矢の飛んできた方を見ると、そこには鎧を着た男たちが10人ほどいた。
けど、それだけじゃない。あれは――…

「まだこんな所にいたとはな。てっきり逃げたと思ってたが?」

そう言ったリーダー格の男に、少年が穏やかな口調で言った。

「随分と無粋なものをもってきましたねぇ。」

微かに怒っているような冷ややかな感情が感じられた。
男たちは見た目に分かりやすい悪役ヅラだったが、少年が余裕そうな顔で話しているのを見ると、実力も大したことないのだろうか。

「まさかお前一人で直接偵察に来るとは思わなかったが。その女も仲間か?」
「この人は関係ありませんよ。一人で来たんですから。」
「いい度胸だな」
「あなた達には私一人で充分だと思ったもので。」
「なんだと!?」
「ちょっと。」

それまで黙って二人の話を聞いていたアスカが、少年の服の袖をつかみ声をかけた。

「それってかばってくれてるの? 状況は良く分からないけど、でもこの様子じゃどうせあたしも見逃してなんてくれないんじゃない?」
「それはそうでしょうけど、心配しなくても貴女が逃げられるようにはして上げますよ? 巻き込むのも悪いですし。」
「そう簡単に逃げ切れるとも思えないけど?」

思いっきり多勢に無勢。
逃げるのもなかなか困難なのではないだろうか。

「――この人数相手に勝てるの?」
「さあ、どうでしょう?」

人が真面目に聞いているというのに、ふざけた答えだ。
逃げられるようにって事は、アスカをかばいながら倒せるほどには余裕じゃないってことだろうか。
まあ、アスカとしても守ってもらおうとかいう考えはさらさら無かったのだが。
気になったのはさっき男たちが言っていた偵察という言葉。
恐らくこの少年は目の前にいる男たちから逃げてきたのだろう。

「あんた、一体何しでかしたのよ? それとも見かけ通りあいつらの方が悪役なわけ?」
「さあ? 所詮、善悪なんて人が決めるものでしょう? 僕から見れば相手が悪になるかもしれないし相手から見
れば僕が悪になるでしょう。どっちも悪くないかもしれないし、どっちも間違っているかもしれない。第一、僕にそれを聞くのは公平じゃありませんね。」

少年は真面目な表情でそう言った後、さらにまた笑顔になってこう付け加えた。

「まあ、法的に言えば、彼らの行為は侵略罪にあたりますが?」


その顔を見て少しの間アスカは考え込むようにしていた。


―――あたしにはどっちが悪いのかなんて分からないし、訳の分からないままこいつらと争って、首を突っ込んでもろくな事にならない気もする。
関わらずにいた方がいいのかもしれない。
けど……

はぁっ。
アスカは大きくため息をついた。
ま。いいか。あんなの使うやつがいい人なわけないし。

「3つ聞いていい?」
「何でしょう?」

アスカは手を前に突き出し、人差し指を立てながら尋ねた。

「一つ目。あいつらの後ろにいるのって、幽霊? アレ倒せるの?」

アスカがアレといったものを顎で促す。
男達の後ろにはたくさんの幽霊がいた。その数は大体200というところだろうか。
少年一人に敵200人って…。男たちが卑怯なのか隣にいる少年が強いのか。
ちなみに、アスカは目の前にいる男たちを数に入れていない。

「ええ。僕らは死人って呼んでいますけど。――死人は既に亡くなっていますから死を恐れませんし、普通の人よりは強いのでちょっと厄介ですが、倒せることは倒せますよ。魔法や剣の物理攻撃でも、聖水とかで浄化してもどっちでも倒せますし。」

 アスカは考えるような仕草をしながらも質問を続ける。

「二つ目。ここって日本じゃないの?」

さっき男たちに攻撃される前、彼は確か人間界とか言っていた。
それがどういう意味かは分からないがこの格好に見覚えがあるらしいし、どっちにしろ、彼は何か知っている気がした。

