ブラザーコンプレックス  .

「ソロ、カナデ。出番だ」

扉を開け、ダン、とダイニングテーブルに叩き付けた紙。
その日、鋼の棘魚亭へクエスト漁りにでかけていたキングが持ち帰ったのは二枚の依頼書だった。
それはどちらも先日オージュが担当したのと同じような内容のもの。

「兄貴、カッコつけてるとこ悪いけど、カナデは自分の部屋だしソロはいつもどおり行方不明だぜ」

行儀悪く足の低いリビングテーブルの上に腰掛け、ストローを銜えたままオージュが言う。
今この空間に居るのは書類整理に追われているクイーンと、窓辺で惰眠をむさぼるジャック。
サチ、ハルカ、イアンは休日だということでまだ部屋で寝ているはずだ。
CATはいつもソロに同じく見当たらない。
レンジャーとはそういうものなのだろうか。
そうしてあと一人、アルケミストのダイスは地下室で触媒を作っているのか、朝から姿がなかった。
他にもギルドメンバーはいるのだが、彼らはここではなく別の場所に拠点を置いている。

「…ソロを探してこよう。これをカナデに」
「あいあい。いってらー」

キングから依頼書の一枚を受け取ったオージュはソレにざっと目を通すと、階段を駆け上がっていく。
やがて二階の廊下へと消えてゆく弟の背中を見送ったキングは、名残惜しそうに視線を外すと、家を出た。
書類整理を進めつつ一連の流れを見ていたクイーンは苦笑する。

「そんなに心配なら、一緒に探索に行ってあげればいいでしょうにね…」

寝入っているのか、窓辺にいるジャックからの返事はなかった。

一方のオージュは、早々に目的の部屋に辿り着き、部屋の扉をノックもなしに開けた。
ここでカナデが見た目どおりの可愛らしい女の子ならば気を使うのだが、そんなもの不要だ。
案の定、彼は特に気にした様子もなく、机に向かう体勢で顔だけこちらに向けていた。
奥にあるベッドからはハルカの寝息が聞こえてくる。

「カナデ、兄貴が依頼持ってきたんだけど」
「僕にですか?」

席を立ち、オージュの手から依頼書を受け取るカナデ。
一通り目を通すと、眉をひそめ厳しい表情をした。

「これは、急がなければいけませんね。ちょっと今から出てきます」
「ん、気をつけて」
「はい。あ、兄さんが起きたら朝ごはんお願いできますか?」

時間的にはもう昼近いのだが、一日三食で過ごすのが兄弟間の常識らしく、オージュは頷く。
それにカナデは礼をして、パタパタと忙しなく部屋を出て行った。

「ハルカー。おまえなー寝すぎ」

とはいえカナデのように読書をしながら起きるのを待つなんて気長な作業をできるはずもなく。
さっさとベッドに近寄って眠るハルカに呼びかけた。
すると、もごもごと口が動く。

「んー…カナデもいっしょに…」

寝ぼけているのかカナデの名呼びながら伸ばされた腕にオージュは捕まり、悲鳴を上げた。

「ちょっ、と!オレはカナデじゃねえ!」

しかし思いのほかハルカの力は強く、成す術もなくオージュの体はベッドに沈む。
しかも思い切り抱き込まれた。当の本人はいい抱き枕を手に入れたといわんばかりに微笑んで夢の中だ。

「…ま、いっか…」

正直ヒマだったオージュはそのまま惰眠をむさぼることにした。
北方にあるハイ・ラガードは、昼といえども肌寒い。
人肌が心地よく、寝入るのに時間はかからなかった。





「…どこ行ったんだアイツは」

珍しく機嫌の悪いキングはソロが居そうな場所を探し疲れていた。
すでに見当はつかず、途方に暮れている。

「あれ、王さま。どうかされたんですか?」

そこへやってきたのは、依頼書を片手に急ぐカナデ。
溜息をつくキングを目に留め、こちらまでやってきたらしい。

「ソロを知らないか?あの一匹狼、どこを探しても見当たらない」
「んー…、ソロさん、ですか…あ、もしかしたら もふ のところかも?」
「…そんなところに?」
「ええ、最近はよく見かけますよ。一匹狼でも同族は好きなのかもしれませんね」

