STRIKE!! 第4話 「開幕戦!!」(改訂版)



「あんっ………く、うく……あぁ……」

 愛しい人の熱さを大事な部分で受け止めて、自分の持っているものなのに、全てを搾り取ろうとするその動きを止められない。

「あ、あはぁ……あくっ……い、いいわ……なおき、くぅん……」

 玲子は、年下の恋人を甘く呼ぶ。

その声に刺激されたか、直樹は、正常位で繋がっていた膝の裏をやにわ掴むと、一気にそれを押し上げ、重なっている部分を宙に浮かせた。

「!!」

そして、上から深く玲子を突く。

「あ、あぅぅ!!」

それまで緩やかだった粘膜の擦りあいが、激しいものに変わった。

「あっ、きゅ、きゅうにそんな……だめ……あ、ああっ、あっ、ああんっ!!!」


ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ…


と、固い己の肉剣を肉鞘に何度も出し入れする。その度に発する粘性の高い水の音が、絶妙な粘膜の滑り具合とあいまって、極上の快楽をもたらしてくれた。

「いじわ、る……だめっ……そんなに、激しく、し、しないでッ……すぐに、イッちゃう……から……」

胸の下で玲子が喘ぐ。その仕草が、直樹に黒い欲望を与えることになると、彼女も知っているはずだろうに。

「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

案の定、腰のグラインドが大きくなった。三浅一深の法に則り、しかしスピードとパワーの緩急をつけながら直樹は玲子を犯す。

 じゅぷ、じゅぷ……と、繋がった部分から溢れる分泌液が、玲子の内股に飛び散って、肌色に映える光沢が何ともエロティックである。

「あっ―――……」

玲子が一瞬、高い声をあげて息を呑んだ。瞳がきつく閉じられ、眉が寄り、代わりに口が何かを求めて大きく開いていく。肩に力が入り、背中が反り、腰が浮き気味になっていく。そして、内股がぶるぶるとわなないた。

「も、もう、あっ、あっ――――……!!」

わななきが全身に伝わり、強烈にしまってくる膣内。

「イ、イクぅ――――ッッ!」

直樹の責めを受け流しきれず、玲子は達してしまっていた。理性の飛んだ肉体を支配するのは、動物としての本能。いまだ胎内に放ってくれない相手の遺伝子を食らうために、微妙かつ強烈な収縮を繰り返す。

「い、いや……わたしだけなんて……お、おねがい、だして!! はやく、あなたの、いっぱい、だしてぇっ!!」

痙攣の中で、激しく悶えながら催促をする玲子。

「!」

それが、直樹の封印を解き放った。

「あ、あついッ……き、きてるッ……あついの……きてる………」

「―――――〜〜〜〜〜」

「あつい……あつくて……きもちいい………」

なおも貪欲に、精を搾り取ろうとする玲子の膣。

「あ、まだ、でて………すごい………赤ちゃん、できちゃうかも………」

学生に対する言葉としては、とっても恐ろしい一言。しかし、直樹の理性は相手の本能に飲み込まれていて、彼女の肉体に望まれるまま、白い種子をその胎内へと撒き続けていた。



 一方、こちらは亮の部屋である。

「ん……」

 晶の唇は、コトが終わった後でも亮を離さない。名残りを惜しむように、深く、長く、亮を捕まえている。

「………」

さすがにそれが数分にも及んだので、亮はその頬に手をそえ、そっと顔を離した。

「けち……」

不満を隠さない晶。彼女にはまだ、触れ合いが足らないらしい。お互い既に、3回も頂点を極めたというのに。

「ねぇ……もっと……ね?」

今日の晶は性に対して貪欲だ。今の長いキスも、果てた後の後戯と思わせながら、実は相手を次のラウンドに誘っているのかもしれない。

(む、むむ……)

 だが、限界は亮のほうだった。使ったスキンの残骸に、順を追うごとに薄くなっていく己の欲望が露骨に見えて、晶を愛してあげたい想いも裏腹に、これ以上の体力の消耗はさすがに御免こうむりたかった。

「あ、晶……わるいけど……」

何度も膨れ上がったが故に、イチモツが少し痛い。それは亮に突かれ続けた晶とて同じはずなのだが、分泌される保護液の質の違いなのか、まだまだ彼女には耐久力が存分に残っていそうだった。

「もう、ギブアップ?」

残念そうで、哀しそうな晶。少しだけ影をおとしたその表情に、思わず胸が鳴る。

 その高鳴りは、ある部分にも伝わった。

「げ……」

「あは、まだいけるじゃない」

むくむくと存在を主張しだした愚息の節操のなさを、今だけは本気で怨みたかった。

「ね……しよ……最後にするから……だって、また明日から、亮に触ってもらえなくなっちゃう………」

 そういって、再び亮の腰にまたがり、その先端に向けて真っ赤に熟れた秘部を押し付ける。それはもう、抵抗などは露もなく晶の中に入っていき、たまらないぐらいの充足感が心身ともに晶を満たした。

「あ、あぅ……りょ、りょうっ!」


 ぐっちゃ! ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ!!


「あ、晶……たのむ……もっと、優しく……」

 普通は逆だろう、亮君。

「あ、あう……くっ、くぅぅん!……あふ、あふ!」


 ぐっちゃ、ぐっちゃ、ぐっちゃ!


と、激しく腰を打ち付ける晶。その動き、今までの中で一番苛烈だ。故に堪らず、本気で助けを請うように悶える亮だが。

「あ、ああ……いい……すっごく、いいのぉ!!」

 既に快楽の虜になっている晶の耳には、届くはずもなかった。




「あ〜あ、これでヤリおさめかぁ……」

「玲子さん」

下品です。その言葉は、直樹が、後の沈黙に含んだものである。

「直樹くんも、感化されやすいわよね。木戸くんに倣って、試合前はしないっていうんだもの………。でもね」

くすり、と微笑むと不意をついて直樹の唇を奪い、

「………今日、とっても凄かった」

悪戯っぽく、そう言った。

「………」

直樹としては、言葉がない。

亮が、試合3日前は、晶と性的接触をしないようにしているというのは随分前に玲子から聞いた話だ。キャプテンとしての矜持が、彼を刺激したのか、直樹もまたそれを慣習にしようと考えた。

それで今晩は、その実践が始まる直前の逢瀬だったわけだが、それを意識してしまったのか思いのほか乱れてしまって、改めて指摘されると、なんとも気恥ずかしいものがあった。

「……3日後ね」

玲子が、少しだけ真剣な顔つきで言う。その出所は、直樹もこのごろ強く意識しているものだった。

「ほんとうのスタートライン。去年みたいには、なりたくないよね」

「当然」

最下位を独走し、主力のほとんどが抜けてしまった昨季。その轍を踏まないためにも、3日後の試合は大きな意味を持つ。

隼リーグの開幕試合。相手は、昨季総合優勝の強敵・櫻陽大学。新年度を迎え、チームもある程度は様変わりしたであろうが、常にトップクラスの成績を維持する大学だけに、今年も優勝候補の筆頭に挙げられる。

かたや、城南第二大学は、入れ替え戦を勝ち、なんとか1部リーグに残留したチームだ。

「ズバリ聞くわ。………いけそう?」

監督として、キャプテンに聞く。

問われた直樹は、しかし、何も言わず、天井をにらみ続けている。それが、彼の熟考している姿だと良く知っている玲子は、水を差すようなことは何もしない。

「俺は、いけると思っている」

静かな言葉に込められる彼の気合。士気を失っていくチームの中にあって、最後まで諦めを口にしなかった直樹。

(直樹くん、いい顔……)

そんな彼だからこそ、挫けそうになった心を救われ、年下にも関わらず男として惹かれていったのだ。

「どれだけ相手に敵うか、やってみなけりゃわからないけど…。でも、みんな野球に対する気持ちは誰にも負けない。俺だって負けるつもりはないから」

戦力差を考えれば、おそらく苦戦は必死だろう。しかし、直樹には不思議なことに、理屈もなく高揚する確かな思いがあった。

チームに対する愛着度は、去年のそれを遥かに凌駕している。それほどに魅力的な要素が、今のチームにはあるからだ。

(木戸と近藤のバッテリー)
 初めて対戦したときから、直樹はそのバッテリーの虜になっていた。そのふたりと同じチームを組んで野球ができる…。
それが、楽しみでたまらない直樹であった。




市営の球場に集った、1部リーグに所属する6大学の軟式野球部。普段はその6チームが一同に会することはないのだが、開幕日と言う今日だけはそういうわけにはいかない。隼リーグの開幕には、ささやかながら相応の式典なるものが存在するからだ。

隼リーグを取り仕切っているのは東日本軟式野球推進協議会。どうしても硬式のボールになじめないまま野球から遠ざかってしまった選手たちに、野球の楽しみを再認識してもらおうと意図して結成された集団だ。プロ・アマ問わず、野球好きが作った集団だけに、その思い入れもまたさまざまな形で、所属しているものたちに恩恵をもたらしている。

「えー、野球を愛する諸君のおかげで、隼リーグも10年目を迎えました」

 会長の川上修平氏の挨拶が続く。かつてプロ球団“東京ガイアンズ”の主力打者として活躍した選手であり、引退後は長らく監督業に従事してきた。プロ球界から完全に身をひいてからは、“純粋に野球を楽しみたい”として、軟式野球の世界に飛び込み、その普及に大きな貢献をしてきた人物でもある。協議会の発足人であり、隼リーグ開設の提唱者でもある彼は、軟式野球の世界において“御大”ないしは“最長老”と呼ばれ、慕われている。

「西日本でも同じ軟式野球の協議会が発足し、ますます野球を愛してくれる人たちの交流が深まってくれるものと、嬉しく思っております」

これは8年前のことだ。

川上の球友にして終生のライバルだった“浪花トラッキーズ”の名三塁手・藤村一平氏が音頭を取って“西日本軟式野球推進協議会”を立ち上げた。新リーグの結成を目前に、残念ながら藤村氏は志半ばにして世を去ったが、後を引き継いだ同じ浪花トラッキーズの名遊撃手・吉田守男氏が、隼リーグと対をなす“猛虎リーグ”なるものを開設させた。これが、5年前の話である。

「猛虎リーグも5年目を迎え、野球を通じてお互いに研鑚を高めあえることは、このうえもなく幸せなことだと思っております。………それで、お互い節目となった今年は、ひとつの企画を考えました」

ざわ…と場内がざわめいた。いつもなら、会長の昔語りは猛虎リーグ開設の説明で終わりを迎えるはずだったからだ。
「隼リーグの優勝大学と、猛虎リーグの優勝大学による、日本一決定戦です」

おお、と今度は感嘆を含むどよめきに変わる。つまり、プロ野球のような日本シリーズをやろうというのである。

「採算の都合上、1試合しかできませんが」

どう、と会場の空気がコケたような空気をまとう。こういう落とし方も、川上会長の得意(?)とするところだ。まあ、下手に表裏があるよりは、好感が持てるというもので、一時は落ち込みかけた会場の雰囲気は、笑いも含んで和やかなものになった。
「決定戦の会場は、西の協議会長である吉田くんの助力を受けまして……球児たちならば誰しもが憧れ、夢見た、甲子園球場で行われることになりました」

