改善と変革



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 ハンドラップ技法の転換、その到達点

              特に、砥石目立ての技能のアラカルト

細目次 遊離砥粒ラップ/湿式の技法:その成り立ちのゥ条件

ダイヤモンド砥粒の利用

固定砥粒ラップ/乾式の技法

二つの技法の相互関係

技法の改善を

付記:ラップ工具の成型について




遊離砥粒ラップ/湿式の技法:その成り立ちのゥ条件

 ハンドラップ技法については、大きく、「遊離砥粒ラップ/湿式」の技法と「固定砥粒ラップ/乾式」の技法に分別される。作業者の身体動作は両者で全く同様であって、従って、両技法の違いというのはそれぞれの道具立ての違いがもたらすものである。そのため、本サイトでの他のページでそれぞれの道具立てについて詳細に説明をしたのであったのだが、本項では、更にもう一歩踏み込んで、原理的なレベルでの考察を踏まえて、将来的な「あるべきラップ技法」を考究していこうと思う。 

 ラップ技法では、@ラップ工具、Aラップ砥粒、Bラップ油、の3要素で構成されるのだが、実際には、ラップ加工の対象となるべきC被ラップ加工のワーク材質、が併せて留意されるべき要素になることを等閑にしてはならない。どのような材料材質に対しても同一の道具立てでラップ加工が可能となるという想定・見込みは成り立ち得ないと考えるべきである。
 ここでは、ハサミゲージ製作技法としてのハンドラップ技法という部門に基づく立論であるから、かなり限定された分野での考察であることを、先ず、確認しておきたい。

 @ラップ工具の点であるが、伝承的に「鋳物製」が採用されてきている。
 何故に「鋳物製」かと言えば、鋳物の表面を平滑に仕立て上げた場合、その表面に微細な「穴」が生成されて、その「穴」にラップ砥粒が補足されて砥粒のラップ力が発揮されるという原理なのだが、この「ラップ工具表面での砥粒保持力」という点がラップ工具として採用されるべき鋳物の最大の利点なのである。
 もっとも、ラップ加工の実際では、ラップ加工に際しては、ワーク表面とラップ工具表面との間にはラップ油膜層の「厚み」が介在していて、その「厚み」で、遊離砥粒が入れ替えられていき、新鮮な(魔損していない)砥粒が補給されていくわけだから、遊離砥粒ラップ/湿式の技法の特質というものは、ラップ工具表面での砥粒保持力と、ラップ砥粒の入れ替えを可能とすることでラップ力が持続されるという点に存していることが分かる。
 ラップ工具表面の「穴」にラップ砥粒が補足されるということは、ラップ工具表面とワーク表面との間では、ラップ砥粒はラップ工具表面では抵抗を受けて砥粒は固定しようとし、ワーク表面においては砥粒の切り刃がワーク表面に切り込んで研磨する。単純に、ラップ工具表面とワーク表面との間で、ラップ砥粒がコロコロと転動してラップ加工が行われるというのではなく、もしも仮にこのような見方が正しいとするならば、ワーク表面とラップ工具表面は均等にラップされていくはずなのだが、実際には、ワーク表面はラップされていくのに対して、ラップ工具表面が同様にラップされていくということはない。ラップ工具表面には既に前以てラップ砥粒が固定されているから、ラップ作業に際しては、浮遊砥粒とラップ工具面状の砥粒とが「共摺り」になって研磨できなくなっている。こういう事情のために、ワーク表面に比して、ラップ工具表面の損耗というものは僅少となる。但し、ラップ工具表面が絶対的に損耗しないという訳ではない。

 ラップ工具表面の「穴」の大きさを考えると、#3000前後のラップ砥粒に対して比較的有効であることが(経験的に)分かる。「比較的」というのは、#3000に満たない粒度の砥粒を使う場合、鋳物製ラップ工具表面に「穴」に嵌り込まずに、「穴」を含めたラップ工具表面の凹凸に抵抗を受けて、ラップ工具の動作にラップ砥粒の動きが追随できずに、その「遅行性」がワーク表面に対する加工力を生み出す。逆に、#3000よりもいっそう微細な粒度の砥粒を使う場合、砥粒の切り刃の先がラップ工具表面以下に潜り込んで埋まり込んでしまってラップ作用が発揮できず、ラップ工具表面とワーク表面が直接に接触して摺り合わせてしまうため、加工力が発揮されない。鋳物製ラップ工具の活用可能な砥粒粒度の限界はおおむね#4000程度と判断出来る。

 #3000以上に細密な粒度のラップ砥粒を採用しての作業を可能とする場合、鋳物製ラップ工具を抛棄して、別な素材でのラップ工具を考案しなければならない。
 その場合のラップ工具に適宜な材質候補のための条件というのは、当該粒度のラップ砥粒を保持できる「穴」あるいは「凹凸」を生成でき得るものということになる。
 
