夜中にアスカはふと目を覚ました。
何か物音が聞こえた気がしたからだ。
「・・・・・やっぱり聞こえる。」
気のせいかとも思ったが耳を澄ませてみると、確かに何か聞こえる。
音の大きさからしてアスカの部屋からそう距離は離れていないはずだ。
どうせ気になって眠れないし、と思ったアスカはおそるおそる物音のする方へ近付いていった。
この気配・・・・・
「ぅわっ」
アスカの耳にそんな声が聞こえた。
人の声・・・っていうか誰か襲われてる!?
そう気付いたアスカは声のする方へと急ぎ、2つの人影が見えた。
一人は国王軍の隊員だ。制服を着てるからすぐに分かる。
そしてもう一人は見慣れない、真っ黒な衣を纏った男。
アスカが駆けつけた時には、既に隊員は地面に体を叩きつけられていた。そして、男は手にしていた剣で止めを刺そうとしているところだった。
「やめてっ!!」
その光景を見たアスカが咄嗟にそう叫ぶと、男はその声に反応し、動きを止めた。
そして、アスカの方を見る。
男からは何も感じられない。
ついさっき、隊員を殺そうとしていたのに、殺意、憎悪、そのどちらも感じられなかった。
ただ、無感情にアスカを見ていた。
それが却って不気味だった。
男が一歩踏み出したのと同時に、アスカはさらに警戒を強める。
しかし、男はアスカに襲い掛かるわけでも、隊員にそれ以上手を出すわけでもなく、ただその場から姿を消した。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、アスカはすぐに我に返り隊員のもとへ駆け寄った。
どうやら気を失っているだけのようだ。
とは言え、怪我をしているし、出血もしている。
このままではまずい。
夜中だが、城内だし、見回りなり何なりで誰か起きてるだろう。
アスカはそう思うと、助けを呼んだ。
部屋には治療師の他に、リズとノイス、ヘリウスがいた。
カルムもさっきまでいたのだが、どこかに行ってしまった。
というか、今回の事で事後処理などの仕事が増えたのかもしれない。
隊員の傷は思ったよりも浅く、命に別状はないとの事だった。
治療の様子を見ていたアスカにヘリウスが尋ねた。
「一応聞きますが、侵入者に心当たりありませんか?」
「全然。」
「まあ、そうですよね。」
アスカがここに来てからまだ日が浅くこの世界の事に詳しくないし、行動範囲もたかが知れている。
心当たりがある方がすごい。
やはり事情を聞くのは、隊員が目を覚ますまで待つしかないようだ。
「あ、でも一瞬死人かと思ったけど。」
「死人?」
「んー。何か感じた事あるような気配がした気がして。・・・霊力かな?」
不意に感じた霊力を、とっさに死人の霊力と間違えたのだろうか。
考え込むようにしていたアスカの言葉にリズが続ける。
「霊力と言えば、侵入者の魔法力が異常に高いですよ。この王城の結界をはってるのはヘル様ですよ? ヘル様の結界を破るほどの力なんて・・・」
リズの言葉を受けて、ノイスがヘリウスに問いかけた。
「フェイルからの刺客だと思うか?」
「フェイルは魔法文明はほとんど発達していなかったはずです。こんな短期間で隊員にあっさりと勝つほどの力をつけるとは考えられませんが・・・」
アスカが助けた隊員は決して弱い訳ではない。
むしろ、強い方に分類されるはずだ。
それなのに、今まででは圧倒的に有利だったはずの魔法で負けたのだ。
今までのフェイルからは考えられない、と思うのも無理はなかった。
「それに、一人で乗り込んでくるっていうのも妙だな。無謀もいい所だ。こういうのはまとめて一気に送り込んでくるのが普通だろ? 結界を破るほどの力を持った奴なら、尚更な。」
下手な鉄砲も数打てば当る、というわけではないが、人数が多いほうが目的を達成しやすいはずだ。
実際、刺客が送られてくるときは無駄に人数が多かった。
「詳しい事は分からないけど、どっちにしろ、警備を強化しないとね。」
リズの言葉を聞いて、ノイスはため息を吐いて言った。
「・・・ったく、護衛が守られてどうするんだよ。」
「護衛?」
アスカがノイスの言葉を聞き咎めた。
誰の、とは聞くまでもない。
警備士が襲われていたのはアスカの部屋のすぐ傍だ。
この場合、アスカの護衛と考えるのが自然だろう。
「・・・・あたしの?」
アスカの問にリズが答える。
「何かあったら困るでしょ。実際あったし。」
「でもあたしの姿見て何もせずに逃げたわよ?」
「多分、寝込みを襲うつもりだったのよ。一人で正面から世界主と戦おうなんて思わないだろうし。」
つまりあの警備兵はアスカの護衛で、アスカの寝首をかこうとした何者かと戦って怪我をしたということだ。
「・・・護衛はいらない。」
「何言ってんの? また同じ事があったらどうするのよ!?」
アスカは今度はリズの目を真っ直ぐに見て反論した。
「だからこそじゃない! い・ら・な・い!」
「なっ・・そんなの無理に決まってるでしょう!?」
「決まってない! あたしがいいって言ってるんだからいいの!」
内容の割りに何だか言い方が低レベルな気がしないでもないがアスカに譲る気配は無い。けど、それはリズも同じだった。
アスカだって別に彼らの仕事を奪いたいわけではないが、自分を守る為に誰かが傷つくのは嫌だ。
その現場を見てしまったのでは尚更だ。
一向に決着の着きそうにない二人の言い合いに、その様子を見ていたヘリウスが提案した。
「じゃあ、アスカの護衛はノイスという事で。」
「「え?」」
「は?」
ヘリウスの提案に声を上げたのはアスカとリズだけでなく、それまで「まずい事言ったかな・・・」と二人の口論を見ていたノイスも反応した。
「アスカは今夜みたいな事がまた起こると嫌だから護衛はいらないって言ってるんでしょう?」
「うん・・・」
ヘリウスとアスカの様子を見ていたリズが納得したように言った。
「なるほど。ノイスなら大丈夫ね。」
「何が?」
アスカには意味が良く分からない。
「ノイスなら刺客が来たって怪我も負わずに捕まえられるわよね? 腐っても将軍なんだから。」
「お前は常に一言多いんだよ。」
「何よ。元はと言えばあんたが余計な事言うからでしょ。」
護衛をつけてるとアスカに悟らせるようなことを言わなければ、こんな問答をしなくて良かったのだ。
リズの言葉に痛いところをつかれたノイスは何も言えなくなった。
その様子を見たリズは、今度はアスカを見て言った。
「世界主として出来ることはやるって言ったわよね?」
「うん。」
「なら、護衛をつけるのも世界主の仕事のうちよ。下手に怪我でもしていざと言う時何も出来なかったらどうするのよ。」
「う・・・」
リズの言う事も一理ある、というか正論だった。
「大丈夫よ。ノイス頑丈だから。」
リズの言葉にそれ以上何も返すことが出来ない。
アスカは頷くしかなかったのだった。
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