トリックオアトリート! .
※ハロウィン小話です。猫耳注意。苦手な方はお戻りください。 ごそごそ。暗闇で動く影がある。 四つの影はそれぞれ長く黒いマントを羽織っており、闇に紛れて人知れず動いていた。 「まずは兄貴のとこから行こうか」 「僕、王様に悪戯できる自信ないです…」 「大丈夫。お菓子くれなきゃ…オージュがどうなってもいいの?って言うだけ」 「ソレ、悪戯っつーか脅しだろ」 彼らの手にはそれぞれ何も入っていない袋と、色々と入っていそうな袋が握られている。 何も入っていないほうにはお菓子が入る予定で、色々と入っている方は悪戯道具入れだ。 「つーか、なんでサチまで参加してんの?サチは俺らに悪戯される側だと思ってた」 「奇遇だね。僕もサチは酢豚に入ったパインだと思ってた」 「ぷっ…!くすくす」 「…イアン、てめえ…。カナデも笑うな!」 青白い顔を真っ赤にして怒鳴るサチに、笑いの止まらないカナデ。 どうやらツボに入ってしまったらしい。 ひとまずイアンをひと睨みして、オージュの疑問に答える。 「いいか、オージュ。俺とお前歳が一個しか違わねえのに、なんでお前がよくて俺が駄目なんだよ」 「え、あ?そーだっけ?存在自体が危ないからてっきり大人に分類されんのかと」 「は!甘いな。俺はキングに悪戯されに行くんだよ。ああ、想像しただけでたまんねえ…」 「ふうん?」 恍惚とした表情を浮かべて笑うサチに、オージュはそれでも動じない。 だが、純粋なカナデには多少なりともダメージはあったようで。 ガチリ、とサチのこめかみに銃口が押し付けられた。 「今ここで取り返しのつかねえイタズラしてやってもイイんだぜ?」 大人しい性格から、加虐心旺盛な性格へ。 銃を持てばがらりと変わる人格を持つイアンは鋭い目つきで吐き捨てた。 対してサチも負けず劣らず流し目でそれを受ける。 「へえ、銃を持ったお前ならイイかもな…?」 二人の間に微妙な空気が流れ、耐え切れなくなったオージュが叫ぶ。 「っだー!よくねえ!」 ゴン、ゴン、と続けて響く打撃音は、二人の頭を殴った音だ。 思わず銃を取り落としたイアンは我に返って頭を押さえる。 「痛い…。ひどいな、オージュ。手加減してくれても…」 「カナデがドン引きしてんだよ。俺もな!」 「いいや、オージュ。お前にはキングと同じで隠れた素質が…」 「無い!いいから、とっとと行くぞ!朝になっちまう!」 中々動こうとしない二人の襟首を掴んでずるずると引き摺って歩き出すオージュ。 当然のことながら首の絞まった二人はそれ以上何も言うことができず、大人しく引き摺られるがままになった。 クイーンの家の中の様子を外から窺うと、まだリビングには明かりがついていた。 ソロがもふと戯れている内に寝てしまったか、あるいはクイーンが遅くまで計算をしているか、またはジャックがいつものように窓辺でうたた寝をしているか。 誰が居るにしろ、起きていた場合はすぐに二択を迫らなければならない。 「うーし、じゃあ気合入れていくぞー」 オージュの声に、四人はそれぞれ仮面で顔を覆う。 よりそれっぽい雰囲気を醸し出すためだ。 そっと玄関の戸を開けて、先頭のオージュが中の様子を窺う。 廊下の先に見えるテーブルには誰もおらず、クイーンが起きている線は消えた。 目で合図し、四人は静かに廊下を進む。 テーブル横にある壁に背中を張り付け、リビングの方をゆっくりと見た。 「そっちじゃない」 だが、その様子は向こうには筒抜けだったらしく、声は予想外に上から降ってきた。 吹き抜けの先、二階の手摺に腕を乗せて楽しげにこちらを見下ろすのは、第一の標的だ。 その標的はイベントに則って仮装しており、吸血鬼の衣装が嫌味なほど似合っている。 「兄貴!トリックオアトリート!」 「もちろんトリックだ」 「ちょっ…素直に菓子くれよ!つまんねえなあ!」 仮面を外して不満を言うオージュ。 その首に後ろから銃口を突きつけたのは、他でもないイアンだ。 冒頭の案を採用したらしい。 「キング、トリックオアトリート?つまんねェ答えはナンセンスだぜ」 「その声はイアンか。安心しろ、お前には仕置きをやろう」 「おいおい、選択肢を増やすのはナシに決まってんだろ」 「増やしちゃいない。お前に、トリックのプレゼントだ」 人質を取られているとは思えない尊大な態度で、キングは真っ直ぐイアンを指し示す。 