さらりと酷いことを言ってのけるのがカナデだが、それももう慣れたものだ。
もふ、というのは、オージュたちが世界樹の6Fで拾ってきたクマだ。
最初連れ帰って来た時にはキングですら戸惑った。
しかし戦力にはなるらしいそれは、今は首輪を腕輪のように腕に着け、出番があるまで庭の倉庫で大人しくしている。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。

「当たってみる。その依頼だが、RSFのメンバーとしての自覚を持てよ」
「はい!がっつり働いてきます。それではまた」

駆けていくカナデを見送り、キングは歩き出す。
カナデはいつものように女の子としか思えない後姿だった。
同じ弟を持つ身としてハルカの少女趣味は分からないワケではない。
しかしあれはあれでいきすぎだとも思っている。
ところ構わずオージュに抱きつこうとする自分は棚に上げて。

「ソロ、居るのか」

カナデに言われた通り、庭の倉庫へ向かった。
どうも開けた瞬間のこの獣臭さが好きではなく、キングは普段からあまり近づかない。
薄暗い室内に明かりを入れると、つぶらな黒い瞳と目が合った。もふ だ。
こんな決していい待遇とは言えない場所に閉じ込められているにも関わらずRSFのメンバーに歯向かうことはない。
ずいぶんと賢い生き物らしい。

「ソロ」
「…ん、居る。何?」

小屋の隅に背を預け、どてっと座るもふの足の間。
腹に顔を埋めるようにして緑色の髪が見えた。
毛の感触が気持ちいいのか、顔を上げたソロの表情は眠たげだ。

「お前に適当な依頼だ。行って来い」
「・・・・・・。」

差し出した依頼書を無言で受け取ると、もふの腹に背を預けてソロはそれに目を通す。
やがて読み終えると、息をひとつ吐いて立ち上がった。

「…マスター、もふにおやつ、あげといて」

それだけを言うと、帽子とマントを素早く身につけ、何事もなかったかのように去って行った。
相変わらず言葉の少ないレンジャーだ。
キングの手には、ソロから渡されたクッキーのようなものが残る。

「俺が、こいつの世話を?」

見送った後、ゆっくりと背後の動物を振り返る。
つぶらな瞳はキングを見つめたまま首を傾げていた。
仕方なく手元のクッキーをもふの口に運んでやる。
今までなるべく関わってこなかったが仕えるべき主人は弁えているらしい。
クッキーを素直に受け入れて租借する様を見、キングは腕を組んだ。
もふを上から下まで眺め、これからはもう少し待遇を考えてやろうと決める。
そうして残りのクッキーを渡すと、その場を後にした。





「う、わあああ!?」

昼下がり、ようやく暖まってきたクイーンの家では、目覚めたハルカが青褪めていた。
ハルカの悲鳴に同じベッドで眠っていたオージュも目を覚ます。

「…ん、起きたのか。おはよう、ハルカ」
「お、おはよう…ってか何これ俺もしかして死亡フラグ?」

ハルカの視線はオージュではなく、その後ろに注がれていた。

「ほう…何故そう思う?」

いつもと変わらない平坦な声が部屋に響く。
ようやく状況を理解したらしいオージュが目を擦りながら後ろの人物を振り返った。

「兄貴、ハルカはカナデとオレを間違えただけだって」

弟の訴えに、キングは片眉を上げる。
理由がなんであれ、彼には関係なかった。
キングは真っ直ぐ見つめてくる弟から視線を外し、ハルカを見やる。

「…考えてもみろ、鳥。お前、自分の弟が間違いとはいえ俺の腕の中に居たらどうする?」
「いくらキングでもそれはもうミンチにしてやりたいね!うん!」
「ふむ、いいだろう。では望みどおりミンチに…」
「いや、よくねえって!!」

慌ててキングに飛びついて動きを制止させるオージュ。
対するハルカはようやく自分の失言に気づいたのかさらに青褪めていた。

「いやでも、俺は実行力がないから言ってみただけで…」
「大丈夫だって、ハルカ!兄貴も悪ノリしただけだから!そうだよな!?」

勢いのままにガッとキングの肩を掴んでその表情を見たが、その目つきは獲物を狙う目だった。

(やべえ、兄貴がマジだ!)