「!!」

どおぉぉぉぉぉ、と場内が揺れた。

「ほ、ほんとに!」

その揺れの中には、晶の言葉も混じっている。

「甲子園……」

チームメイトたちは、想像もしなかった場所を告げられて、皆が呆然としていた。彼らは高校野球の経験者ではあるが、弱小校の出身でもあり、夢見ることさえ夢に終わった場所だからだ。

「優勝すれば、いけるんか……」

浪花トラッキーズのホーム球場である甲子園。何度も脚を運び、観客席から見ていた場所へ、自分の足で立つ事ができるかもしれない。赤木もまた、静かな興奮に言葉を忘れ、身を熱くしていた。

「もう一度、立てるかもしれないんだ……」

一度はそれを果たしながら、ついに一球も投げることなく立ち去らなければならなかった聖地の頂点。

大きな忘れ物を残してきた場所へ、もう一度…。

「あ」

 不意に風が吹いて、晶のキャップを奪い取った。長い髪が風になびいて、いやがおうにも目立ってしまう。壇上の川上会長のスピーチも、一瞬だが止まっていた。

甲子園の記憶をたどっていた晶は、身体に冷たいものが走った。また、あの時のように、女子と言うことで追われてしまうと、思ったからだ。

「あの……」

びくり、と晶は肩を震わせた。声のした方をみると、隣に並んでいたチームの選手の一人が、晶のキャップを彼女に差し出している。

それは、とても小柄でどこか垢抜けない感じの青年だった。……下手すると、高校生に間違われそうなぐらい。

「帽子、あなたのですよね?」

「あ、ご、ごめんなさい」

青年はにっこりと笑い、キャップを晶に手渡した。

「ありがとう」

「お互いに、頑張りましょう」

そう言って、再び会長の立つ壇上を見る彼。晶は、自分が女性であることを何も詮索されなかったことに、ここは以前とは違う場所なのだと言うことに気づいた。

(あなたの懸命さを、邪魔するものは何もないから―――)

「野球の楽しさに、垣根は何もありません。どうか、みなさんが、心から野球を愛し、楽しんでくれることを、いち野球人として心から望んでいます」

玲子の言葉を反芻していたところに、“垣根はない”という川上会長の言葉に感動を覚え、熱く込み上げてくるものを、どうしても晶は抑えることができなかった。

「晶」

「アキラ」

亮とエレナが心配そうに晶の名を呼ぶ。

「ううん。眼にね、ゴミが入っちゃった」

 涙を拭ってから、晶は笑って二人に応えた。




 ある種の決意を、参加6大学のチーム全体に与えて、隼リーグは開幕した。

開会式直後の試合は、櫻陽大学対城南第二大学。つまり、亮たちの試合が開幕カードになっていた。

コインによる判定で、先攻・後攻を決定した結果、城二大は後攻めとなった。

それぞれのオーダーが、バックスクリーンの掲示板に記されてゆく。市営球場ではあるが、電光であるので、かなり本格的な表示をしてくれた。


先 攻:櫻陽大

1番:津 幡(捕 手)
2番:風 間(二塁手)
3番:二ノ宮(中堅手)
4番:管弦楽(一塁手)
5番:鈴 木(遊撃手)
6番:習志野(左翼手)
7番: 林 (三塁手)
8番:間 島(右翼手)
9番:今 井(投 手)



後 攻:城二大

1番:長 見(中堅手)
2番:斉 木(遊撃手)
3番:高 杉(三塁手)
4番:木 戸(捕 手)
5番:柴 崎(左翼手)
6番:原 田(一塁手)
7番:新 村(二塁手)
8番:長谷川(右翼手)
9番:近 藤(投 手)


 オーダーの中、亮は4番を打つようになっている。直樹の出塁率と亮の勝負強さを計りにかけたうえでの決断だった。直樹や玲子としては、捕手として守りの要となっている亮に、打撃でも負担をかけることは忍びないものがあった。しかし、打線のバランスを考えたとき、亮が最も4番に適していると判断したのだ。

そんな中にあって、エレナの加入は頗る大きい。クリーンアップを固定できたのが、その最大の効果。おかげで、春先に行われた練習試合では、得点力が数倍以上に高まった。

足の速い長見が1番に定着したことも、得点力があがった理由のひとつである。内野の深いところに転がせば、その俊足はヒットにしてしまうからだ。

他の面々も、練習の量では決して他に引けを取らない。その自負があるからこそ、相手が昨季の優勝チームだったとしても、士気の衰えは全く見えなかった。

「来たな」

「うん」

本当の意味での始まり。亮も晶も、お互いに高揚するものを抑えきれない。

「相手は、強いぞ」

「かもね。でも、うちも相当強いよ」

「ああ、そうだ。なんたって、晶がいるもんな」

「………」

少しだけ顔を赤らめて、晶が亮の手を握る。まるで、なにか力をもらうように、強く。

「一緒に、みんなでいこう」

「ん?」

「甲子園」

 き、と見上げた晶の瞳は、とても透き通っていた。

「ああ」

 忘れ物を取りに…。言葉にはしなかったが、ふたりには相通ずる想いが存在していた。

「プレイボール!」

審判の宣言と共に、10年目となる隼リーグの第1試合が始まった。最初に迎える櫻陽大のトップバッターは小柄である。

「よろしく」

礼儀正しくヘルメットのひさしを触りながら一礼すると、右打席の中で構えを取った。

(…………)


 標準的な構え方だ。しかし、さすがは優勝チームのレギュラーに名を連ねているだけあって、なにか構えに余裕を感じられる。つまり、無駄な力が入っていないと言うことだ。

 亮は、アウトコース低めに構えた。ストレートのレベルは1。晶はそのサインに頷き、プレートを踏みしめて大きく振りかぶった。

 高く上がった足が地面を抉り、全身を使った回転運動で、発射口である左腕に力を伝えていく。

 ぴっ、と弾けるような乾いた音とともに、白い閃光が亮のミットめがけて放たれた。


スパン!


 爽快な音が、球場に響いた。

「ストライク!!」

 審判の右腕が高々と上がる。亮の手に感じた手ごたえは、晶の調子が初めから相当に良い状態であることを伝えてくれた。

「いいぞ!」

嬉々とした表情で、球を晶に返す。

「はー、やっぱりナマはすごいですね」

不意に耳に入った言葉は、打席から聞こえたものだ。

「女の子の球と、思えないや」

「………」

亮は、明らかに自分に向けられているそれらの言葉を黙って聞く。集中を散らさないようにマスクを被りなおし、相手の様子に気を配りつつ、再びミットを構えた。

「ストイライク! ツー!!」

二球目はインコースに。相手はこれも見逃して、カウントの上では追い込んだことになる。だが、その見逃し方は、まるで晶の球筋をじっくりと見極めようとしていて、1番打者としての最初の責務を全うしている感じである。

(津幡君とか、言ったな……小柄だが……大きく感じる)

それは、打席内での彼の余裕がさせることだろう。

三球目、アウトコースの低め。津幡はこれを軽く当ててファウルにした。

(さすがに球は、見えているようだ)

亮は晶にサインをだす。構えたところはインコース。

「!!」

しかし、そのスピードは違っていた。レベル1.5のストレート!

津幡のバットがぴくりと動いて、一瞬腰が回りそうになった。それで、亮も、相手が振ってくるものと想像していたが、

「……おっと」

バットは途中で止まっていた。予期せぬミットの感触に、困惑する亮。

「バッターアウト!」

完全なストライクコースだったので、これで見逃しの三振。先頭打者を打ち取った。

「いいなー、すごくキレがいい。これは、しばらく手が出ないかなー」

打ち取られたにもかかわらず、津幡は悠々と打席を去っていった。そして、ネクストサークルに待機している2番打者と顔をつき合わせてなにか話し合っている。

その2番打者が、左打席で構えた。しかし、彼もまたバットを一度も振ろうとはせず、アウトコースのストレートを見逃して三振に終わった。

(意図的な、見逃しだろうな……)

1番打者に倣うように続くバッターになにやら耳打ちしている様子から亮は思う。どうやら敵も、晶のことをかなり警戒しているようだ。

相手の3番打者・二ノ宮が左打席に入った。亮はその打者に軽く会釈をする。それ受けた二ノ宮もまた、かすかに微笑んで亮に応えた。

「しばらくだったな、亮」

「ええ」

この二人、実は顔見知りなのだ。同じ高校そして、同じ野球部の出身である。

亮が1年のとき、彼は3年で主将を務めていた。二ノ宮は、能力も人望もあり、選手としても指導者としても将来を嘱望された人物だったのだが、練習中に打球を顔に受け、右目の視力をほとんど失ってしまうと言う不運に見舞われた。そのために、最後の大会はレギュラーとしての出場を果たせなかったが、それでも主将としての務めを全うし、見事にチームを甲子園にまで導いた。

1年ながら正捕手に抜擢された自分を陰に陽にサポートし、励ましてくれたことを今でも感謝している。だから、二ノ宮が軟式野球の世界で再び選手として活躍していると知った去年は、嬉しくてたまらなかった。

「あれが、噂の近藤晶か」

二ノ宮は、マウンドに向かって会釈をする。思わぬ敵の挨拶に、晶もキャップを軽く持ち上げて返事とした。

「遠慮はいらんぞ」

「先輩に、余力を残しては勝てません」

亮はインコースに構えた。そのリードは、相手にとって見ればえげつないものだろう。何しろ右目の視力をほとんど失っている二ノ宮にとって、インコースと言うのは最も球の見えにくい、下手をすれば全く見えないゾーンだからだ。


スパン!


晶のレベル1.5ストレートが、ミットを鳴らした。審判が声高にストライクを告げる。

「伸びもキレもある」

二ノ宮もまた、冷静に晶の球を分析しているようだ。ミットに収まるまで球筋を追いかけ、そのタイミングを測っている。

「………」

亮は再びインコースに構えた。相手の弱点は、とことん突く。これは勝負の鉄則だ。

「!」

ぶん…。二ノ宮のバットが空を切った。

「ストライク! ツー!!」

空振りでツーナッシング。これで追い込んだ。

「……いまのは、当たると思ったんだが」

二ノ宮が苦笑する。測ったタイミングでバットを振ったのだが、期待していた快音と手ごたえは生まれなかった。

「………」

亮は背筋に冷たいものを感じた。おそらく球筋の予測が外れていたので、バットは空を切ったのだろうが、そのタイミングは完全に合っていた。もしも芯で捕らえられていたら強烈な打球が放たれたことだろう。

「………」

亮は、アウトコースに構える。ストライクゾーンを外して。さすがに3球同じところに同じ球を続ければ、二ノ宮が脳裏に描く架空の球筋は、現実と一致をみることになろう。

晶は頷いて、コントロールミスのないようにミットを良く見て速球を繰り出した。彼女も、この打者には宋等気を遣わなければいけないと、感じている。

「っ!」

ボール球にもかかわらず、二ノ宮が手を出してきた。“先輩らしくない”一瞬浮かんだ亮の言葉は、しかし、快音にかき消された。

「!?」

それは明らかに芯を捕らえたもの。強烈なライナーが、三遊間に飛ぶ。


 すぱん!


