は粘っていた。追い込まれてからも、なんとかファウルで粘り、カウントを2ストライク3ボールまで持ってきていた。

「?」

間を取るためにタイムを要求し、ひとつ息をついたところ、ウェイティングサークルにエレナの姿が見えた。彼女はバットをきり、と握り、何度も素振りを繰り返している。

(あ……)

風を切り裂く鋭い音が、ここまで聞こえてきた。

(長見君、やったか)

あの振りは、エレナ本来のものだ。何度も何度も聞こえてくる鋭いスイングの音に、亮は、何かが背中を後押ししてくれるような、心強いものに包まれた。

それが、ぎりぎりの勝負をしている打席の中にかすかな余裕を生んでくれた。

渚が、大きく振りかぶり、舞うように上体を沈ませて腕を振ってくる。

アウトコースに、ボールが来た。亮は瞬間、球筋を読んだ。

「!」

予測どおりそれは、浮き上がってきた。今まで皆を打ち取ってきたウィニングショットは全てが“日没ボール”だったのだが、その、裏をかいて来たのだろう。

亮は、粘りの中であるひとつの可能性を見出していた。それは、“日没ボール”は、高い確立で甘いコースのストレートから変化するということ。

だから、外角の厳しいところをついてきた時点で、これは“日の出ボール”だと見切ったのである。ただのストレートという可能性は、毛頭考えていなかった。その辺りは、ほとんど勘である。

そして、亮は、その勝負に勝った。


 キン!


逆らわず、流し打つ。打球は、緩やかな弧を描いて、ライト前に落ちた。

「おおぉぉぉぉ!!」

静まっていた城二大ベンチが、沸いた。

「よっしゃ! ナイス木戸!!」

「いけ! いけ! エレナいけぇ!!」

「まかした! もう、お前にまかしたかんな!!」

口々に喚く。今日、彼女が二つの併殺打を放っていることなど皆は忘れていた。

「………」

その声援を背に、エレナが打席に入る。寸前に、ベンチの方を向き、長見と玲子と直樹に頭を少しさげてから。

闘志と決意を静かに熱く内に秘めて、彼女は構えた。

渚がセットポジションから、一球目を投ずる。それは、アウトコースへのストレート。

初球打ちが多いエレナだが、もともと打つ気はなかったのか、簡単に見送った。

「ストライク!」

審判の声も聞こえないのか、構えを解かない。そのままじっと、相手を見つめている。

二球目、浮き上がってくる“日の出ボール”。これも、見送った。

「ボール!」

少し高かったからだ。

三球目、同じく“日の出ボール”。エレナは、全く打つ気なく、これさえも見送った。

「ストライク!!」

追い込まれた。しかし、微動だにしないエレナ。ベースに覆い被さるように、内側の白線ぎりぎりに立っている。

渚が、四球目を投じた。

「!」

インコースにそれは来た。瞬間、高く上げた左足を、まるで、投手と対面になるような形に開いて強く下ろす。その勢いを鋭い腰の回転で増幅させ、バネを弾くようにして腕に伝えていく。それら一連の動きがスムーズに展開されたことにより、バットには猛烈なスピードとパワーが生まれた。

ストレートが、失速し沈んでいく。“日没ボール”だ。

だが、エレナはそれを待っていた。そして、極端とも言えるほどのアッパースイングで対応したのだ。それこそ、バットのヘッドで地面をえぐるような。

急激に落ちてゆく“日没ボール”の球筋と、猛烈に浮き上がってゆくバットの軌跡。ふたつの、膨大なエネルギーを有したベクトルが、一点で激しく衝突した。


 ゴツンッ!


「おぉっ!!」

全ての視線が、空を見る。アッパースイングによって捕らえられた打球が、高々と青空に舞い上がっていたからだ。

それは、レフトのポール際にぐんぐんと伸びていく。しかし、体を開いて打ったこともあり、どんどんと左の方へ…ファウルゾーンへも切れていく。

「はいれ!」

「きれろ!」

城二大のベンチと、星海大のベンチの願いが交錯し、互いに望む結果を声にして挙げた瞬間……。

「あ」

 こん、と…白球が、黄色いポールに当たって跳ねた。

それを確かめてから、塁審の腕がぐるりと回転した。ホームランを伝える合図だ。

「うおぉぉぉ!!!」

城二大のベンチは、狂喜乱舞。

「……………」

星海大のベンチは、茫然自失。

グラウンドをはさんで、あまりに対照的な想いが交錯する中、エレナは塁を廻る。

(………)

少し、遅めのランニングとなっているのは、本塁打の余韻に浸っているとかそういうのではなくて、今になって、バットで打たれた臀部がじんじんと痛みだしたからだ。

亮がホームイン。そしてエレナも、尻を庇いながらゆっくりと還ってきた。

スコアボード…9回の表に“2”の数字。エレナの、逆転2点本塁打。相手4番打者のお株を奪うような劇的アーチ。

ベンチに戻ってきたエレナを、皆が歓声と喜色を交えて待っていた。

「ナイスや! ナイスや!! ナイスやぁ!!!」

赤木がとことん吼えて、エレナとハイタッチを交わす。その余勢をかい、プロ野球選手がよくするように、右手でエレナの臀部を軽く叩いた。

「O,OUCH!!」

途端に、エレナの顔が苦痛に歪んだ。海老のように背筋がそって、そのままの状態で尻に両手をあててぶるぶる震えている。見ると、今にも泣きそうなぐらい目が充血しているではないか。

その痛ましいまでのエレナの様子に、ベンチを包んでいた歓声がかすかにやんだ。

「え、ワイ……そんなに」

目いっぱい、叩いとらんのに。右手を思わず凝視する赤木。

「あー。赤木、セクハラ」

「泣かしたな、赤木」

「え、え、え、え……ちょ、ちょいまち……」

「あ〜か〜ぎ〜!!!」

瞬間、ネクストバッターであるはずの原田が、憤怒の形相でバットを上段に構え、唐竹割のごとく赤木の頭に振り下ろしていた……が、それは、後ろから上島によって羽交い絞めにされたことで未遂に終わった。―――くわばら、くわばら。



「エレナ、座らねえのか?」

長見は、ベンチの脇に立ったままのエレナに聞く。エレナは、首を振るだけで何も応えない。しきりに、臀部を撫でさすっている。痛くて、たまらないらしい。

歯を食いしばってその痛みに耐えているから、喋ることもしないエレナ。

「………」

その原因が、同意の上とはいえ自分にあるだけに、少し罪悪感が沸く長見であった。

「エレナ、ありがとうな」

罪滅ぼし、というわけではないが、長見は謝辞を述べる。チームの信頼に応えてくれたこと。チームの危機を救ってくれたこと。全てをその肩に担って、それでも必死に跳ね返してくれたこと。長見は、それらがたまらなく嬉しかった。エレナの強さと大きさが、本当に眩しく思えた。

最愛のひとに“ありがとう”と言われ、エレナは微笑む。しかし、相変わらず言葉が出てこない。なにか、必死になって、苦痛に抗っているように映る。……実際、そうなのだが。

(なあ……ケツ、大丈夫か?)

小さな声での長見の問いに、エレナが弱々しく首を振った。

(どうする? 事情話して、代わってもらうか?)

残る9回裏が終了すれば、何が起こっても試合は完全に終わる。だから、おそらくエレナに打席の巡る確立がほとんどなくなったいま、ベンチに下がっても問題はないように思った。

(………)

だが、これにもエレナは首を振った。最後まで、グラウンドに立つ気でいるらしい。


 ぽこ…


8番打者の長谷川がアウトになった。これで9回の表は攻撃終了。

3−2と再逆転に成功した城二大は、星海大の最後の攻撃を迎えることになる。

「いけるんだな?」

グラブを持ちベンチを立って、もう一度、彼女に聞く長見。

エレナは泣きそうな顔ではあったが、力強く頷いていた。



「主将! 笹本さん! 小柳さん! 何とか……何とか、オレまで廻してくれ! 絶対に、絶対に取り返して見せるから!!」

ベンチに帰るなり渚は、必死の形相で9回裏の打席に立つ3人に懇願した。このうち、誰かひとりでも出塁すれば、3番の渚に廻る。そして、その自分もなんとか塁に出れば、最も頼りになる4番・悟に繋ぐことができる。7回、一時は逆転したその舞台を演出した二人だ。

美作も、笹本も、小柳も……何も言わずに頷いた。今日の試合、絶対に負けるわけにはいかないから。

「安心しろ。石にかじりついてでも、なんとかする」

まずは9番の美作が、打席に向かった。今日のこれまでの成績は、2打数2三振。晶の速球にまったく手が出せないでいる。

この打席も……信念と、執念をもって臨んだこの打席も、彼は追い込まれてから、ファウルを二球放つ粘りを見せたが、食い込むような内角の速球に、虚しく空振り三振に倒れた。

「………」

悲痛な面持ちで帰ってきた主将を、どうして責められようか。渚は、“まだ一死、まだ一死”と声をかけ、奮起を促す。それに慰められたように、美作は声を振り絞って、1番の笹本に声援を送った。

