酒場にて  .

「いらっしゃいませー!何名様…」

カラン、という来客を告げる鈴の音を聞いて振り返った先、僕たちのギルドである「カルジェリア」と、最も交流の深いギルドのマスターがぺこりとお辞儀をしていた。

「ルーン!久しぶりだねー!」
「お久しぶりです、カナタさん」
「け・い・ご」
「あ。…うん」

困ったように笑って敬語を直す癖は未だ健在らしい。
ルーンは「ファウンス」のギルドマスターで、僕と同じバード。
外見は子供そのものなんだけど、雰囲気はどこか大人びてる不思議な子。

「どーぞどーぞ、まだ空いてるから好きな所に座ってよ」
「ありがと」

カウンター席に座ったのを見届けて、僕は手に持ってた物の配膳を済ませる。
ふんふーん、と鼻歌を歌いながらカウンターへと戻ると、ルーンから注文を受けた。
慣れた動作でオレンジジュースをグラスへ注ぎ、ルーンの目の前に置く、筈だったんだけど。

「「あ」」
「ご、ごめんねルーン!すぐ新しいのに取り替えるからっ!」
「あら、カナタ君。またコップ割っちゃったのね?」
「ごめんなさい女将さあああああん!!」

最近は割る回数も減ってきたと思ってたのに、気を抜くとすぐにこれだ。
こうして僕の借金は無くなることなく増えていく。

「ごめんねー、ほんと。バタバタしちゃって」
「さっき歌ってた鼻歌って、猛き戦いの舞曲だよね?」
「そうそう。つい口ずさんじゃうみたいでね。今日はルーンが来たから舞い上がっちゃって油断してた」

きょとんとするルーンを見つつ、新しいオレンジジュースを用意する。
今度はグラスも割ることなく出せた。

「そういえばルーン。猫とか飼えないかな?」
「猫、ですか?」
「ルーン、敬語。 …そうそう、猫。この前大雨の時に世界樹の近くで拾っちゃってさ」
「僕としては是非飼いたいんです…飼いたいけど、一応カインに聞いてみていいかな。あの家はカインの家だし」

ところどころにルーンへ敬語の指摘をしつつ、脈があったことに笑みが零れる。
あの子の飼い主が見つかるかもしれない。

「ありがと!じゃ、今日早速行ってもいいかな?」
「うん。どうぞ。バイトはいつ終わるの?」
「いつでも。…女将さーん!今日ちょっと用事できたからもう上がっていいかなー?」

少しして奥から聞こえてきた了承の返事にお礼を返して、僕はエプロンを脱いで簡単に畳んで腕に掛けた。

「それじゃ、ちょっと待っててくれる?帰る用意するからさ」
「うん。のんびりしてていいよ」
「ありがと!」

奥に引っ込んで更衣室ロッカーに入れていたバードの衣装に着替える。
これを着ていると今から冒険に行くような気がしてワクワクしてくるんだけど、今は別の意味でワクワクしてきた。
猫さんがもし「ファウンス」で飼ってもらえる事になれば、気が知れた相手の所だし遊びに行く口実だって簡単になる。

「お待たせ!じゃ、行こうか!」
「はい」
「ルーン。僕そろそろデコピンしちゃうよ?」
「す、すみませ…じゃなくて、ごめんなさい」
「ううん。可愛いから許す!」
「か、かわ…?」

戸惑うルーンの手を取って、僕はまた鼻歌を歌いながらルーンと一緒にカインの家へと歩き出した。
07.08.30




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