STRIKE!! 第5話 「遠 征!!」(改訂版)



 開幕戦で惜しくも、昨季総合優勝の強豪・櫻陽大学に敗れた城南第二大学だったが、それ以降は順調に勝ちを重ねた。

2戦目の仁仙大学には、亮とエレナのアベックアーチ2本を含む強打で12−0と完勝。

3戦目の享和大学には、晶の好投とチームの堅守で5−0と快勝。ノーヒットノーラン(四死球などでランナーは出したが、ヒットを打たれず、得点を与えなかった試合のこと)のおまけつき。

3試合を消化して2勝1敗。獲得した勝ち点は6。総合の成績はいまのところ3位である。そして、今週末には4戦目の対戦相手・法泉印大学との試合を控えていた。

しかし、昨年最下位だった城二大は、このチームを相手にするときは少しばかり骨が折れることになる。

相手が強いというわけではない。なにしろこのチーム、いまのところ勝ち星がない。つまり、ダントツの最下位である。スコアを見ても、かなり苦しい状況を強いられているようだ。

現在の城二大ならば、油断さえしなければ勝ちは堅いだろう。…では、なぜに骨が折れるのか?

少し、説明しよう。

法泉印大学は、実は、隼リーグの1部リーグに所属する大学の中で、もっとも遠い地区に存在するのである。なにしろ、高速バスを使っても2時間強はかかるところに、その大学があるのだ。協会が規定で定めた限界地域のギリギリである。

それでも開幕当初から常に1部リーグに所属しているのだから、大したものといえよう。その姿勢が協会の心をうったのか、3年ぐらい前から特別規定が設けられた。

“総合順位で法泉印大学よりも成績が下回ったチームは、次のシーズンは法泉印大学に最も近い公営の球場で試合をするというルール”である。これならば、法泉印大学の軟式野球部が、毎試合わざわざ遠いところまで出向く必要もなくなるだろうというのである。

ちなみに、法泉印大学は昨季・総合4位だった。

つまり、最下位だった城二大は、法泉印大学との対戦を前に、往復4時間かけた遠征を今週末に行わなければならないのである。





「というわけで、ワイらはバスに乗っとるんや」

「……誰に言ってるんだ?」

隣に座る原田が、突然に独り言を喋りだした赤木のことを、憐憫の眼差しで見ていた。

「神や」

「……何を言ってるんだ?」

 それは、さておき。

窓から見える景色の流れは、とても速い。北へ向かう高速道路は車の数もさほど多くはなく、非常にスムーズな道行きであった。

「それにしても、監督……いいんですか?」

直樹が隣の玲子に問う。なにしろ、11人いる部員の宿泊費は全て彼女が持つと言い出したのだ。その合計金額、ばかにならない数字が並んでいるはず。

「んー。研究費で、浮いちゃったお金もあるし……こういうのって繰越できないから」

「そ、それは横領というのでは……?」

「課外活動費よ」

モノは言い用であった。

「しかし……」

「こういうときは顧問に甘えるもんなの。移動費はちゃんと徴収したんだから、ね♪」

玲子ウィンクが炸裂。直樹は、ぐうの音も出ない。

「それにしても、ついてたよね」

これは晶の言葉だ。当然ながら、隣には亮が座っている。

「そうかもしれないな……」

亮はなにやら、ぐったりとしていた。考えてみれば、遠征に向かう前から元気がなかったような気もする。

「日帰りだったら、俺、ぜったい死んでる……」

そう。彼は、乗り物に弱いのである。

バスに乗って1時間。まだ行程の半分にも達していないのに、亮はダウン寸前であった。

「大丈夫? つらかったら、ちゃんと言ってよね」

「ああ……う……まだ、平気……だと、思う……」

めったに聞けない彼の弱音。晶は、心配ではあるけれど、そんな弱々しい亮の姿が可愛くて仕方がなかった。

……前後の話を整理しよう。

不幸中の幸いと言おうか、都合の良い話と言うべきか、法泉印大学との対戦が組まれた日程は、大学の創建祭なるものとまともに重なり、降って沸いた連休の真っ只中だった。

それならと玲子は、宿を借りて2泊3日のスケジュールにしようと皆に提案したのだ。初日は移動日、二日目は試合とクールダウン、そして三日目の朝に帰る。そうすれば、かなり余裕をもった日程になる。

おおむね、試合のために週末は予定を入れていない面々だったので、それはすぐに通った。問題は経済面だったのだが、宿泊費は自分が負担するという玲子に甘えることにした。移動費と滞在費だけの換算ならば、さして負担にはならない。

「お」

窓を見ていた赤木が、何かを見つけたようだ。

「おわ、なんじゃ、ありゃ」

後方の追い越し斜線から爆音を上げて、紅い車が迫ってくる。バスとはいえ、100キロに迫るスピードを出しているにもかかわらず、米粒のようだった紅いそれは、瞬く間に並走するまでに追いつき、一顧だにすることなく抜き去っていった。

「ありゃ、相当だしとるで。……はりきっとるのぉ」

「運転手、結構いい女だったな」

「………」

そこまで見ていたのか、原田君。

「相乗りもいたがね……こっちは、男だった」

「………」

淋しそうに言わないでくれ、原田君。

「なあ、赤木。俺たちは、運がいいけど悪いよな」

「なんじゃい、それは」

原田はくい、と右隣の並びを指で示す。

「わ、ちょっと、亮。ほんとに、大丈夫なの? ……なんか飲む?」

「エイスケ、そのお茶、もらっていいですか? ……間接キスになる? わたしとエイスケの仲じゃないですか。そんなの気になりませんです」

「そういえば、連休にまとめてやろうと思って、資料の整理を残してきたのよね。……んふふ。サービスするから、帰ったら手伝ってね♪」

赤木は、納得した。

「この状況が、気にならない後ろの連中を、俺は尊敬したい」

他のメンバーたちは、開幕してから2ヶ月が経過したペナントレースの話題で盛り上がっている。桃色空気全開の、隣の様子は全く気にしていないようだ。

「お前は、気になっとるわけや」

「いや。俺は、お前が気にしていないかどうか、気になっている」

「………」

無表情のまま腕を組み、しかし、少し顔を紅くしている原田の様子に、赤木はかなり背筋が震えた。




「着!」

高速バスから路線バスを乗り継いで、泉町にたどり着いた。そこからしばらく歩き、宿町と思しき区画の外れまで行った所に、それはあった。

『民宿・ささらぎ』

小振りの建物で、かなり古い感じを受ける。その落ち着いた清涼感ある玄関先には、ひとりの老女が待っていた。

「あ、杉乃さん、お待たせしちゃいました?」

慌てたように玲子が、少し駆け足で老婆に駆け寄る。

「いんや、ちいとも待っとらんでよ」

老婆は、皺だらけの顔をくしゃりとして、玲子に笑顔を見せた。

「うちのじいさんが、はようこんか、はようこんかとやかましいで、外におったんじゃ」

どうやら顔なじみらしい二人の会話。それが落ち着いた頃、玲子は直樹に目配せをする。

「あ……こんにちは、お久しぶりです。城二大の軟式野球部11名、これからお世話になります」

「ああ、ええ、ええ。堅苦しいのはわしもじいさんも好かんからのぅ。ささ、疲れたじゃろう? 部屋はきれいにしてあるで、はよお入り」

老婆・杉乃はくしゃくしゃの笑顔を崩さずに、玄関に皆をいざなう。さすがに11人がそろって入れるほど大きくはないので、めいめいに靴を履き替えて広い場所に集まった。

「おー! 玲チャン、ようきたのう!!」

やたら元気のいい声が、真っ先に玲子を出迎えた。たたたた、と廊下を早足で渡る音がしたかと思うと、跳ねるようにして小柄な老人が目の前に現れた。杉乃同様、皺の目立つ顔だが、つやつやとした血色が、彼の元気のよさを物語る。

「善三さん、しばらくでした」

玲子もまた、嬉しそうに頭を下げた。

「おお、おお。こやつらが玲子ちゃんの子分どもか! うむ、うむ。みな、なかなかええ面構えをしとる!」

善三は、しきりにかぶりを縦に振っていた。

「すぐ飯にするかね? もう、あらかた用意はできとるんじゃ」

「ん……と……」

玲子は視線をメンバーに送る。皆、何も言わず頷いた。ひとり、晶に支えられている亮はぐったりして俯いたままだったが。

晶の心配そうな視線に、玲子は思わず苦笑する。彼のことを、はやく休ませてあげたいのだろう。

「とりあえず、部屋に入らせてもらいます。30分ほどしたら、食堂に行きますから」

「ん、わかったぞえ。……ああ、玲子さんや。実は、今日は先約のお客さんが、二人おってな」

「あ、そうなんですか?」

「大人数が来るって言うたんじゃが、それでもかまわんと言うてきてな。すまんとは思ったんじゃけど、わしらも客商売じゃからのぅ」

「ええ、構わないですよ」

ねえ、と部員たちに送る玲子ウィンク。誰がそれに抗えようか。

「すまんのう。……男連中は、“はの間”。女連中は“ろの間”を使っておくれ。“いの間”はその二人がつかっとるから、間違えるでないぞ」

「ありがとうございます」

さりげなく斉木が、入り口に立てかけてある見取り図をチェックする。それによれば、自分たちが宿泊する“はの間”は階段を上ってすぐ目の前にある大部屋のことらしい。大部屋とLの字に並ぶようにして客間があり、そのうちの中部屋が“ろの間”で、小部屋が“いの間”となっていた。

(………)

図によれば、小部屋と中部屋は隣り合っているようだが、大部屋は中部屋と完全に隔離している。これならば大部屋からの騒音は小部屋まで届くまい。

(………)

ふと、心置きなく枕投げができるな、と思ってしまった斉木君のことを、くれぐれも子ども扱いしないように。

「ああ、いらっしゃったようですね」

ふいに、女性の声がした。皆が一斉にその方へ向く。

背の高い麗人が立っていた。眉目秀麗にして、スレンダーなボディ。年齢は、20代半ばほどだろうか。すらりと流れるような長髪が、これまた美しい。

「こんにちは」

軽く頭を下げてから、にこり、と笑う。その仕草、どれをとっても知性に溢れていて魅力的だ。

「おお、藤堂さん。こちらが、大人数の頭領・玲子さんじゃ」

善三が、まずは二人を引き合わせる。部員たちは遠巻きにそのやり取りを眺めていた。

「はじめまして。城南第二大学の軟式野球部で、顧問を務める佐倉玲子といいます」

「これは、ご丁寧に。藤堂智子です。せっかく皆さんがお泊りになるところに、割り込むようになってしまって申し訳ないと思っています」

「いえ、そんな…………え?」

さらりと耳に入ってきた彼女の名前に、聞き覚えがあった。

「それでは、しばらくの間ですが、どうぞよろしく」

しかし女性が、一礼を残して去ってしまったので、込み入った話を振れなかった。

「ささ、大人数でこんなところにたむろしても疲れは取れんぞ。部屋へ、おあがり」

「え、ええ……それじゃ、お世話になります」

若干の後ろ髪ひかれる想いを残して、善三に伴われるまま階段を上る玲子。その後に従うように、メンバーたちも板の段をきしませながら、部屋へと向かった。





かぽーん………。風呂場では、なぜかよくこの擬音が使われる。それはさておき。

土地柄、山の幸をふんだんに取り入れた夕餉をご馳走になってから、玲子たち女性陣は湯船の住人となっていた。

「ンー……。まさか、温泉があるとは思っても見ませんでした」

湯につかりながら嬉しそうに伸びをするのはエレナである。彼女の言うとおり、この民宿には、小さいながらも温泉が湧き出しており、それを囲むようにして風呂場が備えつけられている。

