堕天使 〜Prinzipal der Finsternis〜

第27話 Lesson to feel it


 メープルシロップティーを十二分に堪能したところで、美樹が口を開いた。
「さて、そろそろいい加減に仕事の話を始めましょう。ずっと君と姉弟でいたいけど、早くしないとすぐに仕事の期限が切れるから。いいわね、文成君」
「あ、お願いします、支局長。何をするんですか?」
 文成はすぐに背筋を伸ばして膝を詰め、美樹をまっすぐ見つめて言った。
「君、本当に眼力(めぢから)が強いのね。狼に射竦められた仔鹿になった気持ちになるわ」
 美樹が驚きと慄きを織り交ぜながら嘆じた。確かに今の彼女は文成を、狼を見るような目で見ている。
「すみません。両親から、人の目をまっすぐ見て話せと、教えられたものですから」
「人の目を見ずに話をするのは、確かに良くないけど、こうも真剣に見つめられると……、特に文成君の場合は、瞳が美しい上に、何か光を発しているみたいだから、怖くなっちゃうのよ。文成君、右利きかしら?」
「えぇ、そうです」
「じゃ、左眼であたしの左眼を見るようにして。あたしも右利きだから」
「どういうことですか?」
 文成は少し首を傾げて尋ねた。
「人間の顔は、利き腕によって表情が違うものなのよ。顔の右側と左側が微妙に違うという事は知ってるわね。右利きだと顔の右側、正確には右側の表情筋ね。それが鍛えられる形となるから、きつい貌になるの。つまり、顔の左側は利き腕でない分、柔らかい貌になるのよ。左利きだと、今の逆ね。まぁ、これは、就職活動の面接のときに使えるテクニックの一つだけどね」
 美人上司はそう言ったあと、口角を吊り上げて微笑み、自分の貌の左側を文成に示した。なるほど、優しげな表情だ。
「へぇ……、初めて知ったなぁ。なんで顔の右と左では表情が違うんだろうと思ったけど、利き腕が関係していたとはねぇ」
 少年は素直に感嘆した。そして、左眼で美樹の左眼を見るようにした。自然と貌が横に傾く。加えてにっこりと微笑んだ。
「わざわざ笑わなくても良いの。普段どおりでいいんだから」
 美少年につられて微笑みながらも、美樹はやんわりとたしなめた。
「あなたと一緒にいるとすごく気持ちが穏やかになって、それに……、心が暖まるんです。だから自然と貌が緩んでしまって……」
 文成は少し照れたように答えた。だが言いながらも、こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうと、心の中で振り返っていた。
「本当に君は女の心を悦ばせるのね。でも、とりあえずその話は後。今回の仕事を、軽くだけど説明させてもらうわ」
 支局長がピシッとした感じで言った瞬間、部屋の空気がさっと張り詰めたものになった。文成も表情を引き締め、彼女の左眼を己の左眼で見ながらも、真剣な眼差しで指令を待った。
「今回、君にやってもらいたい仕事は、清名(せいめい)銀行を、廃業させること。破産の上、二度と立ち直れないようにね。手段に関しては君が決定すること」
「清名銀行って……、確かあそこは預金高が3,4兆くらいありましたよね。愛知に限らず、東海地方全体で見ても指折りの銀行じゃないですか?」
 少し緊張しているのか、文成はバリトンで言った。
「その通りよ。20世紀の始まりとともに開業した銀行で、もう100年を超えるけど、世界大戦もバブル崩壊以降の暗黒時代も乗り切って、東海はおろか、中部圏でも屈指の銀行として一目置かれている銀行よ。そこを廃業に追い込んで欲しいの」
 この時となると、美樹の話し方もきわめて事務的になっている。
「ただ、BOCに還流しろ、と言うわけではないですね。清名銀行を潰す事によって、破滅する奴らが、かなりいる。そうなるとBOCが、この非常に安定している名古屋を中心とした一帯に楔を打ち込んで、勢力を伸ばすことができる。そういうことですね」
 そう言って文成はにやりと笑う。
「そういう事よ。あとで清名銀行の資料と主要顧客名簿、主要株主名簿をプリントアウトして渡すわ。覚えきったら捨てて頂戴」
「今、渡すのではないのですか? 一瞬一秒を無駄にできないのでは?」
 文成が疑問を呈した。
