遅れてやってくる  .

次の日、早朝からカルジェリアは動き出した。
ハークスが一人一つずつアリアドネの糸を持たせ、非常用にと念を押す。

「いいか?それは万が一はぐれた時に使うもんだ。使った時点で晩メシ抜きな」
「そんな、念を押されなくても無茶な真似はしないよ。…僕はね」

反抗的に口を開くのはゼロだ。
そんな彼も仲間の分までは保障できないらしい。
カナタはあの通り即情的だし、クロノもたまに何も告げずに行動することがある。
つまりは、ソラッドの二の舞を出さないようにするための処置なのだが。

「樹海には不測の事態もある。お前を信用してないわけじゃない。いいから持っとけ」
「……仕方ないね」

そう言ってそっぽを向いてしまうゼロ。
まったくいつまで経っても素直じゃない、と胸中で苦笑した。

「とりあえず大体の流れを説明するぞ。クロノによれば、ソラッドはこの地点のFOEを狙いに行ったらしい」

ハークスがテーブルの上にスペアの樹海の地図を広げ、とん、と人差し指を置いて一箇所を示す。
皆が一様に頷くのを確認してから、そのまま指を動かした。

「近道を通ればすぐに戻ってこれる位置だ。けれど、戻ってきていない。たぶん糸も忘れてるんだろう。そこで考えたんだが」

つい、と下に降りる階段を指し示す。

「こっち側に逃げて下へ降りた可能性が高い。FOEは縄張り以上は追いかけてこないからな」
「近道を通ってこの小部屋で休んでるって可能性は?」

カナタが指差すそこには、四角形に切り取られた空間。
木々が壁を作るように伸びていて、一つの部屋になっているような場所だ。
樹海にはそういった場所が多い。

「考えたが、そこまでFOEが追ってくる可能性は極めて低い。FOEが居ないのなら、こちらが心配しているのを心配して早々に戻ってくると思う」
「よっぽどの大怪我でない限り、といったところか。一応見てみよう」
「そうだな。…続けていいか?」

クロノの提案で納得したらしく、カナタが頷いたので更に続ける。

「下へ降りたと仮定して、問題はどこに居るかだ」

そこで区切って、B6Fよりも下の階であるB7FとB8Fの地図を取り出す。

「お前らが手負いなら、どこへ行く?」

言葉に含みを持たせて、三人に視線を送る。
全員が悩んだあと、一斉にB8Fの一点を指差した。

「そう、回復の泉がある此処だ。有力候補と考えていいだろうな」
「地図で指すのは容易だが、地軸に戻る気力がないというのに、こんな深い場所にまで潜るなど考えられるか?」
「俺はただ、地軸から戻ってこないことを前提に話をしているだけだ。他に当てがないからな。まさか闇雲に探すわけにもいかねえだろ」

戻って来れないということは手負いも確実。
信じがたいが、今はこの案以外に縋るものもない。
ああだこうだ考えている内に実行に移した方が早そうなものだ。

「もし入れ違いになったらどうする気?」
「対策はしてある。そろそろ来るんじゃねえかな」

ゼロの問いにハークスが答えると、そのタイミングを見計らったかのように玄関の戸が開いた。

「おはよう、兄さん。…ほんとにあのちっこいのが居ねぇのな」
「あ。ハクトだ!久しぶりー!」

僅かに眉根を寄せて姿を見せたのは、ハークスの従兄弟であるハクトだった。
そんな彼に、カナタが笑顔を見せた。

彼はカルジェリアと最も交流の深いギルド、ファウンスに所属している。
ファウンスに入る以前はこのハークスの家でカルジェリアと共に過ごしていたため、今ここに居る全員とは顔見知りだ。
そんな彼に連絡を取ると、今日は休日を貰っているとのことで急行してもらった。

「おはよう、ハクト。誰にも喋ってないな?」
「ああ」
「ルーンにどこに行くの?って見上げられて答えちまったり、カディセスに笑顔で脅されたり、カインに愚痴ついでに吐いたり、フィレンに義務報告的に言ったりしてないな?」
「ぐ、具体的すぎる。…心配しなくとも俺の口は堅いって」