イアンは何が来るのかとキングを警戒した。 「いけ、ソロ」 「な…っ!?」 しかし、警戒すべきは後方だった。 今まで気配を消していたらしいソロが、勢いよくイアンに飛びついて床へ押し倒す。 その勢いでイアンの仮面とソロが被っていた帽子は床に落ち、緑色の前髪がイアンの頬をくすぐった。 ソロはイアンの銃をゆっくりと手で絡め取り、拾えないよう床の上を滑らせる。 「えと、トリックオアトリート…? お、お菓子くれなきゃ、悪戯する…から…」 下敷きにしたイアンと必死に目を合わせてそう訴えるソロに、悪戯組全員に衝撃が走る。 「そうか、ソロも子供だっけ…!しかも俺らより年下!」 新たな事実に気づき、そうして自分達はお菓子を用意していなかったことを思い出す。 つまり、ソロに二択を迫られればもう逃げ場はない。 「ふふ、そいつはもふ用のクッキーじゃないと受け取らないぞ。ついでに言えば、この俺がすでに餌付け済みだ。さあ、イアン。どんな仕置きが好みか言ってみろ」 「…僕の代わりにサチが苦しむ姿を見たい」 「お前、なんだかんだ言ってイイ趣味してんじゃねえか。俺はいつでも準備万端だぜ」 「何のだよ。…僕はただ単にキングの仕置きを受けたくないだけ。サチなら別にどうなってもいいし…」 ふう、と気だるげにソロの前髪を耳にかけてやるイアンの目には、多少の諦めが交じっている。 「ソロの悪戯なら可愛いもんなんだろうなあ…」 「ううん…頑張る…」 「そっか、頑張っちゃうのか…」 精一杯のやる気を見せているソロと、抵抗だとかイベント自体だとか色々と諦めたイアン。 微妙な空気の中、そこだけが何故か和やかに見えた。 「ふむ…張り合いがないな。銃を取り上げたのは失敗だったか」 「じゃあ、キング!トリックオアトリート!」 「断る。逆に何故お前がここに居るんだと問いたいな」 「ふふっ、酢豚に入ったパイン…っ」 「冷たいキングもまたイイ…!」 キングの台詞に思い出したのか、またもくすくすと笑い出すカナデ。 一方のサチは笑うカナデを気にも留めず、またもや妄想の世界へ入る。 「…となれば、オージュかカナデ…」 つい、とサチから意図的に視線を逸らしつつ次の標的を決めるキングは、さながらカボチャの王と言ったところか。 キングの足元では綺麗にくり貫かれたジャック・オ・ランタンが笑っている。 「に手を出したら家の無事は保障しないよ」 「ふうむ…」 はじめから、オージュに悪戯という選択肢は無いのだろう。 カボチャの隣に置かれたバケツに入っている溢れんばかりのお菓子がそれを物語っていた。 イアンによる十中八九本気の進言に、キングの標的は居なくなった。 サチは喜んでしまうため論外だ。 「よし」 何か策を思いついたらしいキングが、一階からは死角となる二階の廊下の先へ呼びかける。 「クイーン、出て来い」 暫くして姿を見せたクイーンは、一応魔女の様相をしているもののあまり普段と変わらない。 一階を見下ろした後、キングの方を向く。 「随分と早いお呼びね?」 「ああ。どうやらサチが悪戯されたいらしくてな」 「ちょ…っ、キング限定だぜ!姐さんに弄られる趣味はない!」 「…だそうだけれど?」 二人の間で板ばさみになった彼女だが、それでもその瞳はどこか活き活きして見える。 彼女の手には新薬か何かが入った試験管が握られており、口論に負けたほうがあれの餌食になるだろうことが見て取れた。 「…何故俺がお前の趣味に合わせてやる必要がある?」 「トリックオアトリート、悪戯を仕掛けるのは俺の方だろ?」 「お前は無効だ。許されるのは17までだと覚えておくんだな」 ふん、と鼻を鳴らして言い切るキング。 だがその言葉に反応したのはギリギリ17歳のオージュだ。 「あ…じゃあ俺、来年からは参加できないんだ…」 しょぼん、そんな効果音が付きそうなほど見るからに落胆するオージュ。 そんな弟の姿を見て黙っていられないのがキングで。 落下防止のための手摺をいとも容易く飛び越えて1階に着地するやいなや、下を向いたままのオージュの前でしゃがんでその両手を取った。 どこの王子だと言いたくなる様な華麗さだったが、そういえば王…いや今は吸血鬼だったかと傍観者たちは口を噤む。 「オージュ。