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「そろそろ挑もうか」

一人暮らしをしていたハークスの家に他の4人が転がり込んでから数週間。
男5人で小さなテーブルを囲んでいる。
ひっかきモグラに振り回されていたあの頃が懐かしいと思えるほどに力をつけたギルド、カルジェリアの面々は、パーティーリーダーであるソラッドの言葉に頷いていた。

スノードリフトを倒し、第2階層。
最深部であるB10Fには密林の王と呼ばれるケルヌンノスが第3階層への道の前で立ち塞がっているのだ。
ケルヌンノスを倒さなければ、第3階層には行けない。

「ソラッドのチェイスと俺の連携、カナタは雷幕幻想曲を歌ってから猛戦舞曲を。必要に応じて雷劇の序曲も。ゼロは前後のガードを中心に場合によって使い分けて、ハークスは回復か防御に徹する。…というのが理想だと思うのだが、どうだろう」

クロノの提案に、一同が頷く。
実際に戦ってみなければ分からないが、ケルヌンノスの弱点は雷属性だと判明しているので、確認の上ではやはりそれが最適な戦術だろう。
下手にソラッドに任せて、作戦が"なんとかなる"だとしたら、なんとかなるとしてもどうにもできないからだ。

「カナタ、序曲は真っ先に俺にかけてくれないか?」
「え、ハークスに?」

きょとんと、リュートを手に唄を口ずさんでいたカナタが手を止めてハークスを見やる。

「クロノが言ってたように、俺には回復しか能が無いだろ?属性つければ少しは足しになるだろうし」
「うんうん、なるほど」

納得したと言わんばかりにカナタは微笑んで頷く。
その屈託の無い笑みに、ハークスも思わず微笑み返した。

「ハークス、そう無理して戦線に加わらなくても。いざという時に回復がないと辛い」
「疎かにはしないって。腐ってもメディックだからな」

キッパリと言い切られると、ソラッドも何も言えないのか黙ってしまった。
どうも彼は自分が譲れないときは譲らないが、そうでもない時は押しに弱い傾向にあるようだ。

「密林の王を倒したら、晴れて僕らはエトリア1のギルドだって確定されるんだよね?」
「現時点ではそういうことになるな」

ゼロの言葉に、ソラッドは頷く。

今現在、迷宮に挑むことを目的としたギルドの中で一番進んでいるのはカルジェリアである。
ソラッドがギルドを建てて名を挙げ始めた頃から、他にも新しいギルドが少しずつ増えてきた。
最近では酒場が冒険者で賑わっていて、貸し切り状態ではなくなったのが寂しいくらいだ。
未だに辞めきれず町に帰ってきては酒場へと働きに行っているカナタも、忙しい、と愚痴を零すようになっていた。
他ギルドの実力次第ではいつ追い越されるか分からないが、それがまた楽しみというもの。

そんな中、密林の王の出現により、第2階層より深層には誰も至っていないということは、密林の王を倒したギルドが一番だということになる。
ソラッド自身はあまりそういうことには頓着していないのだが、他の面々はそういった名声が心地よいらしく、意気揚々としている。

「ま、ひとまず明日の戦闘のことだけを考えることだ。他に何かある奴はいるか?」

ソラッドが聞くが、全員が首を振る。

「じゃ、各自明日の準備を怠らないように。解散!」

解散の合図に、それぞれがバラバラに散っていく。
ソラッドはクロノと共に彼らに割り当てられた部屋へ。カナタはその場所からソファへと移って再びリュートを奏で出す。
自分も部屋に戻ろうと立ち上がったハークスを、ゼロが手を引いて止めた。

「ハークス。攻撃に回れなくて悔しい思いしてるのは君だけじゃないんだからね」

眉間に皺を寄せたゼロの言葉は、暗に自分も攻撃戦線に加わりたいのだと伝えてきた。
それもそうだろう。彼は戦うための剣を持っている。
にも関わらず、不満を吐露するだけで毎回仲間の援護をきちんとこなしているのだ。

「僕は僕の、最良の攻撃法を見つけるよ。いつまでも誰かの盾なんてゴメンだね」
「…お前それパラディンの台詞じゃないだろ」
「パラディン?そんなものクソ喰らえ、だよ」

誇り高き聖騎士、というのがパラディンという職業の代名詞だと思っていたのだが、やはり人間。
パラディンといえども十人十色らしい。
そう吐き捨てた彼は、足早に階段を上がってカナタと共有している部屋へと姿を消す。

「ゼロくんの性格上、防御ばっかっていうのは性に合わないんだろうね」

扉の閉まった音を聞いて、ソファに座って曲を奏でていたカナタが目を閉じながら独り言のように呟いた。
そしてまた何事もなかったかのように唄い出す。
ハークスもまたカナタから視線を外して、ゼロが戻っていった部屋の扉を見上げた。

「…最良の攻撃法、ね」

小声でゼロの言葉を反芻してから、小さく頭を振る。
以前第一階層でスノードリフトと相対した時もそうだが、自分が敵にダメージを与えることも無く、味方は無傷というメディック要らずの戦闘の場合、本当に自分が不甲斐なく思えてくるのだ。
とはいえケフト施薬院で働いていた所を(一応)スカウト(らしき強制連行を)された身。
そこまで義理堅く探索に貢献する気は、はっきり言って皆無だった。
少なくとも、スノードリフトを倒すまでは。

(その後の反省会で、俺は自分が何もしてないことを再確認させられた)

ソラッドからは、フォローに回ってくれてありがとう、と裏表の無い微笑を浮かべて言われたが、自分は平静を装った内心では眉を顰めたのだ。
確かに相手は自分達のレベルでは楽に勝てる相手だったかもしれない。
それでも、何かを納得できない自分が居た。

