【ACT 2】

―ウィーンの社交界―

ヴァルトシュテッテン男爵夫人の主催する夜会において、ヴォルフは大成功をおさめる。
音楽で常に対立しているサリエリが握手を求めるが、ヴォルフは冷たく一瞥するだけで
立ち去ってしまう。睨みつけるサリエリ。
社交界において、感情を露わにすることはご法度。どれほど不愉快でも微笑みを絶やさな
いことがマナーである。
男爵夫人が手を差し出す。渋々くちづけするサリエリ。勝ち誇る男爵夫人一派。
それはよくある貴族社会の日常の風景....。(再演で深く掘り下げられたこのシーン。
社交界の貴族達の裏表がさらによくわかるようになりました。)

―ヴォルフの自室―

仕事をしていても上の空、頭の中は愛しいコンスタンツェのことばかり。アマデには
冷たい眼で睨まれているヴォルフガング。ドアを叩く音。当のコンスタンツェが訪れる。
聞けば、母親達に盗みの濡れ衣を着せられ、家を追い出されたという。
側において欲しいと懇願するコンスタンツェ。『互いの為だけに生きよう。』と誓い合う二人。

甘やかな時間は突然破られる。『娘をたぶらかした。』と因縁をつける母親達。
『結婚しなければ役人を呼ぶ。』と恐喝し、ヴォルフガングは誓約書に署名させられる。

連れ戻されたコンスタンツェ。誓約書を取り返し、ヴォルフガングの目の前で破り捨てる。
『こんな誓いはいらない。あんたを信じてる。』

―プリンスは出て行った―

かつての幼い弟に似た人形を相手に語りかけるナンネール。
『子供の頃、私達はプリンスとプリンセス。幸せだった。プリンスは今はもういない。
私の結婚にパパは反対している。貧しい相手だから。私の結婚資金まであんたは使って
しまった。返して!私の人生を!』すべてをあきらめ、弟の為にと尽くしても尽くしても、
何一つ報われない自分があまりにも悲しく、やるせない。
その様子を見てしまった父。『早く戻って来い。ヴォルフガング!』

―ダンスは踊れない―

「ナンネールは泣いている。お前は家族を見捨てたままなのか。」父からの手紙が届く。
これから送金するつもりだと言い訳するヴォルフガング。
その時、酔っ払ったシカネーダー達が大勢押しかけてくる。(耳を塞いでピアノの下に
隠れる不機嫌で迷惑そうなアマデ。)この頃お前はちっとも姿を見せない、付き合いが
悪いと口々に言う悪友達。
喧騒の中、やがてアマデは曲を完成させる。ナンネールの為の結婚資金も曲が完成した
祝いだと人にあっさりやってしまう。大騒ぎの末、夜の街にくり出すヴォルフガング。

入れ違いにコンスタンツェが家に戻ってくる。しかし、作曲に没頭しているはずの夫の姿は
どこにもない。ただ飲み散らかした酒瓶が部屋に転がっているばかり。
ついに妻の不満が爆発する。


   あんたが死んでもあたしは泣いたりなんかしない!あたし流に弔うわ!
   毎晩どこかへ踊りに行く。やめない、やめられない!
   ええそうよ、流れる血にシャンパンを流し、髪に薔薇を差してね!

靴を脱ぎ捨て、薔薇を握り締め荒れるコンスタンツェ。(コンスの最大の見せ場、なんですが
やっぱり西田さんのインパクトがいまひとつ....。初演の松さんの時はこの一曲で頭を
殴られたぐらいの衝撃があったものですから。「いつも!いつも!いつも!そうやって
あんたは!」と全身で怒ってた松コンス。自分の一人相撲の情けなさも入り混じって荒れ狂
うコンスを見て、初めて【ミュージカル俳優松たか子】を意識したんです。歌でも嫉妬や、怒り
ストレートプレイで見るような複雑な情念を感じさせることができるんだなあと思いました。
西田さんは夫の愛を待ってる受身のコンス、松さんのは夫の一番でありたい!夫に何かを与
えられるたった一つのかけがえのないものになりたかったコンスって感じがするんです。
西田さんも悪くはないんですが、普通の女の子の反応なのでちょっと私には物足りない。
あんな変わり者のヴォルフの妻なんですから、やっぱり変わり者なんじゃないかと。笑)