お前は許す」 「でも、それじゃサチに不公平じゃん…」 「そんなことはない。あいつは自分の年齢を数え間違えているだけだ」 「待て待て。いくら俺でもそこまでアホじゃねえって」 「あ。一応自覚はあるんですね」 いつの間にかツボから脱出していたらしいカナデが至極冷たい声で言う。 「…カナデ。もしかしなくとも俺になんか恨み持ってる?」 「さあ、どうでしょう?」 にこにこ。 新たな対戦が始まる予感に、誰もが興味を失くして目の前の相手を構い始める。 勝敗は目に見えているからだ。 「イアン。新薬を試すのは貴方でもよくてよ?」 「え。遠慮しとくよ…。そもそも、どういう効果なの…」 「それが知りたいから飲ませるのよ。ソロ、貴方はどう?」 「ううん、駄目…。何かあったら、もふの世話が…」 「そうよねえ…。誰か、イベントの気分の高揚のままに飲み干してくれないかしら」 ゆっくりと階段を降りて来るクイーン。 すでに楽しいはずのイベントが恐怖のイベントとなり、キングの手駒として動いていた彼女は中々決まらない生贄に業を煮やして、キングでさえも蝕もうと微笑む。 「あー…じゃあ、俺が飲むよ。ジュースだと思えば飲めると思う」 そうして自ら挙手した勇者は、オージュだ。 「どうせ誰かが飲まなきゃクイーンの研究も進まないんだし、当たりなら万々歳じゃん」 クイーンが独自に回復薬として確立させ、ギルド内で活躍している薬も少なくはない。 ただ、当たりが出るまでの失敗作の試飲が問題となっているだけで。 「ありがとう。男前なコは好きよ」 クイーンは嬉しそうに笑って、オージュに試験管を手渡す。 受け取ったオージュはコルクを取ると、口元に近づけた。 「待て、オージュ。そんなものはこうすればいいんだ」 「…んぐっ!?」 傾けようとしたところでさっと奪い取ったキングが、動きを動きとも感じさせない素早さでサチの口にそれを突っ込んだ。 油断していたサチは抗う間もなく中身を嚥下してしまう。 「げほ…っ!おま、キング…!飲んじまったじゃねえか!」 「ふ。どうやら、遅効性のようだな」 「冷静な判断下してんじゃねえ!」 さすがのサチもクイーンの度重なる新薬の実験体になっていれば焦るらしい。 自分の身に何が起きるのかと戦々恐々とした様子で冷や汗を垂らす。 「あ…」 サチの微妙な変化に真っ先に気づいたオージュが、彼の頭に手を伸ばした。 「ねこみみ…すげー、ふわふわ…っ!」 「あらあら。これは中々面白い効果が得られたわね」 「ね、ねっ、ねこみみィ!?」 髪の色と同じく青いそれは、サチの驚愕に合わせてぴくぴくと忙しなく動く。 同様に腰ギリギリに履いたズボンから覗いたのは、ぴん、と立つ猫の尻尾だ。 それに感動したのは他でもない動物好きのオージュとソロで。 「獣…もふの友達に、」 「ならねーよ!」 「ふわふわ!ふわふわだ!」 「あーもう、可愛いなちくしょう!」 ソロは断っておいて、近寄って耳に手を伸ばすオージュは抱きしめる。 いつもならばすぐに飛んでくる王の鉄槌は中々落ちてこない。 「キング。そんな目で私を見られても、余分はありませんわ」 「…そ、そんな目とはなんのことだ」 「ふふふ。捨てられた子犬のような目のことですわよ」 クイーンが面白げに目を細め、キングを見る。 自分も猫耳を生やせばオージュにくっついてもらえるのでは、とまたもや不毛なことを考えていたのだろう。 そうして実を言えば、新薬はまだ余っている。 あえて渡さないのは、王の威厳を保たせるためだ。 一度飲ませようとしたのは棚に上げて、クイーンは今日も今日とて完璧に王の補佐をこなす。 「…っ、おいポチ!いい加減オージュから離れろ!」 「痛…ッ!俺はポチじゃねえ!」 「そうだぜ、兄貴!猫耳だからタマだって!」 「サチだッ!ああでも二人に振り回されるのは悪くない…!」 猫耳が生えた途端人気者のサチ。 その様子をソロに解放されてからずっと床に座って傍観していたイアンは一人、口の端を上げた。 自分はああはなりたくないという思いで、遠い目をしながら。 「はい、どうぞ。待ちに待ったお菓子よ。やっぱり王道はこなしておいた方がいいでしょう?」 「ああ…ありがとう、クイーン」 何故だかとても今更な気がしたイアンは、それでも素直に受け取る。 