「そこまで焦らなくてもいいわ。今回の仕事は重要だけれど、それよりも大切なことがあるの。銀行を潰す話は、その後でもいいわ」
 そう言って一度話を切った美樹は、カップに残っていたメープルシロップティーを、すっと飲み干した。そして滑らかな手つきでカップを置き、立ち上がった。一連の動作が、とても優雅であった。そんな美女に、文成は見惚れていた。
 美樹は文成のすぐ右隣に座った。肩が触れ合うほどにまで距離を縮めている。いや、実際に肩を寄せてきた。文成は、心拍数が200を超えたような感覚を意識した。
「ねぇ、文成君。あたしの事、本気で深く濃く交わりたいと思ってる?」
 美樹がしっとりと潤いを帯びた声で尋ねてきた。目を見ると、すっかり潤んでいて、陶然としている。
「本気です、美樹さん。初めて見たときから、あなたに抱かれたいと思いましたから。もし、あなたがよければ、僕に……、深く濃く交わると言うことが、どういうことかを……、教えて欲しいんです。僕と、躯を繋げてください」
 文成は裡からの昂ぶりにまかせて、熱情を迸らせるかのように、はっきりと言った。昂ぶりか、それとも恥ずかしさか。声は甲高くなり、つっかえてはいたが、身裡から生じた炎を吐き出すように、美樹に告白した。今はもう、美樹しか見えていないし、美樹こそが文成のすべてと化していた。
 美樹は口元をすこし吊り上げて微笑み、慈しむような眼差しを文成に向けた。そして、右手を一途な少年の左手に絡め合わせた。柔らかくも温もりと快い痺れをもたらす、掌のエネルギーに、少年は陶酔感を味わった。その貌はまるで、性的快感に悶える少女のように思える。
「すごく可愛いわ、文成君。それに、ものすごく熱い。炎のように燃えているわ。それも、紅蓮の炎なんて、生易しいものじゃない。白く……、うぅん、まるで夜空に輝く恒星みたいに、プラチナに輝く炎だわ。とてつもなく熱い。なのに、君に焼き尽くされるとは思わない。それどころか、あたしも、君と同じように白く燃え上がって、混ざり合おうとしている。すごく烈しいんだけど、それでいて穏やかな気持ちになっている。すごく矛盾しているけど、矛盾だとも思わない……。あぁ、あたし。自分で何を言っているのか分からない。でも、それほどまでに、あたしは燃え上がっている。文成君、分かる? 今のあたしのこの気持ち……」
 文成の熱情に触発されたか、美樹も自分の裡に籠もる情熱を迸らせて言った。貌はみるみるうちに汗ばみ、魅力的な少年の左手を握る右手も燃え盛るように熱くなっていた。そして、彼女の左手は無意識のうちに、文成の頭頂に触れた。
 その瞬間、文成は熱と同時に電流のようなものを感じた。反射的に躯をビクン、と震わせる。その反応を知ってか知らずか、美樹はすぅっと刷くように、左手を頭頂からまっすぐ下に伝うように下ろしていった。後頭部から延髄の部分、そして、首の後ろ、背骨へと左手の指が降りるごとに、文成は痺れに酔い、同時に躯を熱くさせていった。
「美樹さんの手、すごく痺れます。しかも気持ちよく。それに、とてつもなく熱いです。だから、僕の躯も……、信じられないくらい熱いです。美樹さん、お願いです。早く……、早く、僕と深く、濃く、混ざり合ってください」
 自分と美樹の熱にうかされたのか、譫言(うわごと)のように文成は口走った。その声は完全に、性行為に燃え上がる少女そのものである。
「あわてないで、文成君。あたしも、今すぐにでも君と交わりたいけど、ただ快感を得るためだけのセックスなんてしたくないわ。君の求める、深く濃く交わると言うことがどういうことなのか、あたしのすべてでもって、教えてあげる。君を単なる破壊工作員として終わらせたくないの。君の力はそんなものではないのよ。いずれ君は、この世界を背負うことになるわ」
「え……、世界を背負うって……、僕の使命、というより、組織は人類を絶滅に追い込むことが最終目的じゃないんですか?」
 美樹の言葉に、文成は驚いて声が少年のそれに戻っていた。
「君は人類を破滅させるためだけに生まれてきたんじゃない。あたしはそう思っているわ。君は人類を破滅させたあと、新たな人類を生み出す。そして神となる。誰も信じないだろうけど、あたしはそう確信しているの。あたしは、君がそうなるためのきっかけになる女として生まれてきた。君を一目見て思ったわ。この子こそが、新たな世界を創り出す神だと」