4,5人も中にはいればすぐに一杯になってしまうので、男女わけにすることはできないようだが、それゆえに“混浴上等”となっている。

ただ、当たり前だが、今回は時間枠を設けて男女別々に使用していた。そしていまは女性陣が先にこの温泉の恩恵にあずかっているというわけだ。

「監督、この温泉が目当てだったんでしょ?」

晶の指摘だ。

「そうね。5・6年ぐらい前に、友達何人かと来たことがあって。小さいけれど落ち着いたいい雰囲気があるし、料理も美味しいし……すっごくいいところだったから、それからも時々来ていたの。おかげで、善三さんにも、杉乃さんにも、名前を覚えられちゃった」

「へえ………キャプテンと一緒に来たことも?」

からかうつもりで問い掛けたのだが、

「うん」

即答されてしまった。

「おふたりとも、さすがに彼のことは覚えてなかったみたいだけど」

口元を軽く抑えて、微笑む玲子。この人の可愛らしさというものは、天然素材純度100%で出来ているのだろう。ちょっと、うらやましい。

「晶ちゃんも、今度は木戸君と二人できてみたらいいんじゃない?」

「そ、そうですね」

玲子の口から亮の名前が出ると、それは何かの予兆である。

「ちゃんと、愛してもらってる?」

それきた。晶は慣れているはずなのに、“愛”という言葉に照れてしまう。

その様子で玲子には充分通じたようだ。

「んー、大丈夫みたいね。それでも、やっぱり、例のごとく“おあずけ期間”はあるんでしょ?」

「え、ええ……」

試合前3日は、亮の部屋に泊まらずに、性的接触も避ける。それは、新年度を迎えてからもきっちりと守られている。

「木戸君もよくやるわよね。私たちもね、試してみたんだけど、3日はちょっと無理だったわ」

「そうなんですか?」

キャプテンの忍耐力が、そんなに弱いとは思えないが。

「私がね、ダメだったの。2日目に、もう襲ってた」

「………」

「ひとりエッチは、イッたあとにすごーく寂しくなるからあんまり好きじゃないのよね。やっぱり、好きな人と肌を合わせないと、気持ちいいことも半分ぐらいになっちゃう」

「は、はあ……」

その言い分、よくわかる。なにしろ、同じことを感じているのだから。

玲子いわく“おあずけ期間”の中で、どうしても情欲を持て余したときは、ひとりでそれを慰めるより他はない。従って晶も、亮との情交を想像して夜中にひとり指を濡らしたことは数多い。

だが、果てた後に残る寂寥感は、自慰をしたことを後悔させるほどに強いものだった。

「エレナはどうなの?」

玲子は、湯船から上半身を出して涼んでいたエレナに話を振る。何も覆い隠さないダイナマイトバストは、湯によって薄桃色に火照っており、そのおおきな丘陵を伝う水滴とあいまって、艶かしさをたたえている。

改めてそれを見た晶は、脱衣所のときと同じように瞠目してしまう。

(で、でかいのに……)

大きいバストは、形が崩れやすいものだ。しかし、スポーツに通暁しているためか、張りがあり形もよいそれは、晶にとっては強い羨望と深い絶望を同時に抱かせる、いわば精神に効果を及ぼす凶器だった。

「とりあえず、2日前ぐらいからはしないようにしようと……」

「あら、そうなの?」

「エイスケは言いましたが、結局、わたしも襲ってしまいました」

言っている内容が信じられないほどに、無垢なエレナの微笑み。無邪気、とはまさにこのことを言うのだろう。

(もう、ふたりして……)

晶はちょっと拗ねた。なにしろ、寂しいのが嫌なのでこの頃は自慰も自粛している。それに、今日はいつもなら絶対にありえない弱々しい亮の姿も見てしまった。…本当なら、すぐにでも彼に触れたくて仕方がないのだ。

「……それにしても、実感ないんだよね」

そんな艶かしいものを追い払うように、晶はこぼす。

「あの栄輔が、彼女もちっていうのはさ」

なにしろ洟垂れの頃から知っている男である。ちょこまかと自分の後ろに引っついて、何かあるとは自分の後ろに隠れていた、気弱な幼なじみ。腐れ縁というか何というか、大学のゼミまで同じになってしまったが、それまでの十数年間を考えると、エレナのような女性が彼に惹かれる理由を、どうしても見つけられない。

もっとも、最近の長見の変貌振りを目の当たりにしているから、晶も彼を見直してはいるのだが…。それでも、晶には頼りない頃の姿がどうにも払拭できないのだ。

「エイスケ、とってもかわいいんですよ」

「………」

「照れ屋で、ぶきっちょで、素直じゃなくて……でも、何かあるとはわたしの胸に甘えてくれるので、もう、そのたびに胸キュンキュンです」

きゃー、とエレナは自分で言っておいて悶えている。ぼいんぼいんとダイナマイトバストが水滴を弾いて、左右に揺れた。

(ぱ、ぱいぱにっく……)

その迫力に、さしもの玲子も唖然としている。

「………」

ひとり神妙な顔つきの晶はそのとき、長見の母親が小学校の頃に亡くなっていることを思い出していた。

「栄輔、すんごい寂しがり屋でしょ?」

「ハイです。雨のひどい夜とか、わたしの胸から離れません」

「………」

それは、長見の母親が亡くなったときが、そんな夜だったことに起因しているのだろう。

「あたしがいうのもおかしいんだけど……あいつのこと、お願いね」

「もちろんです」

やはり無邪気なエレナの笑顔。晶は、初めて、長見のことで安心した気持ちになった。………そこではたと気づく。

(あいつ、エレナの母性をくすぐったのかな。マザコン……っぽかったもんね)

おそらく、それは正解だろう。

「アキラも、キドさんとしっかりエッチしてくださいね」

「な、な、なにをいきなり!?」

「だって、アキラ、寂しそうです」

「そ、そう見えるの?」

「あ、そうだ。明日、試合に勝ったら、部屋空けてあげるわよ。木戸君のことだから、遠征先で負けちゃったらしたくてもしないだろうし。……これは、死に物狂いで頑張らないとね、晶ちゃん」

「か、か、か、監督まで!」

ちょっとだけしんみりしていた晶は、無垢な二人の女性の攻撃に晒されて、あっという間にのぼせそうになっていた。




「おぉー!!」

二階のロビーで沸くのは、男連中だ。大部屋にはテレビが備えつけてなかったので、放映中のナイター中継を見るために集まってきたのだ。

中継は、東京ガイアンズと名古屋ドルフィンズの試合。そしていま、ガイアンズの主砲・松島が、ドルフィンズの活きの良い若手投手・安倉から2点本塁打を放ち、0−5と突き放している所だった。

目を爛々と輝かせ、テレビに食いつく面々。その中には、亮の姿もある。バス酔いに苦しんでいた彼は、しばらく部屋で休んだことによりすっかり回復していた。

「どーよ、木戸。松島、これで2本だ」

得意満面に言うのは、新村。彼は、ガイアンズの信望者だ。特に、同じ二塁手でもあるポジショニングの名手・菱選手を尊敬しているとのこと。

「今のはリードが甘いですよ」

「プロ相手に、お前も言うね」

呆れたような長谷川の言葉。彼も、新村ほどではないがガイアンズのファンである。

「今の松島は、変化球でかわすよりも、むしろ速い球でインコースをついたほうが、見逃しかセカンドゴロで打ち取れるんですよ。あのリードは、強気な谷峰らしくない」

その長谷川に力説する亮。どうやら、彼の贔屓はドルフィンズらしい。

「まあ、あのインベルカーブ(インコースの甘いところ、選手のベルトのあたりに入ってくるカーブ)じゃ松島じゃなくてもホームランだよな。確か、安倉って150はでるはずだろ? それなのに、もったいねえなぁ」

長見もその場にいた。ちなみに彼は、瀬戸内カブスのファンである。途中経過で知ったのだが、対戦しているリクルト・イーグルスに大量リードを許しているため、敗戦濃厚なドルフィンズを応援する亮に同情的だった。

「そうだろ? そう思うよなあ、長見君……」

ため息の亮。バス酔いで青い顔だったのは、もう過去の話らしい。

「セ・リーグはまだいいよ。放映されるからな」

これは直樹の呟きだ。

「ロッツの試合なんて、一年に何回見られるか……」

彼は千葉ロッツマリンブルーズを応援している。今季、開幕11連敗を喫したが、いまは何とか盛り返しているチームである。

「ロッツは、まだ黒本とか戸野とかミッチーとか藤浦とか……タイトルホルダーがいっぱいいるからいいじゃないですか」
斉木が泣きそうに言う。

「オリンポスなんて、シチローはいないし田内はいないし……いま、4番を打ってるの和邇なんですよ? 年間10本、ホームラン打ったらいい方の和邇が!」

神戸オリンポス。大リーグに人材が多数流出したため、若手の台頭が待たれる中、少ない戦力で苦戦を強いられているチームを、それでも愛している斉木である。

「まだ大リーグに選手を出しただけ、ましだと思うぞ」

割って入ったのは上島。ちなみに彼は、札幌に本拠地を移転したフラッパーズを応援している。ニュースでさえ選手が動くところをなかなか見られないチームを、小学校の頃から応援している彼は偉い。

