目の前にはにこにこと笑みを浮かべている少年。
後ろには柄の悪そうな男達とその他大勢。
アスカはその両方を見ながら本日何度目かのため息をついた。
今日は厄日だ。
そんな事を考えながらアスカはもう一度深くため息をついたのだった。


 ***




「は?」

そう言ったのは一人の少女。
肩より少し長い茶色の髪に濃い茶色の瞳をしている少女、莢峰アスカは呆然としていた。
しかし、彼女がそうなるのも無理の無いことだった。何故なら――

「どこ? ここ…」

アスカは周りを見回しながらそう言った。辺り一面、見渡す限り木ばっかりだ。

「さっきまで、あたし、家の中にいたよね…?」

正確に言えば家の外にいたのだが。しかし、今はそんな事はどうでも良かった。
問題は、何故こんな所にいるかということだ。
アスカは今、見たことも無い森の中にいた。
アスカは額に手を当てながら、ここにいるまでの事を順を追って考えてみる。
確かにアスカはさっきまで実家である神社の掃除をしていたはずだ。
アスカの実家は神社をしていて、彼女もその仕事をよく手伝っている。
今日は暇だったので、外を掃いていたのだけれど・・・。

「――あっ」

ひとつだけ。心当たりらしき出来事を思い出した。

ついさっき、アスカが掃除をしていた時に突然現れた不審人物。
その人物は服装からしてかなり怪しかった。
黒色のマントを全身に被っていて、フードを目深に被っているせいで顔が見えず、男なのか女なのかも分からなかった。その人物が小さく呟いた。

『やっと、見つけた・・・』
『え?』

そう言った次の瞬間、その人の手元から強い光が放たれた。
眩しくてとっさに目を閉じ、そして、目を開けてみたら――
 
「ここに、いたのよねぇ・・・」

という事は、あの不審者にここまで連れて来られたってことだろうか。
けど・・・
アスカが目を閉じた一瞬で人をここまで連れてくるなんてこと、物理的に不可能だ。

「となると、あの不審者が普通じゃないって事よね。まあ、どう見ても一般人には見えなかったけど。」

そういうアスカも割と大きな声でしゃべっているので、傍から見れば独り言を言っている怪しい人物である。

「見つけたってことはあたしを探してたって事・・・? でもそんなことされる覚えないしなー。しかも、ここってどう見てもうちの近所じゃないわよねぇ。」

アスカは軽くため息を吐きながらもう一度周りを見る。
アスカの家の近所にはこんな森は無い。神社の側に小さな林はあるのだが、こんな立派な木は立っていない。仮にここが林の中で、アスカの知らない立派な木があるこんな場所があったとしてもそれならすぐに分かる。

「気配がしない・・・」

いつもなら林の中だろうと、どこにいてもちょっと集中すれば家族の、人の気配が感じられたのだ。
しかし今、アスカの周りに人の気配は無い。はずだった。

「!?」

突然、それまで全くなかった気配が感じられた。まだ遠いが凄い数だ。
それに、これは人の気配というよりは――

「殺気……?」

アスカがそう言ったのと同時に、ガサガサという葉のこすれる音がした。
その音と共にどこから現れたのか、人が飛び出してきた。というか落ちてきた。

「えっ!?」
「わっ!!」

二人は同時にそう言い、言った次の瞬間にはぶつかり、二人して倒れていた。

「った〜…」

アスカは頭を押さえながらそう言った。相手も同じように頭をさすっている。

「てて…。すみません。まさか人がいると思わなかったので。大丈夫ですか?」

そう言いながら、アスカとぶつかった人物がアスカの手をとって起こそうとしてくれる。
アスカとぶつかったのはアスカと同い年くらいの少年だった。
さらさらの黒髪に黒い瞳。なんというか品行方正な優等生といった感じの外見だ。しかも、美形。
生徒会長とかやってそう…うちの学校にこんな人いたらもてて大変だろうなぁ。とか思いながらアスカは立ち上がった。

「多分大丈夫…。ていうか、今あんたどっから来たの!?」

アスカにはさっきまで人の気配なんて感じられなかったというのに。アスカの上に落ちてきた時も木から落ちてきたとかではなく、いきなり現れて落ちてきたとしか思えなかった。
少年はため息をつき、そばに落ちていた眼鏡を拾いながら言った。