―神よ、何故!―

ヴォルフガングの楽譜を前にまるで瞑想しているかのようなコロレド。時折なにかをつぶや
いている。アルコ伯爵の呼びかけにも気付かず、物思いに耽っている。
『モーツァルトを呼べ!今すぐ!』突然の命令に慌てて駆け出す伯爵。

『私は今まで神の摂理を学ぶためにあらゆる書を読み、さまざまな研究をしてきた。
そして今ようやく悟った!すべては答えの無い回り道だったと。』

老いたレオポルトが現われる。コロレドは息子を呼び戻せと命じるが、父は頷かず、
自分の孫を差し出そうとする。新たな奇跡の子だと。
『天才はいつでも作り出すことは出来ます!』その言葉はコロレドの逆鱗に触れてしまう。

『無知な愚か者が!人間は教育出来る。才能を伸ばし育てることは可能だ。
だが奇跡の子は決して作りだすことはできぬ!神よ!何故許される?!あんな自惚れ屋の
無礼で傲慢なろくでもない男の作り出す音楽が、何故この私を惑わせる!
神の叡智も摂理も、あの男の音楽の魔術の前に敗北するというのか!』
怒り、戸惑い、常の姿からは想像も出来ない程、取り乱すコロレド。ヴォルフガングの音楽
に心を奪われ恍惚となっている。(山口氏バズーカー炸裂!ああ、声が身体にイタイ!
しかも山口さんが演技してますっっ!市村パパとのバトルがこれまた壮絶であります。)

―父の愛―

ブルク劇場においての御前演奏は大成功に終わる。舞台裏に訪れた父レオポルトと男爵
夫人。得意の絶頂にいる息子の後姿をみつめる父。それでもなお表情は暗い。
『あいつは今、奢り高ぶって、自分自身を見失っております。』
『そんなに彼を責めないで。あの子はひとりでも生きていけるということを、父であるあなたに
見せたいだけ、わかって貰いたいだけなのよ。』なだめようとする男爵夫人。

久しぶりの父の姿をみつけ、駆け下りてくる息子。『ほら聞こえるでしょう?みんなが僕の名
を呼んでいる!家を出て正解だったとこれでわかってくれるだろう?パパ!』
『お前の名声はひとりで築いたとでも思っているのか!』冷たく厳しい父の怒声。
どうしても相容れないすれ違ったままの父と息子の想い。
『感謝しています!僕はいつまでもあなたの息子です!』どれほど訴えても、息子の想いは
決して父の心に届かない。

『息子は消えた!お前の顔なぞ死ぬまで見たくはない!』最後の言葉を投げつける父。

息子が立ち去った後、肩をおとし、一気に老け込んだ様子のレオポルト。
『私ほど、お前を愛する者はいない...。お前を他の誰が守ってやれるというのだ。
この私以外の一体、誰が...。』(想いを絞りだすような市村パパ。初日からここはすごい
のです!不自由な足を引き摺り、去っていく老いた父の姿がとてもせつない。)

―息子の想い―

『喜んでもらえると思ってた。わかってもらえると思ってた。』
落胆する息子。自分の性格を理解しつつ、もう戻れない、子供の時には戻れないと自覚
するヴォルフガング。
『ひとつだけ教えて欲しい。父さん。何故愛せないの?このままの僕を。ありのままの、
大人になった今の僕を何故愛してくれないんだ!』絶叫し、力尽きたかのように肩をおとす
ヴォルフガング。傍らには無表情な子供が立っている。うながされるまま、まるであやつり
人形のようにゆらりと立ち上がり、アマデの後についていくヴォルフガング。

