新たな階層  .

「来るぞ!散れ!」

ソラッドの声を合図に、固まっていた四人はそれぞれ攻撃の届かない場所へと散る。
直後、容赦なく振り下ろされるカギ爪は高速で地面を抉っていく。
たとえ一撃でも掠れば致命傷になるだろう強力な攻撃だ。
唯一その場に残ったカナタは、韋駄天の舞曲で自らのスピードを上げて囮となり、器用にそれらを避ける。

「ソラッド、いつでもいけるぞ」
「分かった。ゼロ、補助を頼む!ハークスは牽制を!カナタ、退け!」

くるりと踊るようにカナタが爪の猛襲から抜け出し、攻撃の当たらない苛立たしさから怒り出した相手へゼロが盾を向ける。
いい獲物だと言わんばかりにゼロに爪が襲い掛かるが、彼は不敵に笑うのみだ。

「パラディンって、こんなこともできるんだよね」

攻撃がぶつかるその一瞬で、瞬間的に盾を突き出して爪を弾く。
弾かれた衝撃でバランスを崩した相手は驚愕一色だ。
パリングと呼ばれるそれは一度だけ攻撃を無効化する技だが、その効果は実力が伴ってこそ発揮される。

「こっちもお忘れなく…なっ!」

バランスを失った敵に更に追い討ちをかけたのはハークスの杖。
浮いた足を掬うように強力な打撃を叩き込む。
そうしてゆっくりと倒れていく体を貫いたのは、目も眩むほどの光を放つ雷。
放ったのは他でもないアルケミスト、クロノだ。

その雷撃の一部を剣に巻き取り、ソラッドが止めを刺しにかかった。
舞い上がる砂埃と正反対に、静寂が訪れる。
だが、それも一瞬のことで。
砂埃の中からソラッドが飛び出して来た時点で、各員は戦闘態勢を警戒状態のまま武器を構えた。

「すまない!外した!」
「だいじょーぶ、任せて!」

声と共に砂埃で悪い視界の中、カナタの放つ矢は正確に相手を射る。
雷劇の序曲で雷を帯びた矢は鋭く、同様に雷幕の幻想曲で耐性を弱体化させた敵へ致命傷を与えた。
そしてようやく訪れる、真の静寂。

「…駄目だな、いざという時に外すなんて」
「そのフォローのために僕らが居るんだ。細かいこと気にしてたら身長縮むよ」
「む…」

砂埃が晴れ、巨大な女王アリの死骸が横たわる様がよく見える。
その傍ではすでにクロノとカナタ、ハークスの三人で有用な部位の話し合いが始まっていた。

「それで、どうする?まだみんな余裕があるみたいだけど」

暗にソラッドの目の調子を気にしてだろう、ゼロは解体作業を見つめながらそっけなく言う。
それに苦笑するのは、素直じゃない台詞に対してだ。

「俺なら大丈夫だ。糸も忘れていないし、探索を進めよう」

先日、カルジェリアに新しいギルドメンバーが集った。
新パーティーの結成を祝って酒場で盛り上がったのはまだ新しい記憶だ。
その高まった士気のままにクイーンアントに挑んだのは正解だったと言えるだろう。
大した怪我もなく、成果としては上々だ。

「とりあえず、このカギ爪とアギトだけにしておこう。あまり持っていくと荷物になる」

向こうも話がまとまったらしく、分解されたパーツの内、より鋭く堅い部位が布に包まれた。
それを後衛のハークスとカナタが受け持って、階段から階下の様子を窺う。

「…水の音がするな」

ハークスが言い、全員が耳を澄ますと、確かに水滴の落ちる音が階上まで響いてきていた。

「魔物の気配はなさそうだ。行こう」

ソラッドを筆頭に、ゼロが死角を守るようにその左を、後衛三人はそれぞれに降りていく。
第三階層は視界に映る全て、細部までもが青い。
その中を澄みきった水が流れる様は、神秘的とも言えた。
誰もが一度は感嘆の息を漏らし、立ち止まる。

「すごいね…」

カナタが呟いた言葉に続く者は居ない。
皆、光景に呑まれているからだ。

「…っ、誰だ!」

けれど、そんな息をつく暇もなくソラッドは左方の茂みへと剣を向けた。
それに反応するように他の四人も武器を構える。

「………」

生い茂る草木の奥、こちらの様子を窺うように鋭く光る双眸。
互いの間に張り詰めた空気が流れる。
敵か、味方か、またはどちらでもないのか。
その判断をする材料を模索している状態だ。

