―――今となっては、遠い記憶。


「リオ様」

闇の中、浮かび上がったその姿に、一人の少女が声をかけた。
腰までの黒い髪をすっと伸ばした少女は、リオと呼んだ人物に跪いて用件を告げた。

「王女はアーネストに入り、世界主と接触し現在往生にいるようです。」
「そうか。」

リオは少女の報告に、ただそう答えた。
それ以上何も言わないリオに焦れたように少女は更に口を開く。

「王子と王女に術をかけてはいけないと仰ったのは何故ですか? 傀儡の術を使えば、簡単にあの国を手に入れることが出来るのに。」

少女は不満そうな顔でリオを見る。
不満、とは言ってもリオへの反抗の気持ちがあるというわけではなく自分の能力を信じてもらえてないと感じたのだろう。

「泳がせておけばいい。今の目的は、フェイルの支配ではないだろう?」

諭すように言われた言葉に、少女はそれ以上は何も言わず自分の仕事に戻った。
あまり長く離れていては術の効果が薄れるかもしれないからだ。


また一人になった空間で、リオは何もない空中の一点をじっと見つめ、自分の言葉の続きを心の中で呟く。

そう、ただフェイルを、世界を支配したいだけなら、魔王が復活すればいくらでも出来るのだ。

目的はそんなことではない。

「お手並み拝見といこうか、世界主―――・・・?」

何の感情も読み取れない表情で、リオはそう呟いた。




第八話 出発点



「アスカ姉様!」

リトルはたまたま通りかかったアスカの姿を認めるとそう言って笑顔を見せぱたぱたとこちらに駆け寄ってきていた。その様子を見ながら一緒にいたノイスが珍しいものでも見たような表情でアスカにだけ聞こえるような声で呟いた。

「えらい懐かれたな。」
「ねえ?」

そうなのだ。あれ以来、妙になつかれてしまったらしくアスカとリトルはしょっちゅう一緒にいる。
当のアスカは、まあ可愛いし、いっか。と思っているので全く問題ないのだけれど。
というか、一緒になって城を抜け出したりしてるのがいけないんだろうなぁ。

この王女は見た目とは違って、かなりのお転婆らしい。
アスカが一度城を抜け出そうとしていたのを見つけて、勝手についてきたのだ。
あれにはかなりびっくりした。
とは言え、どこか通じるものがあったのか、日に日に仲良くなっていった。

こんな妹欲しかったなぁ・・・と思う。
ふわっふわしてて女の子らしいし、
だって、趣味がお菓子作りとかなのだ。
作らなくても専属料理人とかがいるだろうに。
ていうか、リトルが料理してるとことか、料理教えてもらってるところとか想像するとかなり微笑ましい気がする。
今も、まあ流石に堂々と厨房に出入りするわけにはいかないので料理を作ったりはしないが、お茶をいれたりはしてくれている。

「あのねっフィナさんにもらいましたのっ」
「ああ、あの時の・・・」

前に一度、リトルを店に連れて行ったことがある。
フィナはリトルをめちゃくちゃ可愛がっていた。
何か妙な道に入るんじゃなかろーかと心配になるくらいに。
その時に何か言ってた気がする。
まあ、リトルは王城でも侍女とかに結構いろいろもらってるけど。
リトルの素性は話してないから遠慮とかもないし、何か構いたくなる雰囲気が漂ってるんだよね。

「お前、また抜け出したのか?」

ノイスの目が「お前、何連れ回してんだよ」と言っている。

「ち、違うわよ!!」

前科はたっぷりとあるが、今回の件は無実潔白だ。

「リズさんが持ってきてくれたんです。」

何か余計なことを言ってしまったかと、リトルはちょっと焦ったような表情でそう言った。
フィナの店は結構人気がある。
リズもたまに行くらしい。
たまに、というのは行く度のフィナの歓迎っぷりに多少疲れるからだそうだ。まあ、気持ちは分かる。
あのリズを圧せるというのもフィナのすごいところだ。

「こんなところで何してるんです?」

そう声をかけてきたのはヘリウスだった。
何だか久しぶりに顔を見たような気がする。
ここのとこ色んな所を駆け回ってるらしく、姿を見ることはなかった。
フェイルとの事で動いている、ということだけは確かだったけど。
聞いてもよく分からないだろうし、説明してる時間もなさそうだったから詳しくは知らなかった。

