妹がいなくなった。
城中のどこを探しても姿が見えない。
でも、誰も気付いてはいない。
実際に気付いてないのかは分からないが、少なくとも表面上はそうだ。
探している気配もない。
今までの両親からは考えられない事だ。

リトルがどこにいるのか、情報は全く無かったが大体の見当はついていた。
自分に一言の相談もなしに行ってしまった。
下手をすれば、殺されるかもしれないのに。
連れ戻しに行きたい衝動に駆られたが、今自分が城を離れればすぐにでもアーネストとの戦を始めようとするのは目に見えている。
それだけは避けるべきだったし、妹の思いを踏みにじる事にもなる。

「あの馬鹿・・・」

何も出来ないのがひどく悔しい。
自分は無力だと思う。
けれど、全く何も出来ないわけではない。
フェイルでは、法律で戦を始める時には重臣の決定と国王、そして神子の許可がいる。
自分の承認なしでは、本格的にアーネストに攻め入る事は出来ないのだ。
だから、城を出るわけにはいかない。

けど・・・と、スティルは思う。
もし、自分達の考えたとおり、何者かが父たちを操っているのだとしたら自分たちを取り込もうとしないのは何故なのだろうか。
たとえ、操れる人数に制限でもあったとしても、それなら重臣を操るのをやめて自分たちを取り込んだほうが容易に事が進むはずだ。
なのに、それをしないのは何か理由があるのだろうか。



***


「あれ?」

アスカはそう呟いて、廊下を歩いていた足をとめた。
廊下から見える中庭にこれから訪ねようとしていた少女の姿を見つけたのだ。


とりあえず、リトルの話は信じるし、フェイルを救う為に動くということは決まった。
なら、これからどうするか。
今、ヘリウス達はそれを話し合っている。
なのに、何故アスカが廊下をうろついているのか。
答えは簡単。分からないからだ。
アスカがこの世界に来てから、まだ日が浅い。
よって、アーネストのこともフェイルのこともよく分からない。
今話合っているのは、フェイルをどうするかという話ではなく、小難しい国政問題だった。
訳の分からない単語が頭の上をとびかっていた。
別に言葉が通じなくなった訳ではない。
話が難しすぎてついていけないのだ。女子高生にいきなり政治の話を分かれという方が無理だ。
しかも、アーネストは魔法文明の国。
科学文明はびこる現代に生まれたアスカには余計に馴染みのないものだった。
第一、今話しているのはアスカが聞いていてどうなるものでもない。
まあ、難しい話はヘリウス達に任せておけば大丈夫だろう。


そんな事を考えながら歩いているうちに、リトルを見かけたのだった。



「何してるの?」

アスカが声をかけると、リトルはびくっと肩を揺らした。
いきなり声をかけられて驚いたというのも勿論あるが、実はもう一つ理由があった。
まだそれに気付いていないアスカはさらに尋ねた。その理由につながる一言を。

「あれ? 他に誰もいないの?」

リトルには何人か兵がついていたはずだが。
リトルはアスカの言葉にわずかに顔をひきつらせた。すぐに元の表情に戻ったのだが、アスカはその一瞬の表情を見逃さなかった。

「……まさか、抜け出して来たとか?」
「そ…そんな事ありませんよ?」

そう言いながらも、明らかに目を合わせようとしていない。
どうやら、嘘をつけないタイプらしい。

「ちょっと気分転換を・・・」
「一人で?」

もともと、供も連れずに他国に乗り込んでくるような王女だが。
けど、確かヘリウスは、これからどうするかがきちんと決まるまで、リトルには何も告げないと言っていた。なら、まだリトルはこちらの出方を待っている状態で、勿論出歩くなとは言われていないだろうが、どこへ行くにも見張りの兵がついているはずだ。
ちなみに、この場合の見張りには意味合いが二つある。
一つは、リトルが何か不審な行動を取らないかという意味での見張り。
もう一つは、誰かがリトルを害する事がないようにするための見張りだ。
ただし、後者の意味の方が強い。
リトルはフェイルから見ても密告者という立場にある。それが分かれば、フェイル側が情報を漏らされる前に・・・とリトルに何かしてこないとも限らないし、フェイルの王女がここにいるというのは無駄な混乱を避けるために、機密事項になっている。そんな訳で、リトルが一人にするという事は考えられない。
なら、そこから考えられる答えは一つ。抜け出してきたのだろう。
確かリトルのいた部屋は二階だったはずだが。

「まあ、いっか。」

アスカはそう言うと、リトルから少し離れた場所に腰を下ろした。
ずっと見張られていたのでは、気が滅入るだろう。
リトルは王女だとか、そんな事を考えれば部屋に連れて行ったほうがいいのかもしれないが、そうする気にはならなかった。
自分だったら、嫌だから。
でも、無視して通り過ぎようという気にもならなかった。
何かあったらいけないからとか、そう言う事じゃなくて。
一人にしていてはいけないような気がして。
そもそも、アスカがリトルの様子を見に行こうと思ったのはこれが理由だったのだ。
根拠も何もない直感だけの行動だったが、いつもそうだったし今更変えられるものでもない。

