歴戦のソードマン  .

その日珍しく昼の街を歩いていた俺にぶつかったのは、ちっせー赤毛のガキだった。

ほぼ決まっていたような散歩コース。
「サチ、暇なら外へ出たらどうだ」と、会議を始めようとしていたキングに言われて、今に至る。
要するに邪魔者扱いだよな、と一人で考えながら歩いていると、曲がり角で何かにぶつかった。
互いにそう勢いはついてなかったはずなのに、ぶつかってきた方は何故か尻餅をついている。
よっぽど軽いのかと適当に思って、それから申し訳程度に手を差し出した。

「…大丈夫か」

本当はそんなこと微塵も思ってないが、ここで傍若無人に振舞えば後で痛い目を見るのは自分自身だとさすがに覚えた。
ハイ・ラガードに住むババアどもが生む噂の広まる速さは侮れない。
その噂を聞きつけたキングが俺に鉄拳制裁を食らわすわけだ。それはそれでいいけど。

「ああ、すまない。そっちこそ大丈夫か?」

尻餅をついた赤毛は、立ち上がりながら俺の心配をしてきた。
随分と出来たガキだ。
からかってやってもいいが、何故かこのガキの纏う雰囲気が俺からそういう気を失せさせる。

「俺は別に…」

手を離して、目を逸らす。
そのまま去って行こうとすると、思いの外強い力で引っ張られて前につんのめる。

「何すんだよ!?」
「お前、冒険者だろう?」
「それが何…」
「階層はどこまで行った?」

なんだ、やけにつっかかってくる。
けど、答えないといつまでも離してくれそうにない。
さすがに真っ昼間から流血沙汰は起こしたくねーし…。

「今は、第二階層」
「そうか、優秀だな」

正直に答えると、そいつは感心したように頷く。
そうして掴んでいた手を離したかと思えば、逆に持ち直して俺を引っ張り始めた。

「ちょ…っ!どこ連れてく気だよ!」
「第二階層を見てみたいんだ。急ぎの用でもあったか?」
「いや、暇だけど…ってそうじゃねェ!」

つい素直に答えてしまい、相手の笑みが深まったのを見て後悔する。
つか、こいつ、俺と二人で樹海に挑む気か!

「せめて後三人は居るだろ!」
「別に五人で行かなければいけないという規定はない。大丈夫、お前は俺が守るから」
「守…っ!?だーもう、離せえええ!」

俺は元々腕力が心許ないため、こういう前衛タイプに強引にされると抗えない。
結局ずるずると引きずられて、世界樹の磁軸の前まで連れて来られた。

「無事は保障する。罠とかがあるならば知っている限り教えてくれ」
「…そういう強引なとこ、知り合いに似てる」
「む、そうか?そいつとは気が合いそうだな」

脳内でうちのギルドマスターの姿を思い出しながら、磁軸を起動する。
すると、次には視界が赤一面に染まった。
第二階層、常緋ノ樹林だ。

「…すごいな。雰囲気は向こうの二層と変わらない…。いや、ややこちらの方が赤いか」

物珍しげに、けれど懐かしそうに辺りを見回すそいつ。
だが、周囲への警戒心は怠っていないし、足元にもちゃんと注意を払っている。
どこか樹海慣れしているように見えた。
でも、そんな奴が未だ第二階層に到達してないってことはないだろ。
気になって、率直に聞いてみることにした。

「あんた、名前は?なんでそんなに樹海に慣れてんだよ」
「ん?俺の名前はソラッド。慣れてるのは、エトリアの世界樹を踏破したからだと言えば分かりやすいか?」

そう言って、そいつは徐に剣を抜いて構えた。
前方に見えるのは大量のキノコだ。
毒やら麻痺作用のある胞子を撒き散らす厄介者。
……って、いやいや、ちょっと待て。

「エトリア!?ソラッド!?ちょ、おま、有名人じゃねーか!」
「しっ!敵を刺激するような大声は避けろ」
「うっ…、いやでもフツー驚くだろ…!」

そうこうしている内に、ソラッドとやらは敵の群れに突っ込んで次々と敵を真っ二つにしていった。
確か、ハヤブサ駆けっつったか。
うちのオージュの得意技だが、それとは段違いの威力に開いた口が塞がらない。

「チートだろこれ絶対…」
「いくら強くても、樹海に絶対は通用しないよ」

手早く剣をしまったソラッドは、改めて俺を見た。

「ところで、もう少し上に登りたいんだが、いいか?」
「…いいけど、俺糸持ってねーぜ」
「大丈夫。俺が持ってる」

ついでに言えば、マップもないんだが。
かろうじて何時も武器を身に付けるという癖はついていたため、攻撃手段はある。
けど、正直こいつに任せていたら俺は何もしなくていいような気もする。

「階段の位置は?」
「たぶん、あっち」

記憶力だけで方角を指差せば、ソラッドは心得たように先行した。
俺とオージュの前衛組は、地図を後衛に任せて戦闘と先行を受け持っているから、地図はなくても大体の地理は頭に入っていた。

