第9話 実情と矛盾

今でも夢に見るのはあの時の事。

今となっては遠い、けれどすぐに思い出すことが出来る記憶。
忘れることなど、出来ないから。
何もなかったことにする事も、元に戻す事も出来ないと分かっていても、少しでも近づけるならどんな手段でも構わなかった。
 
たとえ、どんなことをしても。

「これ以上、思い通りにはさせない―――・・・」

相反する感情がせめぎ合う中で放たれた呟きは、誰にも届く事なく闇に還っていった。


***


「フェイル国、第一王女リトル=メルト=フェイルです。突然押しかけたご無礼をお許しください。」
 
先程アスカ達が助けた少女、リトルはそう言った。

アスカ達は王城の一室にいた。
無駄に広いので城のどの辺に位置している部屋かは知らない。というか覚えられない。
そしてその部屋にはアスカとリトルの他に、ノイス、ヘリウス、カルムがいた。

あの後、アスカ達は気を失ってしまったリトルをとりあえず王城に連れて来た。
そして目を覚ましたリトルに軽く状況――今いるのが城である事などを伝えると彼女は国の重臣、出来れば国王に拝謁したいと言い出し、今に至るのだが・・・。

アスカはさっきからため息を吐きたい衝動に駆られていた。耐えていたけれど。
居心地が悪いと言うか、何と言うかいたたまれない気分になる。
別に居心地の良さを求めている訳ではないが、空気がピリピリしているというか・・・。
今までこんな空気になることはなかったせいかもしれない。
まあ、いきなり交戦関係にあるフェイル国の王女が訪ねて来たのだから当然といえば当然なのかもしれないが、アスカから見ればリトルはただの少女に過ぎない。王族と言う肩書きを背負っていようが何だろうがそんなものは関係ない。
吊るし上げじゃあるまいし、とアスカはかなり人聞きの悪い事を思ったが、当のリトルは特に気にする様子もなく落ち着いたものである。

簡単な挨拶を交わした後、ヘリウス達がリトルにいくつか質問していた。

「一人でここまで来られたんですか?」
「ええ。」
 
リトルは町で絡まれてるところをアスカに助けられたのだから、そうだろう。
誰かと一緒にいたのならリトルを放っておくはずはないし、はぐれたのだとしてもリトルがその事に触れないのはおかしい。

「供の者もつけずに?」
「はい。ここに来たのは私の独断ですから。両親にも言っていません。」

それって家出になるんじゃ・・・。
自分が口を挟めば話が進まない上にややこしくなるだろうと思ってアスカは口には出さなかったが、心の中でつっこんでいた。
しかし、誰にも言わずに家を出れば、家出だろう。何だかいろいろ問題がある気がする。

「それは何故です? 供も連れずに交戦相手の国に来るなんて、危険な事は承知でしょう?」
「・・・自分の立場は分かってるつもりです。どうなろうと・・・たとえ殺されても仕方ないと思っています。」
「ちょっ―――」
 
リトルの言葉を聞いて思わず声を上げようとしたアスカだが、ノイスに口を塞がれた。
アスカはノイスを睨んだが、ノイスは目で黙ってろと言っている。
そんなアスカ達の方を見て、リトルは話を続けた。

「アーネストと結んでいた条約を勝手に破棄し、戦いを仕掛けたのはこちらです。わが国に非があるのは明らかですから。」
 
アーネストとフェイルは友好関係にあった訳ではないが、だからと言って悪かった訳でもなく、不可侵条約を結んでいた。一方的に条約を破棄し、侵略しようとしているのだから、フェイルの王女であるリトルのアーネスト国における立場は悪い。そして、利用されるのも当然ともいえる。
自国の王女が人質に捕られていれば、そう簡単に手出しは出来ないだろうから。
しかし、その考えを否定するようにリトルは少し悲しそうな笑みを浮かべながらこう付け足した。

「もっとも、私を殺したり、人質にとったところで今の父様たちに効果があるとも思えませんけれど。」
「どういう事だ?」
 
リトルの言葉にカルムが眉を顰める。

フェイルの国王夫妻の子供への溺愛っぷりは有名だった。
甘やかしているわけではないのだが、人目を気にせず自分の子を褒め倒すというか、親ばかだなぁと思える言動が見える上に、自分達の子供を傷つけた者にはそれ相応――もしかしたら過剰、な制裁が待ち受けているとかなんとか。
そこまで深い交流の無いアーネストにまでそんな話が広まっているのだから相当なものだ。
それなのに、その娘を人質にとることに効果がないというのはおかしい。
カルムの問に、リトルは逡巡したが、すぐにこう切り出した。

「現在、フェイルは何者かによってのっとられています。」

リトルの率直な言葉に、それぞれが疑念の表情が浮かぶ。
疑念、とは言ってもリトルの言っていることを信じないという意味ではなく、思いがけなかった事を聞いて戸惑う、とかそういった意味でだ。