 文成は圧倒された。美樹の言った内容以上に、そう語る美樹の、情熱という名の奔流に押し流された。自分より7歳も下の少年に向かって、このような告白をする女性がいるだろうか。
「僕は……、獣になろうとは思っても、神になろうとは思いませんよ……」
 文成は狼狽しきって、声を震わせた。目の前の美女の想いに呆然となり、躯が意のままにならなくなっていた。
「いつか、文成君にも分かる時が来るわ。自分が何のために生まれてきたか。そして、自分が何者なのか。今すぐに答えは出ないかもしれないけど、でも、男と女が、深く濃く交わることの意味を知れば、少しずつ神髄というものが見えてくるはずだわ。今からあたしはそれを君に教えるわ。しっかりと躯と心に刻み付けて」
 一気にしゃべりきった彼女はとうとう文成を両腕で抱きしめた。とても女性とは思えない力強さに文成は驚いた。美樹の柔媚な躯と甘く切ない匂いに、意識が拡散しそうになった。
 そんな時、文成は胸板に押し付けられた美樹の乳房から、心臓が早鐘を打つように脈打っているのを知った。
(美樹さんも、こんなにどきどきしているんだ。オレと同じくらいに……)
 いつしか彼女の鼓動と自分の鼓動がシンクロナイズしていく様子が、はっきりと理解できた。今、自分は美樹と同調しようとしている。そして、同じリズムで調和し、男女の交わりの神髄を奏でようとしている。
 自分が求めようとしているものを知った文成は、美樹の美しい瞳をまっすぐ見た。心音がゆっくりとペースダウンしている。それと同時に相手の心音も落ち着いてきた。チャネルが合わさった。そう確信した文成は、それまで力なくだらりと下げていた両腕を上げて、美樹の躯を抱きしめた。右手を敬愛すべき美女の後頭部にあてがい、左手でしっかりと抱き込む。
 美樹の躯がビクンと跳ね上がった。
「文成君の指先からも、電流が出ている。今すごく、脳が痺れたわ……」
 美樹の声が妖艶なものになっていた。目は陶然となり、潤みを帯びている。呼気が甘みを増して、文成の鼻腔から入り込み、陶酔感をもたらした。
 もうこれ以上の言葉は必要なかった。二人はゆっくりと唇を重ね合わせた。
 美しく引き締まった唇は、信じられないくらい柔らかかった。グミキャンデーかと思ったが、それよりさらに柔らかく感じられた。そして何よりも甘かった。砂糖のような甘ったるさではない。それこそ、先ほど飲んだメープルシロップティーのような、濃淡を併せ持った甘さだった。まさに心身を蝕むことのない甘さだ。初めて味わう快感に、文成の銃身は急激に膨張し、一気に最大値にいたった。
 だがそれでいて、美樹の唇は、文成に不思議な安堵感をもたらしていた。これほどまでに心地良いと、普通は貪りたくなるのだが、なぜかそんな気持ちにならなかった。ゆっくりとキスを愉しむゆとりが、文成の心に生じていた。それはまさに奇跡的だった。
 文成は今、奇跡を実感していた。誰一人として信じることが出来ない奇跡を、全身全霊で味わっていた。今、彼は、美しく聡明な年長の女性と抱き合いながら、熱く口づけを交わしていた。ただ唇を重ねているだけなのに、文成は快感に酔い、さらに美樹と混ざり合っていくのを実感として捉えていた。
 やがて、美樹はごく自然に文成の膝の上に乗って抱かれた。ゆっくりと流れるように美樹は文成の膝の上に乗った。二人の魂が融合を開始したのかもしれない。そして、まるで示し合わせたかのように、二人は舌を絡め合わせた。口いっぱいに、メープルシロップティーの香りと甘みの残る唾液が広がる。互いに唾液を分け合い、そして極上の甘露を飲み込んでいく。やや息苦しさを感じながらも、気にすることなく飲み続けていく。
 よほど情欲が高まっているのか、唾液はとめどなく湧出し、ついには互いの口角から溢れ出した。溢れた唾液が、首筋をつたい、衣服を湿らせていった。
 ようやく満足したのか、どちらからともなく、唇を離した。唾液が粘っこく糸を引き、垂れ下がって、ぷつんと切れた。
「ふふっ。口の周りがびしょびしょになったわね」