 その一つの実現例が人白砥石である。
 人白砥石という場合、本来が微細なWA粒子を焼結させたものであって、砥石全体が均等・均一なものであり、目的用途に対応した成型が容易であり、価格的に安価であり、購入しやすいというメリットがある。同様の理屈に基づけば、超硬やセラミックの板材からラップ工具が作れるのではないかという連想を生むが、人白砥石を活用したラップ工具で#30000程度の粒度のラップ砥粒が活用できることが分かっているから、わざわざ製作に困難な素材を選択する必要は無いと思われる。
 人白砥石製ラップ工具というものは、その表面の性状(「穴」もしくは「凹凸」)を適切妥当に生成できるという点が眼目なのであって、砥石としての研磨力を活用するわけではない。その意味では、人白砥石でなければならないという積極的な理由が存するわけではなく、緻密な結晶構造を持つ石材であっても良いし、それが禁じられる理由もない。

 ラップ工具として人白砥石を使う場合、あるいは、人白砥石に限られずにラップ工具全般でのラップ工具を構想する場合、その表面仕立てをどうするかがテーマになる。表面を磨き上げれば、必要な「穴」ないし「凹凸」が生成できないから、ラップ工具としては不適なものとなるし、仕立て上げがラプであれば微細なラップ砥粒がその本来のラップ能力が発揮されない。この点で人白砥石の採用が有利になるというのは、人白砥石が砥石である限りは、その「目立て」の方法によってかなり自由にその表面性状を決定できるからである。

 次に、Aラップ砥粒、の問題を採り上げる。

 伝承的に、焼き入れたSK工具鋼に対するラップ加工という場合、ラップ砥粒として採用されてきたのはWA砥粒である。WA砥粒は、形状的に切り刃が鋭角的に立っていてワーク表面に対する切り込みが鋭い。
 ラップ砥粒としては、A、WA、GC、cBN、ダイヤモンドといった種類が市販されているのだが、焼き入れをしたSK工具鋼に対してはWAを使うのが一般的である。但し、ハンドラップ技法の場合、WA砥粒が有効なのはせいぜい#4000が限度で、それ以上に微細なラップ砥粒を使う場合は、WAに替えてGCを使う。
 ラップ砥粒を活用するという場合、ラップ油の問題と不可分な関係にあるので、次項で併せて検討したい。

 Bラップ油の問題というのは、存外に軽く見られているような気配なのだが、ハンドラップの技法世界では決定的な意味を持つものと言わなければならない。
 ラップ油の果たすべき役割として、ラップ工具とワークの両表面での潤滑という点と、ラップ砥粒の入れ替えとラップ力の発揮という点で決定的な意味を発揮する。使用されるラップ油というのは、灯油、スピンドル油、マシン油、といった鉱物油が主なものなのであるのだが、この点は、鋳物製ラップ工具を用いて#3000程度のラップ砥粒を焼き入れたSK工具鋼製のワーク表面に対して作用させる場合に、これらのラップ油を用いて別段の支障を生じないという経験則から定着したことである。言い替えれば、ラップ油の「流動性」が高いという点がある。
 ラップ油の「流動性」を指摘する場合、その反面としての「膜面の強さ」という問題がある。
 ラップ油の「膜面の強さ」というのは、ラップ工具とワーク表面の両面の間に挟み込まれた油膜層は、ラップ工具に加圧力を加える程にその厚さが薄くなると考えられそうなのだが、実際には、その油膜層に含まれたラプ砥粒の粒形によって、それ以下には薄くならない。その場合には、ラップ砥粒の切り刃によって生じたラップ滓がラップ油と混ざり込んでその粘性を高め、ラップの加工動作を阻害する。ラップの加工工程に於いては、それで生じたラップ滓のみならず、相互に共摺りして破砕されたラップ砥粒の残滓が生じており、それがラップ油に混和されて粘性を高めるのである。従って、このような場合にあってもその粘性が高くならないラップ油が望ましいということになる。特に、#6000以上に微細なラップ砥粒を用いる場合、ラップ滓や破砕されたラップ砥粒粒子はラップ砥粒粒子の大きさよりも小さなものとなるから、それをそのまま加工面から除却できるだけのラップ油の膜面の弱さというものが求められるのである。

