Over The Trial
その3
しばらくして、ある程度室温が下がったところで、太助は窓を閉め、リビングを片付け始めた。と、そこで呼び鈴が鳴った。
「はーい」
ドアを開けるとそこにいたのは翔子だ。
「なんだ、山野辺か」
「なんだはないだろ…って、なんだよ、この暑さは。それにその手に持ってるもの…」
「ああ、これ…」
翔子が驚くのも無理はない。室温が下がったとはいえ、外に比べるとまだ暑かったし、太助が持っていたのはストーブだったからだ。
「がまん大会でもやってたのか?」
「それに近いかもしれない…」
太助は力なく言った。
「まあ、いいや。それより、シャオ、いる?」
「いや、シャオなら夕飯の買い物に…」
そう言いかけたとき、シャオが戻ってきた。
「太助様、ただいま戻りました。…あ、翔子さん、こんにちは」
「よっ、シャオ」
「お帰り、シャオ。でもずいぶん遅かったな」
「すいません。いつものスーパーが特売で込んでた上に、材料が足りなくて、別の店にも寄ってましたから」
「いや、別にいいよ。むしろ遅くなってくれてよかったというか…とにかく中に入ろう」
「???」
そう言って中に入る太助を翔子とシャオは、疑問符たっぷりの顔で見つめた。
「太助様、何かあったんでしょうか?」
「さあ、あたしにもわかんないんだ」
「とりあえず、中に入りましょうか」
「そうだな」
そう言ってシャオと翔子も続いた。
「翔子さん、よろしければ、夕飯、食べていってください」
「え? でも、材料足りないんじゃないのか?」
「今日は那奈さんがお友達の家に行ってて、帰られないそうなので、大丈夫です」
「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えようかな。シャオ、今日は何作るんだ?」
「今日は麻婆茄子にしようと思います」
「そうか。シャオの作る料理は何でもうまいからな」
「そんな…」
シャオは顔を赤らめながらそそくさとキッチンに入っていった。
それを見て翔子は横にいる太助をひじで小突いた。
「おい、何ボーッとしてんだよ。今のセリフは七梨が言うべきもんだろうが」
「いや、でも、そんな恥ずかしいこと…」
「だーっ、もどかしい。告白したときのあの勇気はどこいったんだ?」
「ばっ、それは言うなよ」
太助と翔子がこんなやりとりを繰りひろげている頃、キッチンでは…
「うん、いい感じにできたわ」
麻婆茄子を完成させたシャオがその味をかみしめていると…
「シャオ殿、何か手伝うことはないか?」
「あ、キリュウさん。もうできてますから、キリュウさんは座って待っていただいて結構ですよ」
「いや、でも、麻婆茄子を分けて運ぶぐらいは…」
「いいですって。じゃあ私は食器を並べてきますね」
「仕方がない…」
食卓には麻婆茄子が湯気をあげて並んでいた。
「おっ、おいしそう」
「ホント。ねえ、早く食べましょうよ。あたしおなかペコペコ」
そう言ったのはやっと職員会議から開放されたルーアンだ。
「そうだな」
「おかわりありますから、たくさん食べてくださいね」
「いっただきま〜す」
…と皆が口に入れた瞬間。
「か、辛い…」
「み、水…」
と、口々に辛さを訴えたのだ。
「あら、みんなどうしたの?」
平気そうなのはルーアンだけである。
「ルーアン、辛くないのか?」
「確かに少ーし辛いけど、あたしは平気よ」
「やっぱり…」
相当な辛党のルーアンが辛いと思うのだから、普通の人には耐えられない辛さのはずだ。
「シャオ、いったいどうしたんだ?」
太助は舌がしびれそうな感覚を覚えながらも、シャオに聞いた。
「おかしいですね。こんな辛いはずはないんですが…」
そう言ってシャオはキッチンに行った。
「太助様、大変です!」
シャオが慌てて駆け出してきた。
「これを見てください」
そう言ってシャオが差し出したのは豆板醤のビンだ。中身は空っぽになっている。
「それは確か、この前買ったばかりじゃなかったっけ?」
「シャオリン、あんたまさか全部入れちゃったの?」
「そんなことないです。確かに少し入れましたけど、まだだいぶ中身がありましたし、きちんと冷蔵庫に戻しておきました」
「じゃあ誰が…」
そう言いかけて太助はキリュウがいなくなっていることに気づいた。
「あれ、キリュウは?」
「キリュウなら、飛び上がらんばかりの勢いで部屋を出て行ったわよ」
(まさか、これもキリュウが…)
立て続けに被害を受けた太助は、力なくその場にへたり込むのだった。
「さて、これからどうなるかな…」
そう言ったフェイのつぶやきは、誰の耳にも入らなかった。