 美樹はそう言って微笑み、そして今度は、文成の口の周りを拭うように舌で舐め回した。貌中を舐め回すかと思ったら、時折貌をついばむ様にキスをする。そうやって美樹はキスの雨を降らした。
 貌全体に唇を捺印すると、今度は両方の耳をついばみ、そして首筋に降りて、唾液をなすり込みながらキスを続けた。時折、甘噛みしては、文成に性的刺激をもたらした。
 美樹は、文成が着ているバーバリーのシャツを手際よく脱がし、さらに、アンダーシャツもまくり取った。文成の上半身を裸にすると、まさに美少女のようなスレンダーな躯があらわになった。
「あぁ、すごい。こんな美しい躯、初めて見たわ。それに、躯の中のエネルギーが迸っているみたい」
 思わず美樹は感嘆の声を上げた。そして手を震わせながらも、文成の上半身をあちこちと触り、再び文成を抱きしめて、美しい胸板に頬ずりした。
「そうかなぁ……。自分で見ても、華奢としか思えないけど……」
「極限まで無駄なものを削ぎ落とした躯だわ。それに、肌が青白いんじゃなくて、練絹のように白くて美しいの。こんなに輝いている肌を見るのは初めてだわ。少年と少女を兼ね備えた美しさなのかしら。まさに君は、この世のものとは思えない芸術なのよ」
 美樹は昂ぶりのせいで、息切れしそうになりながらも、言い切った。いまやすっかり、文成の魅力に耽溺しているようだ。
 再び美樹は、文成に愛撫を施した。ねめあげながら、舌で鎖骨を刷くように舐める。文成は、今まで味わったことのない快感に酔うどころか、むしろ背筋を震わせて慄いた。それを見て、美樹は満足げに微笑んだ。その微笑の艶っぽさに、文成は思わず生唾を飲んだ。
 それから美樹は、文成の両の胸を舐めまわし、さらには腋にも舌を這わせた。その行為は、快感を引き出すというよりは、何か自分の持つエッセンスを文成の躯中になすり込んでいる様でもあった。ゆっくりと丹念にやるさまを見ていると、そんな気がしてならない。文成の躯に染み込ませて、何か化学反応が起こることを望んでいるのだろうか。
 文成の、くっきりと浮かび上がっている肋骨を弄りながら、腹部、臍、そして、下腹部と舐めながら下りていくと、とうとう美樹は、文成のベルトに手をかけて、すばやく取り去った。さすがに興奮が高まっているのか、ベルトを外し取ると、すぐに黒のボブソンのジーンズのボタンを解き、一気にジーンズを引きおろした。膨張しきった銃身が、穿いているバーバリーのトランクスを突き破らんとしていた。
「ふふっ。やっぱり、エネルギーが迸っているわね」
 美樹がからかうように言った。親指でトランクスの端を引っ掛け、今度はゆっくりと焦らすように下ろしていく。
 トランクスが脱ぎ取られた途端、文成の凶銃は最大膨張係数を示して、下腹を打ちつけた。どう見ても、普通の日本人少年の持つ銃身(バレル)ではない。少なく見積もったとしても、7インチは堅い。
「きゃっ、長い! 大きいと言うより、長い! それに、きれい。あぁん、震えてきたわ。こんなにたまらなくなるなんて、初めてよ、文成君!」
 美樹は驚いて、まるで少女のように高い声を上げて、文成の銃身を右手で握った。彼女もかなり心臓(エンジン)の回転数を上げているようだ。
 握られた文成はかすかな痛みを感じて、うっ、と呻いた。不意に握られたことと初めて体験する異性の掌に、胸に矢を打たれた気持ちになっている。
 このまま美樹は文成の銃身を味わうのかと思ったが、感触を確かめただけですぐに手放した。そして、文成の右腿に唾液をすり込んでいった。あるいは、美樹が文成の躯を味わっているようにも思えた。
 美樹はさらに屈みこむと、膝、脛と舐めてゆき、ついには文成の足を持ち上げて舐め始めた。これには文成も驚いた。
「み、美樹さん……! そこはさすがに、ちょっと……」
「ちょっと、なぁに?」
「足はちょっと……、洗ってないから……」
「汚くないわよ。というか、君の躯はどうなってるのかしら? 足の裏からも、こんなにいい匂いがするなんて」
 身悶える文成に構わず、美樹は丹念に足全体を舐めまわした。指の股にまで好んで味わった。美樹のような美女が足を嘗め回すのを見て、文成は異様な快感を覚えつつも、複雑な気持ちになった。
(どうしてこの女性は、ここまでオレのことを……)