―夢魔達の仮面舞踏会―

《フィガロの結婚》の成功の日。ひとり夫の帰りを待つ妻。手にする者のない酒盃を相手
に、祝杯をあげている。その様子を垣間見た帰宅した夫。妻との約束はすっかり忘れ去っ
ていた。
『乾杯?それとも、Kiss?』妻の差し出す酒と酒盃を無造作に取り上げて台に置く。
背を向けた妻を後ろから抱きしめるがその表情に愛は感じられない。(疲れたような暗い
表情。『ええい、めんどくさい!抱いてしまえ!』と言うような男の身勝手さがありありと。
井上君、ホンマに大人になったねえ。笑)

ヴォルフの悪夢。派手な仮面をつけた夢魔達が入れかわり、立ちかわり現われる。
アマデに連れ回され、さまよい歩くヴォルフガング。(ここの振り付けは初演と違うような
気がします。足を踏み鳴らす音は前回入ってなかったような?)
知っている誰かの様であり、初めての様であり、彼らは口々にヴォルフに問いかける。
不敵な顔で言い放つヴォルフ。『謎解きゲームは得意だ。必ず答えを見つけ出してみせる
さ!だけどたった一つだけ僕にも解けない謎がある。』
夢魔達は思い上がったお前には決して解けはしないと嘲笑う。
やがて現われる白い仮面の男....。『受け取った《それ》をお前は壊してしまった。
もう二度と手に入れることは無い。《それ》とは...、《幸せ》だ。』

―父の死―

『パパ!』飛び起きるヴォルフ。気遣うコンスタンツェ。コンスの肩に顔を埋め、『忘れた』
と言って身を離すヴォルフガング。そして現実に引き戻される扉を叩く音。

義母達が無遠慮に踏み込み、いつものように金を無心にやってきた。
『あんた達の言いなりにはならない!やりたくないことはもうしない!』言い争う最中、
訪ねてきた黒衣の姉ナンネール。硬い声が告げる、『パパが亡くなった。』と。

凍りつくヴォルフガング。弟を睨みつけ怒りをぶつけるナンネール。
『何故パパを裏切ったの?あんなにもあんたを愛して、いろいろなものをあれだけあんたは
パパから受け取っておきながら!赦さない...。あんただけは決して赦さない!』
(コンスは夫を慰め、セシリア母子は遺産が手に入るとほくそ笑んでいます。)

『いつかあなたと分かり合える日が来ることを祈ってた...。』ひとりベッドに腰掛け
悔悟の涙に暮れるヴォルフガング。『今ならわかる、あなたの言葉は正しかった。』
後悔の念にさいなまれ、のたうち回るヴォルフ。頭をかかえる彼の背後に、アマデが
たたずんでいる。子供の存在に気付き、身を寄せ掛けたヴォルフの首を後ろから締め
上げる無表情なアマデ。
倒れた夫にかけよるコンスタンツェ。しかし夫はその手を振り払い、泣き、笑い、意味不明
な事を叫びながら錯乱している。眼に見えない何者かを指差し、罵り叫んでいる夫。
妻はどうすることも出来ず、ただ立ち尽くしている。

『子供のくせに俺を支配しようとする!お前のせいだ!なにもかも全部!お前が悪い!
家族を、俺の家族を返せ!!』子供のようにベッドに突っ伏し、嗚咽するヴォルフ。

その耳に聞こえるものは果たして誰の声なのか?
『大人になるということは、倒れた後にも一人で立ち上がるということ。音楽に身をゆだねる
つもりならば、すべてを捨てても立ち上がりなさい。旅立つのよ。あなた一人で。』

激情は過ぎ去り、静かに立ち上がるヴォルフガング。

―グラーベン広場―

パリの市民が蜂起したとウィーンの街もその話題でもちきりである。パリ革命の炎は各地
に飛び火する。役人が沈静化しようと躍起になっているが、騒動はとどまる所を知らない。
役人に向かって『皇帝などいらない!』と叫ぶ不逞の輩もいる。ヴォルフガングである。
逮捕されようとするところを、シカネーダーの気転で救われる。
『俺達も革命に参加しようぜ!オペラを創るんだ!大衆の為のな!』
手渡された一冊の台本《魔笛》。『やろう!』瞳を輝かせて人ごみに消える二人の姿。

