もふもふ  .

もふ は比較的大人しい性格をしているため、移動にはさして問題はなかった。
室内に用意した毛布のベッドも気に入ったらしく、今はそこに腰を落ち着けている。
そうこうしている内に依頼を完了したカナデが報酬を持って帰ってきたのだが、この後の問題は役割分担だ。
今までは、もふがストレスを溜めないよう、誰かが気づけばてきとうに散歩させていたのだが、室内で飼うとなれば誰の目にもつきやすいということで、もふに関する全ての世話をこの家に住むギルドメンバーで分担することにしたのだ。
餌については日常的にギルドメンバーの食事を用意しているクイーンやジャックが引き受けたのだが、残る世話、散歩については簡単にはいかなかった。

「分担は賛成だけどさ、俺らは探索に行くといつ戻ってこれるか分からないぜ?」
「その辺りはその時に判断しよう。基本的に散歩はお前達に任せて、俺はお前達の穴を埋める」

オージュの疑問にキングが答え、対してカナデもまた新たな不安を漏らす。

「それはいいですけど、僕ら もふ の散歩道知りませんし、どうしましょう?下手に歩いて住民の方々の迷惑になるのも困りますし…」
「いつもは誰が散歩させてたの?」

ハルカがそう聞けば、今この場に居る誰もが頷くことはなかった。

「…あ、れ? もしかして、誰もやったことない…?」
「やっていたのは十中八九ソロだろうね」

今まで黙っていたダイスが未だ触媒を弄りつつ呟いた。
確かに、朝夕とソロを見かけることは今まであまりなかった。
会話が苦手ゆえにいつもふらふらと街中で時間をつぶしているものと思っていたが。

「なーんだ。じゃあ、ソロが戻ってくるの待とうぜ」

オージュはそう言うと伸びをして、そのままソファに体を沈めた。

「ど、どうしましょう…なんだか僕らが拾ってきたのに押し付けてたみたいで申し訳ないです…!」
「いいんだよ、カナデ。ソロはきっと好きでやってたんだろうし」

発覚した事実にうろたえるカナデを、イアンが慰める。
その横からサチが割り入ってきた。

「とりあえず分担を適当に決めとこう。月曜、オージュと俺。火曜、ハルカとカナデ。水曜、イアンと俺。木、ハルカとオージュ。金、カナデとイアン。土日祝と俺らが居ない日は居残り組に任せた」

曜日の後に次々と指差し決めるサチに、嫌な顔をしたのはキングだ。

「…ちょっと待て月曜が何故お前とオージュになる。組み合わせを変えろ」
「いいだろう、少しくらい俺がおいしい思いをしても。別に取って食いはしない」
「そうそう、オレとサチ、前衛同士で何かと息も合うし、他の日の組み合わせだって問題ないじゃん」
「・・・・・・」

渋っている。かなり渋っている、と誰もがそう思った。
けれど先程のこともあって強く出れないのか、キングは最終的には折れた。

「分かった。それでいこう」

その一言で今後の もふ についての話し合いは終わり、各自に自由時間が与えられた。
ソファに転がっていたオージュは真っ先に もふ のところへ向かう。

「もふもふー!よかったな、これからはオレらと一緒に笑って暮らせるぜー」

熊に抱きついて喜ぶオージュに、キングは何を思うのか。
クイーンにはキングが羨ましそうに もふ を見ているように見えた。
横目にどこか哀愁漂う表情を見た後、オージュと もふ に視線を戻しながら言う。

「キング、言っておくけれどアナタが着ぐるみか何か着たところで抱きついてはくれないと思うわよ」
「…っ、分かっている!」
「ははーん…、悲しいね、王。というより、クイーンもよく分かるね、王の思ってる事」
「複雑そうに見えてキングの頭の中なんて弟クンでいっぱいだもの」
「なるほど、それもそうだ」

ジャックが快活に笑い声を上げて、キングは今度は不機嫌そうに もふ を見ている。
弟を取られた気分なんだろう、きっと。
あのキングが弟一人にこのザマだと思うと、自然と笑いも出てくるというもの。
そうして我慢しきれずに噴き出したサチに、イアンはとりあえず合掌しておいた。

やがてサチがキング直々に伸されたところで、居間に集まっていた面々もバラバラに散ろうとしていた時だった。
勢いよく玄関の戸が開かれ、珍しく息を荒くしたソロが駆け込んで来た。

