堕天使 〜Prinzipal der Finsternis〜

第28話 DEEPER UNDERSTANDING


「さ、今度は文成君が、君のすべてをあたしの心と躯に刻み込んで」
 美樹は立ち上がって言った。今度は美樹が文成を見下ろす格好だ。両手を腰に当てて、微笑みながら見下ろす姿が、妙にまぶしく見える。
「服、脱がせてくれるかしら。あ、女性の服を脱がせるのは初めて?」
「はい、初めてです。子供の頃に、妹の服を脱がせたりはしましたけど」
「何、やってたの!?」
 美樹は驚いたものの、ショックを受けた風ではなかった。
「お風呂入るときは、よく妹の服を脱がせてたんですよ。保育所の頃の話ですけどね」
「ふぅん。いつも妹と一緒だったの?」
「はい。おしめも代えてやったし、風呂もベッドも一緒でした。あんなことになる前までね」
 相変わらず、妹の話になると、文成の声は暗くなる。意識して冷静に話そうとしても、感情が治まらないのだ。
「そうなの……」
 文成の哀しみが美樹にも伝わった。
「文成君。今、君が抱えている哀しみも、あたしに刻み込んで。しっかりと受け止めるわ。癒すことはできないけど、受け止めることならできなくは無いわ。互いに何もかも知った上で、交わること。その大切さを理解してもらうからね」
「美樹さん……」
 このとき文成は、美樹の真摯さを知った。なぜ自分に対して、これほどまでに深く濃い関係を持とうとするのか。何の目的があるのか。そう言った事がどうでもよくなった。本当に重要なことは、美樹と深く濃く交わり、互いを融合させること。そして、美樹とともに戦い抜くこと……。
 文成は朧気ながら、自分がこの世で成すべき使命が何なのかを意識し始めた。
「それにしても、これ、すごいことになっちゃった」
 そういう美樹の言葉に意識を合わせた文成になにやら白いものが飛んできた。文成が両手で受け取ると、奇妙な重さを感じた。それよりもやたらと湿っている。
 いや、湿っているどころではない。まるでさっきまで水に漬かっていたかのように、ずぶ濡れになっている。
 まさかと思って広げると、それは、先ほどまで美樹が穿いていたパンティだった。手触りのよい素材にレースを施した優雅なものだが、クロッチの部分が完全に透き通っていた。さらに、絞るまでも無く、美樹のリキッドが滴り、文成の手を濡らしていた。かなり粘り気を帯びていたものの、ときどきぽたりぽたりと滴っている。
「こ、これは……」
 呆然としながら文成はつぶやいた。
「すごいでしょ。自分でも驚いてるわ。潮吹いちゃったことは何度かあったけど、こんなに出たのは初めてよ」
 美樹は少女のように興奮しながら言った。そうすることによって、文成の情欲を煽っているかのようだ。
 ずぶ濡れになったショーツを抱えたままの文成は、そんな美樹の言葉に本当に煽られたのか、持っていた薄布を鼻に押し当てた。ただでさえ、彼女の秘奥から湧き出したリキッドの匂いが嗅覚を刺激していたのだが、間近で嗅ぐと、ついさっきまで車中でかいだラヴェンダーではなく、青りんごのような匂いがしている気がした。いつの間に変化したのか。
「ね、早く脱がせて、文成君。君が裸であたしが服を着たままじゃ、却ってあたしのほうが恥ずかしいわ」
 美樹がやや甘え口調で、文成に服を脱がせるよう促し、後ろを向いた。
 文成はようやく立ち上がり、美樹の背中に近づいた。
 ワンピースを止めているファスナーに指をかけた文成は、引き下ろす前に美樹の首筋に貌を埋めた。彼女が放つ、青りんごのような、爽やかな甘みのある香りを吸い込むと、両腕を彼女の腰に回して抱きしめ、首筋に舌を這わせた。
「あん。だめよ、いたずらしちゃ」
「美樹さんの首筋、青りんごのような良い匂いがする。すっきりと甘酸っぱいから、舐め尽くしたくなる」
「もう。首筋だけで満足しないで。あたしの何もかもを味わって頂戴。さっき、文成君のものを味わったお返しに」
「あれでもう満足したんですか?」
「意地悪ねぇ……。いつの間にそんな意地悪を覚えたのか」
 美樹は苦笑しつつ、文成の掌を両胸にあてがった。
「このおっぱい。思いっきり吸いたいなぁ……」
 文成は美樹の両胸をやわやわと動かしながら、心から切なそうにつぶやいた。
「たくさん吸わせてあげる。だから、お願い。脱がせて。あたしの躯、よーく、見てもらいたいんだ」
 美樹は艶かしい声で文成に促した。青りんごの香りが、幾分強まったような気がした。
 文成は、ごくりと唾を飲んで、ゆっくりと、まるで焦らすように、シャルトルーズ・カラーのワンピースのファスナーを引き下ろした。スムーズに下りたのだが、ずいぶん時間をかけて下ろしたような気がする。
 ワンピースを脱ぎ去って、こちらを向いた美樹を見て、文成は改めて心臓をバウンドさせた。
 目の前に立っていたのは、自分のすべてをさらけ出した、一人の女性だった。そして、真珠のごとく輝いている、美しき女神だった。
