【ACT 1】
冷たい風が吹いている。夜の帳が厚く垂れ込める人気のない墓地。
墓地のはずれで何かを探し求めている三人の男女。
『私、これで失礼します。案内料の5000、ここでいただけるかしら。』
『聞こえませんか?!聞くのです!マダム!』『何を?!』怯える女。
彼女に聞こえるのはただ風の音だけ。恍惚となった男が叫ぶ。
『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト!』
―小さなプリンス―
きらびやかに着飾った貴族の紳士淑女が集うサロン。赤地に金の刺繍の衣装を
着た小さな子供が巧みにピアノを演奏している。誇らしげな父親。
幼い姉弟の合奏、目隠ししても弾くことの出来る子供の姿に人々は拍手喝采する。
しかし父は不安を抱く。『息子は奇跡の子。だがいずれ子供は大人になる。
ただのつまらない人間になってしまうかもしれない。このままならば。』
父は息子が小箱を持っていることに気付く。声をかける一人の貴婦人。
『それは生まれた時からその子のもの。アマデ、覚えておきなさい。それは黄金より
まばゆく、光より崇高なもの。あなたのものよ。』
―僕こそ音楽!―
赤いコートを着た青年が楽しげにピアノを弾いている。成長したアマデ(ヴォルフガング)
の姿。かたわらには彼にしか見えない幼いアマデが常に寄り添っている。
姉の姿を見つけた弟。自分のコートに隠れ、素っ頓狂な声で姉を驚かせる。
『姉さん!外国に行こう!昔みたいに!』目を輝かせて駆け寄ってくる。
『覚えてる?このコート。』『マリア・テレジア様からいただいたのと同じデザインね。』
(枠だけの姿見の前で気取ってポーズをとるヴォルフ。アマデがその枠にのっかって
旅に出ようという二人の話に目をきらきらさせています。)
『なんだ!そのコートは!買ったのか?!』一瞬ひるむ父レオポルド。
『自分の金でね。』博打で儲けたと得意満面の息子。(サイコロを振る息子の手を掴み、
市村ぱぱはぺしぺしその手を叩いてます。)遊んだっていいじゃないかと不平不満を
募らせる息子。『我々は他の人間とは違う!コロレド様の依頼はどうした!?
このコートは貴族だけが着られるコート。ナンネール!返してきなさい!』
(まだ不平を言う息子の鼻をくにくにつまんで、仕事をしろとぱぱは怒っています。)
部屋を出て行く父親の背になおも悪態をつくヴォルフ。あきれたようにみつめる
アマデの視線に振り返る。
詩人じゃない、絵描きでもない、感じたまま、心に浮かんだままを音にのせる
それが僕、僕こそ音楽!誰に何を言われたってかまいはしない!これが僕!
このままの僕を愛して欲しい。
(つんとすましたアマデにちょっかいをかけるヴォルフ。どっちが子供かわからない程
はしゃいでいる井上氏。互いの腕を交互にあてて、『このままの僕を愛して欲しい』で
二人幸せそうに身を寄せ合ってます。)
―大司教コロレド―
大司教の館。召使い達が厳しい主人の目を恐れつつ、晩餐の支度に奔走している。
モーツァルト親子を呼ぶコロレド。(すでに人間ミラーボール状態の山口猊下。大層
まばゆうございます!笑)
書き上げたばかりの楽譜を片手に得意満面のヴォルフ。美しくセッティングされた食卓に
土足で飛び乗り、召使い達の非難の目と悲鳴が集中する。
無礼千万なヴォルフの態度に激怒したコロレドは新曲の楽譜を目の前で投げ捨てる。
『決して忘れないぞ!音楽の世界じゃ僕は貴族と同等、あんたの従僕なんかじゃない!』
『出て行け!作曲家は他にいくらでもいる。お前達にはうんざりだ!』
(引き摺り出そうとする召使いの手を振り切り、再びテーブルに飛び乗ってコロレドに対峙
するヴォルフ。この時の井上氏の後姿がお気に入りといったらマニアでしょうか?笑)
沈鬱な表情の父親とは対称的に晴れ晴れとした様子の息子。父親の気も知らず、演奏
旅行に出ると能天気に浮かれている。激怒し、叱り付ける父。
『何も出来ない子供のくせに!私以外に誰がお前を手助けできる!