「もふが…いない!」

あまりの慌てように、周囲はしん、と静まる。
そういえば言っていなかったと苦い顔をする者も居たが、説明は平静に戻ったキングが代表した。

「ソロ、もふをこの家の中で飼うことにした。ほら、そこにいる」

顎でその方向を示すと、ソロは背負っていた弓矢や帽子、鞄を廊下に放り出して駆けつけた。
クイーンはそれらを拾い上げ、ソロに割り当てられた椅子の上に置いてやる。

「…よかった」

余程不安に思ったのだろう、心底からの安堵の息をソロは零した。
それに応えるように、もふ も腹の上のオージュをそっと降ろすと、のしのしとソロに近づいていく。
見上げる位置にまで来ると、もふ は顔を上げてソロの顔をペロリと舐めた。親愛の証だ。

「いつの間にそんなに仲良くなったんだよー」
「でも俺は安心したよ。ソロってほんといつも一人だったしね」

もふに降ろされたオージュが唇を突き出して抗議したが、それに対してハルカは嬉しそうに口元を綻ばせた。

「ソロ。もふの散歩は当番制にした。今まで押し付けていてすまない」

キングがそう言えば、ソロはもふの頭を撫で、その瞳と目を合わせながら呟く。

「…できればこれからも俺がやりたい。ダメ、かな」

不安げに揺れる瞳は、決してキングと目を合わせようとはしなかった。
会話下手なのもあるが、今までの関係が崩れてしまうのが怖いのかもしれない。

「いいや、お前がそれでいいのなら、俺たちもお前に任せたいと思っている」

そんなはずはなかった。元から当番制に、と言い出したのはキングだ。
だが、キングだからこそ、根本から制度を変えることができる。
それに、こんな不安げなソロを見た上で尚、当番制を主張する者もなかった。
床に伏すサチだけが若干つまらなさそうに顔を歪めたが。

「…そっか、ありがとう…」

語尾の方は顔を もふ に埋めてしまったため聞こえにくかったが、顔を伏せる寸前、ソロが微かに笑んだのをオージュは見た。
初めて見るソロの笑顔に目を丸くしつつも、オージュは嬉しさを抑えられない。

「ソロ!散歩は譲るからさ、たまにはオレも散歩に連れてってくれよな!」
「あ、じゃあ僕もいつかご一緒したいです」
「カナデが行くなら僕も行く」
「…分かった」

次々と上がる申し出にソロは頷いて、少し照れくさそうに微笑んだ。


「ふむ、これでソロも少しは単独行動が減りそうだな」

それに満足したように頷くキング。

「私はCATのお嬢さんも気になるけれどね」
「あの子は…まあ、見ての通りネコみたいな子だし、好んで一人になっているようだけれど」

次いで不安を零したのはジャックで、クイーンは需要のある時以外一箇所に留まっていないCATに半ば呆れているようだ。

「あいつのことは追々考えよう。二人は夕食の準備を。おい!手の空いてるヤツは俺と倉庫掃除だ!」

キングの声に元気よく返事をしたのはもふに懐いているオージュ、カナデ、イアンとソロだけで、残りはそそくさと自分の部屋に帰ろうとしていた所だった。
運悪く見つかったサチはイアンに引っ張られていく。
運のいいハルカは見つかる前に部屋に逃げ込み、ダイスはすでに地下に潜った後だ。

「なんで俺だけ…」

呟いたサチの声は虚しくも宙に消えた。





明かりを灯さずに入った薄暗い部屋の中。黄昏色の空が部屋を照らす。
窓辺に椅子を持ってきて、窓の淵に両腕を寝かせ、顎を置いた。
黄色の鳥が夕陽を横切って彼方へと飛んでいく。

「…カナタ、お前は今一体どこにいるのかな」

ハルカはもう一人、自分と同い年でもう二十歳になる弟のことを想って息を吐いた。
エトリアの世界樹が踏破されてから4年。
その間の音沙汰は全くと言っていいほどなかった。
更に昔の記憶を追えば、カナタが家を出てからは十数年も経つ。
カナデはきっとカナタのことを曖昧にしか覚えていないだろう。
現に、カナタについて聞いても会いたいとも寂しいとも言わない。
カナデにとってカナタは、単に戸籍上の兄でしかないのだ。
それがすごく淋しい。

「…俺もね、お前に習って頑張ってるよ。頑張り屋なお前には負けるかもしれないけど、ね」

窓の下、倉庫へと入っていくギルドメンバーを眺めながら、ハルカはおもむろにリュートを取り出した。
絃を指で弾いて音の具合を確かめた後に、ゆっくりと弾き始める。
やがて前奏を終えた頃に、音に合わせて歌を乗せていった。

それはカナタを知る者ならば聞き間違うほどの美声で、安らぐ音色は辺境の地を優しく包み込んだ。
08.08.03




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