 「膜面の強さ」ということは、言い替えれば、流動性(展性)の高低を言うのだが、それを数値的に測定する方法がないから、それぞれに実際に試してみないといけない。鉱物油の範囲で見つからなければ、植物油に向かわざるを得ないのだが、オリーブ油・コーン油・ピーナッツ油・アーモンド油・米油・・・といった食用油を購入して試すのだが、膜面が強いと思わせる「菜種油」を基準にとって、汎用のラップ油として「椿油」を選択し、「椿油」と比較してその効用はどうかと各油種を検討していくのが妥当な道筋であるだろう。
 なお、研磨に関する旧い文献等に当たっていると、獣脂や魚油を試した例が指摘されていたり、膜面が最も強いとして胡麻油がタップ油として用いられたり、切削油等の用途として菜種油が採用されていた例も見受けられて、このような歴史的知見から多くが学べることを指摘しておきたい。

 ハンドラップ技法の究極の目的水準というのは、私らゲージ屋にとっては、ブロックゲージ並みの面粗度と、ブロックゲージ並みのリンギングを実現できる平面度の手業による現実化である。人白砥石をラップ工具とした場合、GC砥粒は#30000まではラップ可能だし、ダイヤモンド砥粒では0.5μm粒径のものまで活用可能になるから、ゲージ屋が長年にわたって希望目標としてきたものがこれで完結されたわけである。



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固定砥粒ラップ/乾式への道:ダイヤモンド砥粒の利用

 前の項で説明している通り、遊離砥粒ラップ/湿式の技法というのは、ラップ工具表面の「穴」もしくは「凹凸」にラップ砥粒粒子が嵌り込んでそのラップ力を発揮させる技法ということであるから、実質的には固定砥粒ラップという技法であると言えるのである。それが「遊離砥粒ラップ/湿式」という独自の技法世界を成り立たせているのは、ラップ油という油膜層を介在させることによって、ラップ砥粒の入れ替えやラップ滓等をうまく加工面から排除できるという利点があるからである。
 ただ、油膜層の介在という点が別異な不利な条件を生じさせる。
 それは、ラップ工具の運動が油膜層が介在することによってラップ砥粒のワーク表面に対する働き掛けが間接的になり、ラップ砥粒のラップ力というものが上手くコントロールできないという点に現れる。つまり、個々のラップ砥粒粒子が、その一部がラップ工具表面に固定され、他の部分が油膜層のうちに遊離されているわけだから、ワーク表面に対する切り込みが区々に分散して、あるものは深く切り込んで深く幅広いラップ痕を刻み、あるものは破砕された極微のラップ砥粒がワーク表面を磨き上げてラップ特有の艶出しを呈するという具合で、ラップ砥粒粒子それ自体の大きさを幾ら均一に揃えたとしても、ワーク表面のラップ痕はヘア・ライン状に残る。その解消のためには、ラップ油の油膜層を極限にまで薄くなるように、言い替えれば、使用するラップ砥粒の粒度を可能な限り微細なものとしていかなければならないのだが、そうなるにつれて、ラップ力全般の加工能力が低下していくのである。例えば、#3000のWA砥粒でのラップではラップ痕を消除できないが、#8000のGC砥粒でそのラップ痕を消除できる、つまり、いわゆる鏡面に近づけることができる。
 そのため、ラップ砥粒が微細なものとなってもそのラップ力が十全に発揮されるべきラップ砥粒として、ダイヤモンド砥粒の採用が検討される。

 ダイヤモンド砥粒のラップ力のメカニズムというものは、ダイヤモンド砥粒の切り刃がワーク表面に切り込んで、その切り込み深さのまま抵抗を押し切ってそのまま刻み込んでいくということになるのだが、最初の切り込みと、その切り込み深さのまま押し切っていくという場合、ラップ工具から賦課される加圧力はかなり大きなものとならざるをえない。その力を発揮させられるだけのラップ工具表面のダイヤモンド砥粒の保持力というものも、かなり強固なものとならないといけない。つまり、ここでアンビバレントな情況というものに直面させられる。一方で、ラップ工具表面が柔弱なものであれば砥粒保持力が弱いということでダイヤモンド砥粒のラップ力が能く生かされないことになり、他方で、ラップ工具表面が強固なものであれば、そこでグリップされたダイヤモンド砥粒はワーク表面の抵抗によって切り刃が摩耗し、直ぐにそのラップ力を喪失してしまうことになる。微細なダイヤモンド砥粒の切り刃の損耗というものは期待に反して大きなものがあり、切り刃が損耗したダイヤモンド砥粒というものはワーク表面を磨く(光らせる)だけに終始する。ダイヤモンド砥粒を新鮮なものに入れ替えるということは難しい。

