VS密林の王  .

ソラッドは扉の前で振り返り、自分についてきたメンバー個々を確かめるようにゆっくりと見回した。
視線に応えるように目を合わせてくるメンバーに、目立った疲労は見えない。
実を言えばここに来るまでに一度花びらに襲われて窮地に陥ったのだが、以前見つけていた泉で体勢を立て直していたのた。

あの花びらに先制されると今でも危うい状態になるため注意をしていたのだが、甘かった。
素早く優秀なレンジャーがいれば話はまた別なのだろう。
そう思って、レンジャーか…と呟いた際に何名かの肩がびくりと反応したのはとりあえず見なかったことにした。
もちろんメンバーチェンジなどする気は毛頭無いが、わざわざそれを言うつもりもない。

「この先にケルさんがいるんだよね?」

各自に手持ちの道具を確認させていたところで、カナタが明るい声で切り出した。
改めて問われるとこの扉の手前まで来るのは初めてで、誰かに確認したわけでもないのでそうだとは言い切れない。

「行き止まりな上にこの厳重な扉だ、間違いないだろう」
「いやいや、ケルさんに突っ込めよ、まず」

至極真面目に答えると、ツッコミ気質らしいハークスが割り入ってきた。
いちいちカナタやクロノの天然の入ったボケに突っ込む彼につい哀れみの視線を向けてしまう。
それに絶句したハークスを見て、自分の目に内心で叱咤しておいた。
そんな二人の様子を窺っていたクロノは、ハークスへ向けて親指を上に立てる。

「ハークス、ぐっじょぶだったぞ」
「何がだ!…もうほっといてくれ」

それでも慰めているつもりなのかと、やるせなさを隠し切れないハークスは頭を抱えて深く溜息をついた。
一人ゼロだけが事前にハークスから受け取っていたショックオイルに自らの剣を浸し、いつでも突入万全な体制を整えていた。
そうしていつ鶴の一声を発そうかと頃合を見ようとしたが、やめた。

「ねえ、これ遠足?」

強敵を目前にしながらも和んでいるという現状にやっと気づいたのか、四人は手早く準備を整えて気を引き締めた。
カナタは唄い、事前にハークスに雷の序曲をかける。
ハークスは武器である杖にその手ごたえを感じ、不思議そうに杖を見た。
そうして準備を終えたソラッドが改めてメンバーの状態を確認して、頷く。

「よし、覚悟はいいな?いくぞ、ケルさん退治だ!」

と、至極真面目な顔で言ってのけたソラッドに、クロノとカナタは思わず吹き出して笑い出す。
ゼロも眉を顰めてはいるが、口を手で覆い隠している。

「ちょっ…、気が抜けるだろうが!」

ハークスは典型的にこけて、恨めしそうにソラッドを睨みつけた。

「ああ、気なんて張らなくていい。いつも通りにいこう」

そう微笑んだソラッドを見て、つまりは仲間の緊張をほぐそうとしての言動だったのだと察した。
こいつには勝てそうにないと内心で思いつつ、ハークスはがっくりと肩を落とした。





ソラッドが扉を押し、重厚な扉がゆっくりと開いていく。
目の前に広がる樹海に身を隠して辺りの気配を探る。
どうやらこの部屋には目的の魔獣以外生息していないらしい。

「…もう少し奥か」
「先制を取りたい。慎重にな」

ハークスが言い、ソラッドが全員に忠告する。
少し先に進めば、奥の方に蠢く巨大な影を確認できた。
5人はゆっくりと近づいていく。
やがて、密林の王、ケルヌンノスの姿が見えた。
そこは短い草が生えているだけの広間になっていて、何かを守るように辺りを見回している。
茂みに隠れたまま、カルジェリア一行は息を潜める。

「見て、みんな。あそこに階段があるよ」
「ふうん、なるほどね。こんな見通しのいい場所でアイツが警戒してるから倒さなきゃ先に進めないってわけ」
「きちんと番人してるのか。あの先には何があるんだ?」
「それを確かめるために来たんだろう。推測するよりも、先に進めば解決する」
「ああ。あいつが背中を向けたら俺が攻撃を仕掛ける。後は、援護を任せた」

順にカナタ、ゼロ、ハークス、クロノ、そしてソラッドが口にし、剣を構える。
誰かが唾を飲み込んだ、そう思うのも束の間、ソラッドが茂みから飛び出す。

『レイジングエッジ!』

背中目掛けて半ばぶつかるように剣を叩き込むソラッド。
しかし、敵はそれよりも早く腕を振り下ろしていた。
直後に鳴り響く轟音。

「ソラッド!」

誰かがそう叫んだ。
しかし、ソラッドは間一髪横に転がって避けていた。
目立った外傷も見られない。

「気づかれてた!お前らも散れえ!」
「…ッ!」

転がったソラッドには目もくれず、ケルヌンノスは4人の潜む茂みへと猛進していった。
カナタ、クロノが避けるのは見えた。だがゼロとハークスの姿が見えない。
ただケルヌンノスは勢いを押し殺され、動きが静止している。