「少なくとも、この国の名前は日本じゃないですね。」

……さっきから思っていたことだが、この少年の言い方は何かひっかかる。
含んだような言い方だ。くえないというか。
アスカはそんな感想を抱きつつも最後の質問をした。

「最後に、三つ目。」

アスカは少年の眼を見て笑みを浮かべて続ける。

「あなたの名前は? あたしは、莢峰アスカ。」

アスカの言葉に少年は今まで浮かべていたのと少し違う笑みを浮かべた。

「ヘリウス、といいます。」
「じゃ、ヘリウス! ちょっと伏せてて!!」

アスカの言葉と同時に轟音が鳴り響いた。


「いやぁ、強いですねぇ。」

20分後。
アスカに向けてパチパチと拍手するヘリウスの姿があった。
そこにはさっきまでいた死人の姿はなく、アスカが悪役と評した男達10人が気絶している姿があった。つまり二人で死人200人を倒してしまったのだ。
アスカはヘリウスに呆れたような表情を見せて答えた。

「あんたも充分強いじゃない。さっき余裕顔でいたわけが分かったわ。」
「あれでも内心焦ってたんですよ? 死人200人相手にするのはさすがにキツイかなって。」

しかし、そう言う彼の表情からはそんな感情は微塵も感じられなかった。

「よく言うわよ。200人どころか、ほとんどあたしにやらせといて」
「邪魔しない方がいいと思ったんですよ。」

確かにヘリウスの言う通りだった。アスカにはアスカのやり方があり、下手に動かれるよりはアスカが一人でやった方が動きやすかった。だからと言って、ヘリウスも全く何もしてなかったわけではない。少なくとも、男達を一瞬で倒したのは彼だし、その後もアスカがやりやすいようにサポートしてくれていた。彼はアスカの能力も闘い方も何も知らないはずなのに、ものすごくやりやすかった。

「あれは、魔法とは少し違いますよね」

あれ、とはアスカがさっきの戦闘において使っていた術のことだ。

「ああ、うん。呪術っていうのかな…。」

アスカが巫女の服を着ているのは、単に神社の手伝いをしているからだけではない。
アスカ自身も高い霊力を持つ巫女なのだ。
普段から巫女として仕事をしている彼女には幽霊退治なんかもお手のものだ。
さっきみたいに200人もの霊を相手にすることはそうそうないが、霊一人一人のレベルはたいしたことなかったので、特に問題は無かった。多少は疲労しているものの、二人とも無傷なのがいい証拠だ。
アスカが魔法を割とすんなり受け入れたのも彼女が普段から幽霊という現代では存在を認められていない、見えるものにしか見えないものを相手に戦っているためだ。
彼女が扱う霊力と魔法が少し似ているということもあるが。

「まあ、死人に呪術が効くかどうかちょっと心配だったけど、問題無いみたいね。」
「効かなかったらどうするつもりだったんですか?」
「…まあ、倒せたんだからいいじゃない。」
「考えてなかったんですね。」
「うっ」

図星をつかれたアスカはとりあえずこの場をごまかそうと目の前に転がっている男達に目を向けた。

「で、こいつらどうするの?」
「そうですね。逃げられないように拘束しておいて後で引き取りに来てもらいましょうか。運ぶの面倒くさいですから。」

さらりとひどい言われようである。
だが、襲ってこようとした敵なんだから当然とも言えるし、実際10人も運ぶのは無理だろう。
ヘリウスの魔法を使えば出来そうだが、そこは彼自身が言ったとおり、面倒くさかったのだ。

「さて、収穫もあったことですし、戻りましょうか。」
「収穫って、こいつらのこと?」

アスカは男たちを指差しながら尋ねる。
収穫と言う割には扱いがひどい気もするが。

「それも無くは無いですけどね。」
「?」

不思議そうな顔でヘリウスを見るアスカに、彼はさわやかな笑顔でこう言った。

「貴女のことですよ。」
「は?」


***


「うわっ。何コレ、でかっ」

アスカは目の前にある城を見て反射的にそう言った。
ヘリウスに連れてこられて場所にあったのは中世ヨーロッパ風の立派な城だった。
本物の城なんか見たことの無いアスカはその城のもつ雰囲気にちょっと圧倒されていた。そんなアスカを気にする様子も無くヘリウスは笑顔で言った。