 美樹は下着を一切着けていなかった。正確に言えば、先ほどまで白のパンティ一枚を着けていたのだが、それも大量に噴出したリキッドのせいでずぶ濡れになってしまい、脱ぎ去って、文成に放り投げたばかりだった。一糸纏わぬ美樹の乳白色の肢体は、豊饒さを湛えていた。
 文成が舌を這わせた首筋は、無駄な肉が一切なく、それでいて、筋張っていない。鎖骨のラインの美しさは、今までまったく見たことのないものだ。おそらく、これ以上の鎖骨の美しい女性はいないのではと思うほど、強調されている。
 予想外と思ったのは、乳房だった。美しい乳房であろうとはおぼろげに想像していたが、思いの外、豊かだった。少なくとも母より大きい。アイリスに勝るとも劣らないくらいだ。着痩せする性質だったのか。お椀型というよりは、丼型に近い気もするが、今すぐにでもむしゃぶりつきたくなるほどの、美しい乳房だ。
 その美乳を抱える両腕も、適度な太さだが、中身は骨太と思えた。だが柔らかな筋肉と、薄く脂肪が乗っているため、優雅さを醸し出している。指先は繊細というよりは細心さを表しているように見えた。
 鎖骨のラインの美しさに驚いたが、肋骨もそそられるほど浮き出ていた。ウェストのくびれ具合に引き締まった腹筋、そこから急激に大きく膨らむ尻の曲線も見事だった。
 カーブを曲がりきると、ぱんと張り詰めたふとももに目を奪われる。セルライトがまったく無い、引き締まったふとももだ。それでいて、モデルのように細くない、本物のふとももである。そんな美麗なふとももから、しゅっと締まった脛に足首もすばらしかった。
 脚全体で見ると、陸上選手のそれを思い起こさせるが、平野絵理子のようなスプリンターではなく、マラソン選手のようなステイヤータイプの脚に思えた。持久力の優れたタイプだ。
 まさに完璧なプロポーション。これ以上優れたフォルムを持った女性が今後現れるとは思えない。文成は本気でそう思った。
 そしてもっとも文成を魅了して惑わせているのが、今もなお、妖しい匂いを放っている陰阜だった。綺麗にデルタ状に刈り取られたブッシュがつやつやと濡れ光っていた。
美樹が両脚を閉じて立っているため、肝腎の秘奥の扉が見えないが、それだけに余計に文成の性的好奇心を煽り立てる。
「美樹さん。オレ……、感激しすぎて……、言葉が出ないよ」
 文成は手を震わせながら、滑り込ませるように両腕を美樹の脇から入れて回し、抱き寄せた。
「今は言葉なんて必要ないわ、文成君。お互いが調和し融合すること。それ以外に必要なものなんて無いもの」
 潤いの戻ったアルトで美樹は答えた。そして、文成の背中に両腕を回して、包み込むように抱きしめる。ふたりとも麻酔的な快感に酔い始めたか、瞳に恍惚感が漂い始めている。
 何も言わずに唇を重ね、抱きしめる力を強めるふたり。本当に心を穏やかにする甘さが躯全体に広がっていく。文成は魂がむせび泣きそうになる感覚を覚えた。
(おれは……、この女性と、交じり合うんだ……)
 そう決意した瞬間、無意識に躯が動いた。唇を離し、抱擁を解くと、腰を落として右手を美樹のひかがみに回し、左手を背中にあてると、一気に躯を抱き上げた。その動作があまりにも素早く、しかも滞りが無かったため、美樹は小さく悲鳴を上げた。それから、全身を紅潮させながら、両手を文成の首に回した。
「こんなに華奢なのに、どうして力強く感じるのかしら?」
 美樹が不思議だと言いたげにつぶやいた。
「美樹さんがそうさせているんです。今、オレと美樹さんは、ひとつに交じり合おうとしてるんです。交じり合おうとしているものは、何よりも強くなれるんです」
 そう言ってから文成は驚いた。とても自分が言った言葉とは思えなかった。誰かが勝手にしゃべらせた言葉のような気がしたのだ。内なる獣の言葉ではなかった。
 しかもその声が、自分の声とは思えないくらい、重厚で、なおかつ透き通っていた。自分が意識して発するバリトンとはまるで質が違っていた。
「今の声と言葉、すごく響いたわ。心ではなく魂にね。やっぱり君は、何よりも強いものになれるわ」
 美樹が憧憬をこめた眼差しを向けて言うと、文成は面映くなったか、答えずに曖昧に笑った。
 文成は美樹の寝室に向けて歩みを進めた。一歩一歩進むごとに、求める深奥に近づくような気がする。己の躯の奥から情欲の炎が燃え広がっていた。それに呼応するかのように、彼女の躯も燃え盛っている気がしてきた。
 寝室の前に来ると、ドアは閉まっていた。文成は一瞬、蹴り開けようと思ったが、それはあまりにも侮辱的な態度、というより、はっきり侮辱と思ったのでやめた。少し困った眼を女主人(ミストレス)に向けると、彼女はにっこりと笑って左手を伸ばしドアノブをまわした。そしてドアを奥へやると、外見とは裏腹に力強い少年に、中へ入るよう、目配せした。
 明かりの点いていない寝室は、リヴィングと同様に調度が少なかった。だが、部屋の右奥に備え付けられていたベッドが、異様としか思えぬほど大きかった。どう見てもシングルではない。ダブルよりも大きい気がする。キングサイズか?