ちなみにルーンとはファウンスのギルドマスターで、まだ幼いバード。
カディセスは浅黒い肌の似合うダークハンター。
カインは片目を赤い髪で覆い隠すソードマン。
フィレンはクロノに同じく金髪で、何を考えているのかよく分からないアルケミストだ。
それぞれの特徴をさらりと言ってのけたハークスに、ハクトはその様子がありありと想像できて思わず一歩後退してしまった。

「それならいい。もしソラッドが自力で帰ってきたら、手当てを頼む」

ハークスがここまで言うのには理由がある。
ソラッドが行方不明だとファウンスに知れれば、彼らは必ず駆けつけるだろう。
当然ナンバー1、2を争うギルドの大々的な捜索になれば、根も葉もない噂が広がる。
そうなれば、それに伴うよくないことも起きるわけで。
騒ぎは最小限に留めるに限ると考えたハークスは、身内であるハクトを信頼した。
それに応えるように力強く頷くハクト。

「いってらっしゃい」

ハクトに見送られ、ソラッドを引いたカルジェリア一行は樹海へと向かう。
早朝だからかベルダの広場にも人影は少ない。
彼らは口数も少ないままに樹海入り口に着くと、脇にある地軸を起動させた。
樹海の中に同じ地軸があり、その場所まで運んでくれる一種のワープ装置だ。
これの原動力が何であるのかは未だ解明されていない。
世界樹の迷宮自体が謎に包まれている今、解体するのは得策ではないからだ。

見慣れたエトリアの街から一転、目の前には密林に覆われた森が広がる。
この階層のどこかに、ソラッドが居る。

「前衛はゼロとカナタ、後衛を俺とクロノで行く。戦闘指示はゼロ、お前が適任だろう」
「分かった」
「カナタ。剣は使えそうか?もう随分と触っていなかっただろう」
「だいじょーぶ!一応弓も持ってきたし、臨機応変に対応できるつもりだよ」

背中の弓と腰の剣を見せながら、カナタは笑う。
今の状況で、この少年が笑っている分には不安はない。
カルジェリアで一番空気に敏感なのは彼だから。

「じゃ、まずはあの小部屋を確認しに行こうか」

途中、行く手を阻むウーズたちを蹴散らし、例の小部屋へ入る。
が、やはりそこにソラッドは居なかった。
予想内のことなので落胆するでもなく、一行はソラッドが通ったであろう近道をくぐる。

「…FOEが居るね」
「無視だ。足音も気配も消せよ」
「はーい」

因縁のある相手ではあるが、無駄な戦闘を避けるため、気づかれないよう気配を殺して慎重に動く。
性懲りもなく現れるウーズたちは、階段を走り降りて振り切った。

そして辿りついた7F。
ここは茨があちこちに群生していて、通常の靴で歩くのは危ない。
けれど対策は今のところ成されておらず、その上を歩くしかない。

「うええ…ほんとにこんなところ通ったのかなー?」
「さあな。とにかく可能性の高いところから潰していくのが確実だろ」

棘の痛い地面を歩く二人の横で、襲ってきたかみつき草と人食い草をクロノが燃やす。
草ゆえによく燃えるその二匹の魔物の違いは、未だに色の違いしか知らない。
クロノは知っているらしいが、予想に違わず長い説明に執政院の担当を泣かせた過去を持つ。

ようやく見えてきた8Fへの階段。
ここから先は特に用心しなければならない。

「強敵は危険な花びらだな…。なるべく先制を取るか、無理なら逃げたいところだが」
「そう簡単に逃がしてくれる相手じゃないよ。息を止める練習でもしておいたら」

降りるのを渋るハークスの隣をゼロが追い越して迷いもなく階段を下っていく。
それにカナタも続いた。
だが二人が階下に到達しても、ハークスは動かない。
その肩に手を置いたのは、彼の動向を見ていたクロノで。

「全滅を恐れるのは分かる。そうなってもお前の責任ではないし、その覚悟だって全員にある。ここまで来てこれ以上渋るようなら、引き摺っていくぞ。足を持ってな」
「いや、死ぬだろそれは」