―ダンスは踊れない―

《魔笛》の創作に没頭するヴォルフガング。今日も舞台衣装を見せに見にシカネーダー
達が訪ねてきた。(《ちょっぴりおつむに〜》の曲を声を合わせて歌い、お互い頭突き?
をする井上君と吉野氏。井上君飛び上がってごつんとやってる時もありました。)
シカネーダーが帰った後、女友達のひとりがヴォルフに戯れかかる。

間が悪いことに、一部始終を帰宅した妻コンスタンツェに見られてしまう。
『作曲するってこういうこと?私をひとり旅に出してあんたはお楽しみのようね。
愛していれば分かり合えると信じてた。でも結局あんたが愛してるのはあたしじゃない!
自分の才能だけよ!』夫の言い訳にももう耳を貸さず、言い募るコンスタンツェ。
段々面倒くさくなった夫は『仕事がある、帰ってくれ。』と冷たく言い放ち、妻に背を向ける。

『お金がない頃の方が絆は強かったわ。あたしはあのままのあんたを愛していたかった。』

振り返ることも無く、部屋を出て行くコンスタンツェ。言い過ぎたと振り返るヴォルフ。
埋めようの無い亀裂が二人の間に走る。

―レクイエム―

《魔笛》が完成し、大成功をおさめる。『モーツァルト』の名を呼び拍手喝采する民衆。
得意の絶頂にいるヴォルフガング。ふと眼をやると頭上に『モーツァルト』と書かれた
横断幕。手を伸ばし布を掴むが、もう一方の端を掴んでいるアマデの小さな手がある。
互いに引っ張り合い、力任せに奪い取るヴォルフガング。にらみ合う二人。

『モーツァルト!』聞き覚えのある厳しい声。『あなたに作曲の依頼をしたい。』
夢で見た白い仮面の男が立っている。『パパ...?』
男は答えない。『レクイエムを。自分だけの力で書くのです。』

残された前渡し金。いつの間にか仮面の男の姿はどこにも無い。

―終焉(終演)―

虚ろな顔で作曲にとりかかるヴォルフガング。(地の底から湧き上がってくるかのような
《モーツァルト!・モーツァルト!》聞いているとなんだかぞくぞくしてきます。このシーン、
どうしても童話の《赤い靴》が思い浮かぶのです。踊ることが好きで好きでそれだけでいい
と思っていた女の子。貰った赤い靴。誰よりも上手に踊れる靴。脱げない赤い靴。
どれだけ疲れても、休みたくても踊り続け、たまりかねて遂に足を切り落とす女の子。)
周りの声に操られるかのようにただ書き続けている。かたわらにアマデの姿は無い。

   三連符、フェルマータ、スタッカート、クレシェンド!もっと、もっと!もっと!
   つながらない音!見えない曲!何も聞こえない!もう何も書けはしない!

散乱する楽譜。天を仰ぎやつれ果てた男の姿。うわごとのように何かをつぶやいている
ふと自分の腕を見る。おもむろにペンを振り上げ、突き立てる。何度も何度も。


   僕の血(才能)はもう残ってはいない。最後のひとしずくは心臓にある。
   僕は死んで....お前も、死ぬ...。

みつめる視線の先には、見慣れた子供の姿。無言で差し出されるアマデの白いペン。
ヴォルフの瞳に生気が宿る。震える手でペンに触れる。かつてのように共に同じペンを
仰ぎ、互いの顔を見合わせる。
はだけられる胸、アマデの手に握らせたまま、もろともに突き立てられるペン。


                僕こそ.....(音楽!)

訪ねてきたナンネール。変わり果てた弟の姿をみつけ、凍りつく姉。
手に触れる見慣れぬ小箱。そっと開いてみる。あふれ出す音楽。閉じ込められていた
音は今解き放たれた。

【ACT 1】へ
BACK
HOME