やがて、人影は何も言わず森の奥へと消えていく。
張り詰めた空気が一気に解けた。

「…興味深いな。赤い目に緑の髪。人間にはありえない色だ。それに、森の奥へ消えていったのも気になる。見た上では丸腰だったようだが…」
「…そこまで見えたのか、お前」

クロノの冷静な分析に、ハークスがあんぐりと口を開ける。
確かに様子見の時間は長かったが、いかんせんこの青い視界に視覚が多少狂っている自覚がある。
遠目で見たからか、赤だとか緑色でさえ全て青に見えるほどに。

「執政院に報告すれば何かしら情報を貰えるんじゃない?」

今現在一番進んでいるギルドが自分達とはいえ、過去には幾度もここへ足を踏み入れたギルドが幾つも存在していた。
それらのギルドがあの人影に会っている可能性は高いと見ていいだろう。
あの瞳は明らかに警戒心を露にしていた。
ならば、今まで訪れたギルドにも同様に姿を現した可能性がある。
執政院にも何らかの報告が残っているはず。

「ひとまず人影のことは頭に置いておいて、先へ進んでみよう。異存はないな?」

ソラッドの提案に首を振る者はおらず、それに頷くと、ようやくB13Fの探索を開始した。





今回はB13Fの探索を終え、B14Fへ降りた時点でアリアドネの糸で迷宮を出た。
フロア一面が水で満たされた階層を繋ぐ移動手段は、乗るには心許ない蓮の葉で。
そんな状況に、皆の疲弊具合を危惧した上での判断だ。

「本当に、樹海は俺たちを飽きさせないな」
「それは良い意味で?悪い意味で?」
「どっちもだろ…どうするんだよあんなもの」

頬杖を突きながらのソラッドに、机に突っ伏したゼロ、溜息をつくのはハークス。
途方に暮れている三人をカナタは元気付けるように安らぐBGMを奏で続けている。
クロノは一人執政院へ報告に行った。
また担当を泣かせていなければいいが、泣かせていたとしても彼らには関係のないことだ。

「どっちにしろ、あれに乗る意外に進む方法はなさそうだし、駄目元で沈んでみたら?」
「お前が行くか?全身鎧着て」
「ふん、すっごく腹の立つ嫌味をどうもありがとう。八つ当たりはやめてほしいね」

半眼で告げるハークスに肩を竦めるゼロ。
そんな二人を余所に唸るソラッドが止めなければ、役目はカナタに回ってくる。

「二人とも、喧嘩は駄目だよ。なんなら、僕が乗っても良いし」
「あのね、罠だったらどうすんのさ。いざって時に歌も弓もすぐには使えないんだから黙ってて」
「む!そんな言い方しなくてもいいでしょ!」

どうやらカナタでは役不足らしく、三人揃って険悪なムードになる。

「うーん…」

それでも一人マイペースに考え続けるソラッド。

「…ソラッド。何か良い案は浮かんだのか?」

喧嘩ばかりで進まない緊急会議に、ハークスは唸り続けるギルドマスターを当てにした。
先程から真剣に考えている。
きっと何かしら解決策を思いついているはずだと。

「へ?あ、いや…晩御飯に何をリクエストしようかと」
「……お前なあ…。はあ…なんか怒る気も失せた」
「同じく…。もういいよ、全員で沈もうか」
「いやいや、それは駄目でしょ。ここで考えるんじゃなくて、向こうで行動しちゃおう!」

ソラッドの気の抜けた返事によって、場の空気は次第に和む。
そこへ丁度よく帰ってきたクロノはなんだかつやつやしていて。

「機嫌よさそうだな、クロノ」
「ああ。存分に説明してきた。書き取るのに必死な様は中々面白かったぞ」
「可哀想に…」

そんなハークスの同情でさえ少しの間のことだ。
全員揃ったところで切り替えは早く、席を立ってソラッドの顔を見る。

「で、リクエストは決まったか?」
「そうだな…ハンバーグにしよう」
「了解。他は?」
「ポタージュ」
「はいはい」

さりげなくリクエストをするゼロに笑って頷き、カナタのリクエストであるサラダまでを受け付けた後にハークスは台所へと向かった。
サラダのリクエストが出た時点でソラッドの顔色に微妙な変化があったことに気づいたのは、彼の偏食ぶりを知るクロノだけで。

「縮むぞ」
「…頑張る」

小声での会話も、二人の間だけでひっそりと交わされた。
08.10.13




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