盲目のトゲ  .

治癒効果のある泉の傍、カルジェリアの面々は腰を下ろしていた。
ハークスがメンバーの怪我の治療を優先し、ソラッドの負った傷にも正しい応急手当てがされていた。

「とりあえず暫くはそれで動けるはずだ。まったく、無茶苦茶な手当てしやがって…」
「はは、すまない」

苦い笑いしか漏らさない彼は、自分の手当ての適当さを分かっていたのだろう。

「それで、一体全体何があったのさ!?」
「ああ…その前にどうしてお前らがここにいるのか、教えてくれないか」

カナタの声を受けて、ソラッドは答える前にクロノを見た。
ここでゼロやカナタを見れば、つべこべ言わず説明しろと言われることは目に見えている。

「昨日、君についていた執政院の衛士が報せに来てくれた。それを聞いて大体の位置に見当をつけて探しに来たんだ。見つかってよかった」
「そうか…ありがとう。なら、その衛士から大体の経緯は聞いたか?」
「FOEを倒した後にまた別のFOEが来たと聞いたが…」
「まあ、そういうことだ」

そう聞いて彼は頷き、説明の一部を省く。

「階段近くまで逃げたところで意を決してぶつかったんだが、やっぱり無理があった」

すでに塞がってはいるが、利き腕に残る深い傷跡を見せながらソラッドが苦笑した。
利き腕をやられてしまえば勝機は薄い。
ソラッドはそう判断して階下へ逃げたらしい。

「大体の流れは分かったよ。で?なんで怪我人がこんな所うろついてたのさ?」

ゼロの言うこんな所とは、B8Fのことだ。
ソラッドがうろついていたおかげで危機を免れたわけだが、それでも納得がいかないらしい。

「体制は立て直せたから戻ろうと思ってたんだが…お前らの声が聞こえてな」
「…実際助かったが、頼むからそんな傷で体制が整ったとか言わないでくれ」
「んん…」

ハークスに深い溜息をつかれながら言われ、さすがのソラッドもばつが悪そうだ。

「…ねえ」

途切れた会話の間に、カナタの声がどこか重く聞こえた。
何故なら、その表情が失われていたからだ。
ソラッドを見つめるその目は、ただ純粋に疑問を問い詰める目。

「どうしてソラッドの左目、動いてないの?」

はっ、と気づいたかのように全員が一斉にソラッドの左目を見た。
いつものように色を見せる新緑の目。
けれど、その瞳はどこか虚ろで、何も写していなかった。

「ああ。すまない。気持ち悪かったか?閉じておくのを忘れてたな…」
「そうじゃないだろ!?ソラッドのバカ!」

カナタが立ち上がり、ソラッドに掴みかかる。
それを、ソラッドのすぐ隣に座っていたクロノが体を使って制した。
抱き締めたまま、カナタの呼吸が落ち着くのを待つ。

「ソラッド。隠しておくつもりだったのか?いくらなんでも、もしそうなら俺もお前を殴る」

カナタを尻目に見つつ、ハークスがソラッドを睨む。
ゼロも何も言いはしないが、その目はいつになく鋭い。
対してソラッドも、咎めるように目を細めた。

「黙っていたことは謝る。だが、樹海に潜る以上、視力を失くすくらいの危険があって当然だろ。いちいち騒ぐな。そんな甘い考えじゃ、この先へ進めない」

しん、と、先程まで再会を喜んでいたとは思えないほど、張り詰めた静寂が広がる。
その静けさを破ったのは、ハークスで。

「…原因は?」
「人食い草だか、かみつき草だか…どちらかのトゲだ。すぐに抜いたが、見えなくなった」
「施薬院へ行くぞ。まだ間に合うかもしれない。殴るのはそれからだ」
「…参ったな。俺は四回殴られるのか?」
「まさか。僕は一発じゃ済まないよ。皆、隠されたことに腹が立ってる。そうでしょ?」

ゼロが問えば、それぞれが頷く。
ソラッドの心境は複雑だ。

「ソラッド。心配かけたくないのは、分かるよ。でも、ソラッドが僕らの立場なら…どう思う?」

落ち着いたらしいカナタからの、諭すような問いかけ。
それに暫く考え込んだソラッドは、詰まった息を吐き出した。

「…分かった。好きなだけ殴ってくれ」

諦めたように両手を挙げて項垂れるソラッド。
クロノはそれに笑う。

「君の言う通り、俺たちは甘いさ。それも仕方がないだろう、仲間なのだから」
「ああ…そうだな」

他のメンバーもそれに笑い、やがてハークスが発動させたアリアドネの糸が彼らを包む。
エトリアに戻ったカルジェリアは、すぐに施薬院へとソラッドを引っ張っていった。

「どうなの、ハークス」

手伝いとして中で作業をしていたハークスが施術室から出てくる。
それにいち早く気づいたゼロが早口で尋ねた。

「他の傷は問題ない。ただ、目の方はすでに手遅れだった」
「そんな…じゃあ、ソラッドの左目はもうダメなの…?」
「ああ。慣れるまで時間がかかるだろうな。探索も暫く休止だ」

義務的な言葉を残して去っていくハークスを、誰も追いかけはしなかった。
何故一人で行かせたのだとか、もう少し早く気づいていればだとか。
誰を責めればいいのかも分からず、ただ重苦しい沈黙だけが待合室を覆う。

「なんだ?誰か死んだのか」

そうして、場を崩すのはやはり当の本人で。
左目には包帯が巻かれていて痛々しいのに、それを感じさせない態度。
そんな様子を見て耐え切れなかったカナタが、目に涙を浮かべながらつかつかとソラッドに歩み寄る。

「…もうッ!目だったから良かったものの、居なくなったらヤだからね!バカバカバカッ!」

言うだけ言って走り去って行くカナタ。
無言で慰めに行ったゼロも、きちんと睨むだけ睨んで行った辺り相当溜め込んでいるのだろう。

「…あんまりバカと連呼されるのも傷つくんだけどな」
「自業自得だろう。そういえば、ハークスが暫く探索は休止だと言っていたが?」
「ああ、少し距離感が…な。俺のせいで、すまない。いつも通り鍛錬を続けて慣れるしかないらしくて」
「ふむ。とりあえず頬の筋肉を鍛えるところから始めるといいだろう」
「はは!それは難しいな」

殴られることを前提にクロノが言えば、ソラッドもそれを冗談と受け取って笑う。
今日の夜は改めてギルドマスターの無事に喜び、泣くカナタを慰める一日となりそうだ。

「それにしても、怒ったハークスは怖いな」
「あ、それ俺も思った。クロノも怒ると怖そうだけど」
「俺もか?…怒ったことがないから分からないな」
「…怒らせないよう気をつけるよ」

施薬院の廊下を二人並んで歩きながら、心底反省したような表情を見せるソラッド。
それを見たクロノは、逆に笑みを深くしてソラッドを見る。

「俺の分まで他の皆が怒ったからな。怒っていないわけではないぞ?」
「………すみませんでした」

これには、さすがのソラッドも懲りたらしい。
08.10.12




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