私ほどお前を愛する者はいない。お前を守れる者はいないのだ。』
『僕だって愛しているよ。パパ。』
怒りの表情が消え、自分よりもう背が高くなった息子の肩を抱く父。その背に腕を回す息子。
(市村ぱぱ、井上君の背中をポンポン叩き、井上君も懐いています。)
―ナンネール―
にぎわう市場。紫のコートを着たナンネールが買い物にやってくる。あちらこちらから声が
かかり、コロレドの怒りをかった弟のことを尋ねられる。
見栄っ張りなナンネール。『王様に気に入られたわ。お手当ても沢山いただける。』
うらやましがる者、あきれる者、人々の反応はさまざま。その様子を見ていたアルコ
伯爵は、吐き捨てるように言い放つ。
『あんな役立たず、雇う物好きがいるものか!コロレド様が裏から手を回せば奴はそれで
終わりだ。』ナンネールは反論したものの、急速に現実が見えてくる。
(余談ですが、このシーンでスパイス売りを演じている碓氷マキさんがなんだか気になり
ます。茶目っ気たっぷりで大好きですねえ。いつの間にか目が彼女を追ってしまいます。)
―ウェーバー家―
マンハイムのウェーバー一家。酒好きのセシリアには小悪党の夫と4人の娘がいる。
揃いもそろってろくでなし。何か儲け話はないかと毎日ため息ばかり。
ある日、夫が若い音楽家を家に連れてくる。4人も娘がいればどれかにひっかかるだろう
と皮算用。そしてお人好しの金のロバはひっかかった。
(初演では井上君は長女のアロイズィアに夢中だったのですが、再演では彼女とコンスタ
ンツェ両方にモーションかけています。おいおいっっ。コンスも結構積極的に姉に張り合っ
ている様に見えます。)
―残酷な人生―
金を使い果たし、日々堕落していく息子をどうすることも出来ない歯がゆさに苛立つ父。
息子は誰も聞く者もいないコンサートでピアノを弾いている。どん底の生活の中、病床の
母は医者を呼ぶことも出来ず、ついに息をひきとる。
夢だけでは生きられず、冷たい世間、厳しい現実を思い知らされるヴォルフガング。
―シカネーダー登場!―
ザルツブルクの居酒屋。今、酒場ではモーツァルト一家の話題で盛り上がっている。
大口をたたいて国を飛び出したものの、結局失敗し舞い戻ってきたヴォルフ。
浪費家のロクデナシ。女を追い掛け回す放蕩息子。人々の口は手厳しい。
(ヴォルフ、父、コロレド、アルコの大ものまね大会。日を追うごとにエスカレートして
きます。靴にくちづけせよなんて初演にあったかなあ?笑)
それを見かけたヴォルフガング。からかった男達に殴りかかり、酒場は大騒ぎ。
『盛り上がってるねえ!』美女を引き連れた、なんともド派手な男が現われる。
エマニュエル・シカネーダー。役者で演出家。庶民の為のエンターテイメント制作に
命をかけた男である。そしてヴォルフと意気投合、いつか大衆の為のオペラを創ろうと
誓い合う。(吉野氏絶好調!井上君、ずれたテンポでけったいなダンス。二人共炸裂
しております。)客とシカネーダーは大盛り上がり。しかし、彼の取り巻きの美女とこっそり
抜け出す不届き者が若干一名...。
―星から降る金―
息子を探す父の声。大聖堂のオルガンの後ろで《楽しい創作活動》に取り組んでいた
作曲家がまろび出る。続いて出てきた美女と目が合い父は渋い顔。
ヴォルフガングを訪ねてきたヴァルトシュテッテン男爵夫人。ウィーンで音楽活動をしない
かと持ちかける。舞い上がるヴォルフガング。けれど父はそれを許さない。
険悪な様子に男爵夫人はおとぎ話を始める。
王様がいました。王子様がいました。父は息子を愛するあまり、すべての災いから守ろう
と城の門を閉ざしてしまったのです。王様は命じます。『お前はここに留まるのだ。』と。
けれど憧れの精が王子にささやきます。『さあ、旅立ちなさい。』
愛とは解き放つこと。離れてあげること。子供はいつか一人で旅立つものよ。
それでも父は頑なな態度を崩さない。息子はなんとか理解してもらおうとするが父は背を
向け、決して目を合わそうとしない。業を煮やし飛び出そうとする息子。
『あんたは言ってたじゃない。神様の次に大事なのはパパだって!』
