夕方。
あの後フィナの店に戻ったアスカは、フィナとリタとすっかり話し込んでしまい、気付けば結構な時間が経っていた。
まずい。と思って慌てて帰ってきたのだが、とりあえず間に合ったらしい。
とは言ってもぎりぎりだったけれど。
部屋に戻って来た直後にヘリウスが呼びに来たのだから。
危なかった・・・
流石にすっぽかすのはまずい。
というか、無断で街に行っているのだからばれたらまずい。

「どこに向かってるの?」

アスカはヘリウスについて歩きながら尋ねた。

「王の執務室ですよ。中には陛下と将軍がいます。」
「将軍?」

また偉そうな役職の名前が。

「魔王のこととか今後の事を話すのには彼もいた方がいいですから。フィルネスさんは仕事でいませんけど。リズもいますよ。」

リズがいるならちょっと気が楽かもしれない。
少しほっとしながら歩いているとヘリウスがひとつの部屋の前で止まった。

「ここです。」

ヘリウスは執務室の扉をノックし、「失礼します」と言ってから扉を開けた。

「どうぞ。」

ヘリウスはそう言ってアスカを部屋の中に促した。


アスカは部屋に入ると、さっと見渡した。
城内の他の部屋と同じように高そうな調度品があるのかと思っていたが、この部屋にはあまり物が無かった。仕事をする為の机と椅子、書類を置いておく棚。あとはソファがあるだけだ。
まさに仕事をするためだけの部屋といった感じだ。

アスカの目に入ったのは、金色の髪。
執務室の机の向こう側に座っていたのは金髪碧眼の青年。
肩より少し長い髪を後ろで束ねている。
まさに女の子の夢見る王子様という感じの容姿だった。

そのすぐ傍にはリズと、もう一人青年がいた。
おそらくさっきヘリウスが言っていた将軍だろう。
この国の偉い人ってみんな若いんだろうか。

「アーネスト国、国王のカルム=ジェスティ=アーネストと将軍のノイス=フェネルです。」

・・・そういえば王子様じゃなくて王様だった。
ヘリウスの紹介を聞いてアスカがそんな事を思っていると、カルムが口を開いた。

「カルム=ジェスティ=アーネストだ。」
「莢峰・・・アスカです。」

何だか緊張感が漂っていたが、その空気は次の瞬間に破れた。

「あ。」

近くで声が上がったからだ。
声のしたほうを見てアスカも驚いた。
そこにいたのは昼間会った青年だったからだ。

・・・さっきと格好が違うから分からなかった。

それに、カルムに気を取られていた為、彼の顔までちゃんと見ていなかったのだ。
じろじろと見るのもなんだし。

二人の様子を見て不思議に思ったらしいリズが隣にいる青年に尋ねた。

「ノイス、知ってるの?」
「ああ。さっき王都で―――」

まずい。

「王都・・・? まさかアスカ―――」
「あは?」
「そんなんじゃ誤魔化されないわよ。一体いつの間に―――」
「いつって言われても・・・」
「リズのいない間にでしょう?」
「ヘル様知ってたんですか!?」
「城に結界をはってるのは私ですから。城内への人の出入りはだいたい分かりますよ。」
「やっぱり? ヘリウスにはばれてる気がしてたんだよね。」

何となくだが。
さっきもアスカが帰ってきた直後にタイミングよく部屋に来たし。

「知ってて何で止めてくれないんですか!?」
「今は王都は安全でしょうし、アスカの性格からして言っても聞かないでしょうしね。」

実際抜け出してるのだから何も言えない。
額を押さえながらヘリウスの言葉を聞いていたリズは今度はノイスに食ってかかった。

「ノイスも何で街に行ってるのよ。仕事はどうしたのよ、仕事は。一応将軍でしょう!?」
「"一応"が余計だ。」
「じゃあちゃんと仕事しなさいよ。ところで・・・」

リズはそう言うとアスカの顔を見て言った。

「王都で何か問題起こしてないわよね?」
「・・・何の心配してるのよ。しかも失礼な。」
「起こしてただろ。」
「あれは、あっちが悪いのよ!」

ぼそりと突っ込まれたノイスの言葉にアスカは反論したが、ノイスは聞いていないようだ。

「しかし、お前が世界主なのか。って事はさっきの省略呪文考えたのはヘリウスか?」
「そうですよ。」
「省略呪文?」
「でもあれ大丈夫なのか? ほとんど魔法の名前しか言ってないだろ。」
「平気ですよ。この前試しに訓練場で焔蛇を使わせてみたら―――」