野球談義になると、彼らは止まらなかった。

「なあ赤木……」

原田は、将棋版を挟んで対峙する赤木に問い掛ける。一瞬、バスの中での事を思い出し、尻に危機を覚える赤木。

「今、風呂場は女の園だ」

ぱち、と銀を王将の隣に寄せる。

「そ、そうやな……」

ぱち、と飛車を相手陣地に寄せる。

「覘きに行こうと誰も考えないあたり、幸せだなうちのメンバーは」

ぱち、と歩で出足を塞ぐ。

「そ、そうやな。………お、おまえはどうなんや」

ぱち、とその歩を飛車で取る。一方で、尻の危機感が、ますます募っているのだが。

「俺は……」

ぱち、とその飛車を桂馬で取る。

「お前といられれば、それでいいからな」

ぼろ、と赤木の指から駒がこぼれた。





「ふふ、みんな、野球が好きらしいな」

“いの間”でくつろぐ藤堂智子は、さきに風呂をいただいていたので、既に浴衣に身を包んでいた。時折聞こえてくるやり取りに耳を傾けると、思わず頬が緩んでしまう。

「いいんですか?」

机を挟んで向かい合う浴衣姿の男が聞いた。手にしている銚子を、智子のお猪口に注ぐ。

「肴には、最高だ」

聞こえる歓声も気にしない様子で、お猪口を口元に運ぶ。

「先生も、野球好きですもんね」

男がはにかんだように笑った。髪を何も整えず簡単に切りそろえ、眼鏡をしているその風体と柔和な面持ちは、何処にでもいるようなサラリーマンを思わせる。

「……昌人」

「は、はい?」

名前を呼ばれた男の笑顔がひきつった。もともと女性にしては低い声質の智子だが、それがさらに低音になったので、気分を害したのでは、と思ったからだ。

「いつになったら、“先生”をやめてくれるのかな?」

アルコールのせいか、ほんのりと赤みのさす頬で、上目遣いに昌人を見る智子。

「いや、その、ですね……はは」

しきりに照れて、漫画の描写なら周りに汗が飛んでいそうなほどに慌てる昌人。

「………」

痺れを切らしたように、智子はすっくと立ち上がり、対面にいた昌人のそばに寄る。そのまま、彼の胸に身を預けるようにして腰をおろした。

「あ……」

湯上りからもう大分たつであろうに、暖かで甘い香りが鼻腔をくすぐる。

昌人の喉が、ぐ、と鳴った。

「せ、先生……」

「まだ言うのか、この口は」

上を向くと、智子はそのまま昌人の唇を塞いでしまった。

「………」

中性的な物言いが紡ぎだされる、理知的な女性の艶めいた行為……。それだけで刺激的である。どくどくと血液が大量に身体を駆け巡り、それを送る筈の心臓が追いつかない。

胸が、苦しかった。

「ん……昌人………ん……」

智子の唇は、浅いところで接触を繰り返し、離れるたびに愛しいものの名を紡ぎ、そしてまた重なってくる。

「昌人……昌人……」

何度も名を呼ばれる。熱く潤む智子の瞳。昌人は、初めての出会いからは想像もつかない今の状況に、酔いそうだった。

「昌人……」

頬を、優しく撫でられ、そのまま再び唇が重なりあう。

智子の情愛を感じながら、遥か昔の過去の記憶が、暖かく昌人の胸に宿ってきた。




……余談になるが、少し二人の関係について話そう。

 藤堂智子は、4年前に文壇にデビューして以来、着実に人気と実績を伸ばしている26歳の新鋭作家であり、川村昌人は高卒から出版社に勤めて今年で6年目になる24歳の編集者だ。作家と編集……よくある関係の図式であると、誰もが思うに違いない。

だが実は、二人の出会いは14年も前に遡る。

14年前、川村昌人の両親が飛行機事故で亡くなったとき、他に身寄りのなかった昌人を、両親の旧友であった智子の父が引き取った。智子は一人っ子だったので、そのとき弟が出来たようでとても嬉しかった。だから、昌人のことを可愛がった。そんな智子に、親を失ったばかりの昌人が愛情と信頼を寄せていったのは、自明のことである。

しかし、ふたりの関係はすぐに別れの時を迎えてしまう。昌人が藤堂家にやってきて1年も経たないうちに、今度は智子の父が急死してしまったのだ。そのため、一家の大黒柱を失った藤堂家は経済的に苦しくなり、昌人のことは施設に預けざるを得なくなってしまったのである。それがやむを得ない事情であったとしても、智子は納得が出来なくて、昌人を連れて家出をしてしまったこともあった。幼いとはいえそれほどに、彼に対する愛情は深いものが芽生えていたのだ。

離れ離れになった二人だったが、再び接点が出来たことがあった。それは智子が高校3年生になった夏の頃である。

彼女がはじめて訪れたとある古本屋で、そこで働く昌人と再会したのだ。幼い頃より、かなり身長は伸びていたし、大人びていたが、智子はすぐに昌人だとわかった。

そのまま再会を喜ぶ二人。そして、思春期の真っ只中にあった二人は、夏の雰囲気に押されるまま男女の仲になった。

身体も、何度か重ねあった。しかし、そんな関係になっても、昌人は智子のことを“ねえさん”ないしは“先輩”と呼び続けていた。彼女が嫌がるにもかかわらず。

昌人には遠慮があったのだ。なにしろ智子は進学校の私立城南学園でも常に成績トップを維持する才媛だ。それにくらべ自分は、施設の縁で雇ってもらった古本屋に通いながら、公立の高校にゆき、余裕のない生活を送っている。彼女のためにあまり時間も割けず、釣合うような学力もない。いつしか昌人は、自分から智子への距離をとり始めた。結局“先輩”と呼ぶことをついにやめなかったのも、それ以上彼女に踏み込まないための自己暗示だったのかもしれない。

智子が有名大学である慶神大学へ進学し、町を離れると知ったとき、彼は智子と逢うことをやめた。いくら彼女から求めてきても、それに応えることをしなかった。そうしていつしか二人の関係は、終わりを迎えたのである。

高校を卒業したとき昌人は、古本屋の経営者・杉平から、小さいが活気のある出版社への就職を勧められた。それが、現在彼が所属している“あけぼの出版”である。智子のいる慶神大学の近くにある、主に若手作家を主体とした文章を紹介する雑誌などを刊行している会社だった。

実は、藤堂智子が“あけぼの出版”に投稿をしていたことをしばらくは知らなかった。初めてそのことを知ったのは、智子が、甲子園で起こったある出来事を元に書いた短編『甲子園の風』を、会社に自ら持ち込んできたときだ。電話番を勤めていた昌人がその応対に出たことで、ふたりは再会したのである。

はじめは、その関係の終わり方から冷たく余所余所しいものを互いに感じていたが、智子の担当は昌人というカップリングがいつしか定番となり、仕事を共有する中で、ほころんでいた絆は一層強く結びついたのである。

語るにはあまりに長すぎる紆余曲折を経て“復縁”を果たしてから2年。今年に入って同棲まで始めた二人は、昌人の久しぶりの長期休暇にあわせて、この民宿を訪れていたのだ。

……話が長くなってしまったが、つまり、それだけ強い絆と愛情が、二人の間にあると理解していただければ、幸いである。



「昌人………もう、何処にもいかないで………」

切れ長の瞼に浮かぶ涙。なぜか智子は、身体を触れ合うと泣きそうな顔をする。それだけ、何度も哀しい想いをさせてしまったのだろうと、この表情を見るたびに、昌人はいつも胸が痛むのだ。

「お願いだから……」

「……ええ、何処にもいきませんよ」

「あ、ん……」

だから、彼女が安心するように、そっと頬を両手で包んで、優しく唇を寄せる。温もりを、いつもそばにあるこの温もりを大事な人に伝えるために。

「先生……」

「ん……まだ……そんな、呼び方……」

それでも、どうしても名前で呼べないほどに、恥じらいと習性は抜け切らないらしい。

「ん……んん……ん……」

昌人は、何かいいたげな彼女の口から言葉を奪う。深く口を合わせ、舌の先をまさぐり、平の部分を重ねあう。唇だけでは味わえない、柔らかい温もりが一面に広がって、とても気持ちが良かった。

「………」

触れている頬が熱い。いつも冷静に物事を計り、言葉を並べていく智子が、こんなにも体から感情を溢れさせている。

それだけで、たまらなくなる。

「あっ、昌人……」

昌人は、手を胸元に伸ばす。そのままするりと中にいれ、下から包むように乳房に触れてみた。

「ん……」

智子の唇から吐息が漏れた。まだ重なっているから、そのまま口の中に移ってくる。

「ん……んん……ん、ん……」

さわさわとあくまで優しく撫でさする。実は、揉む行為よりも撫でる行為のほうが、昌人は好きだったりするのだ。すべすべして、柔らかい肌の感触を愉しめるから…。

「ん、んんっ!」

かといって、揉むのが嫌いなはずもない。すこしだけ指先に力をいれ、柔らかな膨らみの形を変える昌人。表現しようのない、甘い感触が手のひらを覆う。

「あ、あぁ……」

襟元に指をかけ、左右に割り開く。小振りではあるが、極上の形をした智子の乳房が、ふたつとも昌人の前に晒された。

「先生……」

昌人は智子の肩に手をかけると、そのまま押し倒す。成すがままに、布団に横たわる智子。露わになった胸が、昌人を誘っている。

「昌人……あ、あ、ああっ!」

両の手で膨らみをわしづかみにし、優しく指を埋める。信じられないほど柔らかい感触に、昌人は震えた。

「はぁ……んっ……んくっ……んう……」


ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……


「あっ、昌人……あ、いい……ん、んっ…」

単調ともいえる動きでも、智子は顔を紅くして、甘い声音に乗せて愉悦を訴える。いつもならば微動だにしない眉が快楽に歪んでいる。胸のわずかな愛撫だけで、こんなにも悶える智子の姿。

昌人は、顔を乳房に寄せた。そして、硬度を高めつつあった紅い実に、かり、と歯をたててみた。

「あ、ひっ!!」

びくり、と智子のからだが震える。両腕が、昌人の首に廻されて、そのまま頭を胸に押しつけてきた。

「あっ、あっ、あふっ、んふっ、ん、ん、ん!」

むにむにむに、と唇で咀嚼する。口の中できりきりと堅くなっていく部分に、智子の感度の具合をさぐる。

「昌人……昌人ぉ……」

ひたすらに、想い人の名を呼び続ける智子。昌人はその想いに応えるべく、愛撫の度合いを深めていった。





「………」

「………」

「………」

こちらは“ろの間”。そして、“いの間”に続くであろう壁に張りついているのは、城二大軟式野球部の女三人衆である。

風呂場から出て、ナイター中継に興じている男たちを横目に“ろの間”に戻ってきた彼女たちはしばらく雑談などをしていた。ふいにその話題が尽きて沈黙の中に入った瞬間に、隣の部屋から聞こえてくる艶声を三人同時に聞いてしまったのだ。

(壁、こんなに薄かったんですか?)

(しぃ!)

(OH……IT’S DEBAGAME……)

耳を押し付けると、はっきりと隣のやりとりが聞こえてしまう。

『あ……まさと……あ、あんん……』

女性の甘ったるい声。これはきっと、玄関で挨拶をかわしたあの麗人に違いない。

『そ、そこ……いい……もっと……もっと……』


ごくり…


喉を鳴らしたのは、禁欲が続いている晶だった。

『あ、あふ………ん、あ、そこ、あ、ん、んんんっ!!』

少し、女性の喘ぎが強くなる。それだけ耳に入ってくる刺激が、明らかになってゆく。

『あ、はずかし……だ、あ、ああぁぁぁ!!』

高い声が響いた後、しばらく沈黙が訪れた。

(お、終わったのかな?)