「パラディンを…嘗めんなよ!」

ゼロが搾り出すように出した声。彼はハークス目掛けて突き出された右腕を盾で受け止めていた。
だが足元の地面が少しずつ抉れ、後ろに下がっていく。
庇われたハークスは茫然自失に陥っており、尻餅をついたまま動かない。

「ハークス!ぼけっとしているな!」
「あ、ああ…!」

ソラッドが叱咤し、今にも力負けしそうなゼロを助けるべくケルヌンノスの足を狙う。

『雷の術式、発動』

そうしてタイミングよく発動されたクロノの術式の力を借りた。

『チェイスショック!』

連携が決まり、ケルヌンノスはその場に膝をつく。
ゼロもその隙を突いて広間に出てきた。

「大丈夫か?」
「なんとかね」

全員の無事を確認し、安堵に口元を綻ばせたカナタが唄うのは、雷幕の幻想曲だ。
かけるのが遅いという文句は出ない。あれは非常事態だった。

「お次は…僕の十八番っ」

唄い終えたカナタはすぐに曲調を変えて猛戦舞曲に切り替える。
すると突如、ケルヌンノスが雄たけびを上げた。
カナタはそれに気を取られつつも唄うことはやめない。

「見ろ、仲間を呼びやがった!」

いち早く異変に気づいたのはハークス。
彼の示す先にはどこからともなく現れた二匹の小さな魔獣。

「…見た目はボールアニマルだが」

クロノは術式が起動するまでの間、冷静にその魔獣たちを観察する。

『キュア』

現れた二匹のうち一匹が負傷したケルヌンノスに近づき癒した。
それを見たクロノの眉が顰められる。

「…回復か。厄介なものを呼んでくれる」
「ハークス!カナタ!あっちの攻撃に回れるか!?」

回復したケルヌンノスによって次々と振り下ろされる腕を器用に避け、翻弄しながらソラッドが叫ぶ。
それに対し、猛戦舞曲を歌い終えたところでカナタは弓に持ち替えて答えた。

「おっけー、任せて!」
「そっちで怪我したら言えよ!」

カナタが引き絞った弓は矢を放ち、一体に致命傷を与える。
続いたハークスが刺さった矢の先を杖で叩き込んだ。
それにより矢は魔獣を深く貫き、絶命させる。
ついでに隣の今にもキュアを唱えようとしている方も殴り、昏倒させた。
そこまでを確認したソラッドはタイミングを計るために一旦引く。

「ゼロ!頼む」
「ん」

大きな音を響かせ、再び腕を受け止めるゼロ。
だが真っ向からの力勝負で敵わないことは分かっていたため、体ごと傾けて受け流す。
空振った腕を雷を帯びた剣で切りつけ、二、三歩距離をとり次の攻撃に備える。
もう一度攻撃を受けたところで術式の完成を察し、退いた。

『雷の術式、起動』
『チェイスショック!』

二回目の連携も決まり、ケルヌンノスはよろける。
幻想曲も手伝って先ほどより手ごたえを感じた。

「いけるぞ!」
「こっちも倒したよ!」

油断なくクロノは次の術式の起動にかかる。
だが連携を喰らったにも関わらず瞬く間に立ち上がったケルヌンノスは咆哮した。

「またアイツら…」

ゼロが鬱陶しそうに、現れたボールアニマルもどきを見やる。
クロノもそれに苦笑した。

「どうやらあっちは倒してもキリがなさそうだな。数を呼ばれないうちに大物を叩こう」
「…クロノッ!危ない!」

参入してきた魔獣に気を取られていたクロノは反応が遅れ、ソラッドの声も虚しくその体をケルヌンノスの角が貫いた。
クロノは、まるで先ほどカナタの矢に射抜かれた魔獣みたいだと、どこか他人事のように思う。
角はすぐさま引き抜かれたが、逆に塞ぐものがなくなり、クロノの鮮血が辺りに散った。
助けに入ろうとし、目の前で起こったそれ。
ソラッドの目は見開かれている。

「…ッ、ハークス!」
「分かってる!」

すぐに駆けつけたハークスがクロノの状態を確認する。
まだ息はあるが急いで止血しなければ命が危ない。
たった一撃喰らっただけでこの惨状。
倒すまでは決して気が抜けなかった。

「ソラッド!気にしてる場合じゃない!僕らが引きつけないと全滅するよ!」
「すまない…!」

怒鳴るゼロ。思わず漏らしたそれが誰に対しての謝罪なのか、ソラッド自身にも分からなかった。
ただ重傷者を出してしまった、そのことだけが悔やまれる。
クロノとハークスが欠けた今、三人でなんとかしなければいけない。

