あたしの好きな人は、とっても優しい。
「いらない」
「ひどい! 5時起きで作ったのに!!」
たとえ、女の子が折角作ったお弁当をつれなく一言で一蹴してしまおうとも。
「阿呆か。弁当は手早く作るもんだろ。朝の時間は短いんだから有効利用しろ。第一、会社には食堂があるんだよ」
「食堂にお弁当もってく人だっているじゃない」
「俺は違うの」
「何さ、減るもんじゃなしっ。むしろお昼代浮くのにー!」
「腹壊したら仕事に支障を来たすだろ」
「失礼な! ちゃんと毒見したもん!!」
「自分で毒見とか言ってる時点でアウトだな」
「あう」
そうこうしているうちに、暁良が降りる駅。
暁良の言う通り、朝の時間は短い。
暁良は社会人だし、あたしは高校生だから、会えるのはこの朝の電車でのちょっとの時間だけだ。
少しでも意識してもらおうと頑張っているけれど、今のところ結果は芳しくない。
今日も今日とて惨敗の模様。
あーあ。やっぱダメかー。ちぇー。
逃げられるのを予想してため息を吐くと、ふと手が軽くなった。
「ほぇ?」
「今回だけだからな」
いつの間にか、お弁当は暁良の手の中。
無表情にそう言って電車を降りた暁良を半ば放心状態で見送った。
「・・・やられた」
こっちを見てもらうための手段としてお弁当を作ったのに、反対に惚れさせられてしまった。
素気ないけど、何だかんだ言って優しい。
だから、ついつい惚れちゃうんだよ。
「でね!! 今日もすっごくかっこ良かった!!」
「そりゃようござんしたね」
「ハルカ冷たーい。ノリが悪ーい」
明らかにやる気のない返事をする幼馴染を睨みつける。
ハルカはあたしの苦情にも動じることなく、ため息をついて呆れた声を出した。
「毎日毎日、しかも朝からずっと同じことを聞かされりゃそうなる。第一、俺に男の良さを語られてもなぁ。何に共感しろと?」
「でも、かっこいいと思わない?」
「だから同意を求めるな。大体、それだけいい男なら彼女の一人や二人いるんじゃねーか?」
「いないもん。多分」
「多分かよ」
「だ、だって最初に告白した時そんなこと言ってなかったよ?! フツー、真っ先に言わない?」
「ガキに興味ないって言やー諦めるだろうと思ったんだろ」
「諦めてないもん。だから、言わないってことは、いないんだよ!」
「その人がお前の話に口を挟む隙があればな」
「突っ込む隙はあるみたいだよ? あ!」
噂をすれば影ってやつだろうか。偶然って素敵だ。
「暁良だ!!」
「件の気の毒な人? どれ?」
「あれ!!」
ハルカはあたしの指差した先を見て、微妙に嫌そうな顔をした。
「・・・豆粒にしか見えないんだけど」
「絶対そうだよ! 黒のスーツにブルーのネクタイしてて・・・」
「ああ。あの女連れの人?」
「そう! ・・・え?」
お・ん・な・づ・れ?
「・・・か、会社の同僚とか!!」
「そう思うなら何で隠れようとしてるんだ?」
「あぅ」
「にしても美人だな。目の保養」
幼馴染への思いやりのない言葉を聞きながら、こっちには気付いてないらしい暁良に視線を向ける。
暁良は素気ないけど、あれで結構面倒見が良い。
困ってる人見ると放っとけない方だし、あたしだって暁良に助けてもらったのがきっかけで好きになった。
口では文句を言いつつも、暁良はいつも優しかった。
でも、あんな暁良見たこと、ない。
あんな風に穏やかな目で見てもらったことなんて、ない。
それだけで、彼女が暁良にとって大切な人なんだろうと簡単に想像がつく。
「・・・恋人、だと思う?」
「いきなり弱気になったな。同僚説は?」
「・・・顔はいいけど態度悪いから会社の女子からは敬遠されてるってお兄ちゃんが」
何を隠そう暁良とうちの兄は会社が一緒なのだ。
兄の忘れ物を届けに行って再会した時は運命を感じたね。
思い出に耽っているあたしに、ハルカが止めを刺した。
「つまり、あんな仲良さげな同僚はいない、と? なら、やっぱ恋人じゃね?」
他人事だからか、何だか楽しそうですらある。
思いやりの欠片もないよ、こいつ――!!

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