「なんとか、転がしてやる……」

3打数2三振の笹本だが、第3打席では晶の速球をバットにあてている。平凡な内野フライだったので自慢の脚力を披露できなかったが、転がすことができれば、その俊足で一塁を駆け抜ける自信はある。

初球にセーフティバントを試みた。しかし、手元でグンと伸びる晶の速球に押され、三塁側ファウルゾーンへの小フライとなってしまった。

「く……」

直樹がそれを追う。際どい距離を残していたが、飛びつくようにして差し出した彼のグラブに、ボールは吸い込まれていた。

これで二死。いよいよ、追い詰められた。それでも渚は、自分に打席が廻ってくることを信じてウェイティングサークルで待つ。素振りを何度も繰り返し、晶の速球を弾き返すビジョンを思い起こしながら…。

小柳が打席に立った。彼もまた、これまで3三振を取られている。それでも相手バッテリーは、容赦なく内角を鋭く抉ってくるようなストレートで攻めたててきた。

今このバッテリーに、慢心というものは微塵も感じられない。7回の不覚が相当効いたのだろう。

(オレまで……なんとか、オレまで……)

渚の必死な願いと祈り。それは…届かなかった。

「ストライク!!! バッターアウト!!!」

追い込まれて、それでも何とかしようと必死に繰り出した小柳のバットが、空を切っていたのだ。

「ゲームセット!!!」

その瞬間、前期・最終戦となる城二大対星海大の1点を争う緊迫した試合は、3−2のスコアを残し、城南第二大学の勝利で終わった。





「ありがとうございました」

最後の礼を終えたとき、始まりのときのように悟が晶に手を差し出してきた。その顔には、やはり爽やかな笑顔。しかし、わずかに濡れた目元に、感情の揺れを見ることができる。

「ありがとう」

晶は、ただそれだけを言い、手を優しく握り返す。他の言葉は、どれもこの場にそぐわない気がした。

「……楽しい試合でした。最後の試合に、こんなにドキドキするような戦いができて、幸せです」

「え…」

“最後” …その単語に、晶は釘付けになる。

「来月、日本を離れちゃうんですよ。だから、今日が最後の試合だったんです」

にこ、と微笑をたたえながら、もの問いたげな表情を貼りつけていた晶にその理由を答えると、悟はもう一度頭を軽くさげて、背中を見せた。小さな体格なのに、とても大きく見える背中だった。

「彼、後期はいないのか……」

隣で、二人の会話をそれとなく聞いていた亮は寂しそうにつぶやいていた。

彼のリードは、亮の目から見ても、惚れ惚れするほど素晴らしいものだったからだ。それで、再戦のときが楽しみだったのだが、瞬時のうちに不可能だということがわかってしまった。

「そうか……」

きっと彼には、追いかける夢があるのだろう。

野球に臨むその姿を見れば、誰よりも強い愛情を持っていることがわかる。だが、その好きな野球を心の棚にしまいこんでまで、邁進したい夢が彼を待つというのなら、それは誰にも止められないことだ。

「あのコ……だいじょうぶかな?」

「え」

「帆波さん」

ゲームセットがコールされたにも関わらず、狂ったように素振りをやめなかった相手のエース。悟に諭されて、ようやく整列した彼女は、しゃくりあげるように泣いていた。それはおそらく、彼がこの試合でチームを去ることを知っていたからだろう。

「あたしは………」

もしも、亮が同じようにチームを離れることになったらどうなるだろう? 仮の想像にも関わらず、心の中に靄のように湧き上がった大きな不安が、渦を巻いて晶を寒くした。

「………」

「晶……」

きゅ、と手を掴まれて、亮は少しだけ戸惑う。晶の顔には、勝利者のものとは思えない、寂しげな色が滲んでいた。




「ごめん、主将。渚と二人にして欲しいんだ」

球場を離れる際、美作が悟に“送別会を用意しようと思うんだが”と聞いてきたので、悟はそう答えた。

美作は、妙に察したような表情で、“それなら別の日に、壮大に催してやるよ”と言い残すと、優しい微笑みを浮かべたまま、部員を引き連れて球場を去っていった。

悟は、駅に向かう人や、バスに乗り込む人にそれぞれ手を挙げ別れを告げると、近くのベンチに座りこんで俯いたままの渚の隣に腰をおろした。

「………」

 沈黙。

喚くように泣きじゃくっていたものは、既におさまっていたから、あとは彼女の気持ちが本当に落ち着くまで、待ってあげればいい。たとえ日が暮れても、真夜中になったとしても、悟は彼女の傍を離れまいと、ひとり誓っている。

「………」

待つ。飄々と、彼らしい微笑を浮かべて、そして、待つ。

「……なんか言えよ」

 渚が、俯いたまま声をかけてきてくれた。

「ん?」

「なんか言ってくれよ」

言葉の端が、滲む。彼女の胸の中で張り詰めているものは、まだ、全てを吐き出せていないらしい。

「なんでもいいかい?」

悟が言った。

「なんでもいいから…」

渚が答えた。

「それじゃあ……」

ふ、と渚の右頬に、悟の右手が。そのまま、優しく顔を向きあわせる。

促されるまま横を向いた渚の間近に、いつもの微笑が待っていた。

「好きだよ」

その口が、言葉を紡いだ。まるで、そよ風のように。

「…………」

なにを言われたか、わからなかった。いや、言葉は確かに聞こえていた。はっきりと、耳の中で、そのフレーズはリフレインしているのだから。

「渚のこと、好きだよ」

もう一度、そよ風が耳に。それは、優しく、甘く……暖かい。

「さ、悟…?」

「大好きだよ」

「あ……」

そのまま、微笑が近づいてきた。そして今度は、唇に小さな風。

 キス…。思う間もなく、風はすぐに通り抜けた。

「さ、とる………?」

眼を見開いて、風を起こした張本人を見つめる。唇から舞い込んだそよ風は、いまだに渚の中で、溢れる感情の嵐を巻き起こしていた。

「聞いていいかい」

「え」

嵐はやまない。唇に触れた暖かさが胸の熱さに変化して、その嵐をまるで台風のようにますます成長させている。

しかし、彼女の聴覚はやけに澄んでいた。それこそ、道行く人の足音が聞こえるほど。バス待ちの客たちの会話が、別々にちゃんと入ってくるほど…。

「渚の気持ち。聞いてもいいかい?」

肝心の悟の言葉もまた、彼女のフィルターにしっかりとひっかかった。その意味をろ過し、透き通った想いが、荒れ狂っていた渚の感情に雨となってふりそそぐ。優しく、暖かく…甘い雨を。

激しい嵐が去った後…雨が降ったその後には、爽快な青空が広がるものだ。

「悟……オレ……」

その答えは、透き通る青空を思わせる、満ち足りた渚の微笑みにはっきりと映っていた。





『遊びに行こう!』

悟に腕を引っ張られ、渚は戸惑いながら、彼に引かれるまま街を歩いた。戸惑いは、いつしか笑顔に変わり、気がつけば渚の方から悟の腕を引っ張っていることもあった。

さすがにユニフォーム姿では目立ってしまうので、着替えたほうがいいだろう。しかし、球場までユニフォーム姿でくるのが通例だった二人には、そんな着替えなどなかった。

『渚、服を買うよ』

そのまま、大衆向けの衣類店に入る。ふたりとも土にまみれていたので、まばらにいた客たちは驚きと奇異の眼差しをむけてきたが、そんなことは気にしない。

近くの店員を呼び、悟は渚のコーディネイトをお願いした。どんな姿をしていても、客は客。20代後半らしい落ち着いた感のある女性は、喜んで応対してくれた。

渋る渚を説得し、更衣室の中へ押し込む。しばらくしてから、カーテンをそっと開け、顔だけ出した渚がやはりいろいろと口にして、真っ赤になって抗うが、それは悟の耳に届くはずもない。

仕方なく……という具合に開かれたボックスの中には、見違えるほどにオシャレになった渚がいた。

活発で健康的な彼女の雰囲気に合わせ、スカイブルーのシャツに、ベージュのショートスカート。薄茶色のベストで、色の落ち着きと服飾を加えている。

ファッションのことは、はっきり言ってよくわからない悟だ。しかし、渚にスカート、というのがなによりも気に入った。

『じゃ、これ。このままで、いいですから』

『へっ!?』

『それでは、値札をお切りしますので……』

あっけらかんと悟が言い、渚が声を無くし、それを尻目に店員がハサミで丁寧に値札を切り取っていた。彼はもう、見繕っておいた自分の服を身にしており、そのぶんの値札も預けているはず。

『あ、おい……金……』

しかし、何の問題もないように、渚に一声かけて店員とともにレジに向かう悟。残された彼女は、ただ呆然と、事の成り行きに身を任せるしかできなかった。

衣服店で転身を遂げた二人は、店の袋にユニフォームを入れて駅のコインロッカーに預けると、身軽になった体で街をめぐった。

露天で買ったクレープを片手に、ストリートミュージシャンの演奏に耳を傾け、アミューズメントスペースで様々なゲームに興じ、コーヒーの香りに包まれた喫茶店で静かな時を過ごす……。

