撲殺天使メディック .
「おー。やーっと見つけた、ガッシュ」 「あれ、メディックの…えっと、その、確か、んー…」 冒険者ギルドにてリヒトの登録を終え、テーブルを借りて今後について話し合っていたところに、カルジェリアの初期メンバーであるメディックがひょっこりと顔を出した。 名前を思い出せないのは悪いとは思うが、とにかく、彼の言動から察するに自分を探していたようだ。 「ハークス」 「そうそう、ハークス」 呆れたように呟くハークス。 もうこのやりとりも何回目だろうか。 今だけは相棒のアルケミストの記憶力の良さが欲しい…かもしれない。 今までこれで生きてきたのだから必要ないといえば、そうなんだけど。 「…そいつ、仲間にしたのか?」 「あ、うん。レンジャーのリヒト。広場で会ったんだ」 「…リヒト?ああ、そうか」 何か思い当たったのか、リヒトに一つ会釈した。 それを見たリヒトも、ハークスに礼を返す。 なんだろ。というか、そんなことより。 「おれに何か用?」 「あー…いや、うん。まあ、そうなんだけど…」 頬を掻いて、珍しく言い渋っているハークスを見て、そういえば、と疑問に思う。 何を言おうとしているのかも気になるが、どうしてここに居るのか、という疑問。 だって、さっき噴水広場でこけたのは、ソラッドさんたちを追いかけたからだ。 探索にメディックは不可欠だろうから置いていかれたとは考えにくい。 「なあ、ハークス。なんでココに居るんだ?」 「あー…うん。置いて行かれた」 「…まじ?」 本当に置いていかれたのかと目を見開いたが、彼は小さくマジだ、と返して黙る。 そんな相手の様子などこれっぽっちも気にしないおれは興味本位で更に理由を求めた。 「なんで?喧嘩とか?」 「…聞いてもくだらないって」 「それでも聞きたい」 じーっ、と穴が開くほどハークスの目を見つめてやる。 すると彼は暫く見つめ返してきたが、その内諦めたように目を逸らした。 よし、勝った! 「なんか、俺だけ他のメンバーに比べて経験値が多いらしくてさ。その分取り返すぞって意気込んで4人で樹海に入ってったって訳だ。ま、俺ナシじゃそう長いこと潜ってられないだろうから、すぐ戻ってくると思う」 「へえー…」 エトリア1とまで言われるギルドも、実際に内部を見れば中々面白いギルドらしい。 パーティーリーダーに任命されたとはいえ、自分もまだまだカルジェリアを知らない。 「つか、そんなこと話しに来たんじゃないんだって」 「言い渋ってたのはそっちじゃん。わざわざ話逸らしてあげてたのにさ」 「ああ、そりゃお気遣いどうも。そういう時は黙っててやるのが一番なんだけどな」 「そんなこと言われても、おれ黙ってんの苦手だし」 せっかくの好意に文句をつけられ、少なからず腹を立てたおれは残ったオレンジジュースを一気に飲み干した。 それでも話は聞くつもりだったから、横の椅子を引いて先を促す。 一応先輩だし、失礼な態度は取れない。 ハークスは椅子に座ると、ゆっくりと話し始めた。 「知り合いにメディックが一人居るんだ。今すぐ紹介もできる」 「メディック?…うわ、すっげー助かる!紹介して!」 先ほどまでの不機嫌はどっかへ吹っ飛んだ。 だって、メディックだぜ。メディック。 必須職業でありながら、人気職で他ギルドに引っ張りダコなメディック! 「後悔しないな?」 「…そんなに問題あんの?」 神妙な面持ちで聞いてきたハークスに、喜んだ俺は一気に疑わしくなる。 ハークスは基本的に嘘をつかない。 だから、メディックに当てがあることは信じていいと思う。 でも、そこまで聞き返す理由が分からない。 訝しげに見詰め返してみたが、 ゴンッ と、言う音と共にハークスが頭のてっぺんを押さえて床に転がった。 すごい痛そうだ。 なんだっけ、ああ…あれだ、悶絶。 「ごめんねー?こいつ、余計な事言わなかった?」 ハークスから視線を外して元の位置にまで戻すと、そこには一人の少女が立っていた。 栗色の髪に花飾りを付けて、柔らかな表情で微笑んでいる。 だが、その手には杖という名の明らかな鈍器が握られていた。 言わずもがな、この杖がハークスの仇! …なんてことは声に出さずに、あくまでも平常心を装ってみる。 「えっと…?」 「うん。私がそのメディックだよ。名前はポエム」 笑顔で自己紹介しながらも、鈍器はハークスをぐりぐりと痛めつけている。 そろそろ虫の息なんじゃないだろうか。 「おれはガッシュ。カルジェリア第2パーティーのリーダーを任されてる」 「うんうん。ちゃんと聞いてるよ、ハークスから。あのね?私、ちゃんとした職に就いてたのよ。なのに、来るのは若い冒険者ばかり。町の人も来るには来るけど、お年寄りばっか。両極端なのよ!でね、私が求めてるのはオジサマ。そう、素敵なオジサマなの!ほら、ここのギルド長みたいな。