「操られている、と言った方が正確でしょうか。父様や母様は勿論、国の重臣も。国政の中枢を担う権力者たちは全て操られていると言っていいと思います。そして、彼らの決定は絶対的なもので誰も逆らえません。重臣達は兵のいう事も聞き入れませんし、彼らに逆らえば排除されてしまうだけですから。・・・アーネストに戦をしかけるという案が出た時がそうでした。戦に反対した者は皆いなくなって・・・・そして、重臣の中には誰も反対する者はいませんでした。全員一致で戦に賛成したんです。」
「それは妙な話ですね。」
「はい。フェイルがアーネストに勝つ可能性など、ほとんどありませんから。」
 
リトルはあっさりとそう言った。

「軍事力が違いすぎますから当然のことです。そもそも、こんな話が持ち上がること自体がおかしいのです。ましてや、誰も反対しないなんて・・・」
「だから、操られていると?」
 
確かに不自然な所はあるかもしれないが、それだけでは誰かに操られていると断定するには弱い。

「私の兄―――スティルが魔法の気配を感じると言っていました。兄は魔力自体はそんなに強くはありませんが、気配を察する事には優れています。仮にも神子ですから。」
 
各国にはそれぞれ神子がいる。一般には魔力の高い者がなることが多いが、フェイルには魔力を持つ者自体が少ない為そんなに魔力が強くなくても神子になれる。

「けれど、これも裏付ける証拠にはなりません。信じるかどうかは私が決められることではありませんし、我が国がした事は変わりません。ただ、私は両親を信頼しています。戦の表向きの理由は、フェイルの領土を拡大して国を更に豊かにする為―――ですが、そんな事しなくてもフェイルは充分やっていける。万一勝てたとしても、いたずらに領土を増やせば統制がとれずに混乱に陥るのは目に見えてます。戦からは何も生まれないと教えてくれたのは両親でしたから、こんな事をするほど愚かでありません。」
 
リトルは真剣な表情できっぱりと言い切った。それから、表情を少し曇らせて続ける。

「でも、今の私には何も出来ません。両親へ声すら届かない・・・。ですから」
 
リトルは何かを話しながら決意したように顔を上げていった。

「世界主の力を借りたいのです。」
 
思わぬところで自分の事を話に出されたアスカはちょっと驚いたようにリトルを見た。

「いくら操られているとは言っても、いえ、操られているからこそ全力で戦いを仕掛けてきます。死人の力すら使って。」
「その死人だが、フェイルは死人を操っているのか?」
「おそらく。私達が操られているのではないかと思った理由は、兄が魔法の気配を感じた事もありますが、死人の存在も理由の一つです。魔法文明の発達していないフェイルでは死人を制御することなんて不可能ですから。いえ、誰も制御する事なんて出来ないでしょう。―――魔王を除いては。もしも、魔王の干渉があるのなら、私たちでは手に負えません。両親も、誰も頼る事の出来ないこの状況では尚更。」
 
それからリトルは少し俯き、視線を落として言った。

「出来る事なら、自分の手で守りたかった・・・それが、正しいのかもしれません。」
 
自分の国を、自分の手で守る。
そうしたかった。出来れば良かった。けれど、今のままでは―――・・・

「でも、このままでは何の罪も無い国民が戦でたくさんの血を流す事になります。なら、私は今出来ることをするまでです。」
「出来る事?」
「アーネストに情報を渡す事です。今のうちの統制は完璧です。おそらくどこからも情報が漏れる事はないでしょう。会議すらしていませんから。誰ともそれらしい会話をしていないのに、話だけはどんどん進んでいく。私達が持っている情報も大したものではありませんが、無いよりはましでしょうし、もしかしたら突破口の手がかりくらいはつかめるかもしれません。」
 
しばらく黙って考えるようにしていたヘリウスが口を開いた。

「あなたの話が全て真実だったとして、その隙をついてアーネストがフェイルに攻め入ったらどうするんです?」
「それでも、構わないと思ってます。」
 
ヘリウスの言葉に、リトルは迷うことなく即答した。

「このままではどっちにしろ国は崩れます。それなら、情報を渡すだけ渡して早くに潰してもらう方が被害は少なくて済みます。その方がいいですから。」
 
つまりこう言っているのだ。民が助かるのなら、国がなくなっても構わない、と。

「けれど、今分かっている事は、国が誰かに操られている事と戦力として死人がいること。死人を操れるのは魔王だけですから、魔王が何らかの形で関与しているかもしれないという事だけです。」
「・・・・国王や重臣が操られているのなら、黒幕は近くにいると考えていいでしょうね。くぐつの魔法はあまり離れていると効果がなくなりますから。もしかすると重臣たちの中に紛れているかもしれません。」
「私は政治にはまだ深く関わってないので誰が黒幕かまでは分かりませんが、誰かが魔王と繋がっているのは確かだと思います。単独でこんな事を企てるような野心家も、そんな力量を持った者もいませんから。」
 