渚は、夢の住人になったようだった。チームのメンバー複数で、似たような感じで遊んで騒ぐことは数多くあったのに、今日は、全く違う。

隣に悟がいて、その穏やかな微笑がいつも自分を見ている。見守ってくれている。一緒にいる。ふたりだけでいる。それだけで、楽しくて、ふわふわして、そして……時間を忘れたくなった。

それなのに、人の意識は不思議で、寂しい。楽しすぎる時間など、望まないのに刹那の風にかえて、簡単に思い出にしてしまう。

いつのまにか日は暮れて、降りた闇が街のネオンを浮かび上がらせていた。

ふたりは、そんなネオンの下を行き交う人の群れに乗っている。しかし、繋いでいた手は、まるで夏の陽に溶けてひとつになったかのように離れない。

脚の向く先も定まらないまま、気がつけば駅まで来ていた。悟と渚の帰る場所は、全く違う方向になる。

ここで…別れなければならない。

「………」

「………」

二人に言葉は無かった。脚も、止まったままだった。ただ、繋いだ手のひらから溢れ出す寂しさを、お互いに感じていた。

「渚……」

悟が、ふいに口を開く。その顔に、いつもの微笑みはない。彼もまた、胸に湧く寂しさを持て余しているのだ。

そしてそれは、ひとつの決意となって、音を得て零れた。

「帰したくない、よ……」

「っ」

その意味を理解できないほど渚は子供ではない。むしろ、漁師の大家族という開けっ広げな家庭環境は、早い段階で彼女に様々な性知識を与えていた。なにしろ、兄たちの卑猥な会話はまるごと聞こえていたし、その部屋からエッチな雑誌を探りあてては、読んだ後でからかいの材料にしたものだったから。

従って渚自身も、そのことを色々と知るに至ったわけだが、今までそれほど関心を示さなかったのは、そんな相手がいなかったからだ。

だが、違う。今は、違う。

こんなにもがさつでしおらしさの欠片もない自分を、女として見てくれて、女として欲してくれる存在がいる。

その事実が、急激に彼女のたおやかさを、花開かせた。

「渚?」

繋いでいた手を離す。そして、悟の肩に両手をそっと添える。

「………」

つま先だって、彼の唇に自分の唇を押しつけた。昨日までの自分からは、自分でも想像できなかった自分の姿がそこにあると思う。

「………オレも……今日は……ずっと、悟と……いっしょがいい」

わずかに離れたその後で、自分を求めてくれた恋しい人の唇に、渚はささやいていた。





ハイツ大崎、307号室――――。エレナの部屋である。

そして、試合を終えた今、長見もまたこの部屋の住人となっていた。

前期の最終戦に勝利し、5試合4勝1敗の成績で勝ち点を“12”に伸ばした城二大は、星海大を抜いて2位となった。これで、トップを走る櫻陽大との差は、わずかに1。総合優勝を目標に据える今、大きな足がかりを作ることができたのである。

とりあえず、前期の総括と打ち上げは別の日に設けることにして、今日はそれぞれ球場で解散していた。

試合の緊張感から開放された途端、エレナがとことん痛みを訴える。電車の中でもバスの中でも、空いた席があるというのに彼女は座ろうとしなかった。

心配した長見は部屋についてすぐ、ユニフォームのままエレナをうつ伏せでベッドに寝かせた。そして、ベルトを外し、ズボンをショーツごと膝の方まで下ろしたのである。

「あらら……」

お尻は真っ赤になっていた。そして、二つに割れていた。

(二つは、当たり前だっての)

古典的であると、言って欲しい。

「あ、ちょっと痛くなくなりました」

布地の摩擦がなくなり、外気に触れたことで、腫れたその部分からの痛みが沈静してきたらしい。

「どうする? 湿布でも貼るか?」

見たところ、そこまでひどい腫れでもないが、一応聞いてみる。

「あの……」

エレナが、ベッド下にある右の引き出しを指差した。長見は、指示通りに開いてみる。

湿布薬、バンソウコウ、錠剤、ガーゼ、体温計……など、医薬品が所狭しと詰まっていた。

「そこに、ザ・ガマ・オイルというのがあると思います」

あった。カエルにのった赤い仮面の男をプリントした、奇妙な軟膏である。

「それを、塗っていただけますか?」

「………」

すっごく、怪しいんですけど。

(大丈夫なのかよ……)

とにかく長見は蓋を廻して、外してみた。意外に普通の、乳白色の軟膏が底の部分に残っている。

「打ち身とかによく効くのです」

まあ、使った本人が言うのだから間違いはないだろう。

「俺が……塗っていいんだな?」

エレナの真っ赤に腫れた臀部に、直接触れることになるが……。

「はい、お願いします」

何度となく身体を重ねあった二人だ。エレナは何のためらいもなく、答えていた。

長見は人差し指と中指で、軟膏を掬い取る。そして、エレナの左の尻に、まずは数滴まばらに塗ってみた。

「ン、ツ……」

ぴくり、とエレナが震える。ちょっとした痛みが、身体を走ったようだ。

「あ、大丈夫ですから……」

動きを止めた長見を先に促す。それをうけて、長見は指先で軟膏を伸ばし始めた。柔らかい肉厚な彼女のヒップの感触が、指に気持ちいい。

「ン………」

エレナが喉から息を吐く。その吐息…とても、艶かしい。

薄くのばした軟膏を補充するように掬い取っては、また塗りこめる。左の尻で赤くなっているところを覆った後、今度は右の尻に移った。

「お、と……」

軟膏がなくなってしまった。開いている引き出しの中身を確認してみるが、同じパッケージのものは存在しない。

「ふーん、こっちかな?」

長見はなにも考えず、左側の引き出しに手をかけた。

「!!!」

瞬間、エレナの表情が凍りついた。中に何があるか、知っているのだから。

(で、でも、鍵が……)


 ガラッ…


「!!??」

いつもは鍵をかけているはずの引き出しが、いとも簡単にスライドした。ひょっとしたら、この間、引き出しを開け放したときのまま、今まで置いておいたというのか…。

「え……」

長見の全てが硬直していた。その視線は、医薬品が詰まっていることを想像して開いた引き出しの、予想さえできなかった中身の真実に注がれている。

電動バイブ……ディルドー……エッグローター……ローション……ア×ル・パール……ア×ル・バイブ……エネマシリンジ……シリンダー式浣腸器……などなど。ありとあらゆる、淫具がそこに収まっていたからだ。

「………」

「………」

動かない長見。そして、動けないエレナ。

思いがけない恋人の秘密との邂逅、そして、あまりに早すぎる隠された恥部の露呈。

ただ、沈黙だけがそこにはあった。





「な、なあ……」

ネオン街の一角を担う、ピンク色の看板たち。渚は真っ赤な顔で、そわそわと落ち着かない。

その中で、料金設定が標準に成されている、いわゆる“お手頃な”ホテルへと二人は入っていった。

「さ、さとる〜」

臆面もなくカウンターで部屋を選び、料金を選び、鍵を受け取っている悟の腕に、渚は小さくなってひっついている。廊下を歩くと、ご休憩を済ませたカップルとすれ違うこともあり、その都度、渚は悟のやや斜め後ろに隠れるような仕草をするのだが、それが悟にとってはなんとも愛らしい。

それを二度ほど繰り返した後、ようやく部屋にたどり着いた。鍵を廻す悟の動きももどかしく、潜りこむように渚は部屋の中へと身を躍らせた。

(ん、なかなか上等)

渚の後に部屋に入ってきた悟は扉を閉めると、忘れずに鍵も閉める。

「渚」

ダブルベットを前に硬直している渚の肩に、後ろからそっと手を置くと、そのまま彼女の身体を優しく抱きしめた。

「泊まりにしたから。今晩は、ずっと一緒にいられるよ」

耳元で、優しくささやく。そして、腕の中で固まっている愛しい人を、もう一度抱きしめて、その温もりを確かめる。

触れる頬と頬が、柔らかくて、熱かった。

「……わ、わわわ」

しばらくじっとしていた悟だったが、渚を包んでいた腕を放すと、膝の裏に左腕を、背中に右腕を添えて、まるで小犬を抱き上げるように簡単に彼女を胸に抱えあげた。いわゆる“お姫様抱っこ”である。

「さとる……」

小犬というより、小猫を思わせる野性的な渚の瞳。それが、恥ずかしさと切なさと、恋しさに濡れている。そんな瞳で見つめられたら、こっちもたまらない。

そのままベッドの方まで行くと、彼女の身体をそっと横たえた。

抱えあげるときにずれてしまったものか、ショートスカートがたくし上げられて、小麦色の健康的で瑞々しい太股が露になり、白いショーツが僅かに覗いている。下着はやはり、女の子のものだ。

頭が、くらくらした。

「な、なんだよ……そんなに……見るなよ……」

凝視されている部分に気づき、慌てて渚がスカートの裾を掴み、見えていたショーツを隠す。実家にいたときも、合宿のときでも、シャツにパンツ一丁で平気だったのに……。悟に見られていると意識した途端、羞恥心が芽生えた。

「渚、可愛い……」

「っ」

呟くように零れた悟の言葉は、この世に生まれおちてからまもなく20年になろうという中で、言われた覚えのないもの。そして、これからも、ずっと縁のないものと思っていた美辞麗句。