 よっぽど質問しようかと、喉まで出掛かったが、結局やめた。こんなときに野暮ったいこと極まりない。文成は表情を引き締めると、美樹の躯を少し持ち上げて、ベッドへ歩いていった。右の乳房が、文成の乳首に触れて、微かに淫靡な雰囲気をもたらす。
 ベッドの端に来て美樹を下ろそうと、腰を落とし、背中とひかがみから両手を抜こうとした瞬間、後頚部に強烈な圧力を感じた。美樹が自分に向けて呼び込んだのだ。叫ぶ間もなく、美少年の華奢な躯は、先ほどまで抱きかかえていた優雅な肢体に覆いかぶさった。
 ほんの一瞬だけ意識が飛んでしまったらしい。そう文成が感じたのは、いつの間にか美樹に後頭部を抱えられて、唇を塞がれていたことに気づいてからだった。最初にしたときのように、舌を挿し入れて、口の中を舐りまわしている。快感の虜になっているのだろう、目はとろんとしていて、潤いを湛えている。
 文成はこのまま美樹が生み出す快感に浸りそうになった。柔かく温かい舌が口腔を這い回ることで、美樹のエッセンスに染まりそうな感覚を覚えた。またそれが、やさしく感じられ、彼女に抱かれて甘えたい気持ちになった。
 そのとき、後頭部を抱える掌の力が強まり、美樹の瞳に限りなく近づいた。互いの唇がかなり圧せられた。どうやら美樹は、文成の甘えたい気持ちに気づいたのか、積極的に愛撫することを要求しているようだ。
 心の中で苦笑した文成は、滑らかに自分の舌を挿し込み、美樹の舌を絡めつつ、同じように口内を辿っていった。時折、唾液を注ぎ込んで飲ませようとすると、ごくごくと喉を鳴らして飲み込んでいく。かすかにうなり声を上げながら飲み込むさまは、淫靡さとともに、なんともいえない切なさをもたらした。最初に彼女は、文成のすべてを受け入れると宣言した。そしてそのとおりに実行している。こんなおれを完全に受け入れ、同化しようとしている。堕天使の精神を宿した少年は震えた。心身ともに震えた。
 唇を離して、目の前の美女の瞳を見つめた。その瞳は、まるで年下の少年を慈しむ、姉のようであった。どうしたの、と言いたげに、やさしく見つめ返している。
 文成はゆっくりと細く息を吐いた。その吐息が、愛しい姉の前髪をなでる。不思議そうに見つめる彼女に向けて、決意したかのように言った。
「美樹さん。改めて言います。僕と、深く濃く、交じり合ってください。そして、僕とあなただけでしかたどり着かない世界に、一緒にいってください」
 落ち着いて言ったつもりだったが、緊張していたのか、声が奇妙に低く、まるで獣が唸っているようだった。それでいながら、とても少年の声とは思えない、重厚さがある。
 美樹はにっこりと微笑んで少年の想いに答えた。
「あたくしこそお願いします、文成さん。是非、あたくしと一緒に、誰にもたどり着くことのできない世界に、昇りつめてください」
 まるで誓いを立てるかのように言ったその声は、バロック音楽を想わせる、あまりにも荘厳なアルトだった。おそらく、生まれてから今まで聴いた中で、最も美しいアルトだった。文成は、己が魂を鷲づかみにされ、狂ったように揺さぶられる感覚に捕らわれた。再び全身が震える。そして、背中の皮膚が破れ、中から翼が生えてくるような幻覚を味わった。それは、裡に存在する獣が、歓喜の声を上げたかのようであった。
 文成は何度目かのキスを交わした。しかし今度のは、貪るようにするのではなく、自然とゆったりとした気持ちで味わうものになっていた。そして次は舌を絡めず、貌全体に唇を印していった。
唾を擦(なす)りこむように、首筋に舌を這わせると、鎖骨を丁寧に愛撫した。そして、いよいよ、文成が最も愛する女性の部位、乳房に照準を合わせた。
 豊饒な乳房の下辺からゆっくりと掬い上げるように揉みまわし、時折、ピアノを奏でるかのように強弱をつけながら指で叩く。美樹は喘ぎ、それが官能を高めるためのハーモニーとなる。肌は乳房の谷間から、だんだんと朱に染まり、次第に汗ばんできた。それにつれて、青りんごのようだった美樹の香りは、赤りんごのように甘みを増したものに熟していった。
 文成は淡いピンクサファイアのような乳首を口に含んだ。舌で転がしたり、押したりして味わっているうちに夢中になり、ついに乳首を吸い始めた。
「は、あぁん」
 唐突にやってきた快感に、美樹はよがり、思わず文成の頭を抱えた。まるで、乳児に乳を与えるかのように、愛しげに抱え、乳房を突き出した。文成は吸うというより、搾り出そうとするように、乳首をしゃぶり、吸いたてる。出るはずが無いと、わかっていても、そうせずにはいられなかった。最も愛していたのは妹だが、生まれたときから母に甘えていた。母が死んでからは、叔母の有美子にも甘えた。とうの昔に乳離れしたにもかかわらず、乳房に手をあてがっては、谷間に貌をうずめていた。しかし、それはかなわぬ夢だと、諦めきっていた。
