「「あーすますたぁ?」」
アスカとリズの声がハモった。
しかも、二人して思いっきり平仮名で発音している。
「――って何?」
と続けて言ったのはアスカだ。リズは唖然とした表情をしている。
「その名の通り、世界の主、この世界の全てを統べる主の事です。」
「あたしが、その世界主だって言うの?」
「そうです。」
ヘリウスが笑顔で肯定したが、アスカは話の展開についていけない。
「ちょ、ちょっと待って下さい、ヘル様…」
我に返ったらしいリズが、頭の中を整理しようと額に手をあてながら口を開いた。
「世界主って、彼女がですか?」
「そうですよ。伝承の通りですしね。」
「確かに今の状況ではいつ世界主が現れてもおかしくはありませんけど、でも、どうして彼女がそうだと分かるんです?」
「彼女のこの格好ですよ。初代主がこの世界へ来た時に着ていたとされている衣装と同じですからね。」
「この巫女装束のこと?」
アスカはそう言って服をつまむ。二人の視線もアスカの方に向けられる。
アスカは森にいた時のヘリウスの言った事を思い出して納得する。
そっか。あれって別に不審に思われてたわけじゃなかったのか。
「……それだけで判断したんですか…?」
衣装だけでは判断するには弱いと思ったのか、はたまたヘリウスがまだ何かを隠していると踏んだのかリズが訝しそうな目でヘリウスを見た。
「もちろんそれだけじゃないですよ。さっきアスカが死人を相手にしてた時――」
「死人に遭ったんですか!?」
ヘリウスの言葉を遮ってリズが声をあげた。
「大丈夫ですよ。全部倒しましたから。その事については後で話しますよ」
実際に死人のほとんどを倒したのはアスカなのだが、それを言うと話が先に進まないことが明らかだったのでヘリウスは敢えて言わなかった。
「で、その時アスカの額に聖印がでてたんですよ。」
「聖印?」
何それ、とアスカは尋ねた。
「初代主が闘ったり、力を使っているときに額に出ていたといわれる印のことです。今ではこの国の紋章にもなってますけどね」
「あたしの額に印なんて出てたの?」
思わずアスカは両手でおでこをおさえる。そんな事しても何もないと分かってはいるのだが。
「気付かないのも無理ありませんよ。自分の額なんて見えませんからね。で、納得してもらえました?」
最後の言葉はアスカとリズ、二人に向けられたものである。
「ヘル様がそう言うなら。」
何だかんだ言いつつもリズはヘリウスを信頼しているために納得したようだが、アスカは不満そうな声で呟いた。
「そう言われてもあたしは今いち納得出来ないんだけど…」
いきなり世界の主だなんて言われてああそうですかと言えるわけが無い。
というか、世界主が何なのかもまだよく分かっていないのだから納得のしようがない。
「もしかしてヘル様…!」
はっとしたような表情でリズが言った。
「突然偵察になんて行ったのは、世界主が現れるって知ってたからですね!?」
リズの責めるような色合いを含んだ声も気にせず、ヘリウスはしれっと答えた。
「神託がありましたからね。」
「そうならそうと言ってくれればいいじゃないですか!? そしたら、宰相達もあんなにうろたえずに済んだんですよ? むしろ喜んで送り出してくれたはずです。」
「今日来るっていう確信はなかったですから。来なかったらそれはそれで騒ぎになったでしょう?」
「嘘です! 絶っ対確信犯です! 第一、ヘル様の神託は外れたことないじゃないですか!!」
「神託って…? もしかしてヘリウスって神子なの?」
神託とは、その名の通り、神に託されたおつげのことである。
神託を受けるのは神に仕える神子しかいないだろう。
言っては何だが、ヘリウスは神様を信じるタイプには見えない。
本人もそう思っているのか何とも罰当たりな台詞をいってのけた。
「副業ですけどね。」
神託を受けることの出来るほどの神子がその職業を副業扱いである。
まあアスカも偉そうな事を言えるほどの信仰心があるわけではないので軽く流すことにした。
「副業ねぇ。じゃあ本職はなんなの?」
「それは――」
「ヘリウス殿!!」
ヘリウスの声を遮るようにして怒鳴り声が聞こえ、三人とも声のした方を見る。
「フィルネスさん――」
ヘリウスがそう言うとフィルネスと呼ばれた人物がズカズカとこっちに歩いてくる。
近付いて来たのは撫でつけられた銀色の髪に灰色の瞳をした初老の男性。紳士と言う言葉がぴったりと言った風貌だが、その表情はかなり怒っているようだ。
「突然いなくなられて、一体どこに行っておられたのですか!?」
「書置きはしましたけど?」
「あんなものが書置きになるとお思いですか!?」
先ほどのリズと同じような事を言っている。
「大体、あなたは我が軍の参謀なんですよ!? この非常時に城にいなくてどうするんですか!?」
「あー。ヘリウスって参謀なんだ…」
アスカが半眼でヘリウスを見て言った。
「はい。僕の本職はアーネスト国軍付き参謀なんですよ。」
―――はまりすぎ。
口には出さなかったが、アスカはそう思った。
「……こちらの方は?」
やっとアスカの存在に気付いたフィルネスはヘリウスの方に目を向けてそう尋ねた。
「こちらは莢峰アスカさん。二代目世界主です。」
「……は!?」
さらりと言われたヘリウスの言葉にフィルネスは目を見開いてアスカを見つめる。見つめられたアスカはどうしていいか分からず、とりあえず挨拶をしてみることにした。
「は、初めまして。」