レフト前の安打を覚悟していた亮だったが、直樹がその打球を横っ飛びで捕球していた。

「キャプテン!!」

絵にかいたような、ファインプレイ。二ノ宮の踏み込みが深すぎて、打球が心持ち三塁手側に寄り気味だったのも幸いしたのだろうが、それ以上に、直樹の打球に対する反射神経の良さが最大限発揮された場面であった。

「チェンジ!」

1回の表、櫻陽大の攻撃は三者凡退で終わった。



「相手は、打たせて取るタイプみたいね」

櫻陽大の主力投手・今井の投球練習を見て玲子はそう思う。サイドハンドから投げられる球は、ストレートと言っても微妙な軌跡を描き、捕手のミットを正確に射抜いていた。

「長見君」

亮は、1番打者である長見の傍によった。

「木戸、大丈夫だって」

打ち気に逸らずじっくりと球を見ていけというのだろう。相手の1.2番がそうしたように。

「いや、いけると思ったら打っていってくれ」

「うん? いいのか?」

「フライさえあげなければ。長見君の脚は、相手へのインパクトになるから。カウントを整えられたときのほうが、苦手だろ?」

長見は、どうしてもカウントで追い込まれると肩に力が入る癖がある。そうすると決まったようにフライを打ち上げて、その脚力を存分に発揮できなくなってしまうのだ。

「ふーん」

それならと、長見はある決意を持って打席に臨むことにした。

「亮、栄輔になんて?」

ベンチに戻ると晶が怪訝な顔つきで待っていた。

「ああ、それだけどな」


 きん…


亮の説明が始まる先に、いい音が耳に響いた。

「GOOD JOB!!」

 ぱちぱちぱちぱち……。エレナの高速回転拍手が、何が起こったかを如実に表してくれている。みれば、一塁ベース上を長見が駆け抜けていた。

「初球を狙わせたんだ」

晶は“思い切ったことするね”と言葉をつなげる。

「……長見君は、いい1番打者だよ」

亮は、賭け試合の時からは想像もつかない彼の変貌ぶりに、目を細めていた。

初回の攻撃で1番が出塁すると言うことは、それだけでチャンスの到来になる。しかも初球を叩いてヒットにしたというのは大きい。何しろ、相手の出鼻を挫く最大の効果があるからだ。

玲子が、打席を外してベンチを見ていた斉木に、自らの右頬を触って何かサインを出した。状況を考えれば、やることはひとつ。

「送り、でっか」

「ここはセオリーどおりに、ね」

赤木の言葉にウィンクで返す玲子。その仕草に赤木は、キャプテンの想い人であるにも関わらず少しばかり邪まな考えがよぎって、つい彼女の横顔に見惚れてしまう。

「イテッ!」

それを見透かされたように、その隣にいた原田に横腹を肘でどつかれていた。

「わ、わかっとるがな」

試合に集中しろというのだろう。

「お」

赤木がグラウンドに目を戻したとき、斉木の送りバントが見事に決まって、長見が二塁ベースに到達していた。

「おっしゃ! ええで、ええで!!」

 ムードメーカーとなっている赤木は、その大きな声で好機を歌った。

得点圏に走者を置き、クリーンアップを迎える。試合の主導権を握るには、先制点が必要だ。特に相手が強豪ならば尚更のこと。そういう意味では、絶好の形を作り上げたことになる。

直樹が左打席に向かった。相手が横手投げの場合、斜角の関係上、左バッターは有利になる。特にバットコントロールに長けた直樹にとって、コースを突いて相手を打ち取るタイプの投手は得意とするところである。

だから、ベンチを見た直樹に対して、玲子は何も指示を出さない。“あなたにまかせます”と視線に言葉を載せて、それを答えとした。

直樹は頷いて打席に入り、そして構えた。

二塁に走者を置きながら、投手の今井は落ち着いている。塁上の長見を牽制しながら、初球をアウトコースに投げ込んだ。

「ストライク!」

直樹はそれを見送り、相手の配球を考えてみる。

ランナーが二塁にいて、左打者。ここは、三遊間に打球を運ばせて長見を進塁させないようにするところだから、アウトコース主体で攻めてくるだろう。現に、初球はそこだった。

二球目、やはりアウトコース。直樹はバットを振る。打球は、三塁ラインの遥か左を転がるファウル。少し、ボール球だったらしい。

三球目、高めに浮いたボール球。これは振りを誘う“つり球”だ。もちろん、予測のついていた直樹は悠々とこれを見送る。

四球目はアウトコースに来たが、外れている。見逃したところやはりボール。

2ストライク2ボールの、並行カウントという状況になった。

(勝負はここだ)

相手もフルカウントにしたくはないだろう。おそらく狙い目は、この球。

(………)

相手投手がセットポジションから球を繰り出してきた。それは、アウトコース。

「きた!」

直樹は、自分の望む球が来たので躊躇いもなくスイングを始めた。ボールのやってくる軌道を誤らずに測り、バットを振る。間違いなく、球を捕らえることができると、初動の時には思っていた。

それが、ストレートだったならば…。

「!?」

相手のボールが、直樹のバットを避けるように外角に逃げていく。直前に近いその変化に、いくらバットコントロールの上手い直樹のスイングもついていけず、虚しく空を切っていた。

「ストライク! バッターアウト!!」

「……っ」

直樹は舌打ちをする。考えてみれば同じ球を二球続けるほど、敵も甘くはないだろう。

左打者に対して、どんどん外角に逃げていく球。“シュート”という変化球だ。横手投げであるため、角度とキレもいいその球は、きっと相手投手の得意とする球種なのだろう。

「やられた」

「シュートですか?」

「ああ。かなりキレがいい、気をつけろ」

「はい、ありがとうございます」

亮は滑り止めを丹念に塗り、そのグリップの滑り具合を確かめてから打席に向かった。

「亮、しっかり!!」

「キドさん、FIGHTです!!」

背中に晶とエレナの声援を受けて。

「木戸のヤツ、もてとるのぉ……イ、イテッ」

そんな様子を見て、またも試合から脱線しかけた赤木に、原田は忘れず拳骨を見舞っていた。

「よろしく」

亮は、相手捕手が打席に立ったときにそうしたように、自分も一礼をして右打席に入った。腰を引き絞り、手首を締めて、構えに入る。そして、神経を研ぎ澄まし、相手投手の一挙手一投足に集中する。

ぴりぴりするような殺気にも似た気が、亮の全身から放たれた。

(………)

初球。インコースに来た。そのボールは途中から軌道を変え、亮の胸元を抉るようにして相手のミットに吸い込まれてゆく。亮は腰を引いて、それを見逃す。

「ボール!!」

いきなりのシュートだった。左打者には逃げていく球が、右打者に対しては向かってくる球に変貌する。内角のストライクでも、下手に踏み込めば当たってしまうぐらいにキレはいい。

二球目、アウトコースのストレート。インコースへの球も念頭に入れていた亮は初動が遅れて、これは見送ることにした。ベースを通過したから、審判は迷わずストライクを宣告する。

三球目は、インコース。再びシュート。亮はバットを振ったが、根元にかするだけのファウルチップだった。

2−1のカウント。投手に有利な状況である。おそらく相手はシュートに相当の自信を持っている。決め球はそれだろう。それも、ボール球で。

予測は当たった。しかし、それでも彼は振りにいった。


 キンッ!


「いった!!」

思いのほか爽快な音と共に軟式ボールが高々と舞い上がる。球の上がり方、角度は申し分なし。

しかし、体を開いて打ったその球は、ポールの遥か左側を通過していく。

「ファウル!」

はっきりそれとわかる打球だったので、亮は打席から離れてはいなかった。

相手投手を見てみると、すこし動揺が見て取れる。ロージンバックを忙しげにはたき、気を落ち着かせようとしているようだ。

(決め球のシュート。しかも、ボール球に手を出させて、あんだけの当りをされたんだからな)

二塁上の長見は、体を開きながらも体勢を崩さず、鋭いスイングでシュートを打ち放った亮の打棒に、度肝を抜かれたのだろうと思った。そして、それは外れていない。

「やりますね、いまの決めにいったのに」

一方で、捕手の津幡は、亮に語りかけるほどの余裕があった。本塁打性のファウルを打たれたことなど、まるで意に介さないように改めて構えを取る。

「………」

亮は何も耳に入ってはいない。次の球に関することに全てを集中していた。

おそらく次の球もインコースのシュートが予測できる。亮は8割、その考えで球を待つことにした。そう…全てではなく8割で。根拠のない、動物的なカンがひとつの考えを亮に与えたからだ。

横手投げから、5球目が繰り出された。そのコースは外角。

「!」

少し初動は遅れた。しかし、予測外ではない。フルスイングとはいかないが、充分に強い打球を放てる体勢ではあった。

 しかし、思ったよりボールがこない。僅かにブレーキがかかっているその球は、今度は緩やかにさらに外角に逃げていく。この球の軌道は、明らかにストレートのものではない。

亮の身体が、ぐらりと揺れた。タイミングを外されたのだ。既にスイングが始まっているから、途中の軌道修正はかなり難しい。

(よし、はまった!)

捕手の津幡は、体制を崩した亮のスイングに、この打席は打ち取ったと思った。これならば空振りか、当たっても内野フライだろう。

(………?)