 だが、今そこにあるのは、かなわぬと諦めていた夢だった。美しい年上の女性に甘え、乳房をしゃぶり、乳を飲むことで同化したい。その夢が実現したのだ。歓喜に酔い痴れながら、文成は凶銃を最大限にまで膨張させた。勢いあまって、美樹の下腹部を打ちつけた。
「あぁん、文成さん。右側も吸って。好きなだけ吸って」
 美樹は文成の頚骨を刺激して乳首を離させ、やや強引に右の乳房に移動させて吸わせた。右の乳房をあてがわれた乳飲み子は、乳吸いを再開しながらも、まだ諦めきれないのか、先ほどまで吸っていた左の乳房を揉んで、乳首をこね回した。
 快感の洪水が、美樹をどこまでも押し流していた。数々の男と逢瀬を交わし、肌を合わせては躯を重ねた。自分が愛した男もいれば、自分自身のために利用した男もいた。そうして、性の深淵を熟知したつもりだった。だからこそ、幼さを残した美しき破壊者にそれを教えようと思った。ただそこには、そうすることによって、新たなる境地へ昇華できるという期待があったのも確かだった。
 が、今ここで自分の乳房を味わっている美少年は、期待をはるかかなたに超える霊威の持ち主だった。まだ乳房を貪っているだけなのに、美樹は快感に打ち震えて仰け反り、烈しく首を横に振った。これで秘奥に触れられ、さらに交接されたときにはどうなるものか。想像すればするほど、奔流が彼女を呑み込んでいく。
 ようやく満足したのか、文成は乳首を解放した。美樹は一瞬、物足りなさを感じたが、これ以上吸われては、本当に昇天してしまいそうになると思い、ほっとした気持ちになった。
 そのまま陰阜へ降りるかと思ったが、なんと文成はそのまま横に回り、美樹の腋を味わいだした。不意打ちを食った美樹はさらに身悶えた。
 この後文成は、丁寧にも左腋も弄り、薄く透けた肋、優美な腰をたどって、右ふとももに舌を這わせた。そして両手で右脚を持ち上げて、満遍なく脛に唾を染み込ませ、そして、先ほど美樹が自分にしたように、足を貪った。
「あぁん、だめ。そんなことをしたら」
「だめって、さっきおれの足を嘗め尽くしたのは、誰? それにこんなに馨しい香りを楽しまない手は無いでしょ」
「いやん、言わないで」
 いやいやするように躯をよじる美樹をよそに、文成は足の指の股をもしゃぶりつくした。自分の足を食べつくした美樹がいい匂いだと言っていたが、やはり、美女の香りには勝てない気がした。左足も忘れずに味わう。
 目指すべき秘奥に近づいたところで、まだ両腕を味わっていないことに気づいたが、それは実際に交合してからでもいいだろうと思い直し、いよいよ文成は美樹の秘奥に貌を寄せた。
「見せてください、美樹さん。ふたりでしかたどり着けない世界への扉を」
 文成は妙に暗喩的に言った。
「ふふっ。よぉく、見なさい。自分で言うのもなんだけど、あたしの自慢のパーツ、目に焼き付けて」
 そういって、美樹はゆっくりと大腿を広げていった。
 美樹がまるで新体操の選手のように両脚を大きく広げて、秘奥をさらした途端、文成はそこにかぶりついた。
 女性器を見るのは、まったくの初めてである。そんな文成でも、彼女の陰部の美しさは理解できた。というより、女性器、ということを別にしても、美しいオブジェだと思った。黒ずんだところが一切無い、まばゆいばかりのローズピンクだった。それでいて、無垢な少女のような未熟さは全然感じられない。まさに、本物の女性が持つ美しさである。文成は何度も唾を飲み込んで、喉を鳴らした。
「高ぶっているわね、文成さん。さあ、女性の秘密、しっかりと見て頂戴」
 余裕を取り戻した、というか、優位を取り戻したのか。美樹は、弾ませていた呼吸を整え、右手の人差し指と中指で、自らの秘部を左右に押し広げた。
 文成はまじまじと見つめ、そして誘い込まれるかのように、秘唇に貌をうずめた。そして、思いのままに匂いを吸い込んだ。甘く熟したりんごを想わせる匂いだ。市場に出回っている、甘いだけのりんごの匂いではなく、気品のある甘さを感じさせる匂いだ。甘ったるいのは良くない、ほんのりと甘いくらいが心を安らかにすると言った、美樹の知性が含まれている気がした。
 文成は下から美樹の腰を抱え込んで、美しき造形に口づけた。おずおずとしながらも舌を這わせ、そして挿しいれる。中はまたも湿潤にあふれており、シロップがとめどなく口の中に入ってきた。文成は一滴もこぼすまいと、熱心に飲み込んでいく。
 口いっぱいに広がる甘さにうっとりとしてしまった。今まで飲んできたどんな甘いドリンクよりもそれは甘く、そして癒された。体内に入ったシロップは、一度安らぎを与え、リフレッシュさせる。そのあと、全細胞を賦活させて活力を呼び起こす。美樹の秘液には、そんな魔力があるように思えた。