ヘリウスはそこで言葉を区切り、アスカの顔を見た後で言った。

「危うく訓練場の結界にヒビが入るところでしたから。」
「・・・・だから、ごめんって。」

アスカは笑顔で言われたヘリウスの言葉を聞いて居心地悪げに目を逸らした。

訓練場とは魔法の練習をするための施設のことだ。
普通の場所で魔法を、それも攻撃系統の魔法の練習などしようものなら当然、後に残るのは惨状とその後始末である。なので、訓練場は魔法を使っても大丈夫なように魔法障壁や魔法吸引術の結界を掛けてある訓練場でするのだが。
アスカはそこでヘリウスに言われて呪文を全て唱えて焔蛇を使ってみたところ、魔法吸引術をかけてあるはずの的を壊し、何だかすごい音をたてて訓練場の壁に突っ込んでいったのだ。
焔蛇は中級レベルの魔法だから、呪文を全部詠唱したところで、的が壊れるなどということは普通はあり得ない。
むしろ全部詠唱しなければ魔法は発動しないだろう。

「げ。マジで・・・?」
「・・・今はその事は置いといて。魔王について教えてくれるんじゃなかったの!?」

全員に注目され的を壊した事を責められていると思ったのかアスカは話題を逸らそうとしていた。
実際はアスカの魔力の強さに呆れるというか、関心していたのだが。

「そうですね。本題に入りましょうか。」



***



ヘリウスは地図を広げて説明を始めた。
「まず、五大国について説明しましょうか。五大国はアーネスト、クレオ、ファブラス、フェイル、プルトで構成されています。現在アーネストはフェイルと戦争中。クレオはフェイルと友好関係にありますが現在は参戦していません。ファブラスは内乱中。プルトは以前話した通り魔王が封印されている土地です。」

地図に描いてある大陸の一番西に位置するのがプルト。そのすぐ東にあるのがファブラス。
その二つの国を切り離すようにして森がファブラスの国境沿いに広がっている。
そして森の南側にアーネスト、フェイル、クレオと北から順に位置している。
アスカが最初に現れたあの森はプルト以外の四つの国と繋がっていたらしい。
ちなみに、あの森はどこの国の領土でもないそうだ。

「単純にプルトに行って魔王を倒して――って訳にはいかないのよね?」
「プルトに行こうと思ったらファブラスを通らないといけないからな。ファブラスは内乱中だからそう簡単に入れないと思うぞ。」
「内乱って、何で?」
「さあ。ファブラスはここ200年くらい鎖国状態だからな。情報はほとんど入ってこないんだよ。」

