「どうでした?」
「・・・逃げられたわよ」

いつもの如く華月は風雅の後を追った。と言っても既に姿は見えず、やはりいつもの如く逃げられた。
分かっているくせに尋ねてくる辺り、Jrもやはり性格が悪いに違いない。

「どういう事?」
「何がです?」
「風雅がガラスケースの電源落とした方法!!」
「風雅は単独犯ではないということですね」
「え?」
「電流を止めるには、機械のスイッチを切ることです。機械は警備の中にありますが、何かあれば連絡が入るようにしてありました。さっき電話で確認しましたし。あとは遠隔操作――機械にハッキングするなりして止める方法がありますが、それは風雅がこの部屋に来るまでは僕が常に妨害してましたから不可能でした。それに、彼女が来た後電流が通っていたことも確認してます」

言われてみれば、確かに湊はずっとパソコンの手を止めていなかった。そしてコインを投げたのは確認のためだったのだ。

「電流を止めるためにかかる時間は、短くても5分。そして5分後、電流は止められていた――風雅はその間、何にも手を触れていませんでしたし、何か仕掛けている様子もなかった。スイッチを切ったのは別の人間、ということになります。まあ、正確な人数までは分かりませんし、複数犯だからどうなるというわけでもありませんが、少しは参考にはなるでしょう。風雅に関するデータはあまりにも少ないですから。けど――」

華月はそこで初めて、湊が感情を表すのを見た。
無表情なわけではないが、どこか冷めているような印象を受けていたが、今は。
怒り、憎しみ、悲しみ。そのどれかは分からないけれど。

「絶対に捕まえてみせます」

何かを堪えるような、けれど、強い感情―――





「お前、馬鹿正直だよな」

帰り道、そんな声が上から聞こえた。見上げると、そこにはとっくに逃げたはずの風雅の姿。

「なっ・・・」
「あの屋敷に仕掛けてあった罠、ほとんど作動させたのお前だろ」
「・・・あんた、あたしを馬鹿にするために残ってたわけ?」
「無駄骨だったな、って言おうかと思ってたのに、引っかかる奴がいたら言えなくなったじゃねーか」
「そんなこと言う為に来たの!?」

ていうか、あの時の会話はやっぱりあたしへの当てつけか!!

「――あいつ、何かあんのか?」
「あいつってJrのこと? 何かって何よ」
「今回のは小手調べだっていうのは分かってたが、それにしても」
「何よ」
「一歩間違えば問題になるだろあれ。高圧電流なんて触れればタダじゃ済まない。俺が触れてもそうだろうが、関係のない奴なら尚更な。人払いしてたとは言え、お前みたいなのもいるし」
「・・・何が言いたいの?」

どうやら、嫌味で言ってるのではないらしい。

「あいつは、俺を嫌ってる」
「・・・好かれたいの?」

真剣な顔で何を言うかと思えば。半眼で見ると、風雅は思いっきり反論してきた。

「そういう意味じゃない!!」
「そんなムキにならなくていいじゃない。――で、どういう意味よ」

風雅はまだ微妙な表情をしていたが、話を戻すことにしたらしい。

「俺を、というよりは犯罪者を嫌ってるんだろうが」

街の人間にどれだけ人気があろうと、風雅も犯罪者であることに変わりはない。

「目的の為には手段を選ばず、とまではいかなくても相当の無茶はしそうだからな。今回みたいなドジ踏むなよ」

まあ、確かに今日一日で何回死ぬかと思ったか分からないが。
風雅の言葉を頭の中で数回反芻した後、華月はからかうような笑みを浮かべて風雅を見る。

「それってつまり、あたしを心配してるわけ?」
「うるさい声が聞こえないと、物足りなくなってきたからな」

けなしているのかなんなのか。華月のからかいにも動じず、それだけ言って風雅は姿を消した。

人のことを馬鹿にするし、癪に障るし、腹が立つ奴。
けど、さっきのことを言うために残っていたのも本当で。


「・・・何なのよ、あいつ」



華月の声は誰に届くこともなく、闇にとけていった。




back  index 

top