「何か進展あったの?」
「ええ。話しに行こうと思ってたところなので丁度良かったです。」
「結局どうするの?」
「まずは、話し合い・・・ですかね。」
「話し合いって・・・話せる状況にあるの?」
「ないでしょうけど。まあ、いきなり仕掛ける訳にはいきませんし。少なくとも、王子は洗脳されてないのでしょう?」

言葉の前半はアスカに、後半はリトルに向けて言われていた。

「ええ。少なくとも、私がいた時には。今でもそうであると思ってます。」
「でしたら、王子とは話しておきたいですしね。あなた方に協力していただかないと、アーネストのフェイル乗っ取りだととられかねませんから。こちらとしても、他国への過剰な干渉は避けたいところですし。」

王族の許可なしに、こちらの思惑通りに事を運べばそうとられかねない。

「まあ、正面から会談を申し込んでも突っぱねられるでしょうし、操られてる方々と話しても拉致があきませんしね。かと言って、王子と話すのも難しい。」
「つまり、どうするわけ?」
「公式な手段をとらずに会いに行くんですよ。」
「非常識な手段ってこと?」 
「非公式な手段です。」

何が違うんだ。と内心で思いながらもそうしていると話が進まないのでそれ以上の追求はやめた。
何をするかは話を聞けば分かることだ。

「で、具体的にはどうするの?」
「簡単です。知られないように王子と接触をはかればいいんですよ。」

知られないようにっていうのは、この場合、操られている人々――つまり、国王たちにということだろう。普通、他国に行くには申請がいる。許可証をとって門をくぐって入国するのだ。それが、国の重臣なら尚更だ。全然簡単じゃない気がする上に――

「――それって不法入国って言うんじゃないの?」
「戦争になれば不法も何も関係なくなりますし、これくらい大目に見てほしいんですが。他に手っ取り早い案もないですし。というか、今はフェイルとは一切連絡がつかない状況にありますから、どっちにしろ申請なんて出来ませんし。」

そう言えば、使者を送っても全く反応がないと言っていた気がする。
アスカが納得したのを見てとったのか、ヘリウスは続きを話し始めた。

「大勢でぞろぞろ行って、気取られては困りますから少数でいきます。数がいればいいってものでもありませんしね。人数少ないほうが動きやすいですし、誰かさんに暴れられて味方まで巻き添えをくってはたまりませんからね。」
「誰かさんって・・・まあ、分かるけど。」

何か心当たりがあるのだろうか。微妙な表情をしている。
ノイスの台詞を気にした様子もなく、ヘリウスは笑顔で付け足した。

「周りを気にしてる余裕はないかもしれないって意味ですよ。」

ヘリウスはリトルに目を向けて、視線を合わせる。

「さて、そこでお訊きしたいんですが、どうなされますか?」

一緒に行くか、ここで待っているか。

「今言ったとおり、何が起こるか分かりません。守れる余裕があるかも分からない。あなたを死なせるわけにはいきませんけど、それはこちら側の誰にも言えることです。同行されるのであれば、自分の身は自分で守れることが最低条件ですね。ここにいれば、巻き込まれることはないでしょうし、一緒に行くよりはずっと安全です。人質としてフェイルへの牽制くらいにはなる。ですが、あなたにいてもらった方が動きやすいと言うのも事実です。国のことはあなたが一番詳しいですし、スティル王子にはあなたがいたほうが話をつけやすいでしょう。ですが、王子宛に手紙を書いてくださるのでも構いません。ですから、どうするかはあなたが決めてください。ここにいて、全てが終わるのを待つか、一緒に来るのか。」
「行きます。」

ヘリウスが挙げた選択肢に、リトルは躊躇することなく答える。

「身の安全の保証は出来ませんよ?」
「それでも。私には国を見届ける責任がありますから。」

最近よく見せるようになった子供らしい無邪気な表情ではなく、最初に会ったときのような、死んでも良いとすら言った、あの時の表情で言葉をはっきりと告げた。
きっと、これはリトルの王女としての顔なのだろう。

「私に何かあって困ると言うのなら、こちらの不利にならないように誓約書でも何でも書きます。」

真剣にそう言い切ったリトルを見たヘリウスはそこでそれまでの真剣な表情からふっと笑んで

「そこまでして下さらなくて結構ですよ。多少の信頼関係がないと、この先上手くいきませんからね。」

多少でいいのか。

「出発は明後日です。それまでに準備をして置いてくださいね。」




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