「キスしてもいい?」

「………」

渚は、小さく頷いた。自分の全ては、悟のものだ。

ゆっくりと、悟の顔が近づいてくる。渚は、心持ち唇を突き出して、そして、目を閉じた。

しばらくの暗闇。それは、柔らかい感触が唇に乗った瞬間、悟のビジョンで占められた。

「ン……」

喉から、息が漏れた。甘く噛まれた上唇から、痺れるような悦びが溢れてくる。それは、悟の暖かさから伝わってくる、想いの欠片たち。そして、自分の中からとめどなく生まれてくる、恋しい人への甘い気持ち。

「ちゅ……ん………ちゅ……」

唇と唇が触れ合ったり、離れたり。触れた瞬間は嬉しくて、離れた瞬間は切なくて…涙が、零れてきた。こんな自分は、女々しいのだろうか。

「渚、好き」

悟が親指で優しく涙を拭ってくれた。それが、嬉しくて、また涙が。

「なあ、オレ……なんか、泣き虫になっちまった……」

「そうみたいだね」

「悟のせいだぞ……悟が、こんなに優しいから……オレ……オレ……」

「渚はいつだって、可愛い女のコだよ」

「バ、バカ……」

そういうことを言うから、泣いちゃうんだよ。

「ん、んん……」

また、唇が重なった。今度は触れ合うだけにはとどまらず、まるで口を吸われるように深く。

「ん、んむ……っ……は、はぁ………あっ、あむ………」

食べられているかのように、悟にむしゃぶりつかれ、息をすることができない。そんな苦しさが頭の中に靄をつくり、渚はなんだか朦朧としてくる。

「は、ぁ……ん、んんっ……ちゅ………っ」

ぬるり、と口の中が柔らかで溢れた。朦朧としたものが、にわかに飛ぶ。

そのまま口の中をうねうねとする感触。それが、悟の舌によるものだと言う事は、もうわかっていた。

しばらくは、悟の動くままに任せていた。なにしろ、どうやって応えていいかわからないのだ。しかし、その動きをうけているうちに、たまらなくなってきて、渚も自分の舌を同じように絡めてみた。

「っ」

悟の舌が嬉しそうに応じてくれた。まずは先の部分でふれあい、すぐに全体で絡まりあうように甘く噛みあい、互いの情愛を伝えていく。

「……ちゅ……ん………あ、さとる……」

愛しい人の唇が離れ、渚は目を開いた。名残惜しさを物語る、光の糸が一筋。それは、渚の想いを綴っている。
「……触るよ」

悟の左手が、頬を優しく撫でた後、太股のところに降りていった。

「んっ」

膝の近くをさすられていたかと思うと、ショーツの裾が持ち上げられて、露になった内股の柔らかいところを撫でられた。とっても、こそばゆい。

「ひゃっ、く、くすぐったいな」

「ん? そう?」

さわさわ……悟の手は止まらない。そのまま、肌を伝うようにして、股の間に指が乗ってきた。

「くふっ、きゃ、きゃはは……く、くすぐたいよ悟……」

その部分を、やわやわと指が動いている。なんというか、なにかが這っている感覚に、幼いころ兄弟たちと“ザ・忍耐!”と称して、戯れにくすぐりあっていた時の情景が浮かんだ。その中には、禁断の遊戯・電気アンマも含まれている。

「あ、あはは……悟、くすぐったいって………くすぐったぃ………ぁ……あ……あっ」

声は次第に、甘さを伴ってきた。股の間を撫でさする悟の指が、その中心部を往復している。その指が動くたびに、なにか、切ないものが込みあげてきて、そのまま喉からあふれてしまった。

「渚……声、可愛い……」

「んっ……な、なんか……オレ……変、だ……」

股の溝に沿うように、強弱をつけて行き来する悟の指使い。そのたびに、痺れるような、むず痒いような、形容しがたい何かが身体を駆け巡るのだ。

「………」

「さとる……変……オレ……ん、んあっ……」

ぐにゅ、と柔らかい部分に何かが埋まってきた。悟の中指だ。

「はっ……あっ……あふっ……んぅ……」

深いところで、先ほどと同じように上下する指。溢れてくる甘い切なさは、それまでの比ではない。

「あっ、さとる、あ、ああっ……な、なあ……な……ん、んっ……な、なんだろコレ……あ、あんっ……なんか……わかんないよ……」

(可愛いな、渚……ほんと、可愛い……)

悟は、その初々しさがたまらなく愛しい。荒っぽい言葉づかいがいつも飛び出してきた唇が紡ぐ、戸惑いを含んだ愉悦の声。

指を動かすたびに、マウンドで光っていた精悍な顔が切なげに歪んで。耳元でささやくたびに、チームで一番の大声をあげる声帯が甘さに震えて。

「渚」

「あっ、さとる……あ、あっ……さとる、さとる………」

「………」

もう、たまらない。

「あっ」

悟は、渚のショーツに手をかけるとそれを一気に足元まで滑り下ろす。何の抵抗もなく、細い足首から抜けた白い3つの穴を持つ布が、ベットの下にひらりと舞い落ちた。

「っ」

 “パンツを脱がされた”…妙に冷静な思考が、事実を事実としてのみ渚の意識に伝達する。

なにか、股間がいつも以上に頼りなかった。それに、まるで失禁してしまった後のように、空気に触れているところが、なんだか冷たい。

「濡れてるよ、ここ」


 ぴちゃり…


「あ、ひっ」

悟の指が、直接触れた瞬間、さらなる愉悦が駆け上る。

もっと、もっと、もっと刺激を!

渚の本能が…深いところに秘められていた女の種がその殻を突き破り、しゅるしゅると芽を伸ばしていく。悟という太陽に向かって、促進剤でも撒かれたように、勢いよくしゅるしゅると。

「さとる……も、もっと……なんか……オレ、たまんないよ………」

脚が開いてゆく。自分で意識したものなのか、そうじゃないのか……。渚には、わからなかった。

「………」

たまらないのは、悟だ。固い蕾から、一気に花を開かせようとしている渚の女性的仕草に理性がもたない。渚を不安にさせないために、必死に抑えてきた衝動がむくむくと顔をもたげてくる。

それに抗うというのは、さしもの悟も難しい。彼もまた、健全な成人男子なのだ。

「あっ、さとる、なにを……」

渚の太股をさらに割り開く。桃色の貝の身が、目の前に。ぴくぴくと盛り上がった部分が震えているのが、その活きのよさを物語る。そして、なかからじわじわと溢れてくる瑞々しい透明な雫が、新鮮なものであることを知らしめた。

「あ、さと……っ!」


 ぺちゃり…


「ん、ん―――……っ!」

柔らかく、ぬめった感触が股の間に。悟の、舌だ。

「そ、そんなトコを……っ!」

身体の中の、いろんなものを外に吐き出す場所だ。そしてそれは、清浄なイメージを持つものではない。

「さ、さとる……ダメ……きたない……」

考えてみれば、試合をしてから今の今までシャワーに入っていない。その間、トイレにも数回脚を運んだわけで……。

「きたないって……ダメだって……」

なのに、ますます脚を開いてしまうのはなぜだろう? 

「んっ、んはっ、あ、あんんっ」

ぺちゃぺちゃと、ミルクをすする猫の舌みたいに、悟もまた音を立てて自分の股間を舐めている。指のような固い感触はないが、自分の溝の形にフィットするように形を変える柔らかさが、渚の穢れを全てこそぎおとすように、隅々まで行き届いている。

もちろん、包皮から恥ずかしげに顔を出した、豆粒のところにも。

「あ、あくっ!!」

渚の腰が、跳ねた。今までの緩やかな痺れとはまったく別の、苦しいとさえ感じる電撃が身体を走ったのだ。

「………」

悟はその豆粒の周囲をあまがみし、舌でつつく。あまり強すぎる刺激はかえって苦痛を与えるだけだから、触れるか触れないか、絶妙の位置で愛撫する。

「んんんっ、あっ、あっ、ああくぅっ!!」

あまりの刺激に耐えかねたか、開いていた脚が再び閉じられて、悟の首に巻きついた。顎が、渚の柔らかい箇所にぺちゃりと密着する。その部分でもわかるぐらい、渚は濡れていた。

「………」

「あっ、あっ! な、なに…あ、んあっ!」

顎で渚の貝の身を弄ぶ。とっても、柔らかくて気持ちがよい。それに、ぬるぬるした感触が、これまたよい。

「あっ、やっ……さとる……あ、あ、あっ!」

恥ずかしがり屋でさみしんぼの豆粒くんも、きちんと構ってあげる。唇で、少し挟み込む。

「っ!!」

息を飲む渚。悟は、豆粒をもう一度舌でつついてから、再び貝の身を味わうことにした。その柔らかい極上の食感に、魅せられていたから。

「あ、あふっ! ん、んんっ! あっ、あっ、あっ、あっ!」

渚の喉から溢れる媚声。それに導かれるように、舌を蠢かす。おそらく、性的接触は初めてだろうに、ここまで感じているというのは、彼女の敏感さが天賦のものだからなのだろう。


 ぺちゃ、ぴちゃ、ぺちゃ、ぴちゃ…


「ふぅっん! ……はずかし……おと……はずかし……っ!」


 ちゅるるッ…


「んあ! す、すうなよっ……ダメ……あ、ああんぁっっ!」

ぎゅう、頭を抱える渚の太股が力を増した。小刻みに痙攣もしている。ひょっとしたら、高みが見えてきたのかもしれない。
悟は、舌の動きを可能な限り早めた。

「ん、んあああ! ……あっ、あっ……さ、とる……あ、っ、やば、オレ……」

ふいに渚が、切なげな声をあげる。

「な、なんか……やば……あ、あ、ショ、ションベンでちまう……」

ぶるぶる、と震える渚の全身。みると、尿道口は身の中に埋まったままだ。彼女は、身体を走る悪寒をそれと勘違いしているのだろう。

「で、でる……さとる……ダメ、ションベンもれちゃう――――……っ!」

震えは止まらない。ひょっとしたら、本当に尿意も催しているのかもしれない。

「…………」

それでも、悟は構わないと思った。


 べろッ、べろべろべろべろッ!!