しかし、亮のバットはボールについていく。しかも、スイングの鋭さはさして失われてはいないまま。

確かに亮の上半身は体勢を崩していた。しかし、バットスイングの要である下半身は、まるで地面に根を下ろした大木のように、しっかりと固定されていたのである。


 キンッ…


そのスイングは、ボールをしっかりと捕らえた。さすがに磐石のスイングではなかったから、亮の打球にしては当りが鈍い。しかし、飛んだあたりが面白い。二塁手と右翼手の、ちょうど中間に舞い上がっている。

「ツーアウトだからな!」

長見は走る。その俊足は、打球が落ちない先に三塁を駆け巡る。亮もまた、一塁を目指して駆けていた。

櫻陽大の二塁手と、右翼手がこの打球を必死に追う。

打球は、その間に落ちた。

右翼手がワンバウンドで処理して、ホームを伺う。あわよくば、捕殺(ホーム上でランナーをアウトにすること)を狙ったのだが、捕手の津幡が大きく腕で×を描き、間に合わないことを告げていた。

なにしろ、ボールがバウンドした時点で長見はホームに還ってきていたのだから。

「よっしゃあ!!」

赤木がほえる。ベンチが盛り上がる。強豪相手の先制点。図ったような、好い展開の滑り出しに、チームの士気も高まると言うものだ。

「エイスケ、NICE RUNです!」

好走塁の長見をエレナが拍手で迎えた。

…彼女はいつの間にか彼のことを名前で呼ぶようになっている。長見はようやく慣れてきたその照れくささを隠すように、強めにエレナと片手のハイタッチを交わした。

「わたしも、燃えてきましたー!!」

いつにも増した張り切りようで、エレナはバットを大きく掲げ、そのダイナマイトバストを張って打席に向かった。




「3点は、ハンデと考えちゃいかんぞ」

白髪に皺の目立つ顔。その柔和な顔つきと言葉づかいにはしかし、ある種の鋭さを湛えていた。

櫻陽大学軟式野球部の監督・日内十蔵その人である。長くアマチュア球界の指導者として実績を重ねてきた老将であり、隼リーグ開設の立役者の一人だ。

その老監督が、スコアボードをしげしげと見ている。そこには、初回の攻防の結果が記されており、櫻陽大学が0と表記してあるのに対し、城二大の方には3という数字が入っていた。つまり、城二大が3点を奪ったと言うことである。

1点目は、亮のテキサスヒット(いわゆるポテンヒット)。そして、その直後に、エレナの2点本塁打が飛び出した。城二大が昨季の最下位チームとは違うと言う話は聞いていたが、想像を上回る奇襲を受けたものである。

「す、すみません」

先制を許してしまった投手の今井が、立場がないように俯いている。日内は、からからと笑ってそんな今井の態度を軽くたしなめた。

「お前さんは、あの1番の初球を除けば、いつもどおりの投球をしとるよ。のう、薫」

そういって、捕手の津幡に話を振る。

「ええ。まさかドロップを当てられるとは、思いませんでした」

ドロップとは、亮に投げた右打者から外角に沈んで逃げていくブレーキの利いた変化球のことである。

「あの4番打者。ええケツをしとるわい」

誤解がないように言っておくが、日内は亮の安定した下半身について言及したのだ。孫が何人もいる身だから、決して男色家ではない。

「5番打者も、ですね」

「おお、あの舶来のお嬢ちゃんな。……薫も、見るところは見とるのう。うちの死んだばあさんもなかなかぐらまーじゃったが、それに匹敵するケツのでかさじゃ」

ちょっとだけ鼻の下を伸ばす老将・日内。老いたりとはいえ、彼もまだまだ熱き男である。

二ノ宮が、ひとつ咳払いをする。

「おっと、いかん脱線するところじゃった」

「………」

 “するところ”ではなくしっかりと“していた”のだが。それは、さておき。

「3点が相手に対するハンデじゃないと言うたが、君らにとっちゃあ、ビハインドでもないことは言わんでもわかっとるわな?」

応、とベンチがそろって返事をする。

「諸君らがやれることを懸命にやれば、それでええ」

日内の訓示は、それで終わった。

「よし、しっかりいくぞ!」

最後に二ノ宮が、話を締めくくる。それを受けて、思いがけず3点を失いわずかに浮き足立った間のあるベンチの雰囲気が締まったものになった。

これが、日内と二ノ宮が持っている統率力の凄みである。




「相手は4番だ」

マウンドには晶と亮のバッテリー。3点を先制し、絶好の形でスタートをきった試合だが、櫻陽大の実力を考えればまだまだ油断はできない。

「とにかく、一人ずつを慎重に相手していかなきゃね」

「ああ。頼むぞ」

心配はしていなかったが、晶に心の緩みなどはなかった。やはり、勝負の趨勢をいくつも味わってきただけのことはある。
亮は、そんなエースを心強く思いながら自分の持ち場に戻ろうとした。

「ははははははは!!!」

「な、なんだ?」

 そんな亮を待っていたのは、ウェイティングサークルにいた相手打者の哄笑だった。球場内に轟くその声量に、呆然とする城二大の面々。

「僕が、櫻陽大のスーパールーキー天才4番打者! 管弦楽幸次郎その人だ!!」

聞きもしないのに、わざわざ声高に自己紹介までしている。ルーキーということは、今年大学に入ったのだろう。

バットのヘッドをす、とバックスクリーンに向けた。腰に手をおいて、なんというか、明日を夢見て日輪をさす自○隊勧誘のポスターのように、ポーズを決めている。

「3点はハンデだよ! 僕がこれから反撃の狼煙を、高々と蒼天にあげてみせよう!」

恍惚とのたまい続ける管弦楽幸次郎。彼は、日内の言葉をきいていたのだろうか。ちなみに、今日はどちらかというと曇天の空模様である。

「あの、きみ。早く打席に入りなさい」

挙句の果てに、審判にまで注意を受けていた。

「おお、すまない。紳士たるもの、ジャッジメンには敬意を払わねば」

それでも悠々とした態度で右打席に入る。そして、再びバックスクリーンに向けてバットを高々と掲げた。

(なに、こいつ)

 晶は少し、カチリときた。そのポーズは、紛れもなく予告本塁打を表すものだったからだ。

「さあ、きたまえ!!」

管弦楽は構えるときもやかましい。どうやらその一挙一動に、わざわざ台詞をつけたがる困った性格らしい。

(口だけじゃない。バネが、しっかりと利いている…)

亮は、アウトコースに構える。相手の様子をうかがうには、そのコースは絶好の場所だ。

晶もそれを予測していたから、ひとつ頷いたあと、大きく振りかぶり、今まで以上に気合を乗せたストレートを放り込んでやった。


 きん!


「!?」

管弦楽のスイングが、事も無げに晶のストレートを捕らえた。だが、ボール一個分外にはずしてあったから、打球は初めからファウルゾーンに飛んでいる。ただ、思ったよりも芯を食われたらしく、当たりは痛烈だった。

(力で振り切るタイプかと思ったが)

バットコントロールが上手い。

「ふふふふ、いきなりボール球を投げるとは……。僕を恐れているのかね?」

(しかも、球は見えているらしいな)

 要求したのはレベル1.5の速度。それをボール球と見極めているということは、速球の伸びに目がついていっているということだ。

「強打者たるもの、たとえ相手に勝負をされなくとも、全力で打席に臨むものだ!」

そう言って再び構えを取る。言うことは大袈裟だが、非常にオーソドックスなその構え方には余分な力が入っておらず、しっかりと下半身と上半身のバランスが安定していて、強打者の雰囲気を発している。

二球目はインコース。これもひとつボールを外した。しかし、お構いなしに管弦楽はスイングをしてくる。鋭いライナーが、三塁側のフェンスに激突して勢いよく跳ねた。

三球目、四球目とアウトコースにボール球を続けたが、さすがにこれは振ってこない。やはりボールはよく見えているようだ。

(穴がないな……)

どのコースに投げても、最短距離でバットは振られるだろう。おそらく、今までの球では、空振りは期待できない。

(………)

亮はサインを出した。晶は一瞬、逡巡の表情を見せたが、力強く頷くとプレートを踏みしめる。そして、今まで以上に大きく振りかぶり、そのまま身体全体をしならせるようにして、腕を振った。

「はははははは!!」

コースは真ん中。管弦楽の哄笑はそれを知ったからだろう。わが意を得たりとばかりに、これまでのものとは比較にならないほどの鋭いスイングで、晶のボールを叩こうとする。

白い閃光と、黒い軌跡が、刹那に重なりあう。

そして―――。

「!?」


 ブンッ! バシィッ!!


 空気を切る音と、亮のミットが同時に鳴った。

「ストライク! バッターアウト!」

見事なまでの空振り三振。管弦楽のスイングは、晶の投げたボールの遥か下方を通過していた。それだけ、球の伸びが凄かったということだ。

「やりぃ!」

マウンド上で、晶が跳ねた。

「むぅ……」

一方、鮮やかなまでに空振りをした管弦楽は、

「まあ、今のがベストなのだろう」

とだけ零すと、バットを肩に気障に乗せ、悠々と打席を後にした。

(………)

難しい表情をしているのは亮だ。いま晶に要求したのは全力ストレートであるレベル2。確かに空振りを奪うことはできた。しかし、管弦楽の言うとおり、今のは晶が現時点で投げることのできる最高の球である。つまり、早くもベストピッチを相手に見せてしまったことになるのだ。

(目が慣れるまで、どれくらいか)

少なくとも第3打席まではレベル1.5で対処できると踏んでいた亮は、やはりその見通しが甘いものだと思わざるを得なかった。



 亮の予測は、あっていた。

4回まで試合が進み、打者が一巡したあたりから、晶のストレートは簡単に捕らえられるようになった。

まず、この回先頭の1番・津幡に、一・二塁間を鮮やかに破るヒットを打たれた。確かにコースは外角の甘いところに入ってしまったが、レベル1.5の直球を、ものの見事に綺麗に弾かれたのである。

続く風間は送りバントと踏んでいた。しかし違った。初球のところで、津幡が走ってきたのだ。

「!」

それに気をとられたか、レベル1のストレートが真ん中にきた。

(まずい)

とおもったころには、2番打者とは思えない大きなスイングに球を浚われ、右中間(センターとライトの間)に高々と打ち放たれていた。

「――――っ!!」

亮も晶も、これは抜けると思った。典型的なヒットエンドラン。ランナーが一番だと考えると、1点を覚悟しなければならない。

「?」

しかし、走者の津幡が二塁を回ったところで急に立ち止まり、なんと一塁へ向かって戻り始めたではないか。

よく見ると、二塁の審判が拳を高々と宙に上げている。それは、アウトを告げるもの。

「捕ったのか!」

外野に目を戻すと、長見が倒れこんでいた。そのすぐ傍で、エレナがボールを投げ返している。ボールは内野に戻ってきたが、既に津幡は一塁へ戻っていたので、取れたアウトはひとつだけだ。

「エイスケ、大丈夫ですか!?」

エレナはいまだに仰向けのまま起き上がらない長見に、慌てて問いかける。

「あー。カッコわりいな。……こけちまった」

実は、かなり余裕を持ってボールを捕球できたのだ。しかし、ボールを早く追いかけるため全力で背走していたが故に、グラブを伸ばしてそれを掴み取ったのはよかったのだが、その余勢を殺しきれず、足がもつれてそのまま腹から滑ってしまったのだ。

こぼさないように、ボールは必死で掴んでいた。しかし、送球はできそうになかったので、エレナにボールを渡すだけが、精一杯だった。

 むくりと起きて、ぱむぱむと砂埃を払う。外野は芝が敷かれているといえ、踏みしめられたところが多くあり、一部は地面が剥き出しになっているのだ。

「ほっ」

これは晶の安堵。正直、今の当たりはやられたと思った。センターの長見に、軽く手を上げて謝意を伝える。彼に野球で助けられたのは、ひょっとしたら初めてかもしれない。

「甘いのが、続いたな」

「ゴメン」

マウンドに寄ってきた亮に指摘をされたが、そのことは自覚している。ひとつ、呼吸を整えて、次の打者に対峙した。

「ボール、フォアボール!」

しかし、三番・二ノ宮には追い込んでおきながら四球を選ばれた。よりコースを厳密に投げわけた結果であり、亮としては晶を責めることなどできない。

これで一死・一・二塁。この試合、得点圏に走者を置いたのは初めてだ。

「ははははは! やはり華のある男には、華のある場面が廻ってくるのだよ!」

ウェイティングサークルで哄笑するのは管弦楽。大きくこれ見よがしに胸を張り、打席に向かう。そして、最初の打席と同様にバックスクリーンをバットで指し示してから、構えを取った。

(このバッターには、もう、これしかないな)

亮はレベル2を要求する。できるかぎりコースを散らすようにもサインで伝える。ただ、構えを真ん中から外さないのは、晶に余計な考えをさせないためだ。

(うん)

晶にできるのは、亮を信じて、今の自分ができる最高の球を投げること。


 ぶん! ばし!!