危険を察したオージュは、キングが押し退けようとする力に抵抗しながら叫ぶ。

「マジでやったら嫌いになるからな!馬鹿兄貴ッ」

一瞬の沈黙。
キングにその言葉は絶大な効果を持つらしく、オージュの体はそのまま抱きすくめられた。

「ごめん」
「あ、ああ…うん、分かってくれたら…いいんだけど」

キングのあまりの豹変振りに弟であるオージュでさえ戸惑う。
自分の兄はこうもさびしがりやだっただろうかと思う反面、ハルカはハルカで胸中でつぶやく。

(ほんとにブラコンだなあ…)

もちろん、自分のことは棚に上げて。

「そういえば、カナデは?」
「えっと、カナデならメディック募集の依頼書受けて出かけてる。そうだ、朝飯食う?」

オージュにはまだキングが張り付いたままだが、そこは慣れているオージュ、キングは空気のようなものとして対処している。

「カ、カナデが一人でクエストに…!ど、どうしよう怪我してないかな!?」
「怪我を治療しに行ってるだけで場所は街ン中だよ。心配ねえって」
「でもほら、感染症とか…!」
「…ブラコンだよなあ、おまえ…」

慌てるハルカは、オージュに呆れたように言われて複雑な気分になる。
その君に張り付いてるやつもそうなんだと言ってやりたい。
兄弟揃って兄がブラコンだという自覚がないほうが性質が悪いと、常日頃思うハルカだ。

「朝メシより、もう昼メシだ。クイーンが用意してる。さっさと顔洗って来い」

一体何処にスイッチがあるのか、サッとオージュから離れたキングは去り際にそう言って部屋を出ていく。
残された二人は顔を見合わせ、何を言うでもなく言われたとおり顔を洗いに行った。

その後キングが戻ったリビングでは、ジャックが慌しく働いていた。
彼女の腕の中にあるのは暖かそうな毛布が何枚か。
それらは部屋の一角に何かのベッドを作るかのように重ねられていく。
やがてキングに気づいたジャックが微笑んだ。

「やあ、王。どうだい?なかなか過ごしやすそうだよね」
「そうだな。これであの一匹狼も見つけやすくなるといいんだが」
「ははっ!でも意外だね。見つけてきた皆じゃなくてソロが一番もふに懐くなんて」

ここで普通はもふがソロに懐くのではと思うが、ソロに関しては野性的な部分が目立つため解釈としては間違ってはいない。
キングはあの後、早速家主のクイーンに掛け合い、もふを家の中で飼うことに決めたのだ。
クイーン自身、前々から もふ のことは気になっていたらしいのでキングの申し出は快諾した。

「おー、なになに?そんな毛布いっぱい重ねちゃって」

そこへ降りてきたオージュが部屋の隅を見て目を丸くする。

「倉庫に居る熊、あれを家に移そうと思ってな」
「へ?もふ を?へえー…じゃあ、いつでも もふもふできるのか!」

名付けたのはオージュで、名前の由来はもちろんその毛皮の触り心地にあるわけだが、言い得て妙だろう。
誰も反対する者もなくそのまま もふ で決定したのだ。

「お昼ご飯を食べたら、早速移動してあげようと思うのだけど…オージュ、手伝ってくれるかしら?」
「もちろん!」

オージュが快く返事をしたところで、ハルカが寝坊組のサチとイアンを起こして出てくる。
いつの間にか姿をくらませていたキングは地下からダイスを引き連れてきた。

「揃ったわね。さあ、ご飯にしましょう」
08.08.03




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