 ダイヤモンド砥粒を使う場合のラップ工具としては、私の場合は、アルカンサス砥石、もしくは、人白砥石を採用していた。その利点は、いずれも比較的軟らかい素材であるので、ラップ工具として成型しやすく、ダイヤモンド砥粒をその粒度にかかわらず埋め込ませやすいという点にある。併せて、潤滑油(ラップ油)を浸潤しやすいため、ラップ油膜層を完全に払拭した場合でもラップ工具表面とワーク表面との間での潤滑が確保できる。また、鋳物製ラップ工具では3μm粒形のダイヤモンド砥粒の保持がせいぜいで、それ以下の微細なダイヤモンド砥粒粒径に対しては不適であるのだが、アルカンサス砥石や人白砥石を使う場合はそのような制約は生じない。
 一度埋まり込んだダイヤモンド砥粒を除却して、改めてラップ工具表面を仕立て直そうとする場合、アルカンサス砥石や人白砥石製のラップ工具の場合には、GC砥石を仕立て直し定盤とするか、あるいは、GC角砥石でラップ工具表面を仕立て直すことができる。
 こうして、ダイヤモンド砥粒を用いる場合、その道具の維持には大きく手間が掛かるため、ハンドラップ技法の世界では、あまり芳しい方法とは言えない。


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固定砥粒ラップ/乾式の技法

 固定砥粒ラップ/乾式という技法は、簡単に言えば「砥石ラップ」ということになるのだが、砥石をそのままラップ工具として活用するという技法である。
 遊離砥粒ラップ/湿式の技法の方がラップ加工の歴史から見ると、古代から確立されていたように見受けられるのだが、「磨く」という技法としてみれば、砥石ラップの技法もそれに劣らず古代から連綿と伝承されてきた技法だということが分かる。今まで述べてきたことを要約すると、「遊離砥粒ラップ/湿式の技法と固定砥粒ラップ/乾式の技法とは、相互に通底している」ということになっりそうなのだが、これら両技法が全く等価であるとは言えないのであって、目的適合性を考慮して、両技法が「使い分けられてきた」というのが実際であったろう。

 固定砥粒ラップ(砥石ラップ)の技法を意識的に取り組んだのは、日立金属(株)のSK工具鋼製造からの撤退という事態を承けてのことであった。
 従前では、日立金属(株)のSKS3工具鋼(SGT)を標準材質としてハサミゲージ製作を行ってきて、この鋼種を前提としていわゆる「鏡面ラップ」を実現し、あるいは、ブロックゲージとのリンギングが実現できる平面度と面粗度を遊離砥粒ラップ/湿式の技法で履践してきたのだったが、以降ではその「精華」が生かせる素材が購入できナックなったわけである。その代替策としては、ほとんど選択の余地の無いままに、ダイス鋼製に転換を図ることを決めたわけである。
 それまでにも、SKS3製ハサミゲージでは堅牢性に不満があるとばかりに「総焼き入れゲージ」が求められたり、あるいは「超硬製ゲージ」の照会を受けたりしてきたわけだったし、SK工具鋼製ゲージに通有の「錆びやすさ」に改善の方途があるか否かを照会されたりしてきたのだったが、ダイス鋼製に転換すれば、充分な強度と堅固性を具有した材質であるからこの点での問題は解決され、総焼き入れゲージや超硬製ゲージの高価格に及ぶという問題も解決され、12%クロム鋼としてかなり発錆しにくいという特徴があるから、顧客のところでのゲージの保守管理の手間が大幅に緩和される。従って、SKS3工具鋼製ハサミゲージの次世代の有り様はダイス鋼製ハサミゲージであるべきだという方向性は自ずと規定される。もっとも、ダイス鋼というのは金型業界では半ば標準材質であるから、その製作実績の集積から勘案すれば、ゲージ業界でのダイス鋼の採用というのは遅きに失するという誹りを受けかねないものであるとも言えるだろう。
 ただ、焼き入れをしたダイス鋼に対しては、WA砥石やGC砥石では歯が立たず、WAやGC砥粒を使っての遊離砥粒ラップ/湿式ではその加工能力では全く通用しない。従って、遊離砥粒ラップ/湿式よりもいっそうラップ力が大きな固定砥粒ラップの方式を開発しなければならないということが自ずと論決される。

 従前のSK工具鋼製ハサミゲージの製作において、WA砥粒を用いた遊離砥粒ラップ/湿式の技法がほとんど唯一の技法とされてきたのは、そのラップ力で必要かつ充分な製作効率を保てたからである。従って、それ以上の「改善」の必要性は意識されてこなかったし、ダイヤモンド砥粒の採用にしても、ゲージ測定面の仕立て上げに際して「能く光る」といったバリエーションの一つという程度のことに終始していたのであった。ゲージ測定面をWA砥石で仕立て上げるという方法は、かなりラフな仕立て上げ方法なのだが、ラップの手間を省いて「程々」で「そこそこ」の安価なゲージを提供するという目的には添ううものであったから手掛けるゲージ屋がなかったというわけではなかったのだが、高精度なゲージの製作には全く適合的ではないということは自明であったから、極く限られたものであったのだった。