それに、誰かいた方が気が紛れていいかもしれないし。
一人になりたそうに見えたら帰るつもりでもいたのだけど、アスカ自身は辛いことがあった時は一人でいたくはない。理由は話せなくても、誰かにいてほしいと思うときもある。
とりあえず、この世界に飛ばされてきた当初は一人でいたくなかった。
考えがマイナス思考になりそうだったのだ。散々城を抜け出して街に出ていたのもそれが理由。

リトルはそんなアスカを見て、不思議そうな表情をしていた。

「連れ戻さないんですか?」
「何で?」
「何でって・・・」
「部屋にいたくないから、ここにいるんでしょ? なら、戻らなくてもいいんじゃない? 迷子になってたとか、連れ戻してほしいんなら別だけど。」

あまりにあっさりとしたアスカの態度にリトルは少し考えこんでいたようだが、やがて考えても無駄だと思ったのか笑って言った。

「変わってますね。」
「よく言われる。」

まあ、幽霊なんかが見える時点で普通と違う=変わってるということになるだろう。
別に、今更気にしてなかった。

アスカはリトルの言葉を軽く受け流した後、いつの間にか手にしていたカップを差し出した。
カップの中身はホットミルクだった。
夜は冷えるし、と思ってリトルを見かけた時に一度部屋に戻ってポットと一緒にとってきたのだ。

「一応言っとくと、毒なんて入ってないわよ。心配なら、あたしが先に飲んでもいいし。」

じっとカップを見ていたリトルにアスカはそう言った。
多分、そんな心配してないだろうし、冗談だったけど何か小説とかでそういうの読んだことあるし。
しかしこの場合は、どっちかと言うとアスカの行動に戸惑っているのだろう。
リトルは大人しくカップを受け取って口をつけた。

しばらくの沈黙を経て、リトルの瞳から涙がこぼれた。

アスカは突然の涙に戸惑う事はなく、ただ何も言わずにリトルの頭をなでた。
アスカにしてみれば、こんな状況にあって平然としている方が違和感を覚える。

リトルが泣いたのはミルクの暖かさが体に伝わったのと、ホットミルクが原因で。
リトルの母親もリトルが元気がないときによくホットミルクを持ってきてくれた。
その事を思い出して、それと同時に現実も思い知らされて涙が溢れて止まらなかった。

「何にも・・・出来なくて・・・」

耐え切れずに、そう言葉を漏らした。
リトルは、自分では役に立てない事を知っていた。
権力も持ってないから、政治に口出しなんて出来ないし、むしろ足手まといになる可能性の方が大きかった。最悪、自分を人質にでもとれば、兄は開戦の要求をのんだだろう。
ずっと兄のそばにいたけど、でも、力にはなれなかった。
何も出来なかった。
そんな中で思いついたのが、アーネストに行くこと。
アーネスト国側の人実になる可能性もあったが、他に思いつかなかった。
これが今の自分に出来る事だと思ったから。
他の誰かに頼んだのでは信頼してもらえるか分からなかったし、国には他に頼める人もいなかった。
そして、誰かに頼るしかなかった。
何も出来ないと知るのはひどく悔しかったけど、自分に足りないものを認めるのもまた強さだと教わって育ったから。

「何も出来ない、なんてことはないよ。」

アスカは静かにそう言った。

「あなたが来なかったら、きっと今もどうしたら動いて良いかわからなかった。でも、今は解決するためにどうしたらいいか考えてる。アーネストもフェイルも傷つかなくて済む方法を。」

まだ具体的には何も決まってないのに、こんな事を言っていいのか分からなかったが、別に口止めされた覚えはない。まあ、まさかこんな所でリトルと話すなんて想定していなかったからかもしれないけれど。
でも、今言ってあげたかった。

「大丈夫。絶対助けるよ。」

そう言い切った後で、アスカは肩をすくめて言った。

「それに、あたしなんて皆に頼りっぱなしだしね。使えるものは何でも使えばいいのよ。」

楽観的かもしれないが、それがアスカのモットーでもあるし。
あっさりとそう言ったアスカを見て、リトルはやっと笑みを浮かべた。

「世界主にそう言っていただければ、心強いですね。」
「え?」

リトルの言葉にアスカはきょとんと言葉を返した。
アスカはまだ自分が世界主だと言っていなかったのだ。
言いそびれたというか・・・
最初はリトルの目的とかが分からなかったから言うなってヘリウスに言われてて、そっから深刻な話になったから結局言っていない。なのに、何で?

「軍の責任者なら、今ここで私とおしゃべりしている時間はないでしょう? 急いでる様子もありませんし、それに、アーネストの重臣の顔はだいたい把握してます。私の存在は、多分重臣の方しか知らない事でしょう? 将軍や宰相でもない、国のトップシークレットに関わる人物・・・と言えば、大体の予想はつきます。」

すっかり調子を取り戻したように、王女は笑ってそう言った。





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