「そこ、左に抜け道」
「へえ…全部頭に入ってるのか?」
「上に登るのに何回も通るルートだから覚えてるだけ」

次々と出てくる敵を、いとも簡単に倒していく歴戦のソードマン。
しかし、未知の敵に出会った時は不意に慎重になり、俺に敵の特徴を聞いてきたりもする。
隙もなければ油断もない。
さすがとしか言い様がなかった。

「で、この先はトゲの生えた蔓だらけ」

7Fへと上がり、まだまだ余裕を見せるソラッドに言う。
ソラッドも痛そうな蔓を見て、多少辟易した様子だ。

「なるほどな…さすがに此処を通るのは下準備が要りそうだ」
「そーゆーこと。な、もう十分だろ」
「…そうだな。付き合わせてすまない、ありがとう」

駄目元で進言すれば、案外あっさりと引いた。
これがキングなら、意地でも先に進むのに。
若干の肩透かし感を食らいながら、差し出された手を握る。
握手なんて柄でもねェんだけどなァ…。

なんて思っていると、掴んだ手をそのまま、ソラッドが力の限り俺を引き寄せた。
またかよ!なんて思いながらも、気を抜いていた俺は抗えるはずもなくソラッドの背後に倒される。

「今度は何だよ!」

振り向いて言えば、ソラッドの体が宙を舞っていた。
大イノシシの突進だ。

「ソラッド!」
「っつ…怪我はないか?」
「こっちの台詞だっつの!」

なんとか駆け寄ろうとするも、間にイノシシが居ちゃそれも叶わない。
しかも相手は未だにソラッドを狙っていて、もう一度突進するべく後ろ足で地を何度も蹴っている。

『レッグボンテージ!』

逆に、俺から見ればイノシシは俺に背を向けているわけで。
狙いやすいその後ろ足に鞭を撒きつけて縛った。
これで突進はおろか動くこともできない。

「さすがダークハンターだ」

いつの間に体勢を立て直していたのか、ソラッドの声が頭上から降ってくる。
次の瞬間、イノシシの頭を真っ直ぐにソラッドの剣が貫いた。
こいつは結構頑丈な魔獣なのに、なんつー破壊力してんだ…。

「助かったよ。やはり樹海で気を緩めるものじゃないな」
「いや、礼を言うのは俺の方だろ…」

ソラッドに手を引いてもらわなければあのまま突進を食らっていたのは俺だ。
しかも奇襲に気づいていなかったから、上手く受身も取れなかっただろう。

「そんなことは気にしなくていい。言ったろ?守るって」

剣に付着した魔獣の血液を拭き取り、僅かな笑みを零しながらそう言う。
俺はいつも暴走しがちなメンバーを守る側で、ヘマをしても守られた覚えはない。
あのキングと樹海に潜っていた時期でさえ、ジャックの世話になったことはなかったっていうのに。
今まで感じたことのない何らかの感情が湧いてくるのを感じる。

「…じゃあなんも言わねえ…」
「ははっ!お前も中々の捻くれ者だな」

そうやってさらりと人の痛いところを正確についてくるところがむかつく。
悪気があるのかないのか分からないから尚更。

「そういえば、俺の方が名前を聞き忘れていた」
「え。いいって、別に」

アリアドネの糸を用いて、再びハイ・ラガードの磁軸の前。
思い出したように振り返ったソラッドに、俺はしっしっと手を振った。
絶対こいつに関わると面倒なことになりそうだからだ。

「…そうか。…残念だ」

なのに、通り過ぎようとしたところで、やけにしょぼーんとした顔で肩を落とすソラッドの姿が目に入る。
だから、あんたはいちいちリアクションが大きいっつか、分かりやすいっつか、素直過ぎるだろ!

「…サチ」

溜息と一緒にそう名乗れば、ソラッドは予想通り顔を明るくさせて笑みを見せた。

「サチ!今日は本当にありがとう。今度第二階層に挑む予定だったから、下見をしておきたかったんだ」
「あ、そ。じゃあ頑張って」
「ああ。またお礼に行くよ」

そっから先、振り返らずに俺はいつもの散歩コースに戻る。

(…ちょっと待てよ。あいつらが来たのってついこの前じゃなかったか…?)

なのに、次の探索日にはもう第二階層へ上がるという。
はっきり言って脅威のスピードだ。
まあ、一人一人があのソラッド程の強さならば、第一階層は肩慣らしにもならなかったんだろうが。
マイペースが売りの俺だったが、小さく焦燥感のようなものを感じる。
抜かれるのも時間の問題なんじゃねェか…?

(とにかく、キングに報せとくか)

すぐさま反転して、来た道を拠点の方向へ戻る。
出かけていなければキングも居るはず。
彼が居なければ最低でもクイーンかジャックは残っているはずだ。

焦って全滅というのも笑えないが、だからと言って慎重になり過ぎて抜かれるなんて冗談じゃない。
あいつらが本気を出したら、俺らなんかじゃ歯が立たない。
それは、間近で戦いぶりを見て、その差を感じたからこそ言える。
そうか。さっき樹海で感じたこれの正体が分かった。

俺は、悔しいんだ。
10.09.13




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