 以上の経過を踏まえて、以下で説明する固定砥粒ラップ/乾式の技法は、ダイス鋼製ハサミゲージの製作技法という限られた領分から始める。

 固定砥粒ラップ/乾式の技法は、@ラップ工具としてのcBN砥石、AcBN砥石を目立てするための目立て定盤、B砥石の目立てに使用する目立て油、C目立てのための目立て砥粒、によって構成される。更に、Dラップ工具としてのcBN砥石とワーク表面との間の潤滑、という問題が付随的に生じてくる。

 @ラップ工具としてのcBN砥石という場合、ラップの工程に乗っ取って各粒度の砥石でラップ工具を製作する。
 粗仕上げ用として#600〜#800、中仕上げ用として#1000〜#2000、上仕上げ用として#3000〜#8000、極仕上げ用として#10000〜#20000。
 cBN砥石を使ってのラップ加工の場合、#1500で仕立て上げたワーク表面に対してオプチカルフラットが有効に使える程の平面度と面粗度が実現される。強いて言えば、「これで仕上がっています」と言い得る程の仕立て上がりなのだが、SK工具鋼の場合のWA砥粒を使っての遊離砥粒ラップ/湿式の場合、おおむね#3000砥粒を使って仕立て上がる程度の面に相当するものであるから、素材の硬さ(耐磨抵抗)というものと砥粒のラップ力との相関関係を考える際の良き教材となる。
 なお、砥石ラップのほとんど唯一の「弱点」というものがあって、「それは、砥石表面に固着する「研磨滓」が「うまく除却できないということになる。始終目立てを繰り返してこの「研磨滓」を除却しなければならないことが忌避されて、砥石ラップという技法が普及してこなかった理由の一つとなっている。

 AcBN砥石を目立てするための目立て定盤としては、普通に鋳物製定盤が転用できる。ちょっと気が向いて花崗岩製の定盤を使ってみたことがあるのだが、非常に目立て効果の大きいものではあったのだが、表面の磨損が甚だしく、しょっちゅう定盤平面を仕立て直さなければならないことから、メンテナンスに非常な手間が掛かるために、使用を断念した経過がある。
 鋳物製定盤を使える場合というのは、目立て砥粒の粒度として#80〜#2000のかなり広範囲の砥粒に対応できる。
 これに対して、#3000〜#8000の目立て砥粒をお使う場合というのは、瑪瑙板を使っている。ダイヤモンド砥粒を使っての遊離砥粒ラップ/湿式の技法を使っていた時代に購入したものをここで転用しているだけのことなのだが、ちょっと他の材質の板材というものは思い浮かばなかった。瑪瑙に着眼したのは、瑪瑙製の「乳鉢」があることをネットで知ったからで、乳鉢に使えるなら目立て定盤に使えるだろうと連想するのは自然な成り行きである。更に連想を飛ばせば、セラミック板の適当な大きさのものがゲットできれば好都合だし、是非試用してみたいと考えている。
 目立て定盤としての適格性を考えると、目立てに際して目立て砥粒の流動に対して抵抗を生じる表面性状が確保されるものであればよいわけで、併せて、目立て定盤表面の磨損を簡単に手直し(補修・補正)できるものでありさえすれば良い。

 B砥石の目立てに使用する目立て油。「油」と仮に言っている訳なのだが、「油」であるべき絶対的な理由というものはなく、流動性のあるもの、例えば「水」であって悪いわけではない。次項の「目立て砥粒」の項で詳説するつもりだが、目立てに際して、目立て定盤とラップ工具としてのcBN砥石面との間での「潤滑」という問題を念頭に置かなければ、うまく目立てができないことははっきりしている。目立てがうまくできているかどうかは砥石表面を観察して能く把握できることなのだが、目立てが不味いと砥石表面は必ず「丸み」を呈して平面に仕立て上げられない。目立て油がうまく適合していないと、この「丸み」はほとんど絶対的にと言える程解消できないから、表面潤滑ということは決して見過ごすことのできない要素なのである。
 目立てに際して使用した油分が砥石表面に残存していると、ラップ加工に際して、その油分とラップ滓とが粘着して、砥石表面で「目詰まり」を生じる。従って、「目詰まり」を生じさせないためには、目立て油の油成分が完全に除去できるようにしなければならず、単純に考えれば、アルコールを使えば、油成分は完全に速やかに蒸散してしまうから、最も好都合であるということになる。そうすると、砥石表面における潤滑という問題がそのまま未解決で残ってしまうから、論理的には、目立てにに使用した油分は速やかに蒸散してしまい、その後に僅かに潤滑作用を担えるだけのものが砥石表面に残存する、言い替えれば、砥石粒子を僅かにコーティングするような潤滑膜が残るようなものが、目立て油として最も適合的であるということになる。
 単一の油種でこのような事情に適合したものがあるのか否か、あるいは、アルコールに何かを混和すれば良いのかどうか、ここら辺りが非常に微妙な試行を繰り返すことになってきている。