内乱。戦争。
実際に経験した事の無い未知の世界だが、大陸のほとんどを占める国がそれでは・・・

「・・・魔王が復活しなくてもこの世界やばいんじゃ。」
「そうですね。」
「またそんなあっさりと・・・」

ヘリウスの言葉に若干脱力しながらも、アスカは考え始めていた。


アスカの目的は、元の世界に帰ることだ。

そして、魔王討伐を考えたのは、死人のことがあったから。

元の世界でも、霊のお祓いをしていたから。
だから、死人を殲滅させたいと思った。
それが、きっかけ。
もちろん、今もそれは変わらないけれど。

もう一つ、増えた。

多分自分は傲慢なんだろう。

確かに魔力はあるかもしれないが、力さえあれば解決できるわけではないし、その力もどれほどのものか自分でもまだ分かっていない。

何が出来るか分からない。何も出来ないのかもしれない。

でも、それでも。
もし自分に出来る事があるのなら―――

・・・世界を平和にするのが、世界主の役割だというのなら。

「戦争、止められる?」

アスカは静かにそう言った。

「魔王を倒すだけじゃ、平和になったなんて言えないでしょう?」

仮に魔王を倒して、魔王が世界を支配することがなくなっても。死人が現れなくなっても。
人が傷つくのなら、それは平和じゃない。

まだここに来て数日しか経っていないけれど。
それでも、城の人と、街の人と話して、仲良くなって。

ファンタジー小説みたいな世界だけれど、でも、作り話なんかじゃなくて、現実にある世界。
元の世界と何も変わらない。
その人達が血を流すのは嫌だと思う。
だから―――

「止める。」

きっぱりとそう言ったアスカだが、言葉とは反対に「偉そうなこと言うな」とか言われたらどうしようと内心どきどきしながら反応を伺うようにみんなの顔を見る。

「その為に、あなたがいるんでしょう?」

温かい、それでいて力強い笑みを浮かべてアスカを見ていた。

アスカの言葉に異を唱えるものなど誰もいるはずがなかった。
それは昔からの悲願でもあったのだから。





「どっちにしろ、プルトに行くならうちだけじゃなく他の国の協力も必要でしょうしね。」
「そうなの?」
「どれだけ死人がいると思ってるんですか。いちいち相手をしていたら魔王を倒す前に力尽きますよ。それにプルトには何があるか分かりませんからね。戦力は多いに越した事はないです。まあ、全軍事力をつぎ込めば不可能ではないかもしれませんが、そんな事したらこの国滅びますし。第一、今の状態では軍は動かせませんよ。魔王がどうとかいう以前に、フェイルに攻め込まれるのが目に見えてますから。」

確かにそれでは意味が無い。

「そういう訳で、最初にフェイルとの戦争を収めないといけないんですが―――」

ヘリウスはそこでノイスに視線をやる。

「どうでした?」
「相変わらずだな。膠着状態だ。」
「でもフェイルにはアーネストほどの軍事力は無かったはず。それが最近になっていきなり力をつけています。絶対何かあるはずです。」

リズの言葉にアスカが尋ねた。

「何かって?」
「まだ、分からないけど・・・」
「諜報員はどうした?」
「まだ戻ってません。連絡がつかないとなると・・・」
「厳しいな。このままでは動けない。」

力は互角なのだ。
何の情報も無くては対策が打てないし、ただ突っ込んでいくのでは勝てない。
もっとも、アーネストはこの戦争で勝ちなど望んではいない。
確かに勝てば国土は広がるだろうが、この大陸は今まで五大国によって力の均衡が保たれていたのだ。
アーネストがフェイルを支配してしまえば、その均衡が崩れないとも限らない。
おまけに、何故フェイルがアーネストに戦争をしかけてきたのかはっきりとした理由が分からないのだ。
負けるわけにもいかないが、出来れば和平に持って行きたいのが本音だった。

「話し合い・・・とかやっぱり出来ないの?」

話し合いで解決するんなら戦争にまで発展してないんだろうなと思いながらも一応聞いてみる。

「したくても、聞く耳持たないというか・・・」
「使者を送ってもつきかえされますからね。」
「最近になって急にだからな。」
「やっぱりおかしいですよね・・・」

リズの言うとおり何かあったのかもしれない。
でも、それが何かは分からない。
だから、迂闊に動けないのだ。

とりあえずその日はそれ以上話は進まず、暗くなった事もあってアスカは部屋に戻った。

「疲れた・・・・」

何か慌しい一日だったなぁ・・・。
街に行ったり、助けたり、助けられたり、国王に会ったり。
考えることもいろいろあった。
魔界のこととか、世界主の事とか。
自分に、何が出来るか・・・
しばらくそんな事を考えていたアスカだったが、やはり疲れていたようでそのうち眠りについていた。





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