階段を目の前に、足を持って引き摺り降りられる様を想像してしまって思わずツッコんでしまう。
けれど、その切り替えしに対してクロノが見せた笑みに、今度は目を丸くしてしまった。

「それでこそハークスだ。どうだ?俺でも少しはソラッドの代わりになったか?」
「……充分にな」

してやられた気分だと、そう毒づきながらハークスは降りていく。
その後を追うクロノはどこか満足そうだ。

「ああもう、ほんとタイミング悪いね。なんで降りてくるのさっ!」

しかし、ハークスを待っていたのはゼロの罵声で。
剣を振るうその相手は先程話題にしていた危険な花びらだった。

「ハークス!君も前衛に回って!クロノは火の術式で一体ずつ確実に!」
「おう!」
「分かった」

前衛に回るよう指示されたのは初めてだが、杖を振るう戦闘スタイルは変わらない。
一撃で確実に倒すため、花びらの弱い部分である口に杖を突っ込み、近くの樹木に思い切り叩き付けた。
前衛に比べて劣る攻撃力でも、腕力となればまた別の話だ。

「カナタ!そいつ仕留め損ねてる!」

ついで、叩き付けたと同時に目に入ったカナタに忠告を飛ばす。

「え!?…わっ!」

けれどそれは遅く、瀕死の花びらは最後の足掻きとばかりに催眠効果の強い花粉を辺りに撒き散らす。
至近距離からそれを浴びたカナタはその場に倒れ。
近くで戦っていたゼロも直撃を避けはしたもののすでに遅く、片膝を着いた後に眠ってしまった。

「まずい…!」

慌てて口と鼻を覆ったハークスだが、すでに吸ってしまった微量の花粉が彼を眠りに誘う。
クロノは一人、起動していた火の術式を足元へ向けて発動することで爆風を起こした。
そうして花粉をかわした後、崩れるハークスへ向けて薬品の入った瓶を投げる。

「ハークス!」
「…っ、サンキュ!」

大量の花粉で視界が悪い中、クロノから投げ渡されたそれはハークスの手中に収まった。
渡された小瓶は、テリアカβ。
樹海の状態異常に効く万能薬だ。
それを一気に飲み干し、無理矢理眠気を吹き飛ばす。

「もう一発起動できるか!?」
「やっている!」

カナタが捌き損ねた瀕死の花びらに止めを刺し、残りの一匹に向き直る。

「やばい、こいつも…!」

目に見えて分かるほど膨らんだ胴体。
それは、危険な花びらが花粉を噴き出す予備動作。
ハークスの頭で警告音が鳴り響き、手は自然とアリアドネの糸を探っていた。
しかし、薬品を詰め込まれた鞄の中では中々目的の物を掴めない。

ここまでか。
起動までまだ時間がかかるクロノの術式に期待はできない。
覚悟を決めるその前に、花粉が噴き出された。

「危ないな」

ように、思われた。

今まさに噴き出そうとした花粉を溜め込んだまま危険な花びらは絶命している。
それは噴き出し口を刺激しないよう急所を一突きされていて。

「ソ、ソラッド…!」
「よう」

行方不明になっていたとは思えない陽気さで、彼らのギルドマスターは現れた。

「おま、どうして帰ってこなかった!?何でここに!」
「待て待て。落ち着け。今ここでお前らに話してもこいつらにもう一度話すことになるだろ?」

両手をあげるようにした彼の体は、ところどころ血に濡れていて。
それを見たハークスは口を閉ざして眉根を寄せた。

「…ああ、血はもう止まってる。とりあえず、ここじゃキリがない。回復の泉へ行こう。クロノ、ゼロを運ぶのを手伝ってくれ。ハークスはカナタを」
「分かった…」

やはり、ソラッドの指示がなければ上手く動けないことを実感する。
さっきみたいなピンチでも、ソラッドならばどうにかして切り抜けるのだろう。
またいつものように"なんとかなる"と言って。
08.10.08




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