アスカがそう言うと、フィルネスも若干落ち着きを取り戻したようで人の良さそうな笑顔をアスカに向けた。
「失礼しました。私、宰相を務めさせていただいておりますフィルネスと申します。」
「莢峰アスカです。」
アスカとの挨拶を終えたフィルネスはヘリウスに視線を戻し、尋ねる。
「それで、ヘリウス殿。彼女が世界主というのは間違いないのですね?」
「もちろんです。」
「そうですか。では、王にも知らせなければなりませんな。」
「あ、もう手配は済ませましたよ。」
いつの間に。
アスカと会ってからヘリウスがアスカの傍を離れたことはなかったような気がするのだが。
「相変わらずそういうことは早いんですね。」
口をはさんだのはリズだ。その言葉にヘリウスは平然と答える。
「王に全て報告するのは当然の事でしょう?」
「じゃあご自分が勝手に城を開けて、城内が大騒ぎになった事も報告したんですね?」
「そんな事するわけないじゃないですか。」
「――話してるとこ悪いんだけど」
このままじゃ埒が明かないと思ったアスカは二人の会話に割ってはいる事にした。
「状況が全然つかめないんだけど、説明してくれない?」
アスカはさっきからずっと思っていた疑問を口にする。
「ここはどこで、世界主って何…?」
***
「まず一つ目の質問から答えましょうか。」
ティーカップを手に取りながら、ヘリウスはそう言った。
一つ目の質問とはアスカが言った『ここはどこ?』である。
ちなみに、今アスカ達がいるのは城内の一室。さっきまで廊下で話していたのだが「立ち話もなんですから」というヘリウスの言葉に従って、移動してきたのだ。確かに、廊下では落ち着いて話も出来ないだろう。今この部屋にいるのは、アスカとヘリウスとリーシュの三人。フィルネスは仕事がたまっているらしく(本来、ヘリウスの仕事だったりするのだが)ここにはいない。目の前にあるテーブルには紅茶とお茶菓子が用意されている。
「ここは五大国のうちの一つ、アーネスト国です。」
「あたしはそんな国知らないけど…?」
「でしょうね。この世界はアスカが今までいた世界とは違いますから。いわゆる異世界ってやつです。」
「異世界!?」
「魔界とも呼ばれてますけどね。アスカ達の住む世界の事は人間界と呼ばれています。そしてこの魔界には、人間界には存在しないと言われているものも存在します。」
「それって魔法とか?」
「そうです。」
魔法については実際に自分の目で見た事だし今更疑おうとは思っていないが、異世界となると話は別だ。
かと言って、魔法を信じるのならもう何でもあり、というような気もするが。
アスカの混乱を知ってか知らずか、ヘリウスは説明を続けていく。
「この世界にはいくつかの国が存在していますが、その中でも特に大きな影響力を持つ国が五大国と呼ばれています。このアーネスト国もその中のひとつです。」
アスカは懸命に頭の中を整理しながら疑問に思った事を尋ねていく。
「何でこの世界の人はあたし達のいる世界・・・人間界だっけ? 異世界の存在を知っているの? あたし達は、魔界の存在なんて知らないのに。」
「それはよく分かりませんけど、この世界が魔法文明の世界だからでしょうか?」
「それって答えになってるの?」
「まあ、魔法とか不思議な事が溢れている世界ですから異世界があったって誰も驚かないってことですかねぇ。」
「ヘル様、適当なこと言わないで下さいよ。」
リズはヘリウスを半眼で睨みながら言う。
「まあ、文献にも残ってないので詳しい事は分からないというのが本当です。とにかくここは異世界だってことは分かってもらえました?」
「まあ、一応…」
ここが自分のいた町でないことは一目瞭然だし、とりあえず信じるしかないだろう。
「で、この世界には古くからの伝承があるんです。先に言っておきますけど、これも誰が言い出したものかは判りません。昔の神子の神託だって説が有力みたいですけどね。この伝承の内容はこうです。『世界が滅びんとするとき異世界より現れし者が世界を救う。その者、世界主と呼ばれる者なり』――世界主とはこの世界を統べる存在であり、救世主の事なんです。」
「世界が滅びんとするときって……何かあったの?」
「魔王が復活したんです。」
リズが真剣な表情でそう答えた。が、またもや理解しがたい単語が出てきた。
魔法、異世界、魔王。
ファンタジー小説の中に飛び込んだような気がする。
もういっそ、そう考えた方が理解し易いかもしれない。
「魔王っていうと・・・」
黒いマントでも羽織った、ザ・悪役みたいなイメージしか沸かない。
「魔王は世界の魔を統べる存在で、世界主とは対極に位置する存在なんです。世界主が光だとしたら、魔王は闇そのものだと言われています。」
「そういえばさっきヘルあたしの事二代目世界主って言って――ってことは一代目の世界主がいたって事よね? あたしの世界からこの世界に来た人がいるの!?」
アスカの言葉にヘリウスが頷いた。
「今から200年前、魔王がこの世界を支配しようとしていました。そして伝承どおり、この世界に初代世界主レイナ様が現れて魔王を封印したんです。」
「封印?」
「ええ。今もプルトという国に封印されています。」
「・・・何で倒しちゃわなかったの?」
いつ解けるかもしれない封印なんてことをするよりも倒した方がてっとりばやい気がするのだが。
そしたら今、自分がここに来る必要なんてなかったのではないだろうか、とアスカは思った。
それとも封印するだけで精一杯だったとかだろうか。・・・そんなものを倒せと?
