第2話 変化


「真衣、ぼーっとしてどうしたの?」

学校でのお昼休み。

とっくにご飯を食べ終えて物思いに耽っていると、その様子を不審に思ったらしい珠があたしの目の前で手をひらひらさせながら尋ねてきた。
珠の質問にあたしは一言で答える。

「うちの母親の横暴さについて検証してたのよ」

珠――牧村珠樹は真衣の小学校からの友人だ。
なので、母さんの性格についてはよく分かっている為、それだけで納得したらしい。
・・・納得されるのもあれなんだけど。

ちなみに、学校の友達には誰にも同居の事は話していない。勿論、珠にも。
珠には言っても問題ないし、誰かにバラされる心配なんかは全くないのは分かってるけど、言ったら「早紀子さんもやるわねぇ」と母に対する賛辞を向けるのが分かりきっていて、軽く癪に障るからだ。
タイミングがつかめなかったというのもある。
そして何より、学校でくらい現実逃避したかったというのが大きいのかもしれない。

多分、その内珠にはバレる、というか話すだろうけど。
誰かに話を聞いてもらって発散しないと、そのうち胃に穴が空くに違いない。

はあ、とため息をつきながら、先日起こった出来事を思い返してみる。

母親が最近、再婚した。

これがため息の原因ではない。お義父さんは優しそうな人だったし、むしろ、母さんの破天荒な行動によく付き合えるなと尊敬の念すら覚える。いや、母さんは好きだけどね。でも突拍子もないことばっかりしでかすし。

問題は父親の二人の息子。
別に二人に問題があるわけじゃない。

問題なのはその状況。

兄弟になったとはいえ、よく知りもしない人間と母さんの陰謀で同居することになってしまったのだ。


***


突然家にやって来たのは、やたら顔のいい兄二人。
長男、瑞澤悠都20歳。次男、一哉16歳。
次男はあたしと同い年だけど、向こうの方が若干誕生日が早いから、一応兄ということになる。

この二人はマイペースというか何と言うか、突然言い渡された同居に特に反対するでもなく、どちらかというとものすごく馴染んでいるように見えた。適応能力が高いのか、図太いのか何なのか。

というか、あの二人普段何してるんだろ。

引越しとかでいろいろばたばたしてるのか知らないけど、二人ともあんまり家にいない。
一緒に出かけて、一緒に帰ってくるんだから、二人一緒にいるんだろうとは思うんだけど。




「二人とも昼間何してるんですか?」

同居を始めた日から日課になりつつあるお茶しながら二人に聞いてみた。
帰ってくる時必ずお土産買ってきてくれるんだよね。あれはおいしい。・・・太ると困るけど。

「兄貴の仕事手伝ってるんだよ」

悠都さんは仕事。一哉はそのお手伝いをしてるってことか。

「仕事って?」

そう言うときょとんとした顔された。・・・何で。
そりゃ、再婚の話聞いてから相手の家族の話聞いててもおかしくないけど、肝心の母さんがつかまらなかったんだから仕方ない。

「まあ、そのうち分かるよ」

そう言って、その日のお土産であるケーキにのってたイチゴをくれた。
・・・こんなんじゃ誤魔化されないんだから。もらうけど!

とまあ、こんな感じで真面目に答えてくれなかった。
悠都さんの仕事より、あたしが餌付けされているような気がするのが気になる。


・・・なんだかなぁ。


再びため息を吐いていると、教室のドアが開いてSHRのために担任が入ってきた。

簡単に連絡事項を伝えた後、一言。

「今日、転校生が来るから」

その言葉に、教室内が騒がしくなった。

この中途半端な時期に転校生・・・。

不意に、今朝の母親の笑みが頭に浮かんだ。

珍しく家に帰ってきてた母さんが、「ワッフルが食べたい」などと朝の忙しい時間帯に面倒くさいことを言い出し、他にも母というより姑か、と思うくらい人をこきつかっておいて、人が学校に行く時にはにっこりと笑って「いってらっしゃい」とわざわざ玄関まで見送りに来たのだ。

いつもならそんな事はしないのに。

かなり胡散臭そうな目で(もちろんわざと)母さんを見て行動の意図を聞いてみたけど「学校に行く娘を見送っちゃいけないの?」などとすっとぼけるだけで何も教えてくれなかった。
おまけに「いきなりそんな事されると気持ち悪い」と言っても何も言わずに笑ってただけだった。
いつもなら言い返してくるのに。

あの母さんの浮かべていた笑み。・・・不吉な事この上ない。

嫌な予感を覚えつつも、その考えを振り払う。

いや、だって、ありえないし!!

そう思い込もうとしているあたしの葛藤を知らない担任が黒板に転校生の名前を書こうとしていた。
ベタな紹介の仕方だな、と思いながらも黒板に書かれた名前を見てみる。

“瑞澤一哉”

何だか見覚えのある名前。

・・・同姓同名の別人。

もうかなり無理があるのは分かっているが、そうでも思わないとやっていられない。

しかし、そんな微かな可能性も担任が転校生に入ってくるように指示した言葉で消されつつあった。
ドアが開き、彼が入ってきた途端まわりの女生徒から歓声が上がる。

これだけで充分。顔を上げて確認するまでもない。

しかし、一応顔を上げてみるとやっぱりというか何と言うか、兄がそこにいた。

「瑞澤一哉です。よろしく」

そう言って微笑んだ一哉とばっちり目が合ったのはあたしの気のせいではない。
微かに頬を赤くして騒ぐ周りの女子とは反対に、あたしは軽い眩暈を覚えていた。

まじで!?
勘弁してよ!!!

あたしは心の中で、そう絶叫していた。




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