「ストライク!」

 やや外角によったレベル2の速球が、管弦楽から空振りを奪った。

「いいぞ、晶!」

「ふっふーん」

管弦楽が、くつくつと笑い始めた。亮は、さすがに気色ばんだ視線を送る。しかしすぐに冷静さを取り戻し、何事もなかったかのように持ち場に戻る。

続く2球目もレベル2の速球。インコースのボール球だったが、管弦楽はこれを振ってくれた。

「くっくっくっ」

追い込まれながらも、またしても不敵に笑う管弦楽。

「ははーはははは! 見切ったり、近藤晶!!」

「な……」

さすがに晶が、噛みついた。

「何よ、何が見切ったっていうのよ!!」

「投げればわかるよ、近藤晶」

「こ、の……」

「晶!!」

亮にしては珍しく、激しい声だ。晶はその声に我に帰る。

「さあきたまえ! 3点のリードは、いま、邯鄲の夢に散ることを教えてやろう!!」

そう高らかにバットを掲げた後、地味に構える管弦楽であった。

(晶、気にするな。思い切り投げればいいんだ)

亮は、ミットを真ん中から動かさない。本当ならここは内角低めに持っていきたいところだが、この状況で微妙なコントロールの要求は、晶への負荷になる。

晶はセットポジションから、柔らかいモーションで始動した。そして、上半身の身体のしなりを、その回転軸を維持したまま左腕に持っていく。

指先から、勢いのある白球が弾け飛んだ。指のかかりも、腕の振りも申し分ない。

「!」

だが、コースは真ん中高めだった。球に威力がなければ、長打を食う確率の高い非常に危険なところだ。

「ははははは!!」

哄笑と共に、管弦楽のバットが動いた。その鋭い腰の回転は、構えの中でバネが利いている証。


 ご!


と、何かを叩き潰す嫌な音が、亮の耳に響いた。





 試合は早くも9回表が終了した。得点は4対3。櫻陽大学が1点をリードしている。得点の経過は、城二大が初回に3点を、櫻陽大が4回に3点、7回に1点を入れていた。

ちなみに、櫻陽大の打点は、全て4番の管弦楽幸次郎がたたき出したもの。特に、4回に放ったスリーランホームランは圧巻で、なんと場外まで白球をかっとばしたのだ。

「……悔しい」

7回の1点は、一・三塁に走者を置いた場面で、二塁打を打たれた。追い込んで、上手い具合にコースの散ったレベル2の直球を、それでもうまく運ばれたのだ。エレナの眼を見張るほどの強肩が2点目を防いでくれたが、勝ち越しを許してしまった。

晶はこの試合、管弦楽ひとりにやられた格好となっている。

「まだ終わっていない、晶、うつむいてちゃいけないぞ」

亮が、うなだれている晶の隣に座りその肩に手をおいた。

「わかってる」

晶は顔をあげた。この回は、自分にだって打席が廻るのだ。

「ストライク! バッターアウト!!」

先頭打者の新村が三振で倒れた。相手投手の今井はシュートとドロップを駆使し、初回以降を無失点に抑えている。先制した3点を追いつかれ、打ち気に逸るナインをあざ笑うような、緩急をつけた津幡のリードに城二大は嵌っていた。

あのドロップはやっかいである。なにしろあまりお目にかからない球筋を通る変化球だけに、慣れることさえできない。まともなあたりを打ったのは、亮とエレナだけだ。それも後続が断たれ、得点には至らなかった。

晶はウェイティングサークルに入る。

「アウト!」

その目の前で、長谷川はセカンドフライに倒れた。これで二死。追い込まれた形になった。

「よし」

晶がバットに滑り止めを塗りこめて、大きく息をついてから打席に向かう。今日の試合、彼女は塁に出ていない。やはり、膝元に沈んでくるようなドロップに手を焼いていた。

「晶、つないでくれよ!」

「栄輔……」

思いがけない長見の頼もしい言葉に、晶はちょっとだけ目を丸くし、そして軽く笑む。まったく彼の変貌ぶりは想像もできないことだった。

「わかった」

だけどそれは、心強い。

とにかく晶は、四球でも死球でも構わないから、塁にでることを第一に考えて打席に入る。一点差だ。塁を埋めれば、何が起こるかわからない。

「ストライク!」

だから、初球の難しい球は見送った。晶が目指すものは、ただひとつ。

それは、好球必打。

(きた!)

インハイ真ん中より。晶の腰が、回転する。上手く腕をたたんで、打ち上げないように注意し、胸元の球を思い切り引っ張った。


 キン!


晶のスイングが捕らえたボールは、一塁手である管弦楽とベースの間に飛んだ。慌てたようにグラブを出した管弦楽をあざ笑うかのように、その横を抜けてゆく。

ファウルラインのギリギリで跳ねたので、ジャッジの難しいところだったろうが、審判の手は迷うことなく水平にふられていた。

「フェアだ!」

「長打だ!」

ボールはファウルゾーンを転々としている。既に一塁を廻っていた晶は、二塁ベースが近づいてもそのスピードを緩めることはしなかった。

「三塁まで、行くってか!?」

ウェイティングサークルで控える長見は思わず立ち上がっていた。

(間に合うか!?)

晶の脚は遅くはない。しかし、微妙なところだ。なにしろ既に、相手の左翼手がボールに追いついて、これを投げ返そうとしている。それに、9回を投げきった晶の全力疾走が、果たして常時のスピードを保っているかどうか。

晶は、頭から滑り込んだ。その背をボールが追いかける。三塁手が捕球の後、すかさず晶の腕に軽くタッチしていた。

「………」

かすかに舞う砂埃。そして、沈黙。誰かが飲んだ息の音さえ、聞こえてきそうなほどの。

「セーフ!!」

ど、と城二大のベンチは沸いた。

「っしゃ! いけや長見!!」

赤木が吼える。その激励を背に、長見は静かに打席に入った。

「木戸」

直樹が亮に視線を送る。“なにか助言しなくていいのか”という意味をこめて。

亮は首を振った。この状況で、下手な言葉はかえってプレッシャーとなるからだ。いま、ベンチワークの中でできることといえば、

「エイスケ! GOです!!」

ベンチの最前列に身を乗り出して声をからすエレナのように、長見を信じて応援することだろう。

「長見! けっぱれ!」

「ころがしゃ、お前の足ならいけるぞ!」

エレナに続くように、赤木が、そして他のメンバーたちが長見の背中に向かって声をかけていた。

「………」

その声援を背に長見は構えを取る。エレナの指導のとおり、肩と腕の力を抜きコンパクトに。

(この打者にやられたのは初回の初球だけ)

これは、津幡の思考だ。確かにヒットを打たれているが、ドロップとシュートを投げ始めてからは三振と野手の正面に飛んだ内野ゴロに打ち取っている。

逆にいえば、その変化球に長見の目はついていけていないということ。

(多分、変化球でくる)

長見もそのことを自覚している。だったら、それを狙えばいい。

「ストライク!」

…あとは、この打席でどこまで慣れることができるか、だ。インコースに抉ってくるようなシュートに、空振りをしてからそう思う長見であった。

「ファール!!」

2球続けられたシュートに対して、長見のバットはかろうじてその根っこでボールを捕まえた。とはいえ、真後ろに飛ぶファウルチップ。あてたというより、あたったと言う方が正しいだろう。

(追い込まれちまった)

長見は打席を外して、軽く息を吐く。自分の悪い癖のひとつに、カウントが不利になると力んでしまって、ポップフライを打ち上げてしまうというものがある。そうなると、自分の俊足を生かせない。

「………」

「バッターラップ!」

審判の声に、長見は打席に戻る。だが、脳内の整理はついていないままだ。

 狙い玉を絞れないまま、相手に投げ込まれたボールは、アウトコースを貫いていた。

(やべ)

「ボール!」

審判のジャッジに長見は安堵する。正直、やられたと思ったが、まだツキはあるらしい。

大きく息をついて構える。なんとなく、足元が宙に浮いている気がして、落ち着かない。

(くそ…)

グリップを持つ手に力がこもっているのがわかる。わかっているのに、力を抜くことができない。まるで自分の身体ではないものが、バットに繋がっているようだ。

今井が球を放る。投げたコースはアウトコース。長見は、振りにかかった。

(げっ)

それはブレーキがかかっている。そして、長見のバットから逃げていくように軌道を変えていく。ドロップだ。

長見は慌ててバットを止めた。ボールはそのまま津幡のミットに収まる。二人が同時に、審判の方を向いた。

「ボール!!」

ほ、という空気が城二大のベンチを流れる。それは長見も同様だ。

(決めはシュートかな)

長見とて長い間、野球に携わってきた身だ。高校野球、プロ野球、果ては大学野球と、およそ野球と名のつく試合を数多く観戦してきた。その中で、配球というものに対する読みも知らず備わってきている。

おそらくあのドロップも決めにきたものだったのだろう。仕切り直しの決め球に、同じ球を繰り返すよりも、自信のあるシュートを投げた方が打ち取る確率は高い、と、この巧妙なバッテリーは考えるはずだ。

(ここで、なにもできねえで、終わりってのは…)

とてもイヤだ。なぜなら、流した汗はこれまでのものと比べ物にならない。

自分は、必要以上に頑張ることは格好悪いと思っていたし、実際、この城二大に入るまではいい加減に野球をしてきた。
だが、汗を流してみてわかったことだが、それによって上達していく自分というものを知れば知るほど、頑張ることが気持ちいいことだとも気づいた。

だから、

(それを、結果に出したい)

と、切に思うのだ。

タイムを取ってから長見は、滑り止めでグリップに染みた汗を丹念に拭った後、メットのひさしを二度叩いた。

「!」

城二大のベンチに、緊張が走る。

すかさず玲子が右手を胸に当てて、その意を伝えた。“思うとおりにやりなさい”と。

「いいんですか?」

直樹の言葉には、少し動揺がある。

「彼は、自分の脚に賭けるつもりなのよ」

玲子とて内心は穏やかではない。だが、長見のスイングと変化球との差を見れば、そのほうがバットに当たる確率も高いだろうし、なにより彼の自主的な意志を尊重したい。

「エイスケ…」

(栄輔…)