「それは判りません。倒す事が出来なかったから封印したのか、他に理由があったのか…。とにかく魔王の封印後、魔界に平和が戻りました。しかし最近になってプルト国周辺で異変が起こりました。死人が大量に現れ始めたんです。」
「……死人って、さっきのアレ?」
言いながらアスカは先程ヘリウスと出会ったときに見た幽霊の大群を思い出す。
「そうです。プルトは今は誰も住んでいない廃墟の国。元々は魔王の本拠地として支配されていた国で、そして、今は魔王が封印されている場所です。死人は魔王の下僕で、魔王だけが死人を創り出すことが出来るんです。」
「死人って魔王が創り出したものなの?」
「はい。死んだ人間に魔王の――魔族の力を与えて蘇らせたものが死人です。魔王は闇の魔法を得意としていますから死んだ人間に闇の力を少し与えるだけで簡単に創り出すことが出来るんです。」
「その死人が大量発生したって事は、魔王が創り出してるってことか・・・。自然発生したってことはないの?」
「自然発生することもなくは無いですが、それでも現れる数は一度にせいぜい2〜3人…あれだけの数が現れることはまずありえません。間違いなく、魔王の力が戻り始めているんです。このままいけば魔王が完全に力を取り戻すのも時間の問題――」
「で、世界の危機ってことになって、世界主であるあたしが現れた、と?」
「そういうことです。」
アスカの言葉にヘリウスはよく出来ました、とでも言いた気な笑みを浮かべた。
「・・・でも何で封印が解けたの? 誰かが解いたとか?」
「世界主の封印を解くことの出来る人間なんてこの世界にはいませんよ。言ったでしょう? 世界主は全てを統べる存在なんです。世界主に対抗できる力を持つのは魔王だけです。」
それは逆に言えば、魔王に対抗できるのも世界主だけだということだ。
「でも、あたしにそんな力があるのかなんて分からないし……しかも、魔王を倒せとか言われても。」
アスカは自分が弱いとは思っていない。
元の世界でも巫女として幽霊退治なんかもやっていたし、自分の中に特殊な力があるのは小さい頃から自覚していた。
でも、それとこれとは別問題だ。
いきなり世界主と呼ばれるほどの力、しかも魔王に対抗できるほどのものを持っているだとか、魔王を倒すだとか言われてもピンと来ない。第一、魔王という存在も想像がつかない。
「大丈夫ですよ。アスカは世界主なんですから何とかなります。」
「何を根拠に…。ていうか、あたしはまだ世界主やるなんて言ってないけど?」
「アスカ様!?」
アスカの発言に慌てて叫び声を上げたのはリズだ。
しかしアスカはかまわず続ける。
「だって、いきなり異世界だ、世界主だなんて言われてもねぇ? あたしはただの女子高生だし。」
そんな自分にいきなりこの世界を救えだなんて言われてもはっきり言って困る。
慌てているリズとは対照的に、ヘリウスは何でもないことのようにさらりと言った。
「僕はそれでも構いませんけど――」
「ヘル様まで、何を言い出すんですか!?」
リズの非難を浴びながら、ヘリウスは笑顔で言う。
「でもそれじゃ、アスカが困ると思いますよ?」
「は? 何で?」
思いがけない言葉にアスカはヘリウスの顔をじっと見て尋ねた。
「世界主は世界を平和にする為にこの世界へ召喚された存在なんです――これ、どういう意味だか分かります?」
一瞬の沈黙。
アスカの脳裏に嫌な予感がよぎった。
「まさか……」
ぎこちない表情でヘリウスを見たアスカに、ヘリウスは
「魔王を倒して世界を救わないと元の世界に戻れないって事ですよ。」
笑顔でそう言ったのだった。
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