「今月三度目・・・」

華月はため息をつき、不機嫌にそう呟いた。
華月は『怪盗風雅対策課』の本部に向かっていた。
本来なら警吏でもない部外者の彼女が立ち入ることは出来ない場所だが、警吏長の娘という肩書きと怪盗風雅と間近で接触した人間という事、そして何より本人の能力と熱意もあって最初に風雅と出会ったあの一件以来、特別協力者として警吏に加わっていた。
それから何度か、というか何度も風雅を捕らえる為に行動してきた華月だったが、結局いつも風雅に逃げられていた。
追い詰めたと思ったことは何度もあったのに、最後には逃げられてしまう。そして風雅の浮かべる余裕ぶった笑み。それを見る度、思い出す度に腹が立って仕方なかった。追い詰められていたのではなく、そのフリをしていたんだと言わんばかりの表情が気に食わない。
そんなこんなで、怪盗が出るたびに上がる町の人の間での風雅の人気とは裏腹に、風雅が出るたびに華月の風雅嫌い度は上昇していった。

そしてつい先日も逃げられてしまった。

勿論、予告した品も持っていかれた。
町の人は風雅の味方なので怪盗を捕まえられないからといって警吏に文句を言ったりはしないが、被害に遭った者は五月蠅い。しかもほとんどが権力者だったりするのだ。面倒なことこの上ない。
しかし華月としてはそんなことはどうでも良かった。警吏の体裁の悪さもこの際気にしない。
気になる、というか気に入らないのは風雅の得意満面な表情だった。

「そのうち絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから・・・!!」

握りこぶしを作ってそ言うと同時に、角を曲がってきた誰かと思い切りぶつかった。

「った・・・」

そううめいたのは少年。華月より3つくらい年下に見える。

「ごめんね。大丈夫?」

自分の世界に浸りながら歩いていたせいで前方不注意だったという自覚がある華月は自分が悪いと思い、転んでいた少年に謝りながら手を差し出した。
が、その行動は少年の気に障ったらしく、少年は無愛想に「結構です」と言って自分で立ち上がった。

この年頃の男の子は手助けなど借りず、かっこつけたい年頃なのかもしれない。

自分の弟のことを思い出しながら彼女は一人でそう納得した。

「怪我はない?」
「大丈夫です。それより怪盗風雅の対策本部ってどこか分かりますか?」

彼の言葉に華月は少年をじっと見た。
この建物内を華月くらいの年頃の少年少女がうろうろしていることはほとんどない。
迷子になるには大きすぎるし、ここで働いている家族への届け物でも持ってきたのだろうか。

「華月、何してるんだ?」

華月が口を開くより早く、警吏長であり華月の父が声をかけてきた。
少年は父の姿を認めると、軽く会釈する。

「こんにちは」
「久しぶりだね、湊君」
「知り合い?」

やはり父の同僚の子供なのだろうと思ってそう言うと、父からは否定の言葉が返ってきた。

「特別協力者として対策本部に加わることになった日向湊君だ」

「この子が?」

華月は湊をまじまじと見つめて言った。

対策本部に新しく人が来るらしいというのは聞いていた。
警吏になれるのは18才以上と決まってはいるが、実力主義でもあるので実力――多少のコネも必要ではある――があれば、規定の年齢に達していなくても特別協力者という形で参加することもある。華月もそうだ。
若いから実力がないなどと言うつもりはないが、こんな少年が参加することも珍しい。

華月の視線の意味を理解したらしい父が華月に告げた。

「一応言っておくが、港君はお前と同じ年だぞ」
「えぇ!?」

予想外の言葉に思わず声を上げる。

「・・・嘘でしょ?」

どう見ても12、3才に見える。ちなみに、華月は16才である。
華月の心の底からの呟きにむっとした様子で、湊は学生証を華月の前に突きつけた。ここまでされては信じるしかない。

「えーと、特別協力者って?」
「お前と同じだよ、捜査に協力してもらう」

そこでふと、湊の名前に聞き覚えがあるような気がした。

「もしかして日向って―――」
「総司令官の息子さんだ」





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