エレナも晶も、ことのほかゆっくりと打席に入る長見を心配そうに見つめる。

「プレイ!」

審判の手が挙がった。長見はぐ、とバットを構えた。

今井が投球モーションに入る。ざ、と足があがって、長見への投球を始めた。

 その頃合を見計らって、晶がスタートを切った。

「!?」

虚をつかれた今井が投げたボールは、真ん中に。だが、途中でぐんぐんインコースへと向かってくる。

長見は、す、とバットを真横にした。

「バント!?」

二死なのに、と思うより先に、こ、とバットが何かを弾く音が聞こえた。白球が、一塁線を転がっていく。

「味な真似を!」

管弦楽が、慌ててダッシュをかけてきた。それを見て、今井が空いた一塁ベースのカバーに入る。虚をつかれながら、その洗練された動きは、さすが強豪。

管弦楽がボールを直接捕まえたとき、既に晶はホームに滑り込んでいた。しかし、今は二死だ。管弦楽は本塁のことなど放念して、一塁に向かって全力で投げる。長見の脚を考えたとき、悠長なことはしていられない。

長見は、走った。思ったより打球が死ななかったのを、知っていたから。だから走った。

カバーに入るところだった投手のグラブが、ボールを掴んだ。そして、彼もベースに向かって走ってくる。

わずか数メートルの競争。時間にして2秒にも満たない。しかし、当事者であるにもかかわらず、まるでスローモーションの映像を見ているような感覚に長見は包まれていた。

ベース上を、ふたつの影が走りぬけた。思い切り前傾で駆け抜けた長見は、踏んだベースに脚がもつれて、そのまま転んでしまう。

「エイスケ!!」

回転を繰り返す中、エレナの叫びだけは、はっきりと聞き取れた。

2,3度ほど前転をして、ようやく長見は体勢を整える。

瞬時の空白の後、思い出したように振り返った先に見る審判の手が……、

「アウト! ゲームセット!!」

高々と、天をつくように挙がっていた。



試合は負けた。昨年の優勝チームを相手に、3対4で。惜敗である。

チームは現地で解散し、そのまま亮と晶は部屋に戻ってきた。

「亮」

中に入るなり、晶がしがみついてきた。お互いに禊ぎを済ませていないから、汗と土の匂いがする。

「……ゴメン、しばらく、このまま」

「ああ」

亮は、晶を優しく包みこむように、その背に手を廻す。慰めの言葉はかけたりしない。

そのかわり、晶と自分が抱えている悔しさというものを、ともにわかちあうように、その華奢な身体を抱きしめた。

「野球が楽しいって、思い出したけど」

顔を亮の胸に埋めたまま、晶が言う。

「負けるとこんなに悔しいっていうのも、いま思い出した」

「そうか」

亮はそっと、晶の髪を梳っている。

「まだまだ、だね、あたし。速い球だけで、満足してた」

「………」

「もっと、もっと、頑張んなきゃ……」

しかし、裏腹に声はどんどん沈んでいく。

「晶」

「?」

不意に亮は、晶の肩に優しく両手を乗せると、お互いの顔が見えるところへ、身体をそっと離した。

「亮?」

「俺たち、櫻陽大に去年、2試合ともボロボロに負けちゃったんだ。それこそ、試合にならないぐらい。俺、最初の試合には出てなかったけど、2試合目でマスクを被ったときには、やっぱり、どんなにリードしても打たれたんだ」

「………」

「あのときは、苦しくて、悔しくて、哀しくてさ……でも」

「?」

「先輩……二ノ宮さん、あのセンターの人な。あの人、どんなに点差が離れても手を抜かずに本気で相手してくれた。勝ってるチームなのに、ユニフォームを俺たちよりもどろどろにするくらいにさ。あの人には、その試合で4本もヒット打たれたんだけど、最後の打席で三振に取った。試合で、よかったなって思ったのはそれだけだったけど、それでも、とても嬉しかった」

「………」

「嬉しいのも、悔しいのも、辛いのも、楽しいのも、全部ひっくるめて野球なんだよな」

「そう、だね」

「じゃ、元気だせ」

亮は、顔を近づけて、晶の唇に自分のそれを軽く重ねた。

「ん………亮?」

その不意打ちに、しばし動きを止める晶。

「まだ、開幕したばかりだ。これから、あと9試合も野球ができる。いろいろあるぞ、きっと。……楽しみだろ?」

「……そうだね!」

ほんの少しの思案顔は、はじけるばかりの笑顔に変わる。そして、晶は、今度は勢いよくしがみついて、

「お返しっ」

と、亮の唇に優しく噛みついていた。




「…………」

「…………」

息の届く場所に、エレナの顔。そして、唇には柔らかいもの。それは、いつかの記憶を呼び覚ます。

熱に浮かされたような瞳を薄く見開いて、顔を離したエレナの吐息には、アルコールの香りが含まれていた。

「よ、酔ってるだろ?」

長見は、いきなり奪われた唇の感触に動揺し、いまだ眼前から離れない青い瞳にどぎまぎする。

「酔ってません」

 むう、と彼女にしては珍しく、唇を尖らせて不満を隠さず表情に出していた。

「あの、絡み上戸?」

「酔ってないです……」

そういうや、ふたたび唇を寄せてきた。腕をしっかりと極められているので、逃れることはできない。厚く、瑞々しく、そして柔らかいものが口をふさぎ、息を止められた。

「!!!」

なにやら、ぬる、としたものが舌に絡まる。その形容しがたき感触に、長見は目を見開いた。思わず顔をエレナから離してしまう。勢いが強すぎたのか、後頭部を壁にぶつけ、一瞬星が散った。

「………」

エレナの口から引く銀糸。それは、彼女の意志をのせているように、名残惜しげに長見を離さなかった。

「エイスケ……」

青い瞳が、潤む。その息づかいが、何かを求めて荒くなっている。

長見の動悸は、彼の躊躇いも余所に、だくだくと熱いうねりを発していた。

「あ、あの、な……」

「………」

「お、俺も男だからな、その……あー……その気になっちまうじゃねえか」

「その気になって………ください」

エレナが、やにわ長見の右手を掴むと、それを自分の胸に押し当てた。想像したこともない、とてつもなく柔らかい部分に手が沈む。

あわあわと、右手から伝わる快美感にわななく長見。

果たして、いったい、どういう流れでこんなことになったのか? 動揺する意思の中で冷静な彼の意識が、時を遡る。それは、ひょっとすると逃避といえるかもしれないが。

試合が終わった後、最後の打者だったこともあり、長見はどうしようもない脱力感に襲われた。

気持ちを切り替えようとして、何かを考えようとしても、その度に浮かんでくる9回裏の一塁ベースを目指したデットヒート。
もう少し、打球を殺せていたら。もう少し、速く駆け抜けることができていたなら…。それは悔いという形で長見に突き刺さる。

チームメイトたちは、みな健闘をたたえてくれた。あの晶でさえも、「惜しかったね」と自分を労ってくれたのだ。それでも、激しい無力感は消えることはなかった。

どうやって、部屋に帰ってきたのか、よく覚えていない。エレナがなにかを話し掛けてくれたこと、そして、それに自分も答えを返していた覚えはある。だが、その中身はすっぱり記憶の中から抜け落ちていた。

帰り着くなりベッドに横たわり、まどろみに沈みかけたとき、インターフォンが鳴った。すぐあとにエレナの声が聞こえたから、長見はドアを開け彼女を迎え入れた。

エレナは両手にナイロン袋を持っていた。その中身は、ビールとおつまみ。彼女の意図するところをすぐに察知した長見は、それも悪くないなと思った。

「エイスケ、今日はかっこよかったです」

ビールが半分ほどなくなった後、急にエレナが言い出した。それは、慰めなのだろうと思い、長見は曖昧に笑っておいた。すると、何が気に入らなかったのか、エレナは少しとがった口調で、

「エイスケ、もっと自分を褒めてあげてください」

と、ずずいと傍によってきたのだ。

その思いがけないエレナの所作に、あわてて身体をずらして間を取ろうとしたら、それを追いかけるようにして彼女はますます身体を寄せてくる。

そうこうするうちに、壁際に追いやられ、気がつけば二の腕を掴まれて、

「お、おい……」

そして、何かを言う前に、唇は塞がれていた。それが、事に至るまでの顛末。

キスの記憶は、出会った頃(※第3話)にさかのぼる。本人も言っていたとおり、それは、欧米風の挨拶の一環なのだと思い、勘違いしないよう、気にしないように努めていた長見だった。

だから、あれ以降、エレナとはいわゆる深い仲になっていない……と思っていた。確かに、何度も部屋に呼ばれて食事を一緒にしたり、バッティングセンターで指導してもらったりしていたが。

しかし、いま、エレナ自身がその胸のふくらみに、男である自分の手を押し付けている行為は、どう考えてもその挨拶にとどまるものではないだろう。これだけまともに触っているのだから、セクシュアルハラスメントとして訴えられたとき、“挨拶だったんだよ〜”と言い逃れしようとしても、いいわけにもならないだろう。

(………って、逆か!?)

ことあるごとに“ぼいん”と震えて、どうしても視線がいってしまった部分に、エレナが自ら押し当てているのだ。自分の意思で、自分の胸を相手に触らせているのなら、それはセクハラではない。

上目遣いに潤む青い瞳に、頭が飛びそうだった。

(あ、あう……)

しかし、どうしても、その先に進めない。

「やっぱり、だめ、ですか………」

「……え?」

「わたしでは、だめ、なんですね」

「なに、を?」

エレナの顔が、下を向く。つ、と零れたものは、ひょっとして涙だろうか。

「エイスケの心には、まだ、アキラが住んでいるのですね」

「!?」

意外な言葉だ。そんなつもりは、なかったのに。

「わたしが入り込めるところは、ないんですね」

「……待て」

長見の思考が、急に覚めた。なんというか、心が清涼を取り戻したように、穏やかなものに変わってゆく。

「一時は、そんな気もあったけどよ、今はこれっぽっちもない」

「でも」

「まあ、エレナの眼からそう見えたんなら、ひょっとしたらまだ未練みたいなやつが少しはあったのかもしれねえ。……でもよ」

長見は、空いていた左手を動かす。エレナの拘束から逃れたそれは、しかし、再び彼女の手のひらを強く掴んでいた。

「エイスケ」

涙の浮かぶ瞳が、長見のところに戻る。いつもの無邪気さからは想像もつかない、儚げに弱さを見せている瞳。
ぐ、と一度息を呑んでから、彼は言った。

「好きだ」

「………」

沈黙。長見は、平常のリズムを忘れたように早鳴りを繰り返す、自分の心臓の音がうるさく感じた。

「通じなかったか? I LOVE YOUだ」

「………」

「……発音、まずい?」

ふるふると、エレナは首を振る。

「PERDEN ME」

「?」

「もう一回、言ってください」

「あ〜。恥ずかしいから、いやだ」

視線をずらしつつ、そう言うと、ずずず、とエレナのダイナマイトボディが押し寄せる。すでに背中は壁によっていたので、柔らかいものと固いものに挟まれる形となる。

「あ、圧殺する気か!?」

「PLEASE」

その眼差しには、決死の覚悟が見える。それに抗えるほど、長見も強くはない。

「俺は、エレナが、好きだ」

ことのほかゆっくりと、そしてはっきりと長見は言った。さすがに英語を使うのはキザが過ぎると思ったのでやめておいたが。

「エイスケ……愛して、います」

エレナのほうが、語彙が熱烈だ。そして、それに続く行為も。いきなり、後頭部を抱えられたかと思うと、そのダイナマイトバストに埋められ、組み伏せられてしまった。

「むわっ!」

いわゆる、“押し倒された”格好になったのである。その、豊満な胸に顔が埋もれ、とっても気持ちいいが、息苦しい。

(ぱふぱふ………)