不意に、1階の扉の一つが開き、先ほど部屋へ戻っていったソラッドが顔を覗かせた。
きょろきょろと視線を巡らせ、ハークスの姿を見止めると小さく手を招くように振った。
どうやら呼んでいるらしい。
素直に従って、ソラッドたちの部屋へと入る。

「エトリアオオクワガタ…いつかお目にかかりたいものだ。いやしかし」

いつものように何を考えているか分からないクロノでも、この時ばかりは思考を読むのは簡単だった。
というより、本人が口に出しているのだから間違いなく脳内には昆虫が居るのだろう。
熱心に昆虫図鑑を見ながら、視線を本へ落としたままざら紙にメモ書きしていた。

「クロノ」
「なんだソラッド。昆虫採集に協力してくれるとでも?だが生憎と今の時期にはエトリアオオクワガタは見つからない。また来年時季を見て挑戦…ああ、そういえばハークスについてだったな」

ちらりとこちらを見やったクロノの視界にハークスの姿が写り、我に返ったように目を瞬いた。
何かに没頭できるというのはアルケミストらしいのだが、いかんせん没頭するものが少しズレている。
科学研究よりも自然を愛する学士なのだ。この自由奔放・意味不明の錬金術師は。

「…俺について?」
「ああ。何か悩んでいたようだったからな」

丸椅子の一つをハークスに薦め、ソラッド自身は自分のベッドの淵に腰を降ろす。
ハークスはソラッドの言葉に唖然としたまま動きを止めていた。

「やっぱり話し合った方がいいだろ?納得がいかないのなら、話し合って解決するべきだ。些細な相違からチームワークが崩れることもある」

そう続けたソラッドに、ハークスは小さく頷いて進められた椅子に座る。
向かって右に座っているクロノがようやく図鑑を閉じた。

「攻撃の要は俺とソラッドの連携で充分だ。…今の所はな。だから今後はハークスやゼロ、カナタにも攻撃要員として活躍してもらわなければならない場面が出てくると思われる。…いや、必ずだ。そういう場面が来る。ハークス、君は特にこれから先大変になるだろう。それこそ、第一、第二階層が懐かしいと思えるほどに…な」

最後の台詞をクロノが意味深に笑みを浮かべて言うと、効果は絶大でハークスの顔が引き攣った。
大方何をやらされるのだろう、という不安からだ。

「…つまり、今回も大人しくしてろってか?」
「そうは言ってない。さっきはああ言ったが、クロノと相談してみて考えを変えた。カナタには優先的にハークスに雷劇の序曲をかけてもらう。そして、攻撃に回ってくれ」
「但し、攻撃と回復の両立…それと、先を見越して防御にも力を入れて欲しい」

なんだかんだといって、一番真面目にギルドの事と探索の事を考えているのはこの二人だろう。
夜中に目が覚めて水を飲みに降りてきた時、灯りの漏れるこの部屋から何やら話し合っているらしい声を聞いたことがあった。
今まで探索がスムーズに進んできたのはこの二人のおかげといっても過言ではないかもしれない。

「なら、医術防御を習得しなきゃならないって訳か。…でもどうして防御を?」

パラディンであるゼロが居るだろうと言外に含ませると、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「あいつは、その内盾で攻撃でもしそうな勢いだからな」
「今はまだ予想の段階でしかないから言わないが、一応念のため習得しておいてくれると助かる」
「ふうん…」

ソラッドの言う、盾で攻撃するというのはもちろん冗談だろうが、まさかとは思えど現実に起り得そうなのだから笑えない。
一応、の元で納得して、今度はこちらから話を振る。

「それで、お二人さんはずっとチェイスの連携で行く気か?雷が効かないヤツも出てくるかもしれないだろ」

クロノの専攻は雷で、スノードリフト戦で見せた火の術式は一朝一夕で覚えた即席のものに過ぎない。
故にこれから使っていくには無理が生じるだろう。実際に、強敵の増えた第二階層では威力が激減していた。
そうなれば頼みの雷の術式とチェイスショックが要になるのだが、先程口にしたように効かない敵が出てくる可能性もある。

「…とりあえずは新技を考案中、って所だ」
「俺も術式を色々と弄って試している…が」

どちらも旗色が悪そうに歯切れ悪く言葉を紡ぐ。恐らく難航しているのだろう。
ここまで先の事を考えている二人を責める気はない。
寧ろ自分自身の状況を理解した上でギルドを支えているのだから凄いとしか言い様がない。
話が終わりと見たハークスは、椅子から立ち上がって腰に手を当てる。

「聞けて良かった。…今度からは話し合いに俺も混ぜてくれよ」
「ああ、そうしよう」

ソラッドが頷くのを見てから、背を向けてドアノブに手をかけてそれを押す。

「ハークス」

少し開いたところで呼び止められて、首だけを動かして振り向くと、ソラッドがおどけた様子で笑っていた。
一方のクロノは、いつの間にか再び昆虫図鑑を開いてじっくりと見入っている。

「明日、ゼロにショックオイルを渡してやってくれ。少しは眉間の皺も減るだろ」
「そりゃ良い考えだ。忘れずに渡しとく」

笑い声の中に小さな声でおやすみ、と付け足して、ソラッドとクロノの部屋を後にする。
気は晴れたが、二人の話を思い返すと自分の今後の忙しさが目に見えるようで苦笑を零した。
扉の前で足を止めていたハークスだったが、改めて気を取り直し、未だリュートで安らぐ曲調を奏でるカナタの後ろを通り過ぎて自分の部屋へと戻っていった。
07.10.07




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