幼馴染との再会  .

ふらふらとした足つきで地上を目指す。足取りは重い。
こんなことなら徹夜せずにちゃんと眠っておけばよかった。
ああ、それよりも食事を怠ったことが原因か?
どっちにしろ頭も重い…。

でも、そろそろアイツが行動を起こした頃だろうと思う。
あれから何日経ってるのかは分かんねーけど。

地上への階段を上る度、外から赤い光が僅かに差し込むのが分かる。
どうやら今は夕刻らしい。
階段を上りきって照明の無い自宅の倉庫を出ると、夕日の眩しさに目が眩んだ。
不意に力が抜けて、足がかくん、と折れる。
このままだと地面に頭をぶつけるんだろうな、と朦朧とした頭で考えながらスローモーションな景色を眺める。
その景色の中に割り込んで来る白。

「クリーム!」

ほら、こんな呼び方するのなんてアイツしか居ない。

そう思って微笑んだのも束の間、白いアイツの浅黒い腕に抱き留められた。
寸前だったらしく、滑り込むようにして地面とオレとの間に入ってきたのか服は泥だらけだ。

「ガッシュ…」
「お前また何も食ってないんだろ!あほだろお前!ほんとバカだろ!」

どっちだよ、と突っ込む気力も無く目を閉じる。
そう、怒鳴る前にまず、

「食いモン、持ってねー?」
「言うだろうと思った」

再会を喜ぶよりも先に食べ物を要求したオレに対して、ぶすっと不貞腐れた表情で応対するガッシュ。
それでもちゃんと食べ物を持ってきてくれてる辺りオレの事をよく分かってくれてる。

「ほら」

渡されたのは箱に入ったシュークリームが三つ。
凡人が見たら目を見張るような装飾は、全て甘味で出来ていると言うのだから平伏する。
久しぶりの甘い匂いにつられ、見た目の美しさを愉しむ前に無我夢中で食べる。
美味い。

「お前が出てくるまで毎日ずーっと作ってたんだからな!」

こう見えてガッシュの趣味はお菓子作りだ。
しかも、ご近所さんにも定評を貰える程の腕前。
本人はお菓子が好きだから、と趣味で作っていたらしいが、ダークハンターになる前にパティシエを目指していた時期もあった。
どうして辞めてしまったのかは、愚問だ。

三つ全てをペロリと平らげると、ガッシュに空になった箱を返す。
心なしか体も軽くなった気がする。
やっぱり甘い物がないとオレ確実に死ぬな。

「ごちそーさま。マジ美味かった。やっぱお前のシュークリーム、好きだな」
「…やばい。お前自分でクリームとか言うなよな」
「お前のその頭がヤバイ。…そもそもオレの名前はクリイムだっつってんだろ。リじゃなくて、イにアクセントつけろ」

名前については昔から言い聞かせてきたはずなのに一向に直される気配がない。
もちろん呼ばれる事にも慣れてしまっているが。

「でさ、クリーム」
「お前人の話聞いてたか」

きょとんとした辺り、右から左に聞き流していたようだ。
本当に昔から変わらない。

「置いといて。おれ、ポストにメモ入れたよな?見た?」
「ああ、あの紙切れか。名前も日付も書いてねえから捨てた」
「…筆跡でおれだって分かんなかった?」
「あんな下手な字書いてオレのポストに入れるのはお前くらいのモンだけど」

つまりは分かっていて捨てた、ということだ。
だが眉を下げたガッシュを見ると、今更ながら過去の自分を殴ってやりたく思う。

「だって、日付書いたとしてもお前カレンダーも、時計すら持ってねーじゃん」
「伝話筒使えばいいだろ。アレは直通だし、嫌でも聞こえるんだからさ」

伝話筒は外との連絡のために使っている筒、はっきり言ってしまえばただのパイプだが、様々な箇所に声が通り安い工夫やらを施したため固有名詞を与えたものだ。
地上から話しかけられれば、地下から受け答えできるという優れ物ゆえに重宝している。

「…寝てるとこ起こしたら悪いだろ」
「オレが一度寝たらタダじゃ起きねーこと知ってる癖に」
「それじゃ、意味ないじゃん!」
「そんなのやってみてなきゃ分かんねーだろ!」

はあ、はあ、と互いに息を整え始める。
言い合いが始まると、どちらも頑固さが先に出て譲らない。
そして決まっていつも、

「「まあいっか」」

と、二人同時に声を揃えて終わる。

「あ。そーだ。おれ、ギルドに入ったよ」
「カルジェリア?」
「そう、そこ。クリームも入るだろ?」

当然と言った風に問いかけるガッシュに、オレも当然のように頷く。
研究は一段落したし、断る理由もない。

「良かった!早速だけど、今日の夜歓迎会があるんだ。クリームも参加して、ついでに登録しよーぜ」
「そんなに急でいいのか?」
「だいじょーぶ!ソラッドさんは良い人だから」

不意にガッシュの口から紡がれた自分の知らない他人の名前に、自然と眉が寄る。
そんなオレの様子に気づいたのか、ガッシュも慌てて説明した。

「あ、ソラッドさんっていうのは、ギルドマスターな!…それと、一緒に探索する仲間がもう二人も見つかったんだ。レンジャーとメディック。クリームもすぐに慣れると思う」

にっ、と笑って現状を説明するガッシュ。
確かに地上から隔離された地下に潜って過ごしていたのは自分の意思だが、今までもこうして幼馴染の口から現状を聞かされるたびに寂しい思いをさせられてきた。
それでも懲りないのは性分ゆえ。

「知りたいことあったら教えるし、そんな難しい顔すんなって!」

嬉しい言葉と共に、ばしばしと背中を叩かれ、別の意味で眉が寄る。

「ちょ、おま…背中叩くなよ…吐く…」
「げ。ご、ごめんクリーム!ってか健康管理には気をつけろってあれほど!」
「オレの名前のアクセントについてもあれほど…!」

咳き込みながらも苦し紛れにそう言えば、ガッシュはぴたりと動きを止めてあろうことか鼻歌を歌い始めた。

「てっめえ!やっぱり聞こえてやがったな!」
「ほらほら、そんなに大声出すと体に障るって」
「今更尤もらしいこと言うなっつの!げほっ、ごほ…っ」

あー、まじ苦しい。一旦コイツ締め上げたい。

「とりあえず近所のおばちゃんたちが微笑ましそうにおれらの事見てるからさ、移動しよーぜ」

ガッシュの言葉に辺りを見渡すと、知った顔がちらほらとこちらを見ている。
中には井戸端会議にまで発展している箇所も。
夕食前の忙しい時期だろうに、面倒見が良すぎるおばさんたちには困ったものだ。

差し出された手を取って立ち上がると、まだ少し足がふらつく。
仕方なく肩を支えてもらって、やっと歩き出す。

「…腰に手ぇ回すなって言ってんだろ」
「いーじゃん?減るもんじゃなし。細っこい腰だよなー」

こういったセクハラ行為を受ける度にやり返したくなるのだが、決まってオレが弱っているときを狙ってくるのがムカつく。
今みたいに寝不足だとか、体調不良だったり、空腹、寝起き、エトセトラ。
オレの生活習慣が悪いのかもしれないが、それでもこれだけ隙があるというのは悔しい。

「いつか覚えてろ…!」
「えー?なんならお姫さま抱っこしてあげてもいーよー?」
「調子乗んな」
「あでッ!」

本気で抱き上げそうだったガッシュの腕を、常備している杖で突いてやった。
07.08.06




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