「あ、でる、でるでるでるっ! で、でるぅぅぅぅぅぅ――――――…………!!!!」

ぎゅうぅぅぅ……と太ももが締まる。しかし、渚の言うような迸りは起こらない。わずかに、貝の身がさらっとした潮をふくだけだ。それも、ほんとうにわずか。

「は、はぁ……あ、あはぁ……」

硬直し、ぶるぶる震えていた太股から力が抜けた。浮いた腰をそのままベッドに沈め、荒い息を整える渚。

悟は太股から顔を離し、切なげに眉を寄せ忙しげな息をつく渚を見守った。

「あ……さとる……?」

薄く目を開き、いつのまにか自分を見つめていた愛しい人に、心が暖かくなる。

「オ、オレ……」

同時に、湧き上がる羞恥。

「も、もらしちまった……」

身体中で弾けた悪寒は間違いなくそれ……と、渚はまだ信じていた。状況的に、悟の顔に引っ掛けてしまったと、思っているのかもしれない。

「あは。渚、自分がオシッコしたと思ってるの?」

「え、だって……」

「大丈夫だよ、ほら」

悟は、渚の頭を優しく抱えると、股の間にあるベッドシーツを引っ張って見せた。そこは、若干の汗やその他もろもろが染み付いているものの、乾いた部分が大半を占めている。

「………」

すなわち、自分は、失禁してはいないということ。

「じゃ……なんだったんだろ……」

 体から溢れた、弾けるような開放感は?

「渚、イッちゃったんだよ」

「イク……?」

兄貴たちの猥談の中で、“昨日、やっとこさ俺の女をイカせたぜ”“バカ、俺のハニーなんか毎日イキっぱなしだぞ、甘い甘い”とかいうのを聞いたことがあるし、その兄貴たち秘蔵のエッチな雑誌の中で“ご主人様の巨大な淫棒を何度もブチ込まれて、わたし、見境もなくイッてしまったんです……”という吹き出しの数々を見たことがある。

「そっか……オレ……」

なんとなく、理解した。失禁したのではないと知り、安堵のため息を漏らす。

「あ……」

それで思い出した。

「悟、ばっちい」

「ん?」

「オレのオマタを、舐めてさ……風呂にも入ってないってのに……」

「あ、そうだったね。じゃ、一緒に入ろうか?」

え? という間もなく、悟は上着に手をかけてくる。

「バ……じ、自分で脱げるよ!」

これじゃ、赤ん坊だ。身を捩じらせて抗おうとする渚だが…。

「え〜、やらせてよ」

いつもの微笑を浮かべたままで、手際よく服を脱がせていく悟には…。

「うわ、こら……やめろー!!!」

 もちろん、敵うはずもない。あっという間に、全裸に剥かれ、恒例の“お姫様抱っこ”で抱えられて、真っ赤になったまま浴室へと運ばれたのであった。






「あ、ああぁぁぁぁっっ……み、見ないでくださいっ! 見ないでぇぇぇぇぇ!!」


 ブリブリブリブリッッ、ブシャッ、ブバアァァァァァァァァ!!!!


尻肉の間に芽吹く蕾が一気に花開き、茶褐色の飛沫を吐き出した。その真下にあるトイレの水だまりに、びちゃびちゃと汚らしい音を響かせて跳ね落ちる。

「あ、あああ………ん、んあああ………」


 ぶぷっ、ぬりゅ、ぬりゅりゅりゅりゅ――――――………。


息んだことにより、開いた蕾の中央から表面の溶けた太い固まりが生まれる。それは、自重によって加速度をつけ、ボチャリと勢いよく水だまりに跳ねて、波紋を作った。

「………」

トイレの個室に充満する、凄まじいまでの臭気。それが、この白桃を思わせる瑞々しい尻肉の持ち主が生み出したものだと思うと、たまらなく興奮してしまう。美と醜が一緒くたになった瞬間。背徳の…快美感。

長見の股間は雄雄しく反りあがっていた。剥き出しになっているそれは、先端から既に先走りの液体を溢れさせている。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

便座のふたを抱えるように、洋式便器に和式の座り方をして、自分の穢れが飛び出るところを全て曝け出しているエレナ。

「……う、うぇっ……く、くせぇぞ」

その後ろで、鼻と口元を抑えた長見。唖然としている。

「うわっ、まだ出てきやがる……おまえのウ×コ、真っ黒じゃねえかよ……」

しかし魅入られたように、エレナの窄まりをこじ開けるように次から次へと溢れだす排泄物が、水だまりにバチャバチャと落ちていく様子を、長見は凝視していた。

「NO……そんなこと……いわないで……」

羞恥が、身体を覆う。されど、排泄は止まらない。内臓が、そのまま駆け下るような感触に、繰り返し繰り返しエレナは犯されていた。


 ブリッ、ブリッ、ビチビチビチ……ビチッ、ビチィッ……


「見ないで……ください……あ、ンンっ……こんな、ところ……」

それを見ている最愛の人の眼差しが、まるで汚いものを見るような目つきになっている気がして……。背筋が、震えた。

「………終わったか?」

ふいに長見の目がその緊張を解いた。エレナの蕾から溢れる汚泥が、ついに途切れたからだ。

「YES……」

ぐったりしたようなエレナ。まるで、腹の中のものと一緒に、身体の力も吐き出されてしまったようになっていた。

(す、凄かった……)

まるで、この世のものとは思えない壮絶な光景を目の当たりにした。げに凄まじき女の脱糞劇。禁断の世界に、脚を踏み入れてしまった自分を知る。

「大丈夫か?」

いまだ動こうとしないエレナ。心配した長見が、その肩に手をおいた。じっとりと汗ばむそれは、己の全てを賭けて、忍耐の限りを尽くした証であろう。

「………」

エレナが、ペーパーロールに手を伸ばす。からからと白い帯を取り出し、幾重にも重ねて、汚物にまみれた蕾を拭った。それを何度も何度も繰り返し、座ったままで水洗を操作する。

ざあぁぁぁ、ごぼごぼ、と何かが浮かぶ茶褐色の水だまりはそれごと吸い込まれていき、真新しい浄水でたちまち便器を満たした。

「あの……キレイにしてきます……」

便座から脚を下ろし、個室を出たところでエレナはもう一度、バスルームへと向かう。長見は何も言わず、その背中を見送った。

「………」

凄いことをした、と思う。自分の手のひらに残る、あの感触は今でも生々しい。

 …話を巻き戻してみよう。

あの時、エレナの尻に塗っていた軟膏の新しいものを探そうと開いた引き出しの中で数々の淫具を見つけたときのことだ。

とにかく、長見は驚いた。雑誌やビデオでしかお目にかかれなかったようなものが、所狭しと並んでいたのだから。

そしてエレナは、青ざめていた。なにしろ自分の部屋に、このようなものがあるということを、恋人に知られてしまったのだから。

沈黙はしかし、長見のほうから破られた。

『これ、通販か?』

エレナのスタディング・スペースには、端末があることからの連想だ。そして、何も言わず、エレナは頷いた。

『す、すげえな』

長見の嘆息。そこには、感嘆のイントネーション。

『全部、使ってみたのか?』

質問は続く。エレナは、指で、電動バイブやディルドーを示した。どうやらこれらが彼女にとっては古株らしい。

『こ、これは?』

長見は、ア×ルバイブや浣腸器について聞いてみた。エレナは恥ずかしそうにエネマシリンジを指差したが、それ以外には首を振った。

ふいに、“今度はこっちでしましょうね……勉強しておきます”、というエレナの言葉を思い出す。

『(まさか本当に……)』

勉強していたのかもしれない。

『な、なあエレナ……』

そこで長見は、この上ない好奇心を煽られた。

呼ばれたエレナは、不安げな眼差しを向けてくる。状況が状況だけに、仕方ないだろう。

『し、しようか?』

『……WAHT?』

どんな侮蔑が並ぶか覚悟していた彼女の耳に聞こえてきたのは、意外な言葉だった。

『してみないか? ……その……後ろの方で……』

『………』

否のはずがない。エレナはすぐに頷いていた。

それで、取りあえず繋がる部分を清浄にするためふたりはバスルームの人となり、さっそく四つんばいとなったエレナの不浄の穴へ、長見はシリンダー式浣腸器を使ってぬるま湯を注入した。

