秘伝書を求めて .
「あ!おかえりソラッドさん!」 ついでにこなしたクエストを報告しようと金鹿の酒場に立ち寄ったのだが、そこには見知った顔が居た。 白いふわふわの髪を靡かせて駆け寄ってくるのは、先日ギルドに入れたばかりのガッシュだ。 彼が居た後方には二人ほど見知らぬ冒険者が座っていた。 「ソラッドさんが居ない間、ふたり仲間ゲットした!」 「へえ…、早いな。もうギルドには入れたんだな?」 「おう!」 ガッシュに腕を取られ、新しいギルド員らしい二人の冒険者の前に連れてこられる。 一人は樹海に居るわけでもないのに隙の無いレンジャー。 もう一人は笑顔ながらも心の読めないメディックの少女。 「こっちが、レンジャーのリヒト。ずっと前に第4階層まで行ったギルドの主力だったんだって。で、こっちがメディックのポエム。ハークスのお姉さん」 「キミがギルドマスターだな。噂に聞いている。これからよろしく頼む」 「ハークスがお世話になってまーす。よろしくね!」 紹介された二人が順に名乗る。 腕利きのレンジャーと、ハークスの姉だというメディックならば、ガッシュを任せても安心できそうだ。 「俺がカルジェリアのギルドマスターをやってるソラッドだ。普段の探索は自由だが、俺の指示には従ってもらう」 そう言ってリヒトへ手を差し出すと、彼はこちらの手を握り返してきた。 次にポエムに手を差し出す。 …こちらは少し手が痛かった。なんだ、俺は何かしてしまったのか。 握手を終えると、もう一度二人に向き直る。 「よろしく。それと、ガッシュがあまり無茶しないようブレーキの方も頼みたい」 「承知した」 リヒトの返事に頷くと、後ろから様子を伺っていたゼロとクロノがこちらへ歩み寄り、各人と握手を交わした。 カナタだけは、もうすでにウェイター服を着ていたが。 「あ。ねえねえ、ソラッド!どうせなら今日の夜にでも歓迎パーティーしようよ!」 カナタにカウンター越しに微笑みかけられ、リヒトとポエム、ガッシュの顔色を伺ったが、ガッシュの顔はあからさまに喜色を示していた。 「そうだな…、そうしよう。準備にはどれくらいかかる?」 「そんなにかからないよ。あ、でも、盛り上がる時間帯の方がいいから8時くらいに集まってくれたら」 「分かった」 カナタとのやり取りに、ガッシュがよっしゃあ!と大声を上げて喜ぶ。 それに自然と笑みが零れるのを自覚しつつ、今度はギルド員に向けて口を開く。 「それじゃ、今夜8時にもう一度ここに集合してくれ。俺らはハークスの家に居るから、何かあればそこに。…ポエム、ハークスの家は知ってるのか?」 「もちろん。あんなのでも一応は弟だし、安心してよソラっち」 「そっか。なら、問題ないな。それとガッシュ、お前もカルジェリアの一員なんだからあまり街中で騒ぎを起こさないように」 「ふあーい」 ポエムの、ハークスに対するあんなの呼ばわりだとか、俺の呼び名がソラっちだったりしたのはスルーして、最近耳にするようになったガッシュのありあまる元気の良さゆえに起こす騒ぎが大事になるまえに本人に釘を刺しておく。 悪気がなかったとしても、大事が起こればカルジェリア自体もただでは済まないだろう。 そういった事態を懸念していた矢先のリヒトとポエムの加入はありがたかった。 そのまま女将にクエストの報告をして報酬を受け取った後、カナタとガッシュたちに一度別れを告げて、酒場を出る。 置いていったハークスの様子を3人で予想し合いながら、帰路へついた。 そして、ハークスの家の前。 途中の市場で買った林檎を齧りながら歩いていると、家の主であるハークスの希望により控えめにデザインされた「カルジェリア」と書かれた看板を、一人の少女が見上げていた。 少女の服装はこの辺りでは見かけないものだったが、後にクロノが”ワフク”と言う物だと語ってくれた。 警戒を露にしたゼロを宥め、クロノもそこへ待たせてから、その少女へと近づく。 「カルジェリアに何か用か?」 そう話しかけると、少女は見上げるのをやめてゆっくりと振り向いた。 綺麗に切り揃えられた薄茶の髪が揺れ、黄土色の瞳がこちらの姿を捉える。 「ああ、人様の家の前で立ち止まるなど、申し訳ございません。ギルド《カルジェリア》の関係者の方でしょうか?」 随分と丁寧に喋る少女は、凛とした雰囲気をそのままに真っ直ぐに見詰めてきた。 「ああ。俺がカルジェリアのギルドマスターだけど」 「貴方様が。…申し遅れました。私、ブシドーのキサラギと申します。カルジェリアについてとある噂を耳にしたため馳せ参じた身です」 「いいよ。とりあえず此処じゃ話もできないだろ。