「どこからっていうか、転移魔法使ったんですけどどうやら失敗したようですね。何かこの場所、空間が乱れているみたいで…。」
「は?」
「何か?」
「今、魔法って言った?」
「そうですよ?」

アスカは空耳かと思って聞き返したのだが、少年は眼鏡をかけながらそう答えた。
眼鏡をかけるとますます優等生っぽいなぁとかぼんやり思う。まあ、そんな事は置いといて。

「魔法って言うとアレ? その、例えば炎出したりとか空飛んだりとか?」

アスカは魔法と聞いて思いつくイメージを口にした。
アスカの問いに少年はあっさりと答える。

「それも出来ますね。」

やっぱり空耳ではなかったらしい。
魔法なんて小説の中でしか聞いたことは無いが、その知識をたどりながら気になった事を聞いてみる。
小説といえば、いきなり見知らぬ世界にいた。というのも小説とかでありがちな展開だ。
信じられないし、まだ信じてはいないがアスカの生活の中には常識なんて言葉では片付けられないものも多々あった。
それに、少年が何もなかったはずの空からいきなり湧いて出たことは自分の目で見た紛れもない事実だ。

「…さっき転移魔法って言ったわよね? それって、空間の移動とかが出来るってこと?」
「そうですよ。…転移魔法も知らないって事は、貴女は魔法使えないんですよね? 魔法を使えないんならどうやってこの森に入ったんです? この森には全体に結界がはってあるから魔法使えなきゃ入れませんよ。魔法を使える連れでもいたんですか?」
「いや、連れとかはいないんだけど…」

どうやってここに来たかなんてアスカが聞きたいくらいだ。
でも、もし魔法が存在して空間の移動なんかも出来るのなら、自分はさっき少年が言った転移魔法によってここに連れて来られたのかもしれないとアスカは考えていた。それに、さっき気付いたのだがこの少年もアスカが神社で会った不審者と同じようなデザインの深緑のマントをはおっている。その下には茶色のローブを着ていて、まさに魔法使い、といった服装だ。
少年は顎に右手をあてて考えるような仕草をしながら呟くように言葉を続ける。

「…魔法も使えないというよりは、知らないというような言い方でしたね。」

少年はアスカの目をまっすぐ見て言った。
……口調は穏やかだし、笑顔なんだけど、何か尋問されてるような気分になってくるのは何故だろう。
アスカはそう思いながら、なんて答えようかと考えていた。
いつの間にかここにいた、なんて言って信じてもらえるかは分からない。
というか、自分ならいきなり誰かがそんな事を言ったら「頭は大丈夫?」と言うだろう。
でも、ここには魔法が存在するらしいし、隠すこともないような気がする。
知らない土地で一人でいるのも嫌だったし、この人なら帰る方法知っているかもしれない。
もしアスカが魔法で連れてこられたのなら、恐らく戻る時も魔法を使わないと戻れないだろうから。


「それにその格好――」

少年にそう言われてアスカは自分の服を見る。
神社でバイト中だったアスカは白の着物に赤い袴、いわゆる巫女さんの衣装を着ていたのだ。
神社の中ならともかく、他の場所でこの格好は目立つかもしれない。
もしかしてあたしも不審人物かな…と思ったアスカはとりあえず言い訳をしようととりあえず口を開いた。

「あー、えーと、これは…」

が、なんて言ったらいいか分からない。

「それってもしかして、人間界の――」
「え?」

その時。
さっき感じた殺気が襲い掛かってきた。

「伏せて!!」

少年の言葉と同時にたくさんの矢がアスカ達のいる場所をめがけて飛んでくる。
だが、その矢は当たらなかった。
青白い光が少年の周りにはりめぐらされている。
少年が魔法を使ってバリアのようなものをはったようだ。
こんなの見たら流石にもう魔法とか否定できないなぁと思う。

「思ったより早く追いつかれちゃいましたねぇ。」
「な、何?」

矢の飛んで来た方を見て、アスカはため息を吐いた。

どうやら、今日は厄日らしい。





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