入ってくるものに抗うような圧力が手のひらを覆い、それを屈服させるように押し込んでいく感触が彼にはたまらなかった。しかし、調子に乗って急激かつ大量に注いだのでは、エレナの腸壁を傷つけてしまう。それは長見の本意ではないので、彼女の指示通りとりあえず200CCをゆっくりと注入して、その反応を待った。

しばらくしてすぐに、エレナが便意を催した。切なげに眉を寄せ、しきりにトイレを催促してくる。

しかし、長見は許さなかった。このとき彼は、別の意思に支配されていたといっていいだろう。額に脂汗を浮かべ、下腹を抑えてのた打ち回るエレナを、鑑賞して愉しんでいたのだから。それは、本意ではなかったはずなのに。

『あ、あっ……で、出ちゃいます……お、お願いですぅ……』

腸鳴りがはっきり聞こえてくるほど切羽詰った状況にも関わらず、長見はなおも許さない。“トイレ、トイレ”と連呼し、唸り声を上げるエレナをただ静かに、冷酷に見つめるだけだ。

『アッ、ダメェッ!』

耐え切れず、少し、エレナが漏らしてしまった。排水溝めがけて、断続的に窄まりから噴きこぼれる茶褐色の液体。

そこで長見はトイレに行くことを許した。逆にいえば、この場での排泄を許さなかったということになる。もう、彼女の腸栓は、圧壊していたも同然なのに。

『出るッ、出るッ、ああぁぁぁぁ!!』

エレナは狂ったようにバスルームを飛び出し、トイレに駆け込み便座に座ろうとして、すぐに飛び上がった。打たれた尻に痛みが走り、うまいこと座れなかったのだ。

『こ、こんな格好でなんて! あ、も、もう出てしまいます! あ、ああぁぁぁぁっっ……み、見ないでくださいっ! 見ないでぇぇぇぇぇ!!』

限界の中、叫び声をあげながら中腰で排泄しようとしていた彼女に、和式の座り方を強要して、長見はそのまま待った。もうわずかに漏らしてしまうほどだったのに、それでも恥らって抗っていたエレナは、やはり数分ともたず我慢の限界を迎えて、壮絶なまでの排泄を始めてしまった…。

それが、冒頭までのハイライトである。

「エイスケ……」

バスルームから出てきたエレナは、そのままベッドに這う。浣腸を処方されたときのように、膝立ちとなって、そのダイナマイトヒップを張り出した。

中央に息づく、セピアの蕾。そこから、凄まじき汚泥の噴出があったことなど信じられないほどに、いまは清浄な面持ちである。

長見が、その蕾に顔を寄せた。トイレに充満していた匂いは、もうない。鼻腔に感じる蕾の香りは、彼女がよく使っているボディソープと同じものだった。相当念入りに、洗浄してきたようである。

「キレイだな……お前の、ケツの穴……」

「An……」

 長見は、そ、と盛り上がりに触れてみた。ここで今から、つながろうというのだ。

「あ、あの……スキンを……」

エレナの願いどおり、陰茎をゴムで包み込む。たとえ洗浄したとはいえ、雑菌が満ちた空間だ。剥き出しのままでは、お互いに安心して交わることもできないだろう。

「ン……つめたい……」

引き出しの中にあったローションを、蕾に垂らす。

「アッ……ア、アッ」

指で表面に塗りたくると、人差し指を中心に突きたて、そのまま中に沈めた。

「ヒ、ヒィッ!」

切ない汚辱感に息を飲むエレナ。長見は構わず、内側の粘膜に念入りにローションを塗りつける。挿入したときに、彼女が無用な痛みを感じなくてもいいように。

「ひっ、んひっ……あ、ああ……」

その指に食いつくように、蕾がますます固くなる。長見は何度も指を回転させて、ローションを腸壁に浸透させていった。
ゴムの表面にもしっかりとローションをまぶす。これで、相当滑りはよくなったはずだ。

「いくぜ……」

「YES,PLREASE………」

いまだ腫れのひかない臀部を触るのを避けて、太股の辺りで手のひらを支え、屹立した肉筒を蕾みに押し当てる。まるで、侵入を拒むかのようにきゅ、と窄まった穴は、しかし、長見の筒先を簡単に中へ迎え入れた。

「あ、ああぁぁぁ………」

ずずずず、と未知の空間へ埋没していく。浣腸排泄によって緩んだのか、ローションの効果があったのか。ことのほかスムーズに、肉筒が押し進んでいく。

「くっ……どうだ……痛く、ねえか?」

下半身の強烈な痺れにめまいを覚えながら、長見が問う。ゴム越しだというのに、絡まってくる粘膜が熱い。

「YES……だいじょうぶです……ン、ンンッ……」

先ほどトイレでひりだしたものよりも、はるかに太くて固い長見の肉筒が、蕾を大きくこじ開けている。

しかし、痛みは感じなかった。むしろ、自分の中から大挙して出て行ってしまったものを、もっと暖かく熱いもので補完してもらっているという、ある種の満足感が溢れてくる。

「エイスケ……気持ちいいんです……おしり……」

「へへっ………実は、俺もだ……」

果てのない道。何処までも沈んでゆく肉筒が深々と、エレナの腸内へ収まっていく。生命溢れる媚肉とは全く異なる挿入感。特に、根元を締めつける感触が、たまらない。エレナの身体に力が入るたびに、締めつけは強くなり、まるでそれ自体が生きているかのように根元に食いついてくるのだ。

「おたがい……ヘンタイだな………」

「あ、ああ……そんなこと……ン、ンアッ!」

長見が、腰を引いた。腸壁が引きずられていく感覚は、排泄のときと全く同じ。しかし、それに付随する甘い背徳の痺れに、全身が泡立つ。

「………」


 ず…ずぬり!


「ヒ、ヒィッ!!」

そして、排泄との圧倒的な違いは、それが再び中へと戻ってくることだ。

「アグッ! ン、ンアアッ! ン、ンヒィィィ!!!」


ずぬ、ずぬ、ずぬ、ずぬ…


と、長見の肉筒によって犯される腸壁。

「アァ、アアァァァァ!!」

脳内で弾ける火花は、罪の意識を交えて艶やかに燃えていた。

「ぐ……す、すげえ……押し戻される……」

異物を体外へ押し出そうというのは、人間の防衛本能の成せる業だ。たとえ合意による行為であったとしても例外ではない。もともとその部分は、特殊な事情がない場合は一方通行なのだから。

「う、うわ……」

必死に押しとどめてもなお、見る見るうちに排出されてゆく自分の肉筒。その腸圧の凄まじさに長見は驚嘆した。

「ア、アッ、アウッ、アウッ!! んひっ、ひぃっ、ひぃぃぃ!!!」

腸圧に耐えながら腰を前後に動かすと、明らかに質の違う喘ぎをエレナは漏らす。まるで、酔い狂った獣のように。

「ンンっ! ングっ! ングゥゥウゥ――――――………っっ!」

「う、うわぁ!」

ふいに、エレナが息んだ。そのため、腸内圧力が一気に高まり、まるでポンプで圧縮空気を送り込まれたように、肉筒が猛烈に押し出されてしまった。

「う、うぬうぅぅ!!」

必死にこらえ、亀頭の部分までの排出でなんとか持ちこたえた。

「……はぁ…はぁ……や、やべえところだった……」

寸でのところで、全てが漏れ出るところだった。野球のときでもそうだが、彼女のパワーは凄まじい。

「………」

正攻法では、彼女の後性を満足させられないかもしれない。

「!」

長見は、一計を思いついた。

「ハァ……ハァ……? ……エイスケ……どうしたんですか……?」

動くのをやめてしまった恋人に、エレナは懇願する。

「もっと……もっと……わたし、もっと、おしりに欲しいんです……」

「ああ。ちょっと……な」

「あ、あ……エイスケ?」

エレナの腰を抱えこむように、長見は尻餅を突いた。身を起こされたエレナは、そのまま長見の腰に尻を沈ませる。

「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

つまり、エレナの自重をも利用して、より深く挿入しようというのだ。これならば、腸圧がいくら高まろうと、そうそう抜け出てしまうこともないだろう。

「OH MY GOD! ………MY GOD!!」

エレナの腰が、蠢いた。そのたびに、うねるように腸壁が収縮して、長見を搾り取る。

「お、おしりに刺さって……ふ、深すぎます……おかしく……なりそうですッ……」

効果は、絶大だった。

「おかしく、なっちまえよ」


 ぐぶり!