某国民的RPGでそんな言葉があったな、などと、つまらないことが頭をよぎる。

もぞもぞと顔をなんとか膨らみの間に押し上げて、喋れるくらいにもってくる。自然、エレナと鼻先で対面する形となった。

「エ、エレナ、くるし………」

「PENALTYです」

「なんのよ?」

「わたしを待たせて、不安にさせた、バツです」

「って、言われて……ん、んん」

ぱふぱふ攻撃の後は、キスの嵐。深々と唇を吸われたと思えば、舌の蹂躙を受け、ようやく離れたかと思えば、顔のあちこちを吸引された。その勢い、顔中をキスマークで埋め尽くそうというのか。

「むは、むははは、や、やめ、くすぐった……」

時折、舌でぺろりと舐められた。まるで、大型の飼い犬と戯れているように。

「む……んむ………」

そして再び、口で繋がった。今度はなかなか離れない。口内に潜り込んできた舌が、誘いをかけてくる。

「………」

長見は、乗った。やり方は知らないまでも、エレナの舌に絡ませて、その柔らかさをとりあえずは堪能してみる。不思議なもので、最初に感じていたグロテスクな触感が、そのむつみあいを繰り返すたびに、甘いものに変わってきた。

「む……ふ……ん……んむ………」

息を、唾液を、想いを、とにかく激しく深く淫靡に流し込む。位置的に長見はエレナの下にいるので、ほとんど一方通行にキスの愛撫を受けていた。

頬を染めてキス魔と化したエレナの姿に、長見の情欲は高まっていく。それはもちろん、彼の興奮度合いを示すある部分にも、強烈な指令を伝えていた。

「……WHAT?」

不意にエレナが軽く腰を浮かせた。口を離し、何かが盛り上がってきたその部分を確かめてみる。

「……OH」

そこには、富士山のごとき見事な隆起を見せる長見のシンボルがあった。

「お、男だからな」

それが興奮している様を見られて、とっても恥ずかしい。

エレナはその部分に興味を示したか、するすると身体を下げていくと、ベルトに手をかけた。

「お、おい……」

すばやい手つきでそれを解くと、トランクスもろともいっきに、ずる、と下ろしたではないか。


 びよん…


長見の腰に生える、節のある物体が揺れた。

「………」

エレナが、瞠目して呆然としている。赤黒く腫れているその亀頭が、長見の動悸に合わせるように小刻みに震える様を凝視している。

そんなにまじまじと見られると、覚悟していたとはいえものすごく恥ずかしい。大きさは、形は、果たして問題ないのだろうか。価値基準がよくわからないから、長見はまるで審判を待つ受刑者のような気分になってしまう。

「すごいです……エイスケの……」

ほう、と恍惚とエレナが息を吐く。どうやら、彼女のお気に召したらしい。

「こんなに、GREATなモノ……」

エレナの両手が、まるで、愛しいものを抱くように、その肉塔を包み込んだ。

(う、うわ!?)

それだけで、強烈な電流が身体をかけめぐる。それはますます下半身に集中して、その末端組織に集結していった。

「OH! UNBELEAVABLE!!」

手の中で、さっきよりも膨張の度合いを増した肉塔に、エレナが叫ぶ。しばしの間をおいてから、青筋が立つぐらいに震えているそれを、やにわ、口に含みいれた。

(え、いきなり!?)

生暖かい感触が腰を包んだ。その行為の意味を知らぬほど長見はウブではない。

「ぬ、ぬわ………」

手で触られたときよりも、強烈な痺れが襲い掛かってきた。剥き出しになった敏感な部分を、何かが絡みつくように蠢いているのだ。ぞぞぞ、と泡立つ全身は、しかし、決して不快を伝えるものではない。

ぬるり、と亀頭の裏側を舌が這う。その感触、あまりによすぎる。

「ぐ………」

腰に集まってくる愉悦が、いまにも暴発してしまいそうだ。

「エ、エレナ……やば、いんだけど………」

なんとか堪えようとはするのだが、どうにも我慢が利かない。

「もう……FINISHですか?」

長見の意を汲んだものか、エレナが口を離してそう言った。熱い口内から開放された亀頭は、まるで湯気でもたち昇りそうなほどに充血している。

「出しても………いいんですよ?」

「いや、その、俺ばっかりじゃ、エレナにわりい」

「……じゃ、こうしましょう」

不意にエレナは軽く腰を浮かすと、身体を反転させて、ヒップを長見の顔の方へ向けた。遠くで見ても弾けそうなほどにでかいそれは、間近で見るともっとでかい。

エレナが、みずからジーンズに手をかけると、それを膝元まで下ろした。

「!?」

下着もろとも。だから、長見は、目の前にある真っ赤に熟れた襞と、いきなりご対面となったわけである。

(な、な、なんとも……)

初めて見た女性の外性器は、想像以上にグロテスクだった。赤い襞が、まるで生き物のようにぴくぴくと震え、そして中央の凹んだ部分は、滲み出る透明な液体によって光を帯びている。

「MY GOD……」

エレナが、嘆息した。その息が、張り詰めているモノに直撃し、腰が震えてしまう。

「また、大きくなりました……」

「エ、エレナこそ……触ってないのに、その……」

「濡れているんですね………早く、愛してもらいたいからです……」

つ、と内股にまで光は流れた。心なしか、中央部が広がってきた気もする。

長見は、おそるおそる、指で触れてみた。

「ン、ク……」

エレナの腰が、ぴくりと跳ねる。ぎこちない動きで指を動かすと、たちまちそれは光沢を放つ液体に包まれた。

「あ……ハ……う……」

ぴた、ぴた、ぴた。中指で、凹みをノックする。粘り気のある感触が、指の間で糸を引く。

「ン、んあ!」

「わ、わ、わ」

ちょっと力を入れただけなのに、中指の第一関節が埋没してしまった。

「あ、あ………エイスケ………」

きゅ、と入り口付近が締まり、指を咥えこむ。その隙間から溢れてくるものが指をつたう。まるで、ガラスにはりついた結露が、ひと塊の水滴となって流れ落ちるように。

「ン………む」

再び、亀頭が熱いもので包まれた。一時のインターバルによって抑えていた欲望が、また、その部分に集まっていく。その充填率がとてつもない速さで、限界を示す数字のパネルを回転させていた。


ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ…


中指にまとわりつく粘液は、とめどない。ほんの微細な動きにも反応して、愛蜜を垂らす。

「んふ………はふ…………むふぅ……」

エレナの喉から溢れてくる息の固まりが、無防備な下半身に吹きかけられて、とってもこそばゆい。もともと舌によって敏感な部分に刺激を受けていたから、間接的な攻撃さえも、その効果は絶大だった。

「あ」

それ、は急にきた。ざわざわした波が一斉に腰に集まったかと思うと、屹立しているパイプの中を逆流し…、

「ン!!」

だくだくだく、と耐えることもできないままエレナの口内に放出してしまったのだ。

「……く…く……ぬ……」

鈴口を通る激流の勢いは、いままで味わったことがないほどの愉悦だ。この極上の快楽は、自慰では絶対に得られない。なにしろ、その放出先は無機質な薄紙などではなく、暖かさに満ちた場所なのだから。

その暖かさに惹かれたのか、放出が止まらない。なんとなくその気にならなくて、このごろ自慰もやってなかったからだろうか。だとしたら、相当に濃いものを、エレナの口に出し続けていることになる。

「あ!」

それで気づいた。断りもなく、口内射精をしてしまったことに。

「わ、わりいエレナ」

「……ン……ング………ン……」

「って、飲んでるの!?」

亀頭を覆う口の粘膜が収縮して、奥へ奥へと吸い込んでいるのがわかる。それに導かれるように長見の中を飛び出す白い流星群は、エレナの体内におちてゆく。

「く、くわぁ……」

いまだパイプの中で彷徨っているタンパク質の群れを誘導するように吸いだし、それをまた嚥下してゆく。その吸引があまりに強烈で、長見は気が遠くなりそうだった。



「いい、ですよ……」

エレナが、ヒップをこちらに向けている。そして、両手で自分の秘花を割り開き、その赤く熟れ、愛蜜にまみれた入り口を曝け出していた。とろとろと、その口から糸を引くようにして零れ落ちる淫らな水滴が、とってもいやらしい。

「きて、ください……」

その言葉に吸い込まれるように、長見はエレナの瑞々しい臀部に手を添えると、雄雄しくそそり立つ肉芯を、めしべの中心に押し当てた。

「ン……」

エレナの息を呑む音。場所は、間違っていないらしい。


 ずぬ…


「ン、ン……ンく……」

亀頭がゆっくりと中に沈んでいく。まるで、飲み込まれていくように。

(く……きょ、強烈)

一度放出したとはいえ、いまだ治まらない欲望の固まりが湿った粘膜に包まれて、例えようのない悦楽が腰を直撃した。


 ず、ずずず…


「は、あう……ンン……」

ことのほかゆっくりと、エレナの中を押し進んでゆく。アルキメデスの原理か、埋没の度合いが高まれば高まるほど、エレナの中から湧き出て来る愛蜜が量を増して、内股をつたってゆく。

「じ、じらさないで……」

エレナが腰をもじつかせた。その微妙な動きが中でうねりを起こし、長見のイチモツに刺激を与えた。

「の、のぅあ……」

思わず腰を引く。エレナの中におさまっていたモノが、ずるりと外に出てしまった。

「あ、あン……。エイスケ、イジワルです……」

「わ、わりい……今度は、ちゃんと……」

もう一度、花の中枢におしべをあてがう。頭の部分を少し沈めたところで一息つくと、

「あ、あっ!」


 ずぬり!


と、一気に奥まで貫いた。

「――――っ!」

それは抵抗もなく、熱い粘膜の中に収まった。貫かれたエレナが、喜悦の吐息を漏らす。

(………)

 これが、女の中…。初めて踏み込んだ未知の領域は、とても暖かい。そして、胎内にある凹凸がもぞもぞと蠢き、痺れるような悦楽を与えてくれる。

「動いて……動いてください……」

エレナのヒップがぷるぷると震えていた。

その淫靡な仕草に刺激され、長見はひとつ腰を前後した。

「あ、あぁッ!!」

粘っこい水音をたてて、繋がった箇所から波紋のように官能が広がる。

(うお……)

たったの一突き。それなのに、暖かく湿った媚肉と襞に愛撫をされた長見の肉砲が、盛大な号砲を放ちそうになってしまう。

(1192年、源頼朝が征夷大将軍を宣旨されたことから、全国の統治権は武家政権に移る。以後、建武の新政と呼ばれる一時的な王政復古を除き、武家による政治機構の構築が続いた……)

頭の中で歴史の事象を必死に唱え、山を乗り切る。一度、エレナの口内に放ち、ここでまた、たったの一往復で果てたとなれば、早漏のレッテルは免れまい。

(よし)

落ち着いたところで、エレナを突いた。今度は、二度、三度と繰り返す。高まりそうになったところで、今度は歴代徳川幕府の将軍を羅列してゆく。12代目が誰だったか浮かばずに、ついに“家慶”の名前が出てこなかったが、まあ構わないだろう。


 ずちゅ、ずちゅ、ずっ…


とにかく、突く。エレナを突く。誘うように震えるヒップをしっかりと支え、その奥に届くように大きくグラインドをして、突きあげる。

「あッ! あッ!! あふッ!!!」

エレナの嬌声も、そのボリュームが“大”の方へ絞られ始めていた。

「ンっ、あッ! ……も、もっと、です………」


 ぐちゃ!