中へ入ろう」 そう言うと、キサラギと名乗った少女は戸惑いを見せたが、やがて一言と共に頷いた。 ゼロとクロノを呼んで、4人でカルジェリアの本部であるハークスの家に入る。 玄関に鍵が掛かっていたため、残念ながら3人の予想はハークスが居ないという事実により霧散してしまった。 話をしやすい居間の明かりを点けて、案内したキサラギを適当に座らせると、クロノが飲み物を入れるために席を外す。 ゼロは興味無い風を装ってはいるが、自分の部屋に戻らずに居間の一角に腰を落ち着けていた。 「それで、とある噂って?」 回りくどい聞き方なんてものは不必要だと判断し、単刀直入に聞く。 キサラギも早々に話すつもりだったのだろう、頷いて語り始めた。 「先日、カルジェリアが第3階層にてブシドーの秘伝書を手に入れたという噂を耳にしたのです。私は未だ修行中の身。その書を一目でも構いませんので拝見させて頂きたく参りました。生憎と持ち合わせがないため、謝礼は払えないのですが…」 「ブシドーの…ああ、あれか」 第3階層を探索している際、二人組の冒険者の内の一人から何かの巻物を貰った気がする。 「あれって、オッサンに渡したんじゃなかったっけ」 ソファの背もたれから顔を出したゼロが秘伝書の行方を明示する。 確かにあれはギルド長に渡したはずだ。 そこへ、クロノが4人分のストレートティーを持って戻って来た。紅茶をテーブルに置くと、俺の隣に座る。 匂いにつられたのだろうゼロもこちら側へ寄り、自分の分を手に取った。 「見せるくらいならば可能だろう。渡した後、後ろの本棚に仕舞っていた。目のつくところに置いたということは人目に晒すも同然。それに元々は俺たちに渡された物。ギルド長が渋る理由も無い」 「…つまりは?」 「行けば見れる」 クロノのやたらと長い説明は途中で趣旨が変わることがよくある。 それを自覚しているからか、止まった頃に要点の説明を求めると、彼は簡潔に纏めて答えてくれるのだ。 「なら、今から見に行こうか。ああ、お礼とかは気にしなくていいから」 「ご厚意、感謝致します」 律儀に深々と礼をするキサラギに苦笑しつつ、席を立つ。 ゼロも当然のようについてくる気らしく、残りの紅茶を飲み干して立ち上がった。 クロノは時間まで自室で過ごすことにしたようだ。 「あ。ハークス」 「…お。帰ってきたな。ご苦労さん」 冒険者ギルドへ寄ると、カウンター席でハークスがオレンジジュースを飲んでいた。 本人曰く二杯目らしい。 何があったのかは知らないが、普段はくくっている髪を下ろして据わった目でコップを見詰めていたのは見なかったことにした。 合流したハークスへの事情説明も兼ねてギルド長にこれまでの経緯を話す。 すると、あっさりと出された秘伝書は、ようやくキサラギの手に渡った。 「これが、ブシドーの秘伝書…」 手渡した際にあげてもいい、と言ったのだが、彼女は頑として首を縦には振らなかった。 だが実際、巻物を広げてみてその量の多さはとてもその場で読めるようなものではない。 キサラギ本人も参っているのだろう、先程から動きが止まっている。 見かねた俺はもう一度繰り返した。 「俺たちは困らないから、貰ってくれ」 「いえ、それは出来ません。無償で貰うのは気が引けるのです。…ですが、さすがにこの量は予想していませんでした」 「じゃあさ、ウチのギルドに入ってよ。僕達今ギルド員を急募してるんだよね。アンタはソレも手に入るし、修行もできるんじゃない?」 普段傍から見ている事が多いゼロからの尤もらしい提案に、俺は思わず関心してしまう。 まだキサラギの実力は知らないが、ブシドーの攻撃力は計り知れないと聞いたことがある。 ガッシュのパーティに入ってくれれば優秀なアタッカーになってくれることだろう。 それでもゼロは最終判断をギルドマスターである俺に視線で仰いでくる。 「その条件だと、こっちとしても助かる訳だ。どうする?」 「…そんな事でよろしければ、喜んで。そちらの殿方が仰るとおり私もこの秘伝書を読んだ後は修行に身を投じるつもりでしたので、むしろありがたい申し出です」 僅かに口元を上げて笑みを浮かべた彼女は美しかった。 かくして秘伝書を手に入れたキサラギを連れて、冒険者ギルドの外へ出た。 が、ポエムにハークスの家を確認しておきながら、こちらからガッシュたちへの連絡手段は無かったことに気づく。 「今夜8時に顔合わせってことになるね」 「やっぱりそうなるか…」 一先ずハークスの家へ引き返そうと4人で話し合ってからベルダの広場へ出ると、空はもう朱色を帯びていた。 |
07.08.06 |