「ヒィィィィィ―――――――………っっっ!!!」

長見は、浅くひいた後、腰を打ち上げた。

「ひぐっ! う、うぐぁ!! うぎぃぃぃぃぃぃ!!!」

エレナの口から迸る咆哮は、今までの比ではない。およそ、人間のものとは思えない声をあげて悶えている。

青い瞳は快楽に剥きあがり、咆哮の出口からは唾液がだらだらと零れている。情愛の交わりというのが嘘のようだ。

「こっちは、どうなって………う、うわ……」

いつも暖かく長見を包んでくれる媚裂は、触ってもいないのに熱いヌメリをほとばしらせていた。ザクロの中身が弾けたように、媚肉がはみ出て熱い蜜を垂れ流している。

淫乱に悶えるその部分は、とても、新しい命を生み出してくれる神聖な扉とは思えなかった。

「エレナ……ヘンタイだな……」

耳元で、ささやく。息を吹きかけるように。

びくびく、と答えの代わりにエレナが痙攣をした。

「べとべとになっちまって………ケツの穴……そんなに、いいか? ん?」

ぐぬぐぬと腰を打ちつけながら、もう一度耳を噛むように言う。実際に、噛むのも忘れない。

「!!!!!」

瞬間、トンの重りをつけたかのような圧迫感が肉筒に覆い被さった。彼女の胎内の腸圧が、激しく高まったのだ。

「んぐぅぅぅぅぅぅ―――――――………っっっ!!!」

しかし、彼女の体重を利用した作戦が功を奏し、つながったところは微動だにしない。

我ながら、うまいことを思いついたものだ……と、自賛しかけて不安になった。

「…A……STMACHACHE……I…HAVE……A…STMACHACHE……」

「ど、どうした?」

「お、おなか……おなか、いたいの……」

急にエレナが腹痛を訴えたからだ。

(……やべえ)

長見はエレナの腰をやや強めに掴むと、そのまま押し上げてやった。腸圧に逆らわず、中に突き刺さったものを、ずるずると排出させてやる。

「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁ………」

詰まったものが吐き出される快楽に悶えるエレナ。一方、そんなエレナを尻目に、長見は亀頭の方まで一気に押し上げ、ためらうことなく、全てを中から抜き去った。

「あああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――………っっ!!」


ずぶっ、ぶっ、ブビビビビビビビッ!!!


 瞬間、蕾が凄まじいまでの高圧ガスを吹きだした。腸圧の高まりは、ガスの充満が原因だったのだ。このまま肉筒で蓋をしていたら、彼女の腸はおかしくなっていたかもしれない。まさか、ありえないとは思うが、破裂する事だって考えられる。

「……わりい、エレナ……つらかっただろ……?」

「ン、ンン―――――!! ンンアアア―――――!!」


 ブピッ、ブブブッ、ブウゥゥゥッ!!!


「あ、あう……うぅ……う……」


 プゥッ、ププッ、プッ、プッ……


「遠慮はいらねえ………全部、だしちまえ………」

「は、はぁ……はぁ………」

心ゆくまで放屁をさせる。

エレナの中から飛び出した圧縮ガスには、浣腸で中の汚れを洗浄したとはいえ、かすかに鼻をつく匂いが残っていた。

それに心の深奥が燃え立つ自分も、とてつもない変態だと長見は思う。

「はぁ……はぁ……」

「落ち着いたか?」

「はぁ……あ、あはぁ……は……い……」

ぐったりと、尻を腰に下ろしてくる。痛むはずの部分が肌に密着してくるが、気にならないらしい。

エレナは、別の世界に意識を飛ばしたようなうつろな瞳で、長見の無事を問う言葉に頷いていた。

「どうする? ……やめようか?」

随分と、エレナに無理をさせた気がする。……今更な気もするが。

「そう、ですね……おしり……いろいろ出たり入ったりで…………ちょっと苦しいです……」

ぬるま湯、汚泥、肉筒、高圧ガス……確かにその小さな窄まりには、苛烈な責めが続いてしまったようだ。

「そうだな、やめとくか」

長見は、ローションと腸液にまみれたスキンを取り去った。内側のぬめりは、自らの先端から溢れたものだろう。

正直、張り詰めていたものを放てないまま終わるのは忍びないが…。

「あ、おい……」

ふいにエレナが、肉筒に触れてきた。後ろを向いたままなので、尻の間から伸びてくる腕が妙に艶かしい。

「お、おい…やめとくんじゃ……」

「おしりはやめます……でも……」

そのまま位置を微妙にずらすと、ぽたぽたと愛蜜を零す媚肉に先端を押し当ててきた。

「こんどは、こっち………こっちで……エイスケの愛を……いっぱい……ください……」

逡巡する長見の意思も顧みぬまま、腰を落とすエレナ。

「あ、入って……入ってきます……んっ、んん……」


 ずぶ、ずぶ、ずぶ…


「う、うわ……すげぇ……飲み込まれるみてぇ……」

今まで収まっていたところとは全く違う、大らかな暖かさが、長見の腰に広がってきた。たちまち心が、熱いもので満たされていく。

「は、はぁ……あっ……あっ……」

腰が上下するたびに、肉筒に優しく溢れるエレナの体温。激しく喰らいついてきた蕾とは、全く違う触れ方をしてくれる。
「エレナ……やっぱ……こっちのほうがいいかも……」

じわじわと心の中が、触れ合う温度に対する愛しさに満ちてゆく。

「YES……わたしも……」

邪道と正道。

二つの快美感を計りにかけると、快楽の振り子は邪道に傾くが…、

「あっ……あたたかいです……エイスケの……とっても……」

「あ、ああ……俺もだ……俺も……すげ……あったかいよ…」

情愛の振り子は正道に傾く。

「あ、イクッ………」

「そうか……いいぜ……俺も……すぐ……」

それは、静かな昂ぶりだった。それまでの、狂気にも似た交わりが嘘のような。

「あ、あ、あ、んっ!」

びくり、と震えるエレナの胎内に、

「くっ」

 欲望に情愛を乗せて、長見は全てを解き放ったのだった。










「はっ……あっ……ん……」

渚の目の端に滲む雫。それを、舌で撫でるように悟は舐め取った。

「渚……痛い?」

「ん……ちょっと……痛い……」

下腹がずきずきと疼く。

「でも……なんか……あったかい……」

それ以上に、胸に広がるものがあった。

「このまま……さとる……このままで、いいか……?」

「うん、いいよ」

初めて男を迎え入れたのだ。きっと、相当な痛みが身体を走っているだろう。

悟は、渚の頬を優しく撫でてあげる。そして、かるく唇にキスを送る。貫かれた痛みの中で、少し苦しげに呼吸をする愛しい少女を安心させるために。

効果は……あったようだ。

「なんか……信じられないよ……」

「うん?」

「オレが……女になったなんて……」

悟が、もう一度、渚にキスをした。

「? さとる?」

「好きだよ。愛してる」

「っ」


小麦色の頬が、はっきりと紅く染まっていた。

「出逢ったときからね……好きだったんだよ」

「そ、そうなのか?」

二人の初めての出会いは、大学の入学式のとき。晴れの舞台に遅刻して、悟が困ったように式場を伺っていたとき、同じように遅刻してきた渚に腕を引っ張られて一緒に中に入ったのが、思い出の始まり。

「みんな、こっちを見てたよね……なにしろ」

警備員を引き連れていたのだから。それにも関わらず、快活に笑って、壇上の理事長に陽気な挨拶をのたまった渚。あっという間に、会場を笑みで埋め尽くして。

「あとでふたりして、叱られたけどね」

そんな渚に、不思議な魅力を感じた。

溢れてくるような、元気の塊。表裏のない、豊かな表情を持つ少女。

悟とて、今まで女性との関係がなかったわけではない。もちろん、身体を重ねる関係も数度はあった。しかし、長続きしなかった。

飽き性だったわけではない。むしろ、ふられてばかり。いつもニコニコしているのはいいが、どうも何を考えているかわからないというのが理由らしい。

わからないというのなら、それは悟とて同様だった。たとえば、恋人同士の関係でありながら平気で他の男と体を重ねる相手もいたし、好きな人が他にできたからといって簡単に関係を切ってくる女性もいた。面と向かえば睦言を繰り返しながら、その裏ではいくつもの顔を持っていることが、悟には理解しがたいところだった。甘いといえば、返す言葉はないのだが。

そんなとき、渚と出会った。気持ちを、真正面からぶつけてくる少女。その表情に仕草に、余さず全てが映っている元気な少女。

しおらしさに欠けるといえば、そうかもしれない。だけど、悟は知っている。

「渚……」

彼女が、とても心根の美しい優しい女の子であることを。

「好きだよ…愛してる」

もう一度、その耳元に想いを注ぐ。繋がっている部分から、渚の高まる鼓動が伝わってくる。

「………」

ぎゅ、と両手が背中に廻った。渚の鼓動が、今度は触れ合った肌からとくとくと聞こえてきた。

「さとる……オレも……好き……」

「………」

「好きだよ……オレも……さとるのこと……大好き、だから……」

ずっと傍にいて欲しい。何処にも行かないで欲しい。また一緒に、野球をして欲しい……。

だけど渚には言えなかった。彼女は知っている。悟には……今、自分を抱きしめてくれている愛しい人には、大きな夢がある。

それを、自分のわがままで、奪うわけにはいかない。彼を引き留めてしまうような言葉は、決して口にしてはいけないのだ。そう、自分に言い聞かせる。強く言い聞かせる。そうしないと、涙が出るのを抑えられないのと同じように、唇から言いたくないはずの言葉が漏れでてしまうから。

