チェイスファイア .
スノーウルフの死骸が転がる中、残りのスノーウルフ4体ともう1体。 新米冒険者達の最初の砦とされるスノードリフトが目の前に立ち塞がっていた。 こちらのコンディションは万全だが、一度に5体も相手をする余裕は無い。 「誘き寄せた方がいいんじゃない?」 ゼロが言うように、こちらに気づいているのは目の前のスノードリフトだけで、残りのスノーウルフたちは後方をうろうろと巡回している。 確かに誘き寄せればなんとかなるかもしれない。 「刺激しないようゆっくり後ろへ下がろう。部屋の入り口で決着をつける」 静かな声でそう指示を出すと、後衛の三人がそろそろと後ろへ下がりだす。 標的の動く気配を鋭敏に察したスノードリフトもまた、一歩前に踏み出した。 「…カナタ」 「うん」 入り口が近づいてきたところで、カナタが指示に頷き小さな声で歌を詠い出す。 例え小声だとしても、五人の息遣いと獣の足音しか無いこの空間では充分に効力を発揮した。 歌が5人の体に浸透し、力が漲ってゆくのを感じる。 「ソラッド。この部屋の全体面積を考えて入り口付近を戦闘領域とした場合、短期決戦に持ち込めば残りの4匹がこちらへ来る前に決着をつけることは可能だが、こちらの戦力を考慮すると最初から全力でいかなければ苦戦を強いられるかもしれない」 「えーと…、つまり?」 「全火力をぶつけろ!」 いつの間にか入り口付近まで到着していて、クロノは先制するように炎の術式を放った。 直撃を喰らったスノードリフトの咆哮が辺りに響き渡る。 それを合図にするかのように、冒険者達は一斉に動き出した。 「ゼロ!フロントガードで俺を援護してくれ!」 「仕方ないね」 「カナタはゼロに火劇の序曲を」 「はーい!」 「ハークスはいつでも回復をできるように」 「おう」 「クロノはそのまま火の術式を」 「了解した」 指示を伝え終えた冒険者達をスノードリフトの鋭い爪が襲うが、先んじていたゼロがそれを受け止め、ソラッドが剣を逆手に持って獣の胴体に斬撃を叩き込む。 以前、虹の剣士の技をヒントに自分のモノにしたレイジングエッジだ。 巨大な体躯が傾いたところで、火劇の序曲によって武器に炎の付加を得たゼロが渾身の一撃を繰り出した。 よろめいたところに放たれた一撃は巨体を地面へと沈め、更にクロノの術式が追い討ちをかける。 「…やったか?」 「あっけなさ過ぎる。まだこれからだよ」 「ソラッド、僕も攻撃組に混じっていいよね?アンコール、いっきまーす!」 確認を取る前にカナタは歌い始めた。 途端に、音色に誘われるようにカナタの剣に炎が生じる。 火劇の序曲を自分にかけたのだ。 これでより戦力が増える。 肉の焦げる匂いと、ゼロとカナタの剣から燃え上がる炎、クロノのガントレットから昇る煙。 息を整えている暇はないのだが、ソラッドの脳裏では何かが繋がった。 「クロノ!」 「なんだ?」 一番連携に繋げやすそうなクロノに声を掛け、ゆっくりと立ち上がるスノードリフトから目を逸らさずに耳打ちをする。 囁く一方で敵の状態を確認すると、まだまだ動けるようだ。深手には程遠い。 「炎の術式をもう一度。俺も一緒に突っ込む」 「…正気か?」 「ああ、考えがあるんだ。…大丈夫。なんとかなるさ」 立ち上がったスノードリフトの前へ出て、ゼロと並んで相手の出方を窺う。 クロノの術式が完成するまでソラッドは動けない。 いや、動かないつもりだった。 「後の作戦指示はナシだ。各自に任せる」 自分がやらなければいけない事は、きっとそれぞれが理解しているだろうという信頼からくる指示。 そのソラッドの指示に4人は頷く。後半戦だ。 他のスノーウルフたちの咆哮が徐々に近くなってきていた。 先に動いたのはスノードリフトの方だった。 動こうとしないソラッド目掛けて勢いよく跳躍し、その鋭い牙を剥き出す。 避けなければ重傷は免れない。 それでもソラッドは剣を構えたまま真っ直ぐその緑の瞳で敵の姿を射抜いていた。 重たい金属音が響く。 「…ゼロ」 「何か考えがあるんでしょ?よりによってボス戦でってのが気に入らないけど、手伝ってあげてもいいよ」 その大きな盾を携えてスノードリフトとソラッドの間に割り入ったゼロがどこか楽しそうに笑っている。 言葉には棘があるが、表情は素直だ。 次いで、盾にはじかれてよろめいたところを、躍り出たカナタの炎の剣がスノードリフトの皮膚を焼く。 「ぶちかましちゃってよソラッド!それまでは僕たちに任せてくれていいからさ!」 そうして、危うく反撃されそうになったカナタの服を引っ張って避けさせたのはハークスだ。 「そういうのは自分の身を守ってから言え」 「えへへ、ごめーん」 面々が余裕を保っているのは、ソラッドに触発されて個々のレベルアップを図ったからだろう。 確かに敵が一匹ならば苦戦する程の相手ではない。けれどそのタイムリミットも刻一刻と近づいてくる。 「ソラッド!行くぞ!」 「ああ!」 徘徊していたスノーウルフの内の一体がこちらに気づいたのとほぼ同時にクロノの術式は完成した。 放たれた炎は勢いを増して宙を横切る。 ソラッドの近くに控えていたゼロは術式の軌道上近くに位置していたため、咄嗟の判断で距離を取ってかわす。 一方ゼロと同じ状況である筈のソラッドは、動かずに火の玉を凝視していた。 まるでタイミングを合わせているような目の動き。 そして炎が当たる直前、ソラッドは頭だけで避けてスノードリフトへ術式を当て、刹那、飛び散った火の粉を剣風で巻き取ったかと思うと、それはみるみる内に質量を増して剣を包む炎となってゆく。 思い描いた通りの流れに一つ頷くと、その剣を勢いに任せて振りおろした。 耳を劈く獣の断末魔が、樹海の中に木霊していく。 「チェイスファイア」 スノードリフトが斃れたのを見て、スノーウルフたちは何処かへと撤退していった。 やがて静かになった森の中、ぽつりと呟いたカナタの声がやけに鮮明に聞こえた。 「…剣の扱いに慣れたソードマンだけが使える技だって聞いた事あるよ」 にこ、と微笑んで駆け寄って来たバードに抱きつかれ、ソラッドは思わず剣を取り落とす。 「すごいよソラッド!僕の序曲がなくても属性攻撃しちゃうなんて!」 「どんどんソラッドだけ強くなってく…世の中不公平だよね」 「そんなことはないぞ、ゼロ。例えば君の盾による防御率を考えると、」 「クロノ。ゼロが聞く耳持ってないからその辺にしとけ」 今までの緊張が解けたのか、一気に喋りだす仲間達に囲まれて、ソラッド自身も微笑んだ。 この調子ならばこのメンバーで何処までも奥に進めそうだと、期待の意味も込めて。 |
07.09.02 |