「ねえ未玖。」
「何?」
「あんた、何でこんな勝負する事になったのか深堂に話した?」
「・・・言ってない。」
「やっぱり。」

今の試合状況、やや司たちが劣勢。

この試合、明らかに司は慎に敵意を燃やしている。
かっこつけのくせに、変に単純なところがあるのだ。
司が慎を嫌っているのは今に始まった事ではないし、慎が挑発してるせいもあるのだけれど。

「・・・まずい。」
「藍?」
「深堂たちに負けてもらっちゃ困るのよ。」
「賭けてるから?」
「それだけじゃなくて。」

それもあるのか。

「桂!タイムとってタイム!」
「そんなのあるの?」
「ないとも言ってない!!」

そんな訳で、桂が審判に申し入れて無理矢理タイムをとってもらい、労うでもなく藍が司に噛み付いた。

「ちょっとそこの馬鹿。長谷川慎になんか構ってる場合じゃないわよ!」
「・・・あいつ見てたらムカついてくるんだよ。」
「それは分かるけど。ってそうじゃなくて、敵視するのは勝手だけど負けてんじゃない! もっと周りを見なさいよ周りを! 長谷川に気をとられてる隙に高岡先輩にボールとられたりしてるじゃない。」
「・・・高岡って誰。」
「あれ。」

そう言って藍が指差した先には今さっきまで試合していた敵チームの残り一人の姿があった。
名前すら知らないほど、眼中になかったが。

「あんたをからかうためだけに未玖にちょっかいだしてる奴と、本気で未玖を狙ってる奴と、どっちがやばいと思う?」
「ちょっと待て。それどういう意味だ。」
「そのまんまの意味よ。長谷川になんかより、高岡先輩に負けたほうが未玖怒るわよ?」

何か知らんが、いろいろ事情があるらしい。

「・・・要は、勝てばいいんだろ。」

その後はいたって冷静というか、客観的にものを考えられるようになっていた。
確かに、藍の言う通り未玖の敵意は高岡とかいう奴に向いている。
自然と司の注意もそっちに向けられるようになり、さっきまでのような隙はなくなる。
良い感情でなかろうとなんだろうと、彼女の注意が他の男に向いているのはおもしろいものではない。
さらに高岡が未玖を見る目も気に入らない。

相手はバスケ部ではあるものの、バスケ部自体それほど強いわけでもなく、慎は上手いのだろうがチームワークという言葉は彼の辞書には無さそうだ。
対して、スイッチの入ってる涼と、何だかんだ言って負けず嫌いな蓮見とのチームワークは悪くない。

そんな感じで順調に得点を重ね、無事に勝利した。

試合が終わるや否や、高岡に声をかける未玖が目に入る。
会話の内容がどうであろうと、普通におもしろくない。

「約束守ってくださいね―――って深堂?!」
「ちょっと来い。」
「ちょっ、待・・・まだ話終わってないんだってば!」

未玖の声を無視した司に、腕を引っ張られ、そのままずるずるとひきずられる。
人通りのない所まで来てやっと腕を離された。

「で。あんな賭けした理由は何だ? つーか、何賭けてたんだ?」
「謝ると言うか訂正すると言うか・・・深堂が勝ったら、前言撤回して謝るって言ったから・・・」
「何を。」
「・・・深堂の、悪口」

こういう言い方をするとひどく幼い気がするが、でも本当に腹が立ったのだ。
でも案の定、司はその理由に納得してくれなかったらしく、ものすごく不機嫌な、低い声で問い質される。

「何でそんな賭け受けるんだよ?」

片やデート、片や謝るだけだ。
というか、謝ってもらってないし。謝ってもらいたいとも思ってないからどうでもいいが。
どうでもいい人間にどう思われようとどうでもいい。

「だって、腹立ったんだもん!!」
「何が。」
「だって、いい加減なんかじゃないもん。そりゃ、やたら要領いいからそう見えないし、態度もでかいし、口も悪いし、それはそれでムカつくけど・・・」
「・・・おい」

未玖の言葉に、それはもしかしなくても俺の事か。と眉を顰める。

「でもちゃんと努力してるもん。あんな事言われる筋合いないし、聞いてたら勝手に体が動いてたんだもん。」

ついでに切れて、更に上手い事言いくるめられてのせられたが。

そこまで聞いて、何が起こったのか大体の予測がついた。

つまり未玖は司のために怒っていたというわけで。

考えなしに飛び込んでいったり、相手の口車にのせられたりするところは直してもらわないとこっちの身が持たないけれど。
そう言えば、3年相手だろうと何だろうと相手が悪いと思えばいきなり蹴り入れるような奴だった。その行動自体も褒められたものではないが。

「ったく・・・」

やる事成す事予想がつかないというか、目が離せない。

「・・・勝ったらデートだったよな。」
「え?」

未玖が顔を上げると、すぐ近くに司の顔があった。
そして、唇に柔らかい感触。
キスされたと気付いた時には既に唇は離れていて、司が笑みを浮かべているのが目に入った。

「日曜日、空けとけよ。」
「なっ・・・」

何するのさ、と言おうとしたが、その前に耳元でこう囁かれて何も言えなくなった。
赤くなり、青くなり。むしろ今は寒気がする。


「―――人を散々振り回したんだから、覚悟しとけよ?」



教訓。賭けをする時は慎重に。





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