顔合わせ .
夜、八時。 ガッシュに連れられてオレは金鹿の酒場とやらに向かっていた。 なんでもカルジェリアが贔屓にしている店らしく、そこで歓迎会もあるのだとか。 つーか、今時ギルドに入っただけで歓迎会って。 どんだけユルいギルドだよ。 「なあ、まだ?」 「もーすぐ!ほら、あそこ」 「…ふうん」 ベルダの広場に面するように位置したその店は、すでに客が多いらしく随分と賑わっているように見えた。 その中へ臆することなく入っていくガッシュ。 オレはあまり賑やかなところは好きじゃない。 「ソラッドさーん!一人の当て連れてきた!」 酒場へ入るなり、ガッシュは背の低い赤毛の男の元へと走り寄っていく。 そいつは噂どおりの人物像だったが、左目の様子がおかしいことにはすぐ気がついた。 あれはたぶん、見えてねーな。 「ああ、ガッシュ。そいつか?」 「そう!アルケミストのクリーム!」 「クリイム、だ。クリイム。いい加減学習しろこの馬鹿」 未だ間違った発音でそのまま紹介しやがるもんだからオレは慣れたように訂正した。 はずなのに。 「そうか。クリーム、俺はカルジェリアのギルドマスターをやってるソラッドだ。よろしくな」 …おかしいな。オレ、今さっき確かに訂正したよな? どうして初対面にまでクリーム呼ばわりされにゃならんのだ。 「アハハ!ソラッドさん最高!みんなー!こいつが俺の親友のクリーム!仲良くしてやって!」 「だから間違った紹介をするなと!」 「リヒトだ。よろしく、クリーム」 「だ…っ」 「私ポエムって言うのー。よろしくねえ、クリームきゅん」 「きゅ…!?」 さてはこいつら、全くオレの話を聞く耳持ってないな…!? 加入前からこんな調子では加入後はどうなるのかと頭を抱える。 「そういえば、ガッシュ。俺たちからも紹介したい人が居るんだが」 「え!マジ!?どんな人?」 「私です」 凛とした声が響いて、俺も顔を上げる。 奥から静かに歩いて姿を見せたのは、見慣れない服装に身を包んだ女だ。 「キサラギと申します。ブシドーの秘伝書を貰い受け、習得した技の質を高めるために樹海へ挑みたくギルドへ加入致しました。その目的に沿わない場合以外は貴方に従いますので、どうぞお見知りおきを」 「え、えっとー…おう!よろしく!」 お前、半分以上分かってないだろう。 かく言うオレもあまり分かってないが。 それにしても、このキサラギってヤツはお高く留まっていてどうも好きになれそうにもない。 そんなオレの視線に気づいたのか、向こうも流し目でこちらを一瞥してきた。 「クリイム様も、今後ともよろしくお願いします」 「お、おう…。様付けはいらない」 「失礼致しました。それでは、クリイムとお呼びしても?」 「…ああ」 どうやら、周りよりかは話の通じるヤツらしい。 仕草がいちいち流れるような動作で人の視線を惹きつける。 そういえば、あの服装は確か東洋のものだったっけか。 それならどこか遠回しにややこしい言い回しにも納得がいく。 東にある小さな国はやたらと作法に厳しく、繊細で優美な生活を送っていると以前書物で読んだ気がするから。 もっとも、オレの記憶なんて当てにならないけど。 「大体の自己紹介は終わったみたいだな。クリーム、好きなものを頼んで構わないぞ。楽しんでいってくれ」 「マジ!?あんた、いいやつだな!」 太っ腹なヤツに悪いヤツは…たぶん居ない! 夕方ごろにガッシュに貰ったシュークリーム以外食ってないからオレの腹は空腹を訴えている。 ゆえにころっと態度が一変しちまったわけだが、ソラッドとやらは苦笑するだけに終わった。 よし、詰め込んでやる! ひとまずメニューを開けば、近寄ってくるオレンジ髪のウェイター。 むさ苦しい冒険者たちが集う酒場には似合わない柔らかい印象で、女みたいな顔をしていた。 「はじめまして、クリーム君。僕もカルジェリアの一員なんだ。あ、名前はまた覚えてくれればいいから。決まったらご注文どうぞ!」 こいつもか。 いい加減突っ込むのにも疲れてきて、もうクリームでもいいような気がしてくる。 それにこいつの声は思いのほか澄んでいて、耳に心地いい。 「ああ、もしかしてバード?」 「そうそう。歌は好き?」 「…さあ。あんまり聞いたことないから」 こいつが歌うなら、どんな歌でも好きになりそうだと素直に思う。 いくらいい歌だろうが、歌い手が下手なら価値も下がる。 けれど歌い手がいいならばどんなひどい歌詞でも聴ける歌になるだろう。 バードという職業は珍しい分、見たのは初めてだった。 