うまくいかない .
「もう、兄さんってばどこ行ったんだろう」 溜息を一つ。 王さまに探して連れてくるよう頼まれているのに、どこを探しても見つからない。 とりあえずフィネールさんの家に戻ってきたのはいいものの、やっぱりまだ帰ってきていないらしい。 「あら。ハルカならさっき冒険者ギルドの前で女の子に囲まれていたわよ」 優雅にティーカップを傾けるフィネールさん。 普段着の彼女は戦闘時の魔女的な雰囲気はなく、まるでどこかのお嬢様だ。 そんな彼女の目撃情報に、僕は目を丸くする。 「…兄さんが?見間違いじゃないですか?ありえませんよ」 「それもそうね」 確かに見た目はいいが、あれで性格に難がある。 いや、正しくは性格じゃなくて、性質かな。 今こそ慣れてしまったものの、僕がこんな少女じみた格好をしているのは全て兄さんの趣味だ。 「一応、見てきます」 「ええ。いってらっしゃい」 鞄を掛け直して、僕はもう一度ハイ・ラガードの街へと繰り出した。 この街は高低差が激しく、どこへ行くにも階段やら橋やらとまるで迷路だ。 たとえば目的の人物を見つけたとして、それが一番下の路地だったりする。 なまじ上からの見晴らしがいい分、こういった人探しは精神的な苦痛を味わう破目になるんだ。 通い慣れた冒険者ギルドの前に着いた。 けれど、フィネールさんが言っていたような人だかりは見当たらなかった。 予想はしていたことだけど、下手に動き回るわけにもいかない。 とっくに兄さんの行きそうなところは調べ尽くしたのに。 「困ったな…」 途方に暮れていると、ちょうど年頃そうな女の子ソードマンが歩いてきていた。 あの人に聞いてみよう。 「すみません、この辺りでオレンジの髪のバードを見かけませんでしたか?」 「あら?あなたもファンなの? あの方なら、フロースの宿へ向かって行ったわよ」 「ありがとうございます」 ファンだとか聞き慣れない単語を聞いたり、用のないはずの宿屋に向かっていたりと、様子が変だ。 というより、めちゃくちゃ変だ。 ファンって何。あの方?フロースの宿じゃなくて、フィネールさんの家じゃないの? 何が、どうなってるんだろう。 ここまで駆け足で来て、下り階段の上からフロースの宿がある広場を見渡した。 この広場は世界樹の入り口とも繋がっていて、さすがに冒険者たちが多い。 僕は兄さんの姿を探すために、よくよく目を凝らす。 見つけた。 世界樹の入り口手前、金髪の青年と赤毛のソードマンと一緒に居る。 なにやら話をしている様子で、しかも会話は弾んでいる。 もしかして、スカウトを受けてるとか? まさか、とは思いつつも混乱する頭に、僕の足は竦んだ。 そうこうしている内に、三人は樹海へと向かい始める。 「ま、待って!」 当然ここから声が届くはずがない。 慌てて階段を下りようとして、足がもつれた。 石畳で整備された広場の地面が迫り、ぎゅっと目を瞑る。 「っとと」 予想していた衝撃はなく、代わりに足が浮いた。 声に、恐る恐る目を開ければ、薄茶色のさらさらとした髪が目に映る。 腰を腕一本で支える体勢で、紫の瞳が僕を見ていた。 「大丈夫か?」 「ど、どうも…」 「おう、あんま急ぐなよ」 「はい。気をつけます」 逆の手で腕を支えてもらい、広場の石畳に立った。 お礼もそこそこに世界樹の方を見やっても、やっぱり兄さんの姿はすでになかった。 「誰か探してたのか?」 先ほど助けてくれた男の人が、親切に尋ねてくれる。 振り向いて気づいたが、彼は自分と同じメディックらしい。 ラフな格好に白衣を羽織っているだけなのに、随分と様になっていた。 どこかベテランのギルドに所属しているのかもしれない。 「兄さんを…えと、オレンジ色の髪のバードなんですけど…」 ほとんど成り行きで説明すると、メディックは何か思い当たることがあったのか、納得したように頷いた。 