玲子が訊く。晶もエレナも、首を振るだけで何も言わない。

『………まさと……ほしいの……あなたが、ほしい……』

(こ、ここからが本番みたいですけど)

晶はもう一度、ぐびり、と唾を飲み込んだ。

隣の部屋の睦事をイモリのように壁にへばりついて盗み聞きしている女たち……。こんなところを、男連中に見られたらなんと言われるだろうか。

(どきどきです……)

同じ行為を何度も自分たちでやっているにも関わらず、尽きせぬ興味が後から後から湧いて出る。それは人の性ゆえに、という言い訳でも用意しておこう。




「まさと……あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」

真っ赤に爛れる昌人の怒張が、智子の膣内に入ってきた。

充分に愛撫をされ、落とした明かりの中でもわかるくらいに濡れそぼっていた媚肉だったが、張り詰めんばかりに欲望を押し込めた大砲を迎え入れると、その形が禍々しいまでに歪んだ。

「あ、あ、熱い……まさとの……熱い……」

ふるふると身体を震わせ、挿入時の痺れるような快楽に浸る智子。繋がった部分から溢れてくるのは、淫らで泡の立ちそうなほどにぬめる液体ばかりではない。

「愛してるの……まさと……まさと……」

太股を彼の身体に巻きつけて、さらなる密着を求める智子。繋がっている全ての箇所から愛をもらうために。

「先輩……」

昌人は、8年前の夏、初めて繋がったときの呼び方で彼女に問い掛ける。それは、すぐにでも弾けてしまいそうな心と身体を静めるためのささやき。

「先輩……」

もう一度、呼吸をするように呼びかけて、昌人は腰を引いた。


ぐちゅ…


「あ、あ、んんっっ!!」

まずは一突き。陰茎を覆い尽くす媚肉の絡みつくような愛撫が、昌人にはたまらない。

「ん、んん! あ、あはぁっ! んんああ!」


 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ…


心持ち浅く三度、智子の膣内を往復する。8年前は、ここで果ててしまったことをふいに思い出し、顔が緩んでしまう。
しかし、同時に胸に痛みが走った。

「くぅ! ああぁぁぁぁぁ!!」

その痛みを払うように、深く智子を貫いた。今は、あのときの自分ではない。眩しすぎる智子から逃げてしまった、弱い自分ではない。

「あっ、あっ、あっ、あぁぁうぅ!!」

これからは、智子の全てを自分の全てを賭けて愛し、そして守ってあげたい……その想いを伝える代わりに、猛然と腰を振りたてる。

「あっ! あうっ! あ、あ、あくぅぅっ!!」

胸の下で、自分の動きによって頤を反らせ、快楽の音律を奏でる智子。何度も身体を重ねて知ったことだが、智子は感度が高まると、普段のそれとは違い、どんどん音律の高い声をあげて愉悦を歌ってくれるのだ。

「まさとぉ……まさとぉ……」

切なげに名を口にし、両手を広げて差し出してくる。その手のひらを重ねあわせ、昌人は腰を股の間に深く沈めた。

「んああぁぁぁ!!!」

ぎゅ、と強く握り締められる。簡単に滑りそうなほどヌルヌルに湿っている智子の粘膜が、それでもきつく昌人に絡んでくる。

つながった智子の両手を、彼女の頭の上にもっていく。バンザイをした形になった智子を、下から何度も突き上げる。その度に形のよい胸が上下に揺れて、昌人の官能を視神経からも揺さぶった。

「ん、そこ………あぁん!!」

たまらず揺れた膨らみにむしゃぶりつく。ちょっと首が痛いが、欲望は止まらない。堅さを増すばかりの乳首に噛み付いて、ちうちうと吸う。

「あ! ん! ん! ん! んんぁぁあぁ!!」

吸われるたびに、胸の先端から狂おしいまでの愉悦がほとばしる。まるで、本当に母乳を吸われているかのような錯覚を起こしてしまう。

「まさと………わたし……おかしくなりそう……」

涙目で、悦楽の終着点が近いことを知らせる智子。今日は、彼女が先に果てそうらしい。

「あ、ああ………腰……だめ……へん……」

太股で昌人の胴体をがっちり極めようと動いているらしいが、すぐに力なく開ききってしまう。きっと、腰に力が入らないのだろう。

「まさと……もう……わたし……もう……」

「くっ」

うぬうぬとこれまでにない収縮を繰り返す膣内に、昌人も限界への昇華が速まっていく。

手のひらを離し、智子の膝に手をかけると、そのまま持ち上げた。

「あっ!」

脚をVの字になるように開かせ、繋がっている箇所を眼下に晒す。体勢が変わったことで、きゅ、とまた別の締まりが昌人を刺激した。

「先輩……俺、も……」


 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ!


「あっ! ああっ、あんっ! ん、んんっ! んあぁぁぁ!」

「く、せ、先輩……」

昌人は、繋がった箇所から水音が響くぐらい激しく腰を前後に振り、荒い息の中で限界を知らせる。

「い、いい、わ……おねがいっ、このままで……」

昌人は頷いてそれに応え、自分のリミッターを外し、激しく智子の胎内を往復した。

「あ、あう! んっ! んっ! んっ! ………イ、イク! ………イク!!」


 ぶるぶるぶる!


智子の身体が、痙攣を起こした。それはもちろん、膣内でも。

「っ!」

その責めに堪えられるはずもなく、昌人は腰に集中していた欲望を全て先端に押しやって、そのまま発射口である鈴口から迸らせていた。

「あ、あぁ……あつい……あついよ、まさと……」

どく、どくと脈打つたびに子宮の入り口にまで飛び出してくる熱い樹液に打たれて、智子は満たされたように恍惚とした表情を浮かべていた。




「木戸、そろそろ寝んと明日に響くぞ。それでなくても、バス酔いで疲れているだろ?」

「あ、高杉さん」

2班に分かれて風呂を使い、しばらく憩いの時間を過ごして、部員たちは早めに布団の住人となった。そんな中、亮だけは、まだ灯りの残るロビーで一冊のノートと対峙していたのだ。

「? なんだ、日記か?」

「まあ似たようなものです」

 見ます? と興味を示しているらしい直樹に、ノートを差し出す。どうやら、亮にとってはプライバシーの薄いものらしい。

それならと、ノートを受け取り、広げてみた。そこには、


『現状に見る近藤晶の問題点』


と、記されている。今季の隼リーグについて、櫻陽大学戦以降の戦跡と、晶の投球に関する記録、それに対する亮のコメントが所狭しと並んでいた。

「すごいな……」

切にそう思う。もう少し詳しく内容を追ってみた。


『櫻陽大学戦の反省……


三段階のストレートが武器の晶にとっても、やはり櫻陽大学のレベルに相対するには慎重な配球が必要であった。

故に、続発したコントロールミスを修正することが第一である。

また、セットポジションになると速球の威力がわずかに落ちることも、相手の4番に痛打されたことではっきりとわかった。

その2点から見るに、あれだけ理想的なものに見える晶の投球フォームが、実は完全に固まっていないと予想できる。………』


『仁仙大学戦の反省……


シャドウピッチング、下半身の強化など、徹底によって晶の投球フォームはかなり安定したものになった。

最初のイニングこそは、肩が暖まっていなかったのかコントロールが定まらなかったが、中盤・終盤以降は文句のないピッチングであった。………』


『享和大学戦の反省……


仁仙大のときを遥かに上回るナイスピッチ。ノーヒットノーランという結果がそれを示している。

ただ惜しむらくは、相手のインコースを攻める投球で、死球を二つ与えたことであろうか。まだまだ、微妙なところでのコントロールには、荒さを残しているようである。………』



「コレを見ると、完璧に見えるようでも近藤には穴があったってことか」

「そうです」

「それでも、修正できてるみたいだな」

「はい」

亮は嬉しそうだ。

「そういえば、近藤は変化球を投げないのか?」

「高校のときは、チェンジアップを投げたらしいんですけど、なんか投げ方を忘れたみたいで。今は完全に投球フォームを固めるのが先だと思うんで、それは今後の課題にしますよ」

さすがに、櫻陽大と2戦目を戦うのに、速球だけで対応できるとは思えないから。亮は常日頃、思うことを知らず口にしていた。

「まあ、まずは明日の試合を勝つことだ。そのためには、早く休まなきゃな」

「はい」

亮は直樹に従って、広げていたノートを閉じた。




「………ん」

「あ、先生」

少し眠っていたらしい。目を開いたその先で、こちらを覗きこんでいる昌人の顔が待っていた。

 身体を暖かいものが包んでいる。どうやら昌人は乱れていた浴衣を正し、布団をかけ、寄り添うように側にいてくれたらしい。その優しい几帳面なところは、昔も今も変わらない。

もぞ、と体勢を直した。同じ布団にもぐっている昌人と向かい合うためだ。

「ふふ……」

「どうしました?」

「“ねえさん”“先輩”それに“先生”か……結局、いつも、名前を呼んでくれないな昌人は」

口調が、藤堂智子のそれに戻っている。それでも、ほんの少し朱を残す頬が美しい。

「え、えーっとですね……」

昌人は、こちらは顔を真っ赤に茹であげて、もごもごと言い訳を口にしていた。

「もうしばらく、許してくださいよ」

「ま、いいだろう。……でも」

「はい?」

「父親になったらそうはいかないぞ」

「え」

先生、なにか、重大なことをおっしゃいませんでしたか? 昌人が問いただそうとするより早く、智子が言葉をつなげた。
「3ヵ月後が、楽しみだ……」

「え、あの、まさか……先生、今日……ひょっとして」

見るからに狼狽している昌人。そんな彼に、智子はにこりと微笑んでみせる。

「ああ。きっといまごろ、私の卵子は、昌人の精子を心待ちにしているところだと思う」

「! ! !」

昌人の顔が、赤色から青色に急転直下変化した。

その過程を、頬を緩めながら見ていた智子は言葉をつなげる。

「なにを慌てる? もう一緒に暮らしている仲じゃないか。それに、私は、そのつもりだったんだ」

「せ、先生……」

「昌人」

それでも何か言おうとする昌人の言葉を、唇で塞ぐ。そして、軽い接触の後、なにかを求めるように彼の身体を抱きしめ、胸に顔を押し付けた。

「私は、昌人の子供を産みたい」

「………」

「不安なんだ、どうしても。また、昌人が何処かに行ってしまうんじゃないか、と。だからもう、離れ離れにならないように、昌人との間にもっとたくさん絆が欲しいんだ……」

「先生……」

「わかってはいるんだ。私は、勝手を言っている。それで、昌人を拘束しようとしている。……酷い女だよ」

ぎゅ、と強く抱きしめてくる。口調はいつもの理知的な藤堂智子のものだ。しかし、昌人の身体にしがみついているこの寂しげな姿は、不安という寒風に身を震わせている小鳥のように思える。