 だが、思惟はまとまるどころか、拡散していくばかりだった。
 右脚を味わいつくすと、美樹は左足に取り掛かった。今度は、脛、腿へと上っていく。そして、内腿の愛撫を終えると、舌なめずりして、とうとう文成の銃口に舌を這わせた。右掌で根元を掴み、チロチロと舐めるさまが、実に淫靡だった。だがそれでいて、神秘的でもあるのが、興味深かった。
 美樹は心から味わうように、先端を咥えて舌で転がすと、本格的に銃身全体を頬張った。柔らかく暖かい、そして、妖しい感触に、文成は全身が痺れたかのように仰け反った。初めて味わう強烈な快感にホワイトアウトしてしまいそうになる。
 美樹がゆったりとしたストロークで首を上下に振り、舌で強弱をつけて刺激した。すると、強烈な刺激の波が治まり、文成も落ち着いた気持ちになった。まるで美樹がリズムを調えさせているようだった。
 気持ちが落ち着くと文成は、銃身を口腔で愛撫する美樹に愛しさを覚えた。そして、美樹の頭に両手を添えて、ゆっくりと髪を撫ぜ回した。そうしていると、なぜか脳裏にピアノの音が鳴り始めた。
 以前、どこかで聴いた音なのだが、どういうわけか思い出せない。しかし、絶対に聴いた音であることは間違いなかった。そしてそれは、子供のころに聴いたものであることを。だが、思い出そうとする前に、フェイドアウトしていった。
 美樹は一心不乱に文成の銃身を味わい、やがて口から離した。また右手で掴むと、銃身を擦りあげながら、今度は楕円形の弾倉を口に入れた。まるで飴玉を嘗め回すかのように味わっている。
 えもいわれぬ快美感に酔っている文成の耳に、時々美樹のうめくような声が聞こえる。そして、だんだんそれが高まってきている。
 不審に思った文成は美樹に目を落とした。彼女の貌を見ると、なにやら苦しそうに貌を顰めて、再び銃身を頬張っている。首振りのストロークもペースが上がっていた。一気に絶頂へ突き上げそうな勢いだ。それでいて、文成とともに昇り詰めようとしている気がする。
 首を右に捻ってよく見ると、なんと美樹は、左手で自分の股間に手を入れていた。どうやらその奥にある陰阜をまさぐりながら、陶酔感に酔いしれていたようだ。
(オレのものをくわえながら、オナニーしている……)
 そう思って、彼女の左手を見ていたら、秘奥から、今までかいだ事の無い匂いが文成の鼻腔を刺激した。たちまち脳全体に行き渡り、全身の細胞を駆け巡る。銃身が急に熱を帯び、あっという間に全身にまで広がっていった。射出感覚とそれに伴う絶頂感覚が文成の心身を急騰させていく。
「み、美樹さん……、オレ、もう……!」
 発砲寸前に達した文成が堪えきれずに、カウンターテナーで訴えた。再び躯を仰け反らせたが、そのくせ、美樹の後頭部を押さえる力を強め、さらには腰を上下させた。
 文成が腰で口内を突いてきたため、美樹は一度、銃身を外した。
「いって、文成君。あたしも一緒にいくわ。今までに無い絶頂感を味わえそうなの。文成君がそうさせているのよ。だから、この、全身を押し流しそうな奔流に、一緒に流されましょう。いくときは一緒よ!」
 急き立てられるかのように、一気にしゃべった美樹は、三度銃身を咥えこんで、トリガーが引かれるのを促すかのように、勢いを強めて首を振った。上下だけでなく、時折左右に振ったり、根元まで咥えこんで舌でねぶったりする。そうしながら、左手で陰阜を烈しく弄って、文成とシンクロナイズしようとしていた。
 美樹がとどめとばかりに、首を小刻みに早く振りながら、舌を回転させるように銃身を舐めまわした。まるでライフリングをなぞるような動きだが、己が情念をそこから文成の全身全霊に注いでいるようだった。
「あぁ、いく……! 美樹……!」
 美樹が放った情念の奔流に、とうとう文成はトリガーを引いた。意識は白く爆ぜて拡散した。そして今まで経験したことの無いマズルスピードとマズルエネルギーで、美樹の口腔に射出した。断続的に十数度、弾倉が空になるかと思うくらい夥しく発砲してしまった。発砲が治まるにつれ、文成の躯はガクガクと痙攣を起こし、やがて失神したかのように、ピクリとも動かなくなった。