だから今は、こうやって彼の熱さを胎内に迎えられただけでいい。この時間が、長く、できうるかぎり長く続いて欲しかった。

「あ……」

そうして暖かく抱き合っていたふたり。しかし、やがて悟に限界が訪れた。動いていないとはいえ、胎内でうねる渚の粘膜に包まれているうちに、高まったものがすぐそこまで溢れてきたのだろう。

「渚……出そうだよ」

「そ、そう……ん…いい、よ……このまま……」

それならば、悟の全てを受け止めよう。渚は、抱きしめた腕に力を込める。

「あっ……く……」

悟の眉が中央による。中で感じる悟の熱さが、粘膜を押し広げるように膨らんだ気がする。

「っ」

瞬間、熱い迸りが、胎内に散った。

「あっ……あつい……すごく……」

たちまち、渚の中が熱いもので満たされてゆく。それは、心の寂しさも埋めていく。

「あ、あ………さとる……さとる……」

どくどくと脈打つ悟から、何度も何度も溢れる樹液に打たれ、渚は、女になった痛みをいつか忘れていた。





 1ヵ月後――――。

留学先へ向かう飛行機を待つロビーに、悟と渚はいた。

あれだけ騒々しく喚いていた星海大軟式野球部の面々も、何処から話を聞きつけたか見送りに駆けつけてくれた城二大軟式野球部のバッテリーも、二人を慮っていまは席を外している。

ふたりに、言葉はなかった。もう今は、静かに悟と居られればそれで渚は良かったのだ。旅立つまでの短い間、彼は何度も自分を激しく愛してくれたから。

別れまで、あと10分。

顔を出すまいと耐えてきた寂しさが、ふつふつと沸いてくる。

あと、5分。

こらえきれない哀しみが、零れてしまいそうになった。

「ね、渚」

そんなとき、悟がポケットから何かを取り出した。

うつむく渚の目の前にかざしたのは、ちいさな正方形の箱。

「え……」

それを優しく手渡され、渚は両手で受け取ると、促されるまま静かに蓋を開けてみた。

「あ」

光が、目に入った。その正体は、白銀の指輪。

「ちょっとだけ、待たせることになっちゃうけど……」

悟が、言葉をつなげていく。

「僕と結婚して欲しい」

「っ」

瞬間、渚の瞳に熱い雫が溢れ出した。ぽろぽろ、ぽろぽろと小麦色の頬を伝って落ちてゆく。

「バカ……」

それを拭わずに、真っ直ぐに悟を見据えて渚は言う。

「バカ……泣かないはずだったのに……バカ……」

「………」

「悟……悟……」

愛しい人の名を呼んで、その胸にすがりつく。想いを刻み付けるように、上着に涙を擦りつける。

「待つよ、わたし……悟のこと……待ってるから……」

いつか、渚は自分のことを“わたし”と呼ぶようになっていた。

「料理だって、もっと上手くなって……かえってきたとき、びっくりさせてやるんだから……」

「期待してるよ」

いつも変わらない、爽快な微笑み

「いっぱい……いっぱい、子供を産んで……それで……野球のチームをつくろうね……」

「励むよ。……頑張らないとね」

いつもそばにいた、優しい微笑み。

「悟……愛してる……」

「僕もだよ。渚を、誰より愛してる」

もう言葉は要らなかった。深く、唇を重ねあう。

想いの数だけ、心をつなげて。そして、二人の絆に変えて。

 いつまでも…“旅立ち”というしばしの別れが迫る中、いつまでもふたりは新たに生まれた絆の強さを確かめあっていた。



「わかった?」

「え?」

「帆波さんの、左手の薬指」

星海大学の好捕手・山内悟を見送りに来た亮と晶は、彼を乗せた飛行機が飛び立った後、飛行場を後にした。そのとき、星海大の面々といろいろ挨拶を交わしたのだが、その中で晶は、試合のときとは見違えるほど綺麗になったエース・帆波渚の薬指に光るリングを見つけていた。

「エンゲージ・リング……彼女、幸せそうだった」

「はぁ……やるね、山内君も」

回生が同じだから、歳は自分と変わらないはず。それなのに、大きな夢を目指して日本を旅立ち、しかもその寸前に、生涯の伴侶と定めた女性に終生の愛を誓った山内悟。

なんとも、スケールの大きい人間ではないか。

「なんかね……あてられちゃった」

「お、おい……」

晶が腕に絡みついてきた。

「“好きだ”……“愛している”……女のコなら、いつだって言われたい台詞だもの」

「そういうもんなのか?」

「あー、亮、わかってないな。お互いにはっきりしている気持ちでも、いつだって声に出して言ってもらわないと、女の子は不安になっちゃうんだよ」

「そっか……」

ふと、亮は立ち止まった。なにごと、と、同じように脚を止めた晶をじっと見つめる。

「なあ、晶」

「な、なんですの?」

キミは何処の令嬢かね、晶君。

「そういや、最近、言ってなかった気がする」

「な、なにを?」

「晶のこと、“好きだ”って」

「っ!」

どっどっどっど……と、晶の鼓動が波打った。不意打ちにも似た亮の言葉に。

「あ、いや……それよりも、だな」

 彼の言葉はまだ続く。

「愛している」

「!!」


 きゅぅぅぅ――――


もう、たまらない。真面目な顔で、そんなふうに言われたら、胸のときめきはどうしようもないほど高まってしまう。

「りょ、亮……」

「ん? どうした?」

「あたし、自分で言っておいてなんだと思うんだけど……」

「?」

「すっごい、嬉しい!」

「わっ」

「あたしもね、あなたが大好き!」

眩いばかりの微笑で、がばり、と首に巻きついた晶の両腕。

それをしっかりと受け止めて、亮は思う。

(あてられていたのは、俺のほう―――――)

夢を乗せた翼がはばたいていった方を見上げてみた。

正念場の試合を戦ったあの日のように…

青空は遠く何処までも広がっていた。



―続―






解 説


まきわり:「みなさま、お読みいただきありがとうございます! 『STRIKE!!』第6話でございます!!」

赤 木:「あ〜あ……ついに、ついに……」

まきわり:「な、なんでしょう? BL街道ばく進中の赤木君」

赤 木:「勝手に耽美系にすな! ……ワイが言いたいのは、とうとうエログロに走ってもうたか、ということや」

まきわり:「私のコンセプトは、純愛恥辱(間を空けないのがミソ)、そして、変態ですから」

赤 木:「開き直りよった……タチ悪いのぉ……」

まきわり:「ふふふ……やはり、己の欲望には正直にならねばならんのですよ」

赤 木:「まあ、それが全てやからなぁ……」

まきわり:「ただ問題がひとつ」

赤 木:「なんや?」

まきわり:「……野球の描写とエロの描写を両立させたら、膨大な文字数になってしまいました」

赤 木:「………」

まきわり:「このお話だけで、『STRIKE!!』2話分の容量があります」

赤 木:「そうみたいやね」

まきわり:「と、いうことは、クライマックスとなる次のお話は、それを上回るボリュームを用意しなければならないということで!!」

赤 木:「あー、そりゃ大変やわ」

まきわり:「でしょう? そうでしょう? これからネタを考えると憂鬱に……」

赤 木:「……いや、あんた勘違いしとるで」

まきわり:「はい?」

赤 木:「一番大変なのは、でかい容量になってもうたコレを編集してくださる管理人さま。次に大変なのは、こんな長々とした文を読んでくださる読者さま。……あんたの大変さなんぞ、二の次、三の次や」

まきわり:「………」

赤 木:「どや、わかったか?」

まきわり:「……わかりました(汗)」

赤 木:「ほな、挨拶しとき」

まきわり:「は、はい」


(ごほんごほん)


まきわり:「それではみなさま、お読みいただきありがとうございました! 次は、第7話でお会いしましょう!!」

赤 木:「みなさん、よろしゅうに!」



赤 木:「いやでもホンマ、長すぎや」

まきわり:「あの、その……はい、反省してます……」




解 説(改訂版編)


渚:「あれ?」

悟:「どうしたの?」

渚:「いや、なんか急にスポットライトが……」

悟:「困ったね。いま、好いところだったのに」


(ごそごそ)


渚:「あ、おい、やめちゃうのか?」

悟:「だって、まさかライブでやっちゃうわけには……」

渚:「別にいいじゃねえか。こっちは、もうその気になってんだから、放っておかれる方がつらいよ」

悟:「むぅ……じゃ、やっちゃおうか」

渚:「えへへ。そうこなくっちゃ」


(ごそごそ、がさがさ、ちゅっ、ちゅっ……)


渚:「ん……て、おい、あんた」

まきわり:「ひ、はひっ!?」

渚:「のぞいてんじゃねえよ」

まきわり:「い、いや、のぞいてるわけでは……」

悟:「困りますね。それでは、これで……」


(ぴしゃっ)


渚:「お、ナイスカーテン」

悟:「それじゃあ、心ゆくまでやろうか、渚」

渚:「へへへ、悟のスケベ……んっ……」


(ちゅっ、ちゅっ、ごそごそ……)


まきわり:「………(泣)」










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