「………」

昌人は、その小鳥を優しく……優しく両腕で包み込んだ。

昔から、そして今も、この人への気持ちはひとつしかないじゃないか。また、あの時みたいに、智子を哀しませるのか?
…もう、そんなことはイヤだ。

心の中で、かすかにせめぎあった様々な葛藤は、しかし、智子を抱きしめたときに、全てが綺麗に消え去った。

「せめて、先に籍はいれましょう」

「え?」

先ほどの慌てぶりからは想像もつかない、あまりに穏やかな昌人の言葉。それゆえに、聞き逃してしまった。

「ほんとは、いろいろ整理をつけてから言うつもりだったんですけど……まだ婚姻届も、指輪も用意してないんですけど……」

き、と昌人は表情を引き締め、再び智子に向かい合う。

「俺と、結婚してください」

言ってから、顔に血が昇ってきた。だが、思ったよりスムーズに言葉は出たような気がする。…さきに、衝撃的なことを聞いてしまったから、覚悟ができたせいかもしれない。

「昌人……」

理知的な智子の表情は、まず瞳の部分が潤み、ぽろぽろと雫となってこぼれ出すや、そのまま崩れた。

「まさと……まさと……う…う…」

その涙を押し付けるように、昌人の胸で静かに嗚咽を漏らす。

彼女が泣きやむまで、昌人は恐れ多くてあまり触れなかった髪を、そっと撫でてあげた。

しばらくして、指で目じりを拭ってから智子は顔を起こし、

「私……川村智子に、なっていいんだな?」

と応えた。受諾の言葉である。

「あ、ありがとうございます、先生!」

嬉々として、弾けたような表情の昌人。しかし、最後の単語がよくなかった。

「……やっぱり、どうしようかな」

またしても先生と呼ばれて、智子はすこし機嫌を損ねたらしい。

「……どうしても、名前で呼んで欲しいんですね。でも、いいですよ。こうなったら、恥ずかしいなんて言っていられない!」
なにか、吹っ切れた感じの昌人。一度、ぐ、と何かを飲み込んでから、言う。

「俺の、嫁さんになってください! と、智子……さん」

「ふふ、“さん”か……」

それでも、嬉しかった。もっと強く、昌人の体を抱きしめて、喜びを伝える。

「智子さん……」

「昌人、ありがとう……私、嬉しいよ……また…泣いて……泣いてしまうよ……」

最後の方は、嗚咽が混じっていた。そのまま智子は顔を昌人の胸に擦りつける。今日だけで、何度、この胸にすがっただろう。

「お、俺だって……」

よく見れば、昌人もしゃくりあげそうになっているではないか。そういえば、昔から泣きべそ君だった気がする。その度に、必死になってあやしていたものだ。

そんな過去の記憶さえも、智子の涙腺は刺激されてしまう。もう、溢れる涙を抑えきれない。

「昌人……う、う……まさと……」

「智子、さん……」

しばらく、寄り添ったまま、ふたりは泣いた。

切れかけて何度も繋いだ絆をもっともっと埋めあうように。

互いの名前を何度も呼び合って…。

静かにふたりは泣き続けていた…。




ぶるぶるぶる……。


「あ……はぁ、はぁ、はぁ………」

布団の中にもぐりこんで、声が漏れないように唇をかみ締めて、訪れた性の高みをやり過ごす。

「………っ……っ……」

断続的に寄せては返す快楽の波。その出所を必死に抑えるように、太股をきゅ、と締めつけて、愉悦を流す。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

かけ布団で押さえるようにして、晶は荒い息を整えた。

「………」

波が落ち着きを見せたとき、晶は太股の奥から指を離した。目の前に持ってくると、それは淫靡な光沢を放っている。指を動かすと、ヌルヌルした感触が生まれてくる。その粘り気の高さを示すのは、戯れに開いてみた指の間にかかる幾筋もの透明な糸。間違いなく、自分の中から溢れてきたものだ。

「すぅ……すぅ……」

「ZZzzzz……」

ふたつ分の寝息が、同じ部屋から聞こえてくる。玲子とエレナと、そして自分と…川の字のように布団を並べているのだから当然である。

(しちゃった………)

そんな空間で、自慰を。

「………」

べとべとになった左手を見ると、羞恥に顔が熱くなる。

“いの間”から聞こえてきた睦言が終わりを迎えた頃、就寝するちょうどいい時間となっていた。そのため三人は、顔を紅くしたまま無言で布団を並べ、そのままもぐりこんでしまった。

晶は、耳の奥から蘇ってくる睦言にさいなまれ、しばらくは寝付くこともできず寝返りを繰り返していたのだが、玲子とエレナの穏やかな寝息が耳に入ってくると、それが子守唄にでもなったのか、ようやく眠りの中に入ることができた。

(………)

そして、夢を見たのだ。ユニフォーム姿のまま、後ろから亮に荒々しく犯されている夢を。唾液と汚液を撒き散らして、盛んに腰を振っている自分の姿をそこに見た。自らの脳が生み出した想像の世界にも関わらず、灼熱に燃える亮の剛棒が出入りしている生々しい感触を、覚めた後でもはっきりと思い出せるほどに淫靡な夢だった。

目を見開いたとき、体中が汗ばんでいた。思わず指を伸ばした太股の奥も、じっとりと蜜に溢れていた。触れてしまったために、淫靡な誘惑が体中を流れて止まらなかった。

「………」

それで、たまらなくなって、晶は自慰を始めてしまったのだ。隣には、眠っているとはいえ玲子とエレナがいるにも関わらず。

トイレに駆け込んで、そこで処理をしようとも考えた。だが、それより先に始めてしまった心地よい行為を、途中でやめることなど出来なかった。

結局、果ててしまうまで指を動かしていた。

浴衣ということで、ショーツを穿いていなかったこと。明日の試合を前に、禁欲生活が続いていたこと。亮の弱々しい姿に、胸が高鳴ってしまったこと。隣の睦言に、身体を熱くしてしまったこと……。それらすべての事象が重なり合って、晶を淫猥にしてしまったのだ。

「………」

むくり、と身体を起こす。はだけた胸元を正して、立ち上がる。

「あ、ん……」

にちゃ、と太股の奥が蜜にぬめった。歩くたびに生まれてくるその淫靡な感触が、正直気持ち悪い。

「……アキラ?」

「!?」

どきりとした。エレナが身を起こして、自分を見ているではないか。

しかしエレナは、まだ夢と現を行き来しているものか、半開きの眼と平面のような表情で、ぼう、としていた。

「ああ、おトイレですか。失礼しました……」

自分で理由づけて、そのままパタリと布団に戻る。

(ほ……)

晶は胸をなでおろすと、バックから生理用品とショーツを持ち出し、階下のトイレに向かった。

民宿ささらぎは、暗闇に包まれている。だが、怪談話は晶の好むところ。だから、闇の廊下を進むことも、真っ暗な階段を下りることも、まったく厭わない。

そのまま女子用のトイレに入ると、後ろ手に鍵を閉め、浴衣の裾をたくし上げて和式の便器にまたがった。備え付けのロールペーパーに手を伸ばしたところでふいに指を止め、しばらくその体勢のまま何かを待つ。

「………っ」

ぷる、と太股がふるえ、その間から飛沫が散った。水洗トイレの水溜りに音をたてて落ちてゆく。

晶は、改めてロールペーパーから紙を引き出し、何重にもかさねたそれで股間を拭う。水気の多いしたたりを清めてから、新しく用意した紙で今度は粘りつく部分を拭い取った。

水洗のレバーを押す。勢いよく溢れ出す水が、穢れと汚れ物を押し流していった。

晶は立ち上がると、新しいショーツに脚を通す。それを太ももの辺りまで持ち上げると、ナプキンを取り出して中央部に貼り付け、そのままショーツを引き上げた。

これで、またヘンな夢を見ても、いやらしい粘り気はナプキンが吸い取ってくれるだろう。

晶は足音を立てないように客間に戻り、再び布団にもぐりこんだ。まだ、濃密な温もりと体香を残すそれに、自分が演じた痴態を思い起こして身体が熱くなる。

「……はぁ」

同時に、えもいわれぬ寂しさが沸き起こってきた。

(やっぱり………明日、お願いしようかな)

何とか目を瞑り、眠気を呼び込もうとする晶は、本気でそう考えていた…。




翌日―――――。

法泉印大学との試合が行われる公営球場は、今まで試合をしてきたところに比べると、手狭ではあるが新しい印象を受けた。数年前に行われた国民体育大会の折に開設されたものらしい。以降、中学野球の地区大会や、草野球などでよく使用されているということだ。

天候は至って晴天。外野の芝も目に眩しいほど、太陽が照りつける。

そんな中、試合は始まった。

先攻は城二大。そして、その打線がいきなり炸裂する。

1番の長見が三塁ライン際を抜ける三塁打を放ち、2番の斉木がこれを内野安打で返し先制。直樹のセンター前ヒットで塁を二つ埋めた後に、亮の3点本塁打が飛び出して、開始10分にも満たないうちに瞬く間に4点を奪った。

エレナは当たりのいいライトライナーに倒れたが、続く原田が自身初となるレフトスタンドへの本塁打を放ち、初回だけで5点を奪ったのである。

その後も猛攻は続く。6回を終了した時点で、13−0と相手を圧倒していた。とても昨季、成績が下回ったチームとは思えないほどの横綱相撲ぶりである。


 ブンッ! バシィ!!


「ストライク! バッターアウト!!」

「おお!」

沸いたのは法泉印大学のベンチだ。ちなみに、打席に立っていたのは、チームメイトである。味方の三振に沸くというのもおかしな話だが、それだけインパクトのある光景を目の当たりにしているということだ。

「バッターアウト!!」

「おぉ…」

「バッターアウト!!!」

「………」

いつしか声さえなくなった。7回の裏に記される自軍のスコアボードには、またも0が並ぶ。

記録員が、これまでのスコアに目を落とし愕然としていた。相手チームである城二大のページは、黒い線が乱雑になってしまうほど何重にも引かれているのに、自軍のページはいたってシンプルに収まっている。

三振、17。内野ゴロ、4。安打・四死球ともに、0。

そう。いま、彼らは、完全試合のペースで劣勢に陥っていた。

「よっしゃ、いけいけや!」

かたや城二大のベンチで沸くのはムードメーカーの赤木。

「晶ちゃん! ホームランならサイクル安打や! いっちょ、狙ってや!」

打席に向かう晶の背に、声援を送る。

ちなみにサイクル安打というのは、ひとりの打者が一試合で、単打・二塁打・三塁打・本塁打のすべてを放つという離れ業のことである。

晶は最初の打席で三塁打を放った。次の打席は四球を選び、三打席目に単打を、四打席目に二塁打をそれぞれ打っている。9番打者である彼女が、5度目の打席に入るのだから、この試合において、いかに城二大の打撃陣が好調であるかわかっていただけよう。

晶が左打席に入った。相手の投手は、3人目に代わっている。しかし、試合の始めには一塁を守っていた選手だったので、本格的な投手ではないのだろう。

見送った初球のストレートは、威力・スピードともに、これまでの投手を下回るものだった。


 ………キン!!