 その考えが正しいことを、皮肉にも文成の愛銃が証明した。最大係数に膨張し、かつ硬化しきって、細く割れた銃口からは透明なグリースがつつーっと流れていた。
「あぁ、あたし、もうだめ。文成さんの、頂戴」
 たまらない気持で、美樹がみだらに言った。そんなみだらさが魅力をさらに増していることに、文成は不思議な感慨を覚えた。
(みだらと言うより、自分のすべてをさらけ出しているからかなぁ……)
 文成はそんなことを考えながら、反転して自分の下半身を美樹に差し出した。
 横向きになったふたりは、その形で互いの器官を、情欲の求めるがままに味わった。美樹は首を回しながら上下に動かして刺激し、文成は秘奥の上にある尖った真珠を舐めながら、秘奥を二本の指でかき回した。貪りあいながらふたりは、躯が異常に熱くなっていることを意識した。まるで炎に包まれているかのような、そんな錯覚さえ覚えた。
 高めるだけ高めきったのだろう。これ以上続けると、また結合する前に絶頂に至りそうだ。どちらからともなく口を離す。そして、文成が再び美樹と向かい合った。瞳を見つめあうだけで、互いを理解した気持ちになった。いよいよそのときが来た。
 文成は美樹の腰を引き寄せると、右手でおのれの7インチ銃を持ちながら、秘口にあてがった。心拍はゆっくりと活動しているが、一回の収縮膨張が烈しい。まるでいつもの倍の血液を送り込んでいるようだ。
 そんな奇妙な感覚を抱えながらも、文成は奮い立つ愛銃を挿し入れていった。銃口が入った途端、今までに無い、強烈な締め付けを感じた。痛みに近い締め付けに少し貌を歪めた。仰向けになっている美樹が心配そうな表情を示すと、文成は大丈夫だと言いたげに、微笑んだ。それでも表情に硬さが残っている。
 細く長く息を吐いて腹部に吸気すると、もう一度挿し込んだ。今度は滑らかに入りきった。根元まで深々と入った途端、銃身全体に締め付けと潤み、そして熱気が絡みついた。その感覚はさらに、腰部を覆い、順々に全身を包み込んでいった。まるで美樹が全身全霊で文成のすべてを包み込むような感触だ。
 そして文成は、再び脳裏にピアノの音が流れているのを知った。美樹に口唇奉仕を受けながら彼女の髪を撫でていたときに聴いたピアノソング。ゆったりとしたその曲は、今はっきりと聞こえている。知らず知らずのうちに、そのピアノに合わせて、文成はゆっくりと腰を動かしていた。スローでありながらもリズミカルに、決して単調にならないように、躯が勝手に動いていた。
 イントロが終わると、子供のころに聴いた、センシュアルなハイトーンの女声が流れてきた。この瞬間、文成は心の中で叫んだ。
(ケイト・ブッシュだ! ケイト・ブッシュの‘FEEL IT’)
 ケイト・ブッシュのデヴュー・アルバム、“THE KICK INSIDE”に収録されていた、セックスの快楽をテーマにしたピアノソング、‘FEEL IT’だった。初めて聴いたのは、確か小学校二年くらいだっただろうか。あの頃は、毎週土曜日の夕方から夜にかけて、自分の家族と遥の家族でミニパーティーを開いていた。週ごとに互いの家で、毎回趣向を凝らして楽しんでいた。
 あるとき、遥の家でパーティーを開いたときだった。宴もたけなわになったところで、父、が遥の母、奈穂美にピアノソングを一曲リクエストしたと、記憶している。最初は遠慮した奈穂美も、母や雪彦に煽られて、不承不承ながらも弾いたのだった。それが、‘FEEL IT’だった。
 奈穂美が、「After party……」と歌いはじめた途端、まだ幼い文成の心臓は瞬時にシェイクされた。この当時、奈穂美は28歳だったが、とてもそうとは思えない、少女のようなハイトーンだった。同年齢の女性がハイトーンで歌ったとしても、大人としての落ち着きや、自分なりの表現、解釈がすぐに感じ取られるものだが、このときの奈穂美は、まさに19歳のときのケイトを見事に表現しきっていた。
 だが文成が驚いたのは、そういうことではない。自分の母、倫子よりも1歳年上で、普段は低音程の、Bのキーで話している奈穂美が、まるで妖精のような高い声で、情感を籠めて歌う様に呆然となってしまった。
 コーラス部分に掛かると、さらに奈穂美のヴォーカルは色艶の濃いものとなった。そのときの奈穂美の表情はあまりにもうっとりしたものであり、文成は色っぽさを通り越して怖さすら感じてしまった。そして今も心に引っかかっていたのは、時折、奈穂美が文成に秋波(ながしめ)を送っていたことである。なぜ子供の自分に秋波を送っていたのか。長く心に残った疑問だが、文成におばさんと呼ばせず、奈穂美さんと呼ばせるところに、何かがあるのかもしれなかった。
