隻眼のキング  .

「と、まあ、こんな感じの依頼があったんだけど」

オージュは散歩の帰りに鋼の棘魚亭でクエストの依頼がないか尋ねたところ、丁度公宮からソードマンの急募があったらしく、とりあえず依頼書だけを受け取ってギルドの拠点であるクイーンことフィネールの家へとやって来た。
大きなテーブルの上、頬杖をついたキングは僅かに依頼書を見やっただけでつい、と視線を逸らす。

「俺はパスだ。お前が行っとけ、オージュ」
「なんでだよ。こーゆーのってやっぱ強いほうがいいんじゃねーの?」

本音を言えば、公宮からの依頼は大抵ロクなものじゃないからだ。
しかしそれを言えばこの弟は更に渋るだろう。行かせるのは非常に心苦しいが、これも弟のため。

「何事も経験だ。どうせそんな依頼じゃ大したソードマンは集まらないだろう。お前が行って手伝ってやれ」

そう言うと、むっと頬を膨らませる弟がどうしようもなく可愛くて抱き締めたくなる衝動に駆られる。
思わず伸びた手が触れる、寸での所でギルド員の目があることに気づき頭を撫でてやるだけに留めた。
やはり近いうちにどこか別の場所に部屋でも借りようか。ゆっくりと兄弟二人で過ごしたい。

「そんな顔をするな。報酬はお前の好きに使っていい」
「…じゃあ、頑張る」
「ああ。行って来い」

まだ納得のいかなさそうな顔をしていたが、向こうへ向かっているうちにきっとまた笑顔が戻るだろう。
弟の背中に手を振って、再び頬杖を付いて溜息を吐いた。
そうして手持ち無沙汰に、弟が残していった他の依頼の紙を眺める。
兄弟のやりとりを近くで見守っていたクイーンは、柔らかな笑みを浮かべてキングの隣の椅子に腰掛けた。

「貴方、弟には優しいのね」
「ふん、当然だろう。たった一人の家族だ」
「じゃあ貴方にとってのギルドメンバーの存在って何かしら?」
「さあな。メンバーによる。おい、ジャック!」

キングは手にしていた資料の一枚に目を留め、呼びかける。
その呼びかけに、ソファでくつろいでいたレベッカが顔を上げた。
彼女は先程鍛錬後のシャワーから上がってきたところで、髪はまだ微かにしっとりと水気を帯びている。

「なんだい?我らが王」
「お前にちょうどいい公宮からの依頼があった。ついでに行って来い」
「ついでって…それは構わないけれど。それじゃあ、今日は樹海へ行かないのかい?」

タオルを片手にソファから立ち上がり、逆の手で依頼内容の資料を受け取る。
簡単に目を通すと、どうやら戦闘を強いられそうだ。
せっかくシャワーを浴びたのにと思いつつ、クセのついた髪を指でくるくると巻きながらキングの返答を待つ。

「そうだな…、探索組」

きまぐれなキングのいつ出されるかわからない探索命令に備えて少し早めの昼食を取っていた4人が、それぞれの表情でキングの方を見た。
全員の顔がこちらを向いたのを確認して、キングは言葉を続けた。

「オージュの抜けた枠に俺が入ってやる。準備は怠らないように」

そうしてまた、依頼書に目を落とした。
暫くの沈黙が続く。
ギルドに入ってまだ浅いハルカとカナデの兄弟は訳の分からないこの張り詰めた空気に居心地悪そうにしている。
やがて、全ての依頼書の隅々まで目を通し終え、他に受けるべきクエストはないと判断して紙をまとめたところで初めてサチが沈黙を破った。
キングの顔、閉じられたまま開かない左目を見つめながら。

「…目はもういいのか?」
「見えないということさえ分かってれば十分だ。浅い階層なら問題ないだろう。それと、クイーン」
「…何かしら」
「お前には腕のいいレンジャーをスカウトしてきて欲しい。腕さえよければ後は問わん」

フィネールはそれに頷き、キングの顔を見て不安げに瞳を揺らすと、居ても立ってもいられないといった風で席を立ち、足取りはゆっくりと自分の部屋へと向かっていった。
それを見送るでもなく、キングは依頼書を手にしたまま立ち尽くすジャックを見上げる。

「向こうでオージュに会ったら家には誰も居ないことを伝えておいてくれ。理想はお前と一緒に帰ってくることだけどな」
「…ん、わかった。それじゃあ行ってくるよ」

ジャックも居間を後にし、気まずそうにしたまま食事の進んでいないサチと、呆然としている兄弟。
唯一イアンだけが黙々とパスタを口に運んでいる。
もごもごと口を動かし、水を含んでまた皿のパスタをフォークで巻き取りながら、不意に口を開いた。

「キングの左は僕が守るから、安心して戦っていいよ」

それだけを言うと、フォークに巻き取り終えたパスタを再び口に運んだ。
カナデの作った料理というだけでこうにも幸せな気分になるのか、と口の中で噛み締める。
そろそろ眉を顰めたキングの声がするだろうかと顔を見やれば、案の定不機嫌を顕にしていた。

「図に乗るなよガキ。俺はそこまで落ちぶれちゃいないさ」
「言うと思った。僕が勝手にサポートするだけだからほっといて」
「・・・・・・。」

ぼそりと、キングが負けた…とか言ったサチには心の中で合掌しておいた。
その軽率さと生まれながらの不運はもう直しようがないと思う。

「とりあえず、お前が食い終わらないと出発できないぞ。イアン」

キングの尤もな言い分に、イアンはようやく食べるスピードを速めた。




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