―――魔王を倒して世界を救わないと元の世界に戻れないって事ですよ。

「何――っ!?」

ヘリウスの言葉に、思わず立ち上がって大声で叫んだアスカを気にする様子もなくヘリウスは言葉を続けた。

「正確に言えば、戻る方法が分からない、ですけどね。」
「もっと悪いわよ!! 何それっどういうこと!?」
「そのままの意味ですけど?」
「だって、魔法があるんでしょ? 転移魔法とかがあるんならそれを使えば帰れるんじゃ――…」
「転移魔法は場所の移動が出来るだけで、異世界への空間の移動までは出来ませんよ。」
「じゃあ、あたしはどうやってここに来たっていうのよ?」
「たぶん転移魔法じゃなくて、召喚魔法を使ったんだと思います。」
「何か違うの?」 
「転移魔法は移動するためだけの魔法で、召喚魔法は異世界から相手を呼び寄せるためだけの魔法なんです。ちなみに、相手を送り出すのは送還魔法って呼ばれてるんですけどね。この2つの魔法は転移魔法とは違って二つの世界を挟んで行うので、多くの制約があるんです。そしてこの魔法の制約の一つに"術者の目的が達成されるまで召喚された者は元の世界に戻れない"というものがあるんですよ。つまり――」
「つまりその目的が魔王を倒す事で、倒さない限り元の世界に帰れないってこと? っていうか、召喚魔法の術者って誰よ?」

アスカは苛立ったような瞳をヘリウスに向ける。
ヘリウスが悪いわけではないのだが、あまりにも突拍子の無い話にどうしたらいいのかわからない。

「さあ?」
「あんたねっ! ふざけてんの!?」

ヘリウスの答えにアスカは怒鳴ったが、ヘリウスは真剣な表情で言った。

「ふざけてるわけじゃありませんよ。本当に分からないんです。召喚魔法には強大な魔力が必要とされている為、この魔法を使える人なんていないはずなんです。世界が召喚したっていう人もいますけど、本当のところは何一つ明らかにされていません。200年前の初代世界主のことも時間が経っているせいか、その記録はほとんど残っていないんです。」
「普通、世界を救ったと言われるほどの人だったら、伝記とか、何か記録が残ってるものなんじゃないの?」
「僕もそう思いますが、何故か記録はほとんど残ってないんです。」
「だから詳しくは分からないって事か…。ちなみに、魔王が完全復活したらどうなるの?」
「魔界が滅びますね。」
「そんなこと、あっさり言わないでよ。」
「事実ですから。魔王は破壊の王ですから、魔界が壊滅状態になるのは間違いないでしょう。」

アスカが世界主になるかどうかには、アスカが元の世界に帰れるかどうかという問題だけでなく、魔界の存続もかかっているということだ。そんなものとてもじゃないけど背負えないわよ・・・と思いつつもアスカの性格上、放っておくということもできない。

「……魔王を倒せば、元の世界に帰れるのね?」

睨みながらそう言ったアスカにヘリウスはいつもの笑みで答える。

「少なくとも、倒さないうちは帰れないでしょうね。」
「・・・・・・」

数秒の沈黙。
はあっ。
ついさっき、ヘリウスと出会ったときと同じようにアスカは短く溜め息をはいた。

「魔王を倒すって具体的には何をしたらいいの?」



***



「アスカいるー?」

ノックの音と共にリズはそう言って扉を開け、顔をのぞかせる。

「・・・返事する前にドア開けるならノックしてる意味ないんじゃない?」

アスカの声にもリズは悪びれず答える。

「礼儀なんか気にするなって言ったのアスカじゃない。」
「そうだけどね。」

笑いながらアスカはそう言った。

アスカが魔界に召喚されてから三日が経っていた。
その間にアスカとリズはかなり仲良くなっていた。
最初はリズもアスカが世界主ということで敬語を使ったりアスカの事を「様」付けで呼んだりしていたのだが、リズに頼んでやめてもらった。

敬語とか使われると何ていうか、むずがゆいのよねぇ・・・。

リズは外見の可愛らしさとは違い、中身は非常にさばさばしていて付き合いやすかった。

「で、何かあったの?」
「あ、そうそう。明日陛下が帰還されるから、アスカは明日陛下と会う予定だって事を伝えようと思って」
「陛下って・・・王様よね。」
「そう。」
 