必死でとりなそうとする姉。『私ほどお前を理解し、愛する者はいない。』その言葉に
やりきれなさと、ジレンマに陥るヴォルフガング。たまりかね、アマデと共に立ち去っていく。
―コロレドの馬車―
アルコ伯爵を伴い、コロレドはウィーンに向かう。ウィーンでのモーツァルトの成功の噂に
得意満面。(自分のおもちゃが人々の羨望の的になっているのが嬉しくて仕方がないとい
った感じです。そしてお約束の『お花摘み』のシーン。今回は初演よりおとなしかったような
気がしますけど。笑)モーツァルトの行動を常に監視監督せよとアルコ伯に命じる。
―並みの男じゃない―
見世物小屋が立ち並ぶ庶民の夜の社交場プラター公園。コロレドの屋敷を抜け出し、シカ
ネーダーと共に見物にやってきたヴォルフガング。
はたと気付くとそこにはウェーバー一家の姿がある。うちに来ない?と言う誘いにあっさり
乗ってしまう。
『なーにが「ああ」だ!そんなことは許さん!』後をつけてきたアルコ伯爵。日ごろのお返しと
とばかり、ヴォルフガングはウェーバー一家と協力し、アルコを胴切りのマジックの箱に閉じ
込め、さんざんからかって追い返す。大うけする観衆。(長のこぎりをぶんぶん振り回す井
上君。のこが頭上を通過するたびに座り込む皆さん。笑。)
『あんたは他の人とは違ってる。やんちゃでいたずら好きで、はじけてる。お金はないけど、
でも純粋。もっと大事なものを持ってる。あたしは今のままのあんたが好き。』
誰もいなくなったプラター公園。まっすぐみつめるコンスタンツェにヴォルフは口付ける。
―終わりのない音楽―
『ヴォルフを呼び戻す。』と父。
『永久に大人にならない子供がいるのかしら?』問いかけるナンネール。
『昔は私も神の子と呼ばれた。私が男だったら音楽を続けたわ。今では家でピアノを弾く
だけ。今の私に自由はないわ。』
『私も挫折した。今はもうすべてを息子に賭けよう。あいつが戻れば昔どおりになるのだ。』
『そうね。きっと昔どおりに。』もう戻れない現実を知りながら、かなわぬ夢を語る二人。
(高橋さんと市村ぱぱの絶品のデュエット!むなしく切ない歌です。)
―決別―
皇帝の御前演奏を中止に追い込まれ、コロレドの屋敷に乗り込んでくるヴォルフガング。
取り押さえようとしたアルコ伯爵と召使い達を振り切り、コロレドと対峙する。
(猊下は4人の美女とお取り込み中。笑)
『僕は誰の奴隷でもない!ザルツブルクには戻らない。僕はウィーンに残る!』
どんな脅しも意に介さず、『クソ食らえ!』と逆に吐き捨てるヴォルフガング。
あまりにも無礼な物の言い様に、コロレドはワナワナと怒りに震えている。
『そいつをつまみ出せ!蹴飛ばしてなあっ!』激昂するコロレド。
たたき出されてもなお、ヴォルフガングの表情は明るい。
『これでどこへでも行ける。僕は自由だ!』
―影をのがれて―
『さあ、行こう!』とアマデに声をかける。しかし、彼は全く動こうとせず、ただひたすら楽譜に
向かっている。大事な小箱を餌に気を引こうとするが、アマデを怒らせてしまう。
書き続ける子供。その後姿をみつめるヴォルフガングの眼に暗い影がよぎる。
もう誰にも頼らない。自分の生き方は自分で決める。
現実のしがらみは振りほどくことができる。でも自分は?自分自身からは?
まるで殺そうとするかのようにアマデに向かって両手を伸ばすヴォルフガング。
僕がいなければこいつは存在しない。こいつがいなければ僕は僕《音楽》でなくなる。
何を聞いても答えてくれない。なのにいつも何処かで僕を見てる。息がつまりそうだ!
ふと、アマデのペンがとまる。出なくなったインク。苛立たしげにペンを振ってインクを出そう
としている。子供は振り返る。ヴォルフガングを認めてにこりと微笑む。
ヴォルフの手をとり、袖を捲り上げ、次の瞬間腕に白いペンを突き立てる。
したたり落ちるヴォルフガングの血。その血で譜面を書き続けるアマデ。何度も何度も。
苦悶の表情のヴォルフガング。それでも手を振りほどくことが出来ない。
どうすれば、
自分の影から逃れられるのだろう。自分自身から解き放たれるのだろう。
僕は、自由になりたい!