第1話 同居生活スタート
どうしよう、この状況。
あたしは今、困っていた。
家に帰ってきて知らない男の人が玄関の真ん前で眠っていたら、普通誰だって困惑すると思う。
誰だろ。この人。
お客さんが来るなんて話は聞いてないし、この人にもさっぱり見覚えはない。
不審に思いつつ、じっと観察してみる。
顔は、かなり整っていると思う。目を閉じてるから睫が長いのがよく分かるし。
まあ、顔が良かろうと何だろうと、怪しいものは怪しいので無視したいというのが本音。だけど、この人をどかさないことには玄関のドアが開けられない。
無理矢理横にのけて部屋に入ってしまおうかとも思ったけど、大人の男を横にひきずるのは重い。起きてる人より寝てる人のほうが重いものだ。第一、何でこんなところで寝ているのかも気になる。もしかしたらうちに何か用があったのかもしれないし。
・・・となると、起こすしかない。
「あのー、もしもーし? ・・・風邪ひきますよ?」
おそるおそる声をかけてみたけど反応が無い。
仕方なく肩を揺すって起こそうとしてみたけどそれでも起きない。
どうやら熟睡しているらしい。何でこんなところでそんなぐっすり眠れるんだ。
・・・どうしよ。
どうするべきかと考え込んでいると、後ろから声が聞こえた。
「あれ? 帰ってきたんだ」
声のした方を振り向くと、少年がこっちに歩いてきていた。
何だか、人の家の前で熟睡してるこのお兄さんと顔立ちが似てる気がする。こっちの方がちょっと若いけど。
あたしと同じ年くらいだろうか。
交互に見比べていると、起きている少年が寝ている人の方に視線を向けた。
「ごめん。兄貴、一回寝るとなかなか起きないんだよね」
兄、ということはやっぱり身内か。
さっきのあたしと同じように肩を揺すって起こそうとする。けど、今さっき彼が言ったようになかなか起きる気配がない。痺れを切らしたのか、少年は突如暴挙に出た。
「ほら、起きろ」
そう言って、寝ていたお兄さんに蹴りを入れた。いいのか、そんな起こし方して。下手すればさらに眠りの世界に旅立ってしまうんじゃないだろうか。
流石にいきなり蹴りつけるとは思わなかったので呆気にとられるというか、戸惑っているとすぐ傍でさっきから眠っていた人がようやく目を覚ました。
「・・・おはよ」
何だか寝ぼけているらしい。
蹴られたところは何ともないのだろうか。結構まともに入ってたと思うんだけど。
少年は尚も兄を足でどかしつつ、家の鍵を開ける―――・・・。
って!!!
「ちょっと待って!」
「ん?」
「何で、あたしの家の鍵持ってんの!?」
彼が開けたのは、間違いなくあたしの家の鍵。
あたしの質問に、彼は何でもないことのように笑顔で爽やかに答えた。
「マンションの管理人さんに言ったら貸してくれたんだ」
「何で!?」
鍵を貸して欲しいと言われたからってそう簡単にほいほいと貸されたんじゃ、防犯上大きな問題になると思うんですけど!!
絶対に文句言っとかないと!、と握りこぶしを作っているあたしを見ていた少年が何か考えるような表情で話しかけてきた。
「もしかして、聞いてない?」
「え?」
何を、とあたしが尋ねるより先に少年は再び口を開く。
「早紀子さんから。同居の話」
早紀子さんっていうのは、あたしの母さんの名前。
母さんから、同居の話。
「・・・・・同居?」
あたしの呟きに、少年は「やっぱり」と苦笑いを浮かべた。
「早紀子さんも人が悪いなぁ」
知らなかったら俺たち、思いっきり不審人物だよな。と続けた少年の言葉は既に耳に届いていなかった。
同居・・・?
その言葉が頭の中で何度もまわっている。
が、次の瞬間、素早く鞄から携帯を取り出し、電話をかけていた。
誰に、とは言うまでもない。
『はい?』
相手が出るなりあたしは思いっきり怒鳴った。
「何考えてんの!?」
『何のこと?』
「とぼけないでよ! 今、家に来てる二人は何!? 同居って何の話――」
その続きは言えなかった。
いつの間にか完全に目が覚めたらしい青年に手で口を塞がれたからだ。
「何す――」
「もう夜だし、それにここで話すと、真衣ちゃんが喋ってる内容近所に筒抜けだよ?」
「近所迷惑だな。夜、つーか夜中に近いし」
ご近所に聞かれたい話でもない上に、近所迷惑。
二人の言うことももっともなので、部屋に入ることにした。
同居云々は抜きにしても、母さんの知り合いであるらしい二人を外に放置して置く訳にもいかないので二人にも中に入るように促した後で、奥の部屋に飛び込んだ。
この部屋は防音完備なので多少騒いだところで声が外に聞こえる事はないので。
「で、同居って何?」
不機嫌さを隠そうともせずに話すが、そんなことを気にするような母ではない。
『私が再婚したのは知ってるでしょ?』
それくらい知ってる。
「それで?」
『匠さんにも子供がいる事も話したわよね?』
匠さんというのは母さんの再婚相手、あたしの義理の父親の名前だ。
確かに、それも聞いた。
「・・・それで?」
そこはかとなく嫌な予感がするのは気のせいではないはずだ。
16年に及ぶ母親との付き合いで培われた勘がそう言っている。
『私は仕事が忙しくて中々家に帰れないし』
母の職業:芸能事務所の社長。
忙しくてあんまり戻って来れないから、仕事場の近くにも部屋を借りてる。あたしは通学に便利だから今のマンションに住んでて、ほとんど一人暮らし同然な生活をしてるんだけど。
『それは匠さんも同じでしょう? 女の子の一人暮らしも物騒だし、ていう話になってね』
ならなくていい。
と抗議したい気持ちになったが、一応心配する心から来ているらしいので堪えてみる。
・・・長くは持たないという自信があるけど。
『で、それなら子供たちが一緒に暮らせば安心かな、と』
「何でそうなるの!?」
いくら戸籍上兄弟になったとはいえ、年頃の男女が一緒に暮らすのってどうよ!?
よく知りもしない兄弟と一緒に暮らすよりも、一人暮らしの方がよっぽど安全な気がするんだけど!?
心の中で一気にまくしたてたものの、母さんに言っても無駄なんだろうな、とも思う。だから一言で抗議してみる。
「娘の貞操の心配は?」
『真衣なら心配ないでしょ』
どういう意味だ。
あたしに色気がないとでも? 悪かったわね。
『それに、家族が一緒に暮らすのは常識でしょう』
「母さんに常識を語られたくはない」
即答すると、母さんもすぐに切り返してきた。
『私のお金で借りてるマンションに誰を住ませようと私の勝手でしょう。何か文句でも?』
「うっ・・・」
それを言われると親に養ってもらっている身としては反論できない。
・・・親子喧嘩でそれ言ったら終わりじゃないか。
数分後。母さんとの電話を終えた――というか、強制終了させた――あたしが部屋から出てくると、リビングのソファーに座っていた二人があたしの方を見た。
「・・・事情は分かりました」
分かりたくなかったような気はするけど。
「母が決めた事に逆らう権利は私には無さそうなので、これからよろしくお願いします」
あたしの言葉に投げやりな感じが含まれているのは気のせいではない。
それを聞いた二人は笑みを浮かべながら、手を差し出した。
あたしは差し出された手を取り、握手を交わす。
―――こうして、あたし達の同居生活は始まった。

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