 あまりにも心を奪われていたせいか、演奏が終わってしばらくたっても微動だにしなかった。遥が頬をつねりあげてようやく現実に引き戻したのだった。それでみんなが大笑いしていたことも記憶に残っている。
 今、文成は美樹と繋がりながら、頭の中でセンシュアルな曲を流し、そして非常に落ち着いた気持ちで交わっていることを、奇妙な現象だと感じていた。性交に飢えたガキのように、貪らんばかりに激しく突き上げるのではなく、ゆっくりと徐々に炎を燃やして昇華しようとして、それが叶うことに驚いていた。快感は確かに全身に広がっている。そして美樹も、自分が選んだ男と交じり合うことに、今までに無い喜悦を得ている。それを見ると、もっと快楽を味わおうとして性急になりそうになるのだが、自分の中の、獣ではない何かが、その必要は無いと訴えて、ペースを上げさせなかった。
 文成の下で美樹は躯を波打たせ、頭を振り、時には仰け反らせながら、甲高くよがっていた。そんな彼女を見ながら、あのときの歌を脳裏に蘇えらせていると、まるで美樹が躯と心で、「Feel it my love……」と、歌っている様な気がしてきた。無性に切なくなり、どうにもならなくなってきた。
 文成は美樹に覆いかぶさり、加減なく抱きしめた。彼女を包み込むというよりは、しがみつくような抱きしめ方だった。
「あぁ、文成さん……、もうちょっとだけ力を緩めて……。からだ中の骨が折れそう」
 美樹が苦しそうに訴えたので、文成はあわてて抱擁を解いた。
「ごめん、美樹さん。なんか、美樹さんを見てると、すごく胸が一杯になって、どうしようもなくなって……」
 そういって謝る文成の躯は、すっかり朱に染まっていて、放熱のため、全身汗まみれになっていた。汗はぽたぽたと露のように、乳房の谷間に滴り落ちていった。
「本当にあなたは加減を知らないのね。でも、良いわ。それがあなただということが良くわかったから。さぁ、あなたのすべてを、あたしに注ぎ込んで」
 美樹が微笑みながら両腕を差し出すと、再び文成は折り重なった。
 互いに抱きしめあうと、唇を重ね、舌を交わした。さらにうねうねと躯を絡め合わせる。ふたりとも、多量の汗を掻いているため、重ねている躯が滑るような感触を覚えたが、それがさらに情熱を高めあげていった。
 文成は脳内BGMに合わせて、ゆっくりと腰を回した。誰に教わったわけでもないのに、絶妙な円運動を繰り出す恋人に、美樹ははしたない声をあげ続ける。
 やがて文成は、一度貪るように味わったはずの、大振りなメロンを想わせる、豊かな乳房に吸い付いた。吸い付きながら下から両掌で、柔らかくも弾力のある果実を掬い上げるように揉みしだく。それから乳房で貌を挟みながら谷間に埋めると、美樹が上から押さえ込むように抱えた。
 密着感を味わうように円運動を続けていた下腹部は、やがて前後に繰り出していった。心なしかテンポとピッチが上がっているのは、いよいよ絶頂が近づいてきていることの徴だろう。それでも穏やかな気持ちでいられることに、文成は心の中で驚いていた。
 美樹も絶頂が近いことを感じているのか、両脚を跳ね上げて、文成の腰に挟みつけた。さらに首にも手を回すと、密着感がさらに強まった。麗しく妖美な躯に包み込まれて、自分の躯が溶けて取り込まれるような幻想にとらわれる。それでも交じり合おうという想いは治まるどころか、かえって勢いを強めてゆく。情愛という名の奔流が文成を押し流そうとしているようだった。
 そして、性的に無垢だった美少年は、躯の核(コア)に、エネルギーが集中しているような音を聞いた。無意識が作り上げたイメージが音と化したのだろうか。音はだんだんと高まり、気のせいとは思えないくらい、はっきりと脳に響いていた。同時に弾倉が滾るように熱くなった。
「あぁ、美樹さん……、オレ、もう……、いきそうだ」
 生まれてはじめて経験する感覚に貌を歪めて、途切れ途切れに訴えながらも、トップスピードで突き上げていった。
「あたしも、もうだめ……。いっちゃう。一緒にいって、文成さん。とけあって」
 美樹はまるでケイト・ブッシュのように強烈なハイトーンで叫んだ。
 その瞬間、文成は意識がゆっくりと拡散していく感覚を覚えた。コアにたまっているエネルギーは爆発寸前まで来ているのに、妙なところで意識が、すうっと霧のごとく広がっていくような気持ちになっていた。今ここにあるものすべてに、現実感が無くなっているような気がしてきた。
(なんなんだ? 急に音が消えて静かになったようなこの雰囲気は? さっきまで躯の中にエネルギーが凝集しているような感覚があったのに。何がどうなっているんだ?)