 C目立てのための目立て砥粒については、語るべきことが多い。
 cBN砥石の目立てというと、cBN砥粒よりも硬い砥粒でないと目立ては不可能で、従って、ダイヤモンド砥粒でしか目立てができないと考えられそうなのだが、ダイヤモンド砥粒を使っての目立てということはそもそもが全く効果を生み出さない「邪道」なのである。
 砥石の「目立て」というのは、砥石を構成している砥粒粒度よりも大きな粒度の目立て砥粒を用いて、砥石表面から魔損した砥石砥粒を引き剥がし、併せて、砥石粒子間に固着している研磨滓を除却するというプロセスであり、その際に併せて、目立て定盤の平面度に添って砥石表面の平面度を実現していくというプロセスを併せ持つものであって、決して、砥石表面の砥石砥粒を研磨するというものではない。従って、むしろ、砥石を構成する砥粒よりも軟らかな目立て砥粒の方が、砥石砥粒を能く引っ掛けて除却する作用を生じるから好都合なのである。
 cBN砥石の粒度に依るが、粗いものならガーネット砥粒が有効であるし、A、WA,C,GC、といった砥粒を使えば目立てができる。
 問題になるのは、その目立て砥粒の粒度の点である。
 一つの立場からは目立てすべき砥石の粒子と同程度の粒度の砥粒を使うべしという立場があり、別の立場からは、砥石の粒子よりもいっそう微細な砥粒で目立てすべきとされている。つまり、標準的なルールというものが確立されていないのである。
 考え方として、砥石というものは、その砥石粒子を結合材(焼結材)でまとめ上げたものであるから、その砥石粒子間には結合材(焼結材)が挟み込まれていて、結果的に、砥石粒子間には一定の「間隔」が存している。その「間隔」がどれ位かは、その砥石の砥粒の混和比率に依るだろう。50%の混和比率であるとすると、砥石粒子間の「間隔」は砥石粒子の粒径の2倍ということになる。つまり、砥石粒度の2倍の粒径を持つ目立て砥粒を使えば良いということを意味する。実際には砥石砥粒の混和率というものはそれぞれの砥石製作に際してさまざまであるだろうから、具体的にこの砥石を目立てするにはどうこうと確認しなければならないことではある。ただ、こういう点が特に問題になるのは、cBN砥石の場合、比較的粒径の大きなcBN砥石の場合であって、例えば#3000以上に微細な砥石の場合、単純に#6000の砥石に対して#3000の目立て砥粒を使うべしということにはならない。

 Dラップ工具としてのcBN砥石とワーク表面との間の潤滑、という問題
 目立て油が潤滑の問題のキー・ポイントになるのだが、目立てに際して試用した目立て油が完全に除却されない場合、砥石表面で、ラップに際して生じたラップ滓が残存している目立て油に絡んで砥石表面に固着するという結果をもたらす。いわゆる「目詰まり」である。目詰まりを生じると、砥石表面の砥粒の切り刃がワーク表面への切り込みを阻害するから、ラップ作業がその時点で中断を余儀なくされてしまう。
 「目詰まり」という問題は、固定砥粒ラップ/乾式の技法の最大の「弱点」であって、なおかつ、砥石というモノの本性上、解決できないものと考えられている。しかしながら、「目詰まり」ということの実態が研磨滓(ラップ滓)が砥石表面上で固着されたものであると考えた場合、その固着の原因として砥石表面上に存在する油成分の粘着性に起因するとみなすことができ、従って、砥石の目立てに使用する目立て油として、乾燥後に粘性成分を残さないものを採用すべきということに至るから、アルコールを使おうということに至る。その結論に至る過程で、テレビン油やペトロールを使用していたわけで、これらの場合は、残存する油脂分の粘性が高いために期待した程の効果を生まなかったのである。もっとも、何らかの「薄め液」を活用することができれば、残存油脂分の粘性をいっそう低めることができたかも知れないのだが。
 ところが、アルコールを使って目立てを行った場合、砥石表面には砥石粒子が言わば「剥き出し」の状態で目立てされるから、ラップ作業の際の加圧力や加工抵抗等によって砥石粒子が剥落し、その自由運動によってワーク表面に傷を生じさせる。このことは、ラップ加工という局面では致命的な欠陥になるから、砥石砥粒の剥離・剥落を防止し、円滑なラップ加工を遂行していくために、どうしても砥石表面の潤滑という効用が必須になるのである。