クイーンのお手製らしく、人間の手のひらほどもあるペロペロキャンディの色合いはどこか不気味だった。 それを同じくカナデとソロにも渡していく。 「これ、食べれるの?」 カナデが食べてサチのように、とは言わないが何かまた実験材料が含まれていたら困る。 そういう意味合いで聞いたのだが、クイーンの気に障ったらしい。 「私を疑うんですの?貴方にも猫耳を生やしてあげましょうか」 「ちょ…、さっきストックはもうないって…」 「キングに差し上げる分はありませんわ」 キングの地獄耳はそれを聞き取っており、それでもクイーンの配慮が身に沁みて分かっているからかそれを要求するような命令は出さなかった。 代わりに、サチの腕を掴んで もふ というクッションへ向けて思い切り投げる。 ソードマン自慢の腕力で引っ張られたサチは、抗う術なく もふ の腹に顔を埋めることになり。 「あ、もふもふ と ふわふわ になった!ソロッ、明日散歩しよーぜ!」 「…ポチは元から首輪付けてるからいらないね…。ん、行こっか…」 「ク、クイーン!これって持続時間は!?このままじゃ俺ポチになっちまう!」 「残念ながら存じませんの」 サチの必死の叫びも、今のクイーンには届かない。 作り出したのが彼女ならば、解毒薬を作れるのも彼女の腕があってこそなのだが。 「クイーン…疑ってごめん。その、だから…猫耳はちょっと…」 「ええ。分かればよろしいのですわ。確かに見た目が悪くなってしまったのは私の落ち度ですもの」 機嫌が直り、クイーンが微笑んだ。 直後、彼女の背後の窓ガラスが音を立てて割れる。 「とりっくおあとりーとっ!」 ウェーブのかかった金色の髪に、眼帯で覆われた右目。 それから特徴的な舌っ足らずな声が部屋に響いた。 「あ。ソロ、猫が増えたぜー」 「あの猫は…前に散歩に連れて行こうとしたら引っかかれたからやだ…」 「いや、むしろ行動済みだったことにびっくりした」 何気なくついでに話題を振ってみたのだが思いのほか真面目に返されてオージュも目を丸くする。 その後ろでは、もふ をクッション扱いしているサチが尻から生えた尻尾をぱったぱったとつまらなさそうに揺らした。 「シィエイティー。…私の家の窓を割りましたわね…?」 窓を割られたことに怒りを覚えた家主が、普段から鋭い目つきを更に吊り上げてCATを睨む。 けれど、CATにそんなものは効かない。 何故なら彼女は全てにおいてマイペースだからだ。 「はろうぃんなのにちゃーんと玄関から入るのは、つまらないのっ」 子供としては少しズレた思考だが、強く主張するCAT。 いつもならば仕方ないと見逃すクイーンだが、ちょうどいい人材相手に実験材料を渡すことにしたらしい。 「うふふ…それもそうですわね。どうぞ、お菓子ですわ」 「わあ…っ!ありがとうなの、女王さまっ」 試験管に入っていることを疑問とも思わないらしく、CATは嬉しそうにその場で飲み干す。 皆があーあ…と見守る中、カナデが些細な疑問を体験者に尋ねた。 「ポチさん。あれってどんな味なんですか?」 「あー…甘いっちゃ、甘いな。つか、お前までポチって呼ぶなよ」 「ああ、すみません。元の名前なんでしたっけ」 「…薬より性質悪ィ…」 やがて、サチに効果が現れた時間が過ぎる。 CATも違和感を感じたらしく、いつも被っている帽子を外した。 「鏡をご覧になります?」 用意周到に近くの手鏡をCATに渡すクイーン。 素直に受け取って自分の頭部を映した彼女は、喜声を上げた。 「にゃっ!?念願のねこみみを手に入れたの…っ!」 「あらあら。よかったですわね。よろしければこれからも実験に付き合って頂けませんこと?」 「このお菓子、いっぱいつくるの?」 綺麗な色をした毛並みのいい金色の耳がぴくぴくと動き、同様にスカートの下から伸びた尻尾もぱたぱたと振られる。 「ええ。もっと猫さんになりましょうね」 「ほんと!みぃ、頑張るの!」 クイーンへ期待に満ちた目を返すCATだが、クイーンの目が笑っていないことには気づかない。 いつか本当に猫にされてしまうのではという危惧がメンバー内の胸中に浮かぶ。 「…しかし、見事な手際だな」 キングが漏らしたクイーンを褒める独り言に、誰もが頷かざるを得なかった。 かくして、ギルドRSFのハロウィンは稀に見るぐだぐださで幕を閉じたという。 |
08.10.24 |