 刹那、ヴィジョンに映ったのは、白く爆ぜた光景だった。そして文成は完全に意識が吹き飛んだ。吹き飛ぶ直前、エネルギーが爆発したような音と、絶頂感に流された美樹の甲高い声が、一瞬だが脳に谺した。

 文成は夢を見ていた。かなり奇妙な夢だった。断片的で話のつながりが見えてこないが、最も印象に残っていたのは、恐ろしく巨大な門の前で、暴れまわっている自分がいたことだった。なぜ暴れまわっているのだろう。しかも、自分ひとりだけではない。数千もの、自分の仲間と思しきものたちも、巨大な門の前で門番のような者たちと激しく競り合っていた。決して異形ではない彼らは、どうやら、この門を破壊しようとしているようだ。何のために?
 そんな疑問を持った途端、夢の中の自分が、早くしろ、あいつらに捕まるぞ、と叫んでいるのを聞いて、なんとなく理解できた。自分たちは脱走をして、この大門の先にある世界へ逃げようとしているのだと。なぜそんなことをするのか。この世界はやたらと光り輝いている。なのになぜその世界から逃げようとするのか。そんな彼らは何者なのか。
 次々と疑問が浮かぶけれど、スクリーンの中の彼らが、観客である文成に答えるわけは無かった。彼らは扉を破ることに成功し、扉の向こう側に踏み出した。その瞬間、青黒い闇が一面に広がった。脱走者のリーダーである自分が雄たけびを上げた瞬間、その雄たけびに、夢を見ていた自分が驚き、意識を取り戻すことになった。
「ずいぶん、意識が飛んでいたのね。というか、あたしみたいに、いっちゃったのね」
 目を覚ますと、傍らで横になっている美樹が、まるで夜の獣のように眼をらんらんと輝かせて、ささやくように語り掛けてきた。美樹が夜の獣のように思えたのも道理で、部屋がすっかり暗くなっていた。美樹の部屋に入ったときは、まだ午後3時くらいだった。それがいまやすっかり夜の帳が下りている。
「今、何時かな? ずいぶん暗いけど……」
 文成が躯を起こして、時計を探すように辺りを見回すと、美樹が優しく答えた。
「今、ちょうど11時だわ。あたしも今、目が覚めたところだけど、6時間もホワイトアウトするなんて、初めてよ」
「ホワイトアウトって……、じゃ、美樹さんも真っ白になって意識が飛んだんだ」
「そうなの。何かエネルギーの塊がとてつもなく大きくなって、最後は白く弾け飛んだ感じだったわ。意識がなくなる前に、文成さんがあたしの胎(なか)に、いっぱい出したのはわかったわ。というよりか、文成さんが勢い良く注ぎ込んだから、いっちゃったと思うの。絶頂、なんてもんじゃないわね。ここまでいったら、もう破壊だわ。破壊の果ての浄化なのかしら。今、とても清々しいわ」
「オレも同じことを感じてました。自分の中の、核(コア)と言うのかな、そこにエネルギーが集中して、風船みたいに膨らんで爆発したと思ったら、意識が無くなりました。男女の交わりに神髄を知ると、気絶するんですね」
 文成がまじめな貌で言うと、傍らの美女は半身を起こして微笑み、優美で繊細な躯を持った恋人を抱きしめて、艶めいた眼差しを向けた。
「今、あたしたちは身も心も交じり合ったのよ。ひとつになったから、同じ奇跡を得られた。それが欲しくて、ずっと世界を周りながら理想の男性を求めていたけど、得られたのは一時の快感だけ。しばらくしたら消えてしまうから、決してあたしのものには、ならないのよ。でも、とうとう消えることのない、永遠のものを手に入れたわ。やっぱりあなたは、あたしが思っていたとおり……、ううん、それ以上だわ。それ以上の存在なのよ。文成さん、生まれてきてくれてありがとう。あなたと出会うために、あたしはこの世界に生まれてきたんだと、今はっきり言えるわ」
「美樹さん……」
 そう言うのが精一杯だった。女主人の漲る情念に文成はただただ圧倒されるばかりであった。胸がつまり、奥底から何かがこみ上げてくる。そのおかげで、わけもわからず叫びたくなってきた。それでも涙が出ないのは、あのときに本当に枯れてしまったからなのだろうか。
 しばらく見つめ合ったままでいた。それだけで十分な気がしてきた。言葉なんて要らない。何も言わなくてもお互いのことがわかる。なぜなら、ふたりは完全に溶け合うことができたからだ。お互いのすべてを受け入れて交じり合った。これから先、二人で戦いを始めることになるだろう。幾度か離れることはあっても、戦友であり続けることに変わりは無い。ふたりはそれを確信した。
 だからなのだろう。このあと、文成と美樹はもう一度交わることなく、連れ立ってバスルームに入った。シャワーを浴びながら互いの躯を洗いあうことはあっても、それ以上の行為には発展させず、十分程度で切り上げた。
「ねぇ、文成君。何か飲みたいものはある? グレープフルーツジュースがあるけど」