キタザキ先生も捨てがたいんだけどっ!」 彼女はそう一気に捲くし立てると、話す勢いでトドメとばかりに鈍器を振り下ろした。 第1パーティーの樹海探索の要であるメディックが、ぐえっ、という言葉を最後に動かなくなる。 えっと、…ご愁傷様? 「そんなワケで!冒険者ってやっぱりオジサマが居たりするでしょ?ギルド長とかキタザキ先生ともお近づきになれるし!ね、私結構役に立つと思うからさ、キミのパーティーに入れてよ?」 マシンガントークで自分の理想を言い連ねた彼女は、大きな瞳でおれを見つめて、おれの返事を待っている。 正直、メディックが仲間になるのは喜ばしい。 例え動機がなんだろうと。 でも、おれの第六感が警報を鳴らしていた。 答えを出すのに時間が要るかもしれない。 「っていうか…。入れるわよねえ?」 ヒュッ、とすぐ間近で風を切る音が聞こえた。 恐る恐る視線だけで確認すると、ハークスを殺った鈍器が頬にぴたりと添えられている。 そのひんやりとした冷たさに、思わず冷や汗が流れた。 それなりに経験は積んできた筈なのに、反応できないほどの速さ。 逆らったら怖い、と分かると、おれの口は勝手に動いてた。 「う…、うん。よろしくお願いします、ポエム様…」 「うん!よろしくね、ガッ君!」 パッと表情に花を咲かせたポエムは、鈍器を下げて、ギルド長の所へと駆けて行った。 きっと登録用紙を書きに行ったのだろう。 「だから、言ったろ」 床からの声が聞こえ、下を見やると、てっきり殺られたと思っていたハークスが壁にもたれかかっていた。 後で聞いたんだけど、あの程度は日常茶飯事だったらしい。 「あの人、何者?」 「俺の姉貴。最強最悪の、な」 姉?…そうか姉なのか。あの可愛さで。 最も可愛いのは表面上だけだというのは、ついさっき証明された。 「たぶん、姉貴に逆らえる奴は居ないと思う」 「おれもそう思う」 二人して溜息をついた。 「あれ?どうしたの、溜息なんかついちゃって」 素早く登録を終えたらしいポエムの声に、おれたちの肩が跳ねた。 ハークスは顔を青褪めさせて閉口していたため、俺が慌てて取り繕う。 「や、別に…」 「ポエム」 なんとか誤魔化そうとしたところで、おれの後ろから声が聞こえた。 …すっかり忘れてたけど、そういえばリヒトも居たんだった。 っていうか、あれ?知り合い? ハークスもリヒトのこと知ってるみたいだったけど。 「え、リヒトさん!?」 「ああ。先程ガッシュのパーティーに所属したばかりでな。これからよろしく」 リヒトは席から立ってポエムの前まで歩き、手を差し出した。 彼女もそれに応えて、手を握り返す。 「キミの動機について非難するつもりはないが、樹海探索中は真剣に頼む」 「うー。分かってるよ」 二人の様子を見ていた、おれとハークスはその場に固まった。 ポエム、さっきまでのあの態度と一変してない? 「逆らえる奴どころか、勝てる奴が居た…」 「は、はは…リヒト、すげーや。そういや、ハークスもリヒトを知ってたみたいだったけど?」 「いや、名前だけな。…レンジャーのリヒトって言えば、以前第4階層まで到達していたギルドの主力だった筈だ。まあそのギルドは結局解散したんだけど…お前、どうやって声掛けたんだよ?」 ハークスの言葉に、おれは自分の運の良さに乾杯したくなった。 第4階層なんて、まだカルジェリアだって到達してない。 「おれが広場でこけた時に、大丈夫か、って。で、成り行きで入って貰った」 「…お前も十分すげーよ」 「ありがと」 「それで、話の続きだけど。姉貴もそのギルドに所属してたことがあってさ。ギルドが解散する前に辞めたらしいけど。多分その時の知り合いだろうな。俺もその頃に名前だけ姉貴から聞いたことがあったってだけ」 「ふうん…?」 まあ、二人が知り合いだろうがどうでもいいや。 今は、おれの仲間なんだから。 「じゃ、二人共!あと一人!探しに行くぞーッ」 積もる話もいろいろあったかもしれないけど、おれは二人の腕を取って冒険者ギルドを出た。 リヒトはもちろん、ポエムもなんだかんだ言ってまんざらじゃないみたいだ。 おれはいつの間にか笑ってた。 つーか、おれの相棒はいつ出てくるつもりだ。 出て来いって、メモを入れてからそろそろ三日経つんだけど! 「…ギルド長。悪いけど、オレンジジュース一杯」 「お前もか」 長い間苦楽を共にしてきた仲間たちには、多少の経験値の差で置いていかれて。 仕方なく休んでいたところに、珍しく俺の家にまで訪ねて来た姉貴に、理不尽な仕打ちを受けつつメンバー募集中のパーティーを紹介して。 募集してたリーダーからは結局感謝の言葉すら貰えなくて。 挙句の果てに一言もなく、俺を置いて去って行った。 「報われなさ過ぎるだろ…」 用意されたオレンジジュースは、心なしか甘酸っぱかった。 |
07.08.01 |