「…ああ、そういえば兄弟が居るって言ってたな」 「え、知り合いなんですか?」 「ああ。結構長い付き合いでな」 そう答えたメディックは、じっと僕の顔を見つめる。 きょとんと見上げれば、彼は思いついたように笑った。 「よし、ちょっと待ってろ。今ならまだ間に合うだろうから、呼んできてやるよ」 「い、いいんですか?」 「女の子一人で行かせる訳にはいかないだろ?」 その聞き慣れた単語に、僕は僅かに肩を落とす。 親切なのは嬉しいけれど、こう毎回訂正するのもやっぱり疲れるものだ。 「…すみません、僕は男です」 「…マジ?」 「大マジです」 まじまじと僕の顔を見て、そういえばあいつも女顔だったんだよなあ、と小さく独り言を零すメディック。 確かに兄さんのここ最近の成長には目を見張るものがあるけれど、それまでは女顔だった。 今の自分みたく。 「…なるほど、さすがアイツの弟ってとこか。悪かったな。そうだ、名前は?」 「カナデです」 「そうか、カナデ。そこで待っててくれ。すぐ呼んでくるから」 「よろしくお願いします」 駆けてゆく背中を見送りながら気づいたけど、僕も行けばよかった。 ハイ・ラガードは、外で人を待つには少々寒い。 せめてどこか風の当たらないところを探そうと動いたところで、後ろから何者かに腕を掴まれた。 「見つけた」 「…イアン?」 逆光で顔は見えなかったけれど、気候に合った格好をした少年が誰かはすぐに分かる。 同じギルドのメンバーで、どういう訳か僕を好きだという彼。 そんなイアンに思いの外強い力で引っ張られて、僕は階段を一段ずつ上らされる。 「キングが不機嫌なんだ。カナデの帰りが遅いから」 「ちょっ、ちょっと待ってイアン!僕、人を待ってるんだ!」 「僕以外の人なんて待たなくていいよ」 「そーゆー問題じゃないってば!」 イアンとは歳が近いこともあって、大体がタメ口だ。 それは話しやすくていいのだけれど、今回のように彼とはたまに会話が噛み合わない。 更に言えば、樹海で銃を手にした時のイアンにはいつまで経っても慣れなかった。 「先輩に兄さんを連れて来て貰ってるんだ!樹海に潜っちゃったから…」 「変だね。ハルカなら、ついさっき帰ってきたよ?だから僕がカナデを探しに来たんだ」 「…え?」 じゃあ、僕は一体誰を追いかけていたんだろう? 頭が真っ白になった僕はそれ以降何かを話す気にもなれなくて。 先輩とのことも忘れてイアンに引きずられるまま拠点に戻った。 「キング。言われた通り連れてきたよ。…少し放心してるけど」 リビングまで引っ張ってきて、ようやくイアンは僕の手を離した。 放心だなんて。僕はただ、考えてるだけだ。 「放心?何があった」 「さあ。ただ、さっきまでハルカを待ってたみたい」 「ええ?俺はここにいるよー?」 暢気にジュースの入ったグラスを傾けながら、椅子に座った兄さんが手を上げる。 「主張しなくても分かってるよ。…キング。とりあえず落ち着くまで待ってあげて」 「仕方ないな」 ふう、と息を吐いたキングの隣を通って、兄さんに近づいた。 「…兄さん、僕、兄さんにそっくりな人を見たんだ。世界樹の前で」 そう切り出すと、兄さんは目を丸くした。 「赤毛のソードマンと、金髪のパラディンと一緒だった。あとたぶん、メディックの男の人も」 金髪のパラディンと言った辺りでジャックさんが過剰に反応して僕を見た。 何か訊きたそうにしてるけれど、生憎とそれどころじゃない。 「兄さん、心当たりある?」 「…それはもう、ありありだね」 コト、とグラスを置き、頬杖を突いて僕を見上げる兄さんはどこか嬉しそうだ。 「そっか…来てくれたのかな」 不意に僕から外され、窓へと移る兄さんの視線。 