「おおぉぉぉぉぉぉ!!」

甘く入った2球目を痛打した打球は、高々と舞い上がる。外野は、少しだけ追いかけてすぐに脚をとめた。

外野席の芝生にボールが飛び込む本塁打。それを見届けると、晶はゆっくりとした走りにかえてベースを一周した。

ホームを踏み、ベンチに戻る。真っ先に迎えてくれたのは、亮の笑顔だった。

「すごいな、サイクルだ」

「ありがと」

ちなみに亮の5打数5安打2本塁打7打点も、物凄いことである。

「あとは、パーフェクトだな」

「ふーん、プレッシャーをかけるつもりなんだ?」

「微妙な心理条件でのコントロールを身につけたら、晶は無敵になるからな」

コントロールに弱点を持つ晶が、今日は一切の投球ミスもなくここまできている。だからこそ、より高い場所へ彼女を導くために、亮はあえて、明らかに点差のついた試合の中でも、重荷を課したかったのだ。

「いいわ……それじゃ、亮、勝負よ」

「な、なんだ?」

それにひるむこともなく、晶がやけに気合の入った眼差しをむけてきたので、亮は少したじろいだ。

「パーフェクトをやったら、お願いをひとつ訊いてもらうからね」

なんだ、そんなことか。亮は胸をなでおろす。

「わかった」

何も考えず、亮は頷いていた。

マウンドに立つ晶は、ロージンバックを手に塗りこめて相手と対峙する。

亮の構えたコースはインコース。右打者の内角を突くように要求している。かなりぎりぎりのラインを通るから、ミスをすれば相手の身体にあたり、死球となって完全試合は泡と消える。

(………結構、いじわるだね)

晶はふ、と笑みながら大きく振りかぶった。ダイナミックな投球フォームから繰り出される速球が、亮の構えたミットに寸分たがわず突き刺さる。

「ストライク!」

(すごいな)

亮は晶の絶妙なコントロールに舌を巻いていた。

櫻陽大学に敗れてから、弱点ともいえる乱れがちになる晶の制球力を安定させるため、基礎にかえってシャドウピッチングから繰り返してきた投球フォームを固める練習が功を奏したのだろうか。

アウトコースに構える。サウスポーの場合、斜角の都合上、ストライクゾーンを通りにくい場所だ。

「ストライク!!」

だが、今の晶には無用の話らしい。

亮は内角高めを要求した。おそらく今の晶の球威ならば、相手打者はバットを振ることも出来ないだろう。

「ストライク!!! バッターアウト!」

そのような調子で晶は、残るイニングを全て三振で撫で斬りにし、事も無げに自身二度目の完全試合を達成したのであった。




「前の試合でもノーヒットノーランだから……18イニング安打を許していないのか」

試合の後、すぐにささらぎへ戻ってきた面々は昼餉をご馳走になり、その後は自由時間となった。宿町でもあるから、町内にはちょっとした観光名所もある。

部員たちがめいめいに町へ散っていく中、ささらぎに残り、ロビーのソファに腰をおろしていた亮は『晶ノート』に目を落としていた、そして、晶の投球を思い出し感嘆の息を漏らす。

正直、空恐ろしい記録だ。考えてみれば、櫻陽大学戦との8,9回を加えて、29イニングも得点を許していない。

(これで4試合3勝1敗……)

勝ち点に換算して、9。

前期最後の試合となる星海大学との一戦は、正念場になるだろう。この大学、調子がよいらしくまだ負けを喫していない。確か、同じく3連勝の櫻陽大学とまだ試合をしていないはずだから、その結果も気になるところだ。

「………」

亮の頭の中はすっかり次の試合のことで一杯になっていた。そのため、ゆっくりと後ろに近づいてくる影に、気がつかない。

首に何かが巻きついた。人の腕だ。

「ひっ!」

びっくりした。ちょっと怖いお話は苦手な亮君である。

「………」

「あ、晶?」

影は何も喋らなかったが、巻きついた腕はよく見慣れた恋人のものだ。そして、後ろから抱きついてくるのは、求めてくるときによく晶がしてくる合図。

(え、合図?)

亮は、顔を後ろに向けた。なにやらもの問いたげな、切なそうな晶の顔。それもまたよく目にする、夜の一幕を待ち望む表情である。

「ど、どうした? 監督とエレナと、何処か行くんじゃなかったのか?」

今朝、三人でそんな話をしていたのを、小耳に挟んだのだが。

「………」

しかし、晶は何も答えない。ただ、じっと亮のことを見つめるだけだ。

「晶、あの……」

「“お願い”……まだ言ってなかった」

「………」

「“ろの間”、空いてるの。ふたりとも、出かけちゃったから……」

勝ったら部屋を空けておくから――――本当に玲子とエレナはそれを実行した。有無を言わさず、自分を民宿に残し、二人で出かけてしまっていた。

晶の息づかいに、甘さがこもる。その吐息が、頬をくすぐり、なんともこそばゆい。

「亮……ダメ、かな?」

さすがに、状況のことを考えているらしい。なにしろ、多人数で泊まりにきた民宿で、しかも真っ昼間。誘うには、適当な条件といえない。

だが、前日の痴夢と痴態に種火をやどし、今日の試合で完勝した昂揚感がその火を大きくし、“ろの間”が空いているという今の状況が、とうとう晶の身体を燃やしてしまったのだ。もう、体が疼いて仕方がない。

「亮……」

晶が頬を寄せる。朱色に染まる柔らかいその頬は、とても熱い。

かすかに……ほんのかすかに、亮の中にある官能がちりちりと焦げつき始めた。彼とて、数日の禁欲生活を経た身だ。そして晶同様に、試合に勝ったという興奮もある。

「あ、亮……」

亮は、そ、と巻きつく腕を優しく掴むと、そのまま立ち上がった。晶もそれにつられて、膝立ちの状態から、身を起こした。

「………」

何も言わず手のひらを握り締めてくる亮。それが答えだと、いうのだろう。

ふたりは、並びあうようにして、“ろの間”へと消えていった。




敷かれた一組の布団に、晶を横たえる。そして、優しく肩に手を添えたまま、亮は晶の唇を覆った。

ふたりとも、生まれたままの姿になっていた。障子を全て閉めた客間は、薄く光が差し込むものの、気持ちを盛り上げるだけの暗さを生んでくれている。むしろ、その薄光によって浮かび上がった晶の白い肢体を、美しく演出している。

「ん……」

甘く喉を鳴らし、亮の唇に応える晶。唇を浅く吸いあうように、ついたり離れたりを繰り返す。肩にあった亮の手が、頬を包んでくれる。それに倣うように、晶も愛しい人の頬に両手で触れてみた。

「ちゅ………ん、ん、んちゅ………ん……」

唇の密着度が増していく。とめどなく想いが溢れて、暖かさをともなって、触れたところから行き来する。

「ん……んむ……んっ」

ヌルリと舌が入ってきた。それの動くままに、口の中に迎え入れ、自らの舌を使って悦びを伝える。歓喜したように、亮の舌が、口内の至るところを優しく愛撫してくれた。

「っ……はぁ……」

舌を吸われ、唇を吸われ、頭の中が真っ白になる。たったそれだけの行為なのに…まだ身体を触られていないのに…たまらなくなってしまう。

「あっ……」

亮の指が、太股に伸びていた。しばらく、つつ、ともものところを撫でていたかと思うと、奥のところに指が這った。

「ん、あっ」

敏感な粘膜に亮の指を感じる。まだ指を添えられただけだというのに、体中の熱が触れられたところに集中して、熱い雫となって溢れてきたのがわかった。

(もう、こんなに……)

媚裂から染み出てくるようなぬめりが、指に絡まってくる。後から後から溢れ出してくる様を、指で感じることができる。それだけ、晶の情欲は高まっているのだろう。

「ヌルヌルだな……」

「っ」

ぼふ、と晶の顔が火を噴いた。

「も……そんなこと……いやだよ……」

「動かしてないのに……どんどん溢れてくるぞ………」

「や、やだっ」

顔を覆ってしまう晶。恥らう仕草が、可愛らしい。

そんな仕草に、亮は少し悪戯ごころが出てきた。

「かなり、我慢してたんだな」

「………」

「晶……答えてくれ……」

耳を、噛む。

「あ、あっ!」

それだけで、彼女の身体は跳ねた。

「あ、あ、……ん、んあ! ……う、うん……すごく、我慢してた……」

指を少しだけ動かした。ちゅくちゅくと入り口の襞を人差し指と中指で弄ぶ。

「あっ、あくっ………あっ、あぅ……」

待ち望んでいた愉悦に身を任せようとしたとき、亮の指は止まっていた。

「りょ、りょう……?」

覆っていた両手の隙間から、恋人の様子をうかがう。どうして、指を止めてしまったのか、瞳で問い掛ける。

「もっと、して欲しいのか?」

わかっているくせに。

「………」

「言ってごらん、晶」

「〜〜〜」

頬に、血が昇ってくるのがわかった。いつもなら、自分からいろいろ亮に要求しているというのに、いざ彼に訊かれると、恥ずかしくて答えられない。

「………って」

「ん?」

「い、いじって……もっと……」

「どこを?」

あー、もう。

「あ、あたしの………あ、あ、あそこ……」

「“あそこ”って、どこだ?」

おいこら、乙女にそこまでいわせるか。……晶の、理性という冷静な部分が、第三者的思考で亮につっこむ。

「あ、あの………お、お……」

だが、今の晶を支配しているのは、どちらかというと本能に近い精神だ。そしてそれは、心理的優位を亮に譲っており、彼の望むところを満たし、自らへの恩恵を待ち望んでいるのだ。

「あ、あたしの……お……お……」

羞恥は残っている。それでも、ややあって、晶の唇は淫靡な言葉を紡いだ。

「お、おま×こ……い、いじって……あたしの……お×んこ……を、もっと……」

「ん、わかった」

亮は軽くキスを送ると、晶の望むままに添えていた指を動かし始めた。

「あっ、あっ、あっ、あ………」

媚肉を指で挟み、両脇から揉むように刺激する。溢れてくる愛蜜を塗りこめるように、媚肉全体に指を這わせる。

「あ、ああっ、ん、ん、んっ、んっ、あっ」

脚が、開いてゆく。それにあわせて、口を閉じていた貝が中の身を露にし、亮に極上の手触りを進呈した。

「あ、あひ!」

ぬ、と中指を沈めた。ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、第二関節までが晶の中にはいる。

(熱い……)

そこは灼熱の海。指が溶けて、晶の中でひとつになってしまいそうだ。

「亮……じらさないで……おねがい……」

「ああ、ごめんな」

中にはいった指を、前後させる。

「あっ、あっ、あっ」

晶の口からこぼれる媚声。そして、晶の膣から溢れ出す媚液。数日ぶりの刺激に、亮は頭が飛んでしまいそうになる。

「晶……我慢、してたんだったな……」

「ん……ん……そ、そう………」


 くちゅ、くちゅ、くちゅ!