現在アーネスト国は隣国のフェイル国と戦をしていた。
戦と言っても、まだ激しい戦いには発展しておらず、均衡状態を保っているらしいが。
その為、国王は出陣中で城にはいなかったのだ。「普通、王様って出陣なんてしないで城にいるものなんじゃないの?」というアスカの言葉にリズは苦笑しながら「そういう方なのよ」と答えた。
ちなみに、アスカが最初にこの世界に来た時に会った男たちと死人はフェイル国のものだったらしい。

「・・・帰ってくるってことは戦は終わったの?」
「ううん。まだ決着はついてないんだけど、流石に国王がそう何ヶ月も城を空けたらまずいからね。フィルネス様に強制送還されるの。」

強制送還って・・・。
 
「あたし、そういう緊張するような事苦手なんだけど。王様とかそんな偉い人と会ったことないし。」
「何言ってんの。立場でいえば陛下もアスカもそんなに変わらないわよ?」
「え? 何で?」
「当たり前じゃない。アスカは仮にも世界主なんだから。」
 
仮にもって……。
出会った頃と明らかにアスカへの扱いが違う。
でもそれはアスカとリズが親しくなったという事なのでむしろ嬉しいことなのだが。

「そういえば聞いたことなかったけど陛下ってどんな人なの?」
「そうねぇ…一言で言えば不器用かな。」
「は?」
「それで無愛想なのよね。絶対あれは損してると思うんだけど…」
「リズ?」

アスカは戸惑ったような声を上げる。
これが一国の王への評価だろうか。

「せっかく顔がいいんだからもっと愛想よくすれば外交もしやすいのにね。あ、別にけなしてるわけじゃないのよ。ちゃんと仕事してるし。」
 
確かにリーシュの言い方はけなしてるという感じではない。どちらかと言うと、親しいからこそ言える言葉だ。

「リズって王様と親しいの?」
「幼馴染・・・みたいなものなのかなぁ? 小さい頃から知ってるから。」
「幼馴染? ・・・王様っていくつなの?」
「18才。ってあれ?言わなかった?」
「聞いてない。」
 
王様っていうからもっと年上だと思っていた。
自分と一つしか違わないとは・・・。

「ごめんごめん。誰かから聞いてるかと思ってた。」
「あのねぇ…」
「前国王が亡くなられて、陛下は最近王位を継いだばかりなのよ。どんな人かは…」
 
リズはそこでにっこりと笑って言った。

「ま、明日会ってみれば分かるわよ。」
 


翌日。
国王の帰還があったからか、朝から城内が慌ただしい。
国王はもう城内にはいるらしいが、城を空けていた間の仕事がたまっているらしく、アスカが国王と会うのは夕方になっていた。

「暇・・・」
 
今日は皆忙しいらしく、リズも城内を慌しくかけまわっている。
そんな中、アスカは特にする事も無く暇をもてあましていた。
まあ、この四日間は常に暇だったのだが。
先日、魔王を倒すには具体的には何をしたらいいのかとヘリウスに聞いた時も「今陣中にいる将軍や諜報員の話も聞いてみないと状況がつかめないので何とも言えません。なので、詳しくはまた後日ということで。」と言われてしまった。

アーネストとフェイルが一触即発状態にある事とか、魔王討伐には他の国の協力が必要な事とか大雑把な事は教えてもらったのだが、実際何をしていけばいいかは国王達と話をしないと決められないらしい。

たまにヘリウスに魔法を教えてもらったりもしていたがヘリウスが忙しい為、そんなに時間はとれなかった。他の人に教えてもらうという手もなくはなかったがそれはヘリウスに止められていた。
世界主だからなのか、アスカの魔力は人並み外れたものがある。
魔力だけで言えば城にいる警備騎士の誰よりも強い。
そんなアスカを指導するのは難しいだろう。というか、知識だけなら教えられるだろうが万一失敗した場合対処できるものが誰もいないのだという理由からだった。
 ヘリウスは国一番の魔法の使い手らしい。「らしい」というのはヘリウスが魔法を使って全力で戦っているところを誰も見たことが無いので実際に彼がどのくらい強いのかは誰も知らないと聞いたからだ。
 
「街にでも行ってこようかな。」

いい時間つぶしになるだろう。
アスカは早速仕度を始めた。





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