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二つの技法の相互関係

 「遊離砥粒ラップ/湿式」というのは究極的には固定砥粒ラップというものに帰着するし、「固定砥粒ラップ/乾式」というものも、砥石ラップという意味では、その目立てという作業それ自体が「定盤ラップ」方式での「遊離砥粒ラップ/湿式」そのものである。従って、ラップ方式を考える場合、この両方式を視野に入れての技術・技能の検討を要する。

 歴史的にこれらのどちらが始原的な方法であったかを考えると、翡翠製の「曲玉」の穴加工ということが、、パイプ状に切り出した獣骨を加工工具として、粉末の翡翠粒子をラップ砥粒として行われたという推察を参考にすれば、弥生時代には既に砥粒加工方式が広く用いられていたという訳であるから、「磨く」とか「穴開け加工をする」といった技術は文化史と共にあったということができる。
 私見では、ラップ加工とか研磨加工の技法は江戸時代に出揃っていて、さまざまな問題点の自覚とその改善・変革の努力が積み重ねられてきていたと思えるのである。従って、これら両方式について、江戸期の広範な職人層による試行と知見を正当に継承していく努力が求められると思う。

 とは言え、ハンドラップの世界で砥石ラップという技法は極く限られた用途目的のためのものと理解されてきたものであって、その技法に依って鏡面仕立てという精妙微細な加工が可能であるという理解はなかなか成り立つものではなかったのであった。
 砥石研磨という場合、WA砥石の場合に一般的なように、ヘア・ライン状の研磨痕がその砥石粒度に応じて生起する。その原因理由は、改めて指摘するまでもなく、焼結材(結合材)を挟み込んでいる砥石粒子間の「距離」に拠るものである。これに対して、遊離砥粒ラップ/湿式の技法に依る研磨の場合、ラップ砥粒の動きによるラップ痕の発生ということは免れないけれども、」砥粒の集中度がいっそう緻密であるから、その砥粒粒度に応じた「艶」をワーク表面に生起させる。cBN砥石の場合、#1500以下の粗大な粒度の場合はヘア・ライン状の研磨痕を呈するのだが、#6000以上に微細な砥石粒度の場合にはぐっと鏡面に近づく。WA砥石とcBN砥石のこの違いは、砥石砥粒の結合方法の違い、砥石粒子の集中度の違い、更には、砥粒粒子の形状の違いというものが直ストレートに反映されたものである。
 私自身が砥石ラップという技法の可能性を知ったのは、ある教科書で、砥石を使ったラップ盤というものが紹介されていたのを読んだからで、機械ラップで砥石ラップが可能ならば、いっそう大きな意味で、ハンドラップの世界の変革が可能になるだろうという期待できたためであった。cBN砥石が容易に購入できるようになったのは、そう旧いことではないのだが、cBN砥石が容易に調達で、きさえすれば、残余のゥ資材は一般市販材として研磨材屋さんで購入できるから、この面での困難さはない。

 現在では、ハサミゲージの製作においては、ダイス鋼製ハサミゲージを標準材質として、同じ固定砥粒ラップ/乾式の技法の下で、SK工具鋼製とSUS420J2製のハサミゲージの製作を行っていて、従って、固定とリュラップ/乾式の技法ですべてが賄えている。つまり、cBN砥石のラップ能力は、ダイス鋼・SK工具鋼・ステンレス鋼といったいわゆる工具鋼全般に通有するラップ工具となっている。 


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技法の改善を

 「固定砥粒ラップ/乾式」の優位性という観点から、ラップ技法の優劣を論じなければならないだろう。
 いわば「完成された技能者」の立場に立って言えば、遊離砥粒ラップ/湿式の技法も固定砥粒ラップ/乾式の技法も、共に有益な技法として修得されておくべき技法なのだが、初心者・入門者にとっては、」実は、固定砥粒ラップ/乾式の技法から入る方がラップ技能の修得にとってはより容易な技法なのであると言わなければならない。
 私の経験から言うと、以下の如くである。