「ア、アアッ!!!」

貪欲に性の高みを望む彼女に答えるため、亀頭の先が見えるくらいに腰を引き、それを一気に埋没させた。柔らかい肉に深々と固い肉が突き刺さり、びちゃ、と中から愛蜜が溢れ出す。

「ンンッ! あふッ!」

背中と頤を反らせて、悶えるエレナ。見ると白い肌はうっすらと汗を噴き、ウェーブのかかったブロンドヘアが張りついている。どうやら、感じてくれているらしい。


 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ…


「ヒィッ! ンはッ! ンンッ!! あッ、あッ、あッ、あッ!」

わが意を得たりとばかりに、腰を打ち付ける。そのたびにエレナの腰が軽く浮いて、ヒップと背中にくびれを生んだ。

今は後背位でつながっているから、発情した犬猫の交尾が、頭の中をよぎる。傍から見れば自分たちも、あの犬猫のようにあさましい格好でコトに励んでいるのだ。いやに冷静な自分が、快楽に霞みのかかる頭の中で、そんなことを考えていた。


 ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ…


「はァう!! イ、イイ! エイスケ、わたし、とても、きもちいい!!」

腰が動いた。突かれるだけでは物足りなくなったか、エレナが自ら腰を蠢かせて、長見の固くて太い欲望を搾り取ろうとする。

「く、くぬ………」

その刺激、すこぶる峻烈。歴代総理大臣を頭の中で並べ立て、エレナの反攻に抗う。ちなみに長見君、“板垣退助”は違うと思うぞ。

「あ、あふゥ! ンッ! ンッ! ンッ!」

「っ、っ、っ」

きりきりと奥歯をかみ締め、腰にまとわりつく愉悦を受け流そうとする。だが、エレナがヒップを振るたびに、胎内の媚肉と襞が絶妙なまでに長見を絡めとり、張り詰めている肉砲に残酷な仕打ちをする。

「………」

大波小波を繰り返す悦楽に身を委ねてしまおうかと思ったが、冷静なもうひとりの長見の目が、綺麗に割れたエレナのヒップの中心に、静かに息づく蕾を見つけた。

(この孔……)

その真下では、同じ彼女の器官が乱れ狂ったように暴れているのに、まるで我関せずという形で、口を閉ざしている。

無意識に、長見の指が蕾に触れた。

「ひ、ひぃ!!」

ほんのかすかな接触にもかかわらず、びくびく、とエレナの身体が痙攣する。

「エイスケ、そ、そこは………」


 ずっ…


「あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

中指の第二関節まで、コトのほかスムーズにめりこんだ。獣のような咆哮がエレナの口からほとばしる。下の口が、ぎゅうぎゅうと長見を締め付ける。

「………」

ふたつの器官は、連関している。そう、察知した長見は第二関節まで埋まった指を回転させた。

「あ、あグッ!」

そして、突く。

「ンアアアア!!!」

ふたつの孔が、それぞれの悦楽に呼応して、弛緩と収縮を繰り返す。

「あ、ああっ……そ、そんなトコ、をっ……」

エレナはもう自らの腰の動きを止めていた。全く予期せぬ長見の指姦に背筋が泡立ち、その行為にのめりこんでいる。


ず、ずずず…


「ヒィィィィィ!!! は、はいって……はいってくるッ!!」

長見の指が、直腸にずぶりと埋まった。

「く、う、うあぁぁぁぅ!」

エレナにとって、排出が全てなはずのその器官にそこまで奥深くなにかが逆入してくるのは、ずいぶん久しぶりである。小さい頃……まだ本当の両親が健在だった頃に、実家が大農園だったことから、回虫対策として毎月に一度は処方されていたカテーテル浣腸の感触を、彼女は思い出していた。


 ぐにぐに、ぐちゃ! ぐにぐに、ぐちゃ!


「ングっ! あひぃぃぃぃぃ!! う、うン!! んひぃぃぃぃぃ!!」

指で蕾を抉られ、肉芯でめしべを突かれ、このうえもない悦楽にエレナは乱れている。

(く……)

その前後左右に乱れる動きが、長見を一層締め付ける。じゅぷ、じゅぷと繋がった部分が泡立ちそうなほどに、熱く濁った愛蜜を吐き出していた。

(う、うぁ……)

限界は、来ていた。そして、それにあらがう気力もなかった。こみ上げてくる熱いものを必死に遮っていた歴史大観を頭から放り出して、意識の全てをエレナの中に注ぐ。

「エレナ……おれ、もう……」

「ひぐっ、うぅ! あ、あう! あぁああ!!」

「や、ばいんだけど………」

「ン、ンンッ!! ンあ! あッ! あッ! あゥ!」

エレナは髪を振り乱して、悶えに悶えている。長見の声は、届いていないのか。

「く、ください! ください!! おねがい!!!」

咆哮の中で、催促の言葉。

「MYGOD!!! I’M COMIN’!!!」

「え?……って、う、うおっ」

 ぎゅうううう、と両方の穴が強烈に締まった。指も、肉砲も、エレナの中にどんどんと吸い込まれてしまいそうになる。俄かに跳ね上がった灼熱の体温に、繋がった部分が爛れてしまいそうだ。

「COMIN’――――――!!!!」

「ぐ、うぅぅぅっ!」

 圧迫を受けた長見の砲身が、ついに安全弁を開放した。

「アァァァァッッッ!!!!!」


 ドクンッ、ドクッ、ドクッ……


エレナの絶頂を歌う声を聞きながら長見は、己の砲身を彼女の胎内に埋めたまま、残されてた全弾を余すことなく叩きつけていた。





「いきなり、おしりは、驚きでした」

「………」

ベッドの中で、長見はエレナに頭を抱かれている。

髪の毛をさわさわと撫でられていると、母親に甘えている自分の図が浮かび、恥ずかしいことこの上ない。しかし、ダイナマイトバストに頬を埋めているのがすこぶる気持ちよくて、そこを離れられない。

「おしりに指を入れられたとき、ゾクゾクして……クセになりそうでした」

そのうえ、好奇心に任せてエレナのもうひとつの恥部を弄んだことを指摘され、羞恥はさらに募ってくる。

「あ、あの……ごめんな。ヘンな所、さわっちまって……」

「WHY? 気持ちよかったですよ」

「……はい?」

「今度は、こっちでしましょうね」

「……………」

「やり方、勉強しておきます」

なんと言っていいのかわからない。

「エイスケ……」

そうするうちに、エレナが、ぎゅ、と抱きしめていた腕に力を込めてきた。柔らかい膨らみの形が、変わってしまうぐらい。当然、長見の頭もその中にうずまる。

「わたし、あなたを愛しています。もっと、もっと、エイスケといろんなことをしたいです」

「い、いろんな?」

「野球はもちろんですけど、一緒にお買い物したり、勉強のお話をしたり、遊園地で遊んだり、映画を見に行ったり……」

「………」

いろいろって、なるほどそういうことね。一瞬、縄やら鞭やら蝋燭やら浣腸やら、奇妙な小道具を連想してしまった自分は、どうやらかなり助平らしい。それも、変態気味。

「キドさんとアキラと、Wデートするのもいいかもしれません」

「………」

晶に散々冷やかされそうな気がする。身長差20センチのカップル(男女逆)ということで。

「ま、でも、いいかもな……」

“デート”などという単語は、20年生きてきてはじめて自分の間近に降りてきた言葉だ。傍で見るぶんには癪に触ったものだが、人間の現金なところ、自分のものになるととても嬉しい。

「野球でがんばって、勉強も遊びもがんばって、それで、エッチでEXCITEしましょうね」

「………」

 ぎゅ、とさらに胸の中に頭を抱かれた。その強烈な母性に包まれて、長見は完全に火を噴いて轟沈していた。

どうやら、二人の関係が開幕した早々、自分はエレナのペースにはまっているらしい。

だが、それも悪くないと、そのダイナマイトバストに埋まりながら、長見は思った…。




―続―






解 説


まきわり:「みなさま、こんにちは、こんばんは。『STRIKE!!』第4話です!! お読みいただき、ありがとうございます!!」

晶:「ちょっと、ちょっと!」

まきわり:「はい、なんでしょう」

晶:「なんか、あたしと亮の濡れ場が、少なすぎない?」

まきわり:「………って、いきなりそれか! まあ、前回でしっかりヤッてもらったので、マンネリを防ぐという意味もあります」

晶:「む〜。……マンネリっていうより、ネタ切れを防ぐの間違いじゃないの?」

まきわり:「(ぎくっ)」

晶:「試合の描写も、スキップ多くなったしね……普通、4回から9回まで飛ばすかなあ」

まきわり:「わ、わはははははは(ヤケ)!!」

晶:「こんな調子で、広げた風呂敷ちゃんと畳めるの?」

まきわり:「………努力します」

晶:「ん、よろしい。……というわけで、次は、ちゃんと亮とヤらしてね♪」

まきわり:「は、はい」

晶:「それじゃあ、みなさま。今度は、第5話でお会いしましょう!」


(がさごそ)

晶:「……って、何処に行くの?」

まきわり:「………ネタを探しに」




解 説(改訂版編)


(ごそごそ)

まきわり:「やれやれ、ネタといってもねぇ。……小学校の時に書いた、有名な漫画をパクッた野球小説とか使おうかね」

郷 吉:「このたわけめ!」

まきわり:「うひゃあ! ……せ、先生、既に故人だったのでは?」

郷 吉:「故に、神に近い存在になっとるのよ。今のワシは、全てを超越した自由なる存在なのじゃ!」

まきわり:「いや、たぶん、この場では誰もあなたのことを知る人はいないと……」

郷 吉:「なんじゃと!?」

まきわり:「この解説も、破戒僧さまのHPだけでしか掲載されていないオリジナルなものですから……ある意味、ほんとに超越してますね、先生」

郷 吉:「まあ、よいわ。それにしても、ぬるいエロが続くのう」

まきわり:「い、一部、変態的な要素も盛り込んだのですが……」

郷 吉:「一部ではいかん。やるなら、徹底的にやらんとな!」

まきわり:「バランスが、難しいんですよぅ。エロに力入れると、野球がおざなりになっちゃうし、野球に力を入れると、エロが薄くなるし……」

郷 吉:「泣き言など聞きとうないわ! さあ、書け! 今、書け!! すぐに書けぇ!!!」

まきわり:「あ〜れ〜!!」






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