Over The Trial
その2
明くる日。夏休みということもあって普段はゆっくりしていられるのだが、今日ばっかりはそうもいかなかった。なぜなら今日は登校日だからだ。
「まったく…どうして夏休みなのに学校行かなきゃならないんだろう」
「ホントよね〜」
「…ってルーアンは夏休み中でも行くのが当たり前だろう。先生なんだから」
「え〜、不公平よ。たー様もシャオリンもいずピーだって休みなのに」
出雲は休みというよりは、夏休みの間、購買部を開けていても仕方がないからというのが大きい。
「全然わかってないな…ってあれ、那奈姉は?」
これだけ騒いでいれば、普段なら必ず起きてくるはずなのだが今日は声一つしない。
「那奈さんなら、早くに出かけられましたよ」
「へえ、珍しいな」
といっても普段どう過ごしているかあまり知らないのだが…
「それより早く行かないと…」
そう言ったシャオの言葉で時計を見る太助。すでに8時25分を過ぎている。
「げっ、遅刻する! シャオ、走るぞ!」
そう言うが早いか、シャオの手をとって慌てて家を出る太助。
「あん、たー様。置いてかないでよ」
ルーアンも慌てて後を追う。
「…相変わらずだね」
そう言ったのは一部始終を見ていたフェイだ。ついでに言うとキリュウはあれから部屋に入ったままだ。
「こっちも相変わらずだね」
キリュウの部屋の方を見て小さくつぶやくフェイだった。
登校日といっても普段どおり授業をするわけでもないので、みんな終始だれた態度だった。それは先生の方も同じだったらしく、できるだけ早く終わらせようというのがありありとわかった。(特にルーアンは何もせず教卓の上でへばっていた)
午前中ですべての予定が終わり、生徒たちは三々五々帰っていった。もちろん太助も例外ではなかった。シャオは夕飯の買い物、ルーアンは職員会議でそれぞれ行ってしまったので、一人で帰ることになったのだ。
太助の足取りは重かった。それもそのはず、その日はここ数年でも珍しいくらい気温が上がったのだ。
「暑い…」
走れば、家に着くのは早くなるが、その分余計暑くなる。かといってゆっくり歩いていてもやっぱり暑いのだ。
「こんな日はクーラーのきいた部屋の中で、冷たいものでも飲みたいなあ。ってこんなこと言ってたらキリュウに『修行が足りぬようだな、主殿』とか言って試練かまされるんだろうけど。そういえば結局キリュウ、部屋から出てこなかったな」
そんなことを言っているうちに家が見えてきた。…と、急に誰かが家から飛び出してきた。
「フェイじゃないか。どうしたんだ?」
飛び出してきたフェイの顔は真っ赤だ。
「家の中が急に暑くなって、耐えられなくなったんだ」
「…ヘ?」
太助はにわかには信じられなかった。外はこれだけ暑いのに。
「今、涼しいか?」
「家の中に比べるとね」
フェイは平然とそう答えた。
とりあえず家の中に入ることにする。と、ドアを開けたとたん顔をさす熱気が襲ってきた。どう考えても40度くらいはある。
「いったいどうなってるんだ?」
リビングの扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。エアコンからは熱風が吹き出ており、誰が引っ張り出したのか、ストーブやヒーターがフル稼働していた。そしてその中心には、一瞬誰かわからないほど着膨れしたキリュウが、湯気の出ている飲み物を飲んでいた。顔はフェイ以上に真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「キリュウ!」
太助は急いで窓を開け、エアコンを冷房に変え、ヒーターやストーブのスイッチを切った。
「キリュウ、どうしたんだ? これは何なんだ?」
キリュウはそれには答えずに、
「これではまだダメだ…」
そう言って自分の部屋へ戻っていった。一人残された太助は、
「いったいなんだったんだ…」
そうつぶやくしかなかった。今まで苦痛でしかなかった外からの風が心地よかった。