その目は懐かしげに細められている。 「カナデ。カナタだよ。俺の双子の弟。覚えてる?」 「カナタ…兄さん?」 そういえば、僕らは三人兄弟だったっけ、と知識上の事柄が浮かぶ。 けれどカナタという兄に覚えはないし、どんな人かも知らない。 「そう。周りにいたのは、たぶんエトリアでの仲間だろうね」 「じゃあ、あのメディックの人も…」 正直なところカナタという兄よりも、僕はメディックの人が気になっていた。 待てなかったこともあるし、もう一度会って、謝って、いろいろ話を聞きたい。 面倒見がよさそうだったから、きっと根気よく付き合ってくれるんじゃないかと思う。 この感情はきっと俗に言う、憧れというものだ。 「よし!キング!俺今からカナタに会いに行ってくr「させるか」 「ぐえ」 兄さんが勢いよく椅子から立ち上がったかと思えば、王さまの横を走り抜けるように玄関へ向かった。 けど、逃げ足ナンバーワンの実力を持ってしても王さまの前には無力だ。 呆気なく襟首を捕らえられ、自分の首を絞めることになる。 「確かにカナデの言うようにエトリアのギルド…"カルジェリア"なら、興味深い話だ」 カルジェリア。それが、あの人たちのギルドの名前。 ぽいっ、と床に放り投げられる兄さんを尻目に、僕は王さまを見る。 「…そんな捨てられた子犬みたいな目はイアンにしてやった方が効果は出るぞ」 「え、ええ!?ぼ、僕そんな目してませんって!」 慌てて否定するも、王さまは悪戯っぽく笑うだけだ。 「ひとまずそいつらのことはこちらで調査を進めておく。クイーン、頼んだ」 「ええ。任せて」 フィネールさんは、話の一部始終を兄さんとは逆側の席に座って聞いていた。 王さまの指示に頷くと、ゆったりとした動作で自室へと戻っていく。 「で、お前らは溜め込んだクエストの消化だ。責任を持って完遂しろ」 今まで目を逸らしていたことをギルドマスターに改めて指摘され、誰もが居心地悪そうに俯いた。 クエストさえなければ呼び出されることもなく、あの人を待てたのに。 兄さんを探していた理由が呼び出しだという前提は無視して、溜息をついた。 そうして僕は恨みがましく、溜め込むことになった主な原因を睨む。 「…サチさんが逃げるからですよ」 「ホイホイ受けてくるヤツが悪い」 悪びれもせずに言うサチさん。 僕と彼の間で視線がバチバチと交差する。 「ただいまー!お、珍しいな。カナデがサチに喧嘩売ってるなんて」 扉を開けて見た光景を、面白そうに笑うのはオージュだ。 すかさず王さまが近寄っていく。 「おかえり、オージュ。怪我はないか?」 「ないよ」 王さまの心配を余所に軽い返事で退けたオージュは、テーブルに完了済みの依頼書と報酬を置いた。 それは紛れもなく、溜め込んでいたはずのクエストの依頼書たちで。 「で、大体のクエストこなしてきたんだけど、集まってるってことは手伝ってくれんの?」 オージュの手元に残っているのはたった二枚の依頼書。 溜め込んでいたのが浅い階層のものということもあって、一人でこなして来たらしい。 「オージュ…っ、ありがとう!僕今まででこんなに君に感謝したことない!」 がしっ、とオージュの肩を掴んだ僕に対して、彼は目を丸くした。 どうしよう、後ろに後光が見える…気がする。 「ええ? え? なに? ほんとどうしたんだよカナデ。熱でもある?」 我に返ったオージュは、そんな僕の様子を不審に思って額に手を当ててきた。 もちろん僕は正気だ。多少テンションが高い自覚はあるけど。 だって、早く会いたい。クエストが終わればすぐにでも会いに行けるんだ。 もう遅いかもしれないけど、泊まっているのはフロースの宿だって分かってる。 「あと二つなら、今日中にでも終わりそうだね。