情報収集をかねて王都の見回りをしていたノイスは、いるはずのない人物を見かけてため息をついた。

「お前、勝手にうろつくなよ。」
「うわっ いつの間に。」
「こんなとこで何して・・・つーか、何だその格好。」
 
ノイスは本来なら城にいるはずのアスカの姿をじっと見た。

アスカが着ていたのは国王軍の制服。
濃紺のワンピースで、スカートにはインバーテッドプリーツが入っている。胸元には白のリボン。
街や国王軍の女子隊員にも可愛いと評判のデザインだった。
アスカはスカートの裾を軽く持って自分の着ている制服を見ながらノイスの疑問に答えた。

「これ? リズが着とけって。」
「リズが? 何考えてんだ・・?」

リズとしては、アスカが国王軍の制服を着ていれば街に出てもトラブルに巻き込まれる事もそう無いだろうと思ってのことだった。国王軍の姿を見ればたいていの者はそれ以上反抗してくることは無い。
アスカを大人しくさせることは、この数日間で無理だと悟ったというか、諦めたらしい。

「そこで何か話し込んでるけど。」
「いるのか?」

アスカが指差した方向を見ると、確かにリズの姿があった。
一人で抜け出して来たわけじゃなかったのか、とノイスは思ったが

「一緒に来たの。本当は抜け出そうかと思ったけどリズに見つかっちゃったから。」
 
やっぱり違わなかった。

「城抜け出そうとするか、普通。一応狙われてるんだぞ、お前」
 
この前の夜以来、そういう動きは見られなかったが、だからと言って安全なわけではない。

「でもこの前ヘリウスが王都は安全だって言ってたし。」
「それは、前までの話だろ。」
「何が違うのよ。」
「前までは国王が王都にいなかったからな。警備やら結界やらが張り巡らされてる城にいる時より戦場にいるときの方が狙いやすいだろ。だからそっちにフェイルも狙いを定めてたから王都にはあんまり危険はなかったんだろうけど、今はもう城にいる。世界主が現れたって事も広まってるだろうし、お前やカルムを狙って王都にフェイルの兵が潜りこんでないとも限らない。下手すれば周りの人間も巻き込むぞ。」
「・・・・分かった。」
 
アスカは俯いてそう言った。
どうやら「周りの人間を巻き込む」という言葉を気にしてるらしい。
ノイスとしても、アスカの性格を多少掴んできたらしく、こう言っておけば少しは大人しくなるだろうと思っての台詞だったのだが。

二人の耳に女の子の声が聞こえてきた。

「離して下さいっ!!」

どうやら女の子が誰かに絡まれているらしい。

「ノイス、いってらっしゃい。」

そう言ったのはいつの間にか傍に立っていたリズ。

「・・・お前は?」
「あたしまだ休養中だから。」
「もう怪我治ってるだろ。仕事しろよ。副将軍だろ。」
「サボり魔の将軍に言われたくないわね。」
「俺はちゃんと仕事してる!!」
「今は、でしょ。でも早速職務怠慢かな。」
「は?」
「だってアスカとっくに走ってったわよ。護衛がこんなとこで喋ってていいの?」
 
言われて見ると、さっきまで隣にいたはずのアスカの姿が見当たらない。
アスカは声の聞こえた直後、リズとノイスが口げんかしている間に真っ直ぐ声の聞こえた方へ走って行っていた。

「それを先に言え!・・・ったく、あいつも全然分かってねーだろ。」
 
ノイスはアスカの後を追いながら、さっき自分が言ったことを全く理解してないだろうアスカにため息を吐きながら、そう呟いたのだった。




「あー・・・どっちだ?」

 アスカが行ったであろう方に向かったのはいいが、この辺は道がやたら入り組んでいて何か合図でもないとどこにいるのかなんてすぐには分からない。  ヘリウスならアスカの魔力を辿って探す事も出来るだろうが、生憎ノイスは探索とかそう言う細かい事には向いていない。流石にものすごく近づいたり、大きな魔法でも使われれば分かるが、いくらアスカでもこんな所でそんな大魔法は使わないだろう。というか、そんな破壊力のある魔法を使われては困る。 そんな事を考えながら探し回っていると、少し遠くで叫び声が聞こえた。
もちろん、男の。

「・・・・あっちか。」
 
何だか複雑な気持ちがしないでもないが、ノイスはそう言って声のした方へ走っていった。




「はい。そこまで。」

ノイスは前日、アスカと初めて会った時と同じようにアスカと男の間に割って入った。
突然の乱入者を男達は睨みつけたが、ノイスの格好を見て動揺を見せた。

「国王軍・・・?」

国王軍の制服を着ていたノイスを見た男たちは、ノイスが何かをするまでもなく、あっさりと逃げていった。
軍の制服ならアスカも着ていたが、女だと思ってそれほど気にしなかったのだろう。
リズの目論見は外れてしまったらしい。
まあ、牽制くらいにはなっていただろうから全く効果が無かったという訳でもないのだが。

ノイスは一瞬追いかけて捕まえようかとも思ったがこのままアスカを放って置くと、また何かしでかしそうな気がしたのでやめておいた。顔は覚えたし。
ノイスはため息をついて、アスカの傍に行った。

「お前、俺の話聞いてたか? 勝手に動き回るなって言っただろ。」
 
ノイスの言葉にアスカは悪びれずに答えた。

「女の子が困ってるのを見捨てろとでも?」
「そうじゃなくて、人を呼ぶとか何か他にねーのかよ。俺もいただろ。」
「あの・・・・」
「待ってるのは性に合わないのよ。そんな事してる間に何かあったらどうするのよ。大体ここ治安悪いんじゃない? この短期間で何回もこういう現場に居合わせたわよ。」
「気をつけてはいるけど、ここは王都だから色んな場所から流れてくるやつが多いんだよ。」

「あの!」

そこで二人は呼びかけられていることに、やっと気付いた。

「助けて下さってありがとうございました。」

笑顔でそう言ったのは、アスカ達が助けた少女。
大きな深緑の瞳に金色のふわふわした腰までの長さの髪を持つ、年のころ10歳前後の少女だった。
お人形さんみたい・・・

「どういたしまして。怪我とかない?」
「はい。大丈夫で・・・」
 
言い終わる前に、少女が倒れてきた。
アスカは慌てて受け止める。

「ちょっと、大丈夫!?」
「気ぃ失ってるみたいだな。」

ノイスはそう言ったあと、少女の顔を見て眉をひそめた。

「何?」
「・・・この子、どっかで見たことあるような。」
「この辺に住んでる子とか? でもそれにしては随分身なりがいいわね。」
 
街に住んでる少女というよりは、どっかの高級住宅街(そんなものがこの世界にもあるのかは知らないが)で暮らすお嬢様という感じだ。

「アスカ大丈夫?」
 
のんびりとここまで歩いて来たらしいリズがアスカ達のそばまで来た。
しかし、サボっていた訳ではないらしく、少し離れたところにさっき逃げた男達が倒れていた。
外見からはそうは見えないが、副将軍の座は伊達ではない。

「この子が絡まれてた子? ・・・あら?」
「知ってるの?」
 
リズもこの少女に見覚えがあるのだろうか。
そう思って尋ねたアスカにリズが返した言葉は―――

「この子、フェイルの王女じゃない。」

アスカの想像以上のものだった。





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