どいつもこいつもこんな綺麗な声してんのかな。 「じゃあ、一曲どう?」 「…聞きたい」 「喜んで♪」 言えば、そいつはオレの注文も聞かずにカウンターに引っ込んでしまった。 あまり器用なタイプじゃないらしい。 「んー…何演ろっかなあ…」 カウンターに置いてある椅子の一つに座って、そいつは一人唸る。 リクエストしようにもここからでは距離があるし、第一オレは持ち曲を知らない。 「十八番でいいんじゃない?盛り上がるし」 無愛想に平坦な声で言うのは、金髪のヤツ。 目つきが悪くて…たぶん口がよく回るタイプかな。 ああいうのは決まって口が悪い。 オレも人のことは言えないけど。 「猛戦舞曲?確かに一番盛り上がるかも。じゃあ、いっきまーす!」 高らかに宣言してリュートに手をかけるバード。 前奏から激しくかき鳴らすその曲は、確かに盛り上がるには最適に思われた。 「クリーム、だったか。君の専攻は?」 まったく、次から次へと。 人付き合いが苦手なオレにとってはあまり嬉しくない。 けど、一応これから世話になるわけだから邪険にはできないわけで。 「炎。…なんだ、あんたもアルケミストなのか」 視線を向けて初めて気づく。 金髪のそいつの腕にはまっているのはアルケミストならば必需品のガントレットだ。 形はだいぶ違うが、それは扱う術式のレベルの差か。 「俺は雷を専攻している。炎は、少し苦手でな。よかったらまた今度ゆっくり話さないか?」 「悪いけど、術式は全部勘だからマシなこと言えないぜ」 「ほう…。それはそれで興味深いな。安心してくれ。俺も術式の発動理論は好きじゃない」 オレもアルケミストらしくないが、こいつもこいつで大概らしくないと思う。 一般的にアルケミストといえば研究好きの物好きだ。 その辺りには当てはまるが、はっきり言ってオレらは自分の扱う術式に興味を持たない異端組と言っていいだろう。 何故か妙に親近感が湧く。 「なんなら、今度オレの研究室に来いよ。要らん書物が一杯あるし、あんたの興味引く書物は持ってってもらって構わねえ」 「…いいのか?」 「ああ。あんた、純粋な研究者の目だし。使われるほうが書物も嬉しいだろ」 「そうか…ありがとう。それなら、また今度伺わせてもらおう」 そう言って微笑むアルケミストに、オレは照れ臭くなって思わず顔を逸らしてしまった。 いい加減素直になってもいいと思うんだが、長年で捻くれた性格は中々直ってくれない。 「お、クロノ。向こうで酒配ってたぞ」 「本当か。貰ってこよう」 カルジェリア最後の一人は、メディックだ。 片手に持つグラスを傾ける白衣の男は、気配りに余念がない。 今もアルケミストの男に呼びかけて、入れ違いにオレに話しかけてきた。 「お前、随分と不健康な生活してるんだって?」 「余計なお世話だ」 そう、メディックと言えばお節介がイコールで結ばれる方程式ができあがっている。 こいつも例外ではないらしく、オレは今度は意図して顔を背けた。 今更生活習慣に口を出されても改善する気はないからだ。 「ま、それがお前のスタイルだろうし、どうこうは言わないが、自分の体は大切にしろよ」 それだけを言ってオレの頭を二回ぽんぽんと叩くと、そいつはまた人込みへと姿を消した。 予想に反して軽い口調で言われてしまい、説教を説教とも思わなかった。 あれくらいならば、心配されるのもいいかと思ってしまう。 「クリーム、どう?やっていけそう?」 タイミングよく戻ってきたガッシュが言いながら向かいの席に座って笑顔を見せる。 オレは周囲のギルドの人間を見回しつつ、答える。 目で確認したが、情報が確かならギルドメンバーはこれで全員らしい。 「ああ。思ったより、いいギルドだな」 「そっか、よかった。クリームが嫌がったらおれ辞めるつもりだったし」 「…あのな、何もオレに合わせなくても」 「やだよ。クリームと一緒じゃなきゃ、おれがつまんない」 「あ、そ」 心底詰まらなさそうに唇を尖らせるガッシュは、実に子供っぽい。 とてもオレと同い年の十八歳には見えなくて、つい吹き出してしまった。 それに怪訝な表情を見せるこいつが、たまらなく大切に思える。 後にも先にも気が合うのはガッシュが最初で最後だろうし、心を許せるのもこいつだけだと思う。 そんなガッシュに必要とされてるオレは、幸せ者だ。 誰かに従うのはオレのプライドが許さないが、こいつのためならそんなもの捨てられる。 そうしてオレはもう一度顔を見せたギルドマスターに頭を下げて、加入を決意した。 |
08.10.17 |