辛辣にも聞こえる言葉だが、別に悪い意味で言っているわけではない。
フェイルには飛びぬけた賢者はいなかったが、皆で話し合い、協力し合って政治を行っている国だ。リトルはそんな所が好きだった。
だからこそ、このまま放っておくわけにはいかない。
どんな結果になるとしても。

「少しだけ時間をもらえないか? 頭の中を整理したい。」
「分かりました。」
 
カルムの言葉にリトルは一礼をして、リズに連れられて部屋を出ていった。


「あの子の言っている事、嘘だと思うの?」
「―――疑ってはいない。」
 
リトルの言葉に嘘はないだろう。
それくらいは分かる。

「ただ、彼女が知っている事実が真実だとは限らない。王女も知らない何かが隠されている可能性は多大にある。魔王の力を借りている者がいるのなら、その目的は何なのか。」
 
カルムの言葉にアスカは考えながら、思ったことをそのまま口に出してみた。
もともと、思ったことをすぐ口に出してしまう性分なのだ。

「フェイルとアーネストを潰し合わせることとか・・・。」
 
だが、すぐにノイスに否定される。

「そんなの、こんな回りくどいことしなくても魔王が復活すれば自分でいくらでも潰せるだろ。」
「いや、潰し合うところが見たいとか。」
 
かなり悪趣味な考えだが、あり得ないとも言いきれない。

「それこそ復活してからの方が簡単に出来るだろ。復活させることに力を注いだ方がいい。」
「じゃあ、魔王復活のため?」
「確かに戦が起これば、世界の破滅に一歩近付きそうですからね。大量の憎悪が生まれますし。ですが、あの王女は・・・」
「何? ヘリウスはリトルを疑ってるの? 嘘吐くような子じゃないと思うけど・・・」
「確かにそうは見えませんし、話してるときもそんな素振りはありませんでした。ただ、気になるのが彼女がここまで来た方法―――・・・」
「?」
「女性が、それも王女が、たった一人でここまで来れると思いますか? 魔法を使えば簡単に出来るかもしれませんが、彼女からはそれほどの魔力は感じられませんでした。フェイルにも人を移動させられるほどの魔力を持った者はいないはずですし、魔法を使って国内に入ったのであればすぐに分かります。それがないという事は彼女は魔法なしでここまで来たという事になりますが、今は戦争中です。フェイルもアーネストも国境はかなり厳しく管理されているはず。その中を誰にも正体を気付かれずここまで来る事なんて出来るんでしょうか?」
 
だからあの時一人でここまで来たのか聞いてたのか。
確かにそこは怪しいのかもしれないけれど、それでも。

「あたしは信じるよ。あの子のこと。」

あんなに小さいのに国のことを考えていて、自分の命を賭けることすら厭わない。
そのきっぱりとした態度からは、迷いや不安はあまり見られなかったけれど。
リトルは目が覚めるまでずっとうなされていた。
彼女が眠っている間、アスカはリズからリトルについて話を聞いた。
聡明な少女だと。
確かにアスカのイメージする10歳の子供とはかけ離れている。
見た目は可愛らしいが、さっきの会話からは受ける印象は10歳児のものではない。
子供だからと言って見くびったりする気はないのだが、10歳と言えば小学4年生だ。
学校に行って、友達と遊んで、ケンカして・・・
自分の事で悩んだりする年頃なのに、リトルの悩みは国政についてだ。
王族だからそう育てられてきたのかもしれないけれど。
周りの環境や今の状況のせいなのか生まれつきのものなのかは知らないが、年の割にやたらと達観している気がする。聡明だと言われるのも分かる。

けれど、聡明だろうと王女だろうと、10歳の少女である事に変わりはない。

「罠だったらどうするんです?」

罠だと疑っているというよりは、何かを試すようなヘリウスの物言いにアスカは答えた。

「罠でも何でも、かかってみたらいいじゃない。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』よ。」
「何だそれ?」
 
どうやらアスカの世界の故事はこの世界では通用しないらしい。
当然といえば当然な気はするが。

「危険を冒さなければ功名は立てられないって事。情報が足りないんでしょ? 実際に動いてみれば何か分かるかもしれないし。それに・・・」
 
アスカはそこで一旦言葉を切る。

「世界主っていうのは世界を守るのが役目なんでしょ? どうやったら世界や国を守れるのか、とかは分からないけど、女の子一人助けて上げられないんじゃ、とてもじゃないけど世界なんて守れないでしょ。」
 
アスカはきっぱりとそう言った。





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