「カナタ!俺に雷劇の序曲を!」
「うん!」

クロノが倒れ、そのことによりチェイスによる連携で攻撃する術は絶たれた。
そうなれば自身に雷属性を付与すればいいと判断したのだ。

カナタが唄い終えた直後にケルヌンノスとの距離を詰め、押しつぶそうとする腕の攻撃をかわし、その腕に斬撃を見舞った。
雷特有のバチバチとした音がその傷口から昇る。
雷による火傷を負わせた。
しかし攻撃後の隙はソラッドにも隠し切れず、逆の腕になぎ払われた体が宙を飛ぶ。
そのまま彼の体は樹海の茂みの中へと消え、追撃しようとするケルヌンノスの背中に新たな剣が突き刺さった。

「お前の相手は僕!かかってこいよ!」

剣を投げたのはゼロ。
未だ雷を帯びていた剣は最後の役目とばかりにケルヌンノスに雷撃を与えた。
だが致命傷にはならない。
ソラッドの安否が気になるが、攻撃を受ける寸前で同方向に飛んでダメージを軽減しているのが見えた。
それに見た目よりも頑丈にできている。
きっと大丈夫だろう。
慌ててゼロの元へ駆けつけてきたカナタはケルヌンノスの背に刺さる剣を見た後、ゼロに視線を移した。

「ちょっと!剣投げてどうするのさ!」
「う、うるさいなあ!あのままソラッドまでやられちゃ勝ち目がないだろ!」
「そりゃそうだけど…!っ、来た!」

弓を引き絞り、自らにも雷劇の序曲をかけていたカナタはケルヌンノスの目を狙って撃つ。
矢は意図した場所からは外れたものの、瞼にダメージを与え、電撃が片目を痙攣させる。
だが、それでもケルヌンノスの足は止まらない。

「わ、わ、どうしよう!?」
「カナタは逃げて。たぶん狙いは僕だ」
「でも…!」
「いいから早く逃げろっつってんだろ!」
「…っ、分かった!」

声を荒げるゼロにカナタは従い、ケルヌンノスの攻撃の軌道上から外れる。
真っ向から挑むゼロが手にしているのは、盾。

「ふん、きっと剣よりも痛いだろうねッ」

クロノに怪我を負わせた攻撃法と同じく頭を低く下げ角を向けてきたケルヌンノス。
迎え撃ちゼロが大きく振りかぶった盾は角と角の間、頭蓋の頂点を重く殴った。
同時に、鎧で守っているにも拘らず抉れるゼロの肩。
しかし、力は均衡していた。
ゼロの盾によるダメージが大きいのだろう。

「ゼロ!よくやった!」

その背後から現れたのはソラッド。
剣を天高く振りかざし、未だ下げたままのケルヌンノスの後頭部に深々と突き刺した。
雷を帯びる剣がケルヌンノスの内部を荒らす。

大きく上がる咆哮。
それは、ゆっくりと前のめりに沈んでいった。
潰されないよう退いたゼロは、盾を放ってその場に寝転んだ。

「まったく、いいとこ取りなんだから…」
「はは…すまないな」

そう言うソラッドもやはり喰らった一撃が重かったのか腹を押さえていて、立っているのがやっとの状態らしい。
剣に体重を預け、巨大な死骸の背の上で乾いた笑い声を上げた。

「向こうの雑魚倒して来たよー!」
「お、やるな。カナタ。こっちはクロノが目を覚ましたぜ」
「ほんと!?」

一命は取り留めたらしいことを聞き、カナタはクロノに駆け寄った。

「大丈夫?」
「ああ。心配をかけたな…それにしても、あの二人はさすが前衛といったところか…。俺もまだまだ強くならないといけないな」
「僕も、一人だけなにもできなかったみたいで悔しい。もっといろんな歌、マスターする」
「今後の目標、だな」
「うん…。よかった、クロノが無事で」
「…ありがとう」

入れ違うようにしてハークスはソラッドとゼロの元へ赴く。

「どっちが重症だ?」
「ゼロだろう。肩の出血がひどい」
「何言ってんのさ。ソラッドこそ内臓潰れてんじゃない?」
「あー、はいはい。分かったから二人とも近くに来い」

変な意地を張る二人が怪我人だということも無視して歩かせる。
そうしてハークスのもとに辿り着いた二人に治療を始めた。

『エリアキュア』

範囲内であれば回復する技。
これであればどちらが先などとつまらない言い合いもない。
痛みが退いていくのを感じて、ゼロは立ち上がった。
その足はケルヌンノスの死骸へ向いていて、背中から剣を引き抜く。
それを尻目に見ながら、ソラッドは含み笑いする。

「ゼロ、本当に盾で攻撃したな」
「滅多な予想でも、当たるもんだ」

ハークスと二人、互いに大声で笑った。
08.07.30




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