第一夜 狩るものと狩られるもの
霧の深い晩には吸血鬼が現れる。
とある国では伝承となる存在も、この街では伝説でも何でもない現実の話。
よって、霧の出てる夜に外を出歩くのは余程腕に自信のある者か、命知らず
または―――・・・
ガンガンガンッ
静かな夜の街に、銃声が響いた。
銃の持ち主は銃の標的だったもの――今は、ただの灰と化したもの――を見ていた。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
彼女が仕事をする時はいつもそうだった。
一切のものを切り捨てているかのように。
「相変わらず見事な腕前だね」
「―――何か用?」
声は聞こえるが、姿は見えない。
しかし彼女は動揺する事も無く、静かに問う。
そして、ゆっくりと声のする方角――すぐ傍にある街灯の上に立っている彼に視線を向ける。
普通の人間なら不安定極まりないあんな場所に立つことは難しいが、彼にとっては造作もないことだった。
彼は、人間ではないのだから。
彼はいつものことだからか、彼女のそっけない態度に気分を害する様子はない。
気分を害するどころか、おもしろがっているような笑みを浮かべて彼女を見ている。
そんな彼を見て、彼女は言った。
「・・・貴方には、同族を殺されたことに対しての憤りとか、そういうのは無いの?」
仲間意識が強い生き物だとは思わないが、大抵の吸血鬼には驕りがある。自分たちは至高の存在だという意識が。
人間になど殺されるはずがないと、思っているのだ。
もっとも、そんなことはないと目の前の砂塵が証明しているが。
「全然。俺、他人に興味ないし」
「なら、私のことも放っておいてほしいんだけど。――それとも、退治されたいの?」
「放っておくのは無理。リーファには興味あるから」
ここだけ聞くと、彼――名をレインという――がリーファに惚れている様に思えそうだが、実はそうではない。全然違う。
レインの目的はリーファではない。ある意味、リーファではあるのだけれど、リーファという人物を求めているのではない。
「それと、俺を退治するのは無理だと思うよ? いくらリーファがヴァンパイアハンターの中で最強と言われていてもね」
「やってみないと分からないわ。それに、私は貴方に興味無い。・・・ましてや、餌にされるのもご免よ」
レインが求めているのは、リーファの血だった。
「別に死んだりはしないよ? それに、リーファにだってメリットあると思うんだけどなぁ」
「メリットなんてないわ。貴方の力を借りる必要なんて無いから」
吸血鬼が血を欲する理由は二つある。
一つは、単に食事のため。
相手は誰でもいい。吸血鬼によって多少の好みはあるらしいが、特に決まりがあるわけではない。
空腹が満たされれば何でも、誰でも構わないのだ。
もう一つは、力を蓄えるため。
これは、食事目的の吸血とは違って相手を選ぶ。
吸血鬼は、程度の差はあるものの一概に魔力を持っている。
その魔力を高めるために、人を襲うのだ。
しかし、魔力を蓄えるには人間にも魔力がないといけない。
でも大抵の人間には魔力なんて無い。
そして、稀にいる魔力を持つ人間はその特殊な力を生かしてある職業に就く事が多い。
―――ヴァンパイアハンターに。
ヴァンパイアハンターの仕事はその名の通り、吸血鬼を狩る事。
ただし、無差別に狩るのではなく、無差別に人を襲う吸血鬼を狩るのだ。
さっき、リーファが撃った吸血鬼もそうだった。
吸血鬼は自分が生きるために人間を襲い、人間は自分が生きるために吸血鬼を退治する。
それと同様に、吸血鬼は力を得るためにハンターを襲い、ハンターは自身の魔力をもって吸血鬼を倒す。
それがこの街の常識。
それなのに、目の前にいる吸血鬼は数ヶ月前、初めて会った時にその考えを覆すようなことを口にした。
「君の血、俺にくれない?」
脅そうとして言っているのではなく、だからと言ってからかっているのでもなく、本気でそう聞いてきた。
半ば呆気にとられていたリーファに、レインはさらにこう言った。
「もちろん、タダでとは言わないよ? 契約をしない?」
「・・・使い魔にでもなるってこと?」
「そうして欲しいなら、それでもいいけど」
「―――何を考えてるの?」
こんんな話、馬鹿げている。
そもそも吸血鬼と話をすること自体滅多にない。
血に狂って理性を失っているか、正気を保っていたとしてもほとんどの吸血鬼は人間を見下していて、会話をする意思が全くないからだ。吸血鬼にとって、人間は餌でしかないのだから。
少なくとも、リーファが今まで見てきた吸血鬼はそうだった。
しかし、目の前にいる吸血鬼は少し首を傾げて言った。
「そろそろ血飲まないとまずいんだよね。この辺で一番魔力が強いのって君でしょ。魔力がないのは駄目だし、中途半端に魔力があっても駄目だし。君ぐらいの魔力がないと駄目なんだよね」
「何言ってるのか全然分からないんだけど」
「知りたいなら教えてあげるよ? 契約してくれるなら」
「何で契約なんて結ぶ必要があるの」
吸血鬼は人間相手にいちいち承諾を得たり、ましてや条件なんてつけてきたりはしない。
そんな事をする前に、手が出ているからだ。
リーファの思っている事が分かったのか、レインは苦笑して言った。
「実力行使したら、一度で終わるだろ? それじゃ困る」
彼の言うとおり、リーファが勝てばレインは死ぬという事だし、レインが勝てばリーファが死ぬということになる。だが、彼の話に乗る気はさらさらなかった。
だから、言った。
「吸血鬼と契約なんて、ご免だわ」
「まあ、いいけどね。そのうち気が変わるかもしれない」
初めて会った日と同じようにレインの提案を突っぱねたリーファに、レインはやはり初めて会った日と同じような返事を返した。
――――出会った日から同じやりとりを交わす二人に、変化が訪れる日はもうすぐ。
『ファンタジーな100のお題』4.霧深い都市 より