「我がアーネスト国の王城です。と言っても、ここは裏口ですけどね。表から見るとなかなかのものですよ。」
「王城!? って、ちょっと!!」

ヘリウスは普通に裏口から城の中に入ろうとしていた。

「いいからついてきてください。」

言われてヘリウスについていくが、アスカは内心動揺していた。
何ここ!? お城といい周りの人たちの格好と言い、めちゃくちゃヨーロッパ風じゃない!! 絶対ここ日本じゃないわ!! ていうか、何で裏口から入るの!? これってまさか不法侵入なんじゃ!?
アスカの気持ちを知ってか知らずか、ヘリウスは淡々とした表情で城の中を歩いていく。

「あ―――っ!!」
「な、何っ!?」

やっぱり不法侵入だったのかと思ったアスカはドキドキしながら声のした方を見る。
5mほど先に、こっちを指差して立っている一人の少女がいた。
美少女〜。
アスカは少女を見た瞬間そう思った。
アスカも充分美少女の類に入ると思うが、本人には全くといっていいほどその自覚がない。
その少女は少しつったセピアブラウンの大きな瞳に、薄いピンク色の髪を高い位置で二つくくりにしている。服装はヘリウスの着ているようなローブではなく、チャイナ服に似た赤色の服を着ていた。

「ヘル様っ!!」

少女はつかつかとこっちに向かって歩いてくる。ものすごい剣幕だ。

「リズ。久しぶり。」

ヘリウスは少女の剣幕に怯みもせず、片手を上げて普通にあいさつする。
どうやら知り合いのようだ。

「久しぶり、じゃありません!! どこへ行ってたんですか!? ヘル様が突然いなくなるから城中、大騒ぎだったんですよ!?」
「ちゃんと書置きしていきましたけど?」
「あんなの書置きになりませんよ! 失踪と変わりません。たった一言『出かけてきます』って書いてあるだけじゃないですか! それに、そういう問題じゃないんです! 一人で行くなんてずるいですよ!!」

そういう問題でもないと思うのだが。

「貴女は怪我をしてましたし。それにリズまでいなくなったらそれこそ大騒ぎになるでしょう?」
「だから、そうじゃなくてっ…!!」
「心配してくれるのは嬉しいですけどね。驚いている人がいるのでとりあえず許してもらえません?」
「へ?」

リズと呼ばれた少女はそう言われて初めてアスカに目を向ける。
どうやらヘリウスに気をとられ、アスカの存在に気付いてなかったらしい。
リズはわずかに赤くなって口を開く。

「ご、ごめんなさい。え〜と…」

その様子を見て、ヘリウスは笑いながら(もっとも、彼はずっと笑顔だったが)アスカに向かって言った。

「彼女はリズ。こう見えてアーネスト国軍副将軍です。今は怪我で療養中ですけどね。」
「こう見えては余計です! 初めまして。リズと申します。よろしく」

ヘリウスに文句を言った後、リズは笑顔でそう言って手を差し出した。
笑うと更に美少女っぷりが引き立つ。さっきまでの剣幕に美少女と言う事を思わず忘れそうになっていたのだが。

「莢峰アスカです。こちらこそよろしく」

アスカもそう言って手を差し出し、握手をする。
少しの間穏やかな空気が流れていたがその後、リズははっとしたように、睨みながら再びヘリウスの方に顔を向ける。

「で、ヘル様。城を抜け出した成果はあったんですか?」
「勿論ですよ。今、貴女の目の前にいるじゃないですか。」
「「え?」」

リズとアスカの声がハモる。

「どういう事ですか?」
「そういえば、あんたさっきもそんな事言ってたけど何のこと?」

二人の言葉にヘリウスは笑顔で答えた。

「彼女は、二代目世界主ですからね。」





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