それにしても、いつの間にやってたの。オージュ」 「だってさー、フラフラしてるハルカ探してる時間がもったいないと思わねー?」 「確かに」 イアンの問いに答えたオージュは、サチさんの同意を得て笑った。 それを聞いていた兄さんは唇を尖らせる。 はっきり言って二十歳にもなる男がそんなことをしても可愛くない。 身内の目だからというのもあるかもしれないけど。 「カナデがハイな理由も気になるけど、それは後でいいや。カナデ。何か用事があるなら行って来いよ」 「いいの!?」 「いいよ。4人も居れば楽勝だし。いざとなれば兄貴引っ張ってく」 親指を王さまに向けるオージュに、さすがは弟だと思わなくもない。 万一サチさん辺りが指したなら、床とこんにちはになるだろう行為だ。 「オージュと一緒か…ふむ、たまには悪くないかもしれないな」 「それなら俺とオージュとキングでいいんじゃね?ハーレムなら俺大歓迎」 「むしろお前だけ必要ない」 今度は王さま相手に険悪ムードを展開しかけたサチさんだけど、オージュが止めた。 「はいはいはーい。その辺にしとこうなー。あーもう、行こうぜ、ハルカ、イアン」 何かを言われる前に二人の腕を掴むと、半ば引きずるようにして玄関へと向かっていく。 僕は慌ててその背中に声をかけた。 「オージュ!その…ほんとにありがとう」 「おう。なんか知らねーけど、頑張れよ」 彼の気遣いが嬉しくて微笑めば、オージュからも笑みを返された。 直後、雰囲気ががらりと変わる彼の両脇。 僕はしまった、と思ったけれど、もう遅い。 「ねえ、いくらオージュでも俺の弟に手を出したりしたら許さないよ…?」 「そうだよ。カナデは僕の。ライバルになるようなら今の内に潰そうか」 「ちょっと待ちなよ、イアン。俺は君にも渡すって言った覚えはないからね!」 「別にハルカに許して貰わなくても僕は構わない」 オージュを標的とした台詞から一転、オージュを挟んでの攻防。 それに耐え切れなくなったのか、彼は掴んでいた仲間の腕を外す。 「…っとに、どいつもこいつも役立たず!もういーよ、残りも俺だけで片付けてくる」 と、そう言ってさっさと出て行ってしまった。 まるで時間が止まったかのように、その場に取り残された人たちが固まる。 「…謝ったほうが、いいよね」 「追いかけよう、ハルカ」 「うん」 我に返ったらしい兄さんとイアンが、慌ててオージュの後を追った。 「王さまとサチさんも、反省しといてくださいね。これからもくっだらないことで喧嘩してたら、近い内に愛想尽かされるんじゃないですか」 ふう、とわざとらしく溜息をつけば、王さまもサチさんも罰が悪そうに互いの顔を見ていた。 本当に王さまはオージュのことになると弱いな、なんて胸中で笑ってしまう。 「カナデ君」 「え?あ、はい」 今まで蚊帳の外だったジャックさんが、最近の定位置となっている出窓の傍の椅子から僕を呼ぶ。 「…恋をすることって、やっぱりくだらないことなのかな」 「え」 憂いに満ちたジャックさんは、言いながら窓の外に目をやる。 そんなことを僕に聞かれても…って、僕が言ったことが原因ですか、やっぱり。 「いや、なんでもないんだ。ごめん。急いでいるんだろう?」 「…恋は、素敵ですよ。くだらなくないです。ただ、この人らが低レベルなだけで」 「はは。そっか…よかった」 微笑んだ彼女は、再び窓の外に視線を投げてぼーっとし始めた。 最近様子がおかしかったのは、どうやら恋をしていたかららしい。 大人の女性だと思っていたのに思考はどこか初心で。 それが可愛らしいだなんて思ったりして。 「それじゃ、いってきます」 「気をつけて」 外に目を向けたままのジャックさんの言葉に、僕はもう一度返事をして、家を出た。 |
08.09.02 |