 ハサミゲージ製作に際して、最終仕上がり寸法に対してラップ仕上げ代を残す形で下拵えをするのだが、その場合、ラップ仕上げ代を最少限に留まるように準備しておくことが望ましい。なぜなら、ゲージ製作工程に於いて最も手間が掛かり緊張と集中を求められるのがこのラップ仕上げ工程だからである。そのため、ラップ仕上げ代を10μmと定めてあれば、正確に10μm手前で一旦仮仕上げを行う。ただ、10μmの寸法値をラップ加工で摺り下ろしていくのはかなりな手間が掛かる。遊離砥粒ラップ/湿式の技法では、言い替えれば、WAラップ砥粒のラップ力というのでは、加工がともすれば不均等になり、あるいは、思うようなラップ加工に至らない場合も稀ではない。
 これに対して、固定砥粒ラップ/乾式の場合、WA砥粒に比べて比較にならないくらいに加工効力が大きなcBN砥石を使う訳だから、ラップ代というものを大きくとってもさほどの障害にはならない。下拵え(仮仕上げ)を目標とすべき寸法値の20=〜30μm手前に設定したとしても、ハンドラップで容易に手早く寸法を追い込んでいける。それ位のラップ力のさがある訳なのである。
 ということは、固定砥粒ラップ/乾式の技法に依れば、最終的な仕立て上げ段階のみに神経を集中すれば足り、そこに至るまでの前段階ではかなりラフな状態が許されるのだる。このことは、ゲージ製作工程全体の作業者の負担を著しく軽減・緩和する。ラップ仕立て上げのみに全精力を集中すればいいのだから、結果的に、ラップ技能の修得が容易になる。ラップ技法が異なるということは、ゲージ製作工程の各工程管理の方策が異なってくるということであって、予想以上の合理化効果をもたらし得るものであると言えるのである。


 cBN砥石を使っての固定砥粒ラップ/乾式の技法を決こぐ表面にその粒度に応じた凹凸が形成されているということから定づける要因は「砥石の目立て」の方法に存している。
 従って、この点で、cBN砥石の研磨力を最大限発揮させ得るような目立て方法はいかなるものか?を普段に考究していかなければならない。そう考えての努力を惜しむものではない。   



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付記:ラップ工具の成型について

 ラップ工具表面の「目立て」ということは、同時に、ラップ工具表面の形状を成型するという作用を及ぼす。
 ハンドラップ技法の場合のラップ工具表面は、ラップ動作の摺動方向については僅かに凸R面でなければならない。これは、ラップ動作が作業者の肩・腕・掌・手指の動作として円運動を行うのだが、その円運動の曲率を反映したものでなければならない。その円運動に基づいて、ラップ工具表面にラップ力が生じ、ラップ砥粒のワーク表面への切り込み力が発現するのである。結果として、ラップ工具の円運動によって、ワーク表面の平面度というものが実現されていく。
 ラップ工具表面が完全に平面であったとすれば、ハンドラップという技法は成り立たない。
 しかしながら、ラップ工具表面の曲率がどれ位であれば最もラップ効能が大きくなるかについて考えれば、むやみに曲率が大きいことは却って効用を削いでしまう。実際には、ラップ工具の目立てに際して、平面度が保証されたラップ定盤上でラップ工具表面を摺り合わせる場合、その摺り合わせ動作を作業者本人が行う場合には、その作業者の体格・骨格・運動動作に基づいてなされるものであるから、その作業者の個性に応じた曲率でもって、ラップ工具表面が目立てされる。つまり、特に意識しなくとも、目立て作業を繰り返していけば、自ずと適正な(その作業者に即応した)曲率がラップ工具表面に形成されることになる。
 因みに、いわゆる「定盤ラップ」、すなわち、作業台上に据え置きしたラップ定盤上でワークを摺り合わせてワーク表面を平面に仕立て上げようとする場合、そのラップ定盤の平面というものは極く僅かに凸R面でなければ、ワーク表面を完全な平面に仕立て上げることは困難になるだろうという見通しを与える。ワーク面を完全な平面に仕立て上げるためには、可能な限り完璧な平面を具備したラップ定盤を用意しなければならないと考える向きがあるのだが、そういう場合にはいろいろな局面で「障害」を生起して所期の目的が実現できないものとなるだろう。

 先の項で「目立て作業に何らか欠陥がある場合、目立て作業によってラップ工具表面は丸みを帯びてラップ工具としての不備が是正されない」ことを指摘していたのだが、その場合の「丸み」というのは、ラップ作業でのラップ工具を摺動させる場合のその直角方向でのことをいう。
 簡単にいえば、ラップ工具の「長さ方向」に関しては特有のR面した手となるのだが、この点は真っ当なことなのであるのだが、問題になるのはラップ工具の「幅方向」の「丸み」なのである。
 ラップ動作に際しては、どうしてもラップ工具の運動に「捻り」の要素が入ってくるので、その「捻り」の力を逃がすためにラップ工具の幅方向に幾分かの丸みを持たせるということは良いことなのであるが、その丸みの程度が過分であるとラップ加工が大きく阻害される。
 この「丸み」の原因であるが、第一次的には、目立て砥粒の目立て力が不適合をきたしているということが指摘できるのであるが、その目立て力については目立て油の油性が大きく関わっているようだから、目立て砥粒と目立て油の組み合わせ方をいろいろと試行していく必要がある。

 目立て定盤を使っての目立て作業でさまざまな障害を生じる場合の取り敢えずの解消策として、cBN砥石製のラップ工具の表面をGC砥石でラップ成型する。




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