「あ、ああっ! んっ、んっ、んんっ!」

亮の指使いに、腰が跳ねた。自分で弄るだけでは、絶対に得られない快楽。自分の愛しい人に、自分の全てを曝け出しているという淫靡な事実があるからこそ、ここまでの愉悦が身体を走るのだ。

「あっ、あっ! い、いいっ! いいの、いいの! 亮……すごくいいの!!」

びくびくと身体を震わせて、悶える晶。今日の午前中に、マウンドで躍動した姿が信じられないほどに淫猥なその姿に、亮の興奮も高まっていく。

「あ、イクっ!」

ぶるるる! …と、晶がわなないた。

「っ」

中に埋まったままの指が、締めつけられる。中に中に吸い込むように、収縮を繰り返す。

「あ、あ、あ、あ………」

何かを堪えるように、きゅ、と閉じられた瞼と切なげに寄る眉。そして、ぐ、と握られている両の拳。その全てが、晶の体内でせめぎあうものの強さを物語っている。

「はぁ……はぁ……」

それらが収まりを見せ、穏やかを取り戻してゆく。その過程を、一部始終、亮は見守っていた。

「あたし……ちょっと、はやすぎ……」

「ん?」

「イクの……」

はぁ、はぁ、と息をつきながら、晶は呟くように言う。多分、自身も言葉の内容を朧にしかわかっていないだろう。

「自分でするより……すごい、感じちゃって………」

「………」

亮の妄想に、自らの陰部を責める晶の構図が浮かんだ。

「あたし、きのうも、自分でしちゃったんだ……」

晶の猥褻な告白は止まらない。

「亮としてるとこ、夢に見ちゃって……たまらなくて……それで……」

「この部屋で?」

こくり、と真っ赤な顔で晶。

亮の妄想は、高速回転で情景を並べていく。玲子とエレナがいる状況で、自慰をしたという晶……。

その光景のあまりの卑猥さに、頭が飛んだ。

「ね……してよ……」

晶はなおも、熱に浮かされたように言葉をつなげる。
「おねがい亮……あたしのこと……めちゃめちゃにして………」

亮の心理的優位はその瞬間に失われ、せっかく手にしていた全ての主導権を、余さず晶にゆだねてしまっていた。


ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ…


「あ、あぁひぃぃ!!」

淫らな水音に跳ねる晶の体。亮はわき目もふらず、一心不乱に腰を振る。全ての意識は、眼下で淫靡に咲き誇る、晶の妖華に注がれていた。

硬直しきった自分の逸物が柔らかい華の中心を突き、その中から甘い蜜が飛び散るように迸った。浅いところを三度ついて、ときおり深くまでおしべを沈ませると、その先端にめしべの奥に潜む堅い入り口が当たって、それが背筋も痺れるほどの愉悦を生んでくれた。

「き、きてるぅ! 奥まで……あたってるのぉ!!」

晶の背中が反る。黒い長髪がさらりと散って、その背中を覆っていた。

いま、ふたりは後背位でつながっている。四つん這いになり、尻を高くあげた状態の晶を、膝立ちとなった亮がその臀部に手を添えながら、深々と彼女を貫いているのだ。


ぐっちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃ…


「あ、あひぃぃぃ!! あうっ! あうっ! あうぅぅぅ!!」

晶の喉から、獣と思しき咆哮が漏れる。後ろから突き上げられるたびに、狂ったように悶えている。すさまじき、後背位の威力。

最初は正常位で晶を愛していた。それで一度、ふたりで頂点まで昇った後、亮は自分の分身たちが詰まったスキン(丁寧にも、玲子が机の上に置いておいたらしい)を片付けていたのだが、ふいに晶の方を見たとき、彼女が尻を突き出してねばりつく部分を拭っているところに遭遇してしまった。まるで自分に見せつけているかのように、淫猥な華を晒して…。

瞬間、亮の内圧計がオーバーフロウを起こした。彼女の背中に覆い被さるようにして抱きつくと、そのまま予定していなかった第2ラウンドへ突入したのである。

後ろから襲いかかっていたので、そのまま後背位になった……考えてみれば、なんと安直だろう。まあ、それはいいとして。

「ああぁぁっ! ひぃっ! ひっ! んああぁぁぁぁぁ!!」

晶の全てを目の前に、亮は腰を打ちつける。その度に、晶は吼える。ふたりは、発情に身を任せ、生殖本能に支配され、まさに獣と化していた。

もしも、“いの間”に智子たちがいたら、きっとその全てが聞こえていただろう。だが幸いにも、ふたりは仲良く出かけている。

「んあ! あぅ! ああぁぁ!!」

そして、大部屋にも誰もいない。なにしろ、ささらぎに残っている客といえば、晶と亮しかいないのだから。その事実が、二人のストッパーを完全に外し、沸き起こるまま悦楽を叫ばせていた。

「ひっ!」

瑞々しい臀部をひと撫でしたあと、亮は背中に覆い被さり、わさわさと揺れる豊かな実りを揉みしだいた。

「あ! あっ、あっ、あっ、あっ」


ぐちゃ…


「んうぅぅぅぅぅぅぅ!!」


むにゅ、むにゅ…


「あ、あふっ! んあっ!」


 ぐちゃ!


「あひぃぃぃぃぃぃぃ!!」

胸を揉まれ、陰部を突かれ、そして時折耳まで噛まれて。亮に犯されている全ての場所から快楽をむさぼり、晶は鳴きつづける。

「あ、あぁぁぁ……だめ……おかしくなるぅ………」

あまりにも膨大な官能に蝕まれた脳髄が、オーバーヒートを起こしかけているようだ。

「……やめようか」

ふ、と耳に息を吹きかけるように、亮がささやいた。少しだけ、腰の動きをゆるめて。

「い、いや! だめッ! やめないでッ!!」

その作戦に、はまった晶。自ら尻をふり、催促を続ける。

「もっと、もっとして! 突いて! あたしのおま×こ、めちゃめちゃにしてッ!!」

誘導尋問は、とてつもない効果をもたらした。亮は、あまりにも思惑通りに行き過ぎた事態にすこし戦慄を覚える。もちろん、喜びの。

一度は手放した主導権が、再び手の内に戻ってきていた。それは、このラウンドの開始が、亮の求めたところに起因する。

「晶」

亮は、亀頭が抜けるところまで逸物を引き抜き、力を貯めるように深く息を吐く。

「いくぞ」

そして、これまでのものとは遥かに違う、凄まじいまでの勢いで晶を貫いた。

「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ!


「ひぃ! ひぃ!! ひいいぃぃぃぃぃ!!!!」

息も絶え絶えに、悶え、喘ぎ、叫ぶ晶。だらしなく開く口からは、唾液が糸を引いて零れていた。

「すごいな、晶、すごい……」

亮も、上の空である。

「あたしも! あ、あぁぁ! あたしも、すごいのぉ!!」

もう晶は半狂乱である。亮の動きにあわせるように、腰を前後に動かし、自らも高みを目指して駆け上る。

「ああぁぁぁ! イク! イっちゃう!! イク!!!」


びくびくびく!


晶の全身が、激しく痙攣を起こす。繋がったところの肉壁が、熱い蜜をだらだらと零しながら収縮をはじめる。

「イッてる……あたし、あたし、イって…る………ッッッ!!!」

その波長が、あまりにも長いのか、晶の痙攣が止まらない。

「まだ、まだイって…………あ、あ、あ、あ………」

ふいに、晶の全身が極度に硬直した。そして、次の瞬間、

「ま、またイクっ!! あ、あ、あ、あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――!!!!!!!」

この世のものとは思えないほどの叫び声を残し、その体が崩れ落ちた。

「あ、晶………っ!」

失神してなお、不気味な収縮を繰り返す膣に刺激され、亮もまた己の黒い欲望を、スキンの中に余さず吐き出していた。



「ごめん」

一組の布団の中。軽いまどろみの中にいた晶は、自分を抱きしめてくれる人の意外な言葉に顔をあげた。

「なんで?」

「いや……ちょっと、やりすぎたかな、と……」

後背位で激しく果てた後、晶の中から自分を取り出した亮は、尻を突き出した格好のまま呆然としている彼女の姿に、少し背筋を寒くした。真っ赤に爛れ、口を開けたままの媚肉の惨状に、罪悪感がふつふつと湧き上がる。

すぐに彼女を横にし、楽な体勢を取らせ呼吸を整えさせた。べとべとになった股間を拭ってやり、裸のままではまずかろうと、とりあえず浴衣を羽織らせてあげた。

実はその時、晶はすでに正気に戻っていた。いろいろとかいがいしく世話を焼いてくれた亮のことが嬉しくて、様子を見ていたのだという。

結局、互いの間を行き来した主導権は、最終的には晶の手中に納まっていたようだ。

「気持ちよかったよ……どうにかなっちゃうぐらい」

ふ、と晶の唇が優しく頬に触れた。とても、甘い香りがする。

「あたま、真っ白になって……ふわふわして……それで、いっきに吸い込まれていくみたいな……」

「………」

それは、やっぱりやばかったのでは。ますます、不安になる。

「夢の中でも、おなじだった」

「え、夢?」

「昨日の夢。やっぱり、亮に後ろから、されちゃってて………」

ぎゅ、と晶を強く抱きしめて、言葉を遮る。これ以上、獣だった自分を思い出したくなかった。

「やっぱ、ごめん」

「いいのに……。優しい亮も好きだけど、荒々しい亮も悪くないよ」

「そう言ってくれるのは、まあ、嬉しいんだけどさ」

「でも、やっぱり、こういうのが一番好きかな」

同じ布団の中で、同じ温もりをわけあって、亮に甘えていられる瞬間。それは、晶にとって、何にもかえがたい至福のひととき。

「ね、もうちょっとこのままでいい?」

時間を見ると3時になろうとしている。もう1時間もすれば、外出班のうち誰かが戻ってくるだろう。余裕がある、とは言い難いが。

「しばらくなら」

晶の幸せそうな顔を見ていると、断る気にはなれなかった。

「ん……ありがと」

胸に頬を寄せたまま、晶はすぐに安らかな寝息をたて始めた。その姿、とても快記録を残し続ける左腕投手と同一人物に思えない。

こんなにも自分に信頼を寄せてくれることに、亮は愛しさと同時に、今日の身勝手な自分のセックスを反省せずにはいられないのだった。

「ごめんな」

もう一度、その寝顔にささやくと、その細い体をそっと抱きしめて、自分もまた軽い眠りの中へとその身を置くことにした。

遠征先での思いがけない情事。午前中の試合と併せて疲労しきった精神と肉体は、すぐにその意識を遠くに浚っていった。




「ああ、佐倉さんじゃないですか」

「?」

ふいに名字を呼ばれ、振り向いた先には、ささらぎに同宿している麗人の姿があった。

「あ、藤堂さん」

「こんにちは。試合はどうでした?」

今日がその日であることを、智子は善三から聞いていたらしい。

「おかげさまで」

眩いばかりの玲子の微笑が、結果を示している。

「あの……ぶしつけでごめんなさい。藤堂智子さんて、『甲子園の風』をお書きになった作家の方ですよね?」

「? ……ええ、そうです」

自分の記憶を掘り起こしていたのか、少し考えこんでから、智子は笑みを浮かべて頷いた。

「3年ぐらい前の話なのですけど………ありがとうございます」

「い、いえ、そんな」

玲子は恐縮していた。目の前にいるのは、間違いなく今をときめく女流作家・藤堂智子だとはっきりしたのだから。

「智子さーん、場所、わかりましたよ」

遠くで智子を呼ぶのは昌人だ。なにやら地図を片手に手招きをしている。

「ごめんなさい。連れが呼んでいるので」

「え、ええ」

少し、残念そうな玲子。いろいろと訊きたいことがあったのだが、なにひとつ口から出てこなかったからだ。なにしろ、突然の邂逅だったので、機会があったら訊こうかなと思っていたことが、全て飛んでしまったのだ。