 先ほどまで褥で“文成さん”と呼んで乱れていた美樹が、もう文成君に呼び方を戻していた。
「それも良いけど、今は水が欲しいな。ビアマグ一杯分、おねがいします」
 文成は馴れ馴れしくはしないものの、柔らかみのあるしゃべり方になっていた。
「ビアマグって、そんなに飲めるの?」
 苦笑しながら尋ねる美女に対し。
「さっきまで何リットル分かの水分が躯から出て行ったからね。しっかり補給しないと、干からびそうだ」
「もう、いやあねぇ」
 美樹は恥ずかしさを紛らわせるかのように声を上げた。バスローブを羽織ると、すぐさまキッチンへ消えた。
 文成も美樹に倣ってバスローブを羽織ると、再びリヴィングに入って、ソファに座った。どうにもこのソファは座り心地が良くて、ずっと躯を沈めていたくなる。
 しばらく茫然としているところへ、美樹が水の入ったピッチャーとタンブラー二本を載せたプレートを持って戻ってきた。よく見ると、プレートの下に、ファイルを一冊持っていた。瞬間的に文成は緊張を走らせた。
「急に目つきが鋭くなったわね。あたしの貌に何かついてる?」
 そんな軽口を言いながら、美樹はタンブラーに水を注ぎ、文成に差し出した。
「そのファイル、例の資料ですよね、支局長。そして顧客名簿と株主名簿」
 そう尋ねてから、差し出された水を一気に飲み干した。飲みきった後、大きく一息をつく。
「そのとおりよ。これから君が、絶望の底へ叩き落してもらう人間たちのリストよ。結構、興味深いわよ」
「思うに、支局長。なぜ、清名銀行を廃業に追い込むのです? 面白いし、やり甲斐はあるけど。組織がやらなければならない理由とは?」
「これを見て頂戴」
 そういって美樹が示したファイルに、文成は目を通した。
「清名銀行は、表向きは愛知を中心に岐阜、三重と支店を展開している地方銀行だけれど、実はチャイニーズ・マフィア向けに隠し口座を数多く開設しているのよ」
「じゃ、何? 清名銀行というのは、チャイニーズ・マフィアの金を集めてそれを運用しているわけ? それに、ここにある株主や顧客が協力していると」
「90年代から始まった、日本経済の暗黒時代を乗り切ることができたのも、早くから中国に投資していたからなのよ。それと、これはまだ確証を得たわけではないから、はっきり言えないけど、清名銀行に、中国政府の指導部の人間がかなり関わっているらしいわ。マフィアと結託している可能性もあるわね」
「ということは、中国がらみの利権で私服を肥やしている奴らと、日本の金を堂々と自分の懐に流し込んでいる奴らを仲介しているのが、この清名銀行だと言う事ですか?」
「十中八九、そう考えていいと思うわ。組織としては、ここを叩き潰すことによって、自分たちの勢力を広げる以上に、中国勢力を挫く狙いがあるのよ。どの道、一番先に潰したい国だから、中華人民帝国というのは」
 最後に美樹が揶揄したのを聞いて、文成は噴き出した。
「中華人民帝国って……、美樹さん、センス高すぎる……」
 苦笑いしながら、次々とファイルをめくっていったが、その動きが、ぴたりと止まった。
「どうしたの? 何か面白いものを見つけた?」
 美樹はタンブラーの水を一口飲んでから、小首をかしげて訊いた。何を見つけたか、わかっているにもかかわらず。
「美樹さん、ここに書いているのが、清名銀行の顧客で、株主かい?」
 文成は声を重くして尋ねた。見る見るうちに、眦は吊り上っていく。
「そうよ。それが人の金を掠め取って肥え太っている畜肉業者、といったとこかしら」
 文成と交じり合ったせいか、それともこれが地なのか。美樹はやたらと皮肉を飛ばし始めた。
「ふざけてるねぇ……。ふざけてる」
 声音だけを聞けば、心が籠もっていない声だと思えるだろう。だが、吊り上った眦はそのままだった。いや、余計につりあがったようにも見える。さらに、口元を見ると、口角も眦同様に吊り上っていた。しかも、歯を剥き出しにしている。それはまるで、これから獲物を屠らんとする、獣のようだった。
 文成は、再びコアに炎が点ったことを感じた。そして、それが一気に広がったことも。暴戻と言うべき破滅の炎が、世界を燃やし、空を燃やし、そして神をも燃やせと、突き上げていた。すべてを焼き尽くして、自分が望む世界を創りあげる。闇の中からそんな咆哮が聞こえた気がした。
 文成は残虐な笑顔を形作って、この後引き起こす破滅行為に想いを馳せた。そして同時に、「狂える白鳥の歌」を、脳の中で暴虐にアレンジして鳴らし続けた。裡に潜む異形な存在が、再び同化することを求めて。


第一巻 終了


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