 一方、美樹も、烈しい情欲のリキッドを口内に受けて咳き込みそうになりながらも、必死に飲み込んでいた。文成のエッセンスが詰まったリキッドをすべて受け入れるつもりで飲み込んでいったが、自分で自分の炎を燃やしたこともあって、まったく勢いの収まらない情欲の流れに、美樹自身も押し流され、文成が絶頂に達した数ミリ秒後に絶頂へ駆け昇った。特有の匂いを放つ秘液が潮を吹くように溢れ出し、パンティのクロッチをずぶぬれにした。瞬間、美樹の躯にも痙攣が走り、小刻みに震わせて文成の股間にうつ伏した。美樹の口から離れた銃身は、いまだに収縮せず、しかも、衰えることなく射精して、美樹の頬を濁した。
 どれだけの時間が過ぎていっただろうか。漸くという感じで、意識を集約させた文成がのろのろと気だるげに躯を起こした。起こすと同時に、ふうっ、と大きく息を吐いた。その息が、美樹の前髪にかかり、拍子で美樹も貌を上げた。
 互いに視線を絡めると、照れくささからか、口元を緩めて微笑んだ。ただ、美樹の微笑は、妖艶な雰囲気を残したままだった。
「ふふふっ。あたしたち、すごい絶頂感を味わったわね」
 先ほどまでメゾソプラノだった美樹の声が、妖艶さを帯びたせいか、アルトにまで低くなっていた。その声に文成は心臓を鷲掴みされて、絞られるかのような衝撃を覚えた。
「美樹さん、今の声、すごく心臓に響きます。まるで、心臓を鷲掴みされて、血液を絞られるような感じです」
「文成君のせいで、こうなっちゃったんだからね。文成君、いく時に美樹って、叫んだでしょ。思いっきり感じちゃった。というか、あれで爆ぜちゃった。躯が爆ぜるようにいっちゃうなんて、初めてよ。声が掠れてるわ」
 言われてみると、美樹の声が時折掠れていた。
「なんか……、うまく言えないけど、すごすぎるなんてもんじゃないです」
「深く濃く交わるということの神髄を、これから躯と心に刻み込むのよ。これくらいで震えていられないわよ、文成君」
 妖しさと淫らさが色濃く映えている微笑とともに、美樹はまるで豹のような眼差しを向けた。先ほど、自分を仔鹿に擬していたときとは、まったく違った眼だ。
「あぁ、たくさん出ちゃったね。飲みきれないほど射精した男を見たのも、これが初めてだわ。なんだか、文成君って、あたしが今まで体験したことの無いものを、体験させてくれるみたい」
 そう言って感嘆しながら、美樹は唾液と精液にまみれた凶器を舌で拭い始めた。
「逆じゃないのかな。美樹さんがオレに今まで体験したことの無いものを、体験させてくれるんじゃ?」
「やっと硬さが取れたわね。自分のこと、オレって言ってる。普段は自分のことをオレと言ってるんでしょ」
「あっ……」
「うふふふふっ」
 美樹が忍び笑いして、文成の凶器を綺麗に拭いきった。欲情という名の艶にまみれた銃身は再び先鋭に奮い立っていた。
「あ、もう回復してる。というか、さっきより力強くなってるみたい」
「お望みとあらば、いくらでもご期待に添えますよ、ご婦人」
「変なからかい方しないの」
 美樹はまだ文成の7インチ銃を掴みながら、見上げて言った。絶頂に至ったせいか、まだしゃがみ込んだままである。
「それより、美樹さんの貌に、オレの精液がまだついてるよ。貌を洗ったほうが良いんじゃないの?」
 文成は立ち上がりながらそう言った。急角度で美樹を見下ろす格好となる。
「そんな勿体無いことをする女がこの世にいると思う?」
 掠れが無くなったか、美樹の声はまたしっとりとしたものとなっていた。
「勿体無いって……、あっ!」
 文成は驚いた。言うや否や、美樹は自分の貌についていた、文成のリキッドの残滓を指で掬い取って、しゃぶるようにして口に入れたのだ。
「濃厚ね。これ以上ないくらい濃いわ。これを胎内に入れたら、あたしも君みたいな存在になれるかしら」
 言いながら含み笑いをする美樹の貌は、まるで太古の神話にその名を刻む、闇の世界の女王のように見えてきた。文成は、自分が闇の世界に魅せられて降りていった、堕天使であるように思えてきた。この深みの先にある甘美な世界を知りたくて、生まれ育った世界を捨てた叛逆者であることに、少しずつ気づき始めていた。


第28話へ続く


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