「佐倉さん、よかったら今晩にでもお話をしませんか?」

それを見通したように、智子が誘ってくれた。

「いいんですか?」

「佐倉さんさえ、よろしかったら」

「それじゃ……」

いろいろと確認しあったあと、智子は昌人の方へ歩いていった。

しばらくその背を見送っていたが、智子が昌人の腕を自分から組んでいったところで、

「玲子さん、お待たせ」

と、呼ばれ我に帰る。見ると、土産物屋から直樹が姿を現したところだった。

「もういいの?」

「ああ。あらかた、終わったから」

直樹は手に白い袋をぶらさげている。家へのお土産というのだろう。


(昨日のアレ……あのふたりだったのね……)

「玲子さん?」

直樹はなにやら顔を赤らめている玲子を覗き込み、怪訝な顔をしている。

「なんでもないの。じゃ、帰ろうか」

智子に倣うように、自分から恋人の腕を捕まえた。

「れ、玲子さん!?」

「うふふ、いいじゃない。そんな気分なのよ」

相変わらず、プライベートになると年上とは思えない無邪気さを振りまく玲子であった。





かぽーん………。くどいようだが、風呂場の擬音である。それはともかく。

「いっぱい愛してもらいましたか?」

ばしゃ、と晶は湯の中に顔を沈めた。エレナに不意打ちの直球を投げられたからである。

「あのね……」

思わず苦笑い。湯であがった紅い顔は、お湯のためばかりではないだろう。

「ンー、よかったですね。アキラ、スッキリした顔をしてます」

「………」

もう言葉が出ない。

「それにしても、驚きでした」

エレナが思い出したように言う。晶は、次にどんな言葉が続くか思い当たるところがあり、身を強張らせた。

「アキラ、キドさんとドウキンしたままで……」

「きゃあぁぁぁ!!」


ばしゃばしゃばしゃ…


無垢な笑顔のエレナめがけて、お湯の洗礼。まともにそれを被ったエレナは、それでも表情を変えなかった。

「ゼンゴフカクに眠るほど、EXCITEしてしまったのですね」

「うううう………」

 ぶくぶくぶくと再びお湯に沈んでゆく晶。

思えば、不覚であった。

亮と激しく体を重ね、ともに眠りについたはいいが、すっかり寝入ってしまい、エレナが部屋に帰ってくるまで目が覚めなかったのだ。

それでも彼女はしばらく待ってくれたらしいのだが、さすがに痺れを切らしたそうで。そのエレナに肩を揺さぶられ、ふたりは目を覚ました。

後の騒動は、言うまでもないだろう。

とにもかくにも、情交の後ということで汗に濡れていた晶は、エレナとともに風呂場に身を移していたのだ。

「おふたりのHAPPYな寝顔は、まことにガンプクでございました」

「もう……」

ひょっとしたらエレナは、その無邪気な笑顔の裏で、晶をからかって楽しんでいるのかもしれない。

「ごめんなさい。からかいすぎました」

「………」

やっぱり。

「……アキラ、今日は格好良かったですよ」

「ん?」

「サイクルヒットに、パーフェクトなんて……どっちも、なかなかできることではありませんのに、まとめてナシトゲテしまうのですから……」

「……ふふ、ありがとエレナ」

「わたしはちょっぴり残念でした」

ため息を零すエレナ。彼女の今日の成績は、6打数1安打。相手投手とタイミングがあわなかったのか、体調が悪かったのか、彼女にしては当りのない日であった。

「そんな日もあるよ。いろいろあるのが野球だもん」

いつか亮に言ってもらった言葉。いまの晶には、とても大切な言葉だ。

「次の試合では、アキラのこといっぱい助けてあげます!」

拳をぐ、と力強く握り締めるエレナ。

晶は、その仕草にただ苦笑するばかりであった。




「それではお世話になりました」

翌日、8時を廻ろうかという時間に、城二大の面々はささらぎを後にした。

出かける際に、ひとりひとりに杉乃が握ったという山菜にぎりを頂き、みながそれぞれ感動していた。赤木に至っては、感動のあまり杉乃を抱擁してしまい、原田にえらくどつかれていたが、これもまた思い出の一幕であろう。

「それじゃ、智子さん、お幸せに」

「式には出て欲しいな」

「あら、いいの?」

「いつになるか、わからないがね」

智子は傍らの昌人に視線を送って繰り返す。話をふられた昌人だったが、茹で上がるだけで何も言えないでいた。
あらら、と困った笑みを玲子は浮かべる。

「近くに寄ることがあったら、連絡するよ」

「ええ、待ってる」

智子と玲子は、昨晩の語り合いの中で、互いの連絡先を交換するほどに意気投合していた。

「ありがとうございました」

ささらぎに別れを告げ、路線バスを乗り継いで、高速バスに乗り込む。

もちろん、亮は路線バスに乗った時点で、既に弱っていた。

「今回の遠征……亮にとって、最大の難敵はバスだったね」

隣でうなる亮を介抱しながら、晶は苦笑する。昨日の亮の激しさを思うと、今の姿は信じられない。

「あー……くそ……これじゃ、杉乃さんのおにぎりが食えないよ………」

弱々しく呟く亮。とても、可愛い。

晶は周囲に目を配った。みな、朝が早かったせいか、バスの揺れに身を任せて眠りこけている。

「ね、亮」

「あー…」

「おまじない、してあげる」

晶は、身を起こすと、そのまま顔を寄せ、亮の唇をそっと塞いだ。

すぐに顔を離す。ほんのわずかな時間のキス。

「……効いた?」

「……効かない」

「あ、悔しいな……じゃ、もう一回」

亮の言葉を免罪符に、晶はもう一度、唇を寄せていた…。




―続―







解 説


まきわり:「みなさま、こんにちはこんばんは! 『STRIKE!!』第5話でございます!!」

晶:「きゃああぁぁぁ!!」


 (ぼくっ)


まきわり:「お、おお………人の頭に向かって、ボールを投げちゃいけません……」

晶:「あんた、あんた、あんたねえ! あたしに、なんつーこといわせんのよ!!」

まきわり:「いや、成り行きで。本当なら、ちょっとアレなこともやってもらおうかなと……」

晶:「それはいやああぁぁぁぁぁ!!」


 (ばきっ)


まきわり:「…………バットも人に向かってなげちゃだめ……」

玲 子:「あらあらあら、大丈夫?」

まきわり:「な、なんとか避けましたので…………晶さんはいずこに?」

玲 子:「真っ赤な顔して行っちゃったわ。まあ、無理もないんじゃない? お×××、×ま××、××ん×、×××こ、なんて連呼させられたんじゃねえ」

まきわり:「あの、結局言ってますが」

玲 子:「あらいやだ」

まきわり:「ううう、前の時はしっかりやらせろと言うからエロを主体にしたのに……」

玲 子:「試合の描写、ほとんどないもんねー」

まきわり:「次はそうはいきませんから」

玲 子:「どうかしらね。………ところで、私と直樹くんの濃厚な絡みがなかったんだけど?」

まきわり:「あんたも言うんか!!」

玲 子:「だって……。私だったら、お××ことかお△△ぽとかもっと色んなこと言ってあげるけど。エッチなことだって、青●ンとか、ア▲ルとか、ス■■ロとか、やってもいいけど」

まきわり:「………それではみなさまお読みいただきありがとうございました!! 次は第6話でお会いしましょう!!!」


玲 子:「話、ながしたわね……」

まきわり:「あんたが下品なこと言うからじゃ!!」






解 説 その2(+改訂版編)


智 子:「『TWINS & LOVERS』からの客演ということで出たのはいいが、この話ではすっかり本編を喰ってしまったな」

昌 人:「たぶん、構想とは全く違った展開になったんでしょうね。あの人にはありがちなことです」

智 子:「うむ。それでもな、最初から『TWINS〜』と『STRIKE!!』はリンクした物語にするつもりだったらしい。さらに、破戒僧殿のHPで掲載させてもらえるようになったことに合わせ、改訂版編の解説を加えているというのだから、なんだか本編そっちのけになってしまいそうな気もして仕方がない」

昌 人:「へえ」

智 子:「とにかく、文中でもある通り、別の作品『TWINS〜』の8年後が『STRIKE!!』の世界ということに、まきわり氏の中ではなっているそうだ。まあ、二つとも“別の話”と考えて差し支えないから、前作を知らずとも『STRIKE!!』は充分に理解できるはずだ」

昌 人:「自分が書く物語は全て、同じ世界で語られるものにしたいって……確か、言ってましたね」

智 子:「確かにな。もっとネタを明かすと、『STRIKE!!』の数年後の世界も、既に用意されているらしい」

昌 人:「風呂敷、広げまくりですな……」

智 子:「あとは本人の技量次第……まあ、それが一番心配なのだが」

昌 人:「………」

智 子:「と、いうわけで、お読みいただいた皆さま、どうもありがとう」

昌 人:「たぶん、僕らがまた出る確率は少ないと思いますが、機会があったらお会いしましょう!」



智 子:「おっと。昌人に言うことがあった」

昌 人:「なんですか?」

智 子:「できてたから」

昌 人:「………はい?」

智 子:「お腹にいるんだ、昌人の子ども」

昌 人:「え、ええぇぇぇぇぇぇ!?」

智 子:「おめでとう昌人、もうすぐ“パパ”だぞ」

昌 人